絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア   作:まくやま

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EPISODE 24 【胸に流れるこの歌あるかぎり】 -B-

 

 立花響は虚ろな目を浮かべ、指の一本も動かせなくなった状態でも尚、その耳に入ってくる幾つかの声があった事を記憶していた。フィーネこと櫻井了子の声。マリア・カデンツァヴナ・イヴの声。そして、四人のウルトラマンたちの声だ。

 ウルトラマンたちは皆、己が身を挺して世界の位相侵蝕を食い止めようとしていた。死を覚悟しなければならないその行為に、一体化している人間たちを共に連れてはいけないと言うことも。だが了子が反論する。そんなことであの位相は、異形の海は防げないと。命を無駄にするだけだと。

 その僅かな静寂を割き、声を上げたのはマリアだった。彼女の言葉を、目論見を聞いて遂に了子も押し黙る。あまりにも無謀な行いだが、聡明であるが故に今すぐに取れる対処はそれしかないと言うことも、彼女は理解ってしまったから。

 そうして話がまとまったところで光の戦士たちが離れて消えていく。直後、響は自分の身体が光に包まれてマリアに抱きかかえられていることを理解した。

 了子とマリア、二人の言葉が彼女の心に残されていった。

 

「……ごめんね、響ちゃん。色んなもの、押し付けるような形になってしまって。

 でも、どうしてもこの世界を守護りたいって想いぐらいは私にもあったみたい。”あのお方”が作った……私が愛した”あのお方”の愛で生まれたこの世界を、あんなものに変えられたくない。そう思うぐらいは、ね。

 この地球に生きるものたちに――響ちゃんに未来を託すためにも……ほんの少しだけ、私が現在(いま)を、守護ってみせるわ」

 

 その言葉を残して響の下から離れる了子。背後に佇む赤い光の巨人と共にマリアとその背後に映るネクサスを見据え、ただ厳かに頷いた。

 

「私も行くわ。繋がる想いこそが絆の光。私の……ううん、私に繋いでくれていたこの光の力でみんなを繋げば、個別に抑えるよりも少しは侵蝕の時間を伸ばせるはず。その間だけでも、全ての命を守護る事が出来るから。世界に生きるものたちも、ウルトラマンと言う大切な仲間たちも。

 ……響、貴方が言ってくれた言葉で、私は本当に救われたわ。私を偽りの想いから解き放ち、生まれたままの感情と向き合うことが出来た。

 だから今度も信じている。生きることを諦めず、”みんな”が私の命を守護ってくれるってことを……」

 

 言葉も出せず、涙も流せぬままに光に包まれてマリアの傍から離れる響。そして瘴気の渦に向かって飛翔するウルトラマンネクサスは、渦の中央でその姿を弓のような盾……他の宇宙に伝わりし伝説の聖遺物【バラージの盾】へと姿を変えて、瘴気に飲み込まれていった。

 

 

 

 ……そして闇の中、響の眼が映したものがあった。

 それは幼い子供の姿。うずくまって泣いている、”赤い靴”を履いた少女だった。

 

 

 

 そこまでが立花響の見ていた夢のような映像であり、彼女の意識が無い間に行われていた現の出来事。そこから先はよく覚えていない。ただグラグラと揺れる車に乗せられて走っている、身体があまりにも冷たくなり、小さな手から伝わる温もりが嬉しくもあるがそれだけでは足りないとう我侭な心もおぼろげに感じられたぐらいだった。

 願わくば一番の陽溜りに……未来の傍にいられればなぁと響は思った。そうすればきっと、この心身の深奥に塗り固められた極寒の泥濘からもきっと抜け出せる。小さな温もりを感じる冷え切った心身の中でただそう思っていた。

 

 

 

 

 

 ――そして彼女たちは眼を覚ました。

 翼、クリス、調、切歌、大地の五人が見詰めていた白い天井。此処が病院の一室だと理解るものの、何故自分たちが此処に居るのかが全く理解できなかった。

 

「……生きて、いるのか」

「……どうやら、そうみてぇだな」

 

 クリスの返事と共にそれぞれが上体を起こしだす。整然と並べられたベッドと腕に付けられた点滴。こうして見ると本当にただの病院だ。ただ、窓から見える外の光景が夜の静寂と同じ空気に包まれていること以外は。

 

「俺たちは確か、アラミスに乗ったままハイウェイの外に放り出されて……爆発に飲まれた、はずだった」

「だと言うのに、骨の一つも折れていないのはおかしい、か……」

 

 大地が状況を、翼が自らの身体状況を把握していく中でクリスは隣のベッドで上体を起こしていた調と切歌に目を向けた。二人の声が無かったからと言う小さな心配から来るものだったが、それは杞憂だったらしい。二人はただジッと、物静かで殺風景な窓の外を眺め続けていたからだ。

 

「どーした、お前ら」

「あ、いえ……。……切ちゃん、もしかして此処って……」

「やっぱり、調もそう思うデスか……!」

 

 少しばかり明るい切歌の声。その時病室のドアがノックされ、挨拶と共に入ってくる数人の人影があった。正しくは、”地球外の人間”の姿だったが。

 深緑色の肌に白く怪しく光る大きな眼。瞬間的に大地が傍らに置いてあったジオブラスターを構え、翼もその場に在った箒を太刀のように構える。クリスもまたその場の花瓶を投げつけようと握り締めている。自衛の為とは言え、完全に戦闘態勢を取っていた。その一瞬の空気変化に驚きつつ、声を上げたのは調と切歌だった。

 

「待って! 待って、ください……!」

「この人たちは敵じゃないデス! ……デスよね、バム星人さん?」

 

 切歌の笑顔の言葉に、顔を崩して首肯するバム星人。白衣を纏っているところからこの病院を預かる者……医者と言う役職に属する者であろうことが分かる。

 

「アコルから、貴方たちの事は聞いていました。私たちバム星人を救ってくれた少女らとウルトラマンエース。そしてその仲間たちのことを」

「調さん! 切歌さん!」

 

 白衣を着たバム星人の背後から顔を出して駆け寄ってきたのは、以前に調と切歌が星司、夕子と共にヤプールやエタルガーの魔の手から救い出したバム星人の少年アコルだった。無事を喜ぶ彼の笑顔に、声をかけられた調と切歌も笑顔で返答した。調と切歌の軟化したその姿を見て、翼やクリス、大地も緊張を解いていく。

 異星人の少年と笑顔で話す彼女らの姿に大地は独り反省する。たとえ相手が怪獣でも、異星人でも、その存在の全てが悪であるはずがない。互いに手と手を取り合い、絆で結ぶ世界こそを理想としていた自分が真っ先に銃把を握ってしまうなど、彼の中では決してあってはならないことだった。そんな自戒と共にジオブラスターを側へ置き、ベッドから立ち上がりバム星人の医師と相対する大地。その顔は、自然と笑顔を作っていた。

 

「貴方たちが、俺たちを救ってくれたんですね」

「……救われた借りを、僅かに返しただけだ。それに我々とて、これ以上干渉するつもりは無かった。我々の四次元空間が邪心王に見つかれば、また侵略の脅威に晒される羽目になるだろうからな。礼ならばアコル……あの子に言ってやってくれ」

 

 言いながらバム星人の医師たちは手際よく血圧計の形をした機械をそれぞれの腕にはめ込んでいく。そして起動スイッチを押して数秒の後、彼の手持ちの端末に其処に居る者たちのバイタルデータがズラッと並び表示された。

 

「君らの容態に何ら問題は無い。体力が回復すればすぐにでも戦えるだろう。彼女を除いてはな」

「……立花のこと、ですね」

 

 翼の言葉に医師がコクリと頷き、言葉を続ける。

 

「表面的、肉体的な怪我の治療は完了している。だが、今の彼女には生気がまるで感じられず、一向に目が覚めない。

 話を聞く限り、彼女は地球のマイナスエネルギーに飲まれてしまったのだろう? ならばこの状態は、致し方ない事だとは思う」

「どうにか出来ねぇのかよッ! その、他所の星の技術とかそういうのでッ!」

「君はウルトラマン80から……矢的猛から聞いていないのかね? マイナスエネルギーは彼ら光の国の者にとっても未だ研究過程にある代物だ。それに彼女のケースは”地球”と言う我々でも計り知れないほどの大きな器に溜まったマイナスエネルギーなのだろう。

 それを直接浴びったと言うのに、昏睡しているとは言え未だ生命(いのち)がある事が奇跡に思えて仕方ないよ」

 

 噛みつくように問うクリスに、バム星人の医師はハッキリと事実を述べる。今の響の状態は、余りにもギリギリの状態で生命を維持しているのだと。

 

「それじゃあ、響さんは……」

「もう、目を覚まさないデス……?」

 

 思わず漏れる悲観的な言葉。同時に圧し掛かる重苦しい空気。しかし、それを払拭すべく声を上げた者が居た。バム星人の少年、アコルだった。

 

「諦めないでください! 必ず何か、手はあります! あの日僕を励ましてくれて、向き合うことの大切さとその先の笑顔を教えてくれた切歌さんや調さんたちなら、きっと必ず……ッ!」

 

 自信に満ち溢れた笑顔だった。其処の笑顔の何処に根拠があるのか分からないが、気休めなどではない絶対の確信を持った笑顔。そうだ、それは間違いなく自分たちが彼と心を繋げられたから得られたもの。それを再認識した調と切歌は、何方からともなく笑顔を作り出していった。

 

「……そうデスよ、きっとどうにか出来るデス! だってあの響センパイが、帰って来ないワケないじゃないデスかッ!」

「そうだね、切ちゃんの言う通り。それに、星司おじさんも言ってた。笑顔の齎す力を、忘れるなって」

 

 自然と手を握り合う調と切歌。互いの指につけられた、石化したウルトラリングが握り合うと同時に小さな音を立ててぶつかり合う。たとえ力は失われても、その繋がりが消えたりはしていないと言うかのように。

 そんな二人を見て、翼とクリス、大地もまたそれぞれの相棒からの言葉を思い返していた。

 

「……『お前なら絶対に何とか出来る』、か。まったく、どんな託し方だあの馬鹿は」

 

 小さく笑いながら呟く翼。だがゼロが残した根拠が無くとも彼女を信じ貫く言葉は、”泣き虫で弱虫”という今となっては絶対に他者に見せない弱味を見せあった相手だからこそ残せたモノだったのかもしれない。

 石化したブレスレットに光は灯らない。だが、それでもへこたれるなと背中を叩かれているような気になってくるのは不思議な感覚だった。

 

「でも、ゼロの言う通りだよ。俺たちはまだこうして生きている。バム星人のみんなが……君たちみんなが繋いでくれた絆の力で可能性を繋いでくれたんだ。

 エックスの言う通り、俺たちみんなの力をユナイトすれば、きっと何とか出来る!」

 

 ジオデバイザーを握りながら大地が語る。大事な相棒が残した言葉を無にしない為にも、一緒に守護ると決めた世界を終わらせない為にも。

 大地はまだ、彼女たちとまだ絆を結べたわけではないと思っている。だがそれは同時に、これからいくらでも結び合えると言う確信も持っていた。ウルトラマンゼロ、ウルトラマンマックス、礼堂ヒカル、ショウ、クレナイ・ガイとSSPの仲間たち……僅かな時しか会わなかったにしろ、同じウルトラマンとそれに選ばれたもの、近しいものとして彼らとの絆は確実に彼の心に強く刻まれているのだから。

 

「『一所懸命』。結局アタシらがやれることは、それしかないんだな。……でも、それが僅かな希望でも手繰り寄せられる。そうなんだろ、センセイ」

 

 石と化したブライトスティックを握り、クリスが声をかける。やはり光は戻らず、硬く閉ざされたままだったが、不思議とクリスの胸中には猛の与えてくれた優しい光が去来してくるように感じられた。

 いつの間にかそこに在るのが当たり前になっていた光、温もり。失うことで得た虚無感もあったが、あの恩師たちが何故あのようなことをしてまで自分たちの命を守護ったのか。クリスの言葉は、きっとその答えだった。

 

「それに、マリアからも後を託されたしな」

「アイツ、一番年上だからっていっつも一人で何とかしようとするもんな」

「マリアのそーゆーとこ、全ッ然直ってないデス」

「でも、マリアは私たちみんなをちゃんと信じてくれたから託してくれた。だから、代わりに今を守護ってくれてる」

「助け出さなきゃね。彼女たちも、俺たちの大事な仲間たちも」

 

 全員が力強く前を向く。その顔に浮かぶは希望を抱いた強い笑顔だ。だかそこに水を差すように、バム星人の医師が口を挟む。

 

「だがどうするつもりだ。我々がいま安全で居られるのは、この位相空間を完全に隔離しているからなんだぞ?」

「なんとか外へ……本部へ連絡させては貰えないでしょうか」

 

 翼の頼みにどうにも渋い顔をするバム星人の医師。ヤプールやエタルガーに利用され、スペースビーストの脅威にも晒されたのだ、保守的な考えが彼らを取り巻いているのも理解できる。だが其処へ一石を投じるように声を上げたのは、同じバム星人であるアコルだった。

 

「僕からもお願いします! 大恩あるみなさんに、僅かながらでも手助けをしたいんですッ! 僕たちバム星人の命は、みなさんが繋げてくれたものだから……ッ!!」

 

 アコルの言葉に医師たちが顔をしかめながら話を交わす。しばしの間を置いて、それぞれが首を縦に頷いて散会していく。うち一人だけがこの場に残り、結論を話し始めた。

 

「……通信と、君たちを返す為の道は作ろう」

「本当ですか!?」

「やったデス! ありがとうございますデス!!」

「ただし、条件がある」

「条件?」

「君たちの世界と繋がる事で敵の侵略は此方にも襲い掛かってくるだろう。無論我々にも自衛の手段はあるし、何もしないままにやられるつもりも無い。

 だが君たちを守護れる保証は無いし、何よりも戦闘力ならば君たちの方が圧倒的に上だ。だから……」

 

 少しばかり言い難そうに澱むバム星人の医師。だがそれを察した翼とクリスはその答えを笑顔で返していった。

 

「帰り道じゃテメェの身はテメェで守護れ、ってことか。上等じゃねぇか」

「それだけではない。我らの身を救ってくれた彼らの下に、邪心王の禍根を残さぬように全てを討ち払った上で去る必要がある。――と言うことでしょう?」

「……そうだ。君たちには傲慢に聞こえるかもしれないが……」

「そんなことはありません。貴方たちがしてくれるのは、俺たちが一番に望むこと。であれば、俺たちも貴方たちの望むことを少しでもしてあげたい。それだけです」

 

 臆面もなく言う翼やクリス、大地らに、バム星人の医師が内心驚いていた。地球人も自分たちバム星人同様、様々な考えを持ち想いを抱いている。だがその中でも、眼前に居る者たちは余りにも眩しく見えた。そんな心の内で侵略者に下った愚かな同胞を想いつつ、改めて友好の証として彼は不器用な笑顔で己が手を差し出した。

 最初にその手を握りかえす翼。その上に手を重ねる大地。小さくとも一つの絆が今、結ばれた瞬間だった。

 

 

 

 一方、現実世界はタスクフォース移動本部のブリッジにて。其処では今、人類最強と謳われた男率いる者たちが、黒き悪質宇宙人と相対している。さほど広くもないブリッジの中には重苦しい空気が漂い、レッドアラートが鳴っているはずなのに静寂が支配しているような状態だった。

 その空気を破ったのは、メフィラス星人からだった。

 

「さて、風鳴司令。地球人たちよ。この私に何を求める? 終焉までの僅かなる時に、私を交渉の場を設けて何を話そうと言うのかね」

「……ああ、確かにそうだな。異形の海の位相侵蝕まで残すは三日……72時間を切っている。ごく一部の人間はおそらく24時間以内に世界を覆う蟲へと核攻撃を仕掛けるだろう。

 君の観点から教えてくれ。核攻撃は効果があると思うか?」

 

 一つ溜め息をしながら言葉を返し始めるメフィラス星人。その喋り方は何処か、馬鹿にしているようにも聞こえる。いや、実際馬鹿にしているんだと弦十郎たちは思った。地球人はこれほどまでに想像力が無い生き物なのだと露呈したようなものだったからだ。

 

「効果か。ふむ……何を以って効果と言えば良いのだろうな。

 まず君ら地球人の持つ最大火力である核弾頭。威力限界である37.4メガトンを所有していると考えて、爆発範囲やあの(いなご)……破滅魔虫ドビシの耐久性を考慮すると、大凡核ミサイル一発で殲滅できる数は、まぁ幾分か誤差はあるだろうが10兆匹ほど。全体の0.01%ほどだろうな」

「そ、そんなに少ないのか……」

「そしてドビシは暗黒卿の力により無尽蔵に増殖する。もしか先程の核弾頭を、例えば100回殲滅出来る個数である100,000個用意して計算上すべてのドビシを100回殲滅しても、またすぐに発生し即座に空を覆うだろう。そしてドビシは電波や光波を喰らい尽し、繋がりを断って生きとし生けるものを緩やかに絶望させてマイナスエネルギーを発生させ、そしてまた増殖する。

 暗黒卿……君らが定義した根源的破滅招来体は、地球全てのマイナスエネルギーを用いてその内部で無限にマイナスエネルギーを生み出しているからな」

「無駄な足掻き、と言うことか……」

 

 歯を食いしばりながら口惜しそうに答える弦十郎に、メフィラス星人は淡々と「左様」と返す。だがすぐに思考を切り替えて、弦十郎は次の質問をメフィラス星人に投げかけた。

 

「……正直なところ、この問いが我々にとって正しい事なのかは理解らない。だが敢えて、問い掛けさせてくれ。

 ――メフィラス星人。君の力でこの状況を好転させることは出来ないか?」

 

 持ち出した質問は至極単純にして彼らに唯一残されたもの。この未知なる異形の手を借りると言う手段だった。だが……

 

「率直に答えさせてもらおう。不可能だ。

 我々メフィラスの技術であれば、一時的にマイナスエネルギーや暗黒卿を隔離することまでは出来るだろう。だが異形の海の位相侵蝕はどうしようもない。侵食される前にこの位相を遮断できれば望みはあったのかも知れんが、既に始まっている侵蝕にはメフィラスの技術であろうともそう簡単にどうにかは出来んよ。

 もしこの状況をどうにか出来ると言うのなら、それは本当に奇跡だけが為せる所業だね。だが、奇跡を纏う者も奇跡を体現する者も今この場には誰一人存在しない。手は打ち尽くしたと思うのが賢明だろうよ」

「――お前は、この地球が欲しいんじゃないのかッ!?」

 

 思わず声を荒げてメフィラス星人の目的でありその真意へと直接訴えかける弦十郎。交渉と言うにはあまりにも安易で稚拙な言葉を発してしまったのは、彼もまた焦りに囚われているからかもしれない。対するメフィラス星人はそれを嗤ったり蔑んだりすることもなく、ただ淡々と無感情に言葉を返していった。

「そうだな、私の目的はこの地球を我が物とする事だ。だが、終焉に至ることが確定した世界を誰が欲す? 残り71時間。待ち受けるは核により降り注ぐ死の灰に包まれた大地と海、それによりなおも湧き続ける破滅の尖兵、やがて異形の海と位相同化を果たし、無限にマイナスエネルギーを生み出すだけの星と化すこの地球……。そんなモノに最早価値など無い。

 私はただ、この残された時間で君たち地球人が如何に足掻くかを見せてもらう為だけに此処に居るのだよ」

 

 冷酷な言葉に思わずその大きな拳を握り固め、全力でメフィラス星人へと打ち放つ弦十郎。だがメフィラス星人の放つ念力は、万物を砕く彼の拳を眼前で静止させていた。

 

「司令ッ!!」

「ぐッ……くう、ぅ……ッ!!」

 

 歯を食いしばりながら力を込め続ける弦十郎だが、その腕が小刻みに震えるだけでメフィラス星人の顔に届くことは無い。だが、標的であるメフィラス星人はそれにただ称賛の言葉を贈った。

 

「流石はこの世界にて”最強の生命体”とまで呼ばれた男。私の念力を浴びてここまで持ちこたえるなど思わなかったよ。

 だが、その拳を振り抜く相手は私じゃあない。其処は間違えないでくれたまえ」

「司令さん!」

「弦十郎さん!」

 

 念力を解除した瞬間、弦十郎の巨体が横向きに倒れ込む。其処に駆け寄る未来とエルフナイン。二人に笑顔で無事を伝えながらもゆっくりと立ち上がる。一度激を発したせいか、今は落ち着いた顔をしていた。

 そのままで再度メフィラス星人と相対する。彼の無機質めいた顔や動作からは、変わらず感情らしいものが読み取れなかった。

 

「少しは落ち着きを取り戻したようだね」

「すまない、みっともない真似をしてしまった」

「なに、気にする事は無い。野蛮な交渉しか出来ぬ輩より、君の方がよっぽど良い」

 

 互いが気持ちを切り替えて、改めて話し合いのテーブルに着く。その時だった。雑音と共に声が聞こえてきたのは。

 

『……え……すか……ぃ部……!』

「この声……」

「友里、すぐに逆探知だッ! 繋げッ!!」

「了解ッ!」

 

 あおいの仕掛けた逆探知の数秒後、通信音声はクリアになってブリッジへと聞こえてきた。

 

『聞こえますか、タスクフォース司令部ッ! こちらXio日本支部所属隊員、大空大地ッ!』

「大地さんッ! よかった、無事だったんですねッ!」

『その声……エルフナインちゃんか! よっし、繋がったッ!』

 

 大地の声と共に背後から黄色い声が聞こえてくる。その元気な声だけで、装者たちは無事なのだと司令部の全員が理解出来た。

 

「大空大地隊員と言ったな。自己紹介が遅くなった、タスクフォース司令の風鳴弦十郎だ。速やかに其方の状況を教えてくれ!」

『了解です。此方は現在、バム星人たちの住まう四次元空間にて彼らによって保護、介抱を受けました。私以外にも風鳴翼、雪音クリス、月読調、暁切歌らシンフォギア装者たちの無事は確認しております』

「君の背後から聞こえる声だけでも理解るよ。……みんな、無事で良かった」

 

 万感の思いを以て放たれた弦十郎の言葉に、単純ながらも強く感じる喜びに、通信機越しででも聴き入る誰もが心に染み渡らせていた。

 移動本部内に漂う喜びの声。だがその中で、未来が真っ先に大地へと尋ねていった。

 

「あの、響は……?」

 

 その一言で周囲の声が止まる。そうだ、大地が列挙した名前の中に”立花響”は含まれていなかったのだ。

 一方で大地は当然彼女について触れられるのは覚悟していた。意を決して彼女の状態を伝えようとしたところで、翼にその肩を叩かれた。思わず振り向き見つめた彼女の顔は穏やかに微笑んでいた。

 

「変わります、大空さん。立花のことは、私の口から皆に伝えます」

「……分かりました」

 

 

 

『司令、翼です。立花の件ですが……』

「響は、大丈夫なんですか……!?」

 

 翼の声に弦十郎よりも早く反応し声を返す未来。やや悲痛な彼女の声に翼は奥歯を一度噛み締め、意を決して話し出した。

 

『……五体は満足で表面的な怪我は完治している。だが、立花の意識は未だ戻っていない』

「そんな……」

『バム星人の医師が言うには、ウルトラマンガイアとして地球の命と繋がっていながら膨大な地球そのもののマイナスエネルギーを浴びせつけられてしまったからだろうと仰っている。

 ……済まないが、私たちでは如何すれば立花を目覚めさせることが出来るか見当も付かないのが現実だ』

 

 その神妙な語り方から、姿は見えなくてもきっと翼は律儀に頭を下げているのだろうと未来は思った。事実、翼はマイクの向こうで深々と頭を垂れている。見えようが見えまいが関係ない、それが彼女の人となりなのだから。

 再度静寂に包まれる指令室。其処へ割って入ったのは、メフィラス星人だった。

 

「残り70時間を切ったな。核ミサイルの斉射まで12時間もあるかどうかというところか」

『残り70時間……? 核、ミサイル……? 司令、それは一体ッ!?』

「……こっち側の状況だ。ウルトラマンたちがその力で抑えてくれているものの、異形の海の位相侵蝕は残り約70時間で完了する。各国首脳や国連本部は其々が暗黒卿が生み出した外敵であるあの蟲……ドビシを人が手にしている最大火力で殲滅させようとしている。

 ――時間が無いんだ、全てにおいて……ッ!」

 

 弦十郎が思わず呟いた弱音に、今度は翼が力強い声で言葉を返していった。

 

『でしたら、急いで立花を叩き起こして其方に帰らなければなりませんね』

「響くんを、起こせるのか!?」

『今は未だその手が見えません。だからこそ急ぎます。何としてもみんなで、其方へ帰ります。

 私たちは決して諦めません。残り70時間だろうが、核だろうが……決して何もせずにこの命を捨てるような真似はしませんッ! それが、彼らと交わした約束ですから――ッ!』

 

 さも当然と言った翼の言葉に一瞬呆ける弦十郎。だがその言葉の強さは、愛弟子の口癖の一つを何処か思い出していた。思い出すことで口元には笑みが戻り、身体の内から力が湧いてくるのが分かる。声は、自然と溢れていた。

 

「じゃあ、俺たちも全力で足掻くしかないな。しかし響くんを目覚めさせる手段か……。一体どうすれば……」

 

 全員で唸り声を上げる中、冷めた目で成り行きを眺めていたキャロルが不意に皮肉気な意見を出した。

 

「ああ言う手合いは、鼻先に好物でも吊るしてやれば目を覚ますんじゃないか?」

「そんな動物じゃないんだからキャロルぅ……。すみません皆さん、キャロルが余計なことを……」

「フン、どうせ普通に呼んでも力尽くで打ん殴っても起きやしないんだろう? だったら普通でない手段しかないではないか」

 

 冷徹な言葉をかけるキャロルに対し、緊張感に欠ける返しをするエルフナインの言葉に僅かに気が緩む。だが彼女らの言葉に反応したのは、大地だった。

 

「普通でない、手段……?」

「どうかしましたか、大空さん?」

「俺とエックスが戦いの元凶である怪獣グリーザと戦った時を、思い出した……。俺たちは一度グリーザに敗れ、身体が電脳世界を彷徨ってしまっていたんだ……」

「電脳、世界……?」

「うん。そこから呼び戻し救い出してくれたのは、大切な仲間の強い想い……。俺と繋がり、呼び掛けてくれたからだった。

 立花さんに関しても、きっと似たような状態なんだ。帰る場所も理解らず、マイナスエネルギーの世界にひとりぼっちのままでいる。きっと、そう簡単に声も届かない深みの中で……」

「だったら、なんとかその深みまで響さんに声を届かせれば……」

「響センパイなら、絶対こっちに気付いて帰ってくるデスよ!」

「問題はそんな深いところまで何をどうやって届かせればいいか、だ……。普通に呼んだりひっぱたいたりはもうやってらぁ。飯の匂いで飛び起きれるなら安さが爆発し過ぎてらぁ」

「他に何か、立花を呼び起こせそうなもの……。立花に帰路を示してやれるような、何か……」

 

 またも全員で頭を呻らせる。考えている間にも刻一刻と世界の終焉(おわり)は近付いている。焦り出す思考をなんとか抑えつけ、関係者の各々が立花響と言う人間について思い当たることを必至に思い出していく。だが誰の声も上がらない。誰にも理解らないままで――

 

「――いや、君ならば理解るはずだ。他の誰にも理解らなくとも、誰よりも彼女の傍で彼女を見て、想い、繋がった存在……小日向未来、君ならば」

「私、が……?」

 

 懊悩を突き破り放たれたメフィラス星人の言葉。突如としてその名を呼ばれた未来は、思わず驚き身を固めてしまう。だが、彼の言う事はこの場の全員を納得させる一言でもあった。

 この場の誰よりも立花響をよく知る人物。彼女曰く、一番の親友であり一番あったかい陽溜り。そして小日向未来自身も、その内心には響の一番の親友……いや、それ以上の想いを抱き寄せる相手でもあるのだ。

 そんな彼女に向けてメフィラス星人が念話で更に語り掛ける。一見するとそれは悪魔の囁きかも知れない。だが悪魔の囁きは、甘言であるが故に容易く思考を乗せることが出来るのだ。

 

『考えたまえ。想いたまえ。君の深淵にある欲望は、外の世界が滅ぼうとも立花響の平和と安寧と幸福を望むものだろう。

 ならば理解るはずだ。立花響に平和と安寧と幸福を齎す象徴を。――君と言う陽溜りが照らす、立花響の居場所を』

 

 言葉と共に未来の思考から不要な情報が排除されていき、やがて響と紡いだ数多の想い出で埋め尽くされた。まるで走馬灯のように、だが幾度となく並行して再生される。その中で一つ、余りにも些細な想い出があった。其れに合わせて、在りし日――フィーネとの戦いで心を折り砕かれた響を支え立ち上がらせたものがあったことを、未来は思い出した。

 

「――……仰ぎ見よ、太陽を……」

「未来くん……?」

「リディアンの校歌です! 響が言ってた……みんなが居るところって思うと安心する。自分の居場所っていう気がするって……!

 それに、前のリディアンで響たちが了子さんと戦った時も、この歌が響たちの力になってくれましたッ! それならきっと、響は応えてくれる……ッ!」

 

 確信に満ちた未来の言葉にやや圧倒される弦十郎。だが通信でそれを聞いていた翼とクリスは何処か納得したような表情で笑っていた。

 

「……覚えているとも。あの時の、小日向たちの歌声」

「あの歌が、アタシたちにも力をくれたんだよな。今度はそいつを、もう一度あの馬鹿に聴かせてやるって事か」

「幸か不幸か、此処にはリディアン在校生と卒業生が揃っている。歌い手に不足は無いだろう」

「ちゃんとソラで歌えるぐらいには覚えてるんだろーな、一年ども?」

「バッチリ」

「抜かりはないのデェス!」

『私も歌うよ。響に、想いを届ける為に』

 

 方針が決定してからは早かった。メカニックに比較的強い大地はエルフナインと情報交換しながら、バム星人たちと協力して響にみんなの想いと歌を届ける機械を装着させる。細いコードでつながれたジオデバイザーには、内部に残っていたエクスラッガーのデータも直結させることで効果の増大を期待している。

 翼、クリス、調、切歌は専用の響に装着された機械に繋がっているマイクを手に意気を高めていた。開いた手は眠る響の手に温もりを伝えるよう重ね握っている。移動本部ブリッジの未来にも、出来るだけ高いフォニックゲインを出すようにダウルダブラのデータを用いた試作型の増幅器を取り付けてある。

 要した時間は3時間。貴重な時間ではあるがそれでも可能な限り急いだはずだ。そして全ての準備が整えられようとしたその時、別のアラートが鳴り響いた。

 

「どうしたッ!?」

「新たな時空振動を感知ッ! 数は三ッ! 場所はいずれも侵蝕域で、成層圏、深海、地底の三箇所にて急速増大ッ!!」

「此処から距離は離れてはいますが、怪獣出現となるまでそう時間が無いものと思われますッ!」

『風鳴司令、こちら大空大地ッ! こちらでも暗黒卿のものと思われるワームホールの発生を確認ッ! 敵の襲撃が予想されますッ!』

「此方の足掻きを踏み躙りに来たと言うのか……!」

 

 歯を食いしばりモニターを睨み付ける弦十郎。一刻を争うこの状況において、優先順位をどう付ければ良いのか一瞬迷ってしまったのも無理も無いだろう。戦力らしい戦力が、此方には無いようなモノなのだから。

 核ミサイルの件もある。この3時間そこらで何処まで話が進んだか理解らないが、更なる怪獣出現となればもはや躊躇う時間も無いだろう。ならばこそ、此方も急がねばなるまい。そう思うのは大地たちも同じだった。

 

『司令、こちらに出現する怪獣は俺が対処しますッ! 俺が時間を稼いでいる間に、みんなには立花さんを任せますッ!』

「大丈夫なのか、君はッ!?」

『……舐めないでください。俺だって地球を守護る特殊部隊の一員で、ウルトラマンに選ばれた者ですからッ!』

 

 弦十郎には大地の言葉から何処か虚勢を感じられていた。だがそれでも、手出しが出来ぬ以上任せる他ない。コレで何度目だろうかと思いながらもまた一度奥歯を強く嚙み締め返答した。

 

「無茶はするなよ。君自身の世界にも君が死んで悲しむ人は大勢いるだろうが、それはこの世界でも同じだと言うことを忘れないでくれッ!」

「大地さん! どうか、気を付けて下さいッ!」

 

 弦十郎に次いで聞こえてきたエルフナインの声。自分は他次元の人間だと言うのに、彼らはこうも自分を受け入れてくれる。それが、大地にはとても嬉しかった。

 

『ありがとう、ございます……ッ!』

 

 礼の言葉を最後に駆け出す大地。彼一人に無茶をさせぬよう、先ずは一刻も早く響を救い出さなければいけない。その号令を、休む暇もなく弦十郎が強く声を上げ放った。

 

「立花響サルベージ作戦、始動ッ!!」

「未来さん、翼さん、クリスさん、調さん、切歌さん、お願いしますッ!!」

 

 エルフナインの言葉と共に五人の口からアカペラで歌が流れ出す。

 音楽に夢を抱きその門を潜り抜けた少女たち、その学び舎で過ごす三年間の中で心に刻まれる、私立リディアン音楽院の校歌。いつか、響が”自分とみんなの居場所”を感じられると言った歌。少女たちの奏でる歌が全て、響を想う気持ちで紡がれ病室に響いていった。

 

(頼む……目覚めてくれ、立花……!)

(お前には、そんな暗いところは似合わねぇんだよ……!)

(信じてる。響さんなら、きっと……!)

(どんな闇にも、絶対に負けやしないデス……!)

(だからお願い……。届いて、響……!!)

 

 

 

 一方外でも、ワームホールから出て来た一匹の怪獣に対しジオブラスターを構える大地。

 白と黒の交差するような色合いと頭部の赤い眼球状の模様、有翼人種を思わせる体躯はまるで鴉天狗を彷彿とさせる。その怪獣……【破滅魔人ブリッツブロッツ】を、大地はただ一人で相対していたのだ。皆が必ず立花響を救い出すと信じているが為に。

 

「此処から先には、絶対に行かせないッ!」

 

 構えたジオブラスターから放たれる光弾がブリッツブロッツの命中する。だが敵はそれに何も感じなかったかのように片手で振り払い、攻撃を仕掛けた大地に顔を向けて標的と見定めていった。

 大地に向かってブリッツブロッツが手の甲から光弾を放つ。爆発が地面を抉る中、大地はそれをかいくぐりながらブリッツブロッツの気を引くように攻撃を繰り返していった。

 

(絶対に保たせて見せる……! あの娘が、帰ってくるまではッ!)

 

 

 

 

EPISODE24 end…

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして、闇の奥底で彼女は問うた……。

 

 

 

 

  なんで、ないているの?

 


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