絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア   作:まくやま

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EPISODE 24 【胸に流れるこの歌あるかぎり】 -A-

「――故に其の名は、【根源的破滅招来体】……か」

 

 ウルトラマンたちが残された僅かな力で巨大暗黒卿の放つマイナスエネルギーに抵抗していく中、それをモニターで見ていたブリッジの中でキャロルがポツリと呟いた。彼女の言葉に思わず目を向けるエルフナインと弦十郎。次いで飛び出す言葉も疑問に満ちたモノだった。

 

「キャロル、それは一体……」

「Dr.ウェル……あの男が遺した名称だ。ヤツはあの黒い影法師どもをそう呼称しようとしたらしい。

 地球(ほし)の意思か、生命(いのち)の無意識か……だが間違いなく其処に在る”破滅”を望む意思――”概念”に名前など付けようものならそうもなろうさ」

「破滅を望む、概念……俺たちが目にし戦っているのは、そんな途方もないものだというのか……ッ!?」

「錬金術師が至る真理の在処とも言われる”根源”……。パパやボクたちが目指していたのは、あんなモノだって言うの……!?」

 

 エルフナインの問いかけに歯軋りをしながら視線を外し舌打ちするキャロル。彼女自身も認めたくは無かったのだろうが、自らの行いを顧みれば根源に在る真理こそ破滅と繋げられてもおかしくは無い。だが父の遺した教えは、世界を知り、世界との調和により真理へと到達すること。決して破滅など望んではいなかった。磔刑に焚べられ燃え尽きるその最期を迎えてもだ。

 思いがけぬ迷いに直面し、されど尚その眼を前に向けるキャロル。破滅か否かは、モニターの向こうで戦いを繰り広げている巨人たちに委ねられているのだから。

 

 

 

 

 その光の巨人たち……ウルトラマンらは巨大暗黒卿の放たれた無数の腕に掴まり、闇へと引き込まれようとしていた。胸のランプは赤く明滅し、その場から動かないように全力で踏ん張るのが精一杯と言う感じでもある。いや、実際にはその巨体も徐々に引き摺られており、劣勢であることに間違いは無かった。

 その中でネクサスが、力と意識を完全に失ったガイアを救うべく飛翔。”彼女”を捕まえて僅かに残った力を分け与えていた。そうして繋がっていた為か、ネクサスに変身する適能者(デュナミスト)であるマリアの眼前に一人の女性の姿が現れる。マリアの直感は、それが誰だかを即座に理解していた。

 

(貴方が、フィーネか……!)

 

 答えぬフィーネの前には横たわる響の姿が在った。意識を失い、決して目覚めようとはしない。そしてこの場に在ることでマリアは気付いた。此処は、何も聞こえない(・・・・・・・)のだと。

 響が声に反応しない理由が分かったところで、マリアはフィーネと相対し問い掛ける。

 

(響は無事なの?)

「――ご挨拶ね、為り損ない。畏れ多くも我が名を騙った分際だというのに、貴様などが彼の御方に選ばれるなんて……」

(今更ワケの分からない問答をするつもりはないの。響は――)

「生命はあるわ。ただ暴力的なまでのマイナスエネルギーを受けすぎて酷く疲弊している。このままでは危ないわね。

 ……まぁでも仕方ないわ。終焉(おわり)始動(はじま)った。キャロルを止め、エタルガーを倒し、皆がどれ程抗って……それでもなお守護ることは果たせなかっただけ。

 この地球(ほし)の為にやってくれたこと……どれだけ感謝してもしきれないけど、残念だけどこれが結果なのね」

(だから諦めると言うのッ!? 響も、みんなも、もちろん私も、諦めるような真似だけはしないッ!!)

「じゃあどうやればこの終焉を、破滅を止めることが出来る? 万策尽きた先に掴んだ一万と一つ目の策も使い果たした今、何が出来ると言うのかしら」

 

 何処か冷徹に、されど諦観の色を思わせるフィーネの声にマリアは思わず歯軋りする。だが反論の一つも言えなかった。確かに彼女の言う通り、本当に今出来る事が無い。一切合切思い浮かばないのだ。

 

「理解ったでしょう。もう、終焉に飲まれるしか――」

『まだだ、諦めてんじゃねぇッ!』

 

 響き渡る雄々しい声に振り向くマリアとフィーネ。視線の先にはウルトラマンゼロ、ウルトラマンエース、ウルトラマン80、ウルトラマンエックスの四人が立ち並んでいた。

 

「ウルトラマン……。でも、一体何が出来ると言うの……?」

『俺たちの力で、あの闇の位相を抑え込むッ!』

『残された僅かな力でも、少しの間ぐらい異形の海の侵蝕を食い止めることは出来るでしょう』

『ま、文字通り命懸けってヤツだがな』

『だが、私たちが認め合い心を繋げた人間たちならば……必ずこの地球(ほし)を救う手立てを掴み取るはずだ』

 

 フィーネの問いに誰もが力強く答え傾いた。フィーネだけでなくマリアもまたそこに、彼らの決死の意を感じ取っていた。

 例え己の身が果てたとしても、一縷の希望に全てを託す。諦めることを知らない光の戦士たちの気高き魂を。

 

 

 

 

 

 巨大暗黒卿から伸ばされる闇の手に引き寄せられる中、ウルトラマンが不意に共に在るものたちに向けて声をかけてきた。

 

「翼、……悪いな。ちょっくら行ってくるぜッ! 初めて会った時みたいに、お前なら絶対に何とか出来るからよッ!」

『ゼロ、お前何を……!?』

「クリス、君の……君たちのその尊い夢は、私たちが必ず守護る。だからクリスも、最後まで一所懸命に頑張るんだ」

『なにを……なに抜けたこと言ってんだよセンセイッ!』

「調、切歌、お前たちが笑顔で居てくれる限り俺は絶対に負けん。そしてそれは他のみんなも同じだ。笑顔が齎す力……それを、忘れるなよ」

『おじさん……!? どうしたの星司おじさんッ!?』

『なんで今そんな事を言うんデスか!? なんか嫌デスよ星司おじさんッ!!』

「大地、済まない。また君と離れてしまうな。だが、君と彼女たちが持てる力をユナイトすれば……必ず、光を見出せるはずだ」

『急に何を言ってるんだよエックス! 俺たちはずっと一緒だって、約束しただろッ!?』

 

 それはまるで今生の別離の言葉。決して諦めぬよう託す、光からのメッセージだった。そして――

 

「往くぞッ! 80ッ! ゼロッ! エックスッ!」

「はいッ!」 「おうよッ!」 「ああッ!」

 

 その言葉を最後に、共に在る者たちに異変が起きる。まるで引き剥がされているかのような感覚だ。そう感じた次の瞬間、風鳴翼が、雪音クリスが、月読調と暁切歌が、大空大地が、光と共に弾き飛ばされいった。強制的に一体化を解除されたのだ。

 急にどんどん広くなる視界。それに戸惑いを隠すことなく自らの相方の名を呼び続ける変身者たち。だがその声に返る言葉は無く、まるで最後の輝きのように光るウルトラマンたちが巨大暗黒卿の中心部にある瘴気の渦へ向かって飛んで行った。光に包まれながらも転がりながら着地する翼たち。すぐに見上げた先には彼女らへ顔を向けるネクサスの姿が在った。

 

「……マリア、まさかお前も……!?」

(……前に言ったわよね、翼。貴方になら、後を任せられる)

 

 言うと共に一筋の光を放り投げるネクサス。翼たちの傍に落ちた光の中には、気を失っている響の姿が在った。それを確認すると、抜け殻と化したガイアの眼に僅かな光が灯りネクサスの手を離れ共に宙に浮いていた。ライフゲージは黒いままでだ。

 

「立花と離れた……。だが、その力は何処から……?」

 

 ガイアを見つめながら呟く翼。だがそれに応えることなく振り返り、光となってネクサスと共に飛び立っていった。

 

「マリアッ!」

「なんで、マリアァァッ!」

「アンタまで、何しに行くんだよォッ!」

(ギリギリまで、頑張ってくる。きっと僅かな時間稼ぎにしかならないけど……でも、今のままじゃどうにもならないから。

 みんな、あとをお願いね。――信じてるから)

 

 マリアが優しく言い残すと共に、彼女を形作る光もまた瘴気の渦へと消えていく。

 六つの光が渦の中へ飲み込まれた直後、強い光を放つと共に弓のような石の盾が出現。渦の中心で六角形の防壁を生み出し瘴気の力を抑え込んでいった。

 

 だがそれは、装者たちにとって光を手放すと言う大きな敗北に相違なかった……。

 

 

 

 

 

「ゼロ……おい、ゼロ……ッ!」

「センセイ……なぁ、返事してくれよォッ!」

「おじさん……星司おじさん……ッ!」

「言ったじゃないデスか……! アタシたちが祈ったら、願ったらいつでも駆け付けるって……」

「エックス、お前……ッ!」

 

 それぞれが自らとウルトラマンとの繋がりである装具に念じ呼び掛ける。ウルトラゼロブレスレットに、ブライトスティックに、それぞれのウルトラリングに、エクスデバイザーに。だがそのいずれも、ウルトラマンたちが力を失くしたことに合わせたのか輝きを失い無骨な石へと化していった。それは意識の無い響が握っていたエスプレンダーも同様であり、大地のエクスデバイザーだけがその色を黄金から銀色の、所謂通常のジオデバイザーへとダウングレードしていた。

 失意と絶望の中で身に纏っていたシンフォギアも解除される装者たち。其処へ向けて邪心王が追い打ちのように、だが無感情な声を響き渡らせる。

 

『その身を賭して、異形の海の位相侵蝕を防ぐという心算か、ウルトラマンたちよ……。

 だが無意味なり……。止まらぬ位相侵蝕を、僅かばかり引き伸ばしたに過ぎぬ……

 光を失くしたニンゲンたちよ……。終焉の到来までの僅かな時を、絶望と共に謳歌するがいい……』

 

 巨大暗黒卿の胸部……瘴気の渦の中央から、闇の雷が倒れる装者たちに目掛けて放たれた。爆発が巻き起こり、悲鳴だけが轟く。指令室のレッドアラートは、変わらずがなり立てるように鳴り渡っていた。

 

「……ぜ、全ウルトラマン消失。装者らのシンフォギアも解除……バイタルは――」

「そんなモノは後だッ!! 緒川、アイツらを保護しに行くぞッ!!」

「了解ですッ! すぐにッ!!」

 

 怒鳴り付けるように指令室から走り去る弦十郎と慎次。だが何処かで、二人の胸中には”今此処からでは間に合わない”という現実感が強く胸を締め付けていた。だがそれでも動かずにはいられない。『子供を守護るのが大人の義務』……そう言って(はばか)らない彼らが何もせずに居られるはずなど無かったのだ。

 

 

 一方で巨大暗黒卿の攻撃により絶体絶命の窮地に立たされる装者たち。誰もがその強い心をもたげてしまうような事態に陥り、ある者は腰を地に落とし、またある者は倒れたままで動けなくなっていた。その中でただ一人、大空大地だけが退却と言う冷静な判断へと至ることが出来た。

 其処からの行動は早く、周囲を一回り見回して自分が此方の世界に来た時に乗っていた乗り物の姿を確認。ジオデバイザーに向けて命令を下した。

 

「アラミス、来いッ!」

 

 大地の命令に連動して青の特殊ワゴン車――ジオアラミスが彼の下へ走り出す。そして大地の近くで静止すると、彼はそれを支えに起ち上がり、先程まで共に戦っていたシンフォギア装者……いや、今は自分よりも幼く年端も行かぬ傷だらけの少女たちに向かって大声で叫んだ。

 

「グッ……みんな乗ってッ! ここは退くんだッ!!」

 

 大地の言葉に不安そうな顔で調と切歌が振り向く。一方俯いたまま少しの間を置いて、彼に噛み付くように声を上げたのはクリスだった。

 

「――退く、だと? ……センセイが、みんながあんなになってお前はッ!」

「止せ雪音ッ! ……口惜しいが、彼の言う通りだ。今は、退くしかない……ッ!」

 

 石化したブレスレットを辛そうに眺めながらなんとか立ち上がった翼がクリスを諌める。そのまますぐに調と切歌にも指示を出していく翼。その表情は、凛としている中にも暗さを隠せずにいた。

 

「月読、暁、立てるか!?」

「は、ハイ……!」

「なんとか、大丈夫デス……!」

「ならば雪音と共に先に乗り込め! 私は立花を連れて来るッ!」

「俺も手伝う! ドアは開いてるから先に乗っていてくれ!」

 

 力を振り絞り、未だ目覚めぬ響の下へ向かう翼と大地。クリスは調と切歌の手を引き、先にジオアラミスの後部座席に乗せていく。それが完了したらすぐに身を乗り出し響を担ぐ大地と翼へと声を投げかけた。

 

「先輩早くッ!」

 

 未だ爆音が鳴り響き大小様々な瓦礫が降り注ぐ。そんな中を必死で駆ける大地と翼。二人がなんとかジオアラミスに到着した時に一際大きな揺れを感じるが、どうにか響をクリスたちに手渡し後部座席に押し込んだ。

 

「響さん……」

「響センパイの手、スゴく冷たいデス……!」

「マイナスエネルギーで体力を奪われたからなのか……? とりあえずコレ被せて!」

 

 少しでも響の体温を保持する為に、大地が着ていたジャケットを脱いで調と切歌に手渡す。すぐに彼女の身体に被せるが、それだけで青褪めた響の顔色が戻ることは無い。つい不安の顔をクリスに向ける調と切歌。それに対し、クリスは不器用ながらも笑顔を作って言葉を返していく。

 

「手、しっかり握っててやんな。この馬鹿はそれが大のお気に入りなんだからさ」

 

 クリスの言葉に強く頷き、二人で響の手をそれぞれ握り締める。自分たちより冷たくなった響の掌に意外さと恐れを感じるものの、いつも温もりをくれていた彼女に少しでもお返しするかの如く強く両手でしっかりと握っていった。

 

「よし、行くよッ!」

 

 後部座席の微笑ましい光景を目にしつつ、すぐさま運転席に大地、隣の助手席に翼が乗り込み、ジオアラミスに大地が自身のデバイザーを装着。マニュアル運転のロックを解除しアクセルを一気に踏み込んだ。

 エンジンを吹かせながら走り出すジオアラミス。同時に襲い掛かる巨大な瓦礫はなんとか躱すものの、小さな瓦礫の衝突は無視して走り抜けていく。特殊合金や強化ガラスで形成されている車体に大きなダメージは無いに等しいが、その衝撃で車内が揺れるのは致し方なかった。

 

「随分ハデな運転だなオイッ!」

「悪いけど運転は専門外でね! とりあえず遠ざかるように走ってるけど大丈夫ッ!?」

「一先ずハイウェイへ出ましょう! その先の十字路を左へッ!」

「了解ッ!」

 

 決して上手とは言えない大地の運転を補助するように隣で翼がナビゲートしていく。彼女にとっては何度もバイクで走った道だ。何処を通れば移動本部の停泊している埠頭に行けるかなど十二分に熟知していた。

 助手席に座る彼女の指示通りにハンドルを切る大地。料金所の遮断機を突進でぶち壊してハイウェイに入り込み走って行く。だが視界の何処にも、巨大暗黒卿の姿は見えたままだった。

 

『何処に逃げようと無駄だ……。来たれ、”破滅”を齎すものよ……』

 

 巨大暗黒卿の腕がゆっくりと持ち上がる。ローブの袖の内、暗黒の孔から瘴気と共に無数の”何か”が飛び出してきた。ジオアラミスに集まってくる”何か”。フロントガラスに衝突し弾き飛ばされながらも絶えず張り付いてくるそれの正体に真っ先に気付いたのは翼だった。

 

(いなご)ッ!?」

「なんて言って良い感じじゃないなッ! ガオディクション、分析起動ッ!」

《分析、開始します》

 

 大地の声と共にジオデバイザーが画面を切り替え襲来する巨大なイナゴらしき生物の分析を開始する。その間に車体を左右に振り回しながら集る生物を振り切っていく。数秒の後にガオディクションの分析が完了を告げる電子音声が流れる。だが前を見て運転するのが精一杯の大地にデバイザーを見ている余裕なんかあるはずがなかった。

 

「ゴメン、ちょっと分析結果を教えて!」

「わ、分かった! これは、えっと……」

 

 助手席に座っていたが為に大地に頼まれる翼。だが見慣れぬデバイスに表示される文字列を見て、若干悩みを含んだ唸りを上げる。正直よく分からない部分ばかりだが、理解できるところだけでも大地に伝えていく。

 

「――『破滅』。この蟲から読み取れるものは、この言葉だけのようだ」

「つまりコイツら全部が破滅の意思その物って事か……」

「ンなことより反撃手段とかねぇのかよッ! 前見えてんのかッ!?」

「あるには、あるけどォッ!」

 

 クリスの怒號に叫ぶように返しながらハンドルを切っていく大地。ジオアラミスには車体上部にアラミスレーザーなる光線兵器が装備されているし、大地の懐にも持ち出しの認可を受けた数少ない自衛武装であるジオブラスターなどがある。だが運転に精一杯な今、それをどうこうできる余裕は彼には無かった。同僚のアスナやハヤト、ワタルならドラマや映画みたいに上手く決められるのだろうなと、窮地に在って至極どうでも良い考えを巡らせながら、大地は只々アクセルを全力で踏みながら右往左往していた。衝突事故を起こさないギリギリの範囲で。

 

「せめて、ギアが使えれば……」

「そうは言っても、さすがにもう力は残ってないデスよ……」

 

 調と切歌の言葉に翼とクリスも強く奥歯を噛み締める。せめてシンフォギアを纏えるだけの力が残っていれば、斯様な蟲程度なぞ銃剣乱舞でいくらでも打開できるというのにと。

 だがウルトラギアを用いた現状では、シンフォギアそのものの核であるペンダント型のギアユニットにも多大な負担がかかっている。改修したとは言え元来は決戦用ブースターなのだ、既に連続で爆発的な威力を長時間起動している以上、装者の肉体的にもシンフォギアを形成するユニット的にも莫大な負担と化すのは目に見えて明らかなのだ。

 比較的平然と大地へ言葉をぶつけ合う翼やクリスでさえも、その体力はどれほど残っているかも分からない。そんな口惜しさに歯を食いしばっていると、翼の持つ通信機に着信が入った。弦十郎からだ。

 

『大丈夫かお前らッ! 今何処にいるッ!?』

「叔父さん……司令! 今現在は立花、雪音、月読、暁を伴い、ウルトラマンエックスとユナイトしていた方……大空大地氏と彼の乗って来たワゴンタイプの特殊車輌にて停泊中の移動本部に向けてハイウェイを走行中ですッ!

 ですが敵の襲撃が激しく、思うようには……――きゃあッ!!」

『どうした翼ッ!!』

「ちょっと大きく揺れただけです、仔細ありませんッ!」

『分かった、俺たちもそっちに向かっているところだ! 持ち堪えてくれッ!』

「り、了解ッ!!」

 

 とは言ったものの、蟲たちは確実にフロントガラスへと張り付き此方の視界を奪ってくる。やがて集る蟲はその数を増していき、ジオアラミスを完全に黒く飲み込んでいった。それと同時に巨大暗黒卿の深く染み込むような重たい声が響き渡る。

 

『終わりだ、ニンゲンよ……』

 

 次の瞬間運転席の大地が見たモノは、ハイウェイの壁だった。アクセルは全開、140km/hをゆうに超えるスピードでは視認からのハンドル操作すら最早間に合わない。

 群れる蟲たちを押し潰しながら壁に激突するジオアラミス。青い車体が歪な色の体液で汚れながら凹んでいき、だが高速を伴った強固な物体が直撃したことでハイウェイの壁を押し込み貫いていく。

 思わず踏み込んだブレーキだったがそれすらも嘲笑うように壁を貫きハイウェイの外へと飛び出していくジオアラミス。壁の先がどうなっているかなど誰の想像にも容易く、人間を六人乗せた車は重力に引かれるように落下していった。

 

「う、うわあああああああッ!!!」

「南無三――ッ!」

 

 思わず歯を食い縛り目を閉じる前部座席の大地と翼。後部座席では意識の無い響を調と切歌が、その後輩二人を覆い庇うかのようにクリスが上から無理に抱き寄せた。

 

 

 

 

 

 ハイウェイを貫いた車の空中爆発。ジープからそれを見届ける弦十郎と慎次の顔は、呆然と絶望の入り混じった表情と化していた。

 片耳に付けたイヤホンより聞こえる、あおいからの『装者全員の反応途絶』との報。理解らぬものか、それを目の前で見ていたのだから。見てしまっていたのだから。

 

「――みんな……」

「そんな……こんな、ことが……」

 

 思わず呟く二人。するとおもむろに、弦十郎がアスファルトの地面を強く殴り付けた。彼の全力の一撃は頑丈なアスファルトに自分の拳の何倍もの大きさのクレーターを作り出し、発せられた衝撃は波打つように引き裂いた。だがそれでもなお、弦十郎の顔は曇りきったままだった。

 

「こんな……地面をブッ潰すようなの力があっても、あの娘たちに手を届かせられなかった……。そうさせない為に大人になったんじゃあなかったのか、俺は……ッ!!」

 

 自責の念を吐き出し終えると、その憤怒の形相を巨大暗黒卿に向ける弦十郎。隣に立つ慎次もまた、失意を覆い隠す怒りで顔を歪めながら弦十郎と同じ方向を向いていた。だが巨大暗黒卿は二人の姿を一瞥することもなく、ただ腕をゆらりと伸ばし言葉を発していくだけだった。

 

『無駄だ……。ニンゲン如きに、もはや止めることは出来ぬ……』

「だからとてッ!」

 

 声と共に放たれる破滅を呼ぶ蟲。獰猛に襲い掛かるその群れを、弦十郎の剛拳と慎次の構える短銃が残らず撃ち落としていく。バラバラと破片を落としながら無言で迎撃していく様は、ただの八つ当たりのようにも見える暴力だった。それに気付いた巨大暗黒卿が、遂に弦十郎たちの方へその身を相対させていった。

 

『感じるぞ、貴様らの感情……。哀惜……怨嗟……憎悪……憤怒……。強く、猛く、激しく……。

 だがそれもまた、我が力の一部為り……』

「僕たちのこの想いも、アイツの力になると……ッ!?」

「だが……だとしてもッ!!」

 

 空中回し蹴りで蟲を一掃し着地する弦十郎。怒りに歪んだその顔は、未だ落ち着くことが無かった。そんな彼らを、ニンゲンたち総てを見下し、巨大暗黒卿がその手を広げ重苦しい声を上げる。

 

『我を畏れ怨め……。我を怒り憎め……。哀惜と辛苦の全てを我に向けよ……我に捧げよ……。

 我は”マイナスエネルギー”……。命が生み出す”邪心”そのものであるが故に……』

 

 その言葉と共に爆ぜる巨大暗黒卿。それと同時に四方八方……恐らくは地球全体に破滅の蟲を飛び立たせたのだ。闇の中、光を更に遮るが如く。

 

「空の闇が、更に深く……」

「蠢いている……波打つように……」

『司令! ……川さん! 戻っ……さいッ!』

 

 通信機越しに二人へ聞こえるノイズ交じりの言葉。声の主が藤尭なのは理解ったが、通信機から聞こえるのはまるで嵐のような雑音だった。

 

「藤尭! どうしたッ!!」

「本部でも異常が!? でも、みなさんの安否を得るまでは此処から離れるわけには……」

 

 S.O.N.G.の別働部や自衛隊、警察でもなんでも構わずとにかく増援を呼ぼうと連絡を回す慎次だったが、どこに繋ごうとしても雑音の嵐で通信が繋がることは無かった。

 

「電波障害……なんでこんな時にッ!」

「こっちも本部との通信が途切れてしまった……。クソッ、何処までも人間すべてを追い詰めると言うのか……ッ!」

 

 消え去った暗黒の空に向かって睨み付ける弦十郎。不思議と先程まで襲い掛かっていた蟲はその鳴りを潜め、天空で羽撃き蠢いているだけに留まっていた。それが何を意図しているかは分からないままだったが、光の失った無音の空が自分たちに出来ることなど無いと言われているようにも感じられる。

 今彼らに与えられた選択肢は二つ。装者たちの安否を確認するために進むか、通信の取れない本部に戻るか。何方を選ぶにしても何方かを棄てねばならぬ状況。つい思い悩んでしまうこの瞬間に、二人の脳裏に覚えのある声が響いた。

 

(お困りのようだね、風鳴司令)

「その声は、メフィラス星人……ッ!」

「テレパシー、と言うヤツなのでしょうか……!」

(流石、君たちは理解が早くて助かる。

 さて本題だ。君たちには至急、タスクフォース本部へと戻って貰わなければならない)

「彼女たちの安否を確認もせずにかッ! そんなこと――」

(風鳴弦十郎、コレは最早君の独断でどうにかできる事態を逸脱している。装者らを心配していると言うことは理解するが、直ぐに戻らねば帰る場所すらも失うことになるぞ?)

「だったら僕が残って――」

(何になる。何が出来るのだ緒川慎次。独りで痛ましい現実を受け止めるかね? 通信網も奪われ、君が本部に戻る頃には其処もまた壊滅的な打撃を受けているであろうな)

 

 思わず歯軋りしてしまう弦十郎と慎次に対し、まるで怒りを煽るようであるが、だが一切の間違いがない正論を展開していくメフィラス星人。彼の言葉は正しい。破滅を呼ぶ蟲の襲撃が本部にあると言うのなら、其処を守護らなければならないのもまた事実なのだ。其処には藤尭やあおいのような多くのクルーや、未来やエルフナインと言った非戦闘員、恐らくは重要なカギとなる存在であるキャロルも居る。そんな者たちを想うと、自ずと二人の気持ちはこの場から離れ本部に戻るべきと考えるようになっていった。

 今現在の状況から考えると、ベターな選択肢だったように思う。それを把握すると、弦十郎が無言でジープに乗り込んでいった。

 

「司令ッ!?」

「……戻るぞ、緒川。手をこまねいているだけの時間は、どうやら無いそうだ」

「……ですが、僕はみんなを……」

(案ずることは無い。確実な吉報だけを伝えてやろう。――彼女たちは、みな生きている)

「みんな、無事なのかッ!?」

 

 メフィラス星人のその言葉に身を乗り出して問い詰める弦十郎。その想いは慎次も同じだったが運転中故にそこは弦十郎に任せることにした。

 

(正確には立花響、風鳴翼、雪音クリス、月読調、暁切歌、大空大地の六人だがな。それに、飽くまでも『生命活動を停止させていない』に過ぎないから安否状態は知らん。

 そしてマリア・カデンツァヴナ・イヴに至っては私にもどうなっているのか分からぬ状態だ)

「そうか……。だが、ならみんなは何処に……!?」

(回復したら向こうから連絡を入れて来るだろう、それまで待ちたまえ。邪心王は次元や位相を物ともしない。知れたらそれこそ最後だぞ?)

 

 その言葉には、唸りながらも肯定するしかなかった。今はただ、希望が潰えなかったことを安堵とするしかない。後の言葉はただ飲み込み、弦十郎と慎次はハイウェイを駆けるジープの中でただ皆の無事を祈るだけだった。

 

(……生きていると言うのなら、信じているぞ。

 お前たちの無事を……この闇の中でも燦然と輝き歌う、奇跡を纏う者たちの歌が奏でられることを……ッ!)

 

 奥歯を食い縛り、ただそれだけを祈るように想いながらジープの助手席で力強く腕を組み固める弦十郎。トンネルを越えて見えて来たタスクフォース移動本部のその先……水平線には異形の海が蜃気楼のように揺らぎ見え隠れしていた。

 すぐに移動本部の中へ戻る弦十郎と慎次。歩いていくその先、本部ブリッジの自動扉が開くと、眼前の大型モニターには普段見ることのない人の姿が映り込んでいた。色素の抜けた短い白髪と、やや頬のこけた老齢の顔が何処か白猿を思わせる。強い瞳に威風を漂わせるこの男は日本国における諸外国とのパイプ役であり、国連直轄組織であるS.O.N.G.にも通ずる外務省事務次官、斯波田賢仁(しばた まさひと)その人である。

 

「事務次官!」

『……えれぇ事になったな、弦の字。歌姫様たちは行方知れずで、頼みの綱だった巨人様も消えちまいやがった。暗い空には蟲が蠢き、ジワジワと異形の海がこっちの世界を侵食して来てやがる』

「藤尭、あの位相空間が此方側を侵蝕しきるのにどれだけかかりそうだ?」

「今の侵蝕の速度じゃ、三日もあれば地球は異形の海に飲み込まれるでしょうね……」

「事務次官、国連はなんと……」

『「この世界に在る兵器の総てを以て外敵を掃討、殲滅する」だとさ。奴さんのこった、有りっ丈の核を惜しみなく叩っこむだろうよ』

「核って、そんなッ!」

 

 思わず口に出したのは未来だった。核兵器。それは人類史に置いて、未だ”人の造りし世界を焼く禍焔”として頂点に鎮座君臨する最強にして禁断の兵器だ。それを惜しみなく用いるとなると、たとえ外敵を殲滅できたとしてもどれだけの被害が世界に被るか、そんなものは目に見えて明らかだ。

 

『まぁお上のこった、どうせ手前らは安全なシェルターからぶっ放すんだろうよ』

「上は、先のフロンティア事変と同じ過ちを繰り返すつもりですかッ!!」

『ンなこたぁさせねぇように立ち回ってはいるが、如何せん事態が事態だ。どこもかしこも抜き身の刃を振りかぶってやがる。恐らく明日には採決し、発射に踏み込むだろうな』

「……こうして人は、地球(ほし)をいとも容易く傷付ける。故に地球(ほし)は、その器に膨大なマイナスエネルギーを溜め込んでいたと言うのか……ッ!」

 

 冷静に言い放つ斯波田の言葉に弦十郎はコンソールを殴り付ける。だがあの時メフィラス星人に戻るよう言われなければ、この事態にも気付くことなく己が身を核の炎で焼かれていたのかもしれない。

 それを思えば今はまだ首の皮が薄く繋がっている状態、諦める状況ではないと知ることが出来た。それを巻き返す奇跡を信じ策を講じるならば、先ずはそれを纏う少女たちが必要だ。最早其処に、一刻の猶予も無い。

 顔を上げ、思考を切り替えて弦十郎は斯波田に言葉を返す。自分たちに出来る事をする為に。

 

「事務次官、お偉方を可能な限り止めておいてください」

『言われんでもやるさ。しかし弦、お前さんに……いや、”人間”にこれ以上何か出来る事でもあるのかねぇ』

「……俺たち”地球の人間”に出来なくとも、”それ以外”にならやりようもあるでしょう。任せて下さい」

『……そうかい。ま、足掻けるうちに足掻いておけ。本気で世界が終るかどうかの瀬戸際だぜコイツぁ』

 

 何処か笑みを浮かべながら通信を切る斯波田。弦十郎は硬い表情を崩さぬまま、虚空に向かって呟くように声を上げた。

 

「――聞いていただろう。俺たちには……この地球(ほし)には、時間がないんだ。

 この場に来て話をさせてくれ、メフィラス星人」

 

 弦十郎のその言葉の後、ブリッジの中――弦十郎の眼前にリングが連なる形で出現。数秒の間を置いて、其処にメフィラス星人がワープアウトしてきた。

 無機質な表情と青い瞳からは何も読み取れない。だがその緩やかな笑い声は、『待っていた』と言わんばかりの想いを漏れさせていた。

 

「フフフ……聞こうじゃないか、風鳴司令。一体どうする心算なのかね?」

 

 悪質宇宙人が怪しく問いかける。その場に居る人間は、一部の例外を除きほとんど全員が息を呑んで彼と相対していた。

 全ては、この世界を守護る為にと言い聞かせながら。

 

 

 

 

 

EPISODE24

【胸に流れるこの歌あるかぎり】

 

 


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