時間を巻き戻す。小日向未来が自らの闇に心を染められ暴走を始めていた時だ。今現在タスクフォース移動本部司令室は、重苦しい雰囲気に包まれていた。
「……マリアくんや響くんからの連絡は、まだ無いか」
拳を強すぎるほどに握り締め、弦十郎が呻くように声を洩らす。彼の言葉に対し、周囲からは同意も否定も聞こえてはこなかった。
旧米国連邦聖遺物研究機関……F.I.S.の研究施設跡地にて戦闘を繰り広げたマリアだったが、その終幕と共に彼女の反応も消失してしまっていた。相対する敵に敗れたとは考えにくいが、それでも彼女の反応が無い事実に不安を隠せないでいた。
そこに加えて東京都内でのスペースビースト・グランテラの出現。ウルトラマンガイアこと立花響が迎撃に成功したものの、戦いの後に観測された急激なマイナスエネルギーの上昇と響の反応消失。物言わぬモニターをただ睨み合う時間が、あまりにも長くもどかしかった。
「二人とも、一体何処に行ったんでしょうね……」
『恐らく、二人とも何処かの位相に移動した……もしくは”させられた”のだろう』
呟くあおいに返答したのはエックスだった。司令室に居る全員の眼が彼に向けられながら、エックスは考えを述べていく。
「位相ってことは、あのメタフィールドみたいな?」
『そうだな、そう思ってくれて良い。
「逆に言うと、保護されなければならないほど疲弊した、と言うことか……」
「でも、だったら響さんは?」
『それは……』
エルフナインからの問いかけに口を噤むエックス。何かの外力がかかったのだろうとは思うが、それが何かについては見当も付かないのが正しいところだった。
重い沈黙の中で鳴り渡る通信音。噂をすれば、との言葉を想い響かマリアからのものかと思い凝視するが、表示されたのはクリスの顔だった。
「クリスくんか……。どうした?」
『どうしたじゃねぇよオッサン! さっきあの馬鹿の友達から連絡貰って、アイツが……』
『未来さんが、闇に囚われたそうです……!』
『アタシたちも響センパイのところに行くつもりなんデスが、一先ず報告しようってことで!』
横から口を出すように声を重ねてきたのは調と切歌。すぐに向かうつもりだったのだろうが、状況は一手遅かった。
「すまんが、三人が動く必要はない。状況の検分は緒川たちに任せてくれ」
『必要はないって、どういうことだよオッサン!』
「言葉通りの意味だ。響くんの信号と先程観測されたマイナスエネルギーは何方ともに消失している。行ったところで、其処に響くんも未来くんも居ないだろう」
努めて冷静に諭しながらの指示を出す弦十郎。彼の声にクリスも調も切歌も押し黙って従うしかなかった。どれだけ探しに行きたくとも、手掛かりすらないと動けやしないからだ。
『ッソぉ、助けに行くことすら出来やしないのかよ……!』
忌々しく吐き出すクリスの言葉に誰も返答出来なかった。この場の誰もが、同様の歯痒さを感じていたのだから。
『ならば、君たちに動く為の導を提供しようではないか』
「なんだッ!?」
突如聞こえた声に驚きながらそれぞれが自身の辺りを見回す。すると声の主はタスクフォースの主要人物全員に届くように通信網をジャック、それぞれのモニターに自身の顔を映し出した。
群青に輝く目と黄色く光る口と思しき部分が特徴的な漆黒の異形……その姿を見て最初に声を上げたのはエックスだった。
『メフィラス星人ッ!?』
『はじめまして、この世界における人類守護の要、タスクフォースの諸君。ああそこの君たち……月読調、暁切歌たちとは二度目の遭逢と言うべきかな』
声をかけられはしたが調と切歌は険しい顔のまま何も答えないでいた。以前星司に止められた時と同様に、行動に対する敵意が全く見えなかったからだ。
それはクリスや他のタスクフォースの人間たちにも同じことが言えた。メフィラス星人の放つ得体の知れない存在感に、皆が戸惑っていたのだ。だがその沈黙を打開すべく、最初に声を上げたのは弦十郎だった。
「……初にお目にかかる。機動部隊タスクフォース司令、風鳴弦十郎だ。其方の話は聞いている。今回は何の用だ?」
『はじめまして、風鳴司令。用件は簡単だ、君たちに通告をしに来た』
「通告……?」
『――時が満ちる。世界の終焉、その始まりだ』
そして時間は、立花響と小日向未来の戦いが終ったところに戻る。
黄金の髪をなびかせる少女が放つ暗黒の波動を受けきったメフィラス星人が、突き出した右手を外に払い波動を掻き消した。その姿を呆然と見つめる響と未来。二人とも眼前の状況を把握するので精一杯だった。
「――キャロル、ちゃん……!?」
呟く響の言葉に返ってくる声は無い。空を浮く少女は感情を表に出すこともなく三人を見下ろしたまま制止していた。
「キャロルちゃん、なんだよねッ!? なにが、どうして……」
「――宿願を為すべく黄泉より還されたこの身が、どうにも貴様の悲鳴を沁み入らせろと疼くのでな」
夜天より流れ落ちた声に響は戦慄した。聴き間違えるなど無い、あのキャロルの声なのだ。思考に困惑が加速する響。問い掛ける声は自然と口から洩れていた。
「なんで、どうして!? だって、エルフナインちゃんが……キャロルちゃんは自分の身体をエルフナインちゃんに託していったんだって……!」
「落ち着きたまえ立花響。確かにアレはキャロル・マールス・ディーンハイムであり、君の知る彼女でもある。だが、アレは別の存在だ」
「別の……?」
『ククク……そうだ、その通りだ』
空間に響き渡る声。困惑する響とそれに寄り添う未来に答えるように星の煌めく夜空が黒雲で覆われていく。その中心、キャロルの背後の雲が割れるように広がり、空間を越えて黄金の異形が威圧的な姿を現した。
「あれは……!」
『我が名はエタルガー。光と歌……絆となる全てを消し去り、この世界を闇に返すものだ』
「あれが、エタルガー……ッ!」
くぐもった嗤いを浮かべるエタルガー。その傍に浮遊するキャロルが寄り添うように移動していった。
『少しは気が済んだかい、キャロル?』
「まあまあ、と言ったところか。所詮は我が宿願……世界分解までの余興に過ぎん」
「世界分解って、キャロルちゃんまた……ッ!」
悲痛な顔で訴える響。だが天空に浮かぶキャロルはそんな響を見下ろし鼻を鳴らす。
「何を驚くことがある? 世界を噛み砕き分解せしめるは、俺が父から託された命題にして宿願……。エタルガーと言う協力者を得て、この計画は更に完璧なものへと押し上げられている。
最早、貴様ら如きの矮小な奇跡程度で止められるなどと思うてくれるなよ」
「協力者……エタルガーが……!?」
天空からはただ嗤い声が響くだけで具体的な返事はない。だが二人の距離感を見ると、手を組んでいると言うことは明々白々だった。
姿を見せた黒幕と、己が手を伸ばし続けた相手との有り得ぬ再会。思考が定まらぬ響はただ歯軋りをしながら星の消えた夜空を、其処に漂う者たちを見据える事しか出来なかった。その中で今度は、エタルガーがその口を再度開き始める。
『聞かせてもらおうか、メフィラス星人。貴様は何故この俺と相対しているんだ?』
重く響き渡るエタルガーの声。響と未来の前でただ制止しながら、感情を表に出すこともなくメフィラス星人は言葉を返していく。
「ふむ、君らしい質問だ。絶対的な力に裏打ちされた傲慢なる支配者の奏でる雄弁とでも言うべきかな?」
『……戯言を吐かすのであれば、その命を今此処で破壊しても良いんだぞ?』
「おお怖い怖い。ではご要望に応じて端的に答えよう。
私がいま此方側に立っている理由……それは偏に、私自身の目的のためだ」
堂々と言い放つメフィラス星人に周囲の眼が注がれる。だが彼は、それに一切動じることもなく淡々と言葉を続けていった。
「簡単な話だ。私はこの地球を我が物とする。故に、地球を破壊されるわけにはいかんのだよ」
『ならば何故人間の側に立つ? 俺の方へ着けば、こんな星程度無傷で支配することも容易いだろう』
「無粋だねエタルガー。奇跡を殺戮する為に蘇った君が、奇跡を纏いし者たちに救われてきたこの星を無傷で済ます心算などないだろう? それでは私が求める理由が無くなってしまう」
『……話にならんな。こんな矮小な星に、貴様らメフィラス星人は何故そうも固執するのか理解に苦しむ』
「だろうね。その理由、”永遠”の名を冠す君には永遠に理解し得ないことだろうさ」
嗤うように吐き捨てるメフィラス星人。その後ろ姿を見ていた響には、彼が何処か楽しそうに話しているように感じられていた。理由など理解るはずもなく根拠も一切なく、ただの直感としてなのだが。
訪れる静寂に緊張が張り詰められる。それを張られたままに笑い出すエタルガーとメフィラス星人。だが次の瞬間、
『――死ぬがいい』
エタルガーの掌より、破壊の稲妻が響と未来の前に立つメフィラス星人に向けて撃ち放たれた。
迫る雷撃に思わず未来に被さるように抱き締める響。未来もまた響から離れんとばかりに抱く売れに力を込める。二人して眼を閉じた直後、大きな爆裂音が鳴り渡り爆炎と瓦礫が舞い上がった。
爆裂と共に立ち昇る黒煙。数刻の後に消える煙の源を見ると、其処に標的の姿は見えなかった。
「粉微塵に砕いて消したか?」
『いや、手応えは無かった。惨めに尾を巻いて逃げたのだろう』
「フン、魔神の異名が聞いて呆れる。そんな程度でパパの遺した命題を果たせるとでも思っているのか?」
『理解っている、大丈夫だよキャロル。”楔”は全て揃った。我が身の完全なる復活と解剖機関の再建、それが完了すればイザークの遺した命題は必ず果たせる。
地球の解剖と真理への到達は、もう決まっているのだよ』
エタルガーの言葉に口角を鋭く持ち上げるキャロル。互いに笑声を上げぬまま、暗黒の中へとその身を消していった。
EPISODE20
【蘇りし殺戮の福音】
響と未来、二人それぞれが強く固く閉じていた瞼をゆっくりと開く。
最後に見たものは漆黒の大きな背中と、錬金術師の少女を傍らに黄金の魔神から放たれ迫る破壊の稲妻。直撃すれば命は無いだろうという確信だけに支配されていた二人は、肩を透かされたような何事もない感覚に疑問を覚えその眼を開いたのだった。
「此処は……」
「響……私たち、大丈夫なの……?」
二人で周囲を見回す。眺め見る景色は夜の海であり、波の音と潮風が五感を刺激していた。足元から感じる冷たい硬質的な感覚は、其処が金属であることを否が応でも理解らされる。そこが何処であるか、響が理解すると同時に金属の地面が開き人が現れた。
「響くん! 未来くん!」
「弦十郎、さん……?」
「師匠……! やっぱりここは、タスクフォースの本部……」
見知った顔、取り分け最も頼りになる男の姿に思わず破顔する二人。緊張の糸が切れたその時、二人一緒に甲板へ倒れ込んだ。
「二人とも大丈夫かッ!?」
弦十郎からの言葉に返事はない。だが小さく息を繰り返す彼女らは、その意識をただ落としただけだと気付かせるに十分だった。
すぐにあおいを呼び二人を抱えメディカルルームへと運び込む。その周囲に、彼女たち以外の姿は見えなかった。
暗く深い意識の底、眠る響に向かい呼び掛ける声があった。
おぼろげに目を開ける響。視線の先には何処か諦観の微笑みを向ける黄金の髪を流れさせる女性が居た。少し前にこのウルトラマンの力となる地球の光を響に託した者、永遠の巫女の装束を纏う櫻井了子だ。
『……時が来てしまったわ。地球を覆い砕く災厄……もう間もなく、それが始まってしまう』
(地球を覆い砕く、災厄……。エタルガーと、キャロルちゃんが……?)
『地球を覆う悪意の権化たる魔神と、地球を噛み砕く妄執に満ちた錬金術師……。互いに奇跡を殺戮するモノとして存在を得た二人が組み合わさる事で、世界は終焉へと歩みを進めている』
(手遅れだったってことですか……? ……もし私が、メフィラスさんに地球を渡していればこんな事には……)
『あら、響ちゃんは”みんなの居場所”をそう簡単に誰かに渡せれるような娘だったのかしら?』
(そんなッ! ……そんなことはありません。ただ……)
おぼろげな眼のままで強く否定する。だが、先程メフィラス星人の提示された選択肢の中に存在していた一つが、彼に地球の命運の全てを委ねることだった。それを不意に思い出したのだ。
(ただ……選択が違えば、そんな災厄なんてものを防ぐことが出来たかも知れないなって……)
『……そうね。その可能性は、在ったのかもしれない。でも今はもうその選択肢は無くなった。賽は振られ、その目は二つまで出たわ。残すは一つ……最後の瞬間まで理解らないところ』
語る了子の顔はやはりまだ諦観に曇っていた。
最後の瞬間までは理解らない。そうは言うものの、地球そのものに何が起きているのか、起きようとしているのか誰よりも理解しているのは彼女だ。万物を見通す目を持った永遠の巫女であるが故に、絶望に染まる世界を幾度目にして来たのか……。それは、響には一切の理解も及ばぬところであった。
『でも、可能性や確率という言葉で言えばそれはとても低いわ。幾重にも重ねられた策謀は希望の芽を一つずつ摘んでいっている。この
(……だけど、私たちはまだこの
響の声が了子に届く。彼女が目を向けた其処には、強い瞳のまま此方を見つめる響の顔があった。
(みんながこの世界で生きている以上、私は最後まで、何があっても諦めるつもりはありません)
『……そうね。響ちゃんは、そういう子だものね』
優しい笑顔で微笑む了子に、響もまた微笑みで返す。どんな困難がその身を遮ろうと、何度でもその拳で、握り締めた正義で撃ち抜いてきた。それを今更変えられるはずも無い。
生きることを諦めるなど、有り得ないのだから。
『どれだけ手助けができるか理解らないけど、”私”は響ちゃんたちの味方だからね』
(――……え?)
微笑みと共に放たれたその言葉を残し消え往く了子に向かって、おもむろに響がその手を伸ばす。
彼女のその口振りに、何処か不安を覚えてしまったのだったが、その手は届くことなく消え去り響の意識は現実へと引き戻された。
「了子さん――ッ!」
眼を見開くと共に発せられた声。自分自身の呼び声に驚きながら上体を起こし周囲を見回していく。其処は間違いなく、タスクフォース移動本部のメディカルルーム内。隣のベッドには未来が安らかに眠っていた。
定期的な信号を奏でる計器に映る緑色のデジタル表示。親友の無事を報せるそれに安堵しながら、響は再度自分の掌を見つめる。
先程まで話をしていたはずの相手、フィーネこと櫻井了子の感覚はもう其処には存在しない。握っては開いてを繰り返す掌に何の感触も残ってはいなかったが、この目と耳が、そして心が彼女の言葉を覚えていた。
何ら変わらないはずの日常の裏で、着実に進み往く地球の終焉。錬金術師キャロルと超時空魔神エタルガーの二人が並び立つことで始まる世界の崩壊。自分に何が出来るかは皆目見当も付かないが、託してくれた光を胸の奥に感じる以上出来ることは有るはずだと、強く心に誓うのだった。
了子との会話で目覚めた響は、隣の未来が起きるのを待ってから、二人メディカルチェックを済ませた後に指令室へと足を運んだ。鋼鉄製の自動扉が開くと、其処には司令である風鳴弦十郎をはじめとしたいつものブリッジメンバーが揃っていた。
「師匠!」
「響くん、未来くん。大事は無い、ようだな」
「はいッ! ゆっくり休ませてもらったので、もうバッチリですッ!」
「お世話をおかけしました。ありがとうございますっ」
「何事も身体が一番だからな、無事に回復したのなら何よりだ」
安堵を伴う笑顔を向ける弦十郎たちに、響と未来も釣られて笑顔になる。だが一先ずは、今の状況を把握するべきだと思い進言する形で弦十郎に声をかけた。
「師匠、今の状況は……」
「万事ことも無し……と言うより、嵐の前の静けさってところだろうな」
「嵐の、前……?」
「メインモニターの方を見て下さい」
エルフナインの言葉を受けて視線を大きなモニターへと移す。周辺景色を映し出すモニターに新しい窓が生まれ、前面に表示されると同時に細かな数字が映し出された。
思わず首を傾げる響だったが、エルフナインとエックスがすぐに詳しく説明をしていく。
「これは……?」
「時空振動の数値です。平常時と比べると、やや上がっているのが理解ります」
「……確か時空振動って、超獣やスペースビーストが現れる時に上がるんだよね?」
『その通りだ。普段は空間に局所的な変化を齎し、それが収まると同時に数値も回復する。だが今回の時空振動の数値変化は、空間に対して一切の変化が見られないにも関わらず緩やかに上昇を続けているんだ。
具体的には、昨晩の瞬間的な上昇と下降から今までの数時間、じっくりとな』
「昨晩……って事は、あの時の……」
「何かあったのか?」
エックスが言う昨晩の上昇とは、恐らく自分と未来が遭遇したエタルガーの事だろうと響が推測する。だがそれについて具体的に知っているのは響と未来、そしてメフィラス星人のみ。遅くなった報告として、そのことをこの場で話し出した。
「……多分師匠たちは、昨日の晩に私が、闇に囚われ巨人と化した未来と戦ってたのは理解ってると思います。ですがその後、現れたんです。
……キャロルちゃんと、エタルガーが」
響の言葉に周囲が騒めく。その中でも、エルフナインが最も大きく動揺していた。
「――な、なんで……キャロルが、どうして……!?」
「エルフナインちゃん……」
「キャロルはあの時、ボクと一つになる事でボクの命を繋いでくれた……。同時にこの身体はキャロルの物でもあり、ボクたちが一つになった以上存在が並列化するなんてことは――!」
『落ち着けエルフナイン! 恐らくはそれも、エタルガーの策略だ……!』
取り乱すエルフナインを抑えるようにエックスが声をかける。だが彼女が動揺するのも理解ることだ。
キャロル・マールス・ディーンハイム。先の魔法少女事変を引き起こした元凶にして、異端にして世界より喪失した技術である錬金術を用い世界の解剖を為そうとした錬金術師の少女。周到にして綿密な計画を立て、響たちシンフォギア装者らをも利用して自らの宿願である世界の解剖を実行していったのだ。
だがその宿願は、奇しくも計画の内にあった奇跡へと潜り込ませた毒……エルフナインと魔剣ダインスレイフを宿せしイグナイトモジュール、Dr.ウェルなどフロンティア事変に深く関与した者たちの存在が鍵となり、キャロルにとって最重要施設であるチフォージュシャトーと共に瓦解。
そして奇跡の体現でもあったエクスドライブモードを装者たち自身が人為的に制御、発動させることに成功。立花響にその全ての力を集束した一撃を託し放つことで僅かながらにキャロルの力を上回り、装者たちは彼女との戦いに勝利を収めるに至る。
戦いの後に、キャロルは解き放った力の代償として己が記憶のほとんどを償却した為に記憶障害を患い、エルフナインは不完全な義体である自身の肉体に限界が訪れる。エルフナインとの感覚共有を行っていたキャロルは惹かれるように伏せるエルフナインと再会し、記憶の失った己が”完全なる肉体”に不完全な義体に遺された”キャロル・マールス・ディーンハイムの記憶”と”エルフナインの人格”を転写。一つとなる事で自身の存在を永らえさせたのだった。
それが今この場に居る”エルフナイン”という存在の経緯。故に彼女には、自らの”肉体”であるキャロルが他に存在しているなど考えられなかったのだ。
戸惑うエルフナインの肩を、そっと弦十郎が手をかけて落ち着かせようとする。冷静に、これまでの状況を整理すれば自ずと答えは出て来るはずなのだから。
「やはりこれも、黒い影法師とエタルガーの仕業なのか?」
『断言は出来ませんが、恐らくは。エルフナインの中に影法師が宿ったり、彼女から発生した闇が具現化したというところでは無さそうですが……』
「これまでを考えると、ウルトラマンたちにまで気付かれる事無く憑依と成長を繰り返してきたからな……。だがエルフナインくんの中に憑依していたと言うのであれば、キャロルの出現に際し周囲に何かしらの影響が出ているはずだ。
そういうものはこっちには無かった。響くん、未来くん、そっちでなにか心当たりは?」
弦十郎からの振りに首を傾げ悩む響と未来。二人ともが闇の発動の当事者であり、発動の際に何が起きているのか分からぬはずがなかった。その二人をして、キャロルの出現時に起きた事態は理解らないと言う以外無かったのだ。
「いえ、特に何も……」
「未来から溢れた闇を、影法師から生まれた闇の巨人を斃した後、急にキャロルちゃんからの攻撃を受けて……それを、メフィラスさんが守護ってくれて――。
そうだ、メフィラスさんなら! 師匠、メフィラスさんは一緒じゃなかったんですか!?」
「……甲板の上で君たちを保護した時、其処に君たち以外の姿は無かった。君たち二人がメフィラス星人の所在を知らないとなると、俺たちでは補足することも出来ん」
「そう、ですか……」
落胆の表情を見せる響。確かに彼は善の存在ではないのかもしれない。だが響にとっては未来を救う為の手掛かりを与えてもらい、無防備なところに撃ち込まれたキャロルの攻撃からも自分と未来を守護ってくれた者。それだけは間違えようがなかった。
数多の叡智に精通するであろう彼ならば、きっとキャロルの存在についても教えてくれるのではないかと期待を寄せたのだが……。
『居ない者に言ってもしょうがない。それに、メフィラス星人が私たちの味方だと決まった訳でもない。齎す情報が確かなものだとしても、な』
「でも、メフィラスさんは確かに私たちを守護って……」
「その行動の意図、真意が問題かもしれないってところだな。話を聞く限り、メフィラス星人は”地球を己がモノとする”と言う絶対の目的を常に考え行動をとって来た。その目的に必要な事象が、あの場で響くんを未来くんを守護ると言うところに繋がったのだろう。
……きっと、俺たちに直接話をしてきたのもそれに繋がっているのだろうな」
「師匠たちのところにも、メフィラスさんが……!?」
響の言葉に首肯し、メフィラス星人がタスクフォース指令室に直接コンタクトを取って来た時の経緯を話す弦十郎。聞き入る響は先を見越したメフィラスの言葉の数々にただ驚くだけであったが、その話の意図は理解できていた。
「……つまり、私が思い悩んでいたその時にはもう、メフィラスさんは地球の危機を確信して師匠たちに伝えていたんですね。すいません、私がシッカリしていなかったから……」
「いいえ、元々は私が闇を開かせたのが悪いんです。響が悪いなんてことは……」
「誰かの非を打とうとしている訳じゃない。メフィラス星人の言葉からすると、遅かれ早かれこの時は来ていたはずだ。
キャロル・マールス・ディーンハイム……その復活まで予見していたかは不明だが、エタルガー以外の驚異が存在することは匂わせていたからな。二つの存在が、地球を終焉へと導くのだと」
「……了子さんも、似たようなことを言っていました」
「了子くんがッ!?」
驚きを隠せない弦十郎や他の旧特異災害対策機動部二課の面々が響に目を向ける。衆目を浴びる中で、響は先ほど意識の底で櫻井了子……フィーネとの話を皆に聞かせるように話した。
だが彼女が語ったものは中々に要領を得ない話。断片的な情報からでは言葉の意味の全てを理解するなど到底無理なことだ。結局分かったことと言えば、この世界を終焉に向かわせる者が居ると言うこと。そしてその時間はもう僅かにしかなく、いつ始まってもおかしくないと言うことだった。
「結局、キャロルの復活について詳細は分からずじまいか……」
「でも、きっとなにか大きな理由があるんだと思います。それが良い意味か悪い意味かは、私には分かりませんが……」
「……だけど、キャロルはまた世界を噛み砕くために動き出します。なんとなく分かるんです。想い出と共に蘇ったと言うのなら、キャロルにはそれしかないですから……」
沈痛な面持ちのまま言葉が漏れるエルフナイン。理解し難い現実をなんとか受け止めるのが精一杯ながら、彼女の
もし如何なる手段で世界の解剖を再会すると言うのであれば、この身を賭してそれを止めなくてはならない。それが父、イザーク・マールス・ディーンハイムに遺された命題に対しエルフナインが得た解答であり、唯一の望みでもある。
そしてそれこそが、
状況は変われどその想いが変わることはない。キャロルがまた同じ過ちを犯そうとしているのならば、自分はそれを止める為に最大限の力を使う。その小さな決意を固めたところで、響がおもむろに手を握り締めて来た。
「大丈夫だよ、エルフナインちゃん。何度でも……何があろうとも、エルフナインちゃんの分まで私はキャロルちゃんに手を差し伸べるから」
『そうだな。私も、君の為ならば持てる力を惜しむことはない。共に手を繋げ伸ばしていけば、必ずや……』
「うん。私たちだけじゃなくてウルトラマンたちもいる。だからこの手は絶対にキャロルちゃんにも届く。みんなで一緒に、キャロルちゃんを止めよう」
「響さん、エックスさん……はいッ!」
響の言葉に明るく顔を綻ばせるエルフナイン。その笑顔に周囲の人間たちも同じく笑顔に変わっていく。そうやって手を繋ぎ伸ばして届かせる、それを知る彼女だからこそ、真っ直ぐとそう言えるのだ。
朗らかな笑顔のままでふと周りを見回す響だったが、そこでようやく気付いたことがあった。この場に居るのは自分と未来、エルフナインと弦十郎、緒川、藤尭とあおいのオペレーターの二人も居る。だが同じ装者の仲間である翼たちの姿はこの場に無かった。様々なことが一度に起きたせいか、そんな事にも気付けずにいた自分を嗤いながら改めて周りに尋ねてみる。
「……そう言えば、他のみんなは?」
「メフィラス星人の提示した案に乗って、既にそれぞれを動かしている。マリアくんは、目下のところ音信不通ではあるがな……」
「マリアさん、大丈夫なんですか……?」
『夜間に一度、彼女と同じ波形の振動波をキャッチした。姿は捕捉出来なかったが、恐らくは
それと同時にあるデータも受け取っていた。今も並行して解析を進めてはいるが、随分と強固なプロテクトをかけられていて中々簡単に開けないんだがな』
「データ?」
「何かしらのレポートであることまでは分かったのですが、それ以上は……。でも、マリアさんがその身を推してまで送ってくれた物。きっと、大きな意味があるはずです」
使命感を帯びた強い気持ちを露わにするエルフナイン。その時、ブリッジのメインコンピューターからけたたましい警報音が鳴り響いた。
「何があったッ!」
「時空振動値、増大を確認! これは……世界数か所で同時にですッ!」
「友里、数値の大きい地点はッ!」
「ロンドン、ロサンゼルス、クウェート、バルベルデ、そして東京ですッ!」
「……そうか、遂に来たか」
険しい顔でモニターを見つめる弦十郎。響や未来も一緒にそちらの方へ向くと、モニターされてあった時空振動数値がどんどん上昇していくのが目に映る。レッドアラートも加え、素人目で見てもそれが非常事態を表していると言うことは明らかだった。
あおいの報告した五つの地点、その中でも東京の数値が最も高く上がっていき、他の地点はそれに追随するような形で上昇している。それはつまり、東京に巨大な何かが時空を超えて出現することの前兆でもある。
「前の戦いでキャロルが言っていた……。東京の中心地が、
「其処に、またキャロルちゃんが来るってことだよね……。師匠ッ!」
「言わずもがなッ! 響くんはすぐに現場へ向かってくれッ!」
「了解ッ!!」
「――ボクも、連れて行ってくださいッ!」
凛々しい声で返す響に次いで、もう一つの声がブリッジに響く。声の主は、決意で顔を固めたエルフナインだった。
「エルフナインくん!? 出向くと言うことがどういうことか、理解っているのかッ!」
「理解っています、命の危険があることぐらい。でも、ボクはキャロルに会いたい。会って聴かなきゃ、今のキャロルの想いが理解らないから……ッ!」
珍しく頑なな、決して退かず曲げない意志を示すエルフナイン。相対する相手は他の誰でもない、”
そんな彼女の小さな手を、響が優しく包むように握り締め持ち上げる。彼女の微笑みは、優しさと強さで満ち溢れていた。
「分かった。一緒に行こう、エルフナインちゃん!」
「響さん……!」
当然のように帰結した響の答えに、弦十郎は思わず呆れ顔で頭を掻く。一体何度、大人である自分がこの愛弟子の良いようにされてしまうのだろうかと思いながら。
だが不思議なことに、もうそれを受け入れている自分が存在していた。彼女なら、きっとそうするのだろうと。
「……ったく、止めても無駄ってヤツか。緒川ッ!」
「ええ、御守りはお任せください」
二つ返事で答える慎次に響たちの顔も明るくなる。あらゆる面で頼りになる彼が居てくれれば、エルフナインの安全は約束されたも同然だったからだ。
『私も行こう、エルフナイン』
「エックスさん……。でも、マリアさんからのレポートを解析するのがまだ……」
「そっちは俺たちに任せとけよ」
「オペレートは片手間になるけど、みんなで力を合わせればすぐよ」
「藤尭さん……! 友里さん……!」
『そういう事だ。君と同行するぐらいなら、解析しながらでも十分だからな。それに、君の事が心配と言うこともあるが、私自身が君と共に居たいとも思っている。だから、行かせてくれ』
「……ありがとうございます。ご一緒、してください!」
『ああ、喜んで!』
エルフナインとエックスの無垢なやり取りが、周囲に更なる活気と笑顔を齎す。それにつられてか、響は自然と未来と向き合った。
交わす言葉は余りにも簡素な、それでいてこれ以上交わす必要のない言葉だった。
「行ってらっしゃい、響。気を付けてね」
「うん、行ってきますッ!」
二人の交わすたったそれだけの言葉。いつもの送り出し文句であるそれは、同時に無事な帰還を約束するものでもある。それを誰よりも理解っている二人だから、それだけで良かったのだ。
言葉を交わし終えた響とエルフナイン、彼女の握る端末に宿るエックスと後ろに控える慎次が司令室より出動。それを見送った一同が、再度メインモニターに目を向ける。上昇を続ける時空振動数値を睨み付け、通信機に手を伸ばし語り掛けた。
「各員、状況は?」
『翼です。目的地近辺を飛行中。あと一時間もあれば到着します』
『こっちも順調に航行中。アタシとセンセイも、それぐらいで着きそうだな』
『月読調と暁切歌、北斗星司も同じくです』
『それより司令サン、マリアは大丈夫なんデスよね!?』
「ああ、きっと大丈夫だ。君たちがそれを信じなくてどうする」
『……仰る通りなのデス!』
「時空振動の上昇はもうみんな分かってる事だろう。響くんも今しがた出動した。此処が正念場だ、頼むぞみんなッ!」
『ハイッ!!』
翼、クリス、調、切歌。出動用の高速飛行艇で空を駆ける装者たちが、弦十郎に力強く返答する。それぞれ一体化した者に同伴するウルトラマンたちも、ただ静かに到着の時を待っていた。
決戦の時は近い。
戦場に赴く誰もが、其れを予感していた。