絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア   作:まくやま

40 / 62
EPISODE 19 【陽溜る大地に想い響き合いて】 -B-

 メフィラス星人の行ったテレポートによって飛ばされた場所……響の眼下に見えたものは正方形に薄く分けられたコンクリートの地面だった。二人してゆっくりと地面に降り立つ。響が戸惑いながらも周囲を見回すと、彼女の眼に映った光景には覚えがあった。

 

「ここって、もしかして……」

「そうだ。およそ三年前まで君と小日向未来が通っていた中学校、その屋上だ」

 

 抑揚のないメフィラス星人の言葉に思わず肩を強張らせる響。やはり否が応でも思い出したくない記憶が思い出させてしまう場所なのだから。そんな響の心情に気付いているのか、メフィラス星人が淡々と告げていった。

 

「案ずるな。邪魔は入らないようにしてある。私たちは此処に居るが、誰も私たちの存在には気付くまい」

「……そう、ですか」

 

 思わず安堵の溜め息を吐いてしまう。当時の同級生は残ってなどいないだろうが、それでもだ。

 一先ず気持ちを落ち着かせ、奥歯を噛み締めメフィラス星人の方へ向く響。彼女には今、疑問が滾々と湧き出ているが、その全てを言葉には出来るほどの余裕は無い。だから、ただ真っ直ぐと不器用に、たった一つの言葉で一番の疑問をメフィラス星人にぶつけていった。

 

「未来は、一体どうしちゃったんですか?」

「簡単なことだ。彼女の内に潜んでいた闇が目覚めた。それだけだ」

「闇……もしかして、影法師ですか?」

「察しが良いな。君はそういうタイプの人間ではないと思っていたが、認識を少し改めよう。

 君の言う通り、小日向未来から目覚めた闇は黒い影法師に依るものだ。君も彼女の手にダミーダークスパークが握られているのを見ただろう?」

「じゃあ、未来の纏っているシンフォギアは……」

「あのシンフォギアは彼女の記憶から生み出された、限りなく現実に近いイミテーション。シンフォギアに本来備わる301,655,722種類のロックは存在せず、彼女の記憶に存在する姿形と機能のみを有しているに過ぎないモノだ」

 

 やはり何処までも無感情に答えられる。それが何処か馬鹿にされているようにも感じられ、響の内心にも苛立ちが沸き上がって来た。

 

「……未来を助ける方法は?」

「性急だな。まぁいいだろう。

 彼女を助けること自体は簡単だ。影法師が侵食した闇を引き剥がせばいい。それが出来れば、の話だがな」

「どういうことですか?」

「彼女は闇の力と強く一体化している。君たちの言うユナイトだな。果たして彼女がいつ影法師に憑かれたかは私の知るところではないが、時間をかけて一体化した闇はそう簡単に破ることは出来ないぞ」

「……簡単に行かなかったのはこれまでも同じです。出来なくたって、やってみせます。未来を操る闇なんて――」

「そうだね、君ならばそう答える。だが、君は一つ大きな勘違いをしているようだ」

「勘、違い……?」

 

 告げられるメフィラス星人の言葉に動揺を隠せない。未来があのようになったのは影法師のせいだ。フロンティア事変にてシェンショウジンを纏った時も、彼女の抱く想いを利用され、操られ、歪められた結果だ。今の彼女はそれと同じ状態なのだと、響は考えていた。だがそれを、眼前の異星人は真っ向から否定したのだ。

 

「今の小日向未来のは、間違いなく彼女自身が望んだ姿だ。彼女自身が抱える想いが、そうさせている」

「嘘……嘘だ、そんなのッ!」

「嘘ではない。嘘を吐く理由も、私には存在しない。アレもまた紛う事無き、小日向未来なのだ」

「違う、そんなはずない。だって未来は、未来は……ッ! 私にとって、一番あったかい場所で、陽溜りで……」

「そうだ、彼女は君の陽溜りだ。だが陽溜りとは一つの場所にしか差さぬ光でもある。光が差さぬ場所へは何が残る? 何が齎される?」

「――闇……?」

「その通りだ。それこそが彼女の闇。陽溜りの外にある永劫の暗黒だ。

 ”小日向未来”と言う陽溜りがあり、その中心には”立花響”が存在する。中心に位置する立花響の周囲には、君の友人や仲間たちが君を覆い囲む。それは立花響が望んだ世界。守護ると言った世界に相違ない。

 だが時に、心無き者は陽溜りの内に居る者へ向けて攻撃する。それに対し陽溜りの主はどうする? 陽溜りの外にある闇を獰猛なる牙持つ顎へと変え、心無き者を喰い千切り、闇へと返す。本来は干渉しないモノに対して極めて無害な闇ではあるが、外からの攻撃が続けばやがてその牙は無自覚に陽溜りへと足を踏み入れた者すべてを喰らう番犬ともなろうな。だがそれも、小日向未来と言う存在の一端なのだ。

 悪しき心に身を窶した事のある君ならば理解るだろう。マイナスエネルギーである影法師は人を操り闇に染めるのではない。人に巣食い内に秘めた闇の手を引くものなのだ」

 

 メフィラス星人の放った言葉に愕然とする響。彼の語る言葉は一言一句の全てが正鵠を射ていた。響自身が望んだ世界、未来が求めた世界。それが闇と言う形で成就されようとしていたのだ。

 言葉を失う響に、メフィラス星人は何処までも淡々と言葉を続ける。前に会った時には一瞬でも見せた喜楽な感情すらも見せないように。

 

「どうするかね、立花響。幸福にも君にはいくつかの選択肢が用意されている。決して多くは無いがね」

「選択肢……?」

「小日向未来を受け入れ、世界を君が望み彼女が生み出す安寧のものとする。もしくは彼女の表面上の闇を祓い、上辺だけの回帰を手にする。コレがまず大きな二つだろうな。

 または私に地球を譲渡してその代償たる我が力で彼女の闇部を消し去るか、君がヒトとしての全てを振り切り光の全てと同化して地球の守護者となる手もある。力と使命を全て棄て去り逃げ出すのも、エタルガーに降伏と敗北を告げ蹂躙されるのも、ある意味では選択肢の一つだな。

 もちろん、万事を治める選択肢もまた存在している」

「そ、それは!?」

 

 その言葉に響の眼が力を取り戻し思わず強く訴えかける。食い入る響にもメフィラス星人は特に感情を傾けることもなく、淡々と告げた。

 

「――君が、小日向未来を拒絶することだよ」

「……私が、未来を拒絶……!?」

 

 響の顔から血の気が失われる。言われたその解決方法は、響にとって考えの及ぶものではなかったからだ。

 だがそれも当然だろう。小学生の頃からの仲であり、三年前の事故とその後この場所で起こった批難に対して数少ない心の拠り所の一つであったのが小日向未来と言う存在なのだ。力を手にしてから遭遇した三度の事変でも、彼女は立花響にとって守護るべき存在であり縋るべき場所の一つでもあった。そんな心を支える支柱の一つを拒絶するなど、思索の中に浮かぶはずがなかったのだ。

 

「そんな……そんなこと、私には出来ない……ッ!」

「そうか。君がそれを選べないと言うのであればそれも良いだろう。全ては君自身の未来(あした)、何を選択するかは君の自由だ。

 だが忘れないでおきたまえ。小日向未来の行動理念は、”全て”が立花響を中心としていることを。立花響の意志と是非が、立花響に訪れるあらゆる事象が、小日向未来を盲目的な未来(あした)へと突き動かしている原動力となっていることを」

 

 冷徹とも取れるメフィラスの言葉に困惑のままへたり込んでしまう響。理解出来ないのではなく理解を拒んでいるのだと言うことは彼女自身も分かってはいたが、選択を提示されたせいか思考の中で右往左往してしまっていた。

 そんな響に対し、メフィラス星人は一拍の溜め息を吐き自身の持っていた考えを述べていった。

 

「私が君たちに興味を惹かれたのも其処なのだ。互いに他者の為に在る事を原動力としているのに、あまりにも不揃いな君たちが肩を寄せ合っているのが不思議で仕方なくてね。だから私は君たち二人に対して「地球を譲ってくれないか」と問い掛けた。

 最初は君たち二人に拒絶されたから諦めはしたが、今回は彼女からは譲渡を言い渡され、君からはまだ答えを貰っていない。だから君を邪魔の入らない場所へ連れて来たのだ。

 ……だが、その調子では答えも出せそうにないな」

 

 右手を伸ばし僅かに念じると、先程同様に響の周囲に超能力の力場が発生、彼女の身体を覆い包む。へたり込んだ姿勢のまま、また響の身体がゆっくりと宙へ持ち上がった。

 

「何を選択するのか決まったら教えてくれ。私に向かって念じてくれるだけで良い。迎えに行こう」

 

 それだけ言い残して、響を独りテレポートで何処へと転送した。

 

 

 ……次に響が目にしたのは、夕焼けの赤い光に照らされた芝生が広がる河川敷だった。

 覚えがある。この道はほんの少し前の夏の日、仲を取り戻した父と共に歩んだ道だ。呆然と首を回し周囲を見る。道の向こうに目を向けた時、人影が視界に入った。それは相手も同じようで……否、相手の方がハッキリと響の姿を認識したようで、駆け足で彼女の方へ向かって来た。

 

「おお~い、響じゃないかぁ!」

 

 その姿をよく知っている。響にとってはとてもよく知る人物だった。先の魔法少女事変で再開し、紆余曲折はあったもののもう一度その手を繋げられたかつて壊れていた絆。今はまた繋がっている存在。

 立花洸。響の実の父である。

 

「お父、さん……?」

「連絡も無しでどうしたんだ? 帰って来くるなら言ってくれれば迎えに行ったのに」

「……あ、うん、ごめん。なんか、こっちも急で……」

「そうか。東京は怪獣騒ぎでそっちも忙しいんだもんな、仕方ないか」

 

 気さくな笑顔で話す父にぎこちない顔で返す響。彼女の顔色に気付いていないのか、洸は変わらず話を続ける。

 

「しかし急に来たってことは、もしかして今度はこっちに怪獣が出るとかか? だとしたら母さんたちにもすぐ報せないとな……」

「う、ううん、そういうのじゃないんだ。大丈夫、だから。……そ、それより、お父さんはどうしてこんなところで?」

「就職活動の帰り道さ。流石にまだ、母さんたちの家にもう一度上がり込むことは出来ないし、せめてちゃんとした職を掴んでからじゃないと……と思い勇んだんだけどな。中々上手く行かなくてこのザマさ」

「お母さんやお祖母ちゃんとは、まだ……?」

「なんとか週に二回ほど、一緒に飯を食べてくれるぐらいだよ。やっぱ響の言ってた通り、そう簡単に元通りとはいかないもんだ」

 

 自嘲するように笑う洸。情けない話を語る父ではあったが、何処かで響は安堵していた。幼い頃の想い出にあった”カッコイイお父さん”ではないかも知れないが、父は今頑張って向き合っているのだと理解できたのだから。

 それは響にとって嬉しい事でもある。だが、今の彼女にはそれを手放しで喜んでいられる余裕は無かった。

 

「……そっか、頑張ってるんだねお父さん」

「響が頑張ってるの、今はよく理解るからな。怪獣とウルトラマンの報道を見る度に、あの何処かで響も誰かの為に頑張ってると思うと俺も頑張んなきゃなってなるんだ。

 俺が今こうして頑張れてるのは、響のおかげだよ」

「……ありがとう。ゴメンね、帰りの途中だったのに。私も、もう戻らなきゃ……」

「そうか、今は大変そうだもんな。怪我しないように……って言っても無理かも知れないけど、気を付けてな、響」

「うん……」

 

 作った笑顔で手を振り、去り往く洸の背中を見つめる響。それは特別他愛のない、離れて暮らす父と娘の会話に過ぎなかった。

 徐々に離れていく父の姿。眺めていると響の胸の内より何かが沸き上がり心を曇らせていく。状況は違う、大きく変わった。それなのに、彼女の中でいま眺めている背中は三年前のあの日と被らせてしまっていた。

 何故か逸る心は自然と脚を前に動かし、進む歩みは駆け足へと変わっていく。あの時と違うのは、今は追えば追い付けると言う確信だった。ワケの分からぬまま動く身体はやがて離れていた背に追い付き、そのままぶつかるように捕まえた。

 洸にとっては背後からの不意打ち。その衝撃に咳き込みながら後ろを見ると、其処には俯きながら腰に手を回し頭を押し付ける娘の姿があった。

 

「ははは、痛いなぁ響。もう小さな子供じゃないんだから、体当たりは勘弁してくれ」

 

 軽口で返してみるが響からの返答は来ない。だが、わざわざぶつかってくるには何かしらの理由があるのは理解る。その全てに理解は及ばなくても、彼女が何を望んでいるか洸には少しだけ分かるような気がした。

 

「もう少し、話すか」

 

 小さく頷く響。洸に肩を叩かれて彼の腰から手を放し、二人並んで河川敷の下に続くコンクリートの階段へ腰を掛けた。沈み始めている夕日が、河を赤く照らしていた。

 

 

「なにか、あったのか?」

 

 優しく尋ねる洸の声。だが響は膝を抱えたまま答えようとしない。やや困ったように頭を掻く洸だったが、徐々に響が声を出した。

 

「……お父さんは、さ」

「うん?」

「……友達と、ケンカしたことって、ある……?」

 

 思わぬ質問にすぐにでも事情を問いたくなる洸だったが、気持ちを抑え真摯に答えていく。つい軽く答えようとしてしまう自分の短所を、以前よりは分かるようになったつもりだった。

 

「そりゃあるぞ。この前も就職活動やり直す時に、友達と色々言い争って来た。……と言うか、俺が一方的に怒られただけかな。嫁と娘を置いて逃げたヤツが、今更なに調子の良いこと言ってんだって」

「それで、お父さんどうしたの……?」

「勿論、頭を下げて必死にお願いした。俺が仕出かした事だからな」

「……やっぱそれ、ケンカって言わないじゃん」

「――そうだよな。ハハハ」

 

 響からの返しについ軽薄な笑いで返してしまう洸。それは響にとって情けない父の姿として映ってしまい、やはり彼に相談するのは間違いだったのかなと考えた。だが、言葉を続けたのは洸の方だった。

 

「……でもな、その時に、『こんな男とやり直そうと思うなんて、嫁もそうだが娘もどうかしてる』って言われてな。何年振りだろうってぐらいに本気で怒っちまったんだ。

 俺の事はどれだけ馬鹿にしてもいい。でも、こんな俺に本気で向き合ってくれた娘の事は絶対に馬鹿にはさせない、って胸座掴んで言っちまった。いやー小っ恥ずかしい話だ我ながら」

「お父さん……」

 

 恥ずかしそうに笑う洸だったが、それが響にはとても眩しく恰好の良いものに見えていた。同じ軽薄な笑い顔なのに不思議なものだ。だが彼女の心には、しっかりと父の頑張りが刻まれたのだ。

 何処か感に呆ける響に、今度は洸が顔を向け尋ねる。彼が唯一思い当たる、娘の相談にある中核部分を。

 

「未来ちゃんと、ケンカでもしたのか?」

「なっ、なんで!? そんなこと、全然ない、よ……?」

 

 慌てて否定をするも、本当に否定出来ることかは分からなくなっていた。口にしたものの何とも言えぬ表情でまた膝を抱える。具体的なことは理解らなくても、それだけで図星なのだと洸にも気付くことは出来た。

 

「……そんなこと、無いと思う。思うんだけど……」

「未来ちゃんとケンカしなきゃいけなくなりそう、ってところか」

 

 洸の言葉に肯定も否定も出来なかった。先程メフィラス星人から提示された選択肢の一つ、”未来を拒絶する”と言うことはきっとそういう事なのだと響は思っていたからだ。そんな響の姿を見て、洸は大きく息を吐きながら暗くなり始めている空を見上げた。

 

「思い出すなぁ……。響がまだ小学生の頃だ。家で一緒に遊んでた未来ちゃんとケンカしたことあったっけ。なんとかってオモチャを取り合いっこ、引っ張り合って壊してしまい、二人してどっちのせいだで大泣きだ」

「……やめてよ」

「あんまり二人が泣くもんだから、未来ちゃんの親御さんたちにも来て貰って話し合ったな。お互いに新しいのを買ってあげたら仲直り。あのケンカも何処吹く風で、すぐにまた二人仲良く遊んでたっけな」

「やめてよお父さん! もうあの頃とは違うの……。あんな子供のケンカじゃないんだよッ!?」

 

 場違いな洸の思い出話に響の激昂が飛ぶ。怒っているようで泣きそうな、溢れる感情を抑えるので精一杯な顔をしている。だがそんな響の激しい感情を、洸はただ笑顔で受け止めていた。

 

「ケンカの種なんて、理由は大小あれどどれも子供みたいなもんさ。俺も、響の見てないところで母さんとそんな子供みたいなケンカしてたぞ?」

「それは……でも、それとは……ッ!」

「……まあ、違っても俺には理解らないよな。俺が響たちの前から逃げたあと、響の傍に居てくれたのは未来ちゃんだ。俺なんかよりもずっと強く未来ちゃんを信頼してるのは理解るつもりだよ。

 だから、ケンカすることで今の関係を壊すんじゃないかっていう恐怖も理解る、つもりだ。……逃げ出して全部壊した俺が言っても説得力無いかな、やっぱ」

 

 またも自嘲した笑みを浮かべる洸に響は何も言えなくなる。父の言ったことは正しかった。自分を支え続けてくれた存在、自分にとって最もあったかい居場所。どんな大義名分があったとて、それを拒絶することは築き上げた世界を壊すことに違いないのではないか。それは、響にとって何よりも大きすぎる恐怖だった。

 自覚することで心は冷め切り、また膝を抱えてふさぎ込んでしまう響。洸はただ、上手く言えなくても娘の為に自分の想いを紡ぎ放っていった。

 

「……壊れたモノは、そう簡単には元には戻らない。でも、響の手には壊れたモノを繋ぎ合わせる力があると思う。そりゃ無理くりなんとか繋いだところで歪な形になるかも知れない。けど、それは前よりも強く固く繋がっているんだ。

 俺はそれを知っている。だって俺が今母さんたちと繋ぎ直そうと出来ているのは、響が俺の未来(あした)を繋いでくれたおかげなんだからな」

 

 響の頭に手を乗せ、優しく撫でる洸。何時以来だろうか、こうやって父に頭を撫でてもらうのは。少し恥ずかしくて、照れくさくて、でも温かくて優しい手だ。その温もりに甘えるように、響はただ膝を抱えたままで受け入れていた。そのままでようやく、一番尋ねたかったことを声に出せた。

 

「……ねえ、お父さん」

「なんだ?」

「未来が……大事な親友が自分の為に周りの誰かを傷付けてるとしたら、どうしたらいいのかな……」

「うーん……。もしそうだとしたら、響はどう思うんだ?」

「……私を想ってくれてるのは嬉しい。でも、私なんかの為に誰かを傷付ける未来で居て欲しくない……。未来の未来(あした)が、そんなものに染まってしまうのは嫌だ。

 未来の未来(あした)は未来だけのモノ……。ずっと私を支えてくれた未来には、ちゃんと幸せになって貰いたいもの……」

「だったら、その事をちゃんと未来ちゃんに言ってあげないとな」

 

 洸の言葉に顔を上げる響。見上げた父の顔は優しく微笑んでいた。

 

「世の中言わなきゃ理解らない事ばかりだからな。俺も響と再会するまであの時の響の気持ちは理解らなかったし、さっきも理解らずに帰るところだった。

 親子でもそうなんだ、たとえ親友でも本気で面と向かって言わなきゃいけない時があるさ。それでもしケンカになって傷付け合っても、本当に正しいのが何方か分からなくなっても、周りから無意味だと言われたとしても……それは、二人の間では何よりも意味のある事なんだから。

 だから――へいき、へっちゃらだ」

 

 父の言葉で記憶の底から引き上げれたモノ。さっきも言われた、幼い頃にやった”子供のケンカ”。

 何方が正しくて何方が間違っていたかも分からずに、無意味に罵り傷付け合ったあの日。だが、今となってはあの日の傷は二人の仲を一歩深め固めた要因の一つに過ぎない。そんな他愛ない、それなのに何時からかずっと忌避していたことを、響はようやく思い出した。

 思えばシンフォギアの力を手にしてからも何度も本気の想いをぶつけ響き合わせて来た。翼に、クリスに、了子に、マリアに、調に、切歌に、キャロルに、エルフナインに、洸に、みんなに……。ぶつかったから繋がった。繋がったからより強くその手を握り固められた。そして永遠に広がる繋がりは、その全てが響にとっての”陽溜り”だったのだ。

 その光を心に宿した時、先程まで重く苦しかった胸の内が、今は不思議と軽くなっていた。

 

 知らず日も暮れて、暗い夜空には星が光りはじめている。灯りの無い河川敷、だがそんな場所でも、響の眼にはハッキリと父・洸の励ましの笑顔が眩しく映っていた。

 心に差し込まれていく光。響にとってそれは、世界で何よりも心強い”陽溜り”の温もり。それが理解った時、重い腰を持ち上げ起ち上がった。

 後を追うように洸も起ち上がる。此方に視線を向ける娘の眼は、彼女本来の真っ直ぐとしたものに戻っていた。

 

「……ありがとうお父さん。もう、大丈夫」

「そうか。響の力になるなら出来る限りのことはするけど、今の俺には話することぐらいしか出来ないからな……」

「ううん、嬉しかったよ。お父さんに相談して、本当に良かった」

 

 暗がり始めた夜に眩しく咲く響の笑顔。洸にとってはそれが、何よりの喜びだった。満足げに二人並んで背筋を伸ばす。溜め息を吐き僅かに気を抜いたところで、おもむろに洸が再度響に問い掛けた。

 

「でも、あの未来ちゃんとそこまで真剣にケンカしなきゃいけないことって一体何なんだ?」

「あー……それは、その……」

 

 流石に言えやしない。未来から目覚めた闇やメフィラス星人から提示された選択肢……機密もあるだろうが込み入った事情になり過ぎて簡単に説明しきれないと言うのが本音だった。

 そんな響の事情など知るはずもなく、洸は自分の尺度で思い付く答えを投げかけた。

 

「……もしかして、響」

「な、なに……?」

 

 深刻な顔だった。もしかすると母との仲を取り持ってほしいと言い出した時よりも辛く苦しそうな顔だ。一体何が父の顔をそこまで歪めるのだろうかと、響も思わず真剣に見つめ返していた。果たして続く言葉は――

 

「――お前、彼氏が出来たんじゃないだろうなッ!?」

「……は?」

「いや、もしかすると同じ男を好きになったのかもしれない……ッ! 恋愛と友情の天秤は非情にデリケートな問題だからな……。

 ずっと二人一緒だったんだし、リディアンは女子高とはいえ男の先生もいるって聞くし、そもそも響の上司……で良いんだよな。あの人たちも男前やイケメンばかりで年頃の女の子には選り取り見取りのはずだ……!」

 

 わなわなと身体を震わせながら爛れた恋バナを夢想し呟き続ける父を、娘は呆れ返った眼で突き放すように見つめていた。まさか、そんなことを言われるとは思っても見なかったからだ。

 

「ハッ! まさかお前が師匠と呼んでるあの人かッ!? そうなのか響ッ!? 彼氏が出来たのならちゃんとお父さんにも合わせて欲しいけど、あんな見るからに強い人が来られてもお父さん困るぞッ!!?」

「ああぁもう違うってばお父さんそういうのじゃないのッ!! こちとら彼氏居ない歴は無事に17年を越えちゃって未だ順調に進行中で音沙汰無しッ! って言うか、誰のせいで現在進行形で記録更新中だと思ってんのッ!?」

「お、俺のせいなのか!?」

「そーだよッ! お父さんが居なくなったおかげで共学の学校へ進学って言う選択肢もパーになったんだから!

 それにね、もし彼氏が出来てもお父さんより先にお母さんに紹介するに決まってんじゃないッ! そういう事言うんなら、早くお母さんとヨリ戻してよねッ!! 分かったッ!!?」

「……はい」

 

 夜道に轟く痴話喧嘩の様相を見せる罵声。その一頻りを喰らってしまい、今度は父である洸が物凄くしょぼくれた顔になってしまった。いい年なのに泣きそうだった。

 一方で言いたい事をブチ撒けた響は随分とスッキリした顔になっていた。なんとも清々しい表情だ。その顔を見て洸は安堵の溜め息を吐き、微笑みながら響に声をかけた。

 

「スッキリしたか?」

「あ……うん、スゴくスッキリした」

「お父さんはスゴく傷付いたぞー」

「だからそれは……! ……ううん、ゴメンなさい。私もちょっと言い過ぎたかも」

「いいや、響の言う通りだからな。そう言って背を叩き押してくれるから――」

 

「「へいき、へっちゃらだ」」

 

 二人揃って言葉を重ねる響と洸。どちらからともなく笑い出す。たったそれだけで、響の心は輝きを取り戻していった。そして確信した。自分がなにを選ぶのかを。

 

「それじゃお父さん、行ってきますッ!」

「ああ、行ってらっしゃい響ッ!」

 

 最早交わす言葉はそれだけで良かった。走り出す娘を、父は優しく見送る。内に秘めた輝きをただ信じて。

 

 

 

 走りながら心に念じる。相手は先ほど話をしていたメフィラス星人だ。

 

(決めたのかね?)

「……よく分かりません。でも、私がいま未来と会って何がしたいのかは分かりました」

(ほう……)

「一つだけハッキリ答えられることがあります。私は、やっぱりあなたには地球を渡せませんッ!」

(エタルガーに屈するということか?)

「それはありませんッ!」

(では人を棄て地球の守護者になるか?)

「それもありませんッ!」

 

 確固たる自信を持って言い放ち、逃げ道を一つ一つ潰していく。走り出したこの想いは、逃げる為のモノではないのだから。

 周囲の空間が歪んでいく。メフィラス星人がテレポートをしたのだと肌で感じられた。それでも足を止めずに走り続ける響。その先に、待っている人が居るのだから。

 

(ならば立花響、君は一体何を選択するんだね?)

「それは……」

 

 やがて歪みは治まり、月光の照らし出す濃緑の丘へと転移される。思わず制止し見てみると、目線の先には何度も見て来た少女の背中が映る。今の彼女は、別れる前に着ていた制服姿のままだった。

 力を纏わぬ彼女の姿を確認すると共にその表情に決意を固め、響はゆっくりと歩き出していく。そして、メフィラス星人に問い掛けの答えを返していった。

 

「……見ててください。私の、答えを」

 

 告げたあと一瞬の間を空けて、誰かの気配に気付いたのか未来が振り返る。歩み進む響の姿を目にした途端、嬉しそうに綻び自分から駆け寄って行った。

 

「響ィッ!」

 

 跳び付き抱き締める未来に、響は足を踏ん張り直立のままで受け止める。すぐに持ち上がった未来の顔は、心配もあったのか何処か上気しているようにも見えた。

 

「大丈夫? 何処も怪我なんかしてない?」

「うん、大丈夫」

「あの宇宙人から何も酷い事されなかった? もしされてたら言ってね。私が始末しておくから」

 

 平然と飛び出す暴力的な言葉に思わず奥歯を噛み締める響。だがそれに返す言葉は、出せなかった。

 

「ふふ……でも嬉しいな。やっぱり響は私のところに帰って来てくれた。そしてこれからは、ずっとずっと永遠に、響の理想の世界がやってくるの。

 誰かを傷付けることはなく、誰かに傷付けられることもなく、みんなが優しい笑顔で楽しく歌う、そんな理想郷。響が望んだ、一番幸せなあったかい世界」

「……そうだね。それは間違いなく、私の望んだ理想の世界だと思う。

 ――でもそれは、”私の未来(あした)”じゃない」

「響……?」

 

 そっと肩を押し、響が未来を身体から離す。予想だにしない事態に、未来は力無く後ろへ数歩引き下がって行った。

 

「みんなが笑って過ごせる普通の日常、なんでもない日々……それを守護るのが私の夢。いつか、地球の全部が手を繋ぎあえる世界の為に……私が、自分の手で叶えたいものなんだ」

「……よく、理解らないよ響。同じだよ? 響の夢、響の理想、その全てが此処に――」

「無いよ。此処に、そんなものは無い。あるのは小さな陽溜りと、そこに入れずにただ凍えて朽ちる世界だけ。そんなものが、理想であっちゃいけないんだ」

「理解らない、理解らないよ響……! どうして……? 響にとって永遠に優しい世界を、なんでそう言うの……ッ!?」

「だって、世界は私だけのモノじゃないんだよ。大好きな友達がいて、大好きな仲間がいて、大好きな家族がいて……みんなそれぞれに世界があって、それが地球の全部に広がって、この”世界”が生きている。

 時には争い事も起きるし、怒りや憎しみが広がることもある。それでどれだけ傷付けられたのかも、よく知ってる。

 でも、それを塗り替えられるぐらいの優しさや喜びがある事も私は知ってる。この力が……胸の歌が、それを教えてくれた」

 

 胸の前でギアペンダントを握り締める。運命を変えた胸の傷。託し、繋ぎ、紡がれた魂の絆。それこそが、今の立花響が歩んできた道……歩んでいる道なのだ。

 

「……ちゃんと言うよ、未来。

 私は、みんなの未来(あした)を守護る。その為に戦う。前向きな自殺衝動だとか、そんなんじゃない。みんなと手を繋ぎたいってのは、私の夢だから。

 その夢を邪魔するって言うんなら、たとえ未来が相手でも容赦しない……ッ!」

「……無理だよ、そんなの。だって世界はこんなにもバラバラで、いくらでも響を傷付ける。無謀な夢を追い続けても、傷だらけになって倒れるのは響なんだよ? 私はもう、そんなのは見たくないの……ッ!

 だから私は響を守護るの。響の大好きな人達を、世界を、陽溜りを、全部一つに集めてまとめて、響が絶対に傷付かないようにする。響を幸せにするのが、それだけが私の夢なんだから……ッ!」

 

 決意を込めた響の言葉に、悲痛な哀願のように声を上げる未来。闇に覆われながらもなお秘めた想いを吐き出すかのように。

 

「響が幸せになるんならなんだってする。誰かを傷付けることも、この身が穢れることも厭わない!

 響の怒りも悲しみも憎しみも、全部私が受け止めて包み込む……。それが、響にあんな酷い痛みを受ける原因となった私が現在(いま)を生きる理由、存在意義なの! それしかないのッ!

 だって――私は響を愛しているからッ! 愛さなきゃいけないからッ!! 響だけをッ!!」

 

 解き放たれた想いの底を聞き、響の顔が更に歪む。喜怒哀楽の全ての感情が融け合い混沌と化し、単純な思考さえも奪い去っていく。最早互いに、感情のままに叫び散らすしか出来なかった。

 

「未来の馬鹿ッ!! 私なんかの為に、自分の未来(あした)を棄てないでよッ!! 未来のあったかい手を、そんな悲しい事に使わないでよッ!!」

「馬鹿は響だよッ!! あんなに辛い想いばかりしてきたのに、なんでそんなことを言うのッ!? 永遠に幸せなままの世界の、なにが悪いって言うのよッ!!」

「……うん、辛い想い、いっぱいしてきたよね。でも、あの時の辛い事が無ければ、私はこの力で誰かを助けることも出来なかった。弓美ちゃんと詩織ちゃんと創世ちゃん、翼さんやクリスちゃん、マリアさんに調ちゃんと切歌ちゃん、エルフナインちゃんたち……みんなと仲良くなる事なんか出来なかった。

 それに未来とも、こんなに仲良くもなれなかったんだよ……ッ!!」

 

 響の言葉に初めて未来が狼狽える。余りにも純粋に手を伸ばし繋ぎ、何度傷付いても立ち上がり、真っ直ぐと進んでいった彼女だからこその真意だった。

 

「……クリスちゃんが進路で悩んでる話を聞いた時、思ったんだ。遠くないうちに、私も未来もリディアンを卒業してそれぞれの道に進むんだろうなって。そして大人になって、色んな場所でいろんな人と出会っていくんだろうなって」

「――やめてッ!! そんなの聞きたくないッ!!! ずっと、ずっとこのままで居ればいいのよッ!!!」

「世界が広がっていく中で、了子さんみたいに誰かに恋をして、お父さんとお母さんみたいに誰かと一緒になり、また新しい命を繋いでいくのかもしれない。でも上手く出来ずに、傷付き苦しむかもしれない」

「響の隣には私が居ればいいッ!! 私だけが居ればいいのッ!! 他に何もいらないッ!! そうすれば、傷付き苦しむことなんかないッ!!!」

「――【傷無き絆など、戯れ睦み合いに過ぎない】。きっと、そういう事なんだよ。

 傷に甘え、傷を恐れて傷付かずに立ち止まってしまうのは、それはただの仲良し……。でも、痛くて辛い傷跡はもう一度繋ぎ合わせることで今よりももっとずっと強い絆として結ばれるんだ。

 確かにそれは簡単なことじゃない。駄目な場合や相手が居るってことも理解ってる……。でも、傷を越えて繋ぎ結びあえるってことも私は知っている。それがどれだけ幸せなことかを知っているから、私はいつかみんなと手を繋げれるようになりたい……ッ! みんなで幸せになりたいッ! そんな未来(あした)が欲しいんだッ!!

 私一人だけが幸せな未来(あした)なんて、私は要らないんだァッ!!!」

 

 未来の脳裏でなにかが瓦解していく。彼女にとって立花響の為にと積み上げ重ねられたすべてを、立花響によって否定、破壊されたようなものだった。

 呆然とした顔で涙を溢れさせながら力無くへたり込む未来。直後その身体から、内包された瘴気が堰を切ったかのように溢れ出す。黒い瘴気は未来の身体を包み込み、その身にシェンショウジンのシンフォギアを具現化させ纏わせた。

 力無く宙へ浮き、心を閉ざすかのように頭を抱え顔のバイザーを閉じる。高められた瘴気は未来の頭上で固まり、ダミーダークスパークを形成させた。

 

「いや……いやだよ響……。響のための世界……響のための未来(あした)……それを否定されたら、私にはもう、何もない……」

「未来……」

「――……そうだ、無くなってしまえばいい。なにもかも無くなればいいんだ……! 世界も、未来(あした)も、愛するものも、大事なものも……なにもかもッ!!」

 《ダークライブ -カミーラ-》

 

 ダミーダークスパークがシェンショウジンを纏う未来の後頭部、脳へ侵蝕するデバイスの中央部に突き立てられる。六角形の紋章が光と共に未来の身体を包み、膨張した闇がやがて巨人へと姿を変えた。

 暗い黄色と灰銀の肉体を持つ女性型の巨人。それは別の次元の地球にて、超古代に存在した闇の巨人を率いた凍て付く愛憎の戦士。紅蓮の双眸で響を見つめ、夜天を仰ぎ泣き叫ぶような咆哮を上げる。

 俯きながら握り締める響の拳に、彼女の意志に応じたのかエスプレンダーが顕現されていた。

 

「……無くさせない。世界も、未来(あした)も、なにもかも。愛するものも、大事なものも……この世界には、いくらでもあるんだからッ!!!」

 

 握るその手を右胸元で構え、強く歯を食いしばり想いと共に顔を上げる。その眼に大きな涙を浮かべながら、地球という大きな世界から授かった光を解放する聖句を、まるで幼子の癇癪の如く……喚き散らすように吠え叫び、拳を夜天へと突き出した。

 

「ガぁイアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

 光が花開くように広がり、輝きと共に赤き光の巨人が顕現する。二人の巨人が相対し、視線が交わった瞬間全てを理解したかのように互いに駆け出した。

 ガイアの大振りの拳がカミーラの胸部にめり込む。強い一撃に一瞬怯むものの、腕を捕らえたカミーラはそのままガイアの胸に連続で蹴りを打ち付ける。初撃の打ち合いで互いに距離を取った後、ガイアがまた拳を振りかざし打ち放った。

 放たれる拳を逸らし、撃ち込まれる脚を受け止め、連続で続くガイアの猛攻を反射だけで捌いていくカミーラ。変身者である立花響の戦いを傍で見て来た小日向未来が素体となっているからだろうか、それとも秘めた愛憎が影法師が形を変えたカミーラと深くユナイトした結果なのかは定かではないが、相対する響にとってはあらゆる意味でやりにくい相手だと言えた。

 それでもと拳を握り固め撃ち抜くように放たれる一撃。だがカミーラはガイアの腕を取って躱し、空いた胸部に手刀を打ち込んだ。打ち込まれたところから凍て付くような痛みが走り、思わず呻いたガイアが胸を見下ろすとカミーラの手から凍り付き始めている。そのまま力任せに押し切られ、火花を上げながら吹き飛んだ。カミーラがその手から生み出す氷の刃【アイゾード】である。

 その氷の刃を更に伸ばし、柔軟にしなる【カミーラウィップ】へと形を変えてガイアへと放たれる。縦横無尽に襲い掛かる氷の鞭が攻め立てていき、それを両腕で防御しながら耐えるガイア。固めた腕がカミーラウィップから放たれる超低温の冷気で徐々に自由が奪われていくのを感じられていた。だが、そんな程度で止まる訳にはいかないのだ。

 

「ダアァァッ!!」

「ッ!?」

 

 放たれた鞭の一撃を左手で捕まえ巻き付かせその動きを封じる。そこから力任せに引き付け、右腕に溜め込まれた光のエネルギーを剛拳に乗せてカミーラの胸へと直撃。ゼロ距離から貫くエネルギーのインパクトを叩き込んだ。

 吹き飛び倒れるカミーラと、一瞬気が抜けたのか膝を付くガイア。ライフゲージはまだ点滅していないものの、巨人の肉体越しにも疲労が見て取れた。だがすぐにカミーラは、未来は立ち上がる。真っ向からダメージを与えたせいか、瘴気をより強く昂らせその身に纏わせていく。そしてその胸の内から、聖詠が解き放たれた。

 

「――Rei shen shou jing rei zizzl……」

 

 纏う瘴気が爆ぜ、カミーラの身体へと固着していく。それは紛うことなき小日向未来を歪めた鏡の聖遺物より生まれしシンフォギア。濃紫色の鋼が腕部と脚部の外殻となり、背部からは二本のカミーラウィップが禍々しく伸びる。そして獰猛な顎の如きバイザーが閉じ、接合部から紅蓮の輝きが漏れ放たれた。

 

(未来……まだ、こんな事やらなきゃいけないの……!?)

 

 哀願にも似た響の本音が漏れる。自らの意志で彼女を突き放した。相対した。だが心底より望んでいた事ではない。未来が止まればすぐに止める……そんな都合の良い考えと矛盾がやり場のない想いとなって握る拳に現れる。

 首を振るいながら立ち上がり胸元で拳を構えるガイア。同化する響は、その光の中で先程の父との語らいを反芻していた。

 

(……駄目だ、ちゃんと向き合うんだ……ッ!

 たとえ親友でも本気で面と向かって言わなきゃいけない時がある……。それでもしケンカになって傷付け合っても、本当に正しいのが何方か分からなくなっても、周りから無意味だと言われたとしても……それは、二人の間では何よりも意味のある事。

 ――決めたんだ。未来の本心と、ちゃんとぶつかり合おうって……。私から始めたことなんだ……最後まで、とことんまでぶつけ合わなきゃ。でなきゃ、もう未来のことを親友だなんて……一番あったかい陽溜りだなんて、言う資格は無い……ッ!

 最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に……この胸の想いを全部、ぶつける為に――だからッ!!)

 

 マイクユニットを取り外す。鋭角の横突起を三度押し込み、其処に秘された真の力を……”胸の歌”を、解き放った。

 

「――ウルトラギアッ!!! コンッバイィィィィンッ!!!!」

 

 響の胸に突き立てられる魔剣の楔。増幅された暗黒面が爆裂するフォニックゲインとなってウルトラマンガイアの肉体を流れ覆い包む。だがこの状態、響は誰よりも深く理解していた。元よりイグナイトモジュールのコンセプトである制御された暴走状態、それを生み出す切っ掛けとなっていたのは融合症例としての経緯を持つ響の存在だ。加えてウルトラギア開発の発端も、響がウルトラマンガイアを深くユナイトし光と歌を通常以上に共振させたことに他ならない。

 故に響にとってウルトラギアは”既に為し得ているモノ”であり、失敗など思うはずもない。その確信もまたウルトラギアの完成に必要不可欠なものではあるが、それを知る彼女ではなかった。

 脚部に纏いしエネルギーが黄色のブーツ型のプロテクターと化し、腕部を流れるエネルギーは半円形のガントレットとして形成。腰部にはバーニアが装着され、頭部の外方のスリットからヘッドギア同様のアンテナが生える。そして胸部には黄金の羽根状の鎧と首からはエネルギーマフラー二股に伸び、立花響のウルトラギアは完成するのだった。

 大地を爆裂させ、闇夜を祓うかの如く光を滾らせて胸の前で拳を突き合わせる。そして響自身の体得した拳法の構えを作り、高らかに名乗り上げるのだった。

 

「――ウルトラマンガイアッ!!! ウルトラギア・ガングニィィィィィィルッ!!!!」

「……ひび、き……」

「未来……いくよ」

 

 決意を込めてシンフォギアを纏ったウルトラマンガイアの、響の胸の内から新たな歌が流れだす。如何なる困難が道を塞ごうと、自分らしく迷わずに未来(あした)を生きるため――強く在れ、強く為れと叫ぶ其れは、奇しくも立花響が否定し続けていた称号……『”英雄”の詩』。

 誕生した雄々しき姿に、流れる猛々しき歌に、シェンショウジンを纏ったカミーラは憤怒か慟哭かもつかぬ叫び声を上げながら滑空しながら突進する。シェンショウジンの脚部ユニットが飛行能力を強化し、音もなく空を駆け抜けるようになったのだ。

 両腕を広げると共に小型の鏡が数基射出、ガイアの周囲に距離を取って浮遊する。そしてガイアに向けて、カミーラが両手を合わせ突き出し極低温を齎す光弾を乱れ撃った。それらを拳で弾き飛ばすガイア。だが弾かれた光弾は浮遊する鏡が受け止め、死角からガイアに襲い掛かっていった。肩や腰に当たり凍結を伴うダメージを受けるが、纏いて尚も溢れるフォニックゲインが防御能力も向上させており大した攻撃にはならなかった。だが周囲を浮遊し常に死角から狙い撃たれる一撃は如何ともし難い。瞬時にそれを思案したガイアは、すぐさまそれを脱する行動に出た。

 二股のマフラーが光り輝き燃焼するようにエネルギーを放つ。そして上体を大きく捻り、反動をつけてその場で回転。溢れるエネルギーが光熱の竜巻となり、周りに浮かぶ鏡を全て焼滅させた。

 そして空中で佇むカミーラの元へ、脚部バンカーを打ち付けると共に超加速で飛び掛かって行った。

 

「ッ!!」

「ウオオオオオオッ!!!」

 

 放たれた拳が背後から伸びる二本の鞭によって阻まれる。そのまま中空で赤黄の拳が連続で放たれていくが、二本の鞭と共にアームドギアである純銀の杓と強固な脚部アーマーによって全て捌かれまたしても距離を取られてしまった。

 追いかけるように飛翔するが、纏うギアの特性上ガイアではカミーラには追い付けない。牽制の三日月形の光弾であるガイアスラッシュをその手から放つが、射撃戦では適うはずもなく容易く鞭によって払い落とされ、アームドギアより放たれる光線で反撃されていった。

 貫くように連続で伸びる光に対し、脚部バンカーで空を穿つ急制動をかけて回避するガイア。瞬発力だけで言えば装者随一とまで言えるのが響のガングニールの特徴。それを活かすべく、光線を避けながらも徐々に距離を詰めていっていた。そして、

 

「そこォッ!!」

 

 掛け声と共に両足のバンカーで同時に空を穿ち、瞬間的に発生する爆発的加速と共に前へ飛翔。射程圏内に入り込み腕を伸ばす。それを拳戟と見たカミーラは鞭で防御しようとするが、突如その動きを止められた。ガイアの右手が鞭を捉え捕まえていたのだ。

 

「クッ!」

「どぉぉぉぉっりゃああああああッ!!!」

 

 両手で鞭を掴み直し、そのまま大きく回して地面へと投げ付けるガイア。制動を失い急速に落下したカミーラはそのまま地面に叩き落とされた。土煙を鞭で払いながら空を見ると、其処からは流星のように赤熱しながら突進するガイアの姿が在った。右腕のガントレットをブースターと変え、脚部バンカー部分もブースターに変形させての同時噴射で爆発的な短距離超加速を生み出していたのだ。

 元々響自身が用いた蹴り技ではあったが、ラン……ウルトラマンゼロとの組手で己が身に刻んだ一撃を再現すべく全身に力を高めて放つ猛蹴。そこからインパクトの寸前に腕部と脚部のバンカーが撃ち貫かれることで更なる推進力を発揮することで、新たな必殺の一撃として完成する。

 瞬間的には亜光速にまで至るのではないかと言うほどの超々加速からの蹴撃はカミーラの防御を貫き、地面をめり込ませ地響きを巻き起こした。

 クレーター状になった地面の中央で夜空に手を伸ばすカミーラ。その震える手に思わず怯んでしまうガイアだったが、直後その背後からライフゲージを光が貫いた。ガイアの背後に揺蕩う小型の鏡。集束された光線がウルトラマンの力の源である部分を狙い澄ましていたのだ。

 思わず膝を付くガイア。直撃したライフゲージは即座に緊急信号を発し、一体化する響に限界を伝えていく。対するカミーラもまたよろめきながら再度距離を取るが、胸部のカラータイマーと思しき部分が赤く点滅を繰り返していた。体力の限界を示しているのだろう。ならばこそ、次が最後の一撃……想いをぶつけ合える最後の瞬間なのだろうと思考した。

 巨人の力を用いてのぶつけ合い。互いに想いを押し付け合うだけの争いに、どれ程の意味と価値があったのか……。その答えを得る為に、両者は最後の全力を放つべく数秒にも満たぬ時を挟んだ。

 カミーラの纏うシェンショウジンの両脚部アーマーから鏡が伸び、頭上で結合して円を形成。その中央に両腕を突き出しフォニックゲインと闇から生まれる薄紫の光が強く溜め込まれる。

 その輝きはシェンショウジンの特性である”聖遺物殺し”。聖遺物由来の力を無効化する輝きはウルトラギアであろうとも容易く貫き消し飛ばすほどのモノだろう。かつて立花響の肉体を侵し命を奪う寸前まで蝕んだガングニールの破片を抹消させた輝きは、巨人の大きさとユナイトした闇の力も合わさることで容易くギアを消し去り世界を氷結地獄へと落とし込む。

 そんな確信を抱きながらも尚、響の胸中は最速最短の一直線の道しか見えていなかった。何が襲い来ようと、如何なる破壊の光だろうと関係は無い。進むこと以外、答えなど無いのだから。

 

「ひびき……ひびきのせかいは、わたしがまもる……」

「未来……」

「わたしが……わたし、だけが……ひびきの、そばに……」

 

 虚ろに呟かれる未来の声に、響は最後の決意を固める。そして胸の内……光の中から、笑顔で相対する彼女へと声をかけた。

 

「――いま、そっちに行くからね」

 

 光と共に左腕をライフゲージに向かうよう伸ばし、右腕は天へと高く突き出すガイア。集束する光と共に左腕を前に突き出し右腕は内回りに一周、そして頂点に戻ったところで左右の腕で天を抱え込むようにもう一周仰ぎ回す。二つの腕は胸の前で上下に伸ばし重ねられ、下に位置する左腕の装甲が上にある右腕の装甲と合体。一個の円柱型のガントレットと化す。

 引き絞られた右腕と共に合体したガントレットが展開し、バーニアに光の火を溜めながら超速回転を開始する。赤と青と黄のエネルギーが折り重なりガントレット周囲にリング状となって形成、今にも解き放たれようとしていた。

 そして互いのエネルギーが最高潮に達した瞬間、まるで申し合わせたかのように二人の巨人が弾け飛んだ。カミーラは周囲を凍て付かせながら進む極太の光線を発射し、ガイアはその身全てを以て引き絞られた最高の一撃を打ち付けるべく飛び出した。

 真正面から光線にぶつかるガイア。表面が凍て付き、ウルトラギアも徐々に剥がされていくのが理解る。だが、そんな程度で止まれるはずがなかった。この手を伸ばした先に、心より大切に想う親友が居るのだから。彼女にその想いを届かせなければいけないから。

 

「きえて、なくなれ……なにも、かも……」

「消、える、かぁぁッ!!! 未来に、届くまで……無くなって、たぁまるもんかああああああああッ!!!!」

 

 咆哮と共に脚部バンカーを打ち込み、そこから更にブースターを点火、最後の加速を敢行する。剥がされていくウルトラギアは大半を抉り取られたものの、完全に残された右腕が全てのエネルギーを放出した。

 バーニアから光が噴出し、回転するガントレットが放つ螺旋するエネルギーはシェンショウジンの輝きを散らし貫いていく。次の瞬間ガイアの輝く腕はカミーラの胸部へ深々とめり込み、回転するエネルギーがカミーラを貫き光の竜巻となり天へと吹き飛ばした。そして額の上で両腕を十字に重ね、大きく反り返ると共に腕を振り下ろし、頭部から光の撃槍を発射した。

 激しく伸びる光刃は竜巻の中心に居るカミーラを貫き、肥大化した闇の肉体の全てを切り払いながら霧散させていく。その中で一瞬見えた変身者である未来の姿。其処に目掛けて、ガイアは真っ直ぐと飛び立った。

 

「ひび、き……」

「未ぃ来うううううううぅぅぅッ!!!」

 

 光が貫いた瞬間、全てが塵と消え去る闇。同時に制限時間を迎えたのか、ウルトラマンガイアもその姿を光と消え、暗い夜空にはボロボロのシンフォギアを辛うじて纏った響が未来を抱き締めながら急降下していった。

 

「響……わたしは、もう……」

「喋らないで。舌、噛むから。……話は、ちゃんと着地してからしよう?」

「……うん」

 

 それだけ言って未来を庇うように自分の背中を地面に向けるよう向きを変える響。残されているのは右腕のガントレットと右足のバンカーが一本のみ。諦める心算は一切無いが、無事に降りられはしないだろうなと冷静な内心が囁きかける。

 ――構わない。身体が多少傷付いたところで、これはきっと親友を傷付けた罰なのだろうと響は思った。だからただ、今は腕の中に居る大切な人を無事に帰すことに思考を傾けていった。

 右腕のガントレットをブースターガントレットに変形させ、僅かに残された力を使って炎を噴射する。若干の減速は見られるものの、まだ激突は免れない速度だ。脚部バンカーで少しでも衝撃を殺してもまだ命の危険性がある。だが、それでも――

 

(――生きることを、諦めないッ!)

 

 迷う時間も与えられず迫る地面に、すぐにバンカーを伸ばして無理矢理な着陸を行おうと決意する響。未来の無事と自分の命を両立させる無謀を押し通す。その事だけを胸に抱き、眼を閉じて右足に集中力と残ったエネルギーの全てを集め地面に衝突する……――寸でのところだった。

 

「……え?」

 

 響の身体に感じられたのは、言い得もない浮遊感だった。

 思わず目を開き周囲を見回すと、自身の周りに力場が発生していることが見て取れた。この感覚には覚えがある。それは……

 

「メフィラス、星人さん……?」

 

 下に目を向けると、濃緑の丘の上に群青の眼を光らせている黒い影が立ち、響たちに向けて右手を伸ばしていた。力場を生みだし、二人を受け止めたのだ。そのまま操作して自分の近くに引き寄せ、二人をゆっくりと地面に下ろす。地面の感触を得たからか、緊張の糸が切れた響の纏うシンフォギアが自動で解除された。

 芝生の上にへたり込みながら、メフィラス星人の方へ向く響。毎度ながら表情はまったく読み取れないが、少なくとも彼の取った行動に助けられたのは事実だった。

 

「あ、あの、その……ありがとう、ございます」

「なに、答えを見せてもらった礼だよ。それよりも、彼女は良いのかね?」

 

 言われて気付き、腕の中の未来へ視線を落とす。意識を落とした彼女は静かに目を閉じていた。一瞬響の脳裏に悪い予感が走る。もしやこの戦いで、彼女に重篤なダメージを与えてしまったのではないかと。

 

「未来……未来ッ! しっかりして! 目を開けてェッ!!」

「――……ひび、き……?」

 

 僅かに間をおいてゆっくりと目を開く未来。彼女の無事をその眼と耳で確認出来たことに感極まったのか、響が力一杯に未来を抱き締めた。

 

「良かった……良かったよぉ……! 私、未来に酷いことして、傷付けて、その上……ッ!!」

「ううん、ううん……! そんな事無い……! 私こそ、響やみんなに、自分勝手で酷いことをして……!」

 

 二人して涙を流しながら言葉を放っていく。恥も外聞も棄て去り、大きく口を開けて泣きじゃくり声を上げるその姿は、まるで幼い子供のようだった。

 

「ごめん……ごめんね響……! 私……響やみんなの声、ちゃんと聞こえてたのに……分かっていたのに、止められなくて……!」

「うん……でも、未来の気持ち理解るよ……。大切な人を蔑まれ、貶されて、怒るのは当たり前だもん……。未来はみんなの為に……私の為に、あんなに怒ってくれたんだもん……!

 私の方こそ、未来が三年前のことをそんなに思い詰めてたなんて知らなかった……。知らずに私は、未来にいつも心配ばかりかけちゃってたんだ……。ごめん、本当にごめん……!」

「謝らないで……響が謝ることじゃない……! あの日の後悔を理由にしてたのは私……。あの時の痛みを乗り越えて強くなっていく響が眩しくて、羨ましくて、嫉妬して、怖くなって……。どうしようもないぐらい大好きなのにどんどん心が汚れていって、響の夢を否定までして……」

「……私が強くなったって言うのなら、それは今まで出会って来た人たちみんなのおかげ。そして何よりも、未来のおかげなんだよ。未来がずっと傍に居てくれたから私は戦えた……。シンフォギアを得るよりずっと前から今まで、ずっと未来が居たから乗り越えてこれたことばかりだったんだ。

 それに、やっと気付いたんだ。翼さんも、クリスちゃんも、マリアさんも、調ちゃんも、切歌ちゃんも、エルフナインちゃんも、了子さんも、師匠や緒川さんたち、弓美ちゃん詩織ちゃん創世ちゃん、お母さんやお祖母ちゃん、お父さんも……私の力になってくれてるたくさんのみんなが”陽溜り”なんだって。未来一人だけじゃない、こんなにもたくさんの陽溜りが私を照らしてくれているから、あっためてくれているから私は強くなれたんだ。

 ……だから、今度は私も未来の力になりたいよ。未来が私の痛みや悲しみを受け止めてくれるように、私も未来の痛みや悲しみなんかを受け止めたい。未来の事を好きなみんなと一緒に未来の陽溜りになりたい。”強くなる”ってことを、一緒に歩んでいきたいんだ。

 ――だって未来は、私にとってたくさんの友達の中で一番大好きな親友で、私を照らしてくれるたくさんの陽溜りの中で一番あったかい場所……。無くてはならない、大切な家族のような存在なんだものッ!」

 

 真っ直ぐと涙で濡れた目で、だが心から微笑みながら響は未来に”回答”した。立花響が小日向未来に向けている、【親愛】という名の偽らざりて揺るがぬ胸の想い。見出した【陽溜り】の本当の意味。それこそが響が未来に一番にぶつけたかったものであった。

 眩し過ぎる響の笑顔を受け、未来はもう一度強く彼女を抱き締める。まるで、その笑顔を見ないように。その笑顔に、今の自分の顔を見せないように。

 些細な、本当に僅かにだが二人の想いは擦れ違っていた。小日向未来が立花響に対し抱いていた愛は【親愛】とはほんの少しだけ違うモノ。それが伝わらなかった悲しみと、別の形で深く受け入れてくれた喜びとが混ざり合って生まれた感情だった。

 

「ごめんね……ありがとう……。私も、大好きだよ……ッ!」

 

 謝る言葉の意味は響には理解らなかったが、それよりも自分にとって一番あったかい陽溜りが戻って来たことが、彼女にとっては何よりも嬉しかった。喜びを隠すこともなく互いに抱き締め合い、言葉を紡いでいく。

 

「――一緒に行こう。みんなで幸せになれるような、そんな日々への未来(あした)へ」

「……うんっ。これからも、未来(あした)も……それぞれの道に行っても変わらずに、いつも」

 

 星々が輝く夜空の下で、響いていくミライ。夢を握った手の中に生まれた愛を抱き、二人の間に新たに書き加えられた絆の楽譜は、日々の未来に幸多からんことを願う希望の歌だった……。

 

 

 

 

 立花響と小日向未来の、予期せず始まった戦いの静かな閉幕。周囲には穏やかな静寂が流れていた。――だが、安らぐ間もなくそれは壊されることになる。

 抱き締め合う二人の少女に向けて、空から撃ち放たれる闇の波動。気付かぬ彼女らの前で、何者かがそれを受け止める。轟音で異変に気付いた二人が目にしたのは、右手で闇の波動を防御するメフィラス星人だった。

 

「メフィラスさんッ!」

「やれやれ、私としたことが……。此処まで君たちに肩入れする心算は無かったのだがね」

「一体、なにが……」

 

 三人で夜空を見上げる。其処に佇んでいたのは、小さな人影だった。

 長く伸びた美しい黄金の髪は後ろで三つに編まれ、ワインレッドのワンピースのみを身に纏った少女だ。足を掛け左手で握り支えた巨大なハープに身体を預け、無感情な顔で彼女は其処に浮かんでいた。

 その姿を見て、響の顔が驚愕に歪む。知らぬはずがない。その少女は、つい数か月前の戦いで、響が信ずる正義を握る己が手を伸ばした者なのだから。

 

「――キャロル、ちゃん……ッ!?」

 

 

 

 

 EPISODE19 end…


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。