絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア   作:まくやま

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EPISODE 19 【陽溜る大地に想い響き合いて】 -A-

 午前5時過ぎ。それが立花響が風鳴翼からの連絡を取った時間だった。

 睡眠を叩き起こされた形なので、最初は翼の凛とした言葉にも力の抜けきった返答しか出来ない響だったが、事情を介しているのか翼からそれについて叱咤されるようなことは無かった。

 続く話を翼から聴く中で、響は自らの思考がどんどん明瞭になっていくことを理解する。此度の外部からの侵略より前にシンフォギアを運用しての災害救助活動を行ってきた影響だろうか、事件発生に対する思考の覚醒と切り替えが常人の其れより速くなっていたのだ。

 大きい声ではないものの、通信機の先に居る相手に向けられた話し声は早朝の静寂が支配する学生寮の一室に響き渡っていた。その声と傍に無い温もりに気付いて、同室で暮らす小日向未来も目覚めと共に上体を起こす。寝惚け眼を擦りながら周囲を見回すと、未だ朝陽の差し込まぬ窓際で通話していた響の姿を確認できた。

 

「響……?」

「あ、ごめん未来。起こしちゃった?」

「ううん、平気。……出動なの?」

 

 少し不安げな声を出す未来。だが響は、その不安を打ち払うかのように明るく返事をした。

 

「ううん、マリアさんが行ってて翼さんが待機してるからお呼びじゃないんだって。ただの出現報告だから大丈夫」

「そう、なら良かった。……って言うのもおかしいかな」

「マリアさんは出動してるわけだし、私にもいつ要請が来るか分かんないしねー。心構えだけは、ちゃんとしておかないと」

 

 笑顔で語る響。彼女はいつもの明るい顔だったが、未来にはそれが何処か寂しく感じられていた。

 ”誰かの為に”と拳を握る彼女の正義を信じて見守ると決めてはいるが、今回の戦いはそれでも不安にならざるを得ない。巨大な怪獣が現れ、邪悪な侵略者が現れ、正義為す光の巨人が現れ、眼前の彼女もまた巨人の力を得て……。想像も出来ないほどの大きな流れに、いつも傍に居るはずの彼女がどんどん知らない世界へ行ってしまうような、そんな想いが芽生えていた。

 想いは知らぬ間に身体を巡り突き動かす。未来の手は自然と、響の手を掴み握っていた。

 

「どうしたの、未来?」

「――響は、ちゃんと帰ってくるよね? いつでも、必ず……」

 

 響から見ても未来のその顔には不安の色が滲み出ていた。何処に不安を覚えたのかは響には理解らない。だが、理解らなくても約束出来ることは有る。それを再確認すると共に、響は心に強い意志を固めていった。

 先程翼から聴いたマリアからの伝言……『たとえ何が起きようとも、守護るべきものは自分自身の手で守護る』と言うこと。そして自分が何よりも守護るべきなのは、何よりも暖かいこの陽溜りなのだと。

 その思いを胸に、昇り始める朝陽に照らされながら親愛なる彼女の為に強く優しい返事をした。

 

「もっちろん! 私の帰る場所は、いつでもこの一番あったかい場所。それはこれからもずっと変わらないよ。

 だから大丈夫。私は、ちゃんと未来のところに帰ってくるから」

 

 精一杯の明るい笑顔で答える響。それは些細な、いつも通りの約束だったのかもしれない。だがそれでも、未来は心底より嬉しそうに笑顔で返した。

 彼女の頬が少し紅潮していることを、お互いに気付くことはなかったが。

 

 

 

 

 EPISODE19

【陽溜る大地に想い響き合いて】

 

 

 

 

 その日の午後、響と未来の二人は弓美、詩織、創世の三人と一緒に放課後の余暇を繁華街で楽しんでいた。甘いお菓子を食べながら和気藹々と話し笑い合うその姿は、誰が見てもごく普通の女子高生たちに相違ない。ただその話す内容は、普通とはほんの少しだけ違っていたのだが。

 

「ねぇ響、やっぱりアンタは仕事上、ウルトラマンたちと会うこともあるんだよね?」

「うえっ!? そ、そりゃまぁ一緒に世界の平和を守らせて貰ってますからね……。ご一緒することはままあるかなと……」

 

 弓美の質問に少しばかりしどろもどろになりながらぎこちない返答する響。此処に居る全員は響がシンフォギア装者であることを知っているのだが、さすがにウルトラマンの所在や変身者までは把握してはいない。タスクフォース公認の民間協力者である未来はともかく、流石にこの三人にまで詳細を明かせるはずがなかったのだ。

 表面上はウルトラマンと怪獣との戦いで被る周辺被害を未然に防ぐ、または逃げ遅れた人を助けるなどの救助活動としてシンフォギア装者が出動していると言うことを彼女たちには話をしていた。本来は駄目なのだろうが、三人は少なからず此方の事情を知る者。これぐらいは大丈夫だろうと思ってのことだった。

 だが公に出来ない以上突っ込まれることもある。一つ幸いなのは、その突っ込みが正体を勘繰られるようなことではなく……

 

「やっぱお願い! 一度でいいからゼロ様と会わせてッ!!」

 

 と、このような難題を吹っ掛けられるということだった。

 両手を合わせお願いする弓美に対し、響はただただ困り果てた笑顔で返すしかなかった。彼女の願いを叶えることは非常に困難なのだ。彼女が会いたいと言うウルトラマンゼロ自体は、性格を考えると意外とすんなり了承してくれそうだ。

 だが問題は今現在彼と共に在る者、風鳴翼の存在である。正体の守秘義務がある以上、翼を連れてきて変身してもらうなどと言うことは確実に不可能だろうし、そもそもこんなお願いを聞き入れてくれるとは思えない。

 よって可能性があるとするならば、彼女らの近くで戦闘が生じた時にウルトラマンゼロが出現、戦闘終了後にほんの少しだけ声をかけられるかも……と言うのが関の山だ。

 

「うーーん……ゴメン。ちょっと私じゃそれはどうにも出来ないなぁ」

「うぅ、やっぱり駄目かぁ……」

「ビッキーに無理言ってもしょうがないでしょ。ウルトラマンたちだっていつ何処から来るのか分からないんだし」

「理解ってはいるけどさぁ~。やっぱり憧れるじゃん、アニメみたいな正義のヒーロー! 僕たちに勇気を教えてくれたデッカイ人ッ!!」

「デッカイ人って……。まぁ確かに人間みたいな姿だけど」

「報道の中でも光の巨人と銘打たれてますしね。姿形は人と違えど人に似て、私たちに変わって世界を守護ってくれるもの。そんなナイスな方々と直接会えるものならば、私も是非一度会ってみたいですわ」

「確かにね。そんなところは少しだけ、ビッキーが羨ましいかな」

「な、なんかゴメンねー! あはははは……!」

 

 何処か含むような詩織や創世の言葉にやや乾いた笑いで場を濁す響。仕方ない、真相は打ち明けられないのだから。

 そんな和やかな空気を文字通り破壊するかのように、響たちの視界、上空に黒い渦が突如発生した。同時に鳴り渡る響の鞄に仕舞われた通信端末。すぐに取り出して繋げると、移動本部の対応も速やかだった。

 

「響ですッ!」

『せっかくのオフの時間に済まないが、状況は見て分かるな?』

「しっかりバッチリ目の前ですからね……」

『時空振動波、依然増大中! 観測よりビーストの振動波形も確認されましたので、スペースビーストだと思われます!』

『聞こえたな、響くんッ!』

「即時急行出来るのは私だけって事ですね。了解ですッ!」

 

 強く返して通信を切り、鞄に直す響。周囲を見回すと、共に居たみんなはよく理解っているといった顔だった。

 

「ごめんねみんな、せっかく遊びに来てたのに……」

「なぁに言ってんのよ。アンタのいつもの人助けでしょ?」

「助けを待ってる人のところに行って助けるのが、ビッキーのやりたいことなんだから」

「此方に何かあるなら私たちも避難誘導のお手伝いぐらいはします。だから、気にせず行ってください」

「みんな……」

 

 弓美、詩織、創世をそれぞれ見回す。彼女らは皆一様に、響の背を押すように強い笑みを浮かべていた。そして最後に未来を見る。彼女もまた、他の皆と同じように優しく微笑んでいた。

 

「いってらっしゃい、響。みんなを守ってきて」

「……うん、行ってきますッ!」

 

 信を置く友たちに背を押され、響は嬉しそうに笑って立ち込めた暗雲の方へ向かって走り出した。

 

 

 やがて暗雲が裂け、中から異形が出現する。二本の足でヒトガタのように立って歩くも、その上半身は鋭い爪と頭に回った尾のような物体が見えた。

 現場に向かう途中では既に多くの人が少しでも離れるために逆走を始めており、その人の波に呑まれる形となってしまう。かいくぐるのはさすがに苦になると思い、すぐに脇の路地裏へと入り込んだ。

 さすがに此処までは人が流れることもなく、周囲を軽く見回しても何処からか目を向けられることもない。それを確認したところで、響は胸のギアペンダントを握り締め意識を集中させて胸の内から湧き上がる歌を心のままに口ずさんだ。

 

「――Balwisyall Nescell gungnir tron…」

 

 聖詠と共に光が放たれ、響の肉体にシンフォギアを纏わせる。装着を完了した後、ビルの屋上へ跳び上がり長いマフラーを靡かせながら胸の歌を歌いビルの屋上を伝い駆けていった。

 頭上から流れ聞こえる歌に、逃げ惑う人々も一度足を止めて周囲を見回す。飛び跳ね駆ける響の姿をほんの僅かに視認した人が、思わず口を開いた。

 

「アレ、災害現場に現れるって言う、歌うレスキューの……?」

「あの快傑うたずきんか!? 何処に!?」

「も、もう見えなくなっちまったよ。でも、あの歌が聞こえるならもう大丈夫だ! ウルトラマンもきっとすぐに来る!」

 

 いつしか人々の間で広まった噂があった。危険災害の被害者を救うために奏で流れる少女の歌。それは此度の異世界の侵略においても同様であり、その歌に共にウルトラマンも姿を現すのだというモノだった。

 その事実は当たらずとも遠からずではあるが、人々の恐怖を拭うにはこれ以上ない明るいニュースでもある。僅かな一言はすぐに期待と歓喜へと変換され、声がどれだけ届くかも知れぬまま応援の言葉を響の向かった方へ放っていった。

 

(……みんなが応援してくれている。それだけで、私はいくらでも頑張れるッ!!)

 

 小さな言葉を大きな力に変えて跳ぶ響。眼前の暗雲から伸びた光を受け地底から出現したのは、二足歩行でありながらもその上半身はどこかサソリを連想させる怪獣だった。すぐさまそれを確認した本部から、解析を担ったエックスが響に話しかけていった。

 

『響、あのビーストはクラスティシアンタイプビースト・グランテラだ!』

「く、くらしていあん!?」

『クラスティシアン、つまりは甲殻類。エビやカニの仲間と言ったところだ。見た目からすると恐らくはサソリだろうな。鋭い鋏は勿論、強固な外骨格と尾の先から放つ火球などが主な攻撃手段だ! 気を付けろ!』

「なるほど……とにかく硬いってことと遠距離攻撃も出来るってことは分かりましたッ! 避難状況はッ!?」

『出現予測地点の半径1kmは完了済みよ! あまり派手に立ち回れないことだけ理解しておいて!』

「ありがとうございますあおいさんッ! 行きますッ!!」

 

 右腕のガントレットを変形させ、収納されているエスプレンダーを滑らかに右手で握り締める。そして空中を跳ねながら右手を突き出し、光を解放する言葉を放った。

 

「ガイアアアアアアアアアッ!!!」

 

 一瞬空が輝いたと思うと、甲高い咆哮を上げるグランテラの前に空中から赤い光の巨人ウルトラマンガイアが力強く降臨した。

 掛け声と共に構えるガイア。相対するグランテラはすぐに尻尾の先から火球を発射させ、ガイアを狙い撃る。迫る火球を腕で弾き消し、グランテラに向かって一直線に駆け出していった。

 

「ダアァッ!!」

 

 力を溜め込みグランテラの胸部に拳を叩き込む。だがそこから伝わった感触は、まるで金属を殴ったかのような重い振動と痛みだった。思わず手を押さえて後ずさるガイア。だがその隙を逃さず、グランテラは鋭い爪を振りかぶり斬り付けるように襲い掛かった。

 それを両手で掴まえ直撃は避けるものの、体重を乗せた攻撃はガイアの両手諸共動きを封じてしまう。一瞬膝が崩れたところを狙い、グランテラがガイアの腹部を蹴り上げる。致命打では無いものの良い一撃を貰ってしまい吹き飛ばされてしまった。

 轟音を上げて倒れてしまったガイアが思わず周りを見回す。幸い建物以外の被害はないが、まごついていると此方が不利になるのは目に見えて明らかだ。とにかくその強固な外骨格を突破しないと始まらない……瞬時の思案と共に立ち上がり、縦に構えた左腕に右腕を打ち付けエネルギーを溜め込んだ。

 

「デェェヤァァァァァァッ!!!」

 

 円運動から腕をL字に構え放たれる超熱光線クァンタムストリーム。それをグランテラは、自信満々に胸を突きだし受け止める。数秒に渡る連続発射にグランテラの胸部外殻で爆発が起きるが、数歩よろめき下がるだけで外殻は健在。焦げた跡だけが残っていた。

 グランテラの外殻の強度に驚きを隠せないガイア。だが驚愕はそれだけではなかった。防御した胸部が外へ開き、六つの孔が露出した。それはまるで、ガイアを狙う連装砲門のように――。咄嗟にそれを察知し、両腕を上下垂直に構え発生した光を広げるウルトラバリヤーを展開した。尻尾の先を含め七つの砲門から一斉に火球が発射、ガイアに向かって襲い掛かる。それらを防ぐようにウルトラバリヤーを押し直撃を遮っていった。

 

(ぐ、うぅぅ……ッ!!)

 

 なんとか全弾受けきるものの、弾けたウルトラバリヤーの衝撃で後退ってしまうガイア。そこに目掛けて、グランテラが力強く両腕の爪を連続で振り下ろした。それを十字受けで受け止めるものの、防戦になってしまうとどうしても分が悪くなってしまう。

 だがそれに負けるわけにはいかない。この身に向けられて放たれる応援の声が、救いを請い願う声が聞こえるのだから。それがある限り、何度でもこの拳を握り締められるのだから。

 

「ヌウゥゥゥゥゥ……ダアァッ!!」

 

 力尽くで攻撃を跳ね除け、一気に距離を詰めてグランテラに攻め込む。強固な外殻にも怯むことなく膝蹴りから後ろ回し蹴りを放ち、蹴り飛ばした。

 

(どんなに硬くても、少しでも貫ければそこから打ち崩せる。あの時みたいにッ!)

 

 右腕を引き絞り力を溜める。思い返すはUキラーザウルス・ネオとの決戦の日。決め手となった一撃を再度夢想する。その想いと共に響のフォニックゲインがガイアの腕に集束し、エネルギーが高ぶっていくのを感じていた。赤熱する右腕を保ったまま突進、胸の中央部……左右に開放される胸部外殻合間の鳩尾部分に拳を叩き込み、高ぶっていたエネルギーを真っ直ぐ発射した。

 貫かれるように内部へと浸透する一撃に、甲高い声を上げて後ろへ下がるグランテラ。だがその隙を逃さず、ガイアはその上体を大きく屈め沈み込ませる。そして反り返り、反動のまま頭部に迸りしなる光の刃フォトンエッジを敵へ向かって突き出し発射した。

 光の刃は先程ガイアが拳の一撃を放った胸部へと伸びていき、僅かな隙間を縫うようにヤワな身体の中へ直撃。グランテラの身体を駆け巡り、粉々に爆散させたのだった。

 戦いを終え、真っ直ぐ立ち上がるウルトラマンの巨躯に放たれる感謝の声。それを一身に受け、ガイアは光と共にその姿を消していった。

 

 

 

 

 遠巻きに戦いを見終えた未来、弓美、詩織、創世は、それぞれ何処か満足げな顔で先程までウルトラマンガイアが立っていた場所を眺めていた。

 

「いやー、やっぱスゴいわ、ウルトラマンって」

「あんなデッカい敵もやっつけちゃうんだもんねぇ」

「立花さんも、あの近くで歌ってたんですよね。大丈夫だったのでしょうか……」

「大丈夫だよ。響はいつも、ちゃんと帰ってきてくれるもの」

「さすが、よく理解っておられる。……お、噂をすればなんとやらだね」

 

 創世の言葉に全員が道の先に目を向ける。其処には笑顔で手を振りながら走る響の姿が見えていた。

 

「おぉーい、みんなぁー!」

「おっかえりー響ぃ!」

「お疲れ、ビッキー」

「お疲れ様です。大事なくご壮健のようで何よりですわ」

「えへへ、ただいまっ!」

 

 三人に迎え入れられた後、すぐに未来と目を合わせる響。口に出す言葉は、決まっていつものものだった。

 

「ただいま、未来」

「うん。おかえり、響」

 

 何の変哲もない、あまりにも普通の挨拶を交わしただけで何故か互いに笑顔になる。たったそれだけのことが何故か嬉しくて、それがまた笑顔に変わっていく。その中で響は感じていた。こんな暖かい居場所がある事は、幸せなことなんだなと。

 

「人助け、もういいの?」

「ウルトラマンのおかげで大きな人的被害は起きなかったし、後始末は専門家の人達が頑張ってくれるからもう良いんだって師匠に言われちった」

「そう。なら女子会の続き、行こっか」

「え、いいの?」

 

 未来の提案に思わず弓美たちにも目を配る響。緊急を要する事態だったとはいえ、この集まりを崩したのは自分だ。再開しても良いのならそれは喜ぶべきことだが、それは自分のわがままだと自然と響は想いを心中に押し止めていた。未来はそれを、容易く看破して提案したのだ。

 見回す彼女らは皆一様に、肯定の意を含んだ笑顔で頷いた。そうやって共に在ることがさも当然であるかのように、響を受け入れたのだった。

 

「ううぅ……ありがとうみんなぁ~」

「いいえ。立花さん最近はお忙しそうで、あまりこうしてみんなで一緒に遊べませんもの」

「そーそー。だからさ、たまには良いじゃない。ビッキーの邪魔にならない範囲でならね」

「大体あの怪獣たちが悪いのよ。ウルトラマンの活躍を見せてくれるのは嬉しいけど、時と場所を考えろっての。誰も居ないような閑散とした野ッ原でやればいいじゃないねぇ」

「なんだろう、全然迫力無さそう」

 

 未来の返しに明るく笑いあう五人の女子たち。それは、戦いとはあまりにもかけ離れた平和な一時だった。

 

 

 

 

 和気藹々と話しながら街中を歩く響たち。先程までの戦闘であった喧騒は、脅威が去ったせいか既に鳴りを潜め、行き交う人々にも普段の日常が戻っているようだった。耳を澄ませるとところどころで話題に上がる”ウルトラマン”と言う単語。それが聞こえる度に、何処か響は誇らしい気持ちで満たされていた。

 無理もない。こうして道往く人々が謳歌している平和は、この手が勝ち取ったモノなのだ。その実感が、変えがたい喜びになるのも仕方ないと言えた。

 だが幸福な気持ちは時に気を緩めてしまう。今この時のように。

 

「きゃっ!」

「うわっ!」

 

 擦れ違いざまに、響の肩が向かいを歩く人の肩にぶつかってしまう。背格好は大体響たちと同じぐらいの女子高生で三人組。その内の一人だった。お互いがよろめいたものの、鍛え方の差が出たのかバランスの偶然か……響はなんともなく踏み止まるものの、ぶつかった相手は尻餅を付いて転んでしまった。

 それを見た途端、転んだ娘の隣の少女が感情を剥き出しにして食い掛って来た。

 

「ちょっとアンタ、何するのよ!」

「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」

「え、えぇ、大丈夫……」

 

 思わず跪く響。少女たちと目が合い互いがその顔を認識した瞬間、お互いの背筋に悪寒が走り頭からザァッと血の気が引く感覚が襲い掛かった。それは、彼女たちにとって忘れ得ぬ存在だったから。

 

「――な、なんでアンタがこんなところに居るのよッ!!」

「あぅっ……!」

「響ッ!?」

 

 尻餅を付いていた少女が思わず響を押し退けて立ち上がる。対する響は腰が抜けたのか、今度は自分が尻餅を付く形となっていた。

 それに寄り添うようにかがむ未来だったが、相対する少女らの顔を見た瞬間全てを察した。

 

 

 かつて……三年前に起こり大災害へと発展したツヴァイウィング最後のライブ。そこから”奇跡的に”生還した立花響を待っていた、無慈悲な現実と言う名の心無い牙を突き立てた者たちだったのだから。

 

 

「あ、あの、その……」

「近寄らないでよ人殺しッ! 地元から逃げたと思ったらこんなところでのうのうと生きてるなんて、恥ずかしくないのッ!?」

「ちょっと止めなよー。そんなこと言ったら国のエラい人から怒られるよ?」

「そうそう。だってコイツ、国からお金貰って生かさせて貰ったんでしょ? つまり国のお墨付きってワケ。あんまり突っ掛かると怖い人から狙われちゃうかも。ねー、税金ドロボー?」

 

 怒り、蔑み、嘲り。それに染まった目と声が容赦なく響に叩き付けられる。

 口が震えて声が出ない。それは響にとって、恐れていた光景の一つだった。否応なくフラッシュバックされるあの時の記憶。反射的に脳内で父から貰った言葉を反芻させるが、叩き付けられたダメージを抑えることで精一杯だった。

 せめてもの抵抗として口を噤み歯を食いしばる。それぐらいしか、今の響に出来ることは無かった。

 

「ったく、ホント嫌んなっちゃう。せっかく東京まで遊びに来たってのに、怪獣騒動に巻き込まれるわ見たくもないヤツと会っちゃうわでもう」

「そういえばさ、前にも東京でおかしな騒ぎがあったんだよね? 大きなお城が空から現れたって言うの」

「あーあったあった! 去年の春先にはノイズの大量発生で、今は怪獣騒動? 話題に事欠かないわねー」

「……ひょっとして、そういう事件って全部アンタが起こしてんじゃないの? また被災者になってお金貰うつもりで」

「うわー最低ー! って、そんなこと出来たらただのバケモノじゃん」

「どうだか。だって三年前もなんでか生きてたんでしょ? その時にバケモノになってても可笑しくないじゃない」

 

 違う、そんなことはない。確かに偶発的に得たシンフォギアの力はこの身体を蝕んだ。人類の天敵たるノイズを討つ唯一無二の力となった。悪しき心にその身を落とし、野獣のように怒りを放つだけの存在にもなった。だがそれでも、この力は”バケモノ”なんかではない。誰かを守護り救う為の、手を繋ぐ為の力だ。誰よりも何よりも、それを信じ奮って来たのが響自身なのだ。そんな否定の言葉を力一杯吐き出したかったが、身体にまだそこまでの力は戻っていなかった。

 どんどん歪み澱む響の眼。だがその視界は、見知った背中によって遮られた。その場に居た弓美、詩織、創世の三人が響と未来の前に立ったのだ。

 

「……なによ、アンタら」

「――まず初めに、偶然とはいえそちらを転ばせてしまったことを彼女に代わり謝罪いたします。大事が無かったとはいえ、私たちの不注意が予期せぬ事故を招いてしまいました。誠に、申し訳ありません」

「で、次が本題。アンタたちがビッキーやヒナとどんな関係なのかは知らないし知る気もないけどさ。アンタたちがビッキーに言った暴言、全部撤回して謝ってくれないかな」

「はぁ? 何言ってんのさ。そいつは人殺しで、アタシたちやアンタらの税金で生き永らえた死にぞこないなのよ」

「うるさいッ!! 響はそんなんじゃない! 何も知らないくせに、響がなにを守護って来たかも知らないくせに!! 響に謝りなさいよッ!!」

「うっわ、なにマジになってんの? キッモ……」

「なんでアタシらが、税金ドロボーに頭下げなきゃいけないのよ。ねー」

「――……ッ!!!」

 

 心無い返事に怒りが頂点に達したのか、感情のままに手を振り上げる弓美。それを見た瞬間、弾かれたように響の両手が弓美の腰を後ろから抱き締め抑えていた。

 

「響……!」

「……もう、いい……。やめて、弓美ちゃん……。わたし、大丈夫だから……」

 

 カタカタと口を震わせながら、見上げる事無く呟くように制止する響。その姿を見て平静を取り戻したのか、弓美は振り上げた手を下ろしていった。

 言葉が止み静寂が訪れたところで、詩織がまた一歩前に出て少女たちに告げていく。

 

「お帰り下さい。私たちも行かせていただきます。大事な、大切な友人を慰めたいので」

「フン、好きにすれば? あんなのと一緒に居て、早死にしても知らないから」

「……かも知れません。ですが、高々そんな程度の理由で掛け替えのない友から離れることこそ、人として恥じて死すべき行為だと私は愚考します」

 

 理路整然と語る詩織の言葉に矛を振る気も失せたのか、彼女らは鼻で嗤ってその場を立ち去って行った。

 姿が見えなくなったところで訪れる、まるで嵐が立ち去ったかのような静寂。それを優しく破るように、創世が先んじて弓美にしがみ付く響の背を優しく撫でた。

 

「大丈夫だよビッキー。もう居なくなったから」

「そうよ。痛いんだから、いい加減離してよ」

 

 そうは言う弓美だったが、彼女も創世と一緒になって響の頭を優しく撫でている。あの邂逅が響にとってどれ程の苦痛であったか……その全てを推し量ることは出来ないが、いつも眩しい笑顔でいる彼女がこんな姿を見せたと言うだけで十分だった。

 二人の温もりに触れているうちに、俯く響からやがてすすり泣く声が聞こえてきた。だが誰もそれを笑うことなく、彼女の心が落ち着くまで優しく撫でていく。少なくともそれが、今の彼女に対してすべき事でありやってあげたい事だと思ったから。

 その姿を何処か呆然と見つめる未来に、詩織が近寄り手を差し伸べた。彼女もまた、先程までの凛とした姿をおくびにも出さないいつもの優しい笑顔だった。

 

「小日向さんも、大丈夫ですか?」

「詩織ちゃん……。……うん、ごめん……大丈夫」

 

 思わず自力で立とうとするがよろめいてしまう未来。その手を掴み、握り締めながら詩織が立ち上がらせる。未来自身、こんなに力が抜けているとは思わなかった。

 

「……ごめんね」

「お気になさらずに」

 

 詩織もまたそれ以上なにも言わなかったし、聞かなかった。今は二人を落ち着かせるべく、近くの腰掛けに移動し並んで座る。そこまで行くと響も少しは落ち着いたのか、弓美から身体を離していた。眼にはまだ涙を浮かべ鼻は啜っているものの、安らいだ気持ちは外からの言葉にもちゃんと応対できるぐらいには戻っていた。

 座った後も特に何も語らず、だが隣り合わせの響と未来を挟むように弓美と詩織が座っている。そこに、コンビニエンスストアの袋を下げた創世が戻って来た。中から小さな缶の飲み物を取り出し、まず先に響と未来に手渡した。

 

「はい、あったかいものどーぞ」

「……あったかいもの、どうも」

「わざわざありがとう、創世ちゃん」

「いいのいいの」

 

 気さくに笑いながら残りの温かい缶飲料を弓美と詩織にも渡していく。渡し終えたらそのまま創世は弓美の隣に腰を掛けた。缶の蓋を開け、温かい飲み物を口に運びゆっくりと飲んでいく。弓美と詩織と創世がそれぞれ一息吐いたところで、口を開いたのは響だった。

 

「……みんな、ごめん。私のせいで、あんなことに……」

「なに言ってんのよ、突っ掛かって来たのは向こうじゃない」

「そうそう。ビッキーが謝る必要なんて無い無い」

「いや、でも……全部、本当の事だし……」

 

 一息吐いてゆっくりと語り出す。三年前、響の身に何が起こったのかを。全国的なニュースとなっていたツヴァイウィングのライブ会場での災害は三人とも知っていたし、それが響がシンフォギアを手にした経緯であったことも併せて聞いてはいた。だが、それにより意図せず降りかかった火についてはこれが初耳だった。

 根も葉もない罵倒と実父の失踪に心を擦り減らし、未来と共にリディアンへ入学するまで続いた辛い日々。父との不和を解消した今となっては、それが響に遺された傷痕となっていた。

 

「そんなことがありましたのね……」

「ごめん……。みんなには、なんか言えなくて……。せっかく未来やみんなのおかげで、平気になったと思ってたのに……」

「そりゃ仕方ないよ。知られたくないし、話したくもないことだと思う。こっちこそゴメンねビッキー、嫌なこと話させちゃって」

「ううん、私はいいんだ。……みんなの迷惑にならなければ、それで」

 

 何処か乾いた笑みを浮かべる響。寂しさや哀しさでもあり、小さな諦観も思わせる微笑みだった。まるで、知られてしまったからには今まで通りの仲じゃいられない……そう悲観するかのようなものだ。

 シンフォギアの力を明かした時も多少の抵抗はあった。だが、響にとってこの話はそれ以上のものだった。イジメと言う火は庇った者を巻き込み燃え上がる業火となる。あの時傍に居てくれた未来にもそれが飛び火したことを知らぬ響ではなかった。故に、弓美たちにも要らぬ飛び火が降りかからぬようにと考えたのだ。

 

「ゴメンね。みんな、本当にゴメン……。……迷惑になるんなら、私はもう――」

 

 謝り続ける響の言葉を遮るように、隣に座る弓美が響の頬を軽く抓り伸ばした。

 

「ぃひゃぁぃ! ゆ、ゆみひゃん……?」

「ったくアンタは、急に何言い出すのよ。アニメみたいな大騒動にいっぱい巻き込んでおいて、今更そんなアニメ以下のイジメが理由で友達止めたりするもんかっての」

「そうですよ立花さん。貴方が過去にどんな傷を持たれていようと、私たちは今の立花さんに助けられて来たんですもの」

「前にも言ったでしょ。偶には私たちが、ビッキーを助けてもいいよねって。こうやって友達でいることがビッキーの助けになるんなら、それを止めるなんて有り得ないよ」

「み、みんなぁ……」

 

 皆の暖かな言葉に響の顔が更に歪んでいく。だが今度は恐怖や悲しみによるものではなかった。今の自分には、こんなにも自分を受け入れてくれる友達が居るという喜び。それが響の心を占めて歪めたのだった。

 

「だから泣かないでってば。ノイズを相手しても平気なクセに、なんでこんな事で泣いちゃうのよ響ってば」

「まぁまぁ良いじゃないの。よっし、それじゃこれから、みんなでふらわーのお好み焼き食べに行こっか!」

「ナイスな提案ですわ。今から行けば着く頃には丁度良い時間になっているでしょうし、美味しいものを食べて嫌な気持ちを吹き飛ばしましょう。ね、小日向さん」

「うん、そうだね。……みんな、本当にありがとう」

 

 掛け替えのない友人たちに心からの感謝を微笑みに変えて向ける未来。それに続くように、響もまた涙ながらにいつもの笑顔を取り戻していた。

 次の行き先を決めて立ち上がる響たち。ふと未来が自分の手荷物を確認したとき、その表情が焦りに染まって来た。

 

「――あ、ちゃぁ……」

「どうしたの未来?」

「ごめん、前の店でお財布忘れちゃったみたい……。ちょっと取ってくるね」

「あ、じゃあ私も一緒に――」

「いいの、すぐ戻るから。ちょっと待ってて」

 

 笑顔で来た道を戻り駆け出していく未来。その後ろ姿を見送りながら、皆で珍しいこともあると思っていた。

 

 

 

 

「あーあ、面白くない」

「まあまさかアイツとこんなとこで会うなんてねー。生意気にも新しい友達作って一緒に居るなんて」

「でもアイツのあの姿見た? あんなところではっずかしいのー。キャハハハハッ」

 

 歩いていく女子高生たち。先程響たちと一悶着起こした三人組だ。ケラケラと笑いながら歩を進める彼女たちの前に一つの人影が姿を見せる。西に傾く陽を逆光とし、佇む少女の姿は先程の悶着の渦中にあった人物。人通りが未だ有るながらも、何処か通りの良い声を発した。

 

「――少し、話があるの」

 

 怪訝な顔をする三人の少女たちに、彼女……小日向未来は小さく微笑んでいた。

 

 

 

 

「……未来、遅いね」

 

 響の言葉に答えるように弓美たちが唸る。未来がその場を離れて、既に20分ほどが経っていた。財布を取りに行っただけと思うといくらなんでも遅すぎる。言っていた店の場所もあるだろうが、足の速い彼女が走れば往復にそこまで時間はかからないはずだ。それが帰ってこないとなると、どうしても悪い考えが浮かんでしまっていた。

 

「なにかあったのでしょうか……」

「うん、心配だね……」

「……私、未来を探してくる」

「そうね、みんなで迎えに行きましょ」

「え、でも――」

 

 響が遠慮の言葉を言うよりも早く、弓美と詩織と創世が先んじて歩き出す。戸惑い足を止めた響に、前の三人が振り向き声をかけた。

 

「なにしてんの? 早く行くわよ」

 

 友達として、当然のように其処に在り友を助ける。たったそれだけのことを彼女たちは何ら気負うこともなくやってくれる。そんなことが、響にとって何故かとても嬉しく感じられていた。

 

 

 数分ばかり駆け足で行ったところで、その異変を感知した。

 人気の失った通り。その建物同士の隙間から、瘴気のような嫌な気が流れ出ている。即座に思考を戦闘に近いものに切り替えた響が手を広げ弓美たちを制止させた。

 

「ちょ、どうしたのビッキー!?」

「気を付けて。なんか、嫌な感じがする……」

「まさかノイズ!?」

 

 緊張が走る中、裏路地から人の身体が這い出て来た。それは先ほど、響たちと一悶着を起こした少女たちの一人だった。恐怖に身体を震わせ、必死に目を見開いて声を上げた。

 

「た、助け――」

 

 だが声も虚しくすぐさま引き摺り込まれていく少女。驚愕の表情に変わるも悲鳴を上げる事無く、四人がその後を追って裏路地に入って行った。其処で見たモノは、決して考えられないモノであった……。

 顔を腫らして小さく泣き声を上げる二人の少女と、さっきの引き摺り込まれた娘は黒い縄みたいなもので胸座を締め上げ持ち上げられている。その縄の元に居た者は――

 

「――……未、来?」

 

 見紛うことなど有り得ない。それは、小日向未来だったのだから。

 呼びかけられた声に反応し、響たちの方に向く未来。その表情は、いつもと何ら変わらない穏やかで優しい笑顔だった。

 

「あ……みんなゴメン。時間かかりすぎちゃったね。ちょっと待ってて、すぐ終わらせるから」

 

 絶句する響たちを気にするように、持ち上げている少女を眼前に引き寄せる未来。少女はただ、恐怖からの悲鳴を上げ続けた。

 

「ひいいぃぃぃッ!! ごめ、ゴメンナサイ! お、お願いだから、許して! ゆるしてください!! もう金輪際近付きません! アイツにも、アイツの家にも! だから――」

「静かに。響たちが驚くでしょ? 私は別に命を奪うようなことはしたくないんだから。ただ、響の感じた痛みを少しでも貴方たちに理解って欲しいだけなの」

「理解った! いっぱい理解りました!! だからもう……!!」

「嘘。だって貴方にはまだなにもしてないんだもの。理解るはずがないよね、響がどれだけ苦しんで来たのかなんて」

 

 優しく諭すような言い方をしているが、傍から見ていても今の未来は異常だ。締め付ける強さは更に増し、呻き声となって漏れていく。手足をバタつかせながら此方へと助けを求める目を向けられ、思わず弓美たちが声を上げた。

 

「ち……ちょっと、なにやってんのよ未来!」

「そうだよヒナ! そんな、誰かを傷付けるなんてヒナらしくないことを……!」

「落ち着いてください小日向さん! 今ならば、そんな大事には――」

 

 その言葉にキョトンとした感じで首を傾げる未来。数秒の思考を経て、彼女は嬉しそうに笑って返答した。

 

「ありがとう。みんな私を心配してくれてるんだよね。……でも、これは仕方ない事なの。

 コレは響を傷付けた。みんなの事も侮辱した。私はそれが許せない。絶対に、絶対」

「そんなの私たち気にしてないよォッ! 確かに響を貶された時は、なんだコイツらって怒ったけど、でも……ッ!!」

「やり返して欲しいなんて思ってないッ! そりゃ少し痛い目を見ればいいってぐらいは思ったけど、ヒナがやる事じゃないよッ!!」

「小日向さんが立花さんや私たちを想って動かれたのは痛いほどに理解りました! だからもう、その手で誰かを傷付けたりしないでくださいッ!!」

「……みんなは本当に優しいね。ありがとう、響と私の友達になってくれて」

 

 何一つ変わらない明るい笑顔で返事をする未来。だがその右手には暗黒の球体が形成されていた。見るからに破壊を連想させる高圧縮されたエネルギー。それを直接当てられたら華奢な少女の身体がどうなるか、理解らぬはずもなかった。

 目標は変えず、ただ闇を”標的”へとぶつけるだけ。右手を大きく振りかぶり、叩き付けるように捕まえた少女の身体へと伸ばしていった……その瞬間。

 

「――未来ゥッ!!」

 

 破裂音と共に瘴気が爆裂する。踏みしめ跳んだ響の握り締めた右手が、大きく開いた未来の右手を受け止めるように打ち付けられた。今の爆裂は、その暗黒球体を諸共に突き砕いたからだ。

 呆然とする未来。力が抜けたのか拘束が解けてしまい、縛り上げられていた少女が力無くその場で倒れ込んだ。

 

「弓美ちゃん、詩織ちゃん、創世ちゃん! 彼女たちを連れてココから離れて、すぐに救急車を呼んで病院に連れてってあげてッ!!」

「び、ビッキー……」

「早くッ!! 未来は……私がなんとかするから」

 

 三人が顔を見合わせて、倒れている者を肩で背負い急いでその場から去っていった。

 西日の当たる路地に出て、すぐに詩織が携帯電話を取り出し救急に連絡する。その最中、弓美の肩に身体を預ける締め上げられていた少女が震えながら声を出した。

 

「……なんで……なんでアタシが、こんな目に……」

「理解らないの? 本当に、理解らないの?」

 

 弓美の言葉を聞き遂に嗚咽を洩らし泣き出す少女。理解らないのではない。自分にこんな応報が舞い込んでくるなど、想像もしていなかっただけなのだ。

 内心その浅はかさを弓美は激しく責めたかったが、それでは何も変わらないのではと言う想いが胸を締め付ける。そして吐き出したかった言葉を飲み込み、出来るだけ抑えて言うのだった。

 

「……自分が誰に救って貰ったのか、よおっく覚えておきなさいよね」

 

 泣き続ける彼女はただ頷くだけで、返事らしい返事は無かった。

 

 

 

 陽が落ち行き闇が余計に深まる裏路地で、響の拳と未来の掌が重なり合ったまま静止している。変わらずキョトンとした顔を向ける未来に対し、響は顔を見せないように俯いていた。そのままの姿勢で、先に口を開いたのは響だった

 

「どうして、あんな事したの……?」

「だって、響を傷付けたから。大切な人を傷付けられて、許せなくなるのは当然だよ?」

「……そうだね。私も、未来やみんなを傷付けられたらきっとすごく怒る」

「うん、そうだよねっ! 響なら理解ってくれると思ってた……!」

「理解らないよ……ッ! 未来がそんな風に誰かを傷付けるだなんて、私には理解らないッ! いつも傍に居てくれた未来がそんな事するなんて、私には……ッ!!」

 

 共感を得られたと思ったのか嬉しそうに笑顔を開かせる未来。だが持ち上げた響の顔は、とても痛ましく歪んでいた。其処から発せられた響の言葉に未来は困惑の色を見せる。理解が得られないことが理解できない、そういった風だった。

 だがしばらくの思案を経て、未来の表情がまた優しい笑顔に変わる。優しく穏やかで、全てを受け入れるかのような微笑みに。

 受け止めていた響の拳を優しく包み込み、自分から彼女へ身体を寄せて抱き付く未来。幸せそうな顔のまま、耳元で囁くように言葉を出した。

 

「響は優しいね。自分を傷付けた相手もそうやって助けちゃうんだもの。そんな響はとても素敵で、尊い存在だと思う。でも、だからこそ尊いままで守護らなきゃいけないの。降りかかる、ありとあらゆる災厄から」

「未来……?」

「なんでだろう、胸の奥底から力が湧いてくるの。響を守護りたいって想えば想うほどに強く、激しく――」

 

 顔を離し対面した未来の身体に瘴気が纏わりつくのを目にする。やがて黒い瘴気は形を変え、未来の身体に固着していった。

 やがて変わった未来の姿は、かつてのフロンティア事変にてDr.ウェルの野望に利用される形で身に纏った最弱にして最凶のシンフォギア、神獣鏡(シェンショウジン)のそれだった。ただその右手に握られていたモノは、アームドギアである純銀の杓ではなく黒紫に透き通る矛であるダミーダークスパークだったが。

 

「未来、それは……」

「不思議だね。でもこの力は本物、あの時と同じだよ」

「同じって、まさかまた――」

「大丈夫、あの時とは違う。響が戦わなくていい世界にするんじゃないよ。だって響はそれを拒絶した。ちゃんと覚えているもの」

「じゃあ、一体……」

「響の一番好きな世界を守護るの。響を傷付ける全てを無くして、響が一番あったかいと思える世界にする。

 大丈夫だよ。弓美ちゃんも詩織ちゃんも創世ちゃんも、クリスも翼さんもマリアさんも、調ちゃんも切歌ちゃんもエルフナインちゃんも、弦十郎さんや緒川さんたちも……みんなみんな響の傍に居る。誰も響を裏切らない。傷付けない。そんな優しい世界になるんだよ。

 だから私に任せて。私に全部委ねて。絶対に、響を幸せにしてみせるから」

 

 あまりにも優しいいつもの日溜りの笑顔で話す未来に、どんどん響の心が揺らいでいく。彼女に悪意があるとは思えない。只々善意……いや、むしろ懇意にて響の為にと言い放つ未来の言葉は響は理解しきれなかった。揺らぐ思考に未来の声が沁み渡る。まるでそれが正しい事であるかのように……自分にとって、最も理想的な世界であるかのように。

 実際そうだ。自分の好きな人たちが、自分を好いてくれている人たちがずっと傍に居る世界は何よりも暖かく素晴らしい。そんな世界こそが響の守護りたかったものであり、一番好きな世界でもある。未来の言ったことに間違いなど無かったのだ。

 考えれば考えるほど思考の坩堝に落ち込んでいく響。未来の言葉を受け入れ彼女を抱き締めるべく、その背後に手を伸ばしていく。その時だった。

 

「――なるほど。それが君の望みかね、小日向未来」

 

 闇の中から轟いた声に、揺らいでいた響の意識が元に戻る。思わず二人で声の方へ顔を向けると、闇の中から群青に輝く瞳が見える。泥濘のような闇から抜け出すように歩み寄る巨躯の影。響はそれに見覚えがあった。この存在は、響たちに興味を示し接触してきたのだから。

 

「メフィラス、星人……!?」

「久し振りだね立花響。君に託した伝言は無事君たちに良い成果を与えているようでなによりだ」

 

 以前会った時と同じように、飄々と掴みどころや感情を持たせぬように話しかけるメフィラス星人。前と同じく怪しい空気を纏いながら、ゆっくりと二人に近付いていく。

 

「なぜ、此処に……」

「警告の為にさ。状況は変わった。事態もまた刻一刻と変化している。エタルガーの復活もじきに完了するだろう。この”世界”に訪れる破滅の危機だ。そこで、君たちとはまた話をしようと思って来た。

 さて、どうだろう。改めてこの私に、地球を譲ってもらうことは出来ないだろうか」

「それは、お断りしたはず――」

 

 返答を放つ響を遮るように未来が前に出る。まるで進んで代弁するかのように。

 

「未来……?」

「大丈夫だよ響。私に任せて」

 

 優しく微笑みながらメフィラス星人と相対する未来。その小さな口から発せられた言葉は、響の考えとは大きく違うものだった。

 メフィラス星人に対しても微笑みを絶やさぬまま、未来は変わらぬ口調で彼に返答する。

 

「……確か、どんな望みや願いでも叶えてくれるんですよね?」

「ああ」

「だったら、響の一番好きなあったかい世界を永遠に与えることも?」

「勿論可能だ」

 

 メフィラス星人の断言に未来の顔が嬉しそうに歪む。そして、最後の言葉が放たれた。

 

「理解りました、この地球を貴方に譲ります。その代わり、響にとって一番幸せな世界を永遠に与え続けて下さい」

「未来ッ!? なんでそんなことをッ!」

「なにかオカシイ? だって響にとって一番幸せな世界が得られるんだよ。大好きな友達が居て、大好きな仲間が居て、そして私という日溜りがいつでも傍にいる。

 響が守護ってきた世界……響が帰ってくる世界。それが永遠に変わらず響に与えられる、夢のような世界なんだよ」

「でも! そんなやり方で作った世界は――」

「あったかいよ。響が望めばいくらでもあったかくなる。これはそう言う契約だもの。そうなんでしょう?」

 

 内容を確認すべくメフィラス星人に問う未来。確信に固まった笑顔で声をかける彼女に、メフィラス星人は変わらぬ無感情な顔で未来と響を見つめていた。

 僅かな静寂の後にそっと右手を伸ばすメフィラス星人。自らの力を込めると、響の周囲に力場が発生し、彼女の身体を浮き上がらせ未来の傍から離していった。

 

「な、なにッ!?」

「響ッ!! あなた、響になにを!」

「何もしない。少なくとも、君のように彼女を傷付けるような真似はね」

「馬鹿なことを、言わないでッ!!」

 

 獰猛な獣の顎を模したバイザーを咬み合わせて閉じ、憤怒と共にダークダミースパークを振るい暗黒光線を発射する未来。だがメフィラス星人はそれを容易く避け、超能力で包んだ響と一緒にテレポートでその場から消え去った。

 

「響!? 響ィィィィィッ!!!」

『案ずるな。彼女を傷付けるような真似はしないと言ったはずだ』

「何処!? 何処にいるの響!!? 響を返してッ!!」

『勿論返すさ。君たちの想い出の場所、二人で流れ星をあの見た丘で待っていたまえ』

「あの、丘で……? ――フフフ、あははははは……ッ!!」

 

 消え去ったメフィラス星人からのテレパシーで場所を聞き、歓喜に沸くように笑う未来。すぐにシェンショウジンのギアに装備された脚部ユニットから闇色の粒子を噴出させて、その場から飛び去り消えていった。


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