絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア   作:まくやま

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EPISODE 18 【輝望-イノセント-】 -B-

 旧F.I.S.研究施設跡地の外。

 沈む月下で対峙する、マリア・カデンツァヴナ・イヴとDr.ウェル。互いにかつてのフロンティア事変の中核人物であり魔法少女事変では表と裏の英雄として世界の危機を救った者たち。

 だがこのDr.ウェル、魔法少女事変での決戦の地である錬金術師キャロルの居城チフォージュシャトーの崩壊と共に命を落としたはず、だった。

 しかし現実問題として、死したはずの男が此処に居る。その理由、出所……マリアが思い当たるものはただ一つしかなかった。

 

「やはり、知らず私にも影法師が棲み憑き、忌むべき存在としてあなたを生み出したという事なのね……」

 

 自分が思っていることを言葉として投げかけるマリア。だが相対するDr.ウェルは、放たれたその言葉に心底忌々しそうに顔を歪め、吐き棄てるように返答した。

 

「――僕が、お前の影だぁ? ハンッ、自分を買い被るのも大概にしろよなッ!

 この僕が、英雄Dr.ウェルが、お前みたいなヤツの弱っちい心から生まれてくるものかよッ!!」

「な……ッ!?」

 

 マリアの顔が驚愕に歪む。”自分の中に巣食う影法師”という大前提、皆で話して予測していた一切を覆されたのだ。

 この身の内にも闇がある事は誰よりも理解っている。因果の始まりの場所であるこの地、自らのエゴで進み義妹をかき乱し義母を殺したこの男。怒りや憎しみの全て背負い握り締めて、赦しを以て受け入れたはずの闇。エタルガーと影法師がその奥深くの闇を抉り引き出すと言うのであれば、この場所に導かれたのもこの男と相対したのも得心するところではある。

 だが、そうではないと言い切られたのだ。

 

「ならばドクター、あなたはどうやって生き返ったというの……ッ!?」

「人に尋ねる前に、そのメモリの足りない旧世代なオツムで考えたらどうなんだい? それとも、考え切った答えがその程度だとでも言うのかな」

 

 相変わらず人を舐め切った態度で話を惑わせるウェルに、マリアが思わず歯軋りしてしまう。だがこの話し方こそがDr.ウェルと言う人間なのだ。

 

「まぁいい、此処で無駄話をしている理由もないからな。僕はただ英雄であるこの身に課せられた使命を果たすだけさ」

「使命……?」

「ほンッとにカンの悪い女だな。蘇りし英雄が現世で為すべき使命と言えばただ一つ……この世界を救うことさ」

 

 嬉々と顔を歪めながら宣言する。その言葉にマリアはただ困惑の表情を見せるが、何か言葉を返す間もなくウェルが更に言葉を重ねていく。

 

「異次元超人ヤプールと、超時空魔神エタルガー。この地球を狙う悪しき外宇宙の侵略者……それに対抗すべく、現れたウルトラマン。だが世界は、その異物の総てを我が身を砕く害悪と認定したのだ!」

「ウルトラマンが、異物だと……!?」

「そうともさ! どれだけ正義なんてお題目を掲げようと、奴らはこの世界に非ざる者! 真に世界が欲したのは、この世界より生まれし永遠なる勇者にして秩序と正義を併せ持つ伝説級の英雄だッ!

 故にこそッ! この僕が黄泉還ったのもまた世界の選択なのだぁッ!!」

 

 マリアの思考で混乱が加速する。

 この男の言うことが正しければ、地球の生命の一部を力として託された立花響……ウルトラマンガイアはどう説明付ければいい? フィーネが居たと言う地球意思よりも深い何かが在ると言うのか、それともウェルが蘇った際に外的影響があり、それが彼の認識を歪めたのか。

 エタルガーと影法師らの影響を鑑みるとそれも無いとは言えない。だが己に酔い痴れ語るウェルの姿は、逆に何よりも彼の正気を確かなものとしているのだ。

 とにかく今出来ることは、彼の話を聞いて情報を得るしかない。そう思い、引き出すための言葉を放っていく。

 

「……随分と強気なのね」

「あァン……?」

「エタルガーはウルトラマンたちがみんな口を揃えて強敵と謳うほどの相手よ。左腕に残されたネフィリムの破片だけで、あの敵を討ち斃せるとでも思っているのかしら? もしそうなら、あなたは滑稽通り越して愚劣愚鈍だわ」

 

 思い付いた貶し言葉を投げつけるマリア。この男が”Dr.ウェル”であるならば、こういった言葉をぶつけると間違いなく何らかの大きな反応を示すはず。

 妙な確信を以て投げ付けられた言葉。その真意に気付いているか定かではないが、マリアの予測は的中していた。

 

「――クッ、ハハハハハッ!!言ってくれるじゃあないか、ダメ女風情がッ!

 確かにコアの欠けた僕のネフィリムじゃ、エタルガーを退けることは出来ない。そんな事も理解らないほど愚かじゃない。だがッ!

 言っただろう、僕は世界に選ばれた。世界を守護る為に真に必要な力を、この英雄に与えたのだッ!!」

 

 突き出した右手に暗黒の瘴気が集束を始める。やがて形を成していく其れは、過去のデータで見ていた物と同じ形状を成していった。

 邪悪な思いより生まれ、人の心を歪め、マイナスエネルギーに従い世界を蹂躙するために暗黒の化身へとその身を変えるもの。

 

「やはり、ドクターもダミーダークスパークを……!」

「ダミー!? 劣化コピーの贋作なんかと一緒にしないでもらおうかッ!」

 

 ウェルが右手で握り締めると、闇はその姿を漆黒の短剣状のオブジェへと変化させた。だがそのオブジェはダミーダークスパークのような結晶体ではなく、より綿密に造り込まれた物質化を成していく。

 握りしめたモノを左手で軽く弾ませながら笑うウェル。漂う禍々しさは映像で見ていたダミーとは桁外れなプレッシャーとなって感じられていた。

 

「これが英雄に与えられた神の力……。正真正銘本物の、オリジナルの【ダークスパーク】だッ!!」

「神の、力……!?」

 

 何かが訴えかける。アレは神にほど近くなった闇の力だと。マリアの脳裏に再びヴィジョンが激流のように送り込まれる。

 暗黒の中で起こる激闘。怪獣も、宇宙人も、光の巨人も、その闇の前には誰もが等しく敗北と共に己が心身を封じられていく。そして闇は最後に、蒼き光をその身より放つ戦士との戦いによって互いを封印しあうことで決着したという。

 いつかの世界、どこかの宇宙で起きた暗黒大戦争。マリアの内に宿る光はその戦いすらも彼女へと教えていったのだ。

 だがその膨大な情報量を瞬間的に叩き込まれたことでマリアが思わず頭を押さえ膝を付く。苦悶する彼女の姿を嘲嗤いながら近付き、ネフィリムを宿す左腕で胸倉を掴み持ち上げた。

 

「くあぁ……ッ!」

「苦しいか? 宿主を飲み込み苦しめる……お前のその光は、まるで呪いだなぁ」

「――こ、この光が……呪いでなど、ある、ものか……!」

「強がるなよ凡人ッ! その身を削って戦って、それで英雄を気取るお前みたいなのにはお似合いの呪いだろうがなぁッ!!」

 

 投げ棄てるように掴んだ胸倉を放される。瓦礫の上に転がってしまうマリアだったが、どれだけその身を痛みに曝されようと今度は涙を流すことなく力強くウェルを見つめ返した。

 だが彼もそんな目に一切怯むことなく、見下しながらまた言葉を重ねていく。

 

「救ってやるよ、その苦しみから。英雄であるこの僕がね」

「何を、言っている……!」

「ダークスパークは更なる力を求めている。遥かなる超エネルギー……つまり、ウルトラマンの力。

 そもそも此処に来たのも取り分け大きな力を感じたからだったんだが、居たのがお前だったとは。だが、その力こそ僕が望んでいたものだッ! そいつを取り込み、世界を救う礎に変えてやるんだよッ!」

「ドクター、貴方なら分かっているはずでしょう……? それは闇の力……手を出して無事に済む保証は――」

「ハンッ、力なんてどれも闇を内包するものだろうが。拳銃なんかもそう、暴力だってそうだ。聖遺物も、シンフォギアも、錬金術も、どんなものにでも世界を壊す闇が存在している。ならばその光にだってそうだ。

 ……ああ、なんでダークスパークがウルトラマンの力を求めているか理解ったよ。暗黒に欠けている光という存在を飲み込み内包することで、完全な混沌たる存在として完成する為だったんだッ!

 それこそが世界を救うッ! 混沌の本質は公平にある……善も悪も等しく飲み込んで、全てがこの僕の齎す”公平”の下で悠久の平和を作り出してやろうというのだッ!!」

「……闇に狂うか、Dr.ウェルッ!!」

「光に狂わされているお前に言えた事かァッ!!」 《ダークライブ -ダークルギエル-》

「――く、うああああああああッ!!!」

 

 腰溜めより握り締められたエボルトラスターを引き抜き天へと掲げるマリア。同時にダークスパークを展開しネフィリムの宿る左腕、その掌に浮かんだライブサインへとダークスパークを押し当てるウェル。光と闇が立ち昇り、互いにその身を巨人の姿へと変化させる。

 光より顕現したのは基礎形態であるアンファンスの姿を為すウルトラマンネクサス。対する闇より顕現したのは、漆黒の鎧のような肉体を持つ超人の姿だった。

 頭部から二本の角が伸び、両肩からも刃を思わせる鋭利な突起がそれぞれ生えている。両眼は十字に裂けるように広がっており、深紅の輝きを蓄えている。

 そしてその爆ぜたように象られた胸部には、ウルトラマンのそれと近しくもあるカラータイマーらしき発光体がその眼と同じ紅に染まりながら深く脈動していた。

 

「コレこそが僕ッ! ダークルギエルッ!! この世界を救う、新たな英雄の雄々しき姿なのだァッ!!!」

「ダーク、ルギエル……!」

 

 高嗤いしながら天を仰ぐダークルギエルの胸部から赤黒い光が天に向かって発射され、やがてその場を侵蝕するように包み込む。かつてダークファウストがメタフィールドを塗り替えたダークフィールド……それを身一つで展開したのだ。

 それに対し構えをとりながら臨戦態勢に入っていくネクサス。その中でマリアがすぐさま自分の現状を確かめていく。

 満足に回復しないままの連続変身は彼女の身に大きな負担となって帰ってきている。事実ジュネッスへの形態変化は可能でも、果たしてこのダークフィールド内でどれだけの時間それを維持出来るかも分からない。ただその余力が残されていないことは、彼女自身がよく理解っていた。

 やがてダークルギエルが仰ぐ手を下ろし、漲る威圧感を撒き散らしながらネクサスへと目を合わせる。胸元に構えた右腕を振り下ろすと、胸の赤い発光体から闇の光弾を数発連続で発射。ネクサス目掛けて撃ち放たれた。

 思わず前転受け身で回避していくネクサス。各着弾地点に爆発が起こり、砂塵が巻き上がる。どちらにせよこのままでは為す術なく斃されてしまうと思い、膝立ちの姿勢になったところで自らの力を開放。赤と青のジュネッスへと変化させた。

 すぐさまパーティクルフェザーを放ち反撃に出るが、ダークルギエルは片手で易々とそれを弾いて消し飛ばしていく。ならばと駆け出し、空中から拳を振り下ろすネクサス。だがそれも容易く捕まえで、振り回し放り投げた。

 

「グゥァッ!」

「クッ……ハハハハハッ!! 素晴らしいぞ、この力ァッ!!」

 

 嬉々と吼えながらダークルギエルがネクサス目掛けて走りだし、立ち上がろうとした瞬間にその腹部を蹴り飛ばした。そして転がり倒れたネクサスの胸部を蹂躙するかのように連続で踏み付ける。その数回の攻撃の後に左手で首を捕まえ、人間体の時と同様に持ち上げていった。

 

(く、ぅ……! なんて、力を……!)

 

 ダークルギエルの拘束を振り解くようにもがくネクサス。だがすぐに、胸のコアゲージが点滅を開始した。時間にしてまだ1分も経っていないはずだが、それほどまでに消耗していたという事だろうか。自らの身体の異変に、マリアはただ歯を食いしばって少しでも戦闘形態を維持すべく耐えていく。

 その姿をせせら嗤いながら、ダークルギエル……それに変身したDr.ウェルが言葉を放っていった。

 

「どうしたんだい、もう抵抗はおしまいか? せっかく簡単に始末せずに相手をしてやったのに、これじゃあ真の力の実験台にもなれやしない。本当にお前は駄目な女だなぁッ!」

(真の力、だと……!?)

「そうともさ! ダークルギエルの本来の力は【存在の停止】。この闇の輝きに触れたモノは、なんであろうともその生命を停めて人形と化し封じられる!

 それこそが怪獣や宇宙人、光の巨人を諸共に封じ込めた輝き。暗黒の銀河大戦争を蹂躙した、闇の支配者たる所以なのさァッ!!」

(存在の、停止……。まさか、ドクターの作り出す世界の平和とは……!)

「地球も含め全ての存在を停止させる。これ以上誰も傷付かず、傷付けさせない、何よりも優しい闇の世界だ。国家間の無様な争いも、他世界からの侵略も、僕とルギエルが生み出す闇で全てを停めるんだ!

 歌ではなく錬金術でもなく、闇で世界を一つにするッ! 静寂と安寧を得た世界は永遠に甘美な夢を見続け、理想郷が齎す悠久の平穏に舌鼓を打つ……。全てはこの僕、偉大なるグランドマスターの意のままにッ!!」

 

 ウェルの語る言葉は何処か正鵠を射ていた。何物にも干渉されない制止した世界……見方を変えればそれは、確かに完全平和の体現でもある。

 だがそれも所詮は独裁。絶対たる力と威を以て永遠不変を与えることは、生命の営みを蔑ろにした歪んだ空論に過ぎない。それを理解らぬマリアではなかった。

 

(それが……そんなものが、理想郷でなどあるものか……ッ!!)

「綺麗事だけで世界が救えるものかよッ! 病まず老いず死なず……永遠の生命、永遠の時間。それこそ人類が探し求めてきたものだろう!? それをくれてやろうと言うんだ、人類と世界への愛がなければ為し得ぬことをッ!!」

(なぜ、そこで愛……ッ!!)

「だってそうだろう? 世界のどうにかするなどと、愛が無ければ出来ないことさ。これまでだってそうだったし、お前らもそれで世界を救って来た。

 勇気、希望、欲望、そして愛……すべてが英雄に必要なモノだ。そして絶対たる力……闇と光を抱き合わせた混沌が交わることで、この身は守護神と為るッ!!」

 

 ダークルギエルの左腕から発せられる闇がネクサスに纏わり縛っていく。エナジーコアへと侵蝕する闇が光をエネルギーと変換し、ダークルギエルの胸部発光体へ吸い込まれていった。

 ネクサスの苦悶の叫び声が響き渡り、エナジーコアの点滅と共にすぐにその身体をアンファンスへと引き戻されてしまう。宿りし光の力が徐々に失われくすんでいく一方で、闇はその勢いを増していった。

 

(ドクター……あなたは、本当に世界を……)

「守護ってやるさ! 永遠に、この力を以ってッ!!」

(そんな力で……世界にひとりぼっちになってまで、あなたは……!)

「力とはァッ!! 他者を支配し圧するためにあるんだよッ! 世界にひとりぼっちの英雄だからこそ為し得る世界救済……それに気付けないお前が、この僕に勝てるはずがないだろォッ!!!」

 

 ウェルの哀しくも傲慢な物言いに思うところは有れど、それに対し反論できるほどの力はマリアにはもう残されていなかった。

 やがてその眼からも輝きが消え、力なく腕を下すネクサス。点滅していたエナジーコアからも、その光は完全に失われていた。

 其処まで吸い取ったところで、ネクサスの身体を塵芥のように投げ捨てるダークルギエル。更なる力を得て強化されたダークルギエルは、地に堕ちたネクサスを一瞥するとすぐに右手に持ったダークスパークを天に掲げ、周囲のダークフィールドを伝播させて闇の力を束ね高めていった。

 

「愚かなる生命体ども……貴様らの時間は、僕のこの力により止まる。幸せな時を幸せなままで、恐怖も感じさせずに永遠をくれてやるッ! ハァーッハッハッハァッ!!!」

 

 闇に塗れ、深い泥の中に意識が落ち行く中で、その高笑いをマリアは静かに聞いていた。

 足掻き、もがき、手を伸ばす。だがその手は空を切るだけで、何にも届くことはない。黒く染まる世界に、やがて彼女はその手を伸ばすことを諦めてしまう。

 

「私は……」

 

 なにも守護れない。そう呟こうとした時に、脳裏に先程まで声を交わしたウェルの言葉が反芻される。

 

「……いえ。ドクターが、守護ってくれる。世界は静止し、侵略を受けることもなく争い事も無くなった世界に変わる。

 悲しみの無くなった永遠の世界……。それは悲劇を失くす、たった一つの手段なのかもしれない」

 

 言葉にした途端、心から力が抜けていくのを感じた。闇が生み出す新世界は生命の尊厳を奪うディストピアかも知れない。だが、悲哀の存在しないそれはユートピアでもあるのかも知れない。ならばいっそ、その方がこの世界にとって良いのかも知れないと……。

 奇しくもこの地は、レセプターチルドレンとして世界各国から集められた孤児らを使った研究施設。フィーネの次なる器としてのみ存在を許された自分たちに、生命の尊厳など最初から無かったのかもしれない。

 そんな捨て値の命に価値を与えてくれた人が居た。血を吐きながら歌い炎と瓦礫に沈んだ妹は、墜ちる月を止める為に調律した養母は、この身に使命を託して先に逝ったのだ。世界を守護れという、大きすぎる使命を遺して。

 

「――ああ、だから私は、世界(みんな)を守護りたかったんだ……」

 

 塵芥に等しきこの命。引き換えに世界(みんな)を救えるならば、それは余りにも安い代償だ。皆に笑顔を、幸せを齎すことが出来るのならば、この命はいくらでも捧げよう。嘘偽りのない、素直な想いだった。

 だから、このまま闇に消え逝くこともやぶさかではないと思った。世界を救う為にこの命が使われるなら、充分に上等なのだから。

 そう思うと自然と顔は緩み、虚ろながらも笑顔が戻って来た。疲れ切った、弱さを受け入れたが故の諦観の笑顔が。

 

 

 

 ――なにかが、胸を打った。

 それに気付き、眼をそっと開く。

 おぼろげな空間。それはまるで、最初にこの光と出会ったあの場所のようだった。

 定まらぬ眼で視る先に、何人もの人影があった。そこから二人、そのおぼろげな影がハッキリと形を為す。それはあの日と同じ、自らの心に最も色濃く残る二人の姿だった。

 

「……マム、セレナ……」

 

 二人は何も語らない。唯一つ、マリアの事を信じて止まぬと言わんばかりに優しく微笑んでいた。

 

「ごめんなさい……。でも、少し疲れちゃった。ちょっとぐらい休んでも、大丈夫よね?」

 

 二人の顔からは肯定も否定も感じられなかった。それはまるで、この身に宿った大いなる光と相対しているかのようだった。

 

「……この力を与えられた時も、二人が私に声をかけてくれた。それからずっと考えてたの。何故光は、私を選んだんだろうって。

 ウルトラマンゼロは言ったわ。私なら、この力を正しく使えるからって。……でも、結局私にはこの力の意味は理解できないままだった。みんなを守護りたくてこの力を借りてきたけれど……もう、ここまでかしらね」

 

 どうして?と言うかのように首を傾げるナスターシャ。優しい笑顔に導かれるように、またマリアが声を重ねていく。

 

「……ドクターが言ったの。自分が世界を救うのだと。世界に生きる全ての生命の時間を、静止させて……。

 でも、きっとこれで良いの。そうすればもう誰も哀しまない……もう何にも、傷付けさせられないから。私はその為の礎となる。それでみんなが幸せになるんだったら、私は――」

『――マリア姉さん』

 

 そこまで言った時、セレナが優しく声を重ねていく。マリアの心中に深く刻まれている哀しい思い出と同じ、何も変わらぬ妹の美しい声だった。

 

「セレナ……?」

『……この光はね、人々の心が重なり合ったものなの。誰もが心に抱き締めている、”しあわせ”と言う名の純粋なる祈り……。

 光となった祈りは長い時を経て数多の人に受け継がれていった。光を継ぎしものは、時に哀しみを背負いながらもみんな必死で戦っていった。大切な何かを、守護るために』

「知っている……理解っているわセレナ。だってそれは、この光が私に教えてくれたんだもの。

 だから私も歌い戦った。私が大切に思うみんなを、守護るために……」

 

 浮かんでくるのは友の顔。この身を慕う妹たち、共に歌い舞う仲間たち、信を置く者たち。

 数多く失って来た自分だからこそ、今度こそ、なにも失うものかと魂を込めて歌い戦って来たのだ。

 この身、この歌、この命……その全てを賭してでも――

 

「この想いに嘘も偽りも無いわ……。だってそれは、落ち往く月の前でセレナが私に教えてくれたこと。セレナが、私に気付かせてくれたことだもの……。

 歌で世界を救いたい……ただ、それだけを……」

『そうだね。マリア姉さんは、がんばったもんね。

 月の落下から世界を救った。世界を噛み砕く錬金術からも救った。みんなと歌った姉さんの歌が、たくさんの人を笑顔にした。光を、与えていった』

「……嬉しかった。みんなが私の歌で、笑顔になってくれることが。みんなが喜んでくれたから、私も――」

 

 瞬間、目の前が光って見えた。

 浮かび上がるみんなの顔。友の姿だけではない……その背後に、もっとたくさんの人々の姿がある。皆がそれぞれ、思い思いの笑顔を咲き誇らせていた。

 世界を巡り歌った時にいつも見てきたその笑顔。悪逆の脅威になど負けぬと、誰もが歌の力を信じ想った姿。それは、私の歌が与えた光なのだ。

 与えた光が更なる強い光となって私を照らしてくれる。それが嬉しくて、たまらなく嬉しくて。だからもっと――。

 

「――……歌い、たい」

 

 余りにも単純で、自然になり過ぎて、忘失れてしまっていた忘失れてはならない無垢なる想い。

 それを想い出した時、マリアの眼から涙が零れ落ちた。

 

「セレナ……私生きたい。生きてもっと、もっともっと、たくさん歌いたい……。大好きな歌を、大好きな人たちと……!」

 

 顔を歪め、ぼろぼろと涙を流しながら訴えるマリア。

 生きたい。歌いたい。誰かの為に。自分の為に。それこそが彼女の、本当の意味での”生まれたままの感情”だったのだ。

 マリアの心からの言葉を聴き、光の中に揺蕩うセレナは、心底より嬉しそうに満面の笑顔を最愛の姉に向けた。

 

『私、マリア姉さんの歌が大好きだよ。幸せそうに歌うマリア姉さんも大好き。姉さんの歌を聴いてると、私も幸せな気持ちになるんだもの。

 きっとみんなも、姉さんの歌をもっとたくさん聴いていたい。幸せの気持ちを感じて、それをまた他の誰かに伝えたい。姉さんにもその気持ちを返したい。

 ――そうやって、みんなが繋がっていく』

「……それが、”しあわせ”の祈り……。それが――」

 

 ”光”

 

 

 

 マリアの視界が純白に染まった瞬間、セレナとナスターシャの後ろに居並んでいた人影の全てが形を為した。

 愛する家族との約束を守るため、運命を背負い空を飛んだ者。

 命を削りながらの贖罪と経て、大切な人たちを守る使命を果たした者。

 僅かなる命を苛烈に燃やし、希望を繋ぎ生きる為に走り切った者。

 憎しみに心を囚われ闇に利用されて尚、厳しさと強さで乗り越えた者。

 何度絶望の淵に立っても、何度でも起ち上がり光を繋ぎ続けてきた者。

 守るべきものたちの為に、出来ること、やるべきことを為すべく光を掴んだ者。

 それはいつかの時代、どこかの世界でなにかを守護る戦いを繰り広げた適能者たち。光に選ばれ、光を継ぎ、光と共に戦い守護った者たちだ。

 その中に少し距離を置いて佇む二人、何処か覚えのある人物もまたマリアへ笑顔を向けていた。光の奇跡を纏い力強く前に進んだ者と、月の優しさと太陽の強さを勇気で束ね合わせた者。マリアが光を手にした時、その背を押してくれた者たちだった。

 光の中、彼らは皆一様に笑顔でその手をマリアへと差し伸べた。まるで、新しい継承者の真なる覚醒を歓迎するかのように。だがマリアは、思わず手を握り締め抑えてしまう。

 

「……私に、出来るかしら」

『マリア姉さん。姉さんが私の代わりになれなかったように、私も姉さんの代わりにはなれない。ううん、私じゃなくても……姉さんの事を想うたくさんの人達でも、それは叶わない。

 でも、だからこそ人は、心を尽くして人と絆を結ぼうとするの。だってみんな、姉さんが好きだから。姉さんに、しあわせな笑顔で歌って欲しいから』

「セレナ……」

『私達は姉さんを見ていることしか、姉さんの歌を聴いていることしか出来ない。だから、ここでちゃんと見ているから……聴いているからね。最後まで、ずっと』

 

 惹かれるように手を伸ばす。そこに重なり握られる数多の手。導かれるように手を引かれ、ただその先へ向かう。視界に映る光がどんどん大きくなっていき、やがてその手に触れ……。

 

 

 

『……私、信じてる。マリア姉さんなら、きっと守護ってくれるって。だから――』

 

 

 

 

 

 暗黒の大地。倒れるウルトラマンネクサスのエナジーコアが、大きく一度脈打った。光が身体に伝播していき、その手を強く握り締めていく。

 

「……なに?」

 

 異変に気付くダークルギエル。眼を向けたそこには、肩で息をするように無理矢理に、身体の各部を震わせながら……だが確かに立ち上がる、くすんだ銀色の巨人の姿が在った。

 

「お前……!」

(……やっと気付いた。やっと、理解った……。生ある証が……鼓動(いのち)がこの胸を打つ限り、私は歌っていたいのだと。生きて、いたいのだと……!

 みんなから繋がった光が教えてくれた……。それが、誰かに受け継がれ輝く光の意味なのだとッ!)

 

 力を、命を振り絞り構えるネクサス。相対し見るダークルギエルは、Dr.ウェルは忌々しそうにダークスパークを潰すほどに力を込めて握り締める。

 

「……ふざけるなよ、それが何だって言うんだ! 僕の力で世界は止まる! それで救われる! 何の問題もありはないッ!!

 このダークフィールドに高められたマイナスエネルギーの全てを地球に拡大し解放すれば、それでッ!!」

(そんなこと、させはしないッ!)

「するんだよォォッ!!!」

 

 咆哮と共に胸の発光部から暗黒の光弾を発射するダークルギエル。力を振り絞り腕を突き出すことで、眼前に波打つ光壁を作り出し防ぐ。だが足りない力は光弾を防ぎ切ることも適わず、直撃と共に吹き飛ばされた。

 だがそれでも立つ。目に光は戻らず、エナジーコアも輝きのほとんどを失ったままだと言うのに。

 

「何故だ……何故起てるッ! 光は奪い尽したと言うのに……お前の心も、折れて闇に堕ちたと言うのにッ!!」

(そうだ……弱い自分は私の闇だ。私は弱い……だから容易く闇に呑まれてしまう。だが――)

 

 何度でも構える。今なら強く理解るのだ。ずっと傍で見守ってくれている光があることを。だから――

 

(私はひとりじゃない……みんながくれた光で、この闇を抱き締めてみせるッ!!

 生きたいと、歌いたいと願うありのままの私を信じ、闇を抱いて光となるッ!!!)

 

 胸のマイクユニットにその手をかけ、突起を三度押し込む。秘されし闇の象徴、魔剣ダインスレイフを擁したイグナイトモジュールを、その先に有る更なる力を励起。右手を天に掲げ、絶対に譲れぬ夢を想い込めて吠え叫んだ。

 

(――ウルトラギアッ!! コンバインッ!!!)

 

 エナジーコアの胸部と重なりあったマリアを貫き立つ赤き楔。心身の疲弊を気にも留めず抜剣された魔剣は瞬時に彼女を闇で包み、また同時にネクサスの身体をも暗黒で包み込んだ。

 

「は、ハハハハハッ!! タカを括ったと思ったがまるで出来損ない……。闇の空間で闇を解き放ち、その闇で僕の力を高めてくれるのかァッ!!!」

 

 轟くウェルの嗤い声と共に、更に爆発するマイナスエネルギーの奔流。だがその闇の中で、この身に光を繋いだ者たちの姿が見える。そこに在る光を掴むべく、マリアは手を伸ばしていた。

 聞こえた声は誰のものかなどもはや判別できなかった。だが確かに聞こえたのだ。あの光に触れた時に、『諦めるな』という言葉を。

 

 答えは得た。それこそが、受け継がれし”光”の意味。

 それこそが――

 

(――絆……ネクサスッ!! ううぅぅおおおおおおおおおおおッッ!!!!)

 

 纏いし闇の全てをエナジーコアが飲み込み、無垢なる純白の光となって放出される。全身を纏う光のフォニックゲインは、やがて鎧と化しその身に固着していった。

 足から下腿部にかけてと腰部側方に装甲が装着。右腕にはアームドネクサスが一回り大きくなるように強化され、左腕は上腕から前腕部……アームドネクサスを包み込み更に巨大なガントレットとして装備された。そして胸部、エナジーコアの上に乗るように白銀の羽根状のプロテクターが重なり合いその姿は完成する。

 共に授けられしダイナとコスモスの力を用いない、絆の光を受け継ぎし聖女が聖剣【アガートラーム】と聖楯【ウルティメイトイージス】を己が歌で真なる一体化を果たした姿。深淵の暗黒の中でなお、白無垢の如く神聖なる輝きを放ち照らす超人。

 

『――ウルトラマンネクサスッ!! ウルトラギア・アガートラームッ!!!』

 

 己が魂の名を叫び、輝きを撒き散らしながら力強く構える。今はその眼に、強い光が舞い戻っていた。

 

「光、だと……ッ!!」

『これが私に継がれたもの……。闇を畏れる事なく抱き締めて、乗り越えていく力。

 みんなで生きる……生きたいと願う、未来(きぼう)の光ッ!!!』

「そんなもの……そんなものがああぁッ!!」

 

 ダークルギエルが右手に握られたダークスパークを突き出し、暗黒光線を発射する。生きとし生けるものの時間を止める”否定”の光線。だがそれを、ネクサスは左腕のガントレットで強く受け止めた。

 

「決まったァッ! これでお前も人形に――」

 

 変わらない。それどころか光線を吸収し光に変えているようにも見える。闇を受けて聖鎧の輝きがより一層増すかのように。

 

「そんな、馬鹿なぁ……ッ!」

『……この力は、決して未来(きぼう)を棄てない人たちの為にある。慟哭、嗚咽、憎しみ、苦痛……どんな闇にも諦めずに起ち上がり、永遠に繋がり受け継がれていく命の光。それに気付けぬ貴方が、勝てるはずがないッ!!!』

「ほざくなああああああッッ!!!」

 

 受け止めた闇を光と化し、拳を突き出し放つネクサス。その一撃を身体で受けてしまい、ダークルギエルがよろめきながら膝を付いてしまった。

 一撃食らわされたことの屈辱からか荒れ狂い叫ぶ声と共に、ダークルギエルが自らのダークスパークを再度左の掌に突き立てる。暗黒同士が混じり合う中でその左腕が激しくうねり出した。

 勢いのままに左腕を天に突き出すと、ダークフィールドを形成している闇が全てそこに集束。まるで喰らうように飲み込まれていく。そしてダークルギエルの体内で膨張した闇が、その姿を更なる異形へと形を変えていく。それはまるで――

 

『ネフィリム……ッ!』

「そうだともッ!! 暴食の権化が暗黒の魔神と相重なり、闇も光も全てを喰らい尽す力となるッ!!」

 

 激しく咆哮するネフィリムルギエルが、その全身からダークフィールドを構成する闇までも喰らい始めていく。更に闇を溜め込み爆発させることで、邪魔者を消して野望を完遂させる心算なのだろうと、マリアは直感した。

 

「止めてやるッ! 全ての命ッ!! 全ての時間をッ!! 世界を蹂躙する、この絶対たる力でッ!!!」

『止まるのはドクター、貴方のその歪んだ野望だッ!!』

 

 互いに飛び掛かり、激しき光を宿したネクサスの左拳とネフィリムを顕現、肥大化させたルギエルの闇を纏う左拳が激突した。

 光と闇が爆裂し、衝撃波を放ちながら拮抗し合う。そこから右の拳でネフィリムルギエルの顔面を打ち付け、流れるように両足でのドロップキックで蹴り飛ばした。着地と共に左のガントレットに右手を当て、光を高めて外へ振り抜く。直後眼前に並び出現する幾つものパーティクルフェザー。左拳を前に突き出すことでその全てを発射し、それぞれが意思を持つように縦横無尽に飛翔しネフィリムルギエルへと打ち込まれていった。

 着弾と共に爆発が巻き起こるが、数秒もしないうちに粉塵が渦を巻きネフィリムルギエルの中へと消えていく。喰らっていたのだ、放たれた光も含め全てを。暗黒の肉体に取り込んだエネルギーは胸部の発光体に集まっていき、やがて超高熱の火炎弾となって放たれる。地面を抉り襲い来る破壊の炎を見て、サークルシールドを生み出しダメージを最小限に防いだ。

 堪えた姿に怒りを覚えたのか、猛る咆哮とともに大地を踏み潰しながら突進。携えたダークスパークを大きく伸ばし、ダークスパークランスへと姿を変えた。

 それを視認したネクサスも自らの左腕のガントレットからアームドギアである短剣を抜剣。抜き身のエボルトラスターと酷似した形の短剣は、変身者であるマリアの意志の元その形態を変化。刀身にも柄が付けられた大型のツヴァイハンダーと化した。

 

「くぅだけぇろおおおおおおおおッ!!!」

『でぇぇぇやああああああぁぁッ!!!』

 

 真正面からぶつかり合う闇の魔槍と光の聖剣。ネフィリムルギエルの奮う一撃一撃が殺意を伴う漆黒の暴風となりネクサスを襲うが、ネクサスはその全てを受けて尚も燦然と輝きを放っていた。一撃一撃を受け止め、いなし、反撃をぶつけていく。

 突き出した漆黒の槍を刃の峰で受け止め両者が競り合う。上の柄を持つ右手を逆にし、下へと押し込み槍の刃先を逸らし躱す。そして逆手を外に振り抜くと刃が分離、光放つ鞭剣となってネフィリムルギエルの肉体に纏わり、引き裂くように傷付けた。

 だがそれに負けじと、空いた胸に目掛けて火炎弾を発射するネフィリムルギエル。至近距離からの直撃を受け吹き飛ばされるネクサスだったが、最早宿る光が陰ることは無かった。

 何度でも起ち上がるその輝きに僅かでも魅せられたのか、ネフィリムルギエルが一瞬動きを止める。だがそれを振り払うかのように発狂するが如く吼えるウェル。吸い込んだ闇の全てを爆裂させるべく、力を胸の一点に集め高めていった。

 

「終わらせてやる……何もかも吹き飛ばせえええッ!! ネフィリムルギエエエエエエエエルッッ!!!」

『終わらせない……どんな命でもッ!!』

 

 左右の両刃を再度結合、大型剣と化したアームドギアの柄をガントレットに装着する。胸の前で構えることでエナジーコアと同じ弓状の光が左腕に宿ると共にガントレットから激しく光が噴出した。

 対するネフィリムルギエルも両腕を大きく開き、胸の発光体を中心に全身から圧倒的な出力の暗黒光線【ネフィリムルギエルシュート】を発射した。襲い来る闇の輝きに、光を纏い猛然と吶喊するネクサス。だが暗黒はネクサスを飲み込み、光を喰らい闇へと変える。

 ウェルは勝利を確信した。光を喰らい塗り潰す圧倒的な闇、それこそが無敵の力であるのだと。だが――

 

『終るのは、この戦いだああああああぁぁッッ!!!』

 

 闇を貫き輝き奔る光が流星の如く猛進し、すり抜けざまに左腕の巨大な光刃で笠懸に両断する。

 着地と共に振り向き仁王立ちし、その両腕に最後の一撃の力を込める。両腕を胸の前へ近付けながら距離を縮め、その間を行き交うエネルギーがエナジーコアの輝きと共に激烈に上昇。左腕に装備された剣に伝播し光刃が伸びる。

 やがて両の腕が交差した瞬間、右手でガントレットに装着された剣を引き抜き右腕を上外方、左腕を下外方へ真っ直ぐ伸ばした。そこから腕を順回転させ、右に携える光り輝く刃を縦に構え左の籠手は内側から下の柄を叩き付ける。逆転した【†】の形となった両腕から、闇を消し飛ばす圧倒的な光の波を発射した。

【OVEREVOLRAY†REDEMPTION】……光と真なるユナイトを果たしたマリアの、光の刃の一撃に次いで放たれる闇を抱き締め光と為す輝きの奔流。ネフィリムルギエルは為す術もなくそれに飲み込まれ、数秒の間浴びせられ続けた結果、闇の全てを浄化されるように爆裂した。

 

 

 

 ネフィリムルギエルを斃したことでダークフィールドも解除され、周囲はまたF.I.S.研究施設跡地の外、破損した施設を仰ぎ見る荒野に戻っていた。

 位相差を変えて行われた戦いは、どれだけ激しかろうと意図して戦闘領域を破壊しない限り現実世界に一切の支障をきたさない。それはダークルギエルが展開したダークフィールドも例外ではなく、戦闘の跡地に遺されていたのはうつ伏せになって倒れるDr.ウェルと、その近くで両膝を着いて大きく息を上げるマリアの二人の姿だけだった。

 

「馬鹿な……この、地球最後の英雄である、僕が……」

 

 這いずりながら顔を持ち上げるウェル。その右手には、未だダークスパークが握られている。それを見てまたにやけるも、次の瞬間黒色の灰と化し消えてなくなって行った。

 

「な、何故だ……何故だああああああああッ!!」

「ドクター……」

 

 掌の中から消えたダークスパークの残滓を見て悲痛な叫びを上げるウェル。哀れにも映る彼の姿を眺め見て、力を込めて立ち上がったマリアが彼の傍へ歩み寄った。連続の変身とウルトラギアの発動により残る体力は雀の涙ほどだったが、彼とは今話さなくてはならないと思ったのだ。

 頭上に現れたマリアの姿にまともな声も出せず恐れの呻きを洩らすウェル。だがマリアも力が抜けてしまい、またその場に腰を落としてしまう。大きく肩を動かして息を切らしながら、なんとかウェルの顔を正視した。

 

「なんだよ……僕の無様な姿を嗤うのか? いいや、いっそ嗤えよ。その方がまだ救われるってもんだ」

「……フフ、無様なのはどっちなのかしらね。こんなにもボロボロになって、泥と涙に塗れ心は折れかけて、足掻けるだけ足掻き力を使い切って今はこのザマ……。

 無様と言う言葉、私に向けてこそ投げられるものよ」

「……チッ、随分と饒舌になりやがって」

「ありのままである事の強さを教えて貰えたから。エルフナインや仲間たち……私と繋がってくれたみんなによって。そしてドクター、貴方の存在もその強さを確信へと裏付ける一因となっている。学ばせてもらったのよ、貴方からも」

 

 心のままの語りは彼女の顔を優しい笑顔に変える。予想外の表情に、ウェルは何処か所在無さそうに舌打ちしながら顔を逸らした。

 そんな彼に、マリアは顔を引き締め直して問い掛けを放った。

 

「……貴方には色々聞きたいわ、ドクター。貴方が私の闇でなければ、何処でどうやって蘇ったのか。エタルガーの目論みを知っているのかどうか。そして……」

 

 一度口を噤むマリア。小さく深呼吸をし、自分の考えを彼にぶつける。

 

「……この世界を救うために、私たちに力を貸してくれないかしら」

 

 この選択が正しいかどうかは理解らない。だが、Dr.ウェルの持つ知識とネフィリムを宿す腕は自分たちにとって大きな力となってくれる。その確信と共に提案を持ちかけたのだ。対するウェルは、こちらを見上げながらも蔑むように口を歪め、嗤いながら返答した。

 

「本気で言っているのかい? 僕が有能なのは周知の事実だが、まさか君からそんな言葉が出るとは思わなかったよ」

「私は本気よ。手段や根底にあるものがなんであれ、ドクターは闇の力を世界を救うために使おうとした。”世界を救う”……。この一点に限り、私たちの利害は一致していると思った。前の戦いの時みたいに。だからこその提案よ。

 それに世界を救う為に力を使おうとしたのも、貴方なりにエタルガーを脅威と思っているからなんじゃないかしら?」

「僕が、あんなヤツを? 馬鹿にするのも大概にしろよな。僕が……ダークルギエルが真の力を以って相対すれば、エタルガーなんざ取るに足らない存在だったさ。

 ――……真の脅威は、其処じゃないんだよ」

「其処じゃ、ない……!?」

 

 ウェルの言葉に驚くマリア。だが今の彼女ではそれ以上の情報を整理しきれない。様々な疑問の真相に近付くためにも、やはりこの男は必要だとマリアは強く確信した。

 

「まったくもって世話が焼ける。新たな力を得ることに固執して、貴様らは揃いも揃って何も見えていなかったとはね……。

 ハンッ! そこまでこの僕を必要としているのなら、不本意ながらも手を貸してやろうじゃないか。僕の叡智が世界を救う……そう、全ては英雄である僕の導きのままにッ! フハハハハァッ!!」

 

 思わず笑い出すウェルにやや呆れながら、彼を手を結ぶ為に自ら手を差し出すマリア。対するウェルも、新たな導を得て覇気を取り戻したのか、強い笑顔を浮かべて差し出されたマリアの手を取るべく己が手を伸ばす。

 そしてお互いに掴み合おうとした、瞬間――

 

 

 ドカッという、重たい音が鳴り響いた。

 

 

「――あ、あァ、ン……?」

「まあったく、なんでアタシがアンタみたいなガイキチのケツを追わなきゃならなかったのかしら。まぁ、そのおかげでカンドーの再会が出来たんだけどねー。キャハハハハッ!」

 

 気の抜けた声を洩らすウェル。眼前で座り込むマリアも驚愕の眼を見開いている。彼女の目線は、うつ伏せで手を伸ばすDr.ウェルの上に向けられていた。

 外側は漆黒、内側は群青の二色で染められた髪。不釣り合いなまでに可愛らしいゴシックロリータの服。一目で人非ざるヒトガタを理解させる球体関節。内髪と同じ群青の瞳をぐりんと動かし此方を見据える”其れ”は、嬉しそうに口角を持ち上げ鮫のように合わさったノコギリ歯を見せ付けて口を開いていた。

 

「お、お前は……!」

 

 戦慄きながら呟くマリア。眼前のヒトガタを彼女は知っていた。知らないはずがなかった。先の魔法少女事変にて相対した、浅からぬ因果を持つ存在なのだから。

 ヒトガタもそれを知ってるのか、卑しく嗤いながらマリアに向けて声を放った。

 

「お久し振りぃ、アイドル大統領」

「――オートスコアラー、ガリィ……ッ!!」

「はーい、ガリィちゃんでーす☆」

 

 その名を呼び、膝を付きながらも戦う姿勢を取るマリア。だが残された力をどれだけ動員しようとも、もう変身どころかシンフォギアを纏うことすら出来なくなっていた。

 それでもただではやられまいと、ガリィを強く睨み付けるマリア。それを嬉しそうに嗤いながら、人形は下卑た声を上げていく。

 

「逸りなさんなよハズレ装者。アンタの相手は後でシてアゲルから、先に用事済まさせてちょうだいな」

「用事、だと……!?」

 

 マリアの言葉に返答するように、ガリィが胸を貫いたままウェルの身体を魅せしめるように持ち上げる。一見すると少女の肢体ではあるガリィだが、錬金術より生み出されし自動人形である彼女は人一人を持ち上げることも造作ないのだ。

 心臓部を貫かれたまま為す術もなく宙へ浮くウェルは、口の端から漆黒の血を流しながらなんとか背後のガリィへ顔を向ける。

 

「おまえ、なに、を……」

「要らねぇことをベラベラ喰っちゃべられる訳にはいかないのよね。泳がせてやったとはいえアンタもまた重要な”楔”の一つなんだから、闇の力を充分に昂らせるだけでお仕事完了ご苦労様ですなのよ」

「ぐァッ、はぁ……ッ!」

 

 胸から抜け出た暗黒の球体を強く握り締めるガリィ。人間離れした握力で握り潰していくと共にウェルの口から苦悶の声が漏れ続ける。

 

「なぜ、だ……。ぼくは、世界にえらばれ、よみがえったはず……」

「ンーなワケないでしょボンクラ眼鏡。記憶を植え付けられたマイナスエネルギーの塊風情が、部不相応な夢見てんじゃないよッ!」

「マイナスエネルギーの、塊……!?」

「その通り。ついでにもひとつタネを明かすと、アタシもそのうちの一人。新しいマスターの命に従い、任務を遂行する為に受肉したってワぁケ☆」

「任務……まさか!?」

 

 幾つかの疑問の点が線となって繋がり往く。

 マイナスエネルギーの塊である黒い影法師、ダミーを含む幾つかのダークスパークの出現。ガリィの言葉から推察するに他のオートスコアラー達も復活を果たしており、全ての元締めはエタルガーにある。恐らくは、自身の完全復活の為に。

 

「だが、お前が此処に居る限りまだ――」

「いいやもう遅いッ! コイツを”楔”に変えればアタシの任務もオシマイ。もう止まりやしないのさ。

 それにぃ、今頃は最後の”楔”も完成し、マスターの降臨準備も最終段階ってところかしら☆ 此処で無様に斃れるアンタには、もうどうしようもないのよッ!」

 

 ガリィの言葉が胸を突く。休む間もないこの身は既に限界、戦う為の力など一切合切残されていない。眼前のウェルは足から徐々に闇へと変化して消えていく。

 心はまだ折れずともただ歯軋りしながら見ているしかないマリア。それに向かってウェルが憤怒とも取れる力強い眼差しを向ける。そして震えながら、彼女へと霧散し崩れゆく手を伸ばしていった。

 

「ドクター!?」

「何をしている! さっさと手ェ取るんだよこの馬鹿がッ!」

「お前が何をしてるんだってェのッ!!」

「ぅぐあああああああッ!!」

 

 更に強く握ることでウェルの身体の闇化を加速させるガリィ。叫び声を上げながらも眼は爛々と見開いたまま、口角は持ち上げたままウェルはその手を伸ばし続けた。

 

「僕は……ぼくは英雄だ……! ぼくの遺すものが、この世界を救う……。最高だ……英雄として、これ以上の死に方は無い……ッ!!」

「ドクター、貴方……!」

「繋ぎ託してやるって言ってんだよ……。言っただろ? その力、我が物としたければ――」

「うだらうだらと賢しいことをッ!!」

 

 まるで崩れ往くチフォージュシャトーでの今生の別れを思い起こさせる彼の手に食らい付くように、マリアもまた己が手を伸ばす。二人の手が僅かに触れた刹那、ウェルの手が黒い霧のように消えていく。

 勢い余って倒れ込むもすぐに顔を上げてウェルの方へ向くマリア。その目に映ったものは、満足げな笑顔と小さな口の動き。だがそれを読み取る暇も無く、Dr.ウェルだったものは漆黒のエネルギーと化しガリィの掌の中へ納まっていった。

 

「チッ、最後まで惨めに足掻きやがって。やーねぇコレだから、未練がましいオトコってヤツは☆」

 

 舌打ちしながら憎まれ口を叩くガリィ。彼女の眼前にへたり込んでいるマリアは何処か呆然としていたが、顔を近付けるガリィを強く睨み付けた。だがそんなものに怯むこともなく、ガリィがその無機質な指をマリアの顎に添え持ち上げる。浮かべる彼女の顔は、何処か嬉しそうに嗤っていた。

 

「……どうせだし、そのままアンタの力も頂いちゃいましょうかしら」

「クッ……!」

 

 近付けられる唇。オートスコアラーであるガリィは、口吻を介して人間の”想い出”をエネルギーに変換、生気と共に吸い取る機能を備えている。それをマリアに行おうと言う心算だった。

 なんとか拒否をしようにも抵抗の余地がないこの状況。この窮地にマリアの左手に握られていたギアペンダントが輝き、彼女の元に天より光が差し込まれた。思わぬ輝きにガリィが目を覆い隠すが、数秒も経たぬうちに差し込まれた光は消える。其処に、先程まで居たはずのマリアの姿も存在しなかった。

 

「……クソッ、逃げやがった。まぁでもコレで、ガリィちゃんの任務も無事しゅ~りょ~致しましたぁ☆ キャハハハハ!」

 

 荒れた大地にただ一人残ったガリィが、暗天に向かって媚びた笑い声を上げる。

 そしてバレエのように優雅なポーズを決めて、流水と共に大地の中へと姿を消していった……。

 

 

 

 

 EPISODE18 end…


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