絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア   作:まくやま

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EPISODE 18 【輝望-イノセント-】 -A-

 ――なにかを、見ていた。

 

 流れる水のような光に包まれ、遠い輝きを彼女は見ていた。

 絶刀を蒼穹の鎧と化し、強い神魂(こころ)で果てし無き空へと羽撃き舞う巨人。

 魔弓を紅蓮の鎧と化し、愛と勇気を胸に抱き夢への路を進む巨人。

 鏖鋸と獄鎌を緋翠の鎧と化し、永遠の願いを信じ世界の笑顔を守護る巨人。

 過ぎ去る強い輝きに、彼女は胸が痛むような思いを感じていた。

 喜ばしい思いは確かにある。皆の成長を、光をこうして感じられているのだから。

 

 ……だが、ならばこの身は一体何をしているのかと……。

 

 なおも流れ過ぎ往く光。やがて光は、赤き弓状の輝きを中心に形を成し、自らの姿を象った。

 ”絆”の名を冠する光の巨人。何処の宇宙では神とまで讃え崇められし超存在の片鱗。故に、だからか……。

 彼は何一つ言葉を放つことなく、輝く瞳でただ彼女を見つめていた。

 彼女を読み取るように。

 彼女に伝えるように。

 だが――

 

『あなたは一体何が目的なの? 私に命と力を与え、超獣やスペースビーストを斃す力を齎して……。

 先代の適能者たち……その戦いの記憶とビーストの知識を私に宿して、そうまでして私に何を求めているの?

 ――私に、何を為せというの……ッ!?』

 

 巨人は答えない。微動だにせずに見つめ続けるその姿は、一方で彼女の言葉を受け止めるようにも見えるが、また一方では聴かぬ振りをしているのかもしれない。そんなことを考えるまでになっていた。

 力を欲したのは間違いなく彼女自身だ。だが、与えられたその意味を彼女は未だ見出せていない。

 激化する戦い……真なるユナイトを成し遂げ、新たな力を手に入れていく仲間たち。

 焦りが無いといえば嘘になる。今は亡き愛する妹の形見の聖剣と、神より授かりしものと言われた聖楯……。それらを手に、どれだけ弱くともただ自分らしく強くあるべく進んできたはずだ。

 だがそれでも悪い確信がある。今のままの自分では、皆が為した真なるユナイトに至ることは出来ないのだろうと。

 

『ビーストを斃し、エタルガーや影法師の魔の手からこの世界を守護り人々を救う……。その想いは変わっていない。私の偽り無き、生まれたままの感情から来るもの。

 だけど理解ってしまう……あなたの伝えていることは、そうではないのだと。だったら――』

 

 

 

 瞼が開き、意識が戻る。

 何かを求めて突き出した左手が視界に入るが、その手の中には何も無い。力なく握ってみるも何かが得られるわけでもない。

 幾度この逢瀬を繰り返しても結果は見えず、誰の声も言葉もなく、ただ独りでもがいているような感覚だけが残っている。

 こんなにも傍に光は感じられるのに、辿り着くまでの距離はあまりにも遠い。

 失意と共に溜め息を吐き、力を抜いてベッドに腕を落とす。暗い天井をただ眺めながら、マリアが小さく呟いた。

 

 

「――だったら、この”光”って一体なんなの……?」

 

 

 

 

 EPISODE18

【輝望-イノセント-】

 

 

 

 

 タスクフォース指令室。S.O.N.G.のメインコンピューターと直結しているこの場を使って、エルフナインが端末を細かく操作していた。

 大きな画面に映し出されていたのは観測された三人のウルトラマンの強化形態……ウルトラギアを装着したゼロ、80、エースの姿だ。

 順々に流れていくそれぞれの戦闘映像。ギアペンダントから情報を抽出、解析することでこうして後からでもモニタリング出来る仕組み、加えておいて正解だったとエルフナインは内心で思っていた。

 現実世界でウルトラギアを観測出来たのは、究極巨大超獣Uキラーザウルス・ネオとの戦闘時に立花響とウルトラマンガイアが発生させた偶発的な現象と、ネフシュタンの鎧を纏った闇の巨人ダークファウスト及びインセクトタイプビースト・バグバズングローラーとの戦闘時に雪音クリスとウルトラマン80が発動、コンバインに成功した一回しかない。

 風鳴翼とウルトラマンゼロは、彼女ら曰く過去の世界にて。月読調、暁切歌とウルトラマンエースはバム星人の住まう四次元空間にてそれぞれウルトラギアの発動とコンバインの成功を収めているが、直接モニター出来たとは言えなかった。

 ウルトラギアのコンバインがどれほどの力を持ち、装者とウルトラマンたちにどれだけの負担になるのかは製作した彼女自身にも実際のところ未知数な部分が多い。それをキチンと把握、悪影響が無いかどうかを確認しながら調整を重ねるのが今の彼女の使命でもある。

 そして最も大きな不安材料としてあるのが、真なるユナイトを重ね、心身ともに癒合することで装者がやがて”ウルトラマン”になるのではないかと言う危惧。それを払拭すべく、エルフナインは彼女らしく出来ることに全力でぶつかっていたのだ。

 

 一つ一つを確認していく事で理解ることも多い。

 フォニックゲインや戦闘力の差異は結果的に微々たるものになってはいるが、やはり目を引くのはそれぞれがウルトラギアを発動した時に起こった変化だ。

 翼の天羽々斬は、まるでエクスドライブモードの如く圧倒的な飛翔によりウルトラマンゼロ自身の飛行能力の上昇と、アームドギアによる高機動連続攻撃の強化。

 クリスのイチイバルは、主能力である広域放射攻撃の強化を主体としていると同時に、マイナスエネルギーの吸収とそれを正方向のエネルギーへと転化する機能の発現。

 調のシュルシャガナと切歌のイガリマは、一つの鎧となることで双方の攻撃特性を発揮できると共に、無限軌道によって物理的防御を無力化して繰り出される斬撃と魂を刈り取り両断せしめる斬撃の……つまり互いの絶唱特性を引き出す形で完成している。

 当初の設計思想では、ただ単純にウルトラマンがシンフォギアを纏うだけのモノと位置付けて製作はした。故に攻撃の強化は予想通りの部分ではあるが、能力の機能拡張についてはエルフナインにとって想定外の事象でもあったのだ。

 真なるユナイトに至ったが故の、装者だけでは為し得ない疑似的なエクスドライブに近い限定解除とでも言うのだろうか。その姿を、ただ手放しで喜んでばかりはいられなかった。

 次いでグラフを表示させる。装者とウルトラマンの状態を示すものだ。数字と縦に伸びるメーターを眺め見ながら、嘆息と共に声を出したのはエックスだった。

 

『……凄いな』

「数値において、ユナイトの最高値が400を超えるとは……ボクの予想を遥かに上回ってしまいました」

『それほど深く繋がったという事なのだろうが、これ程とはな……』

 

 呟くエックスも自らを省みていた。この数字はおそらく、自分が共に戦っていた人間と因縁深き相手との決戦時に起こした全ての”仲間”とユナイトした時と同程度のもの……。いや、それ以上の状態になっているとも言える。

 それはエックス自身が行っていたユナイトとは大きく違うものであると再認識せざるを得なかった。

 端末に憑依し、ユナイトの際には自らの身体データをスパークドールズへと変換。それを他者の肉体で補い一体化する事で為すのがウルトラマンエックスのユナイトだ。対象の人間の中で存在を共にし、肉体そのものを変化させ超人と化す彼らのユナイトとは至るステップが大幅に違っていた。

 だがそれだけではこの数値の説明には至らない。やはり大きく締めているのはウルトラギア……聖遺物との疑似融合というところだろう。

 融合症例第一号……過去の立花響の齎したデータはエックスも把握していた。暴走や侵食といった人体に対するデメリットを多く抱えていた彼女だったが、聖遺物との適合係数自体は融合症例時だと非常に高い数値をマークしていた。

 そしてイグナイトモジュールが齎す機能強化の一端も、装者を融合症例に近い状態へと侵食することにある。

 奇跡の結晶たる聖遺物を介して人と光と歌の癒合を果たす……それはまるで、”彼”が虹の光の中で手にした奇跡の刃を以てこの身と真なるユナイトを成した時のようだ。だが、その時に心象同化などという現象は起きなかった。

 もし起きていたら、今頃彼はどうなっていただろうか……。不意に浮かんだそんな考えを思考の脇に押し退けつつ、今は彼女と共に眼前の問題に取り組むべきだと改めた。

 

『エルフナインの危惧も理解る。装者のみんなが人でいられなくなるなど、私にとっても望ましくない事態だからな。それを防ぐために、私も全力を尽くしていきたいと思う』

「ありがとうございます、エックスさん。となると、やっぱりこれを早く実現すべきでしょうか……」

『そうだな、抗する策は多いに越したことはない。どんな事態が訪れようとも、足掻く術が残されていれば希望に繋がるからな』

 

 エックスの言葉に頷き、次いでファイルを開くエルフナイン。ウィンドウに映し出される膨大な量のプログラミング文字の羅列は、彼女ら以外が見ると声を唸らせ頭痛を伴い卒倒しそうな程の馬鹿げた情報量だった。

 だが、彼女らにとってはそれこそが対抗策であり、恐らくは最後のセーフティーネット。一万と一つ目の手立てとなるこのプログラムを、彼女らは【Realize UX】と名付けていた。

 

 

 指令室の扉の向こう、二人の真剣な語らいを聞いてその場を離れるマリア。彼女らもまた自分らのやれる事に向き合っている今、その邪魔をしてはいけないと思ったのだ。

 振り返り歩き出す。迷いや感傷に振り回されていてはいけない。この身にもやるべき事が、出来ることがあるのだ。最初にこの光を受け取った時に感じたその想いを失くさぬように心を強く固めていった。

 歩みを止めぬまま別の一室に入るマリア。入って行ったのは作戦指示やミーティングの時に使用される会議室。室内には司令の弦十郎と翼、それと様々な補助活動を担ってくれている慎次の姿があった。

 

「ごめんなさい、遅くなってしまったわね」

「なに、気にするほどの事ではない。エルフナインたちは……」

「あっちはあっちで忙しそうだったわ。ちゃんと休んでいるのか不安になるぐらいにはね」

「新しいプロジェクトに掛かり切りだからな……。やはり、俺たちで処理できることはやってしまうべきだろう」

「ですね。何もしないわけにはいきませんから」

 

 と言った慎次から、全員に数枚のプリントファイルが手渡された。書かれていたのは、『黒い影法師』についてのレポートと考察だった。

 

「みんなからの報告を纏めてみたから、詳細は目を通しておいてくれ。この場での話は簡潔に済ませておく。

 現状として、影法師のヤツらは翼、クリスくん、北斗さんに寄生。周囲へ何かしらの悪影響を与えながらマイナスエネルギーを増幅させていき、やがてダミーダークスパークと呼ばれるものに変化。寄生された者らにとって最も忌むべき相手に変身し、敵として出現した」

「最凶の超人ウルトラマンベリアル、闇の操り人形ダークファウスト、融合した怨念の残滓ジャンボキング……。

 そのうちベリアルとダークファウストは、奏とネフシュタンの鎧を纏った過去の雪音を触媒とすることでそれぞれの持つ聖遺物の力をも我が物とした。奇しくも我々の持つウルトラギアと同等の力を持ってしまった事になるな」

「幸いにも周辺被害という意味では、硫酸怪獣ホーの出現による東京郊外とクリスさんと矢的先生が戦闘を行った東京番外地近隣の建物に若干の損傷が見られた程度。

 無作為に蹂躙するのではなく明確に狙いをもって動いている事から察するに……」

「影法師……そしてそれを操るエタルガーの狙いは、私たちシンフォギア装者とウルトラマンたちにある」

 

 結論付けるように発せられたマリアの言葉に周囲の空気は重く、だが同時に誰もが肯定の意を以て沈黙を為していた。

 物的被害は少なく人的被害も大きく出ていないのは喜ばしいことだが、狙いに目測が立ってしまうとそうも言っていられなくなる。

 

「私たちが再度狙われないとは言えないが、順序立てて考えると次は……」

「私と響のどちらか……いえ、両方と考えるべきでしょうね」

 

 平然と強気で言い放つマリア。そこに動じるような仕草は一つも見せなかった。

 

「大丈夫なのかマリア? 相手は――」

「人の心の弱いところを抉るように襲い来る悪しき精神体、黒い影法師。

 大丈夫だと胸を張って言うつもりはないけれど、私は自分の弱いところをよく知っている。ならば、それに抗すべく胸の内に覚悟を構えればいい」

 

 決意を込めたような強い顔で翼に返答する。その言葉は事実だった。

 かつてフロンティア事変の中心的人物であった彼女は、月の落下から人類救済を為すために……正義で救えぬものを救うために、世界にとっての悪を演じ貫くはずだった。だが当初の計画は頓挫し、やがて事態はDr.ウェルの暴走する英雄願望により道を誤らせてしまう。

 その原因となったのも、偏に彼女の優しさという名の弱さに依るもの。誰かを信じれず、かと言って悪に徹しきれなかった弱さ……。それが、彼女らの運命を歪ませた全てだった。

 だがフロンティア事変の終幕を迎え、次いで始まった魔法少女事変。その最中でマリアは、自らの持つ本当の強さは【自分らしくあること】との答えも得るに至る。

 そして最終決戦の舞台では、具現化した己が過去の過ちと心に残った妄執の産物を義妹らの力を借りながら自らの手で両断。文字通り今までの過去を乗り越えたと言える。

 だが先に挙げたように、マリアの強さである【自分らしさ】は時に弱さに反転もする。ただの優しい彼女では為し得ぬこと……それは、彼女自身が誰よりも強く理解している部分だ。

 故に覚悟を構え誇りと契る。これまでもこれからも、自分らしく……自分が守護りたいものをただ守護るために。

 

 そう意を固めた瞬間、懐に収めたエボルトラスターが強く拍動したのを感じた。背筋に走る悪寒と脳髄を駆け抜ける嫌悪感。この感覚、違えることなど無い。

 

「――ビースト……!」

 

 マリアが呟いた瞬間、移動本部内に警戒警報が鳴り渡る。次いでアナウンスされるオペレーターの声。それに一切の戸惑いを見せず、彼女は一人扉の前に立った。

 

「マリア、お前まさか一人で!?」

「ヤツらの狙いが私にあると言うのなら、それに乗ってあげようと言うだけよ。そのせいで人的被害が出てもいけないしね」

「だったら私も……」

「駄目よ。翼とゼロまで此処を離れたら有事の際に動けなくなる。それにもし、万が一私がやられてしまっても翼になら後を任せられる」

「何を、縁起でもないことを……!」

「万が一、よ。私だって闇に屈するつもりはないわ。それに、みんなを信じているから私は戦える。みんなになら、私を託すことができるから」

 

 自然な、マリアが本来持つ優しい笑顔で言われてしまうと反論の言葉を失ってしまう。彼女はどこまでも、自分らしく戦うと言うのだ。それを容易く止められないことを、この場の誰もがよく知っていた。

 流れる沈黙を肯定の意と汲み、背を向けて扉を開ける。一歩先に進もうとしたところで、顔を向けないままに翼へ言伝を預けた。

 

「響に伝えてちょうだい。『たとえ何が起きようとも、あなたが守護るべきものはあなたの自身の手で守護りなさい』とね」

「……ああ、分かった」

 

 返答に手を振ることで応え、駆け出していくマリア。翼たちはただ、彼女のその背中を見送るしか出来なかった。

 

「大丈夫でしょうか、マリアさん……」

「大丈夫だと思うが、今のマリアくんは何かを急いているようにも見える。だがその答えは、彼女自身が見つけなくてはならない事なんだろう。

 翼、お前はいつでも出動できるように厳戒態勢で待機していろ。それと、状況を響くんたちにも伝えておいてくれ」

「……了解です」

 

 何処か複雑な表情のまま、弦十郎の指示に翼はただ静かに了承を口にした。

 

 

 移動本部の甲板に出る。

 仰ぎ見る空は、早朝の薄い光に包まれていた。胸の内に伝わる忌まわしき感覚……スペースビーストの固有振動波を手繰り、その場所を確かめる。

 薄い光の先、ビースト振動波はそこから感じられていた。其処に向けて飛翔すべく、ギアペンダントを握った右手を天に向かって突き上げた。

 その掌……正確にはギアペンダントから光弾が放たれ空中で小さく爆ぜる。一拍の間を置いて空間が歪み、マリアの眼前に白色の石製飛行物体が舞い降りた。適能者(デュナミスト)の操る天翔る石柩、【ストーンフリューゲル】だ。

 それに手を触れるとマリアの身体が光となって石柩に吸収され、そのままストーンフリューゲルは宙へ浮き光となって空を真っ直ぐ貫くように飛翔していった。

 

 遅れて甲板へ上り、翔る光を見送る翼。そのまま通信機を操作して、一先ず言伝を伝えるべく響に連絡を取る。数回のコールサインの後に聞こえてきた彼女の声は酷く眠そうだった。早朝とは言え日本の季節ではもう冬と言っても良い時期、夜も明け切らぬ時間帯はまだ眠りの時だったのだろう。

 

「立花か? すまない、起こしてしまったな。

 ……ああ、先ほど此方でスペースビーストの反応を確認した。現在はマリアが向かっているから大事は無いが、立花たちにも急な呼び出しが有るかも知れない。

 ……そうだな、頼む。私はこの後雪音にも連絡を取っておくから、其方は任せたぞ。

 ……あとそれと、立花へマリアからの伝言だ。―――……」

 

 すべて伝え終わり、徐々に光が差してくる空を見上げながら思いを馳せる。戦いに赴く友の身を、案じるように。

 

 

 

 

「マリアさんの出動を確認。ビースト振動波の発生地点を目標とし、高速で進んでいます」

「発生地点の検索完了。ここは……米国の廃棄区画?」

 

 戦闘待機状態に移った移動本部のブリッジで、藤尭朔也と友里あおい、二人のメインオペレーターの声が響く。その内の後者、あおいが若干困惑しながら最も大きなモニターに検索結果とその建物を表示させた。

 解像度を調整して見えて来たのは半壊した四角い建物。見るからにそれは何らかの研究施設の跡地であり、大規模な周辺地域の隔離封鎖が見て取れる。

 何処か見覚えがあった。まるでそれは……

 

「東京番外地、旧リディアン跡地か……?」

「もっと詳しく検索してみます」

 

 弦十郎の呟きで、藤尭がこの地点をより深く詳しく検索する。数秒の後に映し出された検索結果に、周囲からはどよめきの声が沸き上がる。弦十郎はただ蓄えた顎髭を弄りながら小さく唸りを上げ、その結果を睨み付けた。

 

「――旧米国連邦聖遺物研究機関……F.I.S.の、研究施設跡地か」

 

 

 

 時を同じくしてストーンフリューゲルがビースト振動波の発生地点に到着。光と共に顕現したマリアがこの場を見上げ、神妙な顔付きで睨み付けた。

 空を翔るうちに目指す場所が何処であるのか察しは付いていた。自分の弱さを狙うのであれば、此処は忘れられるはずの無い場所なのだから。

 

「……7年振り、か」

 

 彼女の眼に映る施設は、まるであの当時と同じように美しく整っていた。破壊の跡など見られない、完全なあの忌まわしい程に白い姿のまま。

 迷わず其処に足を踏み入れる。厳粛で閉塞感の強いあの空間そのままだ。ただそこに人の姿は一人も無く、静寂の中歩み進むマリアの足音だけが存在する音だった。

 エボルトラスターは未だ緩やかに拍動を続けており、それに導かれるように先へ……奥深くへと歩み進んでいく。

 一つ下の階層へ降りて扉を開ける。其処に居たのは場を埋め尽くすノイズの群れ。マリアの姿を察知し、彼女に向かって本能的に異形が駆け出していった。

 即座にギアペンダントを握り、己がシンフォギアの起動聖詠を唄い上げるマリア。瞬時にその身体に白銀のシンフォギアを纏い、歌と共にアームドギアを奮いノイズを切り裂いていく。その攻撃を受けたノイズは即座に黒灰となるが、風に乗るとすぐに消失した。

 普段ならば違和感を感じる状況ではあるが、マリアの心は冷静を保っていた。消えたノイズを気に留めることもなく先に進んでいく。

 階段を下りて、扉を開き、其処に溢れる敵影を切り捨てまた進む。どこか作業的に、黙々と歩み往くマリア。自分自身でも、何故こんなに冷静でいられるのか不思議な部分もあった。だが胸の内に秘められた”光”が確信を与えてくれている。これは全て、幻なのだと……。

 

 最奥に辿り着き、強固な扉を開く。目にしたものは在りし日の光景だった。

 視界を覆い聴覚を傷めるレッドアラート。研究所員の焦燥の声と内壁を砕く破壊音と重低音、それを行う異形のけたたましい咆哮。何もかもが、あの日のままだった。

 若く五体満足だった頃のナスターシャの声。今よりも遥かに幼く力も無かった頃の自分自身。そして、この日居なくなった最愛の妹。

 望まぬ力を得た彼女は、最期まで寂しい笑顔を押し殺していた。そして自分に全てを託し、決死の覚悟で最期の唱を歌う。

 

「――Gatrandis babel ziggurat edenal.

 Emustolronzen fine el baral zizzl――.」

 

 逆巻く炎の中、暴走する真白き異形を前に奏でられしはヒトの夢……。その小夜曲(serenade)は、星の瞬きのように燦然と輝き、消えて落ちた。

 

 

 思わず強く歯軋りをしてしまう。この光景は、幾度となく夢で見てきたモノ。自分にとって何よりも強く刻み込まれた傷痕だ。

 例えそれが幻影の産物だとしても、これほど正確に映し出されてしまうと感情が沸き上がってしまうのも止められない。どれほどこの胸に覚悟を構えても、赦せぬ想いが昂ぶり吠え叫ぶ。人の心に恐怖を植え付け弄ぶ、卑劣で薄汚い悪逆非道に向けて。そして……

 

「何も出来ずに見ているしか出来なかった、弱くてどうしようもない自分自身に向けて」

 

 声が聞こえた。

 眼前に立っていたのは、漆黒の戦衣を纏い烈槍を携えた自分自身の姿だった。虚偽と罪業を纏った自分。己が傷痕が我が身を襲う……確かに、聞いていた通りだ。

 その具現化した”傷痕”に、マリアは自らの言葉を放っていく。

 

「……そう。最も憎かったものは、弱くてどうしようもない自分自身だった。

 この日は私の傷痕。私が最も憎む、最も弱い私自身の記憶。翼たちの話を聞いていて助かったわ。貴様がそれを狙い来るのは、なんとなく理解っていたから。それに……」

 

 右の逆手に構えられた白銀の短剣。それを一切の迷いや躊躇いを見せず、右手を上へ振り上げ自身の影を縦に両断する。影はここまでの道中で討ち払ってきたノイズたちと同様に、黒い煙となりその場から消滅していった。

 

「――私は、この弱さを受け入れて強くなると誓ったんだ」

 

 先の一太刀と共に空間が避ける。ガラスのように割れて舞い戻った其処は、7年の時を経ても未だ手付かずの廃墟だった。どれだけ時間が経っても思い出してしまう。紛れもなく自分はこの場で、自らの歌で世界を救った妹が炎と瓦礫に包まれ命を落とす様をただ見ていたのだと。

 零れ落ちる一筋の涙。だが其処で堪え、強くその拳を握る。運命も、過去も、嘆きも記憶も愛も、全て……受け止めて、受け入れて、それで何度倒れても何度でも立ち上がる事こそが”私らしい強さ”なんだ。それを闇に見せつけるように、白銀の輝きを伴う歌姫は凛とその場に立っていた。

 

 光に照らされるかのように闇が歪みを見せ、やがて具現化する。獣のような咆哮を吐きながら現れた異形……両肩それぞれより真上に首が伸び、その先には狂える獣の頭部があった。歪なことに右肩側の頭には右目、左肩側の頭には左目だけが存在し、胸部に存在する頭には目が存在しなかった。

 二足で立ち吼える、闇に従属する三つ首の魔犬……幻覚を操り人を苦しめるフィンディッシュタイプビースト・ガルベロスが、マリアの前に出現した。

 

「……闇を操り心を蝕む貴様らを、私は赦さないッ!」

 

 左の手甲からエボルトラスターを取り出し、右の逆手で柄を、左手で鞘を握り締める。決意を込めて引き抜かれる光の小太刀。一回しして逆手を順手に持ち替え、抜き身のエボルトラスターを天へ掲げる。

 内包された輝きは彼女を包み込み、銀色の巨人へと姿を変えガルベロスの前に立ち上がった。

 

 

 力強く構えるネクサスと咆哮するガルベロス。互いに駆け出し両者が組み合い、至近距離での格闘戦が始まる。

 胸の頭部に連続で拳を打ち付けるも、ガルベロスは怯むことなく剛腕を振りかぶり反撃。体当たりで更に攻め立てる。それを何とか受け止めるが、廃墟となっていた研究施設はどんどん砕かれていく。いくらこの場がネフィリムの起動実験用として大きく設計されていたとは言え、50m程もある巨人と巨獣の戦いの舞台となるにはいささか狭すぎる。

 それにいくら忌まわしき場所とは言え、此処は自分とセレナ、調と切歌とナスターシャが出会い小さな手を取り合った想い出の地でもあるのだ。心情的に、ただ感情に任せて破壊したいとは思わなかった。

 状況を変えるべく、押さえ付けたまま胸の顎に膝蹴りを叩き込み蹴り飛ばすネクサス。距離が離れたすぐに左腕を胸の前で構え意識を集中……振り下ろすと共にその身を戦う姿、ジュネッスへと変える。光を集めた右腕を天に突き上げフェーズシフトウェーブを放射。ガルベロスを連れてメタフィールドへと連れ込んだ。

 

 神秘性の漂う荒野の中で、ガルベロスの三つの口から火炎弾がネクサスに向けて発射される。それを光の刃シュトローム・ソードで切り裂きながら突き進んだ。

 飛び蹴りを浴びせ、脳天への手刀を繰り出すネクサス。だがガルベロスも僅かに退がるだけで、体勢を立て直すとすぐに突進。ネクサスの防御を弾き飛ばし、鋭い爪を持つ腕を左右連続で打ち付ける。

 地に膝を付きながらも腕で直撃を防ぎながら、力を込めてガルベロスの腕を外へ跳ね飛ばし双拳で反撃。若干の距離が開いたところで後方へ前転受け身で転がり、振り向きざまにパーティクルフェザーを放ち的確に攻撃を与えていく。

 火花を散らしよろめくガルベロスだったが、咆哮と共に二つの目が怪しく輝き、瞬間ネクサスの視界が揺らぎ相対するガルベロスの姿が複数に分裂した。得意の幻覚攻撃だ。

 三方向からそれぞれ三つずつ……都合九口から為る火炎弾の連射が容赦なくネクサスを襲う。シュトローム・ソードで捌いていくが、地面が爆ぜ視界と足場を奪いながら飛来する火炎弾を防ぎきることは不可能だった。

 直撃を食らい吹き飛ばされるネクサス。それでもなお起き上がろうとするその時に、エナジーコアを踏み潰すかのようにガルベロスの一体が胸部を激しく踏みつけた。

 痛みによる叫びを上げるネクサスの胸部……エナジーコアの中央上方にあるコアゲージが赤く点滅を始めた。ダメージによる体力の減少も合間って、メタフィールドを維持できる時間の刻限が迫ってきた証だ。

 

(時間がない、か……ッ!)

 

 現状を打開し勝負を付ける。固めた意志と同時に胸に手を当てるネクサス。だが其処で、不意にマリアが自身の行為を顧みた。

 当然のように使おうとしたウルトラギア。だが思い返した。自分はまだ、この力の意味を見出していない。真に心を重なり合わない限り、待っているのは抑えきれない破壊衝動を伴う暴走だ。心に秘された小さくとも深い闇……それが我が身を飲み込んでしまうのだと。

 考えている間にも三体のガルベロスはこちらに向けて攻撃を仕掛けてくる。三体全員で、まるで私刑のように弄ぶその姿を視認し、僅かな迷いを払うように胸の前で構えた手を振り下ろした。

 踏み付けられる片足を受け止めて押し返す。そのまま力尽くで無理矢理に跳ね飛ばすと、地面を転がりながらガルベロスとの距離を取った。

 そして左腕のアームドネクサスに右手を当て、右の掌に光の力を高める。そのまま右腕を天へ伸ばし前へ振り抜くと、光の帯セービングビュートが走るように伸びて三体のガルベロスに絡み付き動きを封じた。

 右手を力強く引き絞りつつ左腕を胸の前に構え、シュトローム・ソードを大きく伸ばす。そして光の刃を外へ薙ぎ払い巨大な光刃として撃ち放った。刃は拘束されたガルベロスを両断していき、前方の二体を霧散させる。そして最後の一体に直撃し激しくよろめかせた。

 

「オオオォォォォォ……ッ!」

 

 即座に両腕のアームドネクサスを胸の下で打ち付けあい、そのまま胸の前でエネルギーを対流させながら激しくスパークさせる。そして両腕を上にあげ、勢いのままにL字に組み右腕から必殺の破壊光線、オーバーレイ・シュトロームを発射した。

 

「ッシェアアァァァァァッ!!!」

 

 青く輝く破壊の光はガルベロスに吸い込まれるように直撃し、存在のすべてへ光を埋め尽くすかのように伝播させていく。

 数秒の連続放射により、遂に光はガルベロスの肉体のすべてを染め上げる。やがて断末魔とともに身体を原子レベルにまで分解されていき、そのことごとくを抹消すべく大爆発を巻き起こした。

 

 戦いを終え、肩で息をするように上下させながらも力が抜けたのか膝を付いてしまうネクサス。解除され消えていくメタフィールドと共に、自らも光と消え適能者である装者、マリア・カデンツァヴナ・イヴの肉体へと回帰していった。

 

「――……はぁっ、はぁっ……!」

 

 周囲はまた旧F.I.S.研究施設に戻り、瓦礫の上で座り込んだマリアは纏っていたギアも解除されて私服のままで大きく息を切らしていた。

 体力の消耗が酷い。ここまでストーンフリューゲルに乗って向かうことで可能な限り消耗は抑えたはずだったのだが、ガルベロスの見せた幻覚がこれ程までに心身を侵していたと言うのだろうか。

 

「だが、これで……」

 

 唾と共に息を飲み込み、再度飲んだ息を吐きだす。静寂が支配する闇の中、乾いた音が鳴り響いた。

 手を叩く音。瓦礫を進む足の靴音。思わずその方へ振り向くと、僅かな外からの明かりが音をたてる者の姿を照らし出した。

 

「『怪物と戦う者は気を付けろ。闇を覗き込むとき、闇もまたお前を覗いているのだ』――。

 ――随分とお疲れのようじゃないか。ええ?」

 

 発せられた声は高圧的で、身勝手な傲慢さで塗り固められた本性を表しているようだった。

 知っていた。彼もまた、自分にとっては乗り越えた過去のはずだ。

 だが何処か予感があった。相対せざるを得なくなる影……心の暗部に深く根付いている闇を想うと、否が応でもこの人物が浮かび上がるのだから。

 変わらぬ白衣が、銀の髪から除く他者を見下したような目が、疲労困憊のマリアの見上げる目線と交錯した。

 

「この再開、運命なんて言うおセンチなモノを感じていたりなどしないだろうよなあ?」

「……ああ、これが運命などであるものか。――ドクター、ウェル……」


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