絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア   作:まくやま

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EPISODE 17 【君の隣で、遠く輝く星のように】 -B-

 暗黒宇宙。とある場所で二つの揺らぎが邂逅していた。

 方や黄金の影、方や紅赤の影。互いに放たれる威圧感は、宇宙空間に小さな歪みを生じさせるほどになっていた。

 

『……ヤプールか。さすがだな、ウルトラ戦士への怨念だけで、もうそこまで動けるようになるとは』

『エタルガー……貴様、何のつもりだ! 貴様が寄越したスペースビーストに余計な異物を混ぜ込みよって!』

『ああ、あの地球人か?いいではないか。あの人間はウルトラマンエースに近しい者……ヤツを絶望に叩き落とすのにちょうど良かっただろう?』

 

 怒れるヤプールと嗤うエタルガー。互いに同じくウルトラマンへの復讐を目的にしているものの、その思惑は交わらぬままだ。

 だがヤプールにしてみれば、思うように行かなかったとは言えヤツの言う通り、星司に対する確かなダメージになったとも確信している。

 仇敵であるヤツを斃せるのであれば、まだエタルガーの思惑に乗っていいだろう。やがてそう考えるに至った。

 

『……フンッ、いいだろう。だがここからは我の好きにやらせてもらう。口出しはさせんぞ』

『構わんさ。

 ――どうせ貴様は、ここで用済みなんだからな』

『なに……――グワアアアアアッ!!?』

 

 かざされたエタルガーの腕から破壊の電撃が放たれ、ヤプールの揺らぎを飲み込み雷光に包み込む。

 叫び声と共に揺らぎは霧散し、粉微塵に散ったヤプールの破片をその掌に集めていった。

 

『ククク……この身もだいぶ自由が利くようになってきた。そろそろ俺も、顔ぐらい拝ませておいてやろう。

 ……貴様らも行動を始めろ。役目を果たしたその時、貴様らもまた己が悲願を成し遂げることだろう』

 

 エタルガーの言葉の後に、二つの影法師が消える。

 そして暗黒宇宙に響き渡る高笑いと共に、エタルガー自身も揺らぎの中へ消失した。

 

 

 

 

 袖口で涙を拭いながら無作為に走り続ける調。何処を目指して走っているのかまるで分かったものではないが、今はただ感情の赴くままに走っていたかった。

 

(――どうして……? わたしは、ただ……――ッ!)

 

 思い返すは先のフロンティア事変。正義で為せぬ救済を掲げ、他者を信じることが出来ずに走り出してしまったあの日。

 正義を偽善と言い立て、ちっぽけな力だけでなんとかしようと息巻いていた。だがその結果は散々なもので、結局は手を差し伸ばしてくれた優しい人たちの力を借りることでなんとか最悪の事態を免れたに過ぎなかったのだ。

 そしてその恩に報いるために、自らの行動に責任を伴わせることを学び、強くなろうとしてきた。

 そうすれば、自分はもっと周りの人たちを信じられる。頼っていける。そして自分もまた、周りの人に頼ってもらえる”自分”になれる。そう思っていた。そう信じてきた。

 ――だと、言うのに……。

 

 考えながら走っていたからか、何も無いようなところでも躓き転んでしまう。そこで気持ちも一緒に倒れてしまったからか、もう立ち上がれなくなってしまった。

 倒れたまま涙を流し鼻をすすりながら、か細い声で暗い世界で独り呟く。

 

「……私が、間違っていたの……? 力も無いのに、私なんかが誰かに信じてもらおうだなんて……」

 

 自分に、他者を信じさせる”強さ”が無かったから。どれだけ自らの義に正しくあろうとも、力の伴わぬ責任などやはり偽りに過ぎないのではないか。

 かつて抱いていた思いに覆われて、調はただワケが分からなくなりながら泣くしかなかった。

 

「わからない、わからないよ……。切ちゃん……私は……」

 

 心が挫け、折れかかっていることだけが分かる。そんな彼女の前に、優しい白い光が、フワリと舞い降りるように歩み寄ってきた。

 暗い四次元空間の中で感じることのなかった光。それに気付き、調がゆっくりとその顔を上げた。

 見上げた先にあったのは、妙齢の女性の美しくも優しい笑顔。まるでそれは、前の事変で喪った養母の笑顔にも感じられていた。

 

「……マム……?」

「あら、私を母親と間違えちゃったかしら。でも、貴方みたいな可愛らしい娘に母と言われるのは光栄だわ」

 

 優しく頭を撫でられ、そのままハンカチで汚れた顔を拭われる。そこから自然と身体を起こされて、簡単にではあるが服の土埃も落としてくれた。

 涙は、自然と止まっていた。

 

「……ごめんなさい」

「何を謝ることがあるのかしら?」

「……いつまでも、立たせてもらうだけじゃ駄目だから……」

「そう、強いのね。でも、甘えられる時に甘えておかないと、あとで後悔するわよ?」

 

 マム……ナスターシャと似たような年恰好なのに、彼女の微笑みは無邪気さが感じられる。不思議な優しさに包まれた人だった。

 手を引かれて立ち上がる。光を伴う彼女の手は、いつも握ってくれていた誰かとも変わらず、暖かかった。

 

「座りましょう。私、貴方と話がしたいわ。そうね、あのベンチなんかどうかしら」

 

 目を向けた其処は、夜のように暗いが確かに公園だった。ブランコ、コンクリート製の小さな山、動物を象った乗り物……どれも、調からしたら見た事の無いような古めかしいモノばかりだ。

 その中で備え付けられている青色のベンチに腰掛ける女性。笑顔でこちらに招くように手を振り、それに応じるように隣に調も座る。固く冷たい感触が広がるが、不思議と今は嫌な感覚はしなかった。

 二人並んで腰を落ち着かせたところで、調がそっと声を出した。

 

「……話って、なんですか?」

「貴方が泣いてた理由、聞きたいと思って」

 

 率直に聞かれたことに少し驚く。だが、こんな風に距離を詰められることは初めてではなかった。

 立花響なんか特にそうだ、いつも率直に真っ直ぐ問いかけてくる。ただ眼前の女性は、彼女ほど想いの真っ直ぐさに勢いは無かったが。

 だが彼女から感じられる不思議な安心感は、調にとってこんな話をするにとてもありがたく感じられるものだった。

 ゆっくりと、経緯を話していく。

 

「……私はいつも、誰かに守護られてきました……。そばにいると心が温かくなる、大好きな人たちに……。

 私も、そんな人たちを守護れるようになりたかった。一緒に並んで、信じあって、もっと頼りにされたくて……。

 でも私は、誰かの信頼を得るにはあまりにも弱くて……」

 

 言葉の最中、俯いた調の目から思い出したように涙が零れ落ちてくる。想いは決して、無くなったわけじゃないのだ。

 

「誰も私のことを信じてくれなかった……。切ちゃんも、星司おじさんも……」

「……そう、酷い人たちね」

「そんなことない! そんなのじゃ、ない……!

 二人とも、私のことも守護ろうとしてくれてた……。私が悪いものに憑かれているんじゃないかって……。アコルたちバム星人のみんなも、守護らなきゃいけないのに……」

 

 信じてくれないことを責めながら、守護ってくれた優しさは決して否定させない。発した言葉の矛盾に混乱しながら、調はまた口を塞いで俯いてしまう。

 そんな彼女に、隣の女性がそっと優しく頭を撫でた。

 

「優しい子ね。もっと我儘を言ってもいい年頃なのに、そんなにも周りに気を使っちゃって。

 ……信じて貰えないことは、確かにとても辛く悲しいことだわ。おばさんの近くにも、あまり人に信じて貰えない人が居た。何度も理不尽に怒られて、傷つけられて……。

 それでもその人は、いつも誰かを守護るため戦った。どれだけ信頼を失いかけても、みんなのためにって。

 ……最後は、”自分”と言う存在を棄ててまで」

「……その人は、なんで、そこまでして……」

「きっとあの人、子供が好きなのよ。数多の未来を、笑顔で満たす事のできる子供たちのことが。それで私のことまで妹扱いされたら、堪ったものじゃないのだけどね」

 

 彼女の笑顔は、どこか遠くを見るように空へ向けられていた。星一つない暗い世界であるが、それでも何かの輝きを信じているようだった。

 

「私はその人の傍でそれを見てきたけど、途中で故郷に帰らなくてはいけなくなった。

 後悔はないけど、やっぱり少し未練はあったわ。でも私にも、故郷ですべき事があった。それを放棄するわけにはいかなかった。戦い続けた、あの人のように……」

「……離れ離れになって、寂しかったり、悲しかったりはしなかったんですか……?」

「無いなんて強いこと、私には言えないわね。……でも、私は私のすべきことを頑張れた。どれだけ遠くに離れていても、ずっとあの人を近くに感じられていたから。

 あの人が頑張って戦っているのに、私が負けてどうするんだ……ってね」

「離れていても、ずっと近くに感じられるもの……」

 

 思い返した。それはちょうど、ゴルゴダ星と地球とで自らの半身と離れ離れになってしまった時のことだ。

 奇跡の光は距離も次元も跳躍し、二人を繋ぎ輝いた。そしてその光は、やがて星と一つになり闇へと立ち向かっていった……。

 番いの指輪に視線を落とす。そこに蓄えられた光は、決して失われてはいなかった。

 

「……切ちゃん……星司おじさん……」

 

 名前を呟くと、まるで二人の顔が浮かんでくるようだった。

 いつも明るく、眩しく、自分のことを照らしてくれる輝きに似た笑顔を。

 

「貴方にもあるのね。どんなに離れていても、ずっと近くで感じられるものが」

「……はい」

「それは貴方が一番信じているもの。そして同時に、貴方のことを一番信じているものなのよ」

「私を、信じて……?でも、だったら……」

「信じることと守護ることは、等しく大事な想いではあるけれど、決して常に等しくあるものではないわ。貴方のその人たちは、その時は守護ることに想いが傾いちゃっただけ。

 大好きだから守護りたい……大好きだから、信じたい。不安定な天秤は、いつも揺らめいていて、どちらかにしか傾かない……。

 時にすれ違うこともある。思うがままに傾いてくれない時も多い。だけど、それで想いを閉ざしてはいけないの。だってどちらも、根底にあるのは”大好き”って想いなんだから」

 

 彼女の言葉を受けて、調の心に温かななにかが沁み渡ってきたのが分かる。

 みんなが胸の内に抱えている、間違いや正しさだけで割り切れないもの。どんなに大好きでも、人は互いに傷付け合うことだってある。

 でも傷を経て、より強く繋ぎ合えると言うことを知っている。だから……

 

 ――その”生きる痛み”から、逃げてはいけないんだ。

 

 それが答えなのかは理解らない。だけど導にはなってくれた。そう感じれた時、おもむろに調がベンチから立ち上がった。

 隣の女性へと真っ直ぐ向かい、大きく頭を下げる。不器用だけど精一杯の、感謝の意だ。

 

「話を聴いてくれて……色々話をしてくれて、ありがとうございました」

「どういたしまして。どうするのか、決めたの?」

「……大好きな人たちのところに帰ります。それで、もっともっと……いっぱい話をします。

 一緒に何かを守護りあえるように……お互いをもっと信じあえるように。そして、大好きな人たちとずっと笑顔で居られるように」

「そう。なら、頑張らなくっちゃね」

「はい……!」

 

 自然と漏れる調の笑顔に、相対する女性もまた優しい笑顔で返す。再度深い会釈で礼をし、そのまま振り返って駆け出そうとしたそこで、女性から一言。

 

「帰り道、理解るかしら?」

 

 思わず足を止めてしまう。そして女性の方に半分振り向いた調の顔は、とても恥ずかしそうに顔を赤らめて首を横に振った。

 それを見てクスクスと笑いながら、女性が調の隣に立ち小さな手を優しく握り包む。そして微笑みながら、「一緒に行きましょう」と手を引いて歩きだす。

 調はそれに、いつか喪った”母”の面影を感じていた。

 

 

 

 

 時間を少し戻し、ノスフェルからバム星人の少年アコルを救った切歌と星司に移る。

 泣きながら走り去る調を追いたかったが、意識の戻らぬアコルに加え重症を負った七海まで居る。調を追えなくなるのも致し方無かった。

 

「調ぇ……ッ!」

「……今は、七海の治療が先だ」

 

 何はともあれ、先ずは重症の七海をどうにかしなくてはならない。再度エースに変身してメディカルレイを使おうと試みた星司の前に新たなバム星人が現れた。

 またもビーストヒューマンと化した者が現れたのかと身構える切歌と星司。だが、その予想は放たれた言葉によって裏切られることとなった。

 

「待ってくれ! 私は、敵対するつもりはない……!」

「……君たちは、ビーストヒューマンではないようだな」

「私はバム星人の穏健派だ。アコルを……我らの同胞を救ってくれて感謝している。その礼となるかは分からんが、せめてその地球人は我々に治療させてくれないだろうか」

「今更しゃしゃり出てきて、なに勝手な事を――」

「よすんだ切歌。七海の身体を思えば、今は落ち着いたところに居る方が安全だ」

「でも、それじゃ調はッ!」

「……追おうにも、四次元空間で下手に動けば俺たちが迷うだけだ」

 

 星司の言葉に思わず歯軋りしてしまう。四次元空間で下手に動けばどうなるか、身に染みていたのは切歌自身だ。

 他のバム星人なら居場所や道筋が理解るだろうと諭され、今は七海を連れて彼らの拠点に行くことに賛同。星司に付いていった。

 

 

 辿り着いた其処は、かつて一度切歌たちが隠れ潜んでいた廃病院と雰囲気の似た古い病院だった。

 だが中の設備は、見知ったものから見たことのないものまで多種多様で、正に混在する異星の技術という感じがする。

 その中の一室……集中治療室に入れられた七海。切歌と星司はそれを見届けて、中で治療を行ってくれていると確認したところでその場を後にした。

 

 病院の外に出て、傍にあったベンチに腰掛ける星司。その隣に切歌もちょこんと座るも、ただ沈黙が流れてしまう。

 想いを巡らせるのはやはり調のこと。互いに流れる沈黙を静かに破るように、ゆっくりと口を開いたのは星司だった。

 

「……俺は、また信じてやれなかった」

「また、デス……?」

「かつて地球で戦っていた時に、な……。

 ……俺は、俺を信じて真実を訴えてくれている少年の言葉を嘘と吐き捨て、その心を傷つけたことがあった。俺自身が強くあるよう励ましてあげた子なのに、だ。酷い話さ」

「でも、おじさんにもちゃんと理由があったんデスよね……?」

「ああ。俺は虐めを苦にするその少年に、そんなモノに負けない子になってほしかった。くだらない嘘で心を汚したりしない、強い子になって欲しかった。だが、そんな俺の身勝手な善意の厳しさが、彼を傷つけたんだ」

 

 星司は思い返した。その時に言われた、長兄の叱咤の言葉を。

『お前は過ちを犯した。信じるべきものを信じず、少年の心を深く傷つけたのだ。

 お前は償わなければならない。それ以外に、少年の心を救う道はない』、と……。

 

「……調にも、同じことをしてしまった。

 信じるべきものを信じず、ただ自分の想いに身勝手になってしまったせいで、彼女を傷つけてしまったんだ……」

「……それは、アタシも同じデス……」

 

 星司の隣で、今度は切歌が同調するように口を開いた。彼女が思い返すは、奇しくも同じ頃に調も思い返していたこと。フロンティア事変にて、番いの二人がぶつかり合った時のことだった。

 

「色んなことが起きて、自分が消えちゃうかもしれないと思って……信じちゃいけないものを信じてしまったデス。

 調はそれが間違いだと理解っていた。それなのにアタシは、アタシのわがままで大好きな調に刃を向けてしまったのデス……」

 

 痛ましい記憶。語る切歌の目尻から一筋の涙が伝い落ちた。

 誤解と混乱から始まった諍いは、切歌にとって忘れたい……だが同時に、それは絶対に忘れてはいけない思い出。

 あの悲しみと喜びがあって、ようやく理解り合えた。ようやく、信じて良い他の誰かに出会えたのだ。それを自らが否定するなど出来なかった。だと言うのに……

 

「……アタシはまた、自分のわがままで調を傷つけちゃった。大好きな調を守護りたくて……ただ、守護りたくて……」

 

 俯き鼻をすする切歌の頭に、そっと星司が掌を乗せた。不器用に撫でまわすその手は不思議と温かかい。

 何故かその温かさが、余計に涙を溢れさせてしまう。気付けば切歌は、顔をクシャクシャにして涙を流していた。

 

「なんで、どうして信じてあげられなかったんだろう……。こんなにも調が大好きなのに……調が居なくなると、こんなにも辛くて悲しいって知ってるのに……!」

「……守護りたい想いと、信じる想い……。それはきっと、全部が同じじゃないんだ。

 同じ”大好き”から来ていても、いつしかどちらかに傾いてしまう。正しいとか間違ってるとか、そんなの関係なしでな。

 だから時に、選択を誤ってしまうんだ……」

 

 沈痛な面持ちの星司の方へ、涙で顔を濡らした切歌が向く。弱々しいその目で尋ねてきたのは、単純な……それでいて今の彼女には答えの見出せない質問だった。

 

「……星司おじさんは、その時どうしたんデスか……?」

「……償いを果たした。少年の言葉のすべてを信じ、彼の目の前で超獣を打ち倒すこと……。謝罪の言葉だけではない、それが俺がとった”行動”だった」

「じゃあ、アタシも調の為に償いをすれば……」

「そうなると、次はアコルや、ここにいるバム星人のすべてを疑う羽目になるぞ。切歌、お前にそれが出来るか?」

「えぅぅ……そんなの、無理デスよぉ……」

 

 分かっていた、彼女がそれを出来ないことぐらい。

 彼らの助けになりたいと強く願い行動したのは、他でもない切歌だ。今更疑心暗鬼に包まれてしまっては、それこそ彼女の心が壊れかねない。

 だが、ならば調を疑い続けていれば良いかと言われると、それもまた違う。彼女は七海がノスフェルに捕らえられていることを視えていたのだ。それも踏まえて、調もまた嘘を言ってはいないことは確かだ。

 歯切れの悪い思考に苛立ちが募っていく。何処かに闇は潜んでいて、それが徐々に自分たちを蝕んでいく感覚。一体何処に潜んでいるのか……どれだけ考えても、まるでこの四次元空間のように答えが見つからなかった。

 おもむろに視線を落とすと、目に入ってきたのは自らの指に嵌められた番いの指輪。まるで優しく見守るように、ウルトラリングは小さな光を蓄えていた。

 

(……夕子。お前なら、どうする……?

 どうすれば……俺はこの子たちの心を、助けを願う彼らを共に守護ることが出来るんだ……)

 

 思わず縋るように想いを飛ばしてしまう。どんなに離れていてもすぐ傍に感じられる存在……決して消えない、利発で優しい妹分ならばこの悩みにも答えてくれそうな気がして。

 だがすぐに首を振って浮かんだ思いを振り払う。彼女は居ないのだ。どれだけ心に彼女の意志を感じていても、話して答えが返ってくることなどない。だから、やはり自分がしっかりしなくてはいけないのだ。

 心を立て直すべくそう思ったとき、病院から一人のバム星人……アコルが出て来た。此方の存在に気付くと、笑顔でベンチの方へ歩いてきた。

 

「アコル。身体の方は大丈夫なのか?」

「はい、大した怪我もありませんでした。北斗さん、そして切歌さんと調さんが助けてくれたおかげです。

 それに皆さんは、僕のことを信じてくれて同胞たちも助けてくれました。本当に、ありがとうございます」

 

 ぺこりと頭を下げるアコルに笑顔で返す星司。だが隣に座る切歌は、なかなか笑顔を作ることは出来なかった。

 無理もない。調の様子が変わり、傷つき走り去ったのは彼の存在があったからだ。守護るために信じなければいけない。それは理解っているが、信じて良いのか分からなくなってしまっているのもまた事実だ。

 切歌のその混乱による沈黙は良くも悪くも顔に出てしまっており、会って間もないアコルでさえそのことに気付けていた。気付けたからこそ、彼も発する言葉に躊躇いはなかった。

 

「切歌さん。一番に僕を信じてくれてありがとうございます。僕、嬉しかったです。

 切歌さんは僕らバム星人に悪い印象を抱いていてもおかしくないのに、それでも僕らを守護ろうって言ってくれました。そしてその言葉通り、守護ってくれました。だからもう、それで十分なんです」

「十分って……だってまだ、ヤプールのヤツが……!」

 

 切歌の言葉に寂しそうな、諦めにも似た顔をするアコル。だが彼ら、バム星人たちの考えは別にあった。

 

「僕らはまた四次元空間の何処かを放浪します。今度はヤプールなんかに従わないように、身を隠しながら」

「ずっと、逃げ続けるってことデスか……?」

「きっとそれが、僕らバム星人の宿命だったんです。

 安心してください。七海さんは治療がもうすぐ終わりますし、そしたら元の空間に返します。そのあとすぐに、僕らはこの世界を去ります。

 切歌さんと北斗さんは調さんと合流して、一緒にこの空間を出て下さい。それでもう、この話は終わりです」

「アコル……君は、それで良いのか?」

「……出来ることなら皆さんと……調さんとも、もっと仲良くなりたかった。でも、そう出来ないのは僕らにとって自業自得。

 僕に嫌疑がかけられているのも分かります。だからもう、これ以上関わるのは駄目なんです」

 

 アコルから告げられた別離の言葉。彼らにとってはきっとどうという事のない決定だったんだろう。だが切歌にとって、それは簡単に受け入れられる提案ではなかった。

 調を信じられずに傷つけて、守護ると言ったアコルにもこんな諦めの顔をさせてしまう。そんな自分が不甲斐なくて仕方ない。

 少なくともそれは、あの日二人一緒に誓った『自らの義に正しくあること』から大幅にズレてしまうことだ。故に、返す言葉に迷いは無かった。

 

「――フザケんじゃないデスッ! アコルたちが逃げなきゃならない理由なんか無い! みんなに理不尽を強いたヤプールが全部悪いんデス!

 理不尽の言いなりになんかなっちゃいけない……。怖さに怯えて逃げるだけでも、なんにも解決しない……。向き合わなきゃ、みんなで本当の笑顔になんかなれないんデスッ!」

 

 吐き出された言葉は切歌が自身に向けた戒めの言葉でもあった。

 あの日向き合えなかったから起きた悲劇。それを超えれたからこそ繋がれた温もり。生きることを諦めたら得ることが出来なかった、大好きな人の本当の笑顔。

 それはどんな時でもずっと近くで感じられるもの。離れ離れになった今でも、間違いなく。

 

「アタシが何かを償えるって言うのなら、それはきっとアコルたちを守護ることデス。それで調も連れて帰って、みんなでいっぱいお話をするんデス。

 想いを刃にしたら相手を傷つけるだけデスけど、言葉や歌にすればきっと繋がれる。大好きな人たちと信じあい、守護りあい、一緒に笑顔で居るために出来ること……。

 アタシの知ってる答えは、それしか無かったんデスッ!」

 

 ハッキリと告げる切歌に、自然と星司にも普段の笑顔が戻っていた。切歌の出した答えに、誰よりも彼自身が感心していたのだ。

 自分の認識はやはり甘かった。切歌はこんなにも強い娘だ。そしてきっと、調も同様に強い娘のはずだ。それを信じて今自分が出来ること。それはやはり、彼らバム星人たちを守護る以外にないと結論付けた。

 

「……本当に、最後まで僕たちを守護ってくれるんですか? 皆さんを傷つけた僕たちバム星人と、仲良くしてくれるのですか……?」

「当ったり前デスッ! だってアタシたちも、そうやってセンパイたちと仲良くなっていったんデスから!」

「よく言ったぞ切歌! よぉし……俺も一緒に、みんなを守護るために戦おう!」

 

 互いに想いを重ねたことで咲き出す笑顔。その時、空から重い声が響いてきた。

 

『愚かだな北斗星司よ……。そうやってまたも同じ過ちを繰り返す貴様は、愚鈍以外の何者でもない……!』

「その声……貴様、ヤプールではないなッ!」

『こうして声を交わすのははじめてだな北斗星司……いや、ウルトラマンエース。この俺が、エタルガーだ』

「エタルガー……こいつが!?」

「大ボスが来るとは良い度胸してるデス……!」

『そろそろ俺も動かなければならないからな。それに今回の期は熟した。もう教えてやっても良いと思ってな』

 

 エタルガーの言葉に内心で首を傾げる星司と切歌。見下すように眺めるエタルガーがその手を動かすと、何もない空間から先ほど倒したはずのノスフェルが出現。

 驚愕に歪む星司たちの顔を見つつ、嗤うようにゆっくりと言葉を吐いていった。

 

『そこにいるバム星人ども……かつてヤプールの配下にあったそいつらに、俺はこのノスフェルのビースト因子を植え付けた。それを介することで動きを全て把握しつつ、時に洗脳して動かしていたのだ。

 つまり、あの地球人をノスフェルに捕わせていたのもそいつらを使ってだ』

 

 嘲笑うかのようなエタルガーの声。それにただ歯軋りをしながら、星司と切歌は強い怒りを高ぶらせていった。

 

「お前が、七海おねーさんも……ッ!!」

「貴様……絶対に許さんぞッ!!」

『フフフ……怒るのは良いが、こっちに気を向けていて良いのか?』

「――ふたりとも、はなれて……!」

 

 エタルガーのその言葉で、ようやく背後の異変に気付く。同時に放たれたアコルの声と、振り下ろされる鋭い爪。寸でのところで星司が切歌を庇う形で押し倒したが、彼の腕には深い切り傷が付けられた。

 すぐに目を向けると、二人は驚愕した。先ほどまでなんともなかったアコルの腕が、ビーストヒューマン同様に鋭く肥大化していたのだ。

 

「アコルッ! なんで……ッ!」

『言っただろう、俺はビースト因子をも操ることができる。ちょっとした応用でこの通りだ。これが何を意味しているか分かるな?』

「――七海ッ!」

 

 すぐに察することが出来た。此処にいるすべてのバム星人をビーストヒューマンに出来るのであれば、病院の中でそれを行うと治療中の七海を殺すのも訳ないこと。そして争いを望まぬ者たちにも、互いに殺し合いさせる事が容易に出来るのだと。

 この大多数の人質により、エタルガーは絶対的な優位についた。星司と切歌にとって、完全に詰みの状態と化したのだ。

 

「何処までも汚いヤツめ……。貴様もまた、ヤプールと同じ悪魔だ!」

『”魔神”と呼んでほしいものだな。せっかくだ、もう一つネタ晴らしをしてやろう。

 貴様らは影法師を、月読調に憑いていると睨んでいたな。だがそれは間違いだ』

「間違いデスって……!?」

『そうだ。もちろん暁切歌、貴様でもない。そしてバム星人どもにも憑いてはいない』

「……それじゃあ、まさか……」

 

『――ご名答。北斗星司、貴様に憑いていたんだよ』

 

 打ち明けられる真実に衝撃が走る。誰も予想が出来なかったはずだ。北斗星司……ウルトラマンエースの中に何時の間にか影法師が棲み付いていたなどと。

 

「馬鹿な……この俺に、だと……!?」

『そうだ!その影法師からの情報で、そこの地球人の存在を俺に知らしめた! そして月読調は、ただ独りそのバム星人に潜むビースト因子の声を聴いてしまい、下らん言い争いで逃げていった!

 すべては貴様が招いたことだったんだよ、ウルトラマンエースッ!! ハハハハハッ!!』

 

 自身の胸を握り項垂れる星司。傍から見ると彼のその姿は絶望に負けたように見て取れた。

 だがそうなっても仕方ないだろう。自分の存在が無関係の七海やバム星人たち、調と切歌にもこんなにも辛い思いをさせてしまったのだ。普通ならば心挫けてしまうのも止む無し……。

 ……なのだが、俯く彼から漏れ出した声は予想に反して笑い声だった。

 

「――フッ、ハハハハハ……ッ! そうか……なんだ、俺だったのか。

 そりゃあいい、安心した。それならば、もう周りの誰かを傷つけてしまうのではと悩む必要は無いってことだからなッ!!」

 

 威圧の込めた笑みを浮かべて立ち上がる星司。胸の中から抉り出すように引き抜かれた闇は光る手の中に収められており、やがてダミーダークスパークの形に固着する。それを上へ大きく振りかぶり、地面へと叩き付けた。

 音を立てて砕けるダミーダークスパーク。エタルガーに向けて強く睨みつける星司だったが、視界が歪み倒れそうになってしまった。

 すぐに切歌が彼の身体を支えるが、普段見せない深い息を何度も吐いていた。

 

「おじさんッ!」

『さすがはウルトラマン、自力で浸食された闇を引き剥がすとはな。だがどうだ、無理矢理やったせいで大幅に体力を使ってしまったようだ』

「クッ……!」

『それに引き剥がされた闇も消えてなくなった訳ではない。

 さあ我が手に還れ闇黒よッ! ヤプールの遺した怨念と今一つとなりて、破壊の化身として甦れッ!!』

 

 エタルガーの言葉に反応し、星司が叩き壊したダミーダークスパークの破片が暗天に佇むエタルガーに向けて飛翔。空中で再度一つに結合した。

 そしてエタルガーの手からもう一つの赤い闇……粉微塵にしたヤプールの怨念と魂をダミーダークスパークへと発射。悪しき輝きと共に二つの闇が融合していった。

 

 《ダークライブ ―ユニタング― ―カウラ― ―マザリュース― ―巨大ヤプール―》

『現れろッ! 最強超獣ッ!!』

 《合体 ―ジャンボキング―》

 

 融合した二つの闇は巨大な姿へと変化し、ノスフェルの隣に具現化する。

 ジャンボキング……それはかつて、ウルトラマンエースが地球での戦いで”北斗星司”として最後に戦った最強の合体超獣。彼にとって忘れることの出来ぬ、忌まわしき敵だった。

 

『殺戮しろノスフェル!蹂躙しろジャンボキング!ヤプールの怨念に従い、北斗星司を絶望と共に斃すのだッ!!』

 

 エタルガーの声に従い侵攻を開始するノスフェルとジャンボキング。けたたましくも禍々しい咆哮とともに、四次元空間の街が無造作に破壊されていく。

 炎と瓦礫が巻き上がる様を苦しい顔でただ眺めてるだけの切歌と星司。シンフォギアで対抗しようにも切歌一人ではどうなるか目に見えているし、エースに変身しようにも体力を奪われた星司だけではあの二体に対抗出来やしない。今の二人は、あまりにも無力だった。

 項垂れる二人の背後から、アコルの変成した鋭い爪が向けられる。絶体絶命……まるで絵に描いたような危機的状況に、切歌の心ももたげ始めていた。だがそこに、呟くように絞り出したアコルのか細い声が聞こえてきた。

 

「……にげ、て……」

 

 流れる一筋の涙。そんなものを見てしまっては、その言葉に従うなど到底出来やしない。もたげ始めた心を奮い立たせ、切歌は強く、笑顔で言い放った。

 

「逃げるものかデス!絶対に絶対、みんなを助けるんデスッ!」

 

 振り下ろされる爪。思わず目を閉じて顔を逸らす切歌がその一瞬で思考したのは、やはり自らの片割れの笑顔だった。

 

(――調……ッ!)

「切ちゃんッ!」

 

 地面を抉り疾走する金属音が鳴り渡り、一台のモノホイール……月読調のシンフォギアであるシュルシャガナが変形した非常Σ式・禁月輪が砂塵を巻き上げながらに出現。手にしたヨーヨー型のアームドギアを振り回し、切歌に向かって振り下ろされんとしたアコルの右腕を縛り上げる。

 そのまま互いの間に割って入り、調が彼と相対する形になった。

 

「調ッ!?」

「しらべ、さん……。おねがい、です……そのまま、ぼくを……」

「駄目。そんなことはしないし、他の誰にもさせない。貴方は切ちゃんと星司おじさんが守護るって決めた人。だから、私も二人を信じて貴方たちを守護る!」

「調……でも、なんで……? アタシたちは調のことを信じずに酷いことをしちゃったデス。だってのに……」

「……私も、難しいことは分からない。ただ私は二人が大好きだから……。守護りたい想いも、信じたい想いも、”大好き”だから湧いてくるんだって教えて貰えたからッ!」

 

 決意を込めた調の言葉が切歌の心に沁み渡り、彼女の顔に笑顔を取り戻させた。

 

「――そうデス。調が大好きだから、調を守護りたかった。笑顔をくれる世界が大好きだから、その世界を守護りたかった。そんな世界をアコルたちにもあげたかったから、アタシはッ!」

「私たちはきっと何度も間違う。何度も擦れ違う。でも、その度に何度でも話そう! 想いをぶつけあおう!」

「もちろんデス、当たり前デス! でもその時は……想いを刃に変えることなく、あったかい手と手を重ね合わせて!」

 

『……好きだの信じるだの忌々しい言葉ばかり並べて……! 焼き払え、ジャンボキングッ!!』

 

 見下ろすエタルガーの声を受け、ジャンボキングの口から炎が吐き出される。狙う先は当然、標的が一か所に集まっている古病院だ。

 星司は動けず、切歌は彼を支え、調もアコルが誰も傷つけないように動きを封じている今は外からの攻撃には完全に無防備。ジャンボキングの攻撃に対し、成す術など無い――

 

 

 瞬間、光が病院とその周囲を大きく覆い、炎を遮断した。

 勝利を確信したエタルガーはもちろん、星司、切歌、調の三人もまたこの状況に驚愕する。その光壁の中心には、一人の女性が佇んでいた。

 

「おばさんッ!?」

『き、貴様はッ!?』

 

 それは調の道案内にと同行していた女性。彼女の闖入はエタルガーの想定外だったらしく、やや狼狽えた声が聞こえてくる。

 強かな笑顔だけを返答とし、調たちの元に歩み寄る女性。そしてアコルの変成した右手にそっと触れると、光が彼の肉体を元に戻していった。

 

「一時的だけど、ビースト因子を抑え込んだわ。この光の内側にいる限りは、もう大丈夫。よく頑張ったわね」

「は、はい……」

「ね、ねぇ調、このおばさんはいったい誰なんデスか?」

「私に色々話をしてくれて、助けてくれた人……。だけど、貴方は一体……」

 

 困惑する一同の中でただ一人、星司だけが知っていた。知らないはずがなかった。彼女の存在……その名前を。

 

「――夕子……なのかッ!?」

「お久し振りね、星司さん」

 

 その女性……南夕子が、思い出の中と変わらぬ笑顔で星司の方を振り向いた。

 

「南、夕子……それって……!」

「せ、星司おじさんと一緒に戦ってたっていう、月星人の!?」

「夕子、なぜ君が此処に……?」

「そういう話は後にしましょう。まずはあの敵をどうにかしないと」

「で、でもでも、星司おじさんはもういっぱいいっぱいデス!」

「私と切ちゃんが居るからウルトラマンエースに変身は出来るけど、星司おじさんの体力が何処まで保つのか……」

 

 星司の身体を心配する調と切歌に、夕子は少し驚きながらも優しい笑顔を向けて返す。そして再度、星司に向けて言葉をかけた。

 

「良い娘らと一体化したのね。だったら尚更、頑張らなきゃいけないわね」

「フッ……君はまたそうやって、俺に説教をするつもりかい?」

「あらやだ、説教だなんてそんな。私はただ、今も変わらず大好きな”お兄さん”に渇を入れたいだけよ?

 久し振りに一緒に戦うんですもの、星司さんにはしっかりしてもらわないと」

「夕子、まさか……」

「私が授かったウルトラリング、今だけ返してもらうわね」

 

 言葉とともに星司の左手のウルトラリングが光と化し、夕子の左手に装着された。番いの指輪が、長い時を経て再び真の意味を成したのだ。

 それを見せて微笑む夕子。ずっと近くで感じられていたものが、今この瞬間は目の前にある。その喜びが力に代わるのを実感できる。

 それを振り絞り立ち上がる星司。切歌に感謝の言葉をかけながら頭を撫で、此方に狂気の目を向けるジャンボキングとノスフェルに向き合った。

 

『クッ……! だが、何をどうしようとも貴様らに勝ち目などないわッ!!』

「……調」

「はいッ!」

「……切歌」

「はいデスッ!」

「……夕子」

「はい、星司さん」

 

 申し合わせたかのように、ウルトラリングを嵌めている四人の手が差し出された。

 重なり合った手。二つの番いは力強い光を放ち、暗い四次元空間を白く染め上げるように輝いていった。

 

 

「――今だッ!! 変身ッ!!!」

『ウルトラァーッ!! タァァーーッチッ!!!』

 

 

 掛け声とともに四人の姿が光へと消える。

 北斗と南。月と太陽。四つのリングが火を放ち、その輝きは光の嵐を呼ぶ。

 人の善意を利用し苦しめる外道らの前に、悪しきを断絶する正義の戦士が光臨した。

 

「ウルトラマンエース……! ――頑張れ、ぼくらのエースゥーッ!!」

「ムゥンッ!!」

 

 小さな少年の大きな声援を受け、ウルトラマンエースは力強く拳を握り構えるのだった。

 

 

 

 

『ノスフェル! ジャンボキング! ウルトラマンエースを殺せェッ!!』

 

 エタルガーの指示と共に動き出す、スペースビーストと超獣と言う二体の怪獣。

 ジャンボキングの眼から発射される破壊光線がエースの周囲を爆破させるも、エースはそれに怯むこともなく突進する。

 巨体を押し留めるように力強く組み合い、拳の連撃をジャンボキングの前半身に打ち込むエース。

 だがその強靭な肉体は攻撃を容易く通すこともなく、牛と龍の入り混じったような顔は平然としながら鋏状の腕でエースを切り付けていく。

 同時に背後からノスフェルが鋭い爪で襲い掛かる。暴力に任せた単純な攻撃しか持たぬノスフェルだが、その運動性の高さと繰り出される一撃はジャンボキングにも引けを取らないほどだ。

 なんとか転がりながら距離を作り離れるエース。すぐさま立ち上がるがそこを狙ってノスフェルが襲い掛かってくる。

 振り落とされた両手の爪を捕まえるも、体重を乗せた攻撃はそう簡単には弾き飛ばせない。拮抗する力比べは、エースがノスフェルの腹部を力尽くで押し蹴ることでイーブンになった。

 即座に両手にエネルギーとフォニックゲインを高めて刃状の光を形成する。右手に切歌の鎌、左手に調の鋸を携える、強化されたフラッシュハンド。まずその翠光の右手で胴体を斜めに切り付け、反撃にと繰り出されたノスフェルの右爪を緋光の左手で伐り落とした。

 

『先ず一本!』

「いや、あれは……!」

 

 甲高く鳴くノスフェル。胴体と手の傷が蠢いたと思うと、すぐさま傷口を塞ぎ元の通りに回復してしまった。

 

『ど、どういうことなんデスか!?』

「どうやら、あのビーストは回復能力を持っているのね……」

「ったく、厄介な相手だ……!」

 

 夕子の分析に溜め息交じりの声で返す星司。だが足を止めた一瞬の隙をついてジャンボキングの火炎放射が放たれる。躱す間もなく迫る炎に、ウルトラネオバリヤーを張ることすら叶わず腕を交差して防御したが、そのダメージはエースの体力を確実に削っていた。

 地面に膝を付くエース。胸のカラータイマーが鳴り響き、警告を伝えている。元より体力を奪われてしまった星司の分を夕子がフォローしているような状態。そう長く戦えるはずがなかったのだ。

 その上、近距離を細かく動き回りつつ回復能力を盾に襲い来るノスフェルと重戦車のような耐久力と破壊力を併せ持ちながら攻め立てるジャンボキングの組み合わせは、互いの欠点を相克しあう二体であると言える。

 負けるわけにはいかぬとは言え、この二体を同時に相手取るのはエース一人では余りにも大きな負担だった。

 かといって他のウルトラマンの加勢には期待出来ない。その為に四次元空間に連れ込まれたのだろう。

 ならば、残された手はもう一つしか無かった。

 

「……やるしか、ないか」

『やるって、まさか……』

『ウルトラギア、使うんデスか!? で、でも今使ったら星司おじさんが……!』

 

 調と切歌が危惧することは理解っていた。少ない体力に加え、一人で二人分の魔剣の浸食を受け入れ耐えなければいけないのだ。

 万全の時ならまだしも、今使えばどうなるか……悪い予想ばかりが募っていく。

 

「だがそれでも、やらねばならん……! みんなを守護る為に、ここで俺がやらねばならないんだッ!」

『でも、それで星司おじさんが倒れちゃうのは絶対に駄目なんデスッ!!』

『おじさんはまた、守護る想いにばかり傾いてる……! それじゃさっきと同じ、何も変わらないッ!!』

 

 調と切歌の言葉に気圧される星司。二人はそこに言葉を、想いをぶつけていく。

 

『人は反省の数だけ成長してくんデス!しなきゃダメなんデスッ! ……それに、おじさんのあったかい手が無くなるのは、とってもとっても嫌なんデスッ!!

 だからアタシは――』

『星司おじさんは今まで何度も自分を捨てて守護ってくれた! なのに、守護られた人たちがおじさんに「大好き」って胸を張ってお返しが出来ないのは嫌だッ!!

 だから私は――』

 

『『――”みんな”の未来(えがお)を信じて、それが咲き誇る世界を守護るために戦うんですッ!!!』』

 

【みんな】。

 それはつまりこの世界に生きる全ての存在であり、彼女たち自身のことでもあり、共に在る北斗星司のことでもあった。

 なんと傲慢で不遜で我儘な想いだろうか。だがその想いが、無垢な優しさが彼の心を押し留める。

 静寂の光の中で、夕子が何処か嬉しそうに笑い出した。

 

「言われちゃったわね、星司さん。この子たちのこんな想いを受けて、まだ一人で背負う無茶をするのかしら?」

「夕子……」

「私が呼ばれた理由が理解ったわ。いつまで経っても強情っぱりの星司さんの背を押すこと。

 ……星司さん、いい加減ちゃんとこの子たちと向き合いなさいな。せめて、私と同じように信じて託してあげなきゃ」

 

 光の中で三人を見回す星司。責められているようで、諭されているようで、頼られているようで……だが間違いなく、皆の想いは星司に向けられていた。

 何処か諦めるような、それでいて晴れやかな笑顔が自然と浮かんでくる。そして調と切歌、二人の小さな頭を優しく撫でた。

 

「……二人とも。そんなに俺に倒れて欲しくないのなら、俺を支える覚悟は出来てるんだな?大人の男は重たいぞ?」

『大丈夫。独りだと難しいかも知れないけど……』

『アタシたちは、独りじゃないのデス!』

「そうだな。じゃあ、一緒に行くか!」

 

 あまりにも軽く言い放った星司。だがそんな何気ない一言が、二人にとってとても喜ばしいものだった。

 立ち上がるウルトラマンエース。点滅するカラータイマーも意に介さず、ノスフェルとジャンボキングの前に仁王立ちする。

 

『みんなで重ね合ったこの手は――』

『――絶対に、離さないッ!!』

 

 調と切歌が互いに己が胸のマイクユニットに手をかける。そしてユニットの横突起を三度押し込み天に掲げ、星司と共に真なる力を呼び起こす起動命令を叫んだ。

 

『「『ウルトラギアッ!! ダブル・コンバインッ!!!』」』

 

 ダインスレイフの解放により紅い楔と化したマイクユニットが、調と切歌それぞれの胸を穿つ。その二重の痛みはすべて星司にも伝播され、爆発的に放出されるフォニックゲインと共にその身を侵食されていった。

 

『「『うぅぐおあああああああああッ!!!!』」』

 

 魔剣から放たれる二つの力は徐々にウルトラマンエースの肉体を黒く染め上げていく。調、星司、切歌の三人がそれぞれ手を繋ぎ互いを支えあっているにも関わらずだ。

 暴走する力の奔流に飲み込まれそうになった瞬間、三人の繋ぎ合う手の上に夕子の手が更に重ねられた。

 

「負けないでッ! 明日のエースは、貴方たちなんだからッ!」

『「『ああ……そう、だあああああああああッ!!!!』」』

 

 調と切歌の胸にウルトラマンエースと同様のカラータイマーを宿す胸部が浮かび上がり、融合するように覆い重なった

 同時に爆裂する闇色のフォニックゲイン。内部から追い出した力が体表部分を走るように流れ、鎧として固着していく。

 脚部から腰部後面を覆うは緋色、腹部から肩部を覆うは翠色。下腿に円柱形の脛当てが、上腕部には肩を覆う可動式アーマーがそれぞれ装着される。頭部の鶏冠部分も大型化され後方にも伸び、ウルトラホールを交点として交差するようにX字のラインが描かれた。

 カラータイマーを覆うように緋色と翠色の番い羽根のアーマーが二組装着され、その威容は完成を見る。

 鏖鋸シュルシャガナ。獄鎌イガリマ。戦神ザババの奮いし番いの双刃を、それと適合した二人の歌女をその身と癒合し、更なる力を得て二体の怪獣の前に立ちし巨人が己が名を吼え叫んだ。

 

『「『――ウルトラマンエースッ!! ツインウルトラギア・シュルシャガリマァッ!!!』」』

 

 胸の前で両拳打ち付けあい、強く構えるウルトラマンエース。輝く姿を見るバム星人たちは、自然とその顔に笑顔を浮かべ”彼ら”に声援を送っていた。

 

 

 

 吠えるノスフェルとジャンボキング。先ほどと同様に先陣をノスフェルが担い、柔軟なフットワークでエースに向かって走り出す。その後ろからジャンボキングがミサイルや破壊光線での爆撃を敢行。爆炎で足を殺しに来た。

 対するエースはやや前屈み……走り出す為の前傾姿勢を取る。そして意識を集中すると、足底部が展開、車輪が出現し高速で回転を始めてた。

 

『「『行くぞッ!!』」』

 

 轟音を伴い地面を削りながら、まるで滑るように走るエース。その動きは調のシュルシャガナと同質のものであり、その速度は彼自身のものを大きく上回っていた。

 動きを察し跳躍で回避しようとするノスフェルだったが、エースが突き出した左腕……その上腕部のアーマーから楔付きの鎖が射出されノスフェルの首と胴体に絡み付く。空中で拘束されたまま力で引き戻され、不安定な姿勢のまま戻っていくノスフェルの胸部に、力のすべてを乗せたエースの右拳が深くめり込んだ。

 口から嘔吐するように体液を撒き散らして倒れるノスフェル。その脇から突進してくるジャンボキングだったが、足底のホイールで高速で動きながら両上腕の鎖を全て射出。ジャンボキングの前半身の上体を拘束し、そのまま周囲を走り回る。

 そこから跳び上がると足のホイールを展開させ、左足にイガリマの如く鋭い刃を、右足にシュルシャガナの如く廻転する刃を出現。後半身に左足を突き立て、右足で薙ぎ払うように伐り裂いた。

 喚くように鳴くジャンボキングから離れて横を見ると、ノスフェルがまた鋭い爪で襲い掛かってくる。それに合わせて鶏冠の後部に伸びたアームドギアが展開、小型の光鋸が連続で発射されノスフェルに浴びせられた。

 倒れるノスフェルを視認し、両手を開き突き出すエース。右に翠、左に緋、フォニックゲインが生み出す二つの光を握り掴むと物質として固着した。

 

『「『エースブレードッ!天鋸式・へェLL裁Zぅ(てんきょしきヘルサイズ)ッ!!』」』

 

 二つの光を眼前で合体させる。そこから伸びたモノは、片や禍々しい巨大な刃を持つ獄鎌。その対側には激しく廻り唸る鏖鋸。二つのアームドギアを繋ぎ合わせた異形の長物を手に、よろめきながら起き上がるノスフェルに向かって走り出した。

 立ち上がり視認した時には既に時は遅く、ノスフェルの脳天にエースブレードの巨大鎌刃が突き刺さった。そのまま真下に引き下ろし、ノスフェルの肉体を縦に両断。そこから右手を逆手に持ち替えて、対側の巨大鋸刃で真横に振り抜き首を胴体から伐り落とす。

 直後にエースブレードを地面に突き立て、すぐさま両腕を伸ばして身体を左に捻る。一瞬力を溜めた後、腕をL字に組んでメタリウム光線を発射。ノスフェルの全身を残すことなく焼き尽くし、爆砕させた。

 

『「『コレであとは、あのデカブツだけだな!』」』

 

 ヤプールの怨念に突き動かされているのか、がなり立てるように鳴き声を上げながら突進するジャンボキング。それをエースブレードで止め、空いた腹部を押し蹴り出す。

 次いで一本だったエースブレードを鎌と鋸の二つに分割。ジャンボキングの身体を連続で切り付けていった。

 両方の刃でクロスに切り裂くと、そのダメージにジャンボキングも怯んで後退する。瞬間二つの刃はエースのそれぞれの腕を覆う腕部装甲へと変化し装着。両腕を下方で交差させ、そこから両腕を広げ仰ぐように天へと向ける。

 右からは翠の、左からは緋のエネルギーが弧を描き、頭部中央の鶏冠にあるウルトラホールを介して更に迸る。

 

『「『これで決着だ、ヤプールッ!! デェェェェェェェスッ!!!』」』

 

 頂点で両手を合わせ、束ね迸る光が巨大な廻刃へと変わる。大きく振りかぶってジャンボキングへと放たれた光の刃は超光速で回転しながらその首を両断。

 なおも回転を続ける刃は、内部の次元すら巻き込みながら敵の肉体を魂ごと無限に伐り切り刻む必殺の一撃、【暁星×夕月光(ぎょうせいゆうげつこう) スP詠sS・ギRぉ血nn処ッtOoぉ(スペース・ギロチンショット)】となり、巨大なジャンボキングの肉体を一片たりとも残すことなく微塵へと断破した。

 爆発すらさせずにジャンボキングを消滅させたウルトラマンエースを見て、忌々しそうにもすぐさまその場から消え去るエタルガー。そしてエースは喜びの声を上げるバム星人たちを一度見下ろし、光と化して空へを飛んで行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 数刻の後、アコルの元に戻ってくる調と切歌、そして星司と夕子。彼は満面の笑顔で、恩人たちの帰りを出迎えた。

 

「みなさん、本当に……本当に、ありがとうございます! みなさんのおかげで、僕たちバム星人は新しい道へ進むことが出来ます!!」

「良かったデス……! アタシたち、アコルたちの助けになれたんデスね!」

「はいッ!」

 

 喜びを分かち合うかのように笑い合う切歌とアコル。そこに、申し訳なさそうな顔で調が彼の前に立っていく。

 互いに目と目を合わせて数秒、沈黙を破るように調が深く頭を下げた。

 

「……アコル、ごめんなさい。私、貴方を信じれずに、酷いことを言ってしまって……」

「……調さんも、ありがとうございます。調さんが居なければ、僕らはきっとあの怪獣たちに滅ぼされていたでしょう。

 状況が状況だったんです、普通は信じてほしいといっても無理な話でした。でも、調さんも一緒に戦ってくれた。守護ると言ってくれた。僕はそれが、とても嬉しかったです!」

「アコル……私の方こそ、ありがとう……!」

 

 出生や境遇を超えて繋がる者たち。その微笑ましくも眩しい光景を、星司は嬉しそうに笑顔で眺めていた。隣の夕子もまた同様に。

 

「良かったわね、星司さん」

「ああ。……信じあうことの大切さ。みんなの未来(えがお)を守護るために必要なそれを、俺は忘れてしまっていたのかも知れんな」

「たとえ一時忘れてしまっても、何度でも想いとぶつかり、思い出せば良い。ウルトラマンも神様ではないのだもの、間違えることだってあるはずよ」

「そうだな。間違っても何度でも手を取り合い、お互いを信じ正して前に進む……か。あの子たちなら、それも出来るかもしれんな」

 

 微笑み眺める二人の元に、話を終えた調と切歌が駆け寄ってくる。二人の顔も、今は明るく輝いていた。

 

「星司おじさん、夕子おばさん!」

「七海おねーさんの治療も無事に済んだそうデス!」

「そうか、そりゃ良かった! これでもう一安心だな!」

「うんっ! それで、アコルがまた元の世界に送ってくれるって」

「きっとみんな心配してるデス。帰らなきゃ司令サンやセンパイたちにいっぱい叱られちゃうかもしれないデスよ……」

「大丈夫よ。その時は、星司さんが謹慎されるだけだから」

「ええっ!そ、そうなんデスか!?」

「だ、だったら私たちも一緒に謹慎されなきゃ駄目かも……」

「……夕子。言っておくが、俺がTACで謹慎処分を受けたのはたった5回だけなんだからな?」

「あら、5回も受けていたの。私が月に帰ってからの方が多くないかしら?」

 

 ああ言えばこう言う。そんな身近な二人の姿に、思わず笑みが零れだす。その場の誰もが実感していた。咲き誇る笑顔の温かさを。

 

 

 ……そして彼らはアコルの導きにより、バム星人たちに見送られて四次元空間を後にした。

 意識を取り戻した七海には『事故に遭った』とだけ説明し、病院へ搬送。医師の見立てでも特別問題はないだろうが、一応念のためという事で検査入院されることとなった。

 本部の方に連絡を入れると、案の定クリスや弦十郎、マリアからも手酷い叱咤の言葉を浴びせられてしまう。だが謹慎などの処分は無く、最後は無事に帰ってきたことを大いに喜んでくれた。

 周囲の人間の優しさと温かさに包まれる喜びを嚙み締めながら、四人はススキの茂る野原で欠けた月を見上げていた。

 

「この世界の月は、少し歪なのね」

「フィーネっていう傍迷惑なのがブッ壊そうとしたってセンパイたちから聞いたデス」

「この世界の月は、世界から共通言語を奪い人と人との相互理解を壊したカストディアンの遺した遺跡にしてバラルの呪詛の根源なんだって」

「それを超えて繋げようとしたのが、【歌】ってワケか」

「不思議なものね。相互理解を奪われて、誰かを傷付るものがどれだけたくさん生まれても、それでも人は誰かと繋がろうとする。

 手を重ね合い、一緒に【歌】を歌えば……きっと誰もが未来(えがお)を信じれる。それを信じているのね」

 

 夕子の言葉に感慨を覚えながら、欠けた月を微笑みながら見つめている。調と切歌にとっては決して良い思い出のない存在ではあるが、この胸に沸き起こる想いと共に眺めていると、何処か養母……ナスターシャの笑顔が浮かぶような気がしていた。

 フロンティア事変の最終局面……一人月面に飛ばされた彼女は、そこで遺跡の制御を行いながら全てをシンフォギア装者たちに……愛娘たちに未来を信じて託したのだ。

 この託された想い、願い……受け止めて守護っていく事が、二人の願う一番大きな夢だった。

 言葉にせずとも繋がった想いでそれを解した夕子は、嬉しそうな笑顔を崩さぬまま三人の傍を離れて振り返った。

 

「夕子おばさん?」

「私は自分の使命を終えた。また同胞たちの元に帰らなければならないわ」

「そうか。君のことだ、向こうでも元気でやっているんだろうな」

「貴方のおかげよ、星司さん。どれだけ離れても心に強く輝いている想いが、私を支えてくれている。あの日から今も……そして、これからもずうっと」

「……ああ、俺もだ」

 

 星司との話を終え、今度は彼の前で手を繋ぎながら目尻に涙を浮かべる調と切歌としっかりと目を合わせる。

 

「……もう、会えないんデスか……?」

「せっかく会えたのに……たくさん、助けてもらったのに……」

「――会えるわ。私の想いはいつでも星司さんと共にある。貴方たちも、今は星司さんと一緒。だから、私たちもずっと近くで感じられる。でしょ?」

 

 優しくも何処か無邪気な笑みを浮かべる夕子に、釣られて二人も笑顔になる。別離にはこれ以上ないくらい良い顔だった。

 振り返り月を見る夕子の身体がふわりと宙に浮き、そのまま優しく風に乗るように天へと昇っていく。

 距離が離れていく夕子に向けて、最大の感謝を込めて大きく手を振る調と切歌。最後に微笑むように優しく輝き、光となって消えていった。

 光が見えなくなって、ようやく手を下ろした二人。作り笑顔も陰りを見せ、崩れんとしたその時に星司が二人の肩を掴み抱き寄せた。

 

「せ、星司おじさん?」

「ど、どーしたんデスか?」

 

 月を見上げる星司。彼女らの驚きの声に一拍の間を置き、ゆっくりと声を出していった。

 

「……優しさを失わないでくれ。

 弱い者をいたわり、互いに助け合い、どこの国の人とも友達になろうとする気持ちを、失わないでくれ。

 たとえその気持ちが、何百回裏切られようとも。

 ――それが私の……”私たち”の、永遠の願いだ」

 

 紡がれた言の葉は、願い星から信じ託されたもの。

 人の未来(えがお)を守護る為に、彼が遺した最後の……そして永遠に変わらぬ”願い”。

 

 小さな月と太陽は、その優しい星の願いに、強い抱擁で応えていった。

 

 

 

 

 EPISODE17 end...

 

 

 

 

 

「――……任務、完了なんだゾ☆」

 

 暗闇の中、一人の黒い影法師が、カタカタと踊るように暗い炎を立ち昇らせてそれと共に消えていった。

 

 

 

 そして……。

 

 

 

「よくやってくれた、南夕子。君を呼んだ甲斐があったというものだ」

「珍しい事もあるものね。貴方もまた彼らを敵視していると思っていたのだけれど、そうでもないのかしら。

 ……メフィラス星人、貴方は星司さんたちの敵?それとも――」

「――私も、それを決めかねているところなのだよ」

 

 暗い宇宙の片隅で、感情を読ませぬ笑い声が小さく湧き上がり、消えていった。


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