絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア   作:まくやま

34 / 62
EPISODE 16 【涙の味、旅路へ進む勇気の歌に変えて】 -B-

 ネフシュタンの一撃に寸でで避けるクリスと猛。グラウンドが抉れ、砂礫が弾け飛ぶ。

 生き写しのようなネフシュタンを纏う自分の姿に憤慨しながら、クリスも胸元に忍ばせたギアペンダントを握り締めた。

 

「なんだか分かったモンじゃねぇが、戯れ合いたけりゃ付き合ってやらぁ!!」

「待つんだクリスッ!!」

 

 猛の言葉を無視し、聖詠と共にイチイバルを身に纏うクリス。

 即座に両手のアームドギアをクロスボウに変え、紅蓮の矢を連続で発射する。対するネフシュタンのクリスは軽快にステップしながら先ほどの鞭でそれらを全て弾き飛ばし、貫くように伸ばした。

 それを紙一重で躱しつつアームドギアをハンドガンに変形させながら相手に向け、迷うことなく引鉄を引く。

 放たれた弾丸は銀の鎧を削り空へ消える。その削られた部分は、瞬く間に再生、復元していった。

 

「そこもそのまんまかよ…ッ!」

 

 呻くクリスとその戦いを見守らざるを得なくなった猛。その光景はタスクフォース本部にも即座に伝播していた。

 

「イチイバルの起動を確認!」

「クリスちゃん、交戦に入りました!相手は……え、えぇッ!!?」

「どうした友里ッ!」

「……く、クリスちゃんとの交戦相手は……ね、ネフシュタンの鎧!装備者のパーソナルは、雪音クリスと照会されましたッ!!」

「ネフシュタンと、クリスくんだとォッ!!?」

 

 メインモニターに映される交戦風景。イチイバルを纏うクリスが相手取っているのは、間違いなくネフシュタンの鎧を身に着けたクリス自身だった。

 

「アレは、本当にクリスなの!?」

「間違い無い…。あの動き、立ち居振る舞いの姿……私と立花が最初に交戦した、あの時の雪音そのものだ……!」

 

 呻く翼に周囲の騒めきも増す。ファーストコンタクトを取った彼女だからこそ、その言葉には説得力がある。どんな形だろうとアレは間違いなく、雪音クリス本人なのだと。

 その直後、突如にして電波障害が発生してメインモニターにノイズが発生した。

 

「何があった!!」

「ネフシュタン側から通信妨害が撒かれた模様!」

「チャフだと…!?ネフシュタンにそんな機能は無かったはずだが…!」

 

 出所は何処からの物か。つい其処から考えてしまうが、あのネフシュタンともう一人のクリス自身が尋常ならざる存在なのだ。不可能という認識を捨てねば答えを見出すことができやしない。

 だが腰を据えて考えている余裕があるワケでもない。その為に懐刀を残しておいたのだから。

 

「翼ァッ!」

「雪音の加勢に向かいますッ!マリア、なにかあったときは頼むッ!」

「えぇ、任せなさいッ!」

 

 短い言葉を交わして出動しようとする翼。だがそこに、雑音交じりのクリスの声が届いた。

 

『大丈夫だよ先輩ッ!こんなニセモノ風情、アタシ一人で十分だ!!』

「クリスくん!?だが!」

『平気だっつってんだろ?こっちにはセンセイだって居るんだからよ!先輩たちはあのバカがヤバくなったら来てくれりゃいいのさ!』

 

 自信満々のクリスの言葉にやや困惑する。だが、それは疑うべくもないほどに彼女らしい言葉だ。

 それに言った通り、今のクリスの傍には猛が居る。そう思うと彼女の申し出を信頼すべしと思うのも当然だった。

 

「……理解った。だが窮地と見るとすぐに飛んで行くからな、雪音」

『頼りにしてますよ、先輩』

 

 そこで通信を終え、同時に接近戦を仕掛けていた二人のクリスが弾けるように距離を取る。そこで、映像は雑音の波に呑まれて見えなくなった。

 

 

 

 

「……テメェ、なに勝手なことを……ッ!」

「いいだろぉ?その方が集中できるってもんだろうがよ」

 

 小さく光る破片がはらはらと舞う中で投げ捨てられる通信機。それを行ったのは、ネフシュタンを纏ったクリスの方だ。つまり……

 

「わざわざ声真似してまでタイマン望んでくるたぁな……!」

「真似じゃねぇよ。アタシは、”雪音クリス”なんだぜぇ?」

「ちょっせぇことをッ!!」

 

 舐めるような言葉に、イチイバルのクリスが怒りと共に腰部装甲を展開、格納してある追尾式小型ミサイルを斉射する【CUT IN CUT OUT】を放つ。

 それを鞭で薙ぎ払い直撃前に爆破させるネフシュタンのクリス。だがその爆煙ごと撃ち抜くように、アームドギアをガトリング砲に変えて放つBILLION MAIDENでさらに追撃した。

 斉射を終えて息を切らしながら煙の向こうを見る。

 やがて煙が晴れるや否や、紫水晶の鞭が薄くなった煙を貫きイチイバルのクリスに襲い掛かった。慮外の強襲に反応しきれずに思わずガードの姿勢をとるが、その鞭はクリスの周囲を回り、そのまま拘束した。

 

「ぐぅッ!?」

「そぉぅらよぉッ!!」

「クリスッ!!」

 

 持ち上げられ、そのまま地面に叩きつけられるイチイバルのクリス。

 助けにと駆け寄ろうとする猛だったが、そこに向かってもう一対の鞭が伸びて猛の足元を抉った。

 

「慌てなさんな。センセイ様にはこっちの利かん坊どもをご指導お願いしますかねぇ」

 

 そう言ってネフシュタンのクリスの隣から出現する2体の異形。それは秋桜祭の時に遭遇したバグバズンブルードだった。

 突進してくるバグバズンブルードたちに向かい構える猛。対処と迎撃自体はそこまで難しくはないのだが、此方に手を取られてしまう以上クリスへの救援は困難なものになってしまう。

 不測の事態ではあるものの、他の救援も期待できない以上自分がやるしかない。そう心に決めて、ジャケットを投げ捨てて立ち向かっていった。

 

「センセイッ!!」

「おいおい何を焦ってんだぁ?”アタシ”の大ッ嫌いな大人を、”アタシ”に代わってブッ殺してやろうってんじゃねぇか。喜んでもらいてぇもんだ」

「…ッざけたことを…!アタシはもう、そんな――」

「逆上せ上るな人気者ォッ!誰も彼もに構われるようになったからって、”アタシ”の本質がそう簡単に変わるわきゃねぇだろうがッ!」

 

 浴びせられた言葉に、頭へ巡り上っていた血がざあっと引いていく感じがした。

 本質。生まれ持った固定概念。雪音クリスの身に授けられたソレは――

 

「パパとママに手を引かれ!フィーネに手を引かれ!仲間と言ってくれた連中にも手を引かれ!挙句の果てには遺された夢にまで手を引かれてッ!!

 繋がれ引かれたその手をブチ壊しながら、”アタシ”は色んな人の手を渡り歩いてきたんだろッ!?」

「やめろ……」

「なぁにが”世界は残酷”だァ?その残酷を手繰り寄せてんのは、他でもない”アタシ”自身だッ!

 家族も友達も夢も未来も…”アタシ”の手に触れたものは全部、壊れていくんだッ!」

「やめ、ろ……」

「あの怪獣だってそうだ。気に入らないモノ、理解らないモノ…そいつをブッ壊したいって”アタシ”の願望が!マイナスエネルギーが生み出したもんだッ!

 それと戦ってんのは?そうさ、何度突き放しても擦り寄ってくるあのバカさッ!!」

「や、め…ろ……」

「目ン玉かっぽじってよぉく見やがれ!”アタシ”の本質は、何処まで行っても【破滅の愛玩人形】そのものなんだってなぁッ!!」

 

 バグバズンブルードたちに両方向から攻められるも、それを捌いては反撃していく猛。そこに対し、ネフシュタンのクリスが狙いを定めて空いた鞭を大きく回転させる。

 やがて鞭の先にモノクロの雷を伴う高エネルギーが形成され、膨れ上がっていった。

 

「……や、め――」

「今更おっせぇッ!!!」

 

 静止など聞く耳を持たず、ネフシュタンが生み出したエネルギー光球を打ち付ける主力技の【NIRVANA GEDON】を発射した。

 

 

 

 

 一方ホーとの戦いを続けていたガイアは、マウントポジションからの硫酸の涙に苦戦を強いられていた。

 なんとか両腕でカバーしながら躱すように首を左右へずらしていくが、同時に叩き付けられるホーの攻撃を打開できずにいた。

 その間も移動本部の通信は受信できており、クリスが不可解な敵――ネフシュタンを纏うクリスと戦っているということは知っている。

 響にとってネフシュタンを纏うクリスは、自分がこのシンフォギアの力で初めて相対し、想いをぶつけ合った相手。それが今は信頼する仲間であるクリスを襲い戦っている。考えるだけで思考が混線し、頭がパンクしそうだった。

 

(クリスちゃんを助けに行かないと…。でも……!)

 

 止まぬホーの攻撃を受け続け、やがてライフゲージが点滅を始める。戦闘継続時間の減少に焦りばかりが募ってしまう。

 その時彼女の耳に、覚えのある強い声が響いた。

 

「大丈夫だ響!安心しろ!」

(北斗、さん…!?)

「クリスのことは心配しなくていい!お前は目の前の怪獣をどうにかするんだ!それとも、俺の手助けが必要か!?」

(……いいえ、大丈夫ですッ!!)

 

 何処か挑発めいた星司の言葉だったが、彼がそう言うのであれば大丈夫だ。それを信じて、力を振り絞るガイア。

 硫酸の涙のダメージに耐えながら腕で突き飛ばし、体勢を崩したところへ両足で全力で蹴り飛ばし、立ち上がった。

 逆に転ばされてしまうホー。忌々しそうに立ち上がるが、その時既にガイアは次の動作を行っていた。

 

「オオオオオ…デャァアアアアアッ!!」

 

 縦に構えた左腕に右腕を打ち付け、光熱のエネルギーを高める。そのまま上に円を描くように回し、右腕が縦画のL字になるよう構えを作った。

 ホーが立ち上がりこちらを向くと同時に放たれる赤き熱線…クァンタム・ストリームがホーへ直撃した。

 熱線で焼かれるホーは悶えるように腕を振っていたが、突如爆ぜるように霧散して消えた。

 急に失った手ごたえに、思わず周囲に目をやるガイア。だがそれ以上は、なにも起きなかった。

 

(……倒した……?)

 

 違和感を感じながら自らも光と消えるガイア。

 その光が落ち着いたところに、響が疲労を隠せずにへたり込んでしまっていた。

 

「おぉい、大丈夫か響!」

「…あ、北斗さん…!」

 

 彼女の元へすぐに駆け寄ってきた北斗星司。彼に対しなんとか笑顔で手を振り返し、力を入れて立ち上がった。

 

「すいません、気を使わせちゃったみたいで……」

「気にするな、仲間じゃないか」

「えへへ…ありがとうございます。でも、クリスちゃんは――」

 

 問うた途端に起きる爆発音。伴う黒煙はリディアンの方から立ち上ってきた。

 

「あれは!?北斗さんまさか!」

「……いや、大丈夫だ」

 

 確信と共に言う星司。”彼だけ”がこの場に居るという理由を、戦闘後の響には一瞬考えが至らなかった。

 

 

 

 バグバズンブルードたち諸共、猛に向かって放たれたエネルギー光球が着弾。爆発と共に轟音が鳴り響く。

 唖然とした表情で黒煙を見つめるクリスだったが、すぐにその黒煙が渦を巻きながらかき消される。そこには二枚の回転する円形の物体が存在していた。

 

「盾ッ!?」

「――なんと、ノコギリ…!」

「ついでに鎌も貰っとくデェースッ!!」

 

 回転する円形の盾…否、鋸。それは調のアームドギアであるシュルシャガナの緋刃。それを足場にして蹴り出し、一つの影が飛来した。

 空中から突進しネフシュタンのクリスに…正確にはイチイバルのクリスを締め付けている鞭目掛けて大鎌を振り抜く闖入者。翠刃携えるアームドギアを持つ切歌だった。

 二人は北斗の指示を受け、クリスの救援にいち早く走っていたのだ。

 意表を突き、加えて大振りの一撃にネフシュタンの鞭が砕け切られる。すぐに横たわるクリスを抱え、肩のバーニアを用いて即座に撤収する。

 

「チィッ!!」

「させないッ!!」

 

 回復させる前に生き残ったもう片方の鞭で切歌を狙うネフシュタンだったが、α式・百輪廻を放った調によって自らの攻撃を遮らせる。

 その僅かな隙に調と、彼女によって直撃を免れていた猛の元にクリスを抱えた切歌が帰還した。

 

「なぁーるほど、形勢逆転…ってか」

「…なんだかぜんぜん分からないことだらけデスが、お前なんかがクリスセンパイを語るなデスッ!」

「先輩はいつも、先輩として私たちを助けてくれてる…!不器用だけどとても優しい…それが、私たちの大好きなクリス先輩…!!」

「――クッ……ハハハハハッ!!!

 良かったなぁ、嬉しいよなぁ”アタシ”!!こんなにも好いてくれる連中に囲まれて…こんなにも、甘っちょろい世界に浸からせてもらえてッ!!」

 

 狂うように嗤いながらネフシュタンのクリスが叫び散らす。まるでそれは、道化のように。

 一頻り嗤った後に、街の外に目を向ける。飛び散った霧が、ホーの消えた後だということもすぐに理解した。

 

「……あぁ、あっちも終わっちまったな。まぁいいや…今日はこれで退いてやらぁ」

「逃げる気デスか!?」

「嫌われ者に居場所なんざねぇだろ?人気者はせいぜい仲良しこよしで慰められてろよ。ハハハハハッ!!」

 

 嗤いながら何処へと飛び立つネフシュタンのクリス。静寂の戻った中で、装者たちはそれぞれシンフォギアを解除する。

 途端に力を失い倒れ込みそうになるクリスを、慌てて切歌が支えて調もその手助けに入った。

 

「クリス先輩!」

「大丈夫デスか!?」

 

 クリスからの返事はない。肩を貸しているから呼吸で身体が上下しているのは理解るのだが、覗き込んだ眼は虚ろなままだった。

 

「先生、どうしよう…!」

「…大丈夫。クリスも、少し疲れただけだ。しばらく休めば、すぐに良くなる」

 

 ゆっくりと立ちながら、優しい声で調と切歌に歩み寄る猛。その身体は二人が思った以上に傷だらけだった。

 

「先生!?そっちもヒドい怪我じゃないデスか!」

「まさか、あの時の傷がまだ……!」

「完治、と言うわけにはいかなかったね…。それでもほとんど回復はしていたから、大丈夫さ…」

 

 強がるも膝に手を当てて大きく息を切らす姿は控えめに見ても大丈夫とは言い難い。それは誰がどう見ても明らかだった。

 

「冗談は授業中だけにしてほしいデス!ああぁ、どうしよう調ぇ…!」

「…幸いここは学校だから、保健室に行こう切ちゃん。星司おじさんも響さんと一緒のはずだから、呼べばすぐ来てくれるはず」

「分かったデス!ほら先生も行くデスよ!」

 

 小さく微笑みながら彼女らの後を追う猛。その小さな二つの背中は、初めて見た時よりもずっと大きく見えていた。

 

 

 

 

 

 ――視界に映ったものは、世界を燃え上がらせる火。

 営みを破し、平和を滅ぼす鉄と炎の矢。

 瓦礫に囲まれた中で自分の手を見ると、それは血糊で赤黒く塗り潰されていた。

 見回す其処彼処には自分が大切だと思っていた者たちの亡骸。自分と手を繋いでくれた者たちの残骸。

 足元に広がっていたのは、まるで赤子を抱くかのように包んでくれる血の大河。

 

 ――忘失れるわけがない。世界は、こんなにも優しくて温かくて、そして残酷なのだ。

 

 そんな世界で得られるものがあった。

 そんな世界を好きになれていた。

 それが嬉しくて、嬉しくて、手放したくなくて……

 

 ……でも、みんなは此処から先に行ってしまう。

 自分の意思で。自分の意志で。

 なのに、”自分”は行けない。

 好きになった世界が、余りにも好きで、好きで、好き過ぎて。

 其処から外に出るのが、怖くて、怖くて、怖過ぎて。

 

 ……だからこの心地よい安寧と温もりに包まれて、遠くの星を眺めながら、このまま――

 

 

 

「――……クリス」

 

 

 

 星から聞こえた優しい声で、目を覚ました。

 

「……ここは……」

「リディアンの保健室だ。気分はどうだい?」

 

 ゆっくり上体を起こし、声を方を向く。

 薄暗い保健室の中。自分が寝ていたベッドの隣には、矢的猛が座っていた。

 いつもの優しい笑顔で、いつものように温かく迎え入れてくれた。

 思わず顔を突っ伏し、彼と目を合わせないようにする。

 頭の中がグチャグチャで、今この人の顔を見たくはなかった。言葉すら、出せなかった。

 

 返答なき静寂をしばらく重ねたところで、猛がそっと声を出した。

 

「……まず、私が謝らなければならないな。すまない、クリス」

 

 無言で返す。彼の言っている意味が、理解できなかった。ただ猛は一泊の間をおいてまた話し出す。

 

「君の身にマイナスエネルギーが収束している事を、私は気付けなかった。私が君と上手く繋がることが出来なかったから、結果君の身にも危険を負わせてしまった。…本当に、すまないと思っている」

 

 違う。心を固くしたのは自分が悪いんだ。

 光の中に消えゆく彼の姿を見て、その戦う理由を聞いて…勝手に両親を思い浮かべてしまい、勝手に恐怖したのだ。

 それが理由。だから先生は悪くない。悪いのは全部自分の弱さなんだ。

 ……そう言おうとしても、クリスの口は固まったように動かなかった。まるで自分自身の、心のように。

 

 時間だけが過ぎゆく静寂。幾ばくかの時間の後に、再度口を開いたのはやはり猛だった。

 

「……話をしよう。進路指導の続きだ」

 

 少し大きめの深呼吸をし、またゆっくりと言葉を紡ぎだす。

 

「クリス、あの時君はこう言ってたね。

 『自分の問題は自分で解決する。なんでも出来る者に、自分の気持ちは理解らない』、と。

 …確かにそうだ。自分の問題は自分で解決するのが一番早い。その方が、誰かの手を煩わせることもないからな。

 それに、出来る者は出来ない者の気持ちが理解らない…。うん、それもまた確かだと思う。他者の心情を理解するという事はあまりにも困難だ。

 ……私も、この長すぎる生涯を賭したとしても、誰かの心情を理解するなんてことには至らないだろうからな」

 

 猛の言葉に、ようやくクリスがゆっくりと顔を上げる。その虚ろな瞳は、遠くを見ている彼の顔を映し出していた。

 数刻ぶりに目を合わせる事が出来、猛は少し嬉しそうに笑った。

 

「クリス、私はね。君が思っているよりも、ずっとずうっと…なんにも出来ないんだよ」

 

 それは何処か、遠くへ向けて語り掛けているような気がした。そんな先生の言葉が続いていく。

 

「……もう、どれぐらい前になるだろうかな。私は兼ねてより研究を続けていたマイナスエネルギーの調査のため、地球という星に降り立った。

 そこで人間たちと触れ合ううちに、人間の持つ限りない可能性を感じたんだ。喜び、慈しみ…そんな想いが生み出す、無限のエネルギー…。

 だが、人間はその可能性を間違った方向にも向けかねないと言うことも理解った。怒り、憎しみ、嘆き悲しみ…その事によって生まれるのが、マイナスエネルギー」

 

 クリスは思う。自らの運命が狂った日のことを。

 南米紛争地帯バルベルデ。数多の憎悪と憤怒と悲哀が生まれ続けたあの場所は、正しくマイナスエネルギーの集積地。あの場所そのものが、一体の”怪獣”だったのかもしれないと。

 

「私は調査と研究を続けていく中で、ある一つの仮説を生み出した。”教育”という見地から、マイナスエネルギーの発生を抑えられるのではないかとね。

 そして私は勉強を重ね、中学校の教師となった。だが……」

 

 猛の表情が僅かに曇る。それは、今もなお残る未練の顔だ。

 

「……だが私は、マイナスエネルギーの発生を止める事が出来なかった。

 次々と襲い来る怪獣や侵略宇宙人に立ち向かうため、私は教師である事を捨てねばならなくなった。防衛隊の隊員として…そして、ウルトラマンとして人々を守護るために…。

 …戦いの中で、私はまた認識を改めざるを得なくなった。マイナスエネルギーの発生を抑制するためには、人類が正しく強くならねばならないと。

 だが地球人類すべての意識を変えるなど、私には到底できないことだ。だがせめて…人間たちが、私たちウルトラマンの力を借りずにマイナスエネルギーの生み出す怪獣を倒せるぐらいには強くなって欲しいと願った。

 ――そして、その時はやってきた。

 こちらでのゴルゴダ星でエース兄さんたちと戦った、冷凍怪獣マーゴドン。アレが地球に出現したんだ。激戦を続けてきた私の身体は既に満身創痍。おそらく、あの時マーゴドンと戦っていたら命を落としただろうな。

 だがそれを、防衛隊の隊長が静止してくれた。そして言ってくれたんだ。『地球はやはり、地球人の手で守らねばならん』とね。

 私も共に戦いたかった。たとえ命を捨ててでも。…だが彼らの想いはそれ以上に硬く、私はただ彼らを見守っていた。

 そして、彼らは私の目の前で、あのマーゴドンを倒したのだ」

 

 そこで一息吐いて、コップに注がれた水を少しばかり飲む。彼の話は続いていく。

 

「…そして私は、平和を勝ち取った地球を去り、光の国へ帰還した。だが、私にはどうしても心残りがあった。……教師としての私の、生徒たちだ。

 人類が平和を掴み取った以上、ウルトラマンと言えど勝手な介入は許されるものではない。それに光の国は、満身創痍の私に傷を癒すための休養を与えてきた。快復したら今度はすぐに、宇宙警備隊…ウルトラ兄弟の末席に私を加えていった。

 周囲はみんな口を揃えて言ったよ。最高の栄誉だ、新たなウルトラ兄弟に栄光あれ…と。

 だが、私にはそうは思えなかった。私は何も成してはいない。ウルトラマンとして地球と人間たちを守護れたかもしれない。しかし教師として…私は、最もやってはいけないことをしてしまったのだ。

 どんな理由があろうとも、私は生徒たちを捨ててしまったのだから…」

 

 いつしかクリスは、猛の話をただただ聞き入っていた。自らと一体化を許した彼が、初めて見せた自身の”内面”なのだから。

 

「……時は過ぎ、地球には新しいウルトラマンであるメビウスが派遣された。

 彼の戦いの中で、地球に再びマイナスエネルギーが発生する可能性があることを私は知り、調査のために再度地球へ訪れた。

 最初は地球近海で調査し、後のことは義弟…メビウスにすべて任せるつもりだった。だがその途中で円盤生物と遭遇して、私は地球に降り立ち戦い、撃破した。

 そして後日、調査していたマイナスエネルギーが私の赴任していた学校から発生し、怪獣が出現。それを私が倒した。

 …そこで再会したんだ。私が捨てたはずの、私の生徒たちと」

 

 猛は思い返す。決して忘れ得ぬ日のことを。

 桜ヶ丘中学で得た、多くの思い出を。

 

「正直なところ、私は怖かったんだ。

 急に現れては急に消え…きっと彼らは、私のことなんか忘れているだろう。私がどれだけ生徒たちを想っても、あの子たちにとって私は僅かな過ごした一教師に過ぎないのだろうとね…。

 だが、本当は違った。あの子たちは私を思い出の中に確かに仕舞い込み、ずっと抱いていてくれた。

 大人になっても、まるであの時のように…私のことを呼んでくれた。思い出をありがとうと、言ってくれたんだ」

 

 

『あれは…!』

『ウルトラマン!』

『80!!』

『俺たちの!』

『ウルトラマンだ!!』

『矢的先生……矢的先生ーーーッ!!!』

 

 

「……私はそこで、生徒たちに教えられた。

 感謝しているのは私の方だ。短い時間に過ぎなかったが、私があの子たちと過ごした時間はかけがえのない思い出だったんだ、とね」

 

 そこまで言い終えて、改めてクリスに向かい合う。

 

「私が今も教師でいられるのは、あの子たちとの思い出があるおかげだ。

 出会い、別れ、喜び、悲しみ…いつか思い出に変わるそれが、私を強くしてくれた。そして今は、その事を他の生徒たちに伝えていこうと思った。それが、私の未来(ゆめ)となった。

 だから私は、今でも宇宙警備隊と教師を併せ勤めているんだ。地球に初めて、訪れた時のようにね」

 

 長めの深呼吸をしながら腕を伸ばす猛。クリスに向けた彼の顔は、とても晴れやかだった。

 

「長い話になってしまったね。聴いてくれてありがとう。

 話した通り…私には、こんなにも出来ない事だらけだった。いや、それは今でもそうだな。

 今回の戦いでも、私はエース兄さんやゼロがいなければ危ない時が何度もあった。そして何より、君がいなければ私はこんなにも力を出すことなど出来なかっただろう。

 クリス、君が私の手を取ってくれたからだ」

 

 そっとクリスの手を握る猛。その温もりは、まるで彼の笑顔のように優しく温かかった。

 

「私がうるさく言ってしまっていたならば、それは私の失敗だ。すまないと思う。

 私はただ、クリスの為に自分がやれることをやりたかった。それが君にとって重荷になっていたのかもしれないが…私は、そういう事にもまだ気付けない。一体化しているから理解るなんてこともないんだ。

 だから教えてほしい。クリス自身の考えを…想いを」

 

 猛の言葉、考え、想い。その全てを聴いて、少しずつクリスがその手に力を入れ始めていた。

 優しく握ってくれているその手に応えるために、小さく震えながらも握り返そうとしていた。

 声を出したいと強く思い、やがて発した。

 

「……いい、のか……?」

 

 小さく震えながら、それしか出せなかった。だがそんな声でも、猛は嬉しそうな笑顔のまま頷いた。

 彼のその笑顔に、破顔した。

 俯き嗚咽を漏らし、溢れ出る涙を零しながら、クリスが言葉を絞りだし始めた。

 

「………アタシ……怖いんだ……。

 ……居場所が…また、無くなると、思うと……もうここに……来れないと、おもうと……」

「…そうか」

「…わかってるんだ…。いつまでも、同じところには居られない……。わかって、いるのに……!」

「そうだな。クリスは、冷たい世界も温かい世界も、どっちも知っているから…理解っているから、恐れ戸惑うんだな。自分の進んだ先が、いつ冷たい世界になるやもしれないから。

 悩み迷うことは悪いことじゃない。時間が許す限り、いくらでも悩んで悩んで、答えを見つければ良いと、私も思う。

 だけど、肝心の時間がもうそれを許してくれなくなった…。迫る刻限に、辿り着かぬ答えに…投げ出そうにも投げ出せなくて、結果そこに立ち尽くすしかなくなって……。

 それでも周りはどんどん進んでいって、自分だけ置いて行かれるのが怖くなって……」

 

 嗚咽を漏らし続けるクリスの頭を、優しく撫でる猛。それは彼の考える”教師”としての、一番近いスキンシップだった。

 

「……せんせい……あたし、どうすればいいのかなぁ……?」

「…そう、だなぁ…。…クリス、君に夢はあるかい?」

「……夢……なんで……?」

「夢は、常に自分の未来にあるものだ。一番近くにあって、それでいて一番遠い目標…それが夢。

 私の夢は、さっきも言ったように…思い出が、未来(ゆめ)へ向かって進む力になるという事を伝え継ぐことだ。

 クリス、君に夢があるのなら、まずはそこに向かって歩いて行けばいい。たくさん悩んで、たくさん転んで、たくさん泣いて…その涙の味を胸に、何度でも一歩踏み出せばいいんだ。

 …その踏み出す一歩は、とても怖いものだ。だけど大丈夫。それは、みんな同じなんだ。君の友人達、翼、響、未来、調、切歌、マリア…風鳴司令や緒川くんたち…エース兄さんやゼロも。

 ――…私だってそうだった。みんな心の中に辛いことを持っている。だからみんな知っているんだ。自分の流した、涙の味を」

 

 撫でられながら、ゆっくりと上を向く。涙で濡れたその目には、いつもと何も変わらない優しい笑顔が映っていた。

 

「安心していいよクリス。君は、決して一人じゃない。一人にはならない。

 もしも君の本質が、本当に【破滅】だとしても、怖がらなくていい。君の傍には、何があろうともその手を繋ぐみんながいる。…そして、私がいる。

 ――だから、涙をお拭き。君は、弱くはないはずだ」

 

 胸中に広がる温もり。思い返されるは差し伸べてくれたたくさんの掌。明るい色彩の如き笑顔。

 出会いと別れ、喜びと悲しみが積み重なった思い出の数々。

 怖い夢の中で見た輝く遠くの星は、――あれは、自分の抱いていた夢。

『歌で争いを無くす』…あまりにも荒唐無稽な夢物語。だがそれを信じて進み、命を散らした両親。

 

 二人はきっと、誰よりも自分や世界を愛していたんだ。だから最期の最後まで、夢へ向かって生き抜いた。

 二人はきっと、何よりも強く勇気を抱いていたんだ。だから荒唐無稽な夢物語も、叶うと信じて負けなう心で進んだんだ。

 今の居場所があまりにも温かくて、つい忘れてしまっていた夢を追う両親の背中。

 それを、”遠くの星”から来たこの人が、教えてくれたんだ――

 

 この優しい笑顔に抱き着いて泣き喚きたくなった。

 それをギュッと抑えて、握りしめた手に額を預けてただ嗚咽と涙を流す。

 言ってくれたのだ。『君は弱くはないはずだ』と。

 ”弱い自分”を受け止めてくれるのは、友達や先輩たちがいる。だけど先生は、”強い自分”を探し出してその背を押してくれた。

 だからこの涙は、ただの嬉し涙なんだ。

 

 

 

 その時、グラウンドの方から破壊音が轟いてきた。

 思わず窓越しにグラウンドを見る猛。そこには放課後に遭遇したものとは違う、異様な空気を身に纏ったネフシュタンのクリスが佇んでいた。

 

「忌々しい…忌々しくて反吐が出るッ!!!

 何が夢だ…何が愛だ、勇気だッ!!そんなモンで世界が変わるかよ…!”アタシ”が、変わるわきゃねぇだろぉがよォおおおおおッ!!!」

 

 紫水晶の刃鞭を振り回し、そこらをただ壊し暴れるネフシュタンのクリス。その姿を見て、止めるべく猛はまた立ち上がる。

 そこで、握らせていた手に強い力が込められている事に気付いた。

 

「クリス……」

「……アタシが行く。行かせてほしい。

 アイツは”アタシ”…。あったかいものに出会えず、力だけを信じて、それこそが遺された夢の道だと思い込んでいた”アタシ”なんだ。だから……」

「……そうか。ならばなおのこと、私も共に行かないとな」

 

 猛の顔を見上げるクリス。力強い彼の顔は、それに負けないぐらい力強く答えた。

 

「あの子が同じクリスだと言うならば、彼女もまた私の生徒だ。

 私は、生徒たちに思い出と共に強くなり、未来(ゆめ)へと進んでもらうことを知ってもらいたい。だがその進む路が間違っていた時…それを正すのも、教師である私の勤めだ。

 あのクリスが路を間違えた結果なのだとしたら、それを正す事こそが、私の役目なんだッ!」

 

 ――嬉しかった。

 傍に居てこの手を握ってくれる仲間や友達でもなく、

 災厄からその身を賭して守護ってくれる大人でもなく、

 こんなにも心を燃やして路を教え導いてくれる師と出会えたことが。

 

 だから……まずはここから、一歩踏み出さなきゃ。

 

 猛の手を握り、力を入れて起き上がる。

 目は赤く腫れぼったくなっていたが、流した涙が心を洗い流したのか、今はとても晴れやかな笑顔だった。

 

「……行こう、センセイ!」

「ああ、生徒指導の時間だ!」

 

 

 

 

 グラウンド…ネフシュタンのクリスが暴れる其処に立つクリスと猛。その姿を捉え、ネフシュタンのクリスが嬉しそうに口角を上げ歪めた。

 

「待ってたぜ…遅ぇんだよ来るのが…!そんなに目ぇ赤く腫らして、餓鬼みたいにワンワン泣いてたかぁ?」

「……ああ。おかげでだいぶとスッキリさせてもらったよ」

 

 晴れやかな笑顔で答えるクリスに、ネフシュタンのクリスがまた腹立たしそうに歯軋りする。ただただ形相を怒りに変え、吠えるように叫び散らした。

 

「なんでそんなツラしてやがんだッ!!もっと怒れ!憎め!哀しめ!哭け!”アタシ”なんかに、陽の射す世界は似合わねぇんだよッ!!」

「いいじゃないか。似合わないからって、そこに居たら駄目だなんて事は何もない。

 どんなに不格好でも、不器用でも、胸を張って堂々と…陽の下で生きるのは、誰しもが平等だ」

「”アタシ”からすべてを奪った大人が、”平等”なんか口にするなッ!!パパとママの死が平等の元に有るってんなら、アタシは世界の全てに死をくれてやるッ!!!」

「確かにそれも平等かもしれねぇ…。アタシの想いが生んだんだもんな、そう考える時もあるさ。

 …でも、パパとママは誰かを憎むことはなかった。アタシを愛してくれて…世界中の人にも幸せになってほしくて、勇気を持って進んだんだ」

「だからアタシを否定するのか!”アタシ”の想いそのものであるアタシをッ!!」

「違うッ!お前が”アタシ”なら理解るはずだ!パパとママとの想い出も、手を繋いでくれたアイツらの温もりも、アタシを守護ってくれた人たちの強さも……。

 それを理解らせてくれた、センセイの優しさもッ!!」

「黙れ黙れだぁまれえええええええッッ!!!」

 

 咆哮と共にネフシュタンのクリスから瘴気が溢れ出す。吹き上がるマイナスエネルギーは掲げた手の中で短剣型のオブジェを形成、固形化した。

 

「ダミーダークスパーク…!やはり、翼が遭遇した闇と同質のモノか…ッ!」

「――クソが…クソッたれが…!アタシを裏切る光なんかいらない…。こんな世界、全部ブッ潰して闇に変えてやるッ!!!」

 《ダークライブ―ダークファウスト―》

 

 胸元のヘキサゴンマークに突き立てられたダークダミースパークが声を上げ、同時に闇が立ち上る。

 まるで哭き声のような呻きを上げて、ネフシュタンのクリスが漆黒の眼を持つ赤と黒のツートンカラーを持つ闇の巨人…ダークファウストへと姿を変えた。

 そのまま更に左手を挙げて大きく声を上げた。

 

『この身を鎧えッ!!ネフシュタンッ!!!』

 

 声とともに灰銀の鎧がダークファウストの身に装着されていく。それはまるで、先だって翼が過去の世界で戦った”ガングニールを纏ったウルトラマンベリアル”と相応するものだ。

 

「アイツが…”アタシ”がダークファウストだったのかよ…ッ!だからあの時、センセイを狙って…!!」

「なるほど…言ってくれれば話も出来たのにな。まったく、素直じゃないよ君は」

「そ、そういうこと言うなよッ!」

 

 いつ以来だろうか、こうして猛と冗談交じりの軽口を言ったのは。

 ほんの少し前かもしれないが、クリスにとってはだいぶ前のようにも感じていた。だが、またこうして言い合えた。

 そんな小さな喜びを胸に、瘴気を滾らせるダークファウストを前にクリスがまた口を開く。

 

「…ちょっと前にもこんな事あったんだ。キャロル・マールス・ディーンハイム…アイツはアタシとよく似てた。もしかしたら、アタシもあんな風になってたのかもしれない。

 ――だけど、アタシは救ってもらえた。手を差し伸べてくれて、握ってくれて、守護ってくれて…。だからアタシも、キャロルを救いたかった。

 ……でも、結局”アタシ”一人じゃなんにも出来なかった…。立ち塞がる敵を焼いて壊して砕いて消して――。

 …こんなんじゃパパとママの夢を継ぐなんて、それこそ夢のまた夢かもしれねぇな」

 

 ほんの少し弱気な声を出すクリス。彼女のその肩を、猛が優しく叩いた。

 

「一度くらい、自分の夢をちゃんと口に出しても良いんじゃないか?もちろん、声に出したところで夢が叶うわけでもない。だけど、想っているだけでは届かない。

 クリスが自分の夢に向かって一所懸命を賭すと言うのなら、ちゃんと”自分”にその意志を表明したほうが良いと思う」

「――ばっ、……そ、そんなの……」

「大丈夫。この場には”君”と私しか居ない。通信機も、ちゃんと切ってあるしね」

 

 周到なことだと少し呆れるクリス。だが、彼は言った通りに守護ってくれているのだ。

『心情に関わるところは、守ってみせる』との言葉通りに。

 あまりにも真っ直ぐすぎる。だけど、だからこそ……

 

 ――憧れるんだ。

 

「……聴きやがれッ!!アタシは、パパとママの夢を継ぐ!怒りも哀しみも、喜びや楽しさと一緒に全部抱き込んで!

 アタシはッ!!『歌でこの世界から争いを無くす』んだッ!!!」

 

 クリスの口から初めて聞けたその言葉に、猛はただ喜びと共に彼女の隣へと立つ。

 いつしか自然と、二人の動きは重なり合っていた。

 右左の順で正拳を突き出し、左の時に腰の後ろに右手を回して其処に仕舞っていた物を握る。

 それは二人が共に或ることを証明するもの…光と共に力を解き放つブライトスティック。それを天に掲げ、同時にスイッチを押し叫んだ。

 

「『――エイティッ!!!』」

 

 闇夜を照らす輝きが解き放たれ、それと共に雪音クリスと矢的猛の肉体が光と化して融合…その身を光の巨人、ウルトラマン80へと変化させた。

 

 

 

 じりじりと相対する80とダークファウスト。やがて何方からともなく駆け出し、巨人同士が互いにぶつかり合う。

 ダークファウストの拳を捉えては受け流しつつ、確実にその身体へ反撃していく80。だがダークファウストの纏うネフシュタンの鎧は、80のあらゆる攻撃を吸収するかのように弾き遮っていった。

 そして反撃とばかりに合間を縫って繰り出される攻撃は以前会敵した時よりも更に暴力性を増しており、巨大化した紫水晶の刃鞭の攻撃も鋭さを増幅させていた。

 

『言って理解らないから暴力たぁ、時代遅れもイイトコなんだよッ!!』

「体罰による指導は私の望むところではないが、守護るものの為ならばそれも止む無しだ!」

『結局はそうかよッ!!殴って弄って言うことを聞かせる…。やっぱりフィーネの言った通り、痛みこそが人の心を繋ぐ絆…それが真実かァッ!!』

『違ェッ!!痛みを伴っても…それでも伸ばして、握り繋がった手こそが絆だッ!!痛みがあるからこそ…涙の味を知るからこそ、もっとずっと強く握り合えるんだッ!それこそがッ!!』

『減らず口で綺麗事をォッ!!!だったらァッ!!』

 

 ダークファウストが右手を暗天に掲げると、リディアン近辺の地面を突き破り巨大な姿を出現させた。

 甲虫のような甲殻を持ちながら、二足で立ち歩くその姿は怪獣そのもの。頚部から節足のような触手が鋭く伸び、両腕は巨大な鎌状の爪と化している。

 眼球の存在しない小さな頭部からは口が裂けるように開き、その怪獣…バグバズングローラーは甲高い鳴き声をあげた。

 

『アイツは…!』

「バグバズンの親玉とでも言うのか…!」

『そんなに痛みが欲しけりゃくれてやる!”アタシ”の大事なこの学校、ぶち壊してやらぁッ!!』

 

 鳴き声を上げながらリディアンに向かって突進するバグバズングローラー。すぐそれを遮りに行こうとする80だったが、ダークファウストに羽交い絞めにされて動きが取れなくなった。

 通信機の電源を切ったのが仇になってしまったとつい後悔してしまう。見守るしか出来ない中で、バグバズングローラーがその鎌状の腕を振り下ろす、まさにその瞬間。

 黒い霧が収束して肉体を形成し、バグバズングローラーを押し返した。そこに立っていたのは、リディアンを守護るように大きくその手を広げたホーだった。

 

『アレは、昼間に出て来たあの怪獣…』

「ホーが、リディアンを守護ったのか…!」

『――……ッッ!!!ざっっけんなァッ!!やれぇバグバズングローラーッ!!!』

 

 ダークファウストの命に従い、ホーに襲い掛かるバグバズングローラー。口からの怪光線で応戦するホーだったが、バグバズングローラーの強固な体表殻にはそこまでの有効打にはならなかった。

 なんとか格闘戦で迎え撃とうとするものの、その力はバグバズングローラーより劣っていたのか一撃のたびに追い込まれていった。

 そしてバグバズングローラーの鎌状の腕がホーの胴体を切り裂き、その傷口に食らいついた。

 

『ああっ…!!』

『そうだ、やれッ!どうせそいつもマイナスエネルギーが生み出した怪獣だ、かッ喰らえッ!!』

 

 立ったままのホーを貪るように食らうバグバズングローラー。マイナスエネルギーが生み出した怪獣だからか、その傷口からは瘴気が立ち上るだけで体液などが漏れ出すことはない。

 だがホーの眼からは硫酸の涙が零れ落ち、まるで痛苦に泣いているようでもあった。

 しかしバグバズングローラーの身体を押さえつけて落とされる涙は、その強固な甲殻を溶かすように…一矢報いようと振り絞る最期の力にも見えた。

 そして一瞬ウルトラマン80を…矢的猛と雪音クリスの方を向いたホーは、小さく笑ったように見えた。

 ホーに向かって手を伸ばす80。だがその直後、肉体全てをバグバズングローラーに啜り喰われたホーが、今度は確実に、その身体を消滅させた。

 

『――は、はははッ!!どうだ、食ってやった!アタシの勝ちだあああァッ!!!』

 

 一筋の涙を零し、怒りに歯を軋ませるクリス。その肩を優しく抱くように、猛の声が聞こえてくる。

 

「……あの怪獣は、ホーはクリスのマイナスエネルギーから生まれた。

 学校から離れたくない、卒業したくない、ずっとここに居たい…そんな想いが生んだのだろう。

 だがクリスは、其処から一歩踏み出す勇気を持った。ホーもきっと、それに応え変わったんだ。

 クリスの持つ、学校を守護りたいという強い想いに――」

『……アタシの、想いに……』

「きっとそうだ。クリス自身の想いが学校の危機を救った。そしてクリス自身に託したんだ。

 君がたくさんの想い出を紡いだ場所を…――君自身の、未来(ゆめ)の始まりの場所を守護れとッ!」

 

 もう一度目を見開く。喰らうだけ喰らって満足気なバグバズングローラーの憎たらしい姿と、ほぼほぼ無傷なリディアン校舎。

 そうだ、もうこれ以上壊させるわけにはいかないのだ。

 自分のマイナスエネルギーがそうまでして守護り託したモノを、自分自身が何も出来ないなど――それを許しておけるなど、【雪音クリス】には出来やしないのだから。

 

『――ああ、そうだ…。センセイの言う通り…此処はアタシの未来(ゆめ)のスタートで、アタシがいつかまた帰ってくる場所…。そいつを壊されてたまるものかよッ!!!』

「だから共に守護りぬくんだッ!!私たちの、守護るべき場所をッ!!!」

 

 クリスの手が自然と胸のマイクユニットに伸びる。

 意識を超えて支配される確信。二人を真に結びつける魔剣の楔…それがマイナスエネルギーの象徴だとしても、この身に湧き上がる愛と勇気が、それを正しきへ転化させるのだから――。

 

「『ウルトラギアッ!!コンバインッ!!!』」

 

 言霊によって解放されたダインスレイフは、呪われた旋律を奏でイチイバルを強く激しく震わせる。

 三段階開放と共に楔と化したマイクユニットが、クリスの胸に突き立てられる。だがそこにあったのは彼女のものだけではない。

 それを覆うように広がるは、青き命を湛え輝ける赤と銀の姿。魔剣より発せられしフォニックゲインが、ダークファウストの拘束を弾き飛ばして爆裂した。

 

「『うううぅぅああああああああッ!!!!』」

『こ、こいつは……!』

 

 表面を流れる超強力量のフォニックゲインが、やがてウルトラマン80の肉体に合わせ纏い、固着される。

 腰部には円形に覆う装甲と左右下方に伸びる大型のスカートアーマーを。両の腕にクロスボウ型のアームドギアを模したガントレットを。肩部には二分割されたヘッドギアがそのまま装着され、頭部にもヘッドギア中央の装甲部が装着される。

 赤と銀の胸部を同じ色の、カラータイマーを中心に守護るべく羽根状のプロテクターが展開。輝きを纏ったままにバグバズングローラーの尾を掴み、ダークファウストへ投げ付ける。

 そして光が収束した其処に…ウルトラマン80、雪音クリス、そして第2号聖遺物イチイバル…その三位一体、真なるユナイトによって奇跡を鎧い纏った次なる光の巨人が誕生した。

 

 

「『――ウルトラマン80ッ!!!ウルトラギア、イチイバルッ!!!!』」

 

 

 

『馬鹿な…成功、させやがった…』

「『ハッ、私らが失敗するとでも思っていたのか?いいや、これはむしろ必然といってもいいッ!

 想いが真に重なったこの力は、笑顔たちを守護る新たな強さなんだッ!!』」

『そんなもの…そんなものは、全部全部全部全部全部ッ!この”アタシ”が否定してやるゥァァァァッ!!!』

 

 甲高い鳴き声をあげて襲い来るバグバズングローラー。それを盾にするように、上空から刃鞭を振りぬくダークファウスト。

 だがその両者を一瞥し、心象同化した二人は反射的に反撃の解答を導き出した。

 振り下ろされるバグバズングローラーの鎌爪をガントレットで受け止め弾き、空いたボディに肘打ちから三連続で蹴りを叩き込み押し出す。そして上空からの一撃を最小限の動きで回避し、両腕をカラータイマーを中心に指すように構える。

 手甲が広く展開され、そこから伸びる赤色の光の矢。両腕を上空に伸ばした時、展開された手甲からその矢が乱れ放たれた。

 一本一本が意思を持つかのように無規則な動きでダークファウストに伸び、その鎧に突き刺さっていった。

 

『ぐ、ぐうううう…ッ!!』

「『手は出させない。此処は、みんなの居場所だッ!!』」

 

 その声と共に80の胸から歌が奏でられ始める。

 クリスのその心中……【繋いだ手だけが紡ぐもの】が齎す、喜びや温もりへの感謝の歌だ。

 先ほど同様に両手を胸の前で向かい合わせ、そこから天頂へ掌を重ね仰ぎ踏ん張るように腰溜めへと移し力を込める。

 直後に背部のギアが展開し、クリスの得意技であるMEGA DETH FUGA同様にミサイルが――もちろんウルトラマンのサイズに巨大化したモノが出現。

 噴出孔からは炎でなく光を噴出しながら発射され、ダークファウストとバグバズングローラーの腹部を貫き彼方へと上昇していった。

 それを追うように飛び立つ80。自らの脳波でミサイルを誘導し、リディアン周辺を離れて害のない場所へと移動するためだ。

 数秒も経たないうちにその場所は見つかった。東京番外地…旧リディアン跡の指定封鎖地区。その直上に来たところで、80は両腕のクロスボウから光矢を放ちミサイルを空中で爆破。そのまま叩き落した。

 

『ぐうぅ…ナメ、やがってぇッ!!』

 

 瘴気と共にその身の傷を回復させるダークファウスト。それこそが身に纏うネフシュタンの鎧の特性でもある。

 宿主を侵食することで得られる無尽の生命力。かつてクリスは自らそれを身に纏いながら響や翼らと敵対し、フィーネにより完全な力を引き出され彼女ら装者を苦しめた代物だ。

 その力は、クリスのマイナスエネルギーから実体化したものも相応の力を持っていた。

 

「『改めて厄介な性能してやがる…。だが、鎧う全てを消し飛ばしても保っていられるかな?』」

『ぐおおおおおおッ!!!』

 

 回復の直後、バグバズングローラーと共に襲い掛かるダークファウスト。2対1の構図ではあるが、80はそれらを鋭く捌きながら指先から拳銃の如く光弾を発射して応戦する。

 銃技による立ち回りはクリスの得意分野であるが、同時に80こと猛自身の得意分野でもある格闘術にも応用されて益々磨きがかかっていた。

 二体の敵を弾き飛ばし、そこから跳ぶ80。背後に回ったその眼は、バグバズングローラーの強固な甲殻の中で、一部変化した部分を見つけていた。

 

「『なるほど、そこだぁッ!!』」

 

 捻りを加えて背後に回り跳ぶ80が、両足庭からクリスのイチイバルと同様の厚底を形成し、踏みつけるようにその一部分を蹴り飛ばす。

 そのまま足底を元に戻しながら着地し、立ち上がるとすぐさま両手を胸の前で向かい合わせ腕を上へ伸ばす。瞬間赤い光が槍の形へと変化…先ほど一撃を加えた場所に向かって、即座に投げ放たれた。

 80の手から離れた光の槍…ZEPPELIN RAYLANCEは細かいクラスター弾として細分化され、その脳波誘導でバグバズングローラーの甲殻の一か所へと収束し、突き立てられてはその場での小爆発を連続で打ち込んでいった。

 撃ち込まれ続けることで甲殻が破け、柔らかな体表が露出。そこにまた連続で突き刺さり爆発を続けていく。

 叫びにも思える金切り声をあげるバグバズングローラー。やがてその爆発は全身に行き渡り、内部からバグバズングローラーの巨体を連鎖爆発で焼滅させるのだった。

 

『馬鹿な…バグバズングローラーが…!』

「『……アイツの置き土産だ。ホーの零していた硫酸の涙で、一部分だが間違いなくその甲殻は弱体化していた。

 乱れ狙い撃つのは得意なもんでね。これで、貸し借りは無しだ』」

『クソッ…クソォッ…!!まだだ、まだ――ッ!!!』

 

 半狂乱に陥りながら、ダークファウストが二つの刃鞭を振り回して巨大なモノクロの雷球を作り上げる。

 そこに暗黒の瘴気も加わり、黒き破壊の雷として完成した。

 

『破壊ッ!全壊ッ!!万象を崩壊させやがれええええええッッ!!!!』

 

 80に向かって暗黒を纏う巨大な一撃…【DARK NIRVANA CLUSTER】が投げ放たれる。その闇色の光球から、小型の破壊光球が次々と80に向かって襲い掛かってきた。

 単発でも強力な破壊力を持つだけでなく、小型の一撃によりさらに広範囲の殲滅を目的としていることは一目で理解できるほどだ。

 

「『――ああ。いい加減、終わらせなきゃね』」

 

 静かにそう呟き、光球に向かいながら円運動とともに左腕を上へ、右腕を外方へ強く伸ばし構えた。

 腰部の円形のパーツとスカートアーマーが展開、エネルギーを吸い込むように溜め込んでいく。

 スカートアーマーの内側が光り輝いていくと共に、そこから腕の構えを変えていく80。その姿はまるで、強弓を引き絞るかのようだ。

 迫る暗黒の雷球と、彼の前に生ずるは赤き弓状光。同時に両腕のクロスボウガントレットが展開していき、スカートアーマーと同様に強く輝きだした。

 そしてその腕を、サクシウム光線同様にL字型へと組み、左右の両方から貯め込まれたすべてのエネルギーを解き放つように発射した。

 マイナスエネルギーをすべて浄化させるかの如く激しくも優しい光線…【EUTERPE SUCCIUM PURIFYRAY】が DARK NIRVANA CLUSTERとぶつかり合う。

 空中で拮抗するように火花を散らし合う闇黒の光球と超光の弓波。だが光はやがて闇を撃ち貫き、そのままダークファウストを包み込んでネフシュタンの鎧もろとも光の中で浄滅させていった。

 

 

 

 

 やがて静寂の中、変身を解除した80……猛とクリスが地面に立つ。目線の先には、もう一人のクリスが倒れていた。

 クリスが率先して彼女に掌を差し出して、しっかりと視線を絡ませるように直視する。

 

「……大丈夫か?」

「……なんで、アタシを消さない」

「ばーか、お前は”アタシ”なんだろ?だったらさっさと、アタシの中に帰って来やがれってんだ」

「フッ…ハハハ……!”アタシ”なんかが、この想いを背負って歩けるものかよ…!」

「ンだとこの野郎…!そいつは元々”アタシ”の想いだったんだろうがよ!」

 

 意地と強情を張り皮肉で返すもう一人のクリス。そんなところまで、間違いなく彼女は【雪音クリス】そのものだった。

 そんな二人の姿を見て、思わず溜め息を吐きながら猛がその間に入っていき、声をかけた。

 

「まったく、君たちは本当に素直じゃないな。……ぃよっと!」

 

 言いながらジャケットを着たまま、その場――二人のクリスの間で、逆立ちをした。

 

「お、おいセンセイ、急に何を……」

「あ、ああ。こうしているとな、地球を支えている気分になるんだ。…地球を、背負って立つッ!!ってね…」

 

 そう言って、逆立ちを止めて普通の立位に戻る猛。掌についた土を軽く払い、二人のクリスにそれぞれ目を配らせた。

 

「…な。こーんな大きな地球でも、こうすれば誰だって支えて背負うことが出来る。だから、支えるとか背負い込むとか…そんなに難しいことじゃないんだ。

 手を差し伸べること。それを受け取ること。…ほんの少し、勇気を出せばいいだけなんだ」

 

 猛の言葉に呆れながらの笑みを浮かべつつ、立っていたクリスがもう一人のクリスに向かって手を差し伸べた。

 

「……なんの真似だ?」

「アタシはこうやって救われた。…だから、”アタシ”を救ってやるにはこれしか知らないんだ」

 

 差し伸ばされた手。【雪音クリス】はただそれを見つめ…だが自然と、震えながらそっと、そこに向かって手を伸ばした。

 それを取られ即座に握られる手。可愛らしい驚きの声と共に見上げると、そこには少しばかり赤面しながら不器用で歪な笑顔を作る”自分自身”。隣にはそれを嬉しそうに眺め見守る教師の姿。

 繋がった温もりを感じ、それを受け入れた時…その肉体が光となって消え始めた。

 安らかな輝きに包まれながら、最後にたった一言だけ、声を発す。

 

「――お前ら、本当のバカ…」

 

 照れ臭そうにそれだけを言い残し、【雪音クリス】は光と共に夜空へと消えた。

 

「…クリス…」

「…大丈夫だよセンセイ。今度こそ、本当に」

「…そうか。じゃあ、帰ろうか」

 

 彼の言葉に肯定の言葉を返し立ち上がる。交し合う二人の顔は、互いに優しい笑顔で彩られていた。

 そこにやって来たのは1台のジープ。玄妙な顔付きで操縦する弦十郎と、その隣と後ろから手を振ってこちらへ名前を呼びかける仲間たちの姿だ。

 夜だから少し分かりにくいが、よく見ると手を振る者らの顔はみなそれぞれが笑顔だった。

 

 

 クリスと猛…二人が見上げた夜の空には、まるで銀河のように一面に星が光り輝いていた。

 それは、臆病で照れ屋で恥ずかしがりな”自分”に手を差し伸べる、アイツらのように……。

 

(――サヨナラ、昨日の自分……か。…進むさ。今この場から、未来(ゆめ)へ向かって――)

 

 ジープの方を見ながら先頭の弦十郎に対して少し申し訳なさそうに頬を掻く猛に、少しだけ勇気を出してクリスが声をかける。

 

「――せ、センセイ!その…教えてほしい、事があるんだ」

「うん、なんだい?」

 

 それは……――。

 

 

 

 

 ……翌朝、リディアン音楽院教員室。

 自らの机を整理し、ホームルームの準備を進めている女性教員に、登校したばかりの猛が声をかけた。

 

「おはようございます、先生」

「あ、おはようございます矢的先生。昨日は色々騒ぎがありましたが、お怪我はありませんでしたか?」

「ええ、この通り。ちょっとばかりグラウンドが一部大変なことになってしまってますが、生徒たちにも大した怪我がなくて良かった」

「本当に。……生徒と言えば、先日の件…なにか進展はありましたでしょうか?」

 

 予想通り、言ってきたのはクリスの進路についてだ。

 不安げな笑顔の彼女に対し、猛は誇らしげに鞄の中から一枚の紙を取り出した。

 クリスの進路希望調査書…今は其処に、ちゃんと文字が記述されている。

 すぐさま変わる明るい顔で調査書を見る女性教師。その顔はすぐに、少し意外そうでありながら興味深そうな顔に変わっていった。

 

「……あらあら。彼女、こっちに進むんですか」

「ええ。ようやく、未来(ゆめ)を叶える為に進む路を決めれたそうです」

「そう、よかった…。ならあとは、私たちがその背を押してあげるだけですね」

 

 二人笑顔を交し合う。机に置かれたその調査書には、こう書かれていた。

 

 

【音楽大学。同時に教員免許を取得できるところ】と。

 

 

 

 

 EPISODE16 end...

 

 

 

 

 

 

 

 

「――……任務、地味に完了……」

 

 暗夜の中、一人の黒い影法師が、踵を打ち鳴らす音と共に大地を砕き飲まれるように消えていった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。