絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア   作:まくやま

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EPISODE 15 【逆光の原点より――鵬翼は遥かへ羽撃けり】 -B-

 振り向く赤橙色の髪の少女。誰かが…否、自分の相棒である少女から呼ばれたのかと思っていた。

 

「翼?」

 

 しん…とした空間。其の場には誰も居ない。気のせいかと思い、彼女…天羽奏は再度外へ向いた。

 欄干に両肘を乗せ、上体を預けるようにもたれかかり、憂鬱な表情で小さく溜め息を一つ吐いた。

 それを、物陰から見つめる一人の姿があった。空間の歪みに飲み込まれ現れた風鳴翼だ。

 

「……そうだ。奏はあの日、一人で風に当たってくると言って出て行ったんだっけ……」

 

 聞こえぬように小さく細く声を出す翼。鮮明に戻った意識でなんとか思考を回転させる必要があった。

 先ほど奏の名を呼んでしまった時に、ゼロから念話で叩くように強く声を掛けられていた。それが功を奏し、奏に見つかる事無く隠れることができたのだ。

 

『あの日って、何の日だ?』

「…ツヴァイウィングの、結成の日…」

 

 翼は小声でゼロに語った。

 4年ほど前の某日…奏と翼、互いに防人としてノイズを駆逐する戦いにも慣れた頃。

 奏にとってただの復讐の牙だった歌が、誰かの希望になると知った日があった。翼が幼き頃より抱いていた淡く儚い夢を奏に聞いて貰った日があった。

 そこからの行動は早く、特異災害対策機動部の長を務める風鳴弦十郎や聖遺物研究の最前線を往く櫻井了子らと相談を重ね、遂には天羽奏と風鳴翼のツインボーカルユニット結成が決定したのであった。

 正直なところ、翼は最初このユニットに乗り気でなかった事を覚えている。

 淡い憧れに過ぎなかったものを急に実現させられそうになってしまい、腰が引けてしまったのだ。

 泣き虫で弱虫…臆病な”自分”が、初めて奏に反抗した日でもあった。

 

 これはまるであの日そのものだ。そんな不可思議な感情を抱きつつ、自身の持つ携帯端末を見る。

 電波を受信することで自動で日時を合わせてくれる、現在となっては当然のように付いている便利機能。10年以上も過去でないのなら、この機能だって生きているはず。

 そう思いながら少し待つと、端末画面のデジタル数字がその表示を入れ替えた。映されていたのは、翼の予想通り…ツヴァイウィング結成の日に相違なかった。

 

「なんてことだ…。今度は過去への跳躍とでも言うのか?一体なにがどうなって…」

「やっぱり居たな。別に隠れなくってもいいだろ翼?」

「そうは言うけど、だってこんな――」

 

 意識の外から投げかけられた言葉。あまりにも懐かしい、リアルな”彼女の声”。

 一瞬当然のように返事を仕掛けた瞬間、何が起きたかに気付いた。気付かれたのだ。

 驚愕に身体を委縮させながらも瞬歩で背後に立ち端末を覗いていた奏から距離をとる。

 幼さを残すも決して心から消えない懐かしい顔は、思い出の写しのようだった。

 

「お、おいおい…何もそんなに嫌うことないだろ?」

「あ、いや、その…ごめん、なさ……」

 

 口にしかけてすぐに止まる。あの日の記憶は意識を総動員するとすぐに思い出せた。

 初めて奏を拒絶した”私”は、ずっと宿舎の中で一人座っていた。そこから……よくは思い出せないが、奏がその眼をキラキラと輝かせて”私”に何かを話してくれた。

 それを私が覚えているのならば、此処に居るのは”風鳴翼”であってはならない。満足に働かない思考回路で、なんとかそう思い至った。

 あとはそれを実行すべく、軽い咳払いとともに呼吸を整えて櫛でまとめ跳ねた特徴的な髪を下ろしすぐに後ろで括り直した。

 

「んんっ…いや、追捲りに飛び退いてしまったのは私の不徳だった。済まない。だが君も、人に対し裡面から急に声をかけるものではないと思うぞ」

 

 努めて冷静に…しかして言葉遣いを可能な限り変えながら話す。

 バラエティ仕事で古風な言い回しをすると称されてきたのが、まさかこんな形で活きようとは思いもしなかった。

 背筋を張り、真っ直ぐと立つ。…そこで初めて、眼前の奏より大きくなっていたことに気が付いた。この時の”私”は、彼女より背が低かったはずだ。

 凛とした立ち姿に声を失う奏。この僅かな静寂は、翼にとってあまりにも長い静寂のようにも思えていた。

 

「…あぁ、悪かったよおねーさん。なんかさ、おねーさんの後ろ姿がアタシの相棒とクリソツでね。ついつい声をかけちまったんだ」

(…お姉さん、か…)

 

 思わぬ言葉に少しばかり不思議な気分になってしまう。考えてみれば目の前の奏は16歳ほどで、今の自分は19歳だ。

 そりゃあそうなるだろうと思いながらも、何処かで求めていた。大人になったこの姿でも、奏は自分を気付いてくれるのだろうか…などという戯言を。

 そんな思いを拭いながら、奏に声をかけなおす。自分を”風鳴翼”と悟らせない為の方便をだ。

 

「この世界には、似ている人間が最低三人は居ると聞く。君がそう言うのならば、私はその君の相棒と似ていたのかもしれないな」

「しゃがみ込んでる姿とかマジでまんまだったよ。でも、こうして面と向かって話せば違うもんだな。

 アイツはまだ、おねーさんほどしっかり芯の通った顔はできねぇもん」

「…手厳しいことを言うのだな」

「だってもったいねーんだもん。アイツ、実力も才能も折り紙付きなのに泣き虫で弱虫なのが全部を邪魔してやがんだ。

 さっきもさ、アタシも隣で一緒にやるって言ってんのに、『私は奏とは違う。私なんかがやっても、きっと駄目になる』って言って聞きやしないんだよ」

 

 …あぁ、確かにそんな事を言っていた。

 突如として眼前に現れた夢と向かい合うことに恐れていた幼き時分。僅か数年前だというのに、随分子供っぽいことをしたものだと思ってしまった。

 そんな思いを端に寄せ、続く奏の言葉に耳を傾ける。

 

「だけど、アタシは絶対に説得してみせる。アイツと一緒に、アタシたちの歌をみんなへ届けるんだ!」

「――…何故、そんなにまで?」

「歌は、聞いてくれる誰かの希望になる。どんな窮地に陥っても絶対に諦めない気持ちをくれる…誰かを勇気付けられるものなんだ。

 アタシはそれを知ったから、この歌をもっと歌いたいと思った。アタシの歌は、アイツと一緒だと何よりも強くなれる。何処まででも行ける。だから、アイツと一緒に歌いたいと思った。

 そして何より、アイツの夢を叶えさせてやりたかった。だからかな」

 

 そう語る奏の姿に、翼は思わず見惚れてしまった。

 自分が喪っていたもの。もう見ることが出来なくなったもの。それが時を超えて、こんな形でもう一度見ることになろうとは…。

 目頭が熱くなっているのが理解る。このままみっともなく涙を流し、総てを捨て去ってこの甘美な過去を抱き寄せてしまおうかと…。そんな想いが、身体の内でぐるぐる渦巻いていた。

 だが、それを遮ったのは他でもない奏の声だった。

 

「…んでも、アタシもちょっとやりすぎちまったのかなって思うんだ。

 アイツが本気で嫌がっているのなら、アタシは一人勝手に突っ走ってるだけなのかなって。それは逆に、アイツの迷惑になってるんじゃないかなってさ…」

「そんな事はないッ!」

 

 思わず大声で否定の言葉を上げてしまう。終ぞ触れることの無かった奏の本心の一部を垣間見たからだろうか。

 急な言葉にキョトンとした奏の顔を見て、慌てて放った言葉を繕い直す翼。我ながら、何をやっているのだと戒めたくなる。

 

「ああ、その、済まない。…ただ、思ったんだ。君のその相棒は、多分…一歩を踏み出す勇気が、まだ足りないのだと思う。未知なるモノへの恐れが、強すぎて…。

 だけど、君がその相棒を想っているのなら、諦めずに呼び掛けてほしい。手を差し伸べて、捕まえて、強く引いてあげてほしい」

 

 繕ったはずの言葉は、ただの本心だった。

 あの時自分が何を思いながら独り閉じ籠っていたのかを知っていたから。

 何が切っ掛けでその鳥籠の外へ目を向けたのかを知っていたから。

 だから――

 

「――君の明るい笑顔で、勇気を与えてあげてほしい」

 

 不器用に放たれた言葉に、奏はとても嬉しそうに、

 

「ああ、そうするッ!」

 

 にいッと明るく、元気に、歯を見せて笑った。

 

 

 

「でも、おねーさんって凄いな!こう、フインキと言うか空気感?なんかそんなところまで相棒や知り合いの旦那に似てる気がするんだ」

「そ、そうなのだろうか。ははは…」

 

 少し乾いた笑いで相槌を打つ翼。奏が旦那と呼ぶ相手は一人しかいない。風鳴弦十郎だ。

 いつの間にやらあの叔父と似たようなモノを身に付けていたのだろうかと思うと少しばかり心がざわつく。決して嫌では無いのだが、防人とは言えど我が身は女でもあるのだから。

 

 そんな、翼にとって懐かしさを伴う空間。これは如何なる偶然か、はたまた敵の策略かもしれない。

 だが、もしそれで帰れないとしても…自らが”風鳴翼”であることを棄て、眼前の天羽奏と宿舎で待つ風鳴翼の成長を見守り生きるのも良いのではないか。

 

 

 …ふと過ったその思いが、最後の引鉄となった。

 

 

 突如その場に吹き荒れる風。荒れ狂い巻き起こる旋風は、まるで翼を中心に発生しているようだった。

 

「これは、何が…!?」

『翼!大丈夫か!?』

 

 困惑する翼の耳に響くゼロの声。何故かそこで、一体化している相棒の存在に気が付いた。

 

「ぜ、ゼロ…!?」

『何やってんだよお前はッ!あの女と喋ってからこっちが声かけても答えねぇし、急にこんな風が起こるしでよぉッ!!』

「話し、かけてた…だと?そんな、だって私には、なにも…」

 

 聞こえなかった。存在すら忘失れてしまっていた。それを何故だとどれだけ自問しても、今の翼に答えなど出るはずがない。

 困惑に包まれたまま、やがて荒れ狂っていた風が止み消えた。目線の先には、平然と笑顔で立つ奏の姿があった。

 

「よ、良かった奏!無事でいてくれて――」

 

「『…ああ。良い夢は、見れたかよ?』」

 

 答えた彼女の声に、違和感が生じた。

 戦慄と畏怖をないまぜにしたような、背筋を凍らせるような、そんな声だった。

 

『気ィ抜くな翼ッ!!』

「『そうだ、そいつの言う通りだぜ翼ァ…。あんまり気を抜いてっと、ブッ殺しちまうぜぇ…?』」

「――貴様、何者だッ!!」

 

 あまりの異常事態に即座に戦闘態勢をとる翼。だが奏は悠々と此方に向かって歩み寄ってくる。

 その身体からは、黒い瘴気が漂っていた。

 互いに手を出せる距離に近付いたところで、奏が翼の左腕を捕まえる。そこに付けられたブレスレット…それに向かって、舐めるように声を放った。

 

「『つれねぇじゃねぇか…。お前、この女に俺様のことを話してなかったのか?

 ――なぁ、ウルトラマンゼロよぉ…』」

『…まさか、テメェ…ッ!!』

 

 高笑いとともに後ろへ跳び、距離を広げる奏。

 突き出した右手に黒い瘴気が集束しやがて形を成す。

 それはまるで漆黒の短剣のようであり、禍々しいながらも何処かオブジェのような神秘性を感じられる。

 掴み取った奏の顔が、彼女らしからぬ悪しき風貌に歪み嗤う。そしてその首筋に、中央に円を象ったヘキサゴンマークが浮かび上がってきた。

 そして悪魔のように嗤いながら、短剣型のオブジェ…【ダークダミースパーク】を首筋に突き立てた。

 

「『さあ、シアワセな夢の時間は終わりだぜェッ!!フハハハハハッ!!!』」

 《ダークライブ―ウルトラマンベリアル―》

 

 暗黒の瘴気が奏の身体を包み込み、その身を巨大に変化させていく。

 雷鳴と共に顕現したその姿は、先日相対したダークファウストよりも遥かに深黒色に包まれた、”ウルトラマン”だった。

 

「な…あれは…!」

『やっぱりテメェだったかよ…!ベリアルッ!!』

 

 感情…その中でもとびきり強い敵意を以てゼロが叫ぶ。知っているのだ。眼前に佇む、暗黒の巨人のことを。

 

『往くぞ翼ッ!アイツが何度出て来ようとも、何度でもこの俺がブッ倒してやるッ!!』

「…ああッ!!」

 

 ゼロから感じられる激昂。だがそれを止める心算は無かった。

 ヤツは奏の身体を使い顕現した。彼女を助けるためにも、戦わなければいけないことは明白だ。

 左手のブレスレットから出現したウルトラゼロアイを右手で掴み取り、そのまま着眼。赤と青の光が翼の身を包みながら巨大化し、その肉体をウルトラマンゼロのそれへと変化させた。

 

「デェェェヤァッ!!」

「『フッ…来やがったなゼロぉ…』」

「ベリアル…ッ!」

 

 ウルトラマンベリアル。

 長い光の国の歴史において、唯一誕生してしまった例外。

 過度に力を追い求める姿勢が、宇宙を力で支配してきた究極生命体であるレイブラッド星人の侵食を許してしまい、悪の道に堕ちる。

 そして光の国の至宝であり星のエネルギーの源でもあるプラズマスパークを手にすべく、光の国を襲撃。

 数多の戦士たちを薙ぎ倒し、プラズマスパークを強奪。そこから暴力による宇宙の支配を目的とする彼の覇道が始まった。

 怪獣墓場での戦いにてウルトラマンゼロと邂逅…そして彼と仲間たちに敗北。

 辛うじて生き延びた後にはアナザースペースにて自らの帝国を築き上げ武力支配を開始。だがそれも、ウルトラマンゼロとその仲間たち、そしてウルティメイトイージスの力でベリアルを退ける。

 だが、その悪しき魂は決して消えることなく怪獣墓場を彷徨い、そこでまたゼロと激闘を繰り広げていった…。

 変身の影響か、ゼロの激昂のせいか、翼の中に流れるように入り込んでくる眼前の宿敵、ウルトラマンベリアルの情報。

 その情報とゼロの反応で理解る。この相手が、どれ程までに危険な相手なのかを。

 そんな相手に恐れることもなく、ゼロが思いの丈を言葉に変えてベリアルにぶつけていく。

 

「テメェはまた性懲りもなく…何度俺の前に立ちはだかりゃ気が済むんだ?」

「『ハッ、んなもん貴様をブッ殺すまでに決まってんだろうが…!』」

「…だろうな。テメェなら、そう答えると思っていたぜ…。だったら何度でも、俺が引導を渡してやるッ!!」

「『…クッ…クハハハハ…!!』」

 

 ベリアルの嗤いが木霊する。まるで、既に勝利を確信しているかのような嗤い方だ。

 

「何が可笑しいッ!!」

「『貴様が俺に、引導をなぁ…。これまでならばいざ知らず、今の貴様にそれが出来るかァ…?』」

「何を、言ってやがる…ッ!!」

 

 嗤いながらその胸を張るベリアル。

 黒紫に染まるカラータイマーの中央に、それは居た。

 虚ろな瞳で力無く、だが邪悪な笑みを浮かべながらベリアルと共に喋る天羽奏の姿が、其処に。

 

『奏ェッ!!』

「『どうだ、感動のご対面ってヤツだろ。それともまだ溜めが足りなかったかぁ?』」

「人質って事かよ!相変わらず汚ぇマネばっかしやがってッ!」

「『あぁ~、少し違うな…。確かにコイツは人質って意味もある。だが、コイツはテメェを確実にブッ殺す為のモノでもあるんだぜ。

 …さあ、出て来やがれッ!!』」

 

 ベリアルの声と共に、ゼロの背後に波打つように光が降り注ぎ、そこから新たな異形が姿を現した。

 それはまるで巨大なウミウシのような姿をした怪獣。甲高い奇声を上げて、目と思われる伸びた触覚部分が歪に動き回る。

 

「あれは…クロノームか!?」

『クロノーム…?』

「『正解だゼロ。時間怪獣クロノーム…時間を操り、時の繋ぎ目の中から生命体を捕らえてはその生命体の記憶の隙間から過去の時間へ行き、そこから世界を滅茶苦茶にするってヤツだ』」

『記憶の隙間から、過去へ…』

 

 言葉にしてすぐさま察する翼。

 今日この日、奏が自分に向かって話してくれた言葉…。それが思い出せなかった。

 欠落した記憶…それが、”記憶の隙間”だと言うならば――

 

「『そうだ翼ッ!こじ開けたほんの僅かな隙間にクロノームは入っていった!

 過去の世界に来ればやる事は一つ…。天羽奏をブチ殺し、そのまま過去の世界を蹂躙してやるのさッ!!』」

『なっ…そんな事をすれば…!』

「『そうさな、”天羽奏”という因果が消え去ること…。まぁ貴様らのおうたあそびは出来なくなるってことかなぁ?』」

 

 違う、そんな程度の話ではない。

 ツヴァイウィングが存在しなくなるという事は、様々な前提の全てが崩れ去るということだ。

 立花響は融合症例と化すことはなく、雪音クリスはフィーネの下で彼女の妄執に付き従い続ける。

 マリア・カデンツァヴナ・イヴ、月読調、暁切歌たちレセプターチルドレンも、米国研究機関で様々な実験と共に一生を終えるだろう。

 文字通り、数多の未来を破壊するつもりなのだ。

 

「『クロノームを斃せば時空は修復され、貴様らは元の時間に帰れるだろう。だが、既に俺はこの時間の天羽奏に巣食っている。お前らが消えりゃいつでもブッ殺せるってワケさ』」

『ならば先に、貴様を微塵に断破せしめてくれるッ!!』

「『おっとそんな事をしてみろ。今の俺の宿主であるこの女、天羽奏も一緒にお陀仏だぜ。貴様らにそいつが出来るってんなら、やってもらおうじゃねぇか』」

「ベリアルゥゥゥゥゥッ!!!」『貴ィッ様ァァァッ!!!』

 

 重なり合った激昂のままベリアルに飛び掛かるゼロと翼。

 真っ直ぐ打ち出された拳を、ベリアルは凶器として肥大化した掌で受け止め、そのまま外へ払い除ける。

 一瞬体制を崩すもすぐに持ち直し、流れるように後ろ回し蹴りを起点とした連続攻撃に移るゼロ。

 だがその全てを受け切り、そこから強く重たい攻撃でベリアルが反撃に転じていく。

 重撃を打ち付けあい力と力がぶつかり合う様は、互いの実力が拮抗していることに他ならない。

 

「『ハハハハハッ!!やっぱりお前とやり合うのは楽しいぜゼロォッ!!』」

「どっから来たかも理解らねぇテメェが、言ってんじゃねぇええええッ!!」

「『いいじゃねぇか、付き合えよ!せっかく出て来てやったんだぜぇ?その女も、コイツと会えて嬉しがってただろうがよぉッ!!』」

『だ…黙れェええええッ!!』

 

 咆哮と共に後方の空へと跳躍。そこから向きを変えて、ウルトラゼロキックを打ち放つ。だが…

 

「『忘れてやんなよ、他にもお前の相手をしたがってるヤツがいるだろ?』」

「何…ぐぅあああッ!?」

 

 突如背後から伸びてきた太い触手に捕らえられるゼロ。その先に居たのはクロノームだった。

 そのまま触手に電撃を纏わせ攻撃。呻くゼロを嗤うように甲高い声で鳴きながら、捕らえたゼロを地面へと叩き付けた。

 

「『無様だなぁゼロ。お仲間が居なきゃ、満足に戦うことも出来ねぇってかぁ?』」

「ぐ、ううぅ…!テメェらなんぞ、俺たちで十分なんだよぉッ!!」

『ぬ、ぅ、うぅぁあああああッ!!』

 

 捕まれたクロノームの触手を掴み返し、力尽くでその巨体をベリアルに向けて投げる。

 それを嬉しそうに片手で弾き飛ばすベリアル。地響きを上げて倒れこんだクロノームだったが、軟体に近い身体と触手を用いてすぐに起き上がっていく。

 十分だと高を括ったものの、実際劣勢であることに違いはない。だが、それに屈するなど以ての外だ。

 ならば、と思いながら胸のマイクユニットに手をかける翼。ウルトラギア…やはり打開するにはこれしか無いのかと。

 だが踏み止まる。先日の戦いで、怒りに呑まれながらこの魔剣を手にした事でこの身は暴れ走ってしまったのだ。

 そして現在も二人の身体を駆け巡っている感情は”怒り”。ほんの微かに残った冷静な心は、今のまま使えば二の舞を踏むというのをよく理解している。

 それが発動に踏み切れぬ原因だった。

 

「『なんだ、何かあるのかと期待したが何もねぇのか?』」

『クッ…!』

「『ハッ、悪い悪い…使えなかったんだよなぁ。その、ウルトラギアってヤツは』」

「てめ、なんでソレを…!」

 

 驚愕に答えるゼロと翼。それに対しベリアルは、さも当然のように言い放った。

 

「『ファハハハハハッ!!よく知ってんだぜ俺様は…。今のテメェはウルティメイトイージスも失い、他のウルトラマンの力も失った!

 代わりに得たのがちっぽけな小娘の鳴き声で、その力すら満足に支配出来てやしねぇ!そんなもんで、この俺様に勝てるものかよッ!!』」

「…馬鹿にすんじゃねぇ…!仲間は…力で従わせるもんじゃねぇんだ…ッ!!」

「『粋がんじゃねぇ!だったら見せてやるぜ、テメェが嫌がる支配の力ってヤツをッ!!』」

 

 瞬間無音になる世界。

 月光を覆う黒雲の中で、ベリアルのカラータイマーから覗く奏がその口を小さく動かした。

 

『Croitzal ronzell gungnir zizzl...』

『そんな…まさ、か…ッ!?』

 

 紡がれた聖詠。直後ベリアルの身体より巻き起こるエネルギー…いや、歌に共鳴して聖遺物の欠片が生み出すそれはフォニックゲインだ。

 後頭部から炎のようなエネルギーが羽のように広がり放熱され、脚部に装甲を定着。両腕部には半円形のガントレットを装着し、胸部の模様も血赤の中に橙色を混ぜ合わせた形へと変化した。

 装着直後のガントレットが腕から離れ、合体。巨大化と共に展開をし、やがて巨大な剛槍へと姿を変え、握りしめた。

 …それはまさに、”天羽奏のガングニール”を纏ったウルトラマンベリアルの姿だった。

 

「『ハハハハハッ!!どうだ、これが力だァッ!!!』」

 

 ガングニールのアームドギアを天に掲げ、高笑いするベリアル。

 奇しくも先んじて完成されたウルトラマンとシンフォギアの融合体…圧倒的な支配力で為した暴虐の象徴。

 信じ難き光景を前にして呆然とする中、翼とゼロは互いの脳裏で何かが切れる音を感じていた。

 

『――……めろ……。……やめ、ろ……!』

「……そいつを……その歌を……!」

「『……そのギアを……奏のガングニールを……!貴様なんぞが、手にするなあああああああああああッッ!!!!!』」

 

 これまでに無い咆哮と共に、マイクユニットを取り外し突起部分を三度連続で押し込む。イグナイトモジュールの三段階抜剣、その解放と同時に前へ放り投げ、ただ一心不乱にベリアルへと突進していく。

 その最中にイグナイトモジュールが翼の胸に突き刺さり、解放された魔剣の呪詛が翼と、彼女を介してゼロをも浸食し爆発的な力を発生させた。

 

「『ベェェリアルウウウウウウウウウッッ!!!!!』」

「『やっとらしくなったじゃねぇかッ!!来やがれェッ!!!』」

 

 遮るように割り込み、触手と破壊光線を放つクロノーム。だがそれを勢いのままに手で握り潰し払い、柔らかな胴を掴んで投げ捨てる。

 そのまま勢いを決して殺さずに、ゼロと翼の怒りに感応して頭部のゼロスラッガーが射出、ゼロツインソードに合体変形し、ベリアルに向かって振り下ろした。

 即座にアームドギアでツインソードを受け止めるベリアル。重たい金属音が鳴り響き鍔迫り合いとなる。

 ゼロの咆哮とベリアルの哄笑が暗夜に鳴り渡り、互いに得物を弾き飛ばしては幾度となくぶつけ合う。

 アームドギアを振り回し打ち付けては時に強く突き出すベリアルの攻撃。暴走している中でも翼には理解できた。それは何処か、奏の動きと合致していたと。

 おそらくは自分と同じように彼の黒いウルトラマンと一体化しているからであろう。その事実が更に彼女の怒りを煽り、ゼロと共に猛然とベリアルへ襲い掛かっていった。

 ただの暴力として奮われるゼロの攻撃の数々を、ベリアルはただただ楽しそうに受け止めてはいなしていく。

 大振りの拳を捕まえ、山に向かって投げ付けるベリアル。直撃と共に激しくめり込むものの、ゼロはすぐにそこから這い出てくる。

 そして山を背にもたれたままゼロスラッガーをカラータイマーの両隣に装着。溢れ出るフォニックゲインを用いてゼロツインシュートを発射した。

 それを見てベリアルは右手のアームドギアを大きく振りかぶる。槍の穂先が高速で回転すると共にフォニックゲインが黒い雷を纏う旋風を生み、解き放つように突き出した。

 かつてベリアルが持っていた武器であるギガバトルナイザーを用いた必殺技である『ベリアルジェノサンダー』と奏の得意技の一つであった『LAST∞METEOR』…その複合技と成った一撃、【GENOTHUNDER∞METEOR】が、怒りのフォニックゲインで高まったゼロツインシュートと激突した。

 ぶつかり合い激しく火花を散らす二つの光線。押しつ押されつの拮抗。だがそれを押し切ったのは、ベリアルの方だった。

 山肌をさらに砕きながら押しこまれるゼロ。再度そこから起き上がろうとしたが、クロノームの触手がその両腕を封じ、そのまま押し付けた。

 そこへ歩み寄るベリアル。空いた左の手でゼロの首を掴み、何処か嬉しそうに顔を寄せた。

 

「『ぐううううううううッ!!!うぅあああああああッ!!!』」

「『いいぜぇ…いい顔してるじゃねぇか、ゼロぉ…!思い出すぜ…怪獣墓場で、テメェと再会した時をなぁ…』」

 

 ベリアルの爪がゼロの首筋に食い込む。そこから彼の支配力の象徴…他者を奪い取る力であるベリアルウィルスを流し込み始めた。

 

「『お前も思い出せよ…。暴力に身を委ねる快感を…世界を蹂躙する愉悦を…掌の中で生命が消え逝く恍惚を…ッ!!』」

「『がああああああああああああああッ!!!!』」

 

 黒い意志の力がゼロを、共に在る翼を侵食する。

 魔剣の呪詛すらも塗り潰すほどの呪い…それは正しく、黒き王の祝福だ。

 僅かに残された視界も、全てが黒い靄に覆われてやがて全てが黒に染まり消えていく。

 輝きのすべてが失われた時、ゼロは力を失いその場に倒れこんでしまった。

 

 

 

 

 

 ――其処は昏かった。

 

 昏く深く、遥かに広がる闇の中。

 何も見えぬはずの漆黒の世界の中で、何かが見えた。何かが聞こえた。

 見えたそれは、小さくうずくまる影。

 聞こえたそれは、聞かせぬように殺し啜る泣き声。

 

 …ただそれを、見つめていた。

 

 

 闇が、何かを映し出した。

 暗黒に染められた光の巨人が、己が仲間を惨殺していく姿。

 鋼鉄の武人を、鏡の騎士を、心を学んだ機人を、炎の戦士を、次々と。

 ただ見ていることしか出来なかった。抗えなかった。

 誰も、まもれなかった。

 

 闇が、何かを映し出した。

 襲い来る異形の雑音、恐怖と混乱に包まれる空間で、最期の歌が奏でられる姿。

 数多の命が押し潰されていった場所で、片翼はその血の全てを吐いて、啼いた。

 ただ見ていることしか出来なかった。止められなかった。

 何も、まもれなかった。

 

 そうだ、これは絶望だ。

 ”彼女”が、”彼”が、過去(あの日)に突き立てられた絶望。

 絶望に抗う為には、ただ怒りを身に纏うしかなかった。

 何故ならば、怒りを纏わなければその目はすぐに涙を流してしまう。その心はすぐに挫け閉ざしてしまう。

【泣き虫で弱虫】、なのだから――。

 

「『――…堕ちたか』」

 

 外から聞こえた声に、もはや何の反応も出来なかった。

 絶望に突き落とされ、何も見えなくなって、このまま――

 

 

 

 

 …否、見えている。

 

 そこに確かに、誰かの姿が。

 小さくうずくまるもの。それは、”互い”の姿だ。

 風鳴翼はウルトラマンゼロの、ウルトラマンゼロは風鳴翼の。

 

 突如出現した巨大な異形に対し、何よりも力強く歌い戦った少女。その命の危機に現れた光の巨人。

 互いに何処かで思っていた。”何故、こんなに強いんだろう”と。

 

 共有された記憶が加速する。

 記憶が、声を紡ぎだした。

 

 仲間たちが、”自分”の名前を呼ぶ声だ。

 明るく元気に…真面目で礼儀正しく…不慣れな笑顔を作り…優しく力強く…不器用で少し不愛想に…楽しく懐っこそうに…。

 

 …そして誰よりも、大切な人の声が…。

 

 

『そうさ。だから翼のやりたい事は、アタシが…周りのみんなが助けてやる』

 

『忘れるな。私もみんなも、何時でもお前のことを想っている。お前は、ひとりじゃない』

 

 

 ――そうだ、ひとりじゃなかったからだ。

 どんなに傷付き力尽き倒れようとも、どんなに深く昏い絶望に堕ちようとも…。

 …幾度も泣いた。幾度も、自分の弱さに涙した。

 だが涙を落とす度…その涙を拭う度に、己が身はひとりぼっちじゃないと教えられてきた。

 泣き虫で、弱虫だけど…ひとりじゃないから、その背を押してくれたから、また立ち上がれた。もっと高くを目指して羽撃くことが出来た。

 過去に濡れる自分の為に…共に現在を生きる友の為に。

 ――そしてまだ見ぬ、未来の為に…。

 

 その背を抱いてあげたかった?

 その悲しみを止めたかった?

 違う。

 眼前の者は既に何をしたいのかを知っている。

 たとえ挫けていようとも、その心は、その魂は、羽撃き飛びたいと願っている。

 

「――…ゼロ」

「――…翼」

 

 だから、かけるべき言葉は、慰めなどではない…ッ!

 

「……その顔はなんだ…ッ!」

「…その眼は…その涙はなんだ…ッ!」

「「――お前のその涙で、一体誰をッ!!何を守護れると思っているんだッ!!!」」

 

 重なる叫び。

 交わる傷跡。

 絶望の中、互いが互いの背を、強く叩き押す。

 うずくまる姿は闇に消え、背中合わせだった二人は互いに振り向き合い、目を合わせた。

 

「…さって…行くか、翼」

「…ああ。みんな、私たちの帰りを待ってくれているだろうからな」

 

 どちらからともなく繋ぎ合わされる手。その手の中には、天羽々斬が握り合わされていた。

 

 

 

 

「『――…堕ちたか』」

 

 その声に反応した。失っていた時間はたかが数秒。

 右手は自然とベリアルの左腕を掴み、強く握りしめていた。

 

「『……なにぃ…?』」

『………感謝する、ベリアル。生涯二度と叶わぬと思っていた再会を、果たさせてくれたことを…』

「………忘れてねぇつもりだったんだけどよ…やっぱテメェは、俺にとって一番の傷だったみてぇだ…」

『…だが、あの時分ならいざ知らず…私は奏を喪った哀惜と未練を抱えて、何度涙に濡れようと何度でも飛ぶと誓ったのだ。みんなが私を、飛ばせてくれているのだから…!』

「…仲間たちが俺を信じてくれているから、俺がみんなの一番前を飛べるんだ。守護れるものがあるんだから…もう何も、失うものかと決めたんだからよ…!」

 

 カラータイマーに、黄金の目に、光が戻ってきた。

 胸の奥から流れ出す音楽…。それはあの日、風鳴翼が世に舞い戻ってきた時に歌った、己が翼で羽撃き、過去を乗り越えんが為の歌。

 …それは、ベリアルにとって忌まわしい輝きを目にしたあの日に似ていた。

 思わず首から手を放し退く。ゆらりと立ち上がったゼロは、その両手を強く握り締めていた。

 

「『守護りたいものがある…。守護るべきものがある…。だから…だから「俺」『私』たちは――ッ!!』」

 

 右手を天に掲げる。暗雲の切れ間より、月煌が降り注ぐ。

 胸に集まり昂る輝きが、その内から流れ出す歌が――。

 

「『この果て無き未来(そら)へ、羽撃き飛ぶんだッ!!!』」

 

 掲げた手の中にあったのは、天羽々斬のマイクユニット。それを三度、再度押し込む。

 …二度失敗した。怒りに身を任せ、暴走して…。

 だが、今の二人はそんなことを考えもしなかった。”使いこなす”だの”奪われる”だの、そんな問題ではない。

 癒合――それは風鳴翼が、ウルトラマンゼロが、天羽々斬とも”一体化している”という事だ。

 だからこそ其処に、もはや疑念は存在しない。なればこそ。

 

「『ウルトラギアッ!!コンバインッ!!!』」

 

 解き放たれた言霊はシンフォギアに組み込まれた魔剣ダインスレイフを呼び起こし、呪われた旋律は天羽々斬を更に奮わせる。

 鋭き楔と化したマイクユニットが歌を発する胸の内を狙い来る。だが、其処に在るものは普段の装者・風鳴翼ではない。

 その胸部には、ウルトラマンゼロの胸部が融合するように重なり合っている。そして解き放たれたマイクユニットが、カラータイマーに吸い込まれるようにその奥へ突き立てられた。

 

「『うううぅぅおおおおおおおおおッッ!!!!』」

「『き、貴様ら、そいつは…!』」

 

 翼の胸の内より爆裂するフォニックゲインが、ゼロの肉体を駆け巡る。やがてそれは身体の表面に流れ、固着する。

 上腕部と大腿部に装備されるアーマー、足首には可変式のウイングブレード、そして胸部にはカラータイマーを覆うように重ねられた羽根状のプロテクター。

 黒と青が基調になった外装を身に纏い、頭部のゼロスラッガーも同様の色調で通常時より一回りほどの大型化を果たす。

 暗雲を斬り裂き降り立ったその姿は、人と光と歌…その三位一体が織り成す奇跡とユナイトを為した真の姿だった。

 ウルトラギア…正式名称、ウルティメイト・フォニックギア・テクター。心身を重ね合わせたことで胸の奥底から生まれた我が名を、高らかに叫びあげた。

 

「『――ウルトラマンゼロッ!!ウルトラギア・アメノハバキリッ!!!』」

 

 大腿部のアーマーから飛び出した柄を手にすると、そこから黒鋼の刃が伸び、巨大な日本刀と化す。

 それは間違いなく、風鳴翼の…天羽々斬のアームドギアに他ならない。

 真っ直ぐに、切っ先をベリアルに向けるゼロ。輝く瞳に、黒い影は見られなかった。

 

「『…奏。ずっと私を守護ってくれて、ありがとう。

 でも私、もう奏より随分大きくなっちゃた。…もう、奏に守護って貰わなくても飛べるようになったんだよ』」

『――……つば、さ……?』

「『…こんなことを言っても、”過去(いま)”の奏には理解らないことだと思う。…だけど、面と向かって言えるなんてもう無いから…。

 ――だから今夜は、私に守護らせて。奏が託し、繋ぎ、紡いでくれた、みんなの未来(いま)を…』」

 

 かける言葉はそれだけだった。空気が変わり、無機質なはずのゼロの顔が、微笑みから強い顔に固められたように感じられた。

 剣を構え、体勢を深く落とし、僅かな間を置いて弾けるように跳び出した。

 

「『クッ…!何してやがるクロノーム!やれぇッ!!』」

「『――邪魔を、すんじゃねぇッ!!!』」

 

 神速で奮われる一閃にて伸ばされたクロノームの太い触手が無惨に両断される。

 その姿勢から流れるように左右の脚による連続回転蹴りが放たれた。その際に足のブレードは外方へ展開、風を斬り裂きながらクロノームの表面に刃の連撃を加えていった。

 鳴き声を上げるクロノームを蹴り飛ばし、その身体をベリアルに方へ向けさらに突進した。

 昂り叫び上げそうになる怒り。だがその燃える怒りを、二人は握る掌に集中させる。

 明鏡止水の境地になどそんな簡単に辿り着けるワケがない。だが、怒れる自身を共に在る互いが背を押し合うことで保っていたのだ。

 一人では怒りに狂い飲まれてしまう程の波でも、支え合えば怒りを力と制御することだって可能なのだから。

 

「『ベリアル…お前はァッ!!』」

「『ゼロオオオオッ!!』」

 

 再度打ち付けられあう剣と槍。変わらず暴力で奮われるベリアルの攻撃に対し、ゼロの動きは冴え渡っていた。

 刀身で槍の穂先を逸らし、柄をぶつけ弾く。その中の一瞬で刃を左右持ち替えながら拳戟襲脚を繰り出していく。

 光を超えて闇を切り裂く旋風と化したゼロ。この繋がる真の力は、彼らのシンクロニシティに依るものだ。

 

「『しゃあらくせええええええッ!!!』」

 

 距離を開け、再度GENOTHUNDER∞METEORを撃つべくアームドギアを振りかぶるベリアル。

 高速回転する穂先が黒い稲妻を伴う竜巻を生み出し、力が溜め込まれたと同時に突き出し発射した。

 それを一瞥すると共に、腰溜めに構えたアームドギアが変形。二つに分かれた刀身の間に蒼雷のエネルギーが発生し伸びる。

 そのエネルギーを振るい放つ蒼ノ一閃を撃ち、返す刃を更に鋭く変形。神速で抜き撃つ蒼刃罰光斬の連斬を放った。

 二段の剣閃が竜巻を切り裂き爆散させる。だがその爆発の黒煙を突き破り、ベリアルが既に突進していた。

 外から全力で振り抜かれるアームドギアの一撃に、ゼロもまたアームドギアで受け止める。だがいくら強化されたとは言え槍と剣。鈍器として扱えば槍の方に分があるのは必定である。

 

「『ざまぁねぇなぁ!!そんな細っこい剣なんぞで、止められるかよォッ!!』」

「『――否。貴様が相手にしているものは、剣にありて剣に非ずッ!』」

 

 弾かれた日本刀型のアームドギア。その隙を見て上段から振り下ろされるベリアルの一撃。だがゼロと翼は、瞬歩にてその場から前へ進みベリアルを通過する。

 一瞬の間を置いて、ベリアルの肉体から闇の瘴気が血飛沫の様に溢れ出した。

 背後を向いたままのゼロの両手には、湾曲した小刀が握られていた。

 

「『我らのこの身は剣にして翼ッ!旋烈疾風を斬り裂き舞う刃羽(やいば)、重撃だけで薙ぎ払えるなどと思わぬことだッ!!』」

「『ぐぅおぉぉ…ッ!!て、テメェらぁぁああああッ!!!』」

「『行くぜッ!ハバキリゼロスラッガーッ!!』」

 

 両手に握られた頭部の双刃…ウルトラギアにより強化された武器、ハバキリゼロスラッガーが投擲される。

 光を放ちながら舞う様は、さながら小さな鳥の羽の様でもあった。それを振り切ろうと両手を振るうベリアルだったが、時に風に乗り力無く揺れる刃を捉えることは出来なかった。

 その隙に弾かれたアームドギアを取り戻し、再度攻め入るゼロ。

 様々な方位から放たれる剣の連撃とその隙を縫うように撃ち込まれる空拳、更に死角を狙うハバキリゼロスラッガー。

 もはやベリアルにとって、満足に反撃も出来ずにいた。

 

「『クッソがあああああああああああッ!!!!』」

 

 傷を厭わずに大きく薙ぎ奮われる剛槍。だが左の大腿部アーマーから真上に放たれたもう一つの柄を掴み、両の逆手に剣を携える。

 それを以て剛槍を受け止め、そのまま真下…月煌に照らされ生まれた陰影に二つの刃を突き立てた。影縫いである。

 

「『返して貰うぞッ!奏を…私の大切な過去(いま)をッ!!』」

 

 徒手と化したゼロがその手に浄化の光を集めながら、影縫いで動きを封じられたベリアルのカラータイマーへと伸ばす。

 そこに触れた瞬間ベリアルの肉体を溶かすようにめり込んでいき、その中にいる奏を優しく捕まえた。そのままゆっくりと、絡まった闇を引き千切りながら取り戻していった。

 意識は無いものの、光に包まれながら小さく丸くなっている奏は、まるで巣で眠りにつく鳥のようだ。

 奏を包んだ光の球体を安全な場所に移し、再度ベリアルとその隣に出現したクロノームに相対する。

 支配下にあった奏を解き放った為か、ベリアルの肉体からガングニールは崩れ去り消えていった。

 

「……ゼ、ロ……ゼェロオオオオオオオオオッッ!!!」

 

 理性を失ったのか、ただ野獣のように叫び散らすだけとなったベリアル。その暴走した力で影縫いを弾き飛ばすが、対するゼロは努めて冷静に相手の状態を把握していった。

 

「『……なるほどな。詳しくは理解らねぇけど、奏に……いや、”私”に憑いたマイナスエネルギーがあのベリアルを生み出しちまったって事か。

 恐らくはエタルガーの差し金だろうが……なるほど、卑劣な手を使う。だが――』」

 

 ハバキリゼロスラッガーが頭部へと帰還、装着される。

 同時にアームドギアが吸い込まれるように手元へ飛来、それもまたさも当然のように掴み取った。

 

「『だが我らの羽撃きは――もう誰にも止められねぇッ!!!』」

 

 脚部のブレードが大型化し、天を焦がすほどの炎が立ち上る。

 一足で遥か上空に飛び上がり、両手に携えたアームドギアを全力で展開する。脚部からの炎刃と両手からの雷刃が重なり合い、月の逆光を浴びてまるで翼のように広がりを見せた。

 アームドギアの柄同士を繋ぎ合わせ、ゼロツインソードよろしく一本の巨大な双刃へと姿を変える。それをウルトラゼロランスのように携え構え、月を背に奔り飛んだ。

 

 溢れ出す激情を抱き、いま太陽のように熱く燃え上がり――。

 それはきっと月の光のような、揺るぎない愛のカタチを胸に包み込んで――。

 

 狂乱するベリアルとクロノームの攻撃を浴びて、それに一切怯むこともなく、廻る双刃は月煌で輝く日輪と成る。

 炎の翼をはためかせ、零を描く刃を大きく振りかぶり、巨人は奔った。

 

「『――あぁ。夢は……終ぉわりだぁぁああああッッ!!!』」

 

 光を纏い更に加速を増し、すり抜け様に双刃がベリアルとクロノームの両者を断破する。

 そのまま地滑りで制動しつつ身体を逆に捻る。同時にアームドギアが右腕を飲み込むようなプロテクター状のブレードへと変形。

 右腕を腰溜めに据え左腕を水平に伸ばし、流れるように腕をL字に組みあげる。

 瞬間右腕を纏うアームドギアプロテクターが展開、そこから爆発的なエネルギーが放出された。

 ウルトラギアによる強化を重ねた風輪火斬とワイドゼロショットの合わせ技…【煌輪絶破(こうりんぜっぱ)・ハバキリゼロショット】。連撃を締めくくる超光の刃波が、ベリアルとクロノームを飲み込み微塵と斬裂、爆散させた。

 

 戦いの終わりと共に、クロノームによる時空干渉が無くなったのか、ゼロの肉体が光に包まれ始めた。

 海鳴りの音は止み、元の時間軸へと帰る時が来たのだ。

 目線を奏の方へ向ける。ペタンと座って此方を眺める彼女の眼は、まだ何処か虚ろに見えた。

 

「『大丈夫だよ奏。これはただの…空疎な夢。こんな荒唐無稽な夢から覚めたら、パートナーと一緒に羽撃くあしたがやって来る。

 奏のその歌は、みんなに諦めない勇気を与える歌。……多くの人の心に、刻み込まれる歌なんだから』」

 

 光に包まれたまま、澄み渡った夜空の月を目掛けてゼロが飛び立つ。

 脚のブレードから放たれる光の粒子は、まるで翼のように広がりを見せ、やがて消えていった――。

 

 

 

 

 

 

 ――ゆっくりと、目を開く。

 そこは変わらぬ公園だった。

 幸いにも人気は無いままで、誰かに何かを見られたなどと言うこともなさそうだ。

 

 おもむろに端末を取り出し眺める。

 映し出された数字は、紛れも無く”現在”の数字だ。ただ違うのは、午前中に到着したはずのこの場所が、既に沈む夕日に照らされていたという事だった。

 端末の液晶画面を見てみると、指令室からだけでなく響やクリス、マリアたちからも着信履歴が並び残っていた。

 小さく鼻を鳴らし、端末を操作する。差し当たっては指令室へだ。

 

 繋がった途端、弦十郎の怒號が耳を貫く。

 だが、それだけ心配してくれていたということがよく分かった。

 続けざまに飛び出してきたのは星司の怒號。これはゼロに充てたものだったが、巻き添えとばかりに此方にも飛び火したようだ。

 そんな大人たちの声を聴き終えて、ようやく一息。報告すべき事があるのだが、不思議と今日はわざわざ本部に戻る気は起きなかった。

 今日は休暇。報告書をまとめ翌日提出するとだけ言い、通信を終える。

 残された余暇の時間を過ごす最後の場所。それはもう、決まっていた。

 

 ブルーのバイクが空を切り走る。

 やがて辿り着いた場所は、一つのマンション。そこは、風鳴翼がその羽を休める止まり木の一つでもあった。

 弦十郎や慎次はこの場所を知ってはいるが、わざわざ乗り込んで来るほど無粋ではあるまい。

 そんなことを考えながら乱雑に散らかった部屋に入り、本棚と化したカラーボックスを覗き漁る。大きなファイルを開くと、其処にはいくつもの写真が綴じられてあった。

 写っていたのはかつての翼と、その片翼……天羽奏。

 残されたたくさんの思い出。

 そこに写る彼女の顔は、いつだってキラキラした笑顔だった。

 捲る度に思い出せる。奏がどんな声で、何を話してくれたのかを。今はちゃんと、”思い出せる”。

 

 ――写真の上に、涙が零れ落ちた。

 

 溢れ出して止まらない不覚。拭っても拭っても、一体何処から来るのかと言いたいぐらいに止め処なく落涙した。

 ……理解っている。それ以外の理由など、有りはしない。それでもこの涙を止めたくて、止まらなくて…ついに自らの内に居る者へ声をかけた。

 

「……済まない。こんな涙で、何かを守護れる訳ではないと言うのに…私は、また……」

『……何言ってんだ、守護れたじゃねぇか。奏が託し、繋ぎ、紡いだもの…生きた証ってヤツをよ……。

 悔し涙は流してる暇なんざ無いかも知れねぇ。…けどよ、嬉し涙ぐらい、いいじゃねぇか』

 

 優しい肯定を貰い感極まったのか、アルバムを抱えて涙を流し続ける。

 最後の矜持なのか、その声を押し殺しながら…。ただその口元は、ほんの僅かにだが嬉しそうに、笑っていた。

 

 

 

 

「翼!なぁ翼!聞いてくれよ!!」

 

「すっげぇ夢を見たんだ!なんかもう、とにかくすっげぇの!!」

 

「でっっけえバケモンと、同じぐらいでっっけえ巨人がすっっげえバトルしててさ!!」

 

「アタシはなんか悪モンに捕まっちまうんだけど、善い巨人が助けてくれたんだ!!」

 

「その巨人と一緒に戦ってたのが、翼とクリソツの姐さんでさ!今より成長して強くなった翼って、あんな感じになるのかなって思ってさぁ!!」

 

「……あ、その顔は信じてねーな?いいじゃんか夢の話なんだから。そんなトコまで真面目が過ぎるぞ?」

 

「んでさ、アタシはその巨人と姐さんに助けてもらうんだ。まるで優しく抱かれるみたいな感じがした!そしたらすかさずバケモンを叩っ斬って、ビームでドッカンさ!!すっっげぇだろ!?」

 

「それで、バケモンを倒した巨人は光になって空へ消えていったんだ。まるで…逆光を浴びて羽撃いてるみたいでさ。すっげぇ、綺麗だった」

 

「そうだ!アタシたちのデビュー歌、コレもネタにしよう!ふふふ…すげぇな。シンフォギアを纏ってもないのに、胸の内から歌が溢れてくるようだ!」

 

「……なに、まだやるなんて言ってない?固いこと言うなよ~。こんなとこは強情っ張りなんだから」

 

「大丈夫、アタシが一緒にいる。翼の手は絶対に離さないからさ。二人の羽を番い合わせて、一緒に飛ぼう」

 

 

 

「何処までも、果て無き未来(そら)へさ――」

 

 

 

 

 EPISODE15 end...

 

 

 

 

 

 

「――……任務、完了ですわ。ふふっ……」

 

 

 暗夜の中、一人の黒い影法師が、旋風に乗って優雅に舞うように消えていった。

 

 

 


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