「――ッきゃああああああ!!!」
「未来ッ!?」
通信機の反応に気付いたのか未来の叫びが聞こえたのか、はたまたその両方か…。定かではないにしろ響は直感で未来の危機を感じていた。
すぐに全速力で駆け出していく響。シンフォギアを纏えればこんな距離は一瞬なのだが、さすがにリディアンの校内でそれは使えない。
状況の不自由さに思わず歯軋りしてしまう。未来ならきっと無事に逃げてくれると信じてはいるが、コンマ一秒でも早く彼女の元に向かわなければならないと心は逸り続けていた。
直後に起きる爆発音。小さく上る煙に嫌な予感を覚え、響はその足で強く地面を蹴りながら走っていく。
通りを抜け、煙の上がっていた場所に到着した響。制服の上からギアペンダントを握り締めながらその場を見ると、腰が抜けたように座り込んでいる未来を見つけた。
「未来ッ! 大丈夫ッ!?」
「響…う、うん…」
「良かった…。でも、一体何が…」
言いながら目を前に向けると、其処にはヒト型の異形が背を向けて立っていた。
漆黒の、ややずんぐりとした体型ではあるが、その身長は師である風鳴弦十郎よりやや大きく見える。
ただ一目で理解る。アレは、”ニンゲンではない”と。
異形が振り返る。
側頭部全体から外へ小さく耳のように伸びた突起。即座に眼と認識できる部位に煌めくは深い青の輝き。
其処から下に広がる灰銀色の部位は何処となくクジラの髭を思わせる。その中央で、恐らくは口だろうか…と思われる部分が黄色に輝いていた。
理解の追い付けぬ情報を咀嚼しながら、響は警戒心を高めて、向かい合う異形を睨み付ける。それに対し声をかけたのはなんと異形の方からだった。
「安心してほしい。私は彼女を助けただけだ」
「しゃ、喋っ…ッ!?」
「驚く事は無いだろう。ヤプールやエタルガーも地球の言語を話すのだ、私が喋れぬなどという事は無い」
ヤプールとエタルガー。先日まで地球を襲ったモノと、今後襲来すると言われたモノ…その二つの単語を聞き、異形に対する響の警戒心は更に上昇した。
「何故、その名前を…」
「どちらも宇宙に名を馳せた悪性生命体だからな。あぁいや、それは我々の種族も同じようなモノか」
抑揚のない口調で眼前の異形が話す。物腰は柔らかく口調自体は紳士的とも取れるが、響はもちろん同席する未来もまた、その異形から得体の知れないものを感じていた。
それが敵意なのかは理解らない…いや、感情そのものを一切掴ませようとしないでいるように、二人は思っていた。
だがそれを、響はほんの微かに安堵していた。少なくとも今現在敵意が無く、会話が出来るのならば”力”を行使する必要はない。そう思ったからだ。
「……貴方は、何者ですか?」
「私はメフィラス星人。不名誉ながら、他の宇宙では【悪質宇宙人】と分類されている異星人の種の一つだ」
メフィラス星人。
そう名乗った異形がゆっくりと二人の元に近寄ってくる。一瞬身構える響だったが、やはり敵意は感じられない。
頭から信じていいかは悩むものの、一先ずは自分の直感を信じてみようと思った。未来の出した緊急連絡の報せは調と切歌、その先に居る星司にも届いているはずだ。
それに自分にも、地球から託された光がある。最悪それを用いてこの場を離れる事も出来る。不器用ながらもそこまで思考を組み立てて、歩み寄って来たメフィラス星人に対し響が声を出した。
「……まずは未来…私の親友を助けてくれて、ありがとうございます」
「礼は不要だ。私にも目的があったからな」
「目的、ですか……?」
「ああ。私は君たちシンフォギア装者に興味があったのだ。歌と言う名の奇跡を纏い、ウルトラマンたちに受け入れられ一体化し、邪悪な侵略者と果敢に戦う歌姫たち。
特に君だ、立花響。数奇な運命を歩み、今は地球に選ばれその力を託された者。私は私の目的の為に君と話してみたかった。
だが、君を調べれば調べるほど…異なる存在でありながら共に在るもう一人。小日向未来に、私は強い興味を抱いたのだ」
「私、に…?」
声にはならぬ驚きを見せる響と未来。力を持たぬ、ただ彼女らシンフォギア装者とウルトラマンたちの力と人となりを知っているだけの少女が、この異星人の興味の対象になったと言うのだ。
そう言ったメフィラス星人はその場から動きはしない。身振り手振りも無いせいか、言葉に対する是非すら判断しかねている。
直立不動のそのままの姿勢で、彼はまた言葉を続けた。
「さて、君たちには尋ねておきたい事がある。時間は取らせないから安心してくれ」
「尋ねておきたい事……?」
「簡単な話だ。君たちの望み、願い……なんでも叶えよう。
その代わりに、私にこの地球を譲っては貰えないだろうか」
平然と、さも当然のように放たれた言葉。
あまりにも単純で、あまりにも傲慢な要求。
様々な思いを一瞬で吹き飛ばす程の圧倒的な言葉の暴力を、響と未来は感じていた。
僅かな静寂と沈黙。だが彼女たちにはそれが何倍も長く感じられていた。
メフィラス星人からは決して催促することは無い。真っ直ぐと此方を見据えながら、ただ回答を待っているように見える。
やがて声を発したのは、未来の方だった。
「……お断りします。私を助けてくれたことは感謝していますが、それとこれとは話が別です。
地球を渡すなんてこと、出来ません……!」
「そうです! この地球は私たちだけじゃない、みんなの居場所……地球に生きる、みんなのものなんです! 誰かに易々と手渡すなんて、出来る事じゃありませんッ!」
「あらゆる願いが叶うと言ってもかい?」
「それは……正直ちょっと魅力的ですが、私なんかの願い事とみんなの居場所を秤にかけるなんて出来やしません…!」
意志を固めて返答する響と未来。其処に迷いは見られず、強い否定を露わにしていた。
メフィラス星人はただその姿を見て、小さく笑い声を上げた。それは初めてこの存在から、感情らしいものが垣間見えた瞬間だった。
「フフ…フハハハハ……」
「なにか、可笑しいですか……!?」
「いや、済まない。その回答が、予想以上に予想通りでつい、ね」
「予想通りって……」
「君たちは地球を売り渡すようなことはしない。君たちの行動を観察していく中でそんな確信が芽生えていた。
だが、それでも尋ねてみたかったのだ。知的好奇心というものだろうかな。それでこそ、挑戦のし甲斐があると言うものだ」
淡々と話すメフィラス星人の言葉に、二人は只々困惑していた。言葉の意味は理解できても、掴みどころのない彼の心情に対してはただ猜疑心が生じるだけだ。
両者の間に開かれた距離。その間に入り込むように一人の男が割り込む。それは他でもない北斗星司だ。少し遅れて調と切歌もこの場に現れた。
「あれは……!」
「別の宇宙人デス!?」
「メフィラス星人、彼女たちに何をしている!」
「はじめまして、ウルトラマンエース。そして彼と力を共にした装者たち。何をと言われても、私はただ彼女らと話をしていただけだ」
「ふざけたことを……ッ!」
「そう思うなら彼女らを調べてみるがいい。貴様ならば、二人に外傷が無いことも洗脳や精神操作を行ってもいないことまで理解るはずだ」
険しい顔で響と未来の方を向き意識を集中させる星司。……確かに、彼女らの心にメフィラス星人が介入したような痕跡は見られない。
「クッ……!」
「言っただろう。私は彼女らに”何もしていない”。理解って貰えたかな?」
「貴様……目的は何だ!」
「我が同胞……先人たちと変わらん。私は、この地球が欲しいだけだ」
その言葉を聞くと同時に、星司と共に調と切歌も即座に戦闘態勢を取る。理不尽な侵略が目的ならば戦う必要がある……二人の小さな身体にも、その意識は強く刻み込まれていた。
だが対するメフィラス星人の言葉はやや拍子抜けするものだった。
「止してくれウルトラマンエース、私は同族の中でも特に争い事が嫌いなのだ。数多の先人よりも遥かにな。君たちと戦うつもりは無い。
それとも、宇宙警備隊は戦意や敵意もない怪獣や他の宇宙人を見境なく討つ野蛮な組織なのかね?
私の同胞が君ら光の国の住人に対し敵意を抱いている者が多いのは知っている。それに対し君たちも、我々の種を敵対視しているのも理解している。だが、それですべてを十把一絡げにするのは余りにも性急な愚行ではなかろうか。
君も彼女……立花響を見習ってみてはどうかね?」
ずけずけと散々なことを言い放つメフィラス星人だったが、彼の言うことは正論でもあった。
宇宙の秩序を守護る定めを背負う宇宙警備隊が、その武力を用いて一方的な攻撃を仕掛けては倫理に反するとも言える。
それを乱してしまっては、それこそ同じ穴の狢となってしまうことぐらい星司にも理解っていた。
頭に血の上りやすい彼ではあるが、戸惑いながらも背後から見守る彼女らを想うことで、なんとかその戦意を抑えていった。
星司の腕が自然と下に降りたのを確認し、メフィラス星人もまたその手を後ろで組む。その姿勢は変わらぬ戦意の無さを表しているようにも見えた。
「理解ってくれて嬉しいよ、ウルトラマンエース」
「おじさん、良いんデスか!?」
「……コイツには、本当に戦う意志が無いんだ。それに侵略を実行している訳でもない。ならば此方にも、今は戦う理由が存在しない」
「だけど……! あのスペースビーストも、もしかしたらこの宇宙人がーー」
「それは無いよ、調ちゃん。この人……メフィラス星人、さんは、間違いなく私を助けてくれたから」
「私としてもスペースビーストの介入は想定外だった。マイナスエネルギーを集める為とは言え、アレを異世界に送り込むことは大きな混乱に繋がるからな。
それは私としても不本意な事態に繋がってしまう」
未来の言葉に調も反論出来なくなる。如何な理由があろうとも、事実の上で彼は未来の命を救ったことに変わりないのだ。
自作自演という線も考えたが、聞かされていたスペースビーストの出自とメフィラス星人の言葉を考えるとその線も薄い。
結局二人とも、不承不承ながらの了承と共にペンダントからその手を離していく。戦いをしないと言う意思表示だった。
「平和的な理解、感謝する」
「勘違いするなよ、メフィラス星人。貴様がもし、その実力でこの地球を……この娘たちを傷付けるようなことを起こしてみろ。
――その身体、どう離れるか知れたものじゃないからな」
「恐ろしいね。だが安心してくれたまえ、私とて命は惜しい。わざわざ君の逆さ鱗に触れるような真似はしないさ」
淡々とした言葉は何処か飄々と躱すようにも聞こえてくる。
そして後に回した右手を前に出し、そこから光を放つメフィラス星人。一瞬身構えてしまうものの、光は彼の手の上で球体となり、その中に何かを映し出していた。
「これは?」
「興味深い事態が起きそうなのでね。それにこれは、君たちも見ておくべきことだろうと思ってね」
やや大きく広がる光。徐々に鮮明になっていく景色。
赤黒い陰の気に支配された空間に立っていたのは、マリアの変身するウルトラマンネクサスと翼の変身するウルトラマンゼロの二人。
メフィラス星人は今、位相を操作してダークフィールド内の戦闘光景を映し出したのだ。
「翼さん! マリアさん!」
「敵はさっきの巨大化したビーストと……」
「黒い目の……ウルトラマン、なんデスか!?」
驚きに染まる響たち。見守る外野に気付くことなく、フィールドと言う戦場はどんどん変化していく。
状況は二人のウルトラマンがやや不利。
バグバズンブルードの鋭利な爪の一撃を受けネクサスが倒れ込む。もう一人の黒い巨人、ダークファウストからの追撃もあり、ネクサスのコアゲージが点滅している。
時間が無い…そう思った時、ゼロの身体から激しいエネルギーが放出し始めた。
「これは、まさか……!」
爆裂する力の奔流。
翼は知っていた。これこそが、イグナイトモジュールの発する魔剣の呪詛であると。
ゼロはこの時知った。魔剣の呪詛…それにより解き放たれる、我が内に知らず秘めていたマイナスエネルギーを。
だが互いに”知っていた”。魔剣の呪詛は、己を闇に引きずり込む魔の手。だがそれを捻じ伏せることこそが、イグナイトモジュールの真価であると。
闇など何度も触れてきた。その眼で。肌で。魂で。
だからそこに、恐れはない。
……否、恐れよりも遥かに大きく膨れ上がった思いが有った。
ヤツは傷付けた。
大事な仲間を。仲間たちを。
許さない。許さで於くべきか。
魔剣の呪詛が破壊の意志を力と為すものであるならば…
――絡み付く呪詛を捻じ伏せ、手を伸ばす。
その、”絶対たる力”に。
同刻、タスクフォース指令室では鳴り渡る計器にブリッジスタッフが情報処理に追われていた。
その原因は唯一つ。ダークフィールド内での戦闘で、翼とゼロが完成したばかりの奥の手を発動させたからに他ならなかった。
「あいつら、こっちに一言も言わずに使うヤツがあるか……ッ!」
「で、ですが風鳴司令、翼さんとゼロさんのユナイト数値は発動前の時点で120を超過していました。
想定値より下回ってはいましたが充分に高いですし、イグナイトモジュールの抜剣と互いの心象同化を補正すればウルトラギアのコンバインに問題はないはずです!
翼さんとゼロさんならば、必ず……!」
「……机上の論では問題なかろうとも、心を重ねる事はそう簡単なことじゃない。数字で語るには余りにも不明確過ぎる」
その言葉の瞬間、翼とゼロの状態を監視するモニターがレッドアラートをかき鳴らした。誰がどう見ても即座に理解できるほどに危険信号だ。
「エックスさん、なにが!?」
『マズい……。ユナイトは続いているのに、翼とゼロの心象同化が異常波形を示している!』
「異常、波形……!?」
モニターに目を向けるエルフナイン。今の彼女が、指令室の面々が目を向けていたのは、ただ高出力のフォニックゲインを放出するウルトラマンゼロの姿だった。
その異変はリディアン敷地内、メフィラス星人の作り出したモニターを見ていた響たちも驚愕していた。
「翼さんと、ゼロさん……!?」
「使った……ウルトラギアを」
「でもでも、なんか様子がおかしいデスよ!」
それは同様に、展開されたダークフィールドの近辺でも……
「先輩……。なにやってんだよ、そいつは……!」
猛を肩に乗せながら小さな端末の液晶越しに状況を見て忌々しそうに呟くクリス。放たれている力の大きさに、妙な違和感を覚えたからだ。
暗黒空間にあってなお、それを凌駕せんとする爆発的なエネルギー。僅かにとはいえ位相差をも超えて震わせる空気は、絶唱のそれを思い浮かばせる。
そして、ダークフィールドの内部でも……
「『うううう……ぅぉおああああああああッ!!!!』」
(翼ッ! ゼロッ! 何故、なにが……!)
最も間近で見るからこそ眼前の異常事態が理解る。
絶唱のように爆裂するフォニックゲインがウルトラマンゼロの身体から放出され、徐々にそれが赤黒に染まっていく。
見守るマリアは即座に理解した。あの状態、あの現象。他の誰でもなく、己がそうであった事案なのだから。
(暴、走……ッ!)
「『があああああああああああッッ!!!!』」
爆裂させた力と、獣性の如く昂ぶり変わった戦闘本能…抑えきれない破壊衝動がゼロの身体を突き動かす。
ダークフィールドの干渉をものともせず…いやむしろ、その力をも飲み込み力に変えているような勢いで、バグバズンブルードに襲い掛かった。
右手で頭を握り締め、空いた左で胸部へ打撃を叩き込む。溢れる猛烈なパワーはバグバズンブルードの胸部を穿ち、それでもなお甚振るように穿った部分を殴り続けた。彼のその手には、不快な色の体液が粘り付いていた。
そのまま力任せにバグバズンブルードをダークファウストに向かって投げつけるゼロ。急な攻撃に、ダークファウストはそれを受け止めることも出来ずに直撃、押し倒されてしまう。
それを追うように空へ飛び立つゼロ。重なった標的の姿を確認し、そのまま勢いをつけて特攻。姿勢を変えて力を込めた蹴りの一撃…ウルトラゼロキックを放った。
大地を深く抉るように凹ませて、蹴り貫いたバグバズンブルードの上に立ちその姿を見つめている。
ピクピクと微かに蠢くバグバズンブルードと、その下敷きになり何とか脱出しようともがくダークファウスト。これまでの優位がたった一瞬で覆されてしまっていた。
その姿を一瞥しながら、ゼロがその腕を構える。右手は握り腰だめへ、左手は水平に伸ばして…そう、ワイドゼロショットの構えだ。
「クゥッ……!!」
「『ぐぅうあああああああああああッッ!!!』」
勢いのままに腕をL字に構え、赤黒い暴走したフォニックゲインそのままのワイドゼロショットを発射するゼロ。
破壊の奔流は眼下のバグバズンブルードに飲み込まれ、その全てを焼き尽くしていく。
僅かな時も持たずに爆裂するバグバズンブルード。その衝撃に、下にいたダークファウストも吹き飛ばされる。
もう一つの標的と認識してすぐに襲い掛かろうとするゼロだったが、微かにその標的の方が先に動き出していた。
ほくそ笑むような小さな笑い声だけを残し、ダークフィールドから闇を伴い溶けるように消え去るダークファウスト。先ほどまでの喧騒が嘘のように、何一つ言葉を残さずに消え失せてしまった。
……だが、事態はこれだけで終わらなかった。
「『ぅううあぁあああああああああッッ!!!』」
(まだ、暴走が収まらない……!)
咆哮するゼロと翼。マリア……ネクサスがなんとか立ち上がるものの、その動きを察したのか今度は此方を標的にしてきたようだ。
エナジーコアはまだ点滅していないもののコアゲージの点滅速度は加速度的に増していっている。
あとどれだけこのフィールドを維持できるか理解らないが、今のウルトラマンゼロをフィールドの外に出したら何が起きるか分かったものじゃない。
なんとしてもこの場で……一刻も早く、二人を暴走から解放しなければならない。敵の居ない空間で、マリアはただそれを強く思い構えた。
その姿に反応したのか、暴走するゼロがネクサス目掛けて突進してきた。
「『ぐおおおおおおおおおッッ!!!』」
(かつて我が身をも染めた事とは言え、傍から見るとまるで獣……!)
両手同士を絡ませ受け止め、上から襲い来る重圧に耐えるネクサス。踏ん張る足を地面にめり込ませながら、なんとか耐えるので精一杯だ。
だが相手の行動を止められたのは僥倖とも言えた。
経験から知っていた。イグナイトモジュールを用いた際に起きた暴走は、外部からの強烈な攻撃によって強制的にイグナイトモジュールを止めてしまえば良い。
そもそもに置いて時間も無いのだ、残された力を用いた一撃で決めなければならない。それを思うと悠長に格闘戦に興じている暇はなかったのだ。
抑え込まれながらも自らに残された力を胸部に集めていき、それに応じてエナジーコアが激しく光り輝いていく。
両の手が塞がれていようとも…否、塞いでいるからこそこの技以外に最適な有効打など有りはしない。
(向こう見ずで無鉄砲な貴方たちが暴走なんかしちゃったら、轡をかけるにはこれしかないのよ…! 今度は私が、ベッドで話を聴かせてもらうわッ!)
「オオオォォ……シェアアアァァァァッ!!」
ネクサスのエナジーコアに溜め込まれたエネルギーが、輝きと共にゼロへ向かって解き放たれる。戦闘形態であるジュネッスの必殺技の一つである【コアインパルス】。
組み合う最接近状態である以上、互いに無防備な状態で撃ち込まれることになる。直撃した高出力の熱量が撃ち込まれたゼロに直接的なダメージを与えていく。
呻き声とともに発生した爆裂が互いを焼くが、それでもネクサスは握り組んだゼロの手を放しはしなかった。
直後にコアゲージの点滅が停止、ネクサス自身のエネルギーに由来するダークフィールドが解除され、溶けるように消えていく。
振り絞った一撃で体力の限界を迎えたネクサスと、その攻撃でモジュールの強制停止を迎えエネルギーを果てさせたゼロ。
二人の光の巨人は、フィールドと共に光となって消失していく。そしてフィールドを展開したその場、クリスと猛の傍に傷だらけの翼とマリアが横たわっていた。
終えた戦いの余波なのか、一陣の風が倒れ気を失う翼の髪をふわりと僅かに広げていく。
「先輩! アンタも…!」
『クリスくん! すぐに緒川たちをそっちへ送る! 到着し次第、翼とマリアくん、矢的先生を本部メディカルルームへ搬送するんだ!』
「あ、あぁ!」
即座にクリスに指示を出す弦十郎。彼女はどこか生返事だったものの、せめてその場で待機していてくれれば理解りやすい。
なんとか収まった事態に一息吐きながら、次は響たちに連絡をする番だ。
「……はい、はい。それじゃみんなと一緒に本部へ向かいます。……師匠、それと」
『どうした?』
「……未来も一緒に連れて行きます。報告しなきゃいけないことが、出来ましたんで」
『……理解った。気を付けて来るんだぞ』
了解と言い残して通信機を切る響。向かう視線は、距離を置いているもののずっと同じ場に居たメフィラス星人だ。
「話は済んだかね? 私はどうしようか」
「どう、って……」
「私のことを報告するんだろう? 別に私が直接行っても良いと言っているのだ」
「貴様、いけしゃあしゃあとッ!」
思わず声を荒げる星司。しかし警戒を強めるのも致し方ないことだ。
今現在は地球を守護る要でもあるS.O.N.G.。行く先はその機動部隊であるタスクフォースの本部だ。完全に協力者だというわけでない存在を軽く敷居を跨がせて良いのかと言うのは悩むところでもある。
それもありメフィラス星人の言葉に真っ先に否定を示す星司。それを、流石に誰も止めようとはしなかった。だが、帰って来た言葉はまたも飄々としたものだった。
「フフフ……その返答も反応も予想通りだ。いいだろう、此処は私が退こう。いずれは挨拶に出向かねばならんが、今はまだその時ではないだろうしな」
その言葉に返答する者はいない。それが、今のメフィラス星人に対する信の度合いだったと言える。
「嫌われたものだ。だが、殺されなかっただけ良いとしよう。
……あぁそうだ、立花響。どうせ報告するならば、私の言葉も一緒に伝えてくれないかね」
「貴方の、言葉を……?」
「そうだな……『地球が欲しい』ということは言うだろうから、一つだけ助言を与えよう」
「助言……?」
「ああ。奇跡と呪詛を諸共に纏う歌巫女と、闇を照らし悪を討ち砕く光の戦士。だが如何程に身体と心を一つに繋ぐとも、正しきだけでは真の癒合には至らない。
君らが真の癒合を成すに足りぬもの。それは君らの道にあった路傍の石。君らが相対したものが擁した貴石。それは威力を以て撃ち放たれた言の霊。
傷無き絆など、戯れ睦み合いに過ぎぬということだ、とね」
「……言ってること、全然わかりません。ですがーー」
「――やってみる。そう、それで良いんだ」
満足げに笑うような声を出し、そのまま空へ飛び立つメフィラス星人。僅かな時間で一粒の光となり消えていった。
心にしこりを植え付けられ、困惑に包まれながらも時間は過ぎていく。
知らず変化を続ける状況の渦に飲まれながら、奇跡を纏う少女らと光の戦士たちはたった一つの確信を覚える。
戦いが、動き出したのだと――。
……地球近海。
漆黒の宇宙空間において、全ての感知機能を遮断しながら宇宙に漂う一隻の円盤があった。
玉座の如く鎮座するブリッジシートに腰を掛ける黒の宇宙人を主とし、地球を眼下におきながらも何をする訳でもなくただ眺めていた。
その黒の宇宙人の眼前が小さく揺らぎ、おぼろげな形を作り出す。何者かが入り込んで来たのだ。
「……地球人と話すのは楽しかったか、メフィラス星人?」
「おや、エタルガー。わざわざそんなことを聞きに来るとは、奇特なことだ。君ほどの者が、何をそんなに気に掛ける事があるのかね?」
「質問をしているのはこっちだ。貴様が何の心算かは知らんが、この俺と敵対すると言うのなら――」
「ははは、止めてくれたまえよ。私は争い事が嫌いなんだ、命は大事にしたい主義でね。殺されるような相手と戦いたくはないのだよ」
竦むようなジェスチャーをし、エタルガーからの恫喝めいた言葉を飄々と躱すメフィラス星人。その態度は、地球人に対してとったものと何ら変わってはいなかった。
「やれやれ、君の質問に答えるとしよう。
この世界の地球人も別段他の世界の地球人とそう変わりはしない。他者を愛し育む者があり、他者を憎み壊す者がある。何処にでもある、ありふれた地球だ。
だがたった一つ、大きな差異がある。それが【歌】だ。
先史文明期にこの地球を覆ったバラルの呪詛。統一言語を奪われ、相互理解を失ったヒトが言の葉を超えて再度繋がり合う為に作り上げた言霊。
この地球が望んだ、【絆】の象徴かもしれんね」
紡がれる言葉を聞き、揺らぐエタルガーの顔が何処か険しく歪む。それに気付いているのかいないのか、メフィラス星人はまた淡々と話を続けた。
「歌の力でこの地球は幾つもの悲劇と奇跡を紡いできた。対人殲滅兵器であるノイズ、神代の超兵装である聖遺物、その聖遺物の欠片を用い生み出された特機装束シンフォギア……。
まぁその辺りはヤプールの戦いを見ていた君ならば理解っていることだろうね。だから君の問題はそこではない。
地球に迫る脅威に対し現れた光。それと重なり合った歌…。この奇跡、如何に殺戮すべきか。
その為に私を監視していたのだろう?影法師やスペースビーストなどという無粋な害獣を用いてまで、その身を修復しつつね」
エタルガーは答えない。此方を見透かしたような言葉を吐くメフィラス星人に不快感を覚えながらも、その心理を読み解く力、ただの言動だけで誑かし惑わせる力は、【悪質宇宙人】の異名に相応しいものだ。
故にこのメフィラス星人には、利用価値がある。そう確信していた。
「安心するといい。君の目論見はすべて順調に進んでいる。ビーストも、影法師も、君の思うが儘にだ」
「チッ……ならば精々、俺の邪魔をしないように立ち回るんだな」
「そうさせて貰うとも。私とて、命は惜しい」
メフィラス星人のその言葉を最後に揺らぎ消えるエタルガー。
静寂が戻った船内で、メフィラス星人は座ったまま外を眺めていた。
眼下に広がるは青き地球。視界の端に映るは欠けた月。
その美しい光景を楽しむように、ただゆっくりと想いを馳せるのだった。
この世界の、往く末を……。
EPISODE14 end...