絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア   作:まくやま

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EPISODE 13 【夢の憧憬に揺れる秋桜】 -B-

 

 タスクフォース移動本部内。

 自己鍛錬を兼ねた、エボルトラスターを握っての瞑想を終えたマリアが自室のベッドに仰向けで倒れ込んだ。

 額には汗粒が光っており、呼吸も少しばかり早くなっている。その中で一度大きく深呼吸をし、閉じた目をゆっくり見開いた。

 

(……やはり何も、答えてはくれないのね)

 

 呟くように思いながら、左手に握られたエボルトラスターを再度見つめる。自らが纏うシンフォギアと同じような親和性を握る左手から感じるものの、其処にどれ程の意識を傾けようと、いくつかのビジョンが垣間見えるだけで自らが望むものは現れることはなかった。

 マリアが望んでいたのは、光との対話だった。この身を選んだもの、この身に叡智と浄化の力を授けた大いなる光。

 スペースビーストとの戦いが本格的になると共に、その光が自分を包んでいくような感覚を彼女は抱いていた。光に抱かれ変わり往く中で、マリアは内心でその光に対し僅かな恐怖を抱いていたと言っても過言では無かった。

 問いたかったことは唯一つ…『何故、私だったのか』と。

 

 一度意図せぬ時に、夢とも思える光の奔流の中で、巨人の姿をとっている光を見ていた。

 自らが変身するウルトラマン、ネクサスの基礎状態であるアンファンスに近くあり、それでいてそれよりも遥かに強く眩い純銀の輝きを湛えた巨人の姿。

 それを見た瞬間に問うてしまった。何故、私を選んだのかと。

 銀色の巨人は何も答えなかった。以前、初めて変身した時に語り掛けてきた二人…ダイナとコスモスの片鱗たる者が言っていた事を思い出したが、それだけで答えを得たとも思えなかった。

 自分はただ、全身全霊を以て世界を守護りたかっただけだ。文字通り命を賭して守護ってきた、マムやセレナのように――。

 

 

 

 知らぬ間に眠るように腕で目を覆っていたマリアの耳に、通信機からの着信が鳴り渡る。相手は切歌の物だった。

 小さな驚きと共に服の袖で目を拭い、急いで通信機に手をかけた。

 

「もしもし、切歌? どうかしたの?」

 

 特に疑問に思わず呼びかける。だが通信機の向こうから聞こえてきたのは、なんだか騒々しい困惑の声だった。

 

『…お、おいおい、これってどうすりゃ良いんだ?』

『俺に聞くなよ先輩! こんなところでロートル発揮してんじゃねぇや!』

『なんだとこの野郎!? そう言うお前だってこういう機械はからっきしじゃないか! よくそれで隊長なんか務まるな!』

『あーあーそーゆーこと言っちゃいますか先輩は…。上等だ、オモテでケリつけようぜ!!』

『うわぁあああ北斗さんもランさんも何言ってるんですかぁぁぁ!!! か、貸してください私やりますから! …みぃーくぅー!!』

『そこで私に振るの!? ちょ、ちょっと貸して!』

 

 …なんとなく、察しがついた。

 切歌から通信機を手渡された星司が、マリアに向けてビデオ通話をかけてきたのだろう。

 だが悲しいかな、彼もある意味では前時代の男。昨今の複雑化した通信機器の操作に戸惑っていたのだろう。

 加えて其処に居たのは地球の文明や文化には今一つ疎いゼロ。もといラン。彼にも理解るはずが無いのは必然だった。

 幸い近くに響と未来が居たようで、今は二人の声が小さく聞こえてくる。そうこうしている内に、マリアの端末画面に照明に照らされた舞台が映り込んで来た。

 

『あー、あー…マリアさん、聞こえますか?』

「えぇ、大丈夫よ未来」

『良かったぁ…。お騒がせしてごめんなさい』

「お疲れさま。それで、何が始まるのかしら?」

『実はですね! なんとなんとこの後、調ちゃんと切歌ちゃんが舞台に出て歌うんですよ! それをどうしてもマリアさんにも見て貰いたいって聞いちゃって!』

 

 未来の隣から、まるで我が事のように嬉しそうに話す響。一寸ばかし姦しいが、調と切歌の晴れの舞台を自分にも見せたいと言う想いは強く伝わって来た。それは、純粋に嬉しかった。

 

「それでわざわざかけて来てくれたのね、ありがとう。あの子たちがどんな歌を聴かせてくれるのか楽しみだわ」

『きっと楽しく歌ってくれますよ。っと、そろそろですね!』

 

 響が押し黙ると同時に司会進行役の生徒の元気な声が聞こえてきた。

 秋桜祭の目玉行事、勝ち抜き歌唱大会。これに優勝したものは、リディアン音楽院生徒会が所有する権限の範囲内であればどんな望みでも叶えることが可能だという中々に太っ腹な行事なのだ。

 だが音楽院である以上その点数審査も厳しく、多くののど自慢や学業にて好成績を修める生徒を払い落としてきた、分厚い竜門の扉とも言えた。

 そして今回この歌唱大会の審査員席に、特別審査員としてあの風鳴翼も座っているものだから参加者の誰もが戦々恐々としていたのは言うまでもない。

 なおこの大会は飛び入り参加も可能。勿論滅多に出て来るものでもないが、昨年は二人の少女がデュエットで参加して好成績を収め、翌年度にて当音楽院に入学を果たしたという記録も残っている。

 

「それじゃあ始めていきましょうッ!!

 まずは昨年に続き今年も意気揚々と参加してくれたアニソントリオの登場だぁー!!」

「なんか私たちまでアニソン好きにされちゃってる!?」

「何言ってんのよ! 去年の無念を糧に今日まで頑張って来たんじゃない! 今年こそ優勝! そしてアニソン同好会の設立よッ!!」

「一年間のナイスな努力を見せる時ですものね。友人の願いを叶える為にも、私達も頑張りましょう」

「あーあ、仕方ないなぁもう…」

 

 昨年よりも更に気合を入れたコスプレを身に纏った板場弓美、寺島詩織、安藤創世の三人が舞台に上がり、弓美のチョイスしたアニメソングを全力で熱唱し始めた。

 数分後、その全てを唄い切ったことで会場からも拍手が舞い込んできた。それに一瞬呆然とするも、弓美が真っ先に両手と共に喜びの声を上げる。それに釣られるように詩織と創世も笑い合いながら喜び触れ合った。

 昨年は惜しくも途中で終了と言う憂き目に遭った彼女らにとって、最後まで唄い切るということは掲げた小さな目標の一つでもあったのだ。

 積み重ねた努力は決して無駄ではなかった。そう実感できたことが、彼女らにとって一番大きな実りだった。

 

 その後、数人の生徒や外部ののど自慢者が出場するも、途中で打ち切られたり唄い切っても点数が振るわなかったりと様々だ。

 そしてついに、調と切歌の順番が回って来た。

 

「次に登場しますは1年生コンビ! 昨年の飛び入り参加からなんと入学までこぎ着けた当学院期待の新星コンビは、今年はどんな歌を披露してくれるのでしょうか! どうぞー!!」

「来た来たぁ! 調ちゃぁーん! きぃりっかちゃぁーん!!」

「負けんじゃねぇぞお前らー!!」

 

 大きな声を上げながら壇上の二人に向かって手を振る響とラン。それに気付いて切歌は大きく、調は小さくそれぞれ手を振り返した。

 ふと二人の目は、ランの隣にドカッと座っている星司の方へ焦点が合う。それに気付いた彼も、返すように通信機を見せながら手を振る。それは自分だけでなく、マリアも一緒に見ていると言う合図でもあった。

 どんな憎まれ口を言おうとこうした願いは叶えてくれる星司に、そしてそれに手を貸してくれたであろう隣に座る先輩たちに感謝しながら、調と切歌は二人顔を見合わせて微笑み合う。

 そうしているうちに舞台に設置されたスピーカーから音楽が流れ出してきた。その曲を聞いた途端、審査員席の翼がまた少し嬉しそうに口角を持ち上げた。

 

「大先輩を前にしてこの曲を選ぶ、小さな二人の大きな勇気に私は称賛を送りたいッ! それでは歌っていただきましょう!

 マリア・カデンツァヴナ・イヴ&風鳴翼より、【不死鳥のフランメ】ッ!!!」

 

 歓声が沸き起こり、二人の歌がその場を明るく支配していく。

 それは哀しみを束ね、信じる正義の種火を灯す戦いの歌。運命の鎖を引き千切り、不死なる想いと描いた夢を羽根に変え遥か高くに舞わんとする勇気の歌。

 不完全ながらも、愛する義姉と敬する先達を模して踊り歌う二人の姿は学校の小さな舞台にも関わらず、かつてこの歌を披露したライブステージ、【QUEENS of MUSIC】を彷彿とさせる程だった。

 その姿に、翼とマリアは互いに別の場所でありながら思わず同じように唸っていた。

 

「…やるじゃない、二人とも」

「まだまだ荒砥ぎではあるが、よく見ていてくれたのだな…」

 

 本来は互いがそれぞれのパートを担当し歌と踊りを行うのだが、調と切歌の驚くべきところは互いがマリア、翼の両パートを覚え、それを交錯させながら歌い踊っていたのだ。

 激しい息衝きと炎のように舞う二人。観客を終始沸き立たせながらの舞台は、横槍の一つの入ることも無く最後まで唄い切り踊り終えた。

 

「ハァ…ハァ…やったデス、調ぇ!」

「フゥ…バッチリだね、切ちゃん…!」

(あぁ、よくやったぞ二人とも。見事だった!)

 

 ハイタッチする二人を見ながら、強く笑顔で頷く星司。彼女たちの頑張りを誰よりも知っていた彼だったから、この結果はとても嬉しく感じていたのだ。

 

「素晴らしいデュエット、ありがとうございましたぁー!!

 それでは次はチャンピオン…の前に、ここで恒例の飛び入り参加コーナー行ってみましょう! 今この場で、我こそはと思う人は立候補をお願いします! 老若男女どんな人でも、大歓迎ですよ!!」

 

 司会の少女の声が響き渡った後、その場が一瞬にして重い静寂に包まれる。

 毎年の事ながらこの飛び入りコーナーは滅多に人が入ってこない。その上今年は、先程この場を大いに盛り上げた調と切歌のデュエットの直後であり、前回チャンピオンの前でもある。

 其処に水を差す訳にはいかないと思うのが普通であり、そんな空気を無視して飛び入りできるほど肝の座った者はこの場には――

 

「よっしゃあ!! それじゃあ俺も、歌わせてもらうぜッ!!!」

 

 ――居た。

 声に反応して当てられたスポットライト。照らされた其処に立っていた者に向けられる視線。

 隣の席の響と未来が、逆隣に座っていた星司とその手に持った端末から聴いていたマリアが、舞台の袖に戻っていた調と切歌や其処に居た者たち、審査員席に座る翼が、その男の存在に驚愕した。

 

「居ましたぁー!! 命知らずのナイスガイ! この沸き立つ空気を前に一切の物怖じをしないその豪胆さに、チャンピオンや他の参加者だけでなく私だって困惑しております!

 しかしせっかくの立候補! お兄さーん、壇上まで来てくださーい!」

「おうよッ!」

 

 言うが否や走って降りたと思いきや向かう途中で大きく床を蹴って飛ぶ大男。空中で一回転した後に、壇上へ綺麗に着地した。

 

「はわわ…まさかこんなカッコよく現れるとは露ほどにも思わず私ガラにも無く緊張しております! お兄さん、差し支えなければ自己紹介をお願いします!」

「あぁ! …俺の名はラン! 今は其処の、風鳴翼のマネージャー代理だッ!!」

「――こっ、この馬鹿…!」

「何を考えてるんだアイツは…!」

 

 高らかに自己紹介するランに対し、翼と星司が呆れ顔で顔に手を当てる。さすがにこの事態は予想も出来なかったのだ。

 一方でマネジメントするはずのタレントを差し置き個性を全開にするランに、周囲の観客からが大きな騒めきが起きていた。

 だがそれもそうだろう。同郷の仲間や共に在るパートナーですら考え付かなかったことだ、こんなものはもうどうしようもない。唯一幸いなことは、名乗りの時にちゃんと通名である【ラン】を名乗っていたことぐらいか。

 

「あわわわわ…ほ、北斗さん…だ、大丈夫なんでしょうかアレ…」

「……知らんッ!」

 

 ハラハラしながら見守る響と未来に、星司は匙を投げたとばかりに言い切る。

 わざわざ今から引き戻しに行って衆目を浴びるのも気が引けるし、出来る事ならば見て見ぬフリを貫きたい。

 だが一応自分達はヤツの関係者。教職として雑事に忙しくしている猛にここまで任せるのもどうかと思い、せめて事の顛末までは見守ってやろうと星司は腰を落ち着かせていた。

 一方舞台では、予想外の闖入者に対して翼が思わず念話で彼に問い詰めていた。

 

(ゼロ…! お前、何のつもりだ…ッ!!)

(どうもこうもねぇよ。此処の熱気に中てられた。それだけだ!)

(それだけって、お前…!)

(良いじゃねぇか。俺もな、ちょっとばかし歌には興味があったんだ。誰かを勇気付けるものや悲しみを払拭させるもの、中には悲哀や情念を連ねるもの…世界には色んな歌がある。

 翼やみんなと一緒に戦ってて、歌の力ってヤツに初めて気付いたんだ。だから、ただ聴いてるだけじゃなく一度ぐらいは自分で歌ってみたくてな。翼みたいに、全力で思いっ切りよ)

 

 直接顔を合わせず声も交わしていない思念での会話。なのに、ゼロの晴れやかな笑顔が映ってくるようだった。

 そこでまた被ってしまった。在りし日の…もうこの世の何処にも存在しない憧憬と――。

 

 一瞬呆然としてしまった翼を置いて、ランは司会進行役の少女からマイクを受け取り選曲した。

 短いイントロから、一気に発火するようにランの声が音楽の波に乗り、歌として組み上げられて音楽堂を染め上げていく。

 それは自らの境遇を映したものか…だが彼の力強い声が響かせるのは、限りない想いを抱き遥かな未来へ進まんとする応援歌。どんな障害も困難も、何度だってゼロから始め乗り越えようとする力をくれる言霊。

 諦めない夢を、輝ける未来を目指し戦う、大いなる心の歌…【DREAM FIGHTER】。それが、この曲に冠された題名だった。

 

 その光を見ながら、弾ける声を聞きながら、翼は徐々に笑顔に変わっていった。

 この男らしい…あまりにも前向きで、明るくて、眩しい歌だ。技術云々ではない、その心が思うままに、感じるままに放たれる歌。正しく彼の魂を映し出していると、ただ翼は聴き入った。

 それは観客も同じだったのか、受け取り方は違えど何かに惹かれたのか、壇上のランに向けられる目は皆一様に輝いていた。

 そして唄い終わりと同時に突き上げられるランの右腕。同時に沸き起こったのは歓声と拍手だった。先の調と切歌のデュエットにも引けを取らぬ盛り上がりようだ。

 舞台の袖でも、調と切歌は驚きと共に楽しそうな顔をしている。それだけランの…ゼロの歌が彼女たちに力を与えたのだろう。それを見て、聴いて、負けん気と共に闘志を高める少女がいた。

 

「素敵に熱い歌をありがとうございますッ!! それでは他に立候補者は………居ないみたいですんで、昨年のチャンピオンにご登場願いましょうッ!!」

 

 調と切歌に見送られ、先程唄い終ったランの立つ舞台に少女が歩みを進めていった。

 

「一年の時を経て、再びこの場に立ちしチャンピオンッ!!

 鮮烈なデビューを魅せ付けながらも飾らぬ性格と努力家でもあるその姿勢に、密かに校内ファンクラブがあるトカないトカ噂の彼女!! 歩む姿は最上級生となった貫禄が見えているようでもあります!!

 リディアン在校生でこの先輩を知らないのはかなりのモグリなのでは!? そうとまで思わせてくれる強い印象と優しい歌声が心を奪う、名実共に現リディアンのナンバーワン歌姫の登場でぇぇーっすッ!!!」

 

 

 

 ――本当は、こういう目立つ場所は不慣れだし遠慮したいところだった。

 だけど、この背を押してくれた友達が居てくれた。この背を見て先陣を切った後輩が居た。

 図らずもこの想いに火を付けられた。友達に、後輩に、先輩に、仲間に…そして、いつも見守っていてくれる人達によって。

 …だから、怖くない。だって此処は――

 

「よろしくお願いしますッ!! 雪音、クリスさぁーんッ!!!」

(――アタシが、居て良い場所なんだから…!)

 

 

 歓声と共にマイクの後ろに立つ少女、雪音クリス。

 普段の粗野な振る舞いからは想像も出来ぬほど真っ直ぐ礼儀を正して観客へと向かい、一礼をした。

 流れ出す音色に耳を傾け、大きく息を吸う。紡ぎ出した歌は、後輩らや不意に割り込んできた仲間のものとは違う優しいものだった。

 …それは、数奇な運命を巡り再び彼女の手に戻って来たもの。いつかの日はもう二度と戻らないとまで思っていた、日常と言う名の宝物。

 モノクロの心に色彩を与えてくれた教室の先…その帰り道を想い唄う、鞄に付けたキーホルダーのように揺れる心を紡いだ不器用な感謝の歌。

 美しい声と穏やかな音楽が合わさり生まれる歌が、聴く者の心に染み渡りその表情を穏やかなものに変えていく。

 それはクリス自身の持つ天性の才だろうか…それを図る術はないが、心のままに、楽しそうに歌う彼女の姿は、間違いなく人を笑顔にする力を持っていた。誰かの涙を拭い、笑顔達を守護る強さを持っていた。

 審査員席の翼も、舞台袖に立つ調と切歌とランも、座席に座る響と未来と星司も、通信機の先で見るマリアも…そして、音楽堂の隅に立ちながら彼女の心が奏でるものを聴く猛も、ただそう感じていた。

 

 やがて歌が終ったその時、音楽堂の中はここまでの誰よりも大きな拍手で埋め尽くされた。歓声ではなく、拍手だ。

 ただ皆が心で理解していたのだろう。彼女の歌に捧げるものは、狂喜に似た熱さではなく厳粛さを伴うモノであるべきだと。

 まるでそれは、良き声楽を聴き終えた後のような空気だったが故に。

 割れんばかりの拍手に赤面のまま恥ずかしそうに深く頭を下げるクリス。何か言葉を出すことも無く、そそくさと舞台袖へと帰って行った。

 

「クリスセンパイお疲れさまデス!」

「お見事でした。まだ、私達じゃ追い付けそうにないです」

「あ、あー…いや、その……べ、別に大したことじゃねぇよ。それにお前らだって、よくやれてたじゃんか」

「そうだそうだ、どっちも凄かったぜ。大したもんだ」

「つーかなんでアンタはさも当然のように入ってきてんだよ!?」

 

 流れるように入ってきたランに、思わずクリスが声を上げる。予想外の行動におけるツッコミを、今ようやく果たせたと言う感じだった。

 そんな楽し気な空間を一瞥し、笑顔で去っていく猛。

 傍に寄るのは容易かった。だが、この想いをただ言葉で伝えるだけでは余りにも安すぎる。彼女の為に自分が出来るなにかを…もっとしっかりと、それを考えたかったのだ。

 

 …それが功を奏すなど、彼自身思いも寄らなかっただろう。

 

 

 

 

 

 

 校門前。音楽堂に人が集まっていたせいか、そこに居た者は疎らだった。

 屋台の番をする者や、人が居ない時にと軽食を楽しむ者…。リディアンの制服と多様ながらもごく一般的な私服が入り混じる広い空間。

 それ故に、入って来た者の存在の歪さが浮き彫りになったのも必然と言えた。

 

「…ねぇ、なにアレ…?」

「さぁ…。でも、おかしいよねなんか…」

 

 番をする生徒が潜めた声で話をする。眼前に居たのは、のろのろと歩くコートを着た男…らしき人影だった。

 彼女らがそれを男と形容したのも、女性と言うには身体つきが余りにも大きかったからだと言う以外にない。

 コートに付いているフードは頭を大きく隠し、中を見せないようにしているように見える。傍から見ると確実に不審者だ。

 周囲の人もその不審な姿に気付きはしたが、君子危うきに近寄らずとでも言うのだろうか、皆がその男から避けるようにしていった。

 だがそんな衆目には一切気を回さぬコートの男は、やがてリディアンの裏手へと入り姿を消していった。

 

「…ねぇ、やっぱり先生に言った方が良いよね…?」

「う、うん、多分…」

「どうかしたのかい?」

「あ…矢的先生!」

 

 偶然彼女らの声を聞き、何かあったのか尋ねる猛。彼の顔を見たからか、先程までの不安げな顔がいささか晴れていたがその全てを拭えたわけではない。

 残る不安を少しでも吐き出すように、二人の少女が先程見たモノを出来るだけ詳細に猛に話していった。

 

「…それじゃ、その不審者らしき人はあっちに向かったわけだね?」

「は、はい…」

「分かった、そっちは私が見に行ってみよう。二人は念の為、他の先生にもこの事を報告しておいてくれるかな?」

「わ、わかりました…!」

「でも、せっかくの秋桜祭なのに…」

「大丈夫。事が大きくならないようにする為に私が行くんだ。これ以上誰にも、怖い思いはさせないよ」

 

 残念そうに俯く二人に、優しく肩を叩きながら慰めるように笑顔で告げる猛。その心強い言葉に、少女らも明るさを取り戻していった。

 そして自らの指示通り走って行く彼女らを見送り、猛もまた不審者と思しき者が向かった方へ走って行く。混乱を最小限に押しとどめる為に。

 

 

 

 リディアンの裏手には配電やガス、水道などを管理、統括する場所がある。学校と呼ばれる施設であれば有って当然の場所だ。

 華やかな表向きの校舎を支える暗部と言えば聞こえは良いが、この物々しく重苦しく暗い場所は生徒たちの間でも一種のホラースポットとも言われていた。

 普通は立ち寄らない空間。そこに独り、矢的猛が入って行った。

 今は普段の温和な顔を強くしかめ、ブライトスティックを懐中電灯代わりに照らしながら進んでいく。なお今彼が持っているものは、クリスに渡したものではないオリジナルの物だ。

 

(……ただの不審者なら、いいんだがな……)

 

 おもむろにそう思考する。

 許す許さないは別として、ただの人間程度ならばウルトラマンである猛の敵ではない。威嚇と制圧ぐらいならば容易いだろう。

 だがそれ以外の場合はどうだ。バム星人みたいな人間に擬態する宇宙人もいるし、スペースビーストやエタルガーの手の物という可能性も捨てられない。

 その時はエースやゼロ、装者のみんなを呼ぶべきか…。それを考えた時、胸の中から魂を繋げた少女の暖かな感情が浮かび上がって来た。

 …それを理解ってしまったから、猛は気持ちを改めて一人で先に進んでいった。

 

 進んだ先で見たのは、10人ほどだろうか、人間たちが意識を失い横たわっている姿だった。

 すぐに駆け寄る猛。倒れている人の中には、リディアンの生徒も数人見て取れた。

 

「大丈夫か!? みんな、しっかりするんだ!!」

 

 思わず声をかける猛だったが、それに対し呻きを上げるものの意識は回復しない。

 微かに香る粘つくような甘い匂いが気になるものの、今はまずこの人たちを助けることが最優先だった。

 すぐに周囲を見回しハッキリとした人数を確かめる猛。その時彼の目に映ったものは、自らの生徒に覆い迫るフードの男の姿だった。

 一瞬すべての思考を遮断し、何よりも優先して走り出す。そして一切の迷いを見せず、フードの男を蹴り飛ばした。

 

「――私の生徒に、手を出すなッ!!」

 

 怒りの形相で倒れ込む男を見据える。奇声を上げながら呻き起き上がる男のフードが後ろへずり落ちた。

 そこから現れた貌は、とてもニンゲンの其れとは程遠いものだった。

 濃い茶褐色の貌には暗い切れ込みのような眼があり、上下だけでなく左右にも歪に開く口は、まるで蟲のようだ。

 猛の放った攻撃に反応するかのように、暗い奥からこの異形と同じような者が更に数体、蠢くように出現した。

 思わず戦慄する猛だったが、異形のモノと知るや否や更に戦意を高めていった。

 

(こいつら、スペースビーストか…!?)

 

 構えながら思考を巡らせる。スペースビーストであればその固有振動波を本部でキャッチしてくれているだろうし、適能者であるマリアからもすぐ連絡が来てもおかしくない。だが現状そのような連絡は無かったことが、猛は不思議に思っていた。

 だが己が力で相対する者のマイナスエネルギーを観測してみると、混濁としたマイナスエネルギーの塊のようなこの敵は、スペースビーストのそれと酷似していたと言える。

 理解が追い付かない。が、この相手が何も知らぬ人々を、この学校の生徒を狙うと言うならば為すべきことは唯一つ。

 全て斃し、みんなを守護り抜くことだ。

 

 襲い掛かってくるヒト型の異形をいなし、攻撃を躱しつつ持ち前の格闘術で反撃する。

 飽くまでも単純な暴力を振るうように戦うこんな敵は、猛にとっては暴れる怪獣を抑える事よりも容易かった。

 だが、如何せん数と言う明確な暴力が彼に襲い掛かっていく。やがて私刑のように周囲を囲まれ無作為な攻撃に晒される猛。最早止む無しと、ブライトスティックのスイッチを押して其処に内包している光をエネルギー波として解き放った。

 擬態の衣服を全て弾け飛ばされながら倒れる異形。だが所詮は一瞬の目眩ましに過ぎなかったのか、すぐに起き上がっていった。

 

(くっ…まだ立つのか…!)

 

 状況に若干の焦りを覚える猛だったが、そのとき眼前の異形たちがおかしな行動に出た。互いに抱き合うように身体を密着し合い、まるで貪るように共食いを始めたのだ。

 唐突な行動に困惑する猛。だがその意図はすぐに理解できた。喰らうたび、取り込むたびに異形のその姿が大きくなっていったのだ。

 行動理念を理解することは不可能でも、この状態が何を引き起こすか…それを理解らない彼では無かった。

 

(このままでは、リディアンが戦場になる! それだけは、断じてさせない…ッ!!)

 

 一瞬意識を共に在る者へと傾けるが、すぐにその繋がりを意図的に閉める。ただ単に、彼女を想ったが故に――。

 

 行動は早かった。巨大化を始める敵をこの場から引き離し、意識の戻らぬ者達を安全なところに移す為に今出来るたった一つのこと。

 左右の正拳を連続で突き出した後、腰に回した右手に握ったブライトスティックを天に掲げ、そのスイッチを押した。

 

「――エイティッ!!!」

 

 叫びと共に光で覆われる。そして出現した光の玉が敵を捕らえ、同時に人々も捕らえて光速でその場から離れた。

 光に包んだ人たちをリディアンの敷地内の目立つ場所に置き、そのまますぐに少し離れた開けている空き地に敵を叩き落とす。

 だがそれと同時に敵も巨大化が完了。出現する異形と共に相対する光の玉が弾け、ウルトラマン80が顕現した。

 騒ぎを聞きつけ音楽堂を出て周囲を見る人々。すぐに怪獣と思しき巨大な姿とウルトラマンの威容を見つけ、思うが侭に驚きの声に出していった。

 

「あれは…怪獣…!?」

「それに…ウルトラマン、80!? なんでこんなところで…!!」

 

 喧騒の中、残されたクリスがその姿を見ながら歯軋りをした。叫び出したいのを、必死で抑えるかのように。

 

(…なんで…なんで、アタシを置いて…! センセイ…ッ!!)

 

 

 

 同時にタスクフォース移動本部内でも緊急警報が鳴り響く。状況をモニターする弦十郎たちが驚きのままに声を上げていった。

 

「り、リディアン近辺に巨大生物とウルトラマン80の出現を確認!!」

「どういう事だ! クリスくんか、他に誰かから報告は無かったのかッ!?」

「ありません! それに、現在ウルトラマン80はクリスちゃんとユナイトしていない模様です!!」

「どうなっているんだ…ッ!?」

 

 見えぬ状況に困惑する指令室に、エルフナインとマリアが急いで駆け込んで来た。

 

「ごめんなさい、遅れました!」

『風鳴司令、状況は!?』

「まだ始まったばかりだが、何もかもが急すぎてよく分かっていないのが現状だ…!」

 

 すぐにエックスの宿る端末をセットするエルフナイン。彼女の隣に立つマリアがモニターに映された巨大生物を視認すると、まるで何かに命じられたかのようにその情報を言葉にし出した。

 

「……コードネーム、【バグバズン】…いえ、これはその斥候とも言える【ブルード】ね。…インセクトタイプビーストで、吸った相手の意識を奪う催涙ガスを吐き出す……。

 …間違いは、無いわね? エックス」

『あ、あぁ…。このタイプのビーストは私が居た地球でも遭遇したタイプだ。

 だが妙だ…ビーストであれば、私達が作った振動感知器やマリアの力で察知できるはずだが…』

「…バグバズンブルードの中には、その生体に植え付けられた別の振動器を用いてビースト固有の振動波を打ち消し、感知されないようにする特性を持つ個体が居る。恐らくコイツは、そのタイプなのね」

「マリア、さん…?」

 

 何処か無感情に淡々と話すマリアに、周囲の…特にエルフナインの目が不安げに向けられる。

 その空気に気付いたマリアが一瞬驚きを見せながら、一呼吸を置いて弦十郎に進言した。

 

「出動するわ、風鳴司令」

「…大丈夫なのか、マリアくん」

「……理解らない。だけど、誰かを守護る為のこの力…惜しむ理由は、無いわ」

「…分かった。だが、無理はするなよ」

 

 弦十郎の言葉に強く頷き、すぐに指令室を後にするマリア。見送る一同の目は、やはり何処かに不安を残したままだった。

 

 

 甲板の上に出るマリア。その左手には拍動するエボルトラスターが握られている。そこに思いを寄せると、脳裏になにかが聞こえてきたような気がした。

 それは声か、音か…彼女自身にも理解らない。ただ、駆り立てられるように想いが固まっていく…。

 

「私は…みんなを、守護ってみせる…ッ!」

 

 握る左手をそのまま鞘へ持ち替え、右の逆手で柄を握る。そして決意を込めて、エボルトラスターを引き抜いた。

 光に包まれたマリアがそのまま天へ飛翔。光速を以てリディアンの近辺…ウルトラマン80が立つ場所へと急行した。

 

 

 

 EPISODE13 end...

 


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