絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア   作:まくやま

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EPISODE 12 【想いと誓いを繋げ鍛えて】 -A-

 特訓。

 特別訓練の略称。特に能力を向上させようとする人に対して、短期間に平素の量や内容を越えて行う特別の訓練を意味する。

 ミーティングの締めにウルトラマンゼロが発したその言葉に、装者それぞれが様々な反応を見せていた。

 期待に目を光らせる者。感嘆と納得の目を向ける者。露骨に嫌そうな顔をする者…。各々の個性が垣間見える瞬間だ。

 だがしかして、このS.O.N.G.直轄機動部隊タスクフォース…その人員を取り仕切り締める者は、あの風鳴弦十郎その人。

 関係者からは”地上最強の生物”とまで揶揄されるこの男、常軌を逸した身体能力所持者の例に漏れず、日常的に自己鍛錬を行う者でもある。

 彼曰く「飯食って映画見て寝る」のが男の鍛錬だと言ってのけるが、それだけでアスファルトを捲り上げるような震脚が使えたり落ちて来る瓦礫の衝撃を微動だにもせず発剄で受け流し止めたり隕石の如く襲い掛かる巨岩を拳一つで粉砕したりなど出来るワケが無い。出来てたまるか。

 常人を遥かに超える肉体にはそれ相応の鍛錬が必要のはずではあるが、それを匂わせずに「飯食って映画見て寝る」だなんて言ってしまえば、純朴な子供が聞けばきっと大人になるとこんなことが出来るようになるんだと勘違いすること請け合いである。

 

 と、そんな男が筆頭を務めるタスクフォース。特訓については即座に承認され、その日のうちからすぐに開始させられた。

 とは言えこの時は夜に差し掛かろうとする日の入り過ぎ。本格的な特訓は週末にあてがい、それまでは響たちリディアン生徒は近くの総合運動場で、翼とマリアは司令室近辺にあるジムを借りての基礎体力作りを行っていった。

 

 

 

 そして、数日後…時間としてはまだ早朝。新造されたタスクフォース移動本部に、彼女らは居た。

 今回はこの装者たちの輪の中に小日向未来も同行していた。響から特訓の話を聞いた時に、特に思案することも無く「私も何か手伝おうか?」と言ったところから流れるようにマネージャーとしての参加が決まったのである。

 

「今日は真面目な特訓で、気晴らしとかやってる暇は無いと思うから…その、ごめんね未来」

「いいの、手伝うって言ったのは私なんだから。エルフナインちゃんと一緒にマネージャーやるから、響たちはそっちを頑張らなきゃ」

「ぇへへ…未来に応援されたら、頑張らないワケにはいかないもんね!」

 

 そこに広がる和気藹々とした空気感は、彼女らが未だ幼さを残す少女だと言うことを理解させる。

 そうこうしている内に移動本部は目的地に停泊。弦十郎を先頭に、装者とマネージャーと人間態のウルトラマン達がぞろぞろと降りてきた。

 

「よぉしみんな!早速特訓を始めよう!まずはウォーミングアップに、ランニングだッ!」

「ハイ師匠ッ!」

 

 既にヤル気満々の響と弦十郎。翼とマリアも既に身体は整えられていて、いつでも走り出せる状態だ。

その隣では気合を入れた顔で体操している星司と猛。元気そうに見えるものの、その御姿は控えめに言ってご老人だ。流石に四十路五十路とは言えない。

 

「北斗さん、その…」

「…走って大丈夫なんデスか…?」

「センセイも、無茶して腰やられても助けてやれねーぞ…?」

「……三人とも、俺たちを嘗めてるな? 地球上ではこの姿だが、だからってみんなに後れを取るような事は無いぞ」

「伊達にウルトラ兄弟の一員ではないからね。訓練は多少過酷なぐらいが丁度良いのさ」

 

 自信満々な星司と猛に乾いた笑いで返す三人。だが彼らの言動は何ら間違いではなかった。

それを知るのはすぐ後になるのだが。

 

「それよりもだ。何をしているゼロ、お前も早く出て来い」

 

 星司の呼びかけで全員の目が翼に集まる。正確には翼の手に付けられたブレスレットにだが。

 

「フッ…慌てなさんなよ先輩方。真打ってのはここぞと言うときに――」

「馬鹿なことを言ってないで出て来るんだ。星司兄さんに真っ二つにされてしまうぞ?」

 

 ゼロの生意気な物言いに青筋を立てながら眉間に皺を寄せる星司。それを抑えながら猛が言う。

 ただの一悶着なら大したことは無いのかもしれないが、この二人はウルトラマンなのだ。教育指導でどれだけの被害が出るかなど分かりたくも無い。

 

「ゼロ、矢的先生の言う通りだ。新たな力を我が物とするために、共に己を鍛え高め上げるのも必要だろう?」

「…あーもう分かったよ。ちょっと待ってろ」

 

 翼にも説得されて観念したのか、発光体としてブレスレットの外に出て来るゼロ。やがて光が広がり、徐々に形を作っていく。徐々に…徐々にだ。

 数分の時間を置いて光はヒト型に形成され、やがて肉体を構成していく。現れた姿は地球人と寸分違わず、やや乱れた髪を持つ長身の偉丈夫となっていた。

 

「おおぉ~~! ゼロさんイケメンだぁ…!」

「フッ、だろ?」

 

 感嘆と共に思わず声を上げる響。珍しく出て来た年頃の少女の言葉に、装者の大半が思わず首を傾げてしまう。

 

「…小日向。イケメン、とは?」

「顔立ちの整ったカッコイイ男の人の総称、みたいなもの…で良いと思います」

 

 少し呆れた顔で翼の質問に返す未来。哀しいかな、いささか普通でない環境に身を置くことが長かった彼女たち装者は、時折一般常識…特に同年代の女子が持つものには疎い部分が確かにあった。

 そういえば何度かテレビ番組で、緒川さんの事を敏腕イケメンマネージャーという名前で紹介されてたことがあったか…などと思い出す翼。あまりにも距離が近すぎて意識もしていなかったのだ。

 ただ周囲が、自らが何よりも信頼を寄せる人間を褒めたり羨ましがるというだけで。

 そんな事をぼんやりと思いながら、眼前の男…人間態となったゼロを眺める。彼は自らの肉体を確認するかのように、左右で正拳、連続跳び回し蹴り、後方宙返りを軽々こなしていった。

 

「よぉーっし、完璧だ!」

「何が完璧だ。時間をかけ過ぎだ馬鹿者」

「いやぁ、そうは言うがよ先輩…。アンタらとは違って、こういう身体に変身するの慣れてねぇんだよなぁ~俺は」

 

 星司の叱咤に対しはにかみながら言うゼロ。反省の気持ちはあるのだろうが、その軽めの口調は年の離れた大先輩の怒りを買ってしまったようで…。

 

「なんだァ…?テメェ…」

 

 星司、キレた。

 

「わー! わー!! や、止めるデスよおじさぁん!!」

「それは駄目…! ここでは駄目…!!」

 

 顔を青褪めさせながら必死に彼を止める調と切歌。一体化している影響か、感情の昂ぶりの時なんかは意識していなくても思考が共有される場合がある。

 そしてそれが今であり、二人の脳裏に映ったものはエースお得意のギロチン技でその首をチョンパされて倒れるゼロの姿だった。

 旧FIS時代から”切り刻む”など割と過激な言葉は使って来たものの、映像とは言え現実として見てしまうと腰が砕けたようになってしまう。それが見知った者の姿ならなおの事だ。

 そんな恐怖映像を否応なく見せられてしまい、恐れながらその小さな身体で星司を抑える調と切歌。その一方でゼロは軽く笑いながらの返事をしていった。

 

「おいおい穏やかに行こうぜエース先輩。そんなちっちゃなオンナノコたちに迷惑かけてるようじゃ、ゾフィー隊長とかになんて言われっかねぇ?」

「ゼロ、その辺りにしておきなさい。自尊心があるのは構わんが、目上の者への礼儀では無さ過ぎる」

 

 この上ない呆れ顔を以てゼロの前に立ったのは、彼のパートナーである翼だ。彼女も彼女でゼロと一体化している以上彼の思考が流れてくることもある。激情などではないからそう大して流れてきたわけでもないが、これまでの戦いである程度は相方の性格を把握していた。

 単純のようで面倒。表裏は無いが陰陽は在る。それを一言で言ってしまうと、ただ素直じゃない奴なのである。それも含めて、まるでどこぞの後輩みたいだ。

 それを理解っているから、彼女は真っ直ぐに…言葉を己が刃のように振るうのだ。

 

「しっかり鍛えていただこうじゃないか。お前が尊敬する先輩方にな」

 

 にこやかに微笑みながら言い放つ翼を、唖然とした顔でゼロが見つめていた。パートナーたる彼女は一体何を言ってくれちゃってんのと言わんばかりに。

 

「お前はなんでそんなこと言っちまうのかなぁ!?」

「はっはっは、照れるな照れるな」

 

 図星なのか喧嘩腰になるゼロと笑って済ます翼。周囲もそれを微笑ましく見守っていたりハラハラしながら見つめていたりで様々だ。

 

「…なぁセンセイ。止めなくて良いのか、アレ…?」

「ん?あぁ、大丈夫。仲良くしているだけじゃないか」

「マジかー…」

 

 ただ呆れるだけのクリス。外から見ていて初めて理解った。多分あの姿こそが、自分が先輩や仲間たちと織り成すドツキ漫才と称されるモノのような状況なのだろうと。

 

 

 

 そして始まったランニング。爽やかな朝の空気を感じながら坂道を登り走って行く一向は、今は随分と大所帯だ。

 先頭集団の一人として悠々と走る人間態のゼロ。ふと翼が彼の隣に付け、疑問に思っていたことをぶつけてみた。

 

「しかしゼロ、その身体は何処から来たんだ?」

「あぁ、俺が最初に一体化した人間の姿を借りたんだ。ランって言ってな、惑星アヌーっていう別の宇宙のヤツなんだぜ」

「なんと! 宇宙の先にも私達と同じような姿の人間が居るんだな…!」

「宇宙はとんでもなく広いからな。色んなヤツがいる…。人間の姿をしてるものもいれば、姿は大分かけ離れてるけど人間以上に人間臭い奴とかも居るしな」

 

 快く笑うゼロに続き、並走するジープ…其処に接続してあるエルフナインの端末に存在するエックスが声を発した。

 

『私の仲間の一人、Xioの科学技術を統括するグルマン博士もその一人だな。博士はファントン星人という異星人だが、とても友好的で頼りになる技術者だ』

 

 言って写真を映し出す。そこには数人の人間と、何とも言えない橙色の異形が楽しそうに並んでピースサインを取っていた。

 同席している未来や走っている翼が思わず恐怖に慄くものの、隣のエルフナインは実に興味深そうだ。やはり錬金術師も科学者だからだろうか。

 

「世界って、広いんですね…!」

「す、すごいんだね、宇宙…」

「あぁ…侮りがたし」

『ははは、君らにはまだ刺激が強かったかな。いきなり受け入れろとは言わない。だが、彼らもまたこの世界に生きる命だということを忘れないでほしい。

 いつか、歌で世界は繋がれる…。それを信じることと、同じようにな』

 

 エックスの言葉に首肯で返し、一呼吸着いてから再度写真と相対する。流石にすぐ慣れるものでもないが、そのひょうきんな顔はある種の愛着を湧きそうな気もする。なんとも不思議な姿だった。

 写真を眺めていてエルフナインが気付く。中心に居る一人の青年…彼がその手に持っていた四角い端末には、今自分の目の前に居るウルトラマンエックスと同じ姿が映されていたのだ。

 

「エックスさん、この中央の方は…」

『彼は大空大地。私が地球にやって来た時、力を借りてユナイトしていた青年だ』

「この方がエックスさんのパートナーなんですね」

『あぁ。最初は肉体を再構成する間だけのつもりだったんだが、今では身体を預けられるぐらいには信頼するようになった相手だ。今回はちょっと、それが裏目に出てしまったがな』

 

 と、肉体を彼に預けて此方に来たことを自嘲するエックス。だがその声に最初のような後悔は無く、話のネタとして言っているようなものだった。

 そんな彼に、エルフナインがポツリと呟くように尋ねた。

 

「……もし身体があれば、エックスさんはどうしたいですか?」

『そうだな…。やはりみんなと共に戦いたいと言う気持ちはある。だがそれと同じぐらい、私のちゃんとした姿を君に見て貰いたいと言うのもあるかな』

「ボクに、ですか?」

 

 予想だにしていない返答に、純粋な疑問を浮かべるエルフナイン。そんな彼女に対し、エックスもまた真っ直ぐと答えていった。

 

『君には色々と助けてもらっているからね。恩返しという訳ではないが、此処に居る間だけでも君には色んなものを見て貰いたいんだ。

私の…ウルトラマンの力で見せられるものをね』

「エックスさん…はい!」

 

 彼の答えに明るい笑顔で返すエルフナイン。この戦いの中で、エックスにとって儚げながらも無邪気な笑顔を開かせる彼女のことを、使命からではなく心神より守るべきものへと昇華していたのだ。

 

 

 二人の明るい想いを喜ぶように微笑みながら、ふと後ろを向く未来。そこに見えたモノは、控えめに言って惨状だった。

 激しく息を上げながらも真剣な顔で走り続ける調と、既にヘトヘトと言った感じでなんとか追いすがる切歌。その二人の前を呼吸を早くしながらクリスが走っている。

 その一方で、彼女らに同伴するように走る響と星司と猛はまだまだ余裕そうだ。

 

「…切、ちゃん…! …大、丈、夫…!?」

「はっ、はひぃ…! へーきな、ものか、デェス…!」

「ほらほら頑張れ頑張れ! まだウォーミングアップだぞ!」

 

 手を叩きながら激と励を飛ばす星司。だがそんなもので運ぶ足が速くなれば苦労はしない。調も切歌もそれを理解ってはいるが、だからとて足を止めることを許してくれるほど星司が甘くないことも知っていた。

 その少し前で、小さな体躯に不釣り合いなモノを揺らしながら走るクリスもその足取りは遅くなっている。勿論その隣には優しい教師ともっぱら評判の猛が居た。居たのだが。

 

「さぁクリスも頑張れ! この調子じゃ後ろの後輩たちにも追い抜かれるぞ!?」

「わ、わぁ、ってる、よぉ…!!」

 

 そこには星司に負けず劣らず熱を入れる猛の姿があった。彼にはもちろん手を差し伸べる優しさもあるのだが、それと同等に背を押す優しさを持っている。そして今顔を出しているのは、後者だということだ。

 かつて若かりし頃の熱血教師矢的猛。こうして生徒と一緒になって汗を流していると、あの日の時分が蘇ってくるようで、そんな喜びや楽しみが自分にも伝播してきているとクリスは理解っていた。

 

「…なぁ…セン、セイ…!」

「どうしたクリス。休憩が欲しいか?」

「ちっ、げぇ、よ…! ……楽しそう、だな…って、思って…。なんで、そんなに…!」

 

 息を切らしながら問うクリス。その質問に、猛はただ笑いながら返事をした。

 

「…教師だから、かな。本来教師と生徒は、赤の他人と言っても良い間柄だ。だと言うのに、生徒は教師を信じ、教師もまた信じてくれる生徒の為に持てる力の全てを出す。

 そんな尊く美しいものが、私は好きだからかな」

 

 語る猛の顔は、とても明るく生き生きしていた。嘘偽りなど何もない、心底からそう思っている顔だ。

 それが、クリスには少し眩しく見えた。その輝けるものは前を走る先輩やあの馬鹿とも似たもので、自分には何処か遠いものだと思っていた。

何時までも、その見果て止まぬ憧憬を追いかけているだけで――

 

「クリス、君には君の…君だけの光がある。他の誰かなど関係ない、君だけのものがね。

 それは誰かと比べるようなものじゃない。君の持つ光は、君が見ているものと同じようにいつも誰かを照らしているのだから」

 

 まるで見透かしたように…いや、一体化しているのだからある程度は察しているのかもしれないが、自身を否定しようとするクリスより先に、猛は笑顔で彼女を肯定した。

 あまりにも見事な想いの先回りに、赤面し返事も出来なくなってしまうクリス。そんなやり取りの不慣れに照れたのか、思わず足を速めていく。同伴する猛は勿論、少し前を走っていたマリアをも抜き去り駆け抜けていった。

 

「クリス!? あんまり急ぐと保たないわよ!」

「いやぁ、元気元気」

「矢的さん、クリスに何を…?」

「教師としての助言、みたいなものかな。…たとえ受け入れて貰えなくとも…私には、それぐらいしか出来ないからね」

 

 微笑みながら語る猛ではあったが、マリアにはそれが、どこか少しばかり悲しそうにも見えた。

 

 

「ほーらほら! 先輩は元気に先行ったぞー!」

「二人とも、頑張れ頑張れ!」

「はっ、はい…!!」

「ひぃ、ひぇぇ~~…!」

 

 一方最後尾では、星司に加わるように速度を合わせて降りてきた響が調と切歌を励ましていた。

 響の馬鹿体力は調と切歌も良く知っているところだったが、こうして目の当たりにしてみると恐ろしさが勝ってくる。何故なら彼女はほとんど息を切らしていないのだ。

 先を行くクリスはあれで中々派手に息を切らしているのは知っている。そして最前列を走る翼が平然としているのも中腹にいるマリアがテンポ良く息を継いでいるのもわかる。

 だがそれらを鑑みても、響の体力はちょっと自分たちの予想を遥かに超えていたのだ。

 

 無論そうした認識の誤りは星司に対しても存在しており、二人にとっては正直ここまで元気に走れているとは想定外も良いところだった。

 流石はウルトラマンと言うべきか、見た目は老体なのに駆ける足取りに衰えが全く見られない。人は見た目に寄らないなんて言葉を、ここまで地で行かれてはぐうの音も出ないと言うものだ。

 

「ち、チートも、いいとこ、デェース…!!」

「みんな、元気、すぎ…!」

 

 弱音を吐きながらでもなんとか必死に足を進める調。それを見て自分もと、ほんの少しだけでも脚を上げ歩幅を広くする切歌。

 特訓する意味は分かっている。装者の中では最も未熟で、力の足りぬ自分たちだからこそこのような厳しい訓練が必要なのだ。

 新たな力であるウルトラギア。それを扱うのは一体化している北斗星司の力だけではないのだから。自分たちももっと、強くなるべきだと知っているのだから。

 

「…調ちゃんと切歌ちゃん、大丈夫かなぁ…」

「大丈夫だ。まだ特訓は始まったばかりだろう?」

「それは、その…そうですが…」

 

 断言する星司に少しばかり不安を覚える響。彼女自身は身体を鍛えるのが好きな…というか、シンフォギア装者となり皆を守護る為という戦う理由と必要性を得たが為に、自己鍛錬を是とするよう意識が変わっていった。だが、調と切歌は元来そうではない。

 かつては聖遺物研究組織F.I.Sの一員として、望まぬ事とはいえある程度の訓練をさせられてきたはずだろうし、フロンティア事変と魔法少女事変を経て、彼女らも己が力で何を為すかを考え、それに向けて進んでいるのは理解っている。

 それを応援したい気持ちは強いのだが、だからとて自分が行ってきたハードトレーニングを課すのは如何なものだろうか。背後で激しく息を切らす二人を見ていると、ついそのような考えが浮かんできてしまうのだった。

 

「…やっぱり、少し休ませてあげた方が…!」

「響、君が優しいのは分かる。だが今二人に必要なのはその優しさではない。

 あの子たちに必要なのは、目指したいと思う背中だ。追い付きたいと思う姿だ。それは、あの子たちの前を歩む響たちでないと出来ない事なんだ」

「二人が、私の背中を…」

「あぁ。そしてそれを、あの子たちも望んでいる」

 

 並んで走る響の背中を叩き、力強い笑顔を向ける星司。その顔に、彼女は僅かに見惚れてしまった。それはまるで、前を走る師である風鳴弦十郎や自らの実父である立花洸をも連想させられる、”父”の笑顔だった。

 きっと星司自身もそれを意識したことは無いのだろう。だが彼の出生や人生経験が、今このような形で表れているのだった。

 勿論そのようなことを知る由もない響。だが星司から受けた言葉は、彼女の気持ちを改めるには十分だと言えた。

 

「二人とも頑張れー! 出来る出来る絶対に出来る! 諦めずに積極的にポジティブに頑張れ頑張れぇー!!」

「……響さん、なんか、あつい……」

「お、応援してるのか、賑やかしなのか、どっちかに、してほしい、デェス…!!」

「ゴールまでもうすぐだー! おおー!!!」

 

 響の熱い掛け声に項垂れる調と切歌だったが、その内心は背中を押してくれていることに気付いており、それを嬉しくも思っていた。

 その想いを受けたからか、先ほどより僅かではあるもののまた二人の足が速くなっている。それに気付いているのは誰でもない星司ただ一人だったが、小さな変化を楽しむように微笑みながら彼も脚を進めていった。

 

 

 


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