絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア   作:まくやま

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EPISODE 01 【巨人降臨】 -A-

 夏休みも終わり、学校では新学期も始まった。

 日没の時間も徐々に早くなり、日中の暑さも陽が沈むと涼しさも出て来るのが、季節の変化を実感できる。

 そんな秋めいてきたある日の夕暮れ。ある少女の家は、今日もまた特別混雑していた。

 

「……やっぱりアタシの家なんだなお前ら」

「まぁまぁ固いコト言いっこなしだよクリスちゃん! 今日は待ちに待った翼さんとマリアさんのライブなんだよ!」

 

 ペンライトを握りながら嬉しそうに話す響。まるで自分の事のようだ。周りと見回すと響以外にも未来、調、切歌、響の友達の弓美、詩織、創世もいる。みんなで食らいつくようにテレビを見つめ、ライブの開始が今か今かと待ち望んでいた。

 

「ったく、用意や片付けしなきゃなんないこっちの身にもなれよな」

「感謝してますよー、キネクリ先輩。その為にお菓子とかいっぱい用意してきたんだし」

「せっかくお部屋と時間を貸していただけるんですもの。これぐらいしか出来ないですが、出来るだけナイスなチョイスをしてきましたので」

「そうそう! ほんと先輩には頭が上がらないです! 関係者用中継カメラとの直結配信だなんて、普通お目に掛かれるものじゃないですもの!」

「……うん、まぁなんだ。どっかの馬鹿と違って、ちゃんと先輩と立てられるようで何よりだ」

 

 創世、詩織、弓美の褒め言葉についつい気を良くしてしまうクリス。こういう単純な…良く言えば純粋なところが彼女を可愛く思う一因でもある。

 

「んもー、クリスちゃんってばおだてられたらすぅぐ乗るんだからー」

「お前はいい加減その態度を改めるべきだだがなぁ!?」

「ふぎゃぁ! ぎぶぎぶぅ!!」

 

 また要らぬことを言ってきた響の頬を全力で抓り上げるクリス。このドツキ漫才も、もはや見慣れたものだ。その光景を笑いながら、今度は未来が調と切歌に尋ねた。

 

「エルフナインちゃん、今日は来れなかったんだね」

「ヒジョーに残念なんデスが……」

「二週間前から本部に缶詰状態なんだよね…。今日のライブ、何かが起きるかもって……」

「マリアと翼センパイとニンジャさんがいれば何が起きても絶対大丈夫なのに、エルフナインも心配性デス」

「ふふふ、確かにそうかも」

 

 テレビの向こう側、シドニーのライブ会場には誰よりも強く頼れる二人のシンフォギア装者…風鳴翼とマリア・カデンツァヴナ・イヴが。そして風鳴翼のマネージャーにして超人レベルの身体能力を持つタスクフォースの懐刀、緒川慎次が居るのだ。

 そんちょ其処らのテロリスト程度なら容易く鎮圧出来るだろうし、億が一ノイズが出現したとしてもそれこそ翼とマリアの出番だ。

 つまり隕石衝突などの超常規模の大災害でも起きない限り本当に大丈夫なのだ。この場の誰もが、それを信じて疑わなかった。否、疑えるはずもなかった。

 

「でも本部の方でもライブはモニターしてるらしいし、場所は違えど一緒に楽しめてる、よね」

「そうだね、きっと」

 

 調の言葉に優しい笑顔で応える未来。

 音楽の祭典であるライブなのだから、みんなが楽しく幸せな気持ちにならねば嘘だ。歌は、世界を繋げてくれる大きな一つの手段なのだから。

 そうこうしてるうちにテレビの先の会場の灯りが全て消灯され、闇と緊張に包まれた。開幕の合図である。

 

「あぁ! 始まる! 始まるよクリスちゃん!!」

「わぁったから座れ馬鹿! 見逃しちまうぞ!!」

 

 互いに急かしあいながらソファーに座りペンライトを構える。日本の現在時刻は16:58。現地開演時間は19:00からなのでちょうどピッタリだろう。

 

 

 

「時間ね」

「あぁ。共に楽しもう、マリア」

「此方こそ。もういつもの事だけど、いつも以上に最高のライブにしましょう、翼」

 

 どちらからともなく交わされる握手。数秒も握ることもなく、すぐに手を放し互いに別の待機所へ向かって行った。

 そんな二人の姿を嬉しそうに見送ったマネージャー緒川慎次。彼の耳に、やや太い男の声が響いた。

 

『そっちの様子はどうだ、緒川』

「特別な様子は何も。観客スタッフ共に不審者は居ませんでしたし、周辺地域の警備にも十分な用意をしてくれています」

『そうか……。だが、くれぐれも注意は怠らないでくれ」

 

 タスクフォース移動本部指令ブリッジの中央で、一人の巨漢が緒川に対しての通信を切った。ワインレッドのシャツと胸ポケットに入れた桜色のネクタイ、尖った髪が印象深いこの男こそ、このタスクフォース司令である風鳴弦十郎その人である。

 現在この移動本部はオーストラリア沖に駐留しており、如何なる有事にも即座に行動できるようにはしている。だが現状では何かが起きるなど有り得ないほどの平穏。弦十郎は整えられた顎鬚の伸びた顎に手をやり、向こうの状況に思案を寄せる。

 

「……何事も無い、か」

「無いのが一番じゃないですか。色気のない場所だけど、二人のライブをしっかり見れるし」

「緊張感ないわよ、藤尭くん」

「ご、ごめんなさい司令さん。ボクの思い過ごしかもしれないのに、こんな……」

 

 おずおずと、エルフナインが弦十郎に謝罪の言葉を口にする。そう、こうしてタスクフォースが出動し待機状態で居るのはエルフナインからの、正確には彼女の友人である【エックス】の警告から始まったのだ。

【危機が訪れる。地球の時間にして二週間後。場所はオーストラリアになる】と、場所まで正確にだ。この時間と場所に合致する事柄と言えば、奇しくも翼とマリアの出演するオータムライブ。まさかと思いたかったが、ライブという歌の力…フォニックゲインが最高潮まで上がるあの空間なら、何かが起こる可能性も一概に否定できない。

 天羽奏を亡いネフシュタンの鎧を励起させたのも、マリア・カデンツァヴナ・イヴがフィーネを名乗り世界に宣戦布告したのも、キャロル・マールス・ディーンハイムとオートスコアラーが世界分解への行動を開始したのも……全てが装者・風鳴翼を中心としたライブというタイミングだった。そんな過去の、痛みを伴う前例があればこそ積極的な行動に出れたのだ。

 そしてその切っ掛けを教えてくれたエルフナインを、この場の誰もが責めることは無い。それを体現するように、弦十郎の大きな手がエルフナインの小さな頭を優しく包み込み撫でた。

 

「気にするな。エルフナインくんも、今日の為に色々手を打ってくれていたんだ。取り越し苦労ならそれで重畳ではないか」

「時空振動感知装置……。まったく、錬金術ってのはこんなもんまで作れるんだもんな。大したものだよ」

「そっちに懸かりきりで響ちゃんたちと一緒にライブ見れなかったんだし、何も起こらないなら今日ぐらいゆっくりと楽しまなきゃね」

「みなさん……本当に、ありがとうございます……!」

 

 優しい笑顔に包まれ、目頭を熱くさせながら笑顔で礼を言うエルフナイン。一息吐いたところで、藤尭がまた疑問を声にした。

 

「しかし、その【エックス】ってヤツは一体何者なんでしょうね。危機が迫るとか時空振動とか……」

「俺たちの逆探知にも引っかからなかったからな……。文面とそれに伴う行動からエルフナインくんの言う通り悪人ではないと判断は出来るが……。

 まったく、コレでは元諜報部の名折れだな」

「本当に不思議な方です…。時空振動感知装置も、エックスさんからの資料が無ければもっと時間がかかっていたと思いますし……。

 また改めて、ちゃんとお礼を言いたいです」

 

 エルフナインの優しい言葉に、一同も顔を綻ばせながらライブ会場が映し出されたモニターへ目をやる。

 漆黒を切り裂くように放たれるライトの光は、その祭典の始まりを物語っていた。

 

「いよいよだな。藤尭!」

「フォニックゲイン、時空振動、共に異常なし。あったらすぐに言いますよ」

「そうか、じゃあ今の俺たちの仕事はひとつだ。有事に備え、この場で風鳴翼、マリア・カデンツァヴナ・イヴ両名の出場するコンサートライブを見届けることッ!」

 

 弦十郎の雄々しい声に合わさるが如く、会場の輝きが一層強さを増していく。エルフナインはそれを嬉しそうに、ただ眺めていた。

 

 

 

 

 イントロと共に炸裂する歓声。

 咆哮にも似た叫びが、せり上がるステージから表れた二人の姿に向かい解き放たれた。

 翼とマリア、二人の高らかな歌声がステージに響き渡る。歌と共に舞い踊る二人の歌姫、それに合わせるよう交錯し放たれる水と炎と光の演出は、魔法少女事変より先だって行われたLIVE GenesiXの時と遜色ないほどだ。

 滑るように走り、舞うように跳ぶ。その優雅でありながらも強さを感じる踊りは更なる大歓声を呼び、正しくこの大きな会場の心を掴み一つに重ね合わせていた。

 いや、それは会場だけではなく……

 

「ぅっきゃぁあああああ!!! つぅばっささぁぁぁぁぁぁぁんッ!!!!」

「あああ! 今度はマリアデスよ!! マぁリアあああああああッ!!!!」

「ぅるっせぇぞダブル馬鹿!! 聞こえないだろッ!!」

 

 雪音クリス宅にて、響のデカすぎる奇声がその名の通り響き渡る。大きなテレビの真ん前で、青に光らせたペンライトをブンブン振っていた。

 映像が翼からマリアへと変わる度に、響の隣で切歌が叫び散らしていた。ブン回すその手にはマリアの髪色からかピンクを光らせている。

 家主であるクリスの怒声も聞く耳持たず互いに翼とマリアの名を呼びながら曲に合わてペンライトを振ることを止めない。止められるはずがない。それは見ている誰もが同じだった。

 事実響と切歌の奇声咆哮に周りの全員が一瞬呆れ顔をするも、次の瞬間には二人の歌を楽しんでいる。それこそが歌が齎す力…言語を越えて人を繋げる可能性の象徴なのだ。

 タスクフォース本部内でも、エルフナインが目を輝かせながらたどたどしく手拍子している。見た目相応の少女の姿でのそれは非常に愛らしい。今日までの杞憂が一瞬で吹き飛んでいったようだ。その喜びの表情を見て弦十郎たちも嬉しく思っていた。

 

 それと時を同じくして、雪音宅よりいくらか離れた場所にあるcafe ACEの店内でも同様にこのライブ中継が流されていた。もちろんこちらは一般回線ではあるが。

 まばらに入った客席の中の一つに、二人の高齢の男性が相席となりそのライブ中継を見入っていた。

 

「……凄いですね」

 

 おもむろに口を開いたスーツ姿の男、矢的猛。彼はただ、テレビの向こうから聞こえてくる歌声に感嘆していた。

 人を笑顔にさせる歌。悲しみを乗り越える強さをくれる歌。歌にも様々なものがあるが、彼女たちの歌は、正しくそんな力強く優しい歌。猛が聴いてきた中でも最上級の強さを持つものだった。

 

「分かります。彼女たちの歌で今、この星のマイナスエネルギーは間違いなく昇華されている。

 本当はこの世界には、私達の助けなんか要らないのかもしれないと思わせてくれます」

「あぁ、そうだな……。そうであってほしい」

 

 聴き惚れながらも合いの手を返すはこのカフェの専属パン職人、北斗星司だ。

 

「だが、これ程に強く輝いているからこそ、ヤツらはやって来る。俺たちは、その輝きを護るために此処に来たんだからな、猛」

「勿論、忘れてはいませんよ、星司兄さん」

 

 猛からの返答に力強い笑顔で応える星司。

 

「ゼロから連絡は?」

「いつでも地球に降りられるよう、月で待機していると。今回の事に合わせ、彼も別次元の仲間を既に向かわせてくれたようです」

「報告にあったエックスか。ならば、大丈夫だと信じたいな」

 

 星司の言葉にうなずく猛。二人はただ信じていた。仲間を……そして、歌によって心を重ねられるこの星の人々を。

 

 

 翼とマリアの曲に始まり、世界の名だたるアーティストの魂を込めた歌が会場に響き渡り続け、やがてその舞台は終わりを迎えることになった。

 どんな祭りも、始まりがあれば必ず終わりがある。それが必定だ。参加したアーティストたちが一人一人大きな声で感謝を告げながら、最後の曲への準備を進めている。そして、その順番は最初を飾った翼とマリアに回ってきた。

 手にしたマイクを握り締め、二人は観客に、世界に向かって語り掛けた。

 

「みんな、今日は本当にありがとう!! こうしてまた、世界の舞台に上げさせて貰うことが出来て……そこでまた、こんなにも楽しく歌うことが出来て、私は本当に嬉しい!!」

「私達の全力に、最後まで付いて来てくれたことに感謝するわ!! 世界にどんな悲劇が起ころうとも、私はそれを塗り替えるべく歌い続けてみせるッ!! だからッ!!」

「「みんなの心に、この歌が在らんことをッ!!!」」

 

 高らかに響く声に、会場も視聴者たちも只々全力で拍手と歓声を上げていた。そう、こうして世界は繋がれる。悲しみを押し返すように。

 

 

 そんな確信を抱いた瞬間だった。

 

 

『くだらん。まったくもってくだらん……ッ!!』

 

 重く伝わる、悪意と威圧感の塊のような声。スピーカーからではない。空…いや、その場の空間そのものから発せられているような感覚だ。

 

『そのような矮小な羽音で、悲劇や嘆きを越えられると?絶望を塗り替えると? まったく、片腹痛いッ!!』

「何者だッ!?」

「この声、何処から…!!」

 

 周囲が困惑に包まれる中、ライブ会場の空がどんどん暗雲に包まれ始めた。

 その声、その光景は当然全世界に中継され、突然の闖入者に世界は一瞬で不気味な感情に支配されていった。

 それはタスクフォース本部指令室でも同じであり、即座に現場が緊急状態へと移行。強い警戒態勢を取っている。

 

「藤尭ァ! どうなっている!!」

「わかりゃしませんよ!! ただ、エルフナインが作ってくれた時空振動感知装置は完璧だってことです!!」

「時空振動値、さらに増幅を確認! 中心部は会場上空! あの暗雲の目になると推定されます!!」

「緒川ァ! 翼とマリアくんに、いつでも出動できるよう伝えておけ!!

 一体、何が起こっているというんだ……!?」

 

 

 

 同刻、雪音宅でもこの異変は察知していた。

 

「ねぇ、なんなのコレ……何が起こってるの? アニメじゃあるまいし、こんな大ボスみたいな声が聞こえてくるなんて……」

 

 不可解な恐れを感じる弓美、詩織、創世。調と切歌も不安そうな顔でテレビを睨み付け、クリスはいつでも呼び出しに出られるよう通信機を握り締めながら画面から目を離さないでいる。

 未来もまた不安そうに隣の親友を見上げると、その顔は険しく歯軋りしてるようにも見えた。

 

「響……」

「……大丈夫。だって、翼さんとマリアさんだよ? だからへいき、へっちゃら」

「うん、そうだよね……」

 

 押し寄せてきた不安を噛み潰すように、押し潰されぬよう足を踏ん張り、ただただ見つめていた。

 見つめているしか、出来なかった。

 

 

 同じく、cafe ACEでも。

 空間の変異を察知した星司と猛が、暗雲のかかる空を睨み付けていた。

 

「……やはり、来てしまいましたね」

「予想の内だ。そして俺たちが此処に居る以上、ヤツも俺たちを狙ってくることが考えられる。

 備えろよ猛。……いや、エイティ!」

「はい、エース兄さん!」

 

 すぐさま店に戻り閉店の報せと客を帰宅させるように促す星司。猛も店の片付けを手伝い、手早く終わらせると二人別々の方向へ走り出した。

 

 

 

 そしてまた、タスクフォース本部指令室内。依然広がり続ける暗雲に、エルフナインが思わず呟いた。

 

「まさか、これが……」

 

 不明なるものへの恐怖に後ずさる彼女の持つ端末に、電話の時と同じような強い振動が走る。すぐに取り出して確認してみると、それはあの【エックス】からのメールだった。

 

「し、司令さん!あの、エックスさんからメールが……!」

「見せてくれ、エルフナインくん!」

 

 すぐさま指令室のモニターへ、先ほど届いたばかりのメールを映し出す。

 

 〈親愛なる友人、アルケミースターへ。先に謝らせてほしい。君たちの世界に迫る危機を、なんとか私と仲間の手で防ぎたかったのだが…不覚にも侵攻を許してしまった。ヤツはこの世界で、新たな力を得ていたんだ〉

 

「――つまりアレが、現れた危機ってヤツか……! マリアくん、聞こえるか!?」

『風鳴司令! これは一体…!?』

「具体的なことは追って説明する! 君には申し訳ないが、国連所属エージェントの立場を以て観客の避難誘導を始めてくれ!!」

『……ッ! 分かったわッ!』

 

 人命救助に関わる行動は早ければ早い方が良い。いつかの悲劇を繰り返さないためにも、風鳴弦十郎の下した指示は的確だと言えた。

 

「みんな聞いてッ!! 国連から特殊災害警戒警報が発令されたわ! まだノイズの存在は確認されてないけど、なにが起きるか分からない!!

 慌てず、でも急いで、すぐにここから離れてッ!!」

 

 ライブ会場に突如響き渡るマリアの声。【ノイズ】、その単語を耳にした瞬間会場からは恐怖によるざわめきが聞こえはじめた。

 それでも周辺スタッフ、参加アーティストたちの協力で比較的スムーズに避難誘導が進んでいくのは、フロンティア事変収束の折に本人の意志も関係なく救世の英雄して祭り上げられ、今なおその名前を以て活動を続けている名実ともに世界の歌姫であるマリアの言葉だからと言うべきか。

 だがそうやって、まるで蠢くように会場を出て行こうとする人間たちを目にした天空に響く重たい声の主はただ嘲笑っていた。

 

『フッフッフ……そうか、アレは【ノイズ】と言うのだな。ならば、まずは最初の畏怖をいただくとするか』

 

 渦巻く暗雲に雷鳴が木霊する。雲が裂け、その裂け目から鳥を思わせる大型の飛行型ノイズとアルカノイズの群れが湧きだしてきた。

 

 

「馬鹿な、ノイズだとォッ!!?」

「波形確認! 認めたくないですが、本物のノイズです!」

「そんな! だってノイズは、フロンティア事変の時に全部焼き尽くしたはずじゃ!」

「それに、あれはアルカノイズ……!」

 

 本部指令室にどよめきが走る。そうだ、ノイズはフロンティア事変の折に活性化したネフィリム・ノヴァの解き放った1兆度とも言われる超爆発によって、完全聖遺物であるソロモンの杖とノイズの発生源であるバビロニアの宝物庫をもろともに焼却したはずだ。

 アルカノイズにしても、魔法少女事変を引き起こしたキャロル・マールス・ディーンハイムがノイズのレシピを元に錬金術で生み出した存在。その事変を収束させた以上生まれるはずのないものだ。キャロルと同じ錬金術の知を秘めているエルフナインが生み出さぬ限りは。

 

 

「それがこうして、またも私達の前に立ち塞がるなど……ッ!」

 

 無機質な翼を広げ暗雲の空を舞う異形の群れを見上げ睨み付ける翼。今にも眼前の敵に向かって飛び出しそうな意思を秘めている。そんな張り詰めた彼女の肩を、マリアが優しく叩いた。

 

「落ち着きなさい翼」

「マリア……! だが現に敵が――」

「鞘走らないで。この場は私が引き受けるから、翼はみんなを守ってちょうだい」

「しかしッ! それならば私もッ!」

「貴方はまだ装者としては公表してないでしょ? ならばこそ、この場は私が相応しい。一応これでも、救世の英雄なのだから」

 

 微笑み告げるマリアに諭され、少し考えてから素直に頷く翼。何処にどう出現するか分からないノイズの特性を把握しているからこそ、剣持たぬ人々を傍で守護れる防人が必要だ。殿だけを固めてもそれは意味を持たないのだ。

 

「……了承した。此方の避難が終わり次第、すぐに救援に向かう。それまで保たせられるな?」

「あんまり遅くなると貴方の獲り分は無くなっているかもね」

「上等だ……ッ!」

 

 言葉の売り買いを交わし拳を突き合わせる。交錯する二人の強い瞳は、少女のものから戦場に起つ防人のそれへと切り変わっていた。

 避難する人々に指示を出しながら走る翼。それに対し背を向け、ステージ上で一人ノイズに向かい戦う意思を固め胸のペンダントを握り締めるマリア。

 彼女が睨み付ける暗い空からノイズの群れが驟雨の如く放たれる。その身を捩り尖らせ特攻する一撃はヒトの身を抉り両断し、直ちに炭化させる確殺の鏃だ。

 識っている。それで幾多もの命が奪われてきたのだ。それにより数多の悲劇が引き起こされたのだ。故に、だからこそ、その驚異たる脅威から人を守護る為に生まれたものがある。

 その為の盾が…。――剣が。

 

「 Seilien coffin airget-lamh tron... 」

 

 マリアの口から、静かに詩が詠まれる。かつて喪った最愛の妹、唯一の肉親から受け継いだ輝きの聖遺物…そこから錬金術という新たな力を得て蘇った、マリア・カデンツァヴナ・イヴの剣。シンフォギア・アガートラームの起動聖詠である。

 歌により励起したギアは、適合するフォニックゲインにより装者の姿を戦いに適した姿へと変える。左腕に白銀のガントレットを装着した彼女の姿は、救世の英雄という渾名に違わぬ美しき剣の聖女の姿だった。

 

 

「マリアさん、アガートラームの起動を確認! ノイズ及びアルカノイズと交戦します!!」

「頼むぞマリアくん! 被害者を可能な限り抑えてくれッ!!」

『了解ッ!!』

 

 弦十郎の言葉に勇ましく応えるマリア。その直後、すぐに別の端末からの通信が入った。これはクリスからの物だ。

 

『オッサン!! アタシ達は――』

「待機だッ!!」

『またそんな悠長なこと言うのかよッ!!』

「オートスコアラーとの戦いを忘れたかッ!! この声の主は、当然のようにノイズを仕掛けてきたんだぞッ! 何時何処で同じ事が起きるか分からんッ!!」

『ぐっ……でも、だけどよぉ!』

 

 弦十郎の放つ正論に、クリスは何一つ言い返すことが出来なかった。魔法少女事変にて、キャロルの生み出したオートスコアラー達はそれぞれが独立してシンフォギア装者に襲い掛かってきたのだ。

 加勢するのは容易い。だが其処で薄くなった守りを、いったい誰が補うのか。ノイズとアルカノイズを自在に操れるのならば、世界の何処が脅威に晒されても不思議ではないのだ。

 言葉では理解できる。本心でも納得はしている。だが、逸る気持ちは抑えがたい。それはその場に居る響、調、切歌も同じで、図らずもクリスが彼女らの想いを代弁する形となっていた。

 それを窘めるよう、翼からの通信が届いた。

 

『案ずるな雪音、私もすぐに増援に向かう。我ら両刃揃えば、どんな相手にも引けを取ることなど無かろう』

「でも、センパイ…!」

『雪音、お前も【先輩】なのだろう?ならばもう少し、落ち着いて後輩たちを見てやらなくてはな。雪音の握るその銃把は、もはや諸害を撃ち抜くだけのモノではないだろう』

 

 翼の言葉に唇を強く締めてしまうクリス。

 これは反省だ。守りたいもの、守るべきものは無機質なテレビの向こう側だけでなく、今この手が届くところにもある。それを共に守りあってくれる仲間が、後輩がいる。だから、それを与え教えてくれた偉大な先輩を信じなくてどうするんだ。

 

「……分かった。オッサンの命令通り、待機してる」

『あぁ、此方は任せておけ。立花、月読、暁!』

「は、ハイ!」「ハイ!」「ハイデス!!」

『雪音の言う事をちゃんと聞くんだぞ。だが無茶しそうになったらちゃんと止めるんだ。無論、お前たち同士もな』

 

 しっかりと他の後輩たちにもフォローと釘差しを行っておく。風鳴翼、まったく良く出来た先輩である。

 

「……翼さんこそ、あんまりマリアさんと一緒になって無茶はしないでくださいね? 二人とも、何かあるとすぅぐ全力フルスイングしちゃうんだから」

「お前が言うかこのスクリューボール!」

 

 そんな気楽な会話の応酬が心地好かった。それだけで、こんなにも戦う勇気が湧いてくる。翼も、クリスも、話を聴いていたみんなが全て。

 

「……じゃあ、頼むぜセンパイ」

『承知した。そちらも頼むぞ、後輩』

 

 そこまで言って互いに通信を終える。クリスは少し惜しむように通信機を握り締めていたが、その上から響が、またその上から調と切歌も手を重ねてきた。

 

「大丈夫! そうだよね、クリスちゃん!」

 

 手を重ねてきた後輩たちの顔を見回すと、やはり強い笑顔で自分を見つめている。そうだ、あのセンパイ達とコイツらが居れば、どんな脅威も恐れるものか。そう確信できた。

 

「…へっ、ったりめーだ! あとな、こういう時ぐらい【センパイ】って呼べねーのかお前はッ!!」

 

 こんな馬鹿騒ぎ。それを許してくれる世界こそ、守りたい物なのだから。

 

 

 


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