絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア   作:まくやま

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EPISODE 09 【光呼び合い重なる手と手】 -A-

 地球にて、立花響の変身したウルトラマンガイアとマリア・カデンツァヴナ・イヴが変身したウルトラマンネクサスがメタフィールド内での戦いの末に勝利を得るに至った。

 だが戻って来た其処に、太陽を覆い隠すほどの巨大な暗雲が拡がり、誰もが其処から現れる何かを危惧していた…。

 其れは一体何なのか。それを語るべく再度時間を戻し、ゴルゴダ星に向けて飛び立ったウルトラマンエースに焦点を変える。

 

 

 自らの力で時空を超え、エックスに示された座標へ向かって行くエース。やがてその眼に怪しく光る小さな星が見えてきた。

 それは星と言うより巨大なデブリに近く、だが其処から放たれるマイナスエネルギーは他の星々からも一線を画している。それを肌で感じて理解した。あれこそが、新たなるゴルゴダ星なのだと。

 

(待っていろみんな…。すぐに行く!)

 

 飛行速度を更に高めゴルゴダ星に向かうエース。地響きと砂煙を上げながら暗い荒野に着陸した彼に、ヤプールの重々しい声が聞こえてきた。

 

『フハハハハ…よく来たなウルトラマンエース』

「ヤプール…!みんなはどうした!!」

『フン…見るがいい!』

 

 ヤプールの声と共に宙から降りて来る十字架。そこには白く凍結した80とゼロが磔にされていた。その近くのクレーターには、アームドギアを剥がされインナーだけの姿で倒れる翼、クリス、切歌の三人の姿もあった。

 

「みんなッ!!」

『おっと、そこを動くなよウルトラマンエース。貴様が下手な動きをすれば、その瞬間全員が息絶える事になるからな。

 …まぁ、こちらからすればどちらもさほど変わりはしないのだがな』

「貴様…!絶対に許さんぞ、ヤプール…ッ!!」

『そうだ!それでいいのだ我が宿敵よッ!!我の悲願の一つ…それは、ウルトラマンエース!貴様を絶望に染め上げた上で地球人と共に八つ裂きにする事なのだァッ!!ファハハハハハッ!!!』

 

 ヤプールの嗤い声に怒りの拳を握りしめて構えるエース。その彼の前に、巨大な白い怪獣が姿を現した。80とゼロを氷漬けにして倒した張本人、冷凍怪獣マーゴドンだ。

 

『やれ!マーゴドンよ!ウルトラマンエースを討ち倒せぇッ!!』

 

 重い象のような鳴き声と共にエースへ向かって突進するマーゴドン。それを受け止め、格闘攻撃を仕掛けるエースだったが、長い体毛に包まれたマーゴドンにはそこまでのダメージは見られない。

 それに対して、太い前足でエースを殴りつけるマーゴドン。その強烈な打撃に、思わず膝を付いてしまった。

 

(なんて、力だ…!)

 

 連続して重い打撃を浴びながらも、その合間を縫ってマーゴドンの身体にショルダータックルで反撃するエース。反撃で一瞬怯んだ隙に、後ろへ向かっての前転受け身で再度距離を取る。

 だがそのダメージも大したことが無かったのか、身体から極低温の冷気を噴出するマーゴドン。それを察し、すぐにウルトラネオバリアーで防御する。

 直撃は無い。だが、吹雪と共に周囲を極低温にまで引き下げられて、堪えているのはエースの方だった。彼自身の予想を遥かに上回り、胸のカラータイマーが危険信号を鳴らし始めたのだ。

 超高速で時空を超えたことが原因か、ウルトラマンの弱点である暗黒と極低温の環境がそうさせたのか、あるいはその両方か…一つハッキリと分かる事は、正しく緊急の事態であると言うことだ。

 

(…俺は負けん…!負けぬと誓った…!仲間も、彼女たちも…ッ!!)

 

 ウルトラネオバリアーが破れるのを見越し、白い吹雪に覆われるその前に力を込めて、エースがその両腕を左へ大きく捻っていた。そしてバリアーが砕けた瞬間、その反動と共に腕をL字に交差。メタリウム光線を発射した。

 吹雪を切り裂いて放たれる色鮮やかなメタリウム光線がマーゴドンの身体に直撃するも、大きく吹き飛ばされただけで斃すには至らない。尋常ではないタフネスにただ驚いてしまった。

 しかし思わぬダメージに怒りを覚えたのか、暴れるようにマーゴドンが突進しエースを撥ね飛ばす。そのまま上に圧し掛かり、強靭な前足で再度連続攻撃を仕掛けていった。

 

 

 

 クレーターの中、エースの劣勢を目にしながらなんとか立ち上がる翼。左手を膝に置き、なんとか息を整えてクリスと切歌の傍に向かう。

 

「くうっ…大丈夫か、雪音…暁…!」

「先輩、か…?」

「翼、センパイ…?」

 

 翼に呼びかけられ、二人もまたゆっくりと上体を起こす。しばらくの真横になっていたはずだが、力はさほど回復していない。なんとか座り込み、辺りを見渡すので精一杯だった。

 

「…先輩、まさかアンタまで…」

「あぁ、不覚を取った…。…いや、ヤプールの仕掛けた奸計功詐がより上手だったと言う他ないな…」

 

 なんとか話をする翼とクリス。そこに強い地響きを感じ、その方へ向く。其処にはマーゴドンの攻撃を受けて倒れるエースの姿があった。

 

「エースさん!」

「くっそ…どんだけだよあのマンモス野郎…!」

「ヤプールは言っていた…。此処は、ウルトラマンの処刑場として生み出した場所だと…。陽光当たらぬ暗黒異次元に、凍気を放つ処刑者を据えて…」

「ガッチガチのガチ対策じゃねぇか…糞畜生め…ッ!」

 

 思わず歯軋りしながら地面を殴りつけるクリス。磔にされている80とゼロ、そして今現在敵に蹂躙されているエースの姿を見ていると、自分たちの無力さをありありと見せ付けられているようであまりにも心苦しかった。

 そんな彼女たちの前に、ヤプールが異次元より声をかけてきた。

 

『どうだ、楽しんで貰えているかね?』

「ヤプール…野郎ッ!」

「先生とゼロさんを離すデスッ!」

 

 飛び掛かろうとするクリスと切歌の前に立ち動きを留めた翼。ヤプールへ睨み付けたその眼は、不撓不屈を物語っていた。

 

『ほう…貴様は流石と言うべきか、風鳴翼。怒りでも焦りでもなく、この期に及んでもそのような眼を向けて来るとはな…』

「何とでも言え。そして覚えているがいい。斯様な悪逆非道を繰り返したところで、我々もウルトラマンも心刃折りて野に晒されるなどはないとな…!」

 

 其の悪行、即ち瞬く間に殺すべし――。僅かな体力なれど胸から湧き上がる歌を口にした瞬間、翼のシンフォギア…天羽々斬が再度励起。青と白が基調となったアームドギアを身に纏い、単独での戦闘状態へと変身した。

 

『人間如きが戯言を…戯唄を吐かす。ならばまずは、貴様から絶望に落ちてもらおうか!』

 

 手を振ったヤプールが空間に映し出したのは、現在の地球の光景。市街地でゴモラⅡを相手に立ち回りを繰り広げる響と調の姿だった。

 

「立花ッ!」

「調ぇッ!!」

『分かっただろう。どれだけ足掻こうとも、二人ばかりのヒトの身で超獣を斃すことなど出来ん。瞬く間に死するはアイツらのようだな!』

「クッ…!」

『フフフ…そう案ずるな。貴様らもすぐに後を追わせてやる。さぁ、出でよ!!』

 

 ヤプールの呼び声と共にクレーターに降り立つ一つの影。

 背格好はやや長身の翼よりも更に高く、ヒト型の肉体はしなやかにして強固な筋肉の隆起が見て取れた。

 いや、それ以上に目を引く点があった。立ち上がったその姿、それに余りにも強い既視感があったから。

 当然だ。なぜなら、それは――

 

「――黒い、ゼロ…!?」

 

 クリスが、切歌が、そして誰よりも翼が相対するその姿に驚愕した。

 見間違うなど有り得ない。アレは間違いなく、自らが一体化しているはずのウルトラマンゼロなのだ。ただ明らかに違うのは、体色が金と黒に染まっていることと目の部分が赤いゴーグルにモノアイという形になっていること。そしてその左手が鋭利な鉤爪となっているのも、また特徴的な違いだった。

 

『コイツはかつて光の国と別の世界を破滅に追いやりかけた帝国猟兵。それをこのヤプールの科学力で更なる強化を施した姿……その名も、異次元超兵ヤプールロプスだッ!!』

「異次元超兵、ヤプールロプス…。それがなぜ、ゼロの姿を…?」

『元来はウルトラマンゼロを模倣しただけの存在だからな。それを我々が手を加え、更には我々が戦った全てのウルトラ戦士…そして風鳴翼、雪音クリス、ウルトラマンと一体化した貴様らの戦闘データまでも取り込んでいるのだ!』

「そ、そんな…トンデモってレベルじゃないデスよ…!」

 

 高笑いするヤプールの言葉に戦慄する切歌。そりゃそうだ、ウルトラマン達だけでもご大層なものなのに、眼前に居る誰よりも頼れる先達らのデータまでも得ていると言っているのだから。

 だがそれを聞いて尚、翼は不敵な笑みを浮かべてヤプールロプスに己が剣刃を差し向けた。

 

「能書きはそれだけか?斯様な大言壮語で我らを畏れに落とせると思っているならば、甚だ嘗められたものだ。そうだろう、雪音」

 

 一瞥することも無くクリスの名を呼ぶ翼。その確信めいた声を聞いて、クリスの口から大きな溜め息が吐き出された。

 

「…ったく、先輩に付き合ってたらこっちの身が保たねぇよ」

 

 ゆっくり立ち上がりながらギアペンダントを通じてクリスの歌が流れ出す。それと共に彼女もまた再度シンフォギアを身に纏い翼の隣に立った。

 

「だが、前よりは体力も増したようだな」

「先輩やあの馬鹿がタフ過ぎるんだっての。ちっとは休ませてくれよ…」

「残念ながらそうも言ってられん…。私とて、刮ぎ集めた僅かな力のまま独りで戦うのはいささか心許なくてな。これでも頼りにしている心算だぞ?」

「ありがてぇこった、こっちもなんとかこうしているのが精一杯なの知ってるクセによ。…んじゃまた、二人でやっちまいますかねぇ」

 二人して火花を散らしギアの端々を欠けさせながら…そんな不十分な状態のままであるのだが、顔を歪ませることも無くヤプールロプスと相対していた。

「翼センパイ…クリスセンパイ…」

「任せとけよ。あんなデッドコピーなんぞに、黙ってやられるワケにはいかねぇからよ」

「で、でも…相手はウルトラマンみたいなヤツデスし、センパイたちだってまだ力が…」

「案ずるな暁。我ら銃剣相重なれば、撃ち断てぬものなど有りはしない!」

『ほざくか小娘ども!ならばこのヤプールロプスの脅威をその身に刻み込み、ウルトラマンどもの前で息の根を止めてくれるわッ!!』

 

 吼えるように上半身を逸らせ、一足と共にヤプールロプスが高速で襲い掛かって来た。振り下ろされる右の鉤爪を、翼が日本刀型のアームドギアで受け止めた。

 鍔迫りあう剣と鉤爪が火花を散らし、互いに打ち離れた瞬間に翼の後ろから彼女を飛び越えてクリスが出現。左右に携えた二挺のハンドガンで上空から撃ち放つ。

 それを後方へのステップで躱すヤプールロプス。対するクリスは着地と共にしゃがみ込むと同時にハンドガンを基本形態であるボウガンに変形させ、斜め前方…的外れな位置に発射した。

 そのクリスの背を使って翼が一回転して前へ出て、弧を描いてヤプールロプスを狙う紅蓮の嚆矢と共に突進。剣を大型化させ、縦の大振りで攻撃した。

 それを飛行するかのような高い跳躍で回避するヤプールロプス。追尾するイチイバルの矢を手刀で打ち砕いていく、空中で静止したその一瞬。僅かな隙間を翼が逃すはずが無かった。

 

「この隙ッ!」「貰ったぁッ!」

 

 大型化した刃そのまま振るい、蒼ノ一閃を撃ち放ち、直後にそれを追って跳び上がる。それと同時にクリスもMEGA DETH FUGAを即座に展開できた1発だけを発射した。

 大型ミサイルを足場とし、蒼ノ一閃を目眩ましとしてヤプールロプスに突進する翼。先程一閃を放った大型剣を鞘と見立て、その柄を握り締め、間合いに入った瞬間それを神速で抜き払った。蒼ノ一閃から派生される早撃ち、【蒼刃罰光斬】である。

 神速の刃を撃ち込んだ瞬間すぐに後ろへ跳び大型ミサイルまで爆発に巻き込ませた。翼とクリス、互いの動きを熟知した二人が放った重ね当ては間違いなく彼女らに手応えを与えていた。

 

「すごいデス…さすが、センパイたち…」

「――いや、まだだッ!!」

 

 切歌の感嘆とした言葉を即座に否定する翼。その言葉と共に爆煙の中から一筋の赤い輝きが放たれた。

 

「リフレクトッ!!」

 

 クリスが翼と切歌の前に立ち、声と共に腰から伸びるギアから結晶体を射出。眼前で大型のバリアーを展開させた。晴れた煙の中からは、ヤプールロプスが右手を水平に曲げて構えを取り、額から光線を発射していた。

 

「エメリウムスラッシュ!?光線技まで模倣しているかッ!!」

 

 翼の反応とクリスの機転で防げたものの、ヤプールロプスは即座に地上に降りて真っ直ぐ突進する。迎え撃つように突進からの鋭い突きを放つ翼。

 だが相手は動きを予測、理解していたのか突進の軌道を僅かに変えて翼の懐に入る事で攻撃を回避する。そして接近動作と共に振りかぶっていた左の拳を真っ直ぐに打ち込んだ。

 

「先輩ッ!!」

(この動き…正しく、ゼロの――!)

 

 ウルトラマンゼロさながらの激しい正拳を受け吹き飛ばされる翼。思わず声をかけるクリスだったが、ヤプールロプスに目をやった瞬間に黒い身体が捻りを伴いながら舞い跳び、流星の如く――ウルトラマン80のような高速を伴う蹴りを放った。

 思わず十字受けの構えを取るクリスだったが、80の放つ攻撃の強さも彼女自身が身に染みていることだ。

 致命打では無いもののガードは一瞬で崩され、翼と同様に後方へ跳ね飛ばされてしまった。

 

「翼センパイッ!クリスセンパイッ!」

「――ゲホッ!ゴホッ…!…畜生め、無駄な能書きもハッタリじゃねぇのな…ッ!」

「まったく…厄介な、相手だ…ッ!」

『フハハハハ!!これで分かっただろう、ウルトラマンだけでなく貴様らの動きまでも覚えたヤプールロプスに敵などおらんのだッ!!

 …貴様らシンフォギア装者も、ウルトラマンどもも、地球に現れた者も、この日この時に全て抹殺してくれるわァッ!!!』

 

 怒りにも似たヤプールの嗤い声に合わせるかのようにゴルゴダ星の大地が響き揺れる。マーゴドンの攻撃にエースも撥ね倒されていたのだ。

 猛攻を交錯して尚も立とうとする先輩二人とエースの姿に、切歌はまた強い無力感に苛まれた。今の自分では何も出来ないのだと…。

 

(せめて…せめて調が居てくれれば…声だけでも聴けたら……調ぇ…!!)

 

 彼女が縋れる最後の一人…自らの半身とも言える存在である月読調を強く想う切歌。その瞬間右手中指に付けた小さな指輪が僅かな輝きを放ち、切歌の視界がほんの一瞬別の世界を映した。

 それは黒い雨の降り注ぐ街。赤い巨人と、それを囲い弄ぶ二体の超獣。

 そしてほんの僅かに…だが確かに聴こえた、自分を想う調の声だった。

 

 

 

 切歌の変調と全く同時に、同様の変調が調にも起こっていた。

 吹雪が吹き荒れる暗黒の星と、そこで倒れる先輩達とウルトラマンエース。白い怪獣とウルトラマンゼロに酷似した黒い戦闘機人。

 そして彼女にも一瞬届いた、自分の存在を求める切歌の声。

 

「―――………ッ!!?」

「調さん!?大丈夫ですかッ!?」

 

 理解不能な変調に、放射能の雨を遮っていた鋸が動きを止める。すぐに緒川が自分の身と共に彼女を保護するべく、自前の風呂敷を傘のように広げて雨を遮った。

 

「今の……切、ちゃん……?」

 

 思わず暗い空へ目をやる調。その左手の指輪は小さな光を蓄えていた。

 

 

 

「――な、なんなんデスか、今の…!?」

 

 左右に首を振りながら戸惑う切歌。其処にヤプールロプスの模倣したエメリウムスラッシュ…ヤプールロプススラッシュが放たれ、それを察知した翼とクリスの二人が跳び付いて切歌を伏せさせた。辛うじて避けられた一撃に一瞬肝を冷やすものの、先程の感覚からは逃れられず戸惑ったままだった。

 

「暁、大丈夫か!?」

「ボンヤリしてんなよ馬鹿!死んじまうぞ!」

「せ、センパイ…あ、ありがとう、デス…。あの、その、あの…」

 

 困惑から言葉が上手く出てこないのか、ただ呟くだけの切歌。その異常さは翼とクリスも一目で理解できた。そういう時は頼りになる先輩である翼が優しく落ち着かせる方が良いと思ったクリスだったが、変化し続ける状況はそれを許してくれない。ヤプールロプスが再度接近戦を挑みに来たのだ。

 

「雪音、私はアイツを食い止める!暁を頼んだぞッ!」

「先輩ッ!クソッ…!」

 

 翼の指示通り、一先ず彼女の傍から離れて切歌を座らせるクリス。自分も同じ目線に立つが、焦りからかつい語気を荒げて肩を揺すってしまう。

 

「何かあったのか!?何が言いたいんだよ!ハッキリしろよッ!!」

「わか…わから、ない、デス…」

「分からないって、お前――!」

 

 要領を得ない切歌の返答に苛立ちだけが溜まってしまうクリス。そんな彼女の胸の内で、小さな暖かい光が灯っていく感覚が起きた。これは…

 

「――センセイ…!?」

 

 すぐさまギアに収納されていたブライトスティックを取り出すクリス。ほんの僅かに光を湛えているスティックから、クリスの思考に言葉をかけてきた。

 

『…クリス…君も、落ち着くんだ…』

「センセイ、大丈夫なのかよ!?」

『……多くを話せる程、力は無い…。クリス…そのまま、切歌とも話をさせてくれ…』

 

 猛の指示に従い、切歌の右手を取って一緒にブライトスティックを握らせる。小さなその光は切歌にも伝播し、やがて彼女も落ち着きを取り戻していった。

 

「…矢的先生、デス…?」

『あぁ、私だ…。切歌、何があったのか…クリスと私に、教えてくれないかい?』

「…一瞬。ほんの一瞬だけど、見たんデス。…黒い雨、赤い巨人、超獣たち…」

『…他には?』

「……翼センパイが戦ってるヤツから…調の声が、聞こえたんデス…。”切ちゃん”って…それだけ、だけど…」

 

 其処まで聞いて、猛は沈黙した。まるで彼女の言葉と状況を、深く飲み込むように。

 

「…あぁもう分かんねぇな!こんな時に幻視と幻聴かよ!?」

『…いや、違うぞクリス。私は確信した…。この窮地を…私とゼロも合わせ、みんなの命を救える最後の希望…。

 …それは切歌。そして、調だ』

 

 

 

 

 一方、マーゴドンに弄られるかのように蹂躙され続けているエース。果敢にフラッシュハンドやパンチレーザーを繰り返すが、熱エネルギーそのものを吸収するマーゴドンにはまともに通じていない。

 

(なんて、ヤツだ…!)

 

 カラータイマーの警告音が鳴り響き、点滅も加速度を増している。誰が見ても理解できる、危機的状況だ。

 そんな状態のエースに念話が送り込まれた。相手は80だ。

 

『…エース、兄さん…』

「80…!?お前、大丈夫なのか!?」

『…いいえ、話をするのが精一杯です』

「だったら少しでも温存して、僅かなエネルギーを無駄にするな!この怪獣も、ヤプールも…」

『…勝てません。今の、エース兄さんでは…』

 

 80のハッキリとした言葉に、エースは反論できなかった。この現状は、信念や根性論だけで覆せるものではないと彼自身も理解はしていたのだ。ただ納得していなかっただけで。

 

「…ならば、如何しろと言うのだ…80…!」

『………”信頼”、してください』

「信頼…?誰を――」

『…人間を。兄さんが守護りたい者達を…兄さんを、守護りたいと思っている者達を…』

「俺を…守護りたいと…?」

 

 口にした瞬間、エースの脳裏に少女らの顔が浮かんだ。恐れを抱く人々の為に果敢に唄うマリア、私が帰る場所を守護るからと自分を送り出した響、今なおこの地でヤプールに気高く抵抗する翼とクリス、そして…

 

「――駄目だ…ッ!俺はもう、子供達を傷付けるワケにはいかないんだ…!」

 

 二人の笑顔が過った途端、それを振り払うように声を上げるエース。

 知っている。彼女たちの強さも、優しさも。知っているから…知ってしまったから、誰よりも何よりも守護りたいと思ってしまったのだ。

 だから一体化も拒んだ。ウルトラマンとして戦うことが、どれほどの苦痛を伴うかも知っていたから。

 時に裏切られ、傷付けられて…また自分自身も、助けを求めた誰かを裏切り、傷付け…そんな想いを幾度となく味わって来たエースだから…北斗星司だから、彼女たちにはそんな思いをさせたくなかったのだ。

 その悲しみを知っている星司だから、その”悲しみ”を素直に悲しめる二人の少女が引き合ったのだろう。それが理解ったから、猛は確信を得たのだ。

 

『……大丈夫ですよ、兄さん。…あの子達を、受け入れてあげてください』

 

 ただその言葉を残し、80…猛との念話が途切れ落ちた。それと共に倒れ込むエース。彼の背中をマーゴドンが踏み付け、勝利宣言の高笑いのような鳴き声を上げる。

 クレーターの中でヤプールロプスと戦っていた翼も、その姿を見て驚愕に顔を歪めていた。

 

「ウルトラマンエースが…!クッ、これではどうしようも…」

「ンだよ先輩、らしくねぇなぁ!」

 

 右のアームドギアを愛用のガトリングガンに変形させたクリスが、鉛玉を撃ち放ちながら翼とヤプールロプスとの間に割って入る。そのまま連続斉射で敵との距離を開けていった。

 

「雪音!暁は、もう良いのか?」

「ウチのセンセイのお墨付きだ。それに、状況打開のキーポイントはアイツららしいからな」

「アイツら…暁以外となると、月読か?」

「そういうこった。詳しい理由は聞けるほど余裕も無かったけどな」

「そうか…。では雪音、我々は今何が出来る?何をすれば良い」

 

 翼の質問に、クリスも真剣な顔で敵へと視線を送る。

 

「…センセイの読みじゃ、あのヤプールロプスにこの星の周囲を守っている四次元空間のコントロール装置が埋め込まれてるって言ってた。そいつをぶち壊すか、最低でも少しの間機能を少し停止させれればいいってさ。そしたらもう後は、アイツらがなんとかするって言ってた」

「フ…結局其処に往き付いてしまうか」

「しゃーねぇよなぁ…。どうよ先輩、さっきまでやり合ってたんだから勝算の一つでも浮かんでんだろ?」

「そうだな…まさか此処まで自分の挙手投足を投影されては、中々どうしようもないものだと言うことは理解ったぞ」

 

 不敵に笑ってはいるものの、翼からの返答は予想外に弱気なものだった。自分の動きを完全にコピーされた上に、クリスや他のウルトラマンの動作まで混ぜ込んでくるのだ。捌くまでは出来ても、此方の攻撃も完全に把握されている現状では致命打どころか一撃加える事すら困難だったのだ。

 彼女のその返答に、クリスは只々驚く他になかった。

 

「オイオイオイ、マジかよ先輩…。それじゃあ勝ちの目は無いってことか…!?」

「…勝ちの目ではないが、策はある。問題は私と雪音が、その動きを行使できるか否かというところだがな」

「…先輩、まさかそれって…」

 

 翼の策と言う物にクリスは心当たりがあった。いや、”翼が完璧に習得できなかった動き”と言うだけで大幅に絞られてくるのは明白だ。

 

「特殊戦闘プログラム:Moving:A.S。覚えているな、雪音?」

「はぁ…そう簡単に忘れられっかよあんなの…」

 

 Moving:A.S。それは魔法少女事変のすぐ後に、装者がエルフナインと共に組み上げた特殊戦闘プログラムの一つである。事変の最中に装者の前に立ち塞がった錬金術製の自動人形であるオートスコアラー…その人外的挙動を分析し、バトルアクションの一部として反映、利用すべく生み出された。

 …のだが、その挙動のいくつかは、”人形”であるが故に可能とされる常識的な人体可動域を無視した代物だったのだ。その特異性、人体を酷使するその動作は装者の個性を殺し、あの風鳴翼を以てしても行使できるものではなかった為、敢え無く不採用となった経緯がある。

 翼の策は、そんなものを引っ張り出そうという算段なのだ。

 

「どうする雪音。乗るか反るかだ…!」

「…反ったところで勝ちの目に転がる事は無いんだろ?だったら無理にでも乗ってやらぁ!」

 

 決意を固めた瞬間、二人のギアから同じ音楽が奏でられ始める。装者二人がシンクロして戦う折に放たれるデュエットソング…調と切歌より学んだ、二つを一つにする力だ。

 その曲に乗せて二人は普段見せないような…喩えるならばそう、キメポーズを全力でキメる。自らが過去に交戦したオートスコアラー…翼はファラ・スユーフの、クリスはレイア・ダラーヒムのポーズをだ。

 

『……子供の遊びか?』

「児戯と嘗めるならそれも良し。されど此処から繰り出す剣閃は、その首級を旋烈疾風と共に断破せしめるものと思えッ!」

「Moving:A.S…スタートナウッ!!」

 

 二人其々、己が踵を打ち付け合い動作を開始する。一直線に攻めて来るヤプールロプスに対し、翼はまるでフワフワと舞うかのように何処か優雅な足取りで動いていった。その舞いから一転して、大振りの突きと払いで反撃していった。

 しかしこれまでの翼とは一転変わった攻撃に、ヤプールロプスも力任せに対抗していく。頭部のヤプールロプススラッガーを装備し、翼が振り抜いた刃を躱し上から攻めるその瞬間。遮るように、クリスが双刃を受け止めた。

 彼女のアームドギアは普段とは大幅に違う変形が為されており、大型化したシリンダー部分から非情に短い銃口が付けられており、グリップの部分が刃のように伸びた異形のリボルバーとなっている。その伸びたグリップ部分でヤプールロプススラッガーを受け止めたのだ。

 そこからヤプールロプスの懐に滑り込むように仰向けとなり、背中と肩を主軸にして回転。敵の攻撃を弾き飛ばしたと同時に反動で後ろへ跳躍し、そのままトリガーを引き絞った。

 ヤプールロプスが乱れ撃たれる弾丸を回避していく中、翼は風を巻き起こすかのように大きく舞いつつ刃を振るった。片やフラメンコ、片やジャズ・ブレイクダンス…二人の動きは、正に踊っているようだった。

 

「スゴいデス、センパイ…。あのプログラムをちゃんとやれてるなんて…」

「余所見してんな!集中しろッ!」

「活路は我らが必ず造るッ!頼むぞ、暁ッ!」

「…ハイデスッ!!」

 

 翼とクリスに諌められ、切歌はしゃがみこんだまままるで祈るように両手を絡め合わせて握っていた。念じるは唯一つ、調の存在だ。

 

(センセイとセンパイ達を信じるデス…!だから…届いて欲しいじゃなくて、届かせるんデス!調…調ぇ…ッ!!)

 

 何かをしようとしている切歌に気付き、額から光刃を放つヤプールロプス。だが翼が即座に放った剣で反射させる。それに次ぐようにクリスが小刻みなステップで軽快に動きながら弾丸を発射。ヤプールロプスを攻め立てていった。

 だが相手も高度な知能を植え付けられた機械戦士。この僅かな時間で翼とクリスの新たな動きにも対応しつつあった。

 

「もう、覚えて来るか…だがッ!」

「真似っ子ダンスだけがプログラムじゃねぇんだよッ!」

 

 一瞬でダンスの動きを崩し、いつもの動き慣れたものへとシフトする。そこから再度ダンスムーヴへと移行、移行…。舞う本人たちですら臨機応変の感覚でしか行動していない、一切の型を無視した不安定にして不規則な乱舞。それこそがMoving:A.Sの真価であった。

 縦横無尽の銃踏剣舞はヤプールロプスの認識処理速度を一瞬だが確実に凌駕する。その瞬間、翼がヤプールロプスの攻撃を捌き切り両腕を弾いたと同時に、クリスの両手に握られたガンバレルが胸のカラータイマー部分へ零距離を取っていた。

 

「そのタマ獲ったァッ!!」

 

 力いっぱいに引かれる銃爪。ありったけの弾丸は胸部で爆裂し、ヤプールロプスを後退させる。そこからすぐに追い打ちをかけるべく、翼の刃が突き刺さった。

 

「今だ、暁ィッ!!」

「調…お願い…!――応えてッ!!」

 

 ヤプールロプスのモノアイが光を失う瞬間に叫ぶ翼。その声を聞き、切歌が全力で想いを高める。

 右手のリングが光を増し、彼女の意識を彼方…もう片方の受信機たる調のリングへと飛ばしていった。

 

 

 

 そして地球。ゴモラⅡとバラバの同時攻撃に苦戦するウルトラマンガイアを見ながら、祈るように両の手を絡める調。その時、彼女の左手のリングが輝きだした。

 

「これは…切ちゃん!?」

『……らべ……調……!』

「切ちゃん!?切ちゃんなの!?大丈夫!?」

 

 今度は幻聴じゃない。ハッキリと聞こえた切歌の声に調が返答する。

 

『調!?良かったデス…!こっちはなんとか無事デスが、調は怪我とかしてないデスか?』

「大丈夫、響さんが守ってくれてるから…。でも、響さんが…!」

『うえぇぇ…こっちもセンパイ達が、とってもとっても大ピンチなのデス…!」

「そんな…!マリアとも連絡付かないし…どうしよう、切ちゃん…!』

 

 焦る調の声に、切歌の鼓動が自然と早くなる。互いにこうまで切羽詰まった状況だったとは思いも寄らなかった。矢的先生…ウルトラマン80が言ってくれた策が、本当に自分と調で大丈夫なのかと不安ばかりが募ってしまう。

 そんな彼女の目に飛び込んできたのは、最早黒に変わりそうな程に細かく力無い点滅を繰り返す瀕死のウルトラマンエースの姿だった。

 まるであの日…キングクラブと戦ったあの時のようだ。それを思い出すことが、切歌の想いを強く固めていった。

 

「簡単デスよ調!アタシたちでみんなを助けて、みんなで一緒に敵を倒して、ハッピーエンドにしてやれば良いんデスよ!」

『そんなの、どうやって…』

「…矢的先生から教えてもらったデス。あの時みたいに…アタシたちの願いが重なれば、奇跡を起こすことが出来るって」

『奇跡を…私達が…?』

「だから一緒に願うデスよ調。アタシたちが誰を守りたいのか…何を護りたいのかを』

『私達が守りたい誰か…護りたい何か…」

 

 切歌のその言葉を聞いて、調もまた周囲に目を回す。敵さえも守護る為に戦い黒い雨の中で蹂躙される響ことウルトラマンガイア。壊れかけたシェルターの扉の向こう側…響に守護ってくれと頼まれた避難している人達。身を挺して自分を守ってくれている緒川…。

 今は視界に居ないだけで、他にも守護りたい人はたくさんいる。切歌の言葉でそれを思い出した。

 

「…分かった、やろう切ちゃん。いつも一緒の私達だもの…守護りたいものだって一緒だよ!」

 そこで切歌との話を終えて、緒川の風呂敷の下で座り込み強く念じ始めた。

「…調さん、大丈夫ですか?」

「ハイ…。でも、ごめんなさい。もう少しだけこうして、守っていてください」

「えぇ、勿論ですとも」

 

 慎次の爽やかな笑顔がとても嬉しかった。彼だけでない、こんな笑顔を自分達に向けてくれる人達を守りたい。ただそんな想いを込め続けた。

 ゴルゴダ星の切歌も同じであり、カラータイマーに位置する胸部を貫いたにも関わらず復活しようともがくヤプールロプスを組み伏せ続ける翼とクリス。磔にされ、残された僅かな力で自分に助言を与えてくれたウルトラマン80。必ず再起を誓っているはずのウルトラマンゼロ…。

 自分らに道を作ってくれた人たち。今まで仲良くしてくれた人たち。まんまるで広大な地球の上で、喜びと辛さを併せて生きる人たち…。

 二人の想いは間違いなくシンクロしている。だがまだ届かない。彼女らは気付いていなかったが、バラバの降らせている放射能の雨が、ヤプールの悪意がそれを遮っていたのだ。

 

(お願い…届いて…!届いてぇ…!!)

 

 それは切なる祈りだった。誰に向ければ良いのかも分からなかった祈り。ようやく見えた光に、どうしても手が届かない。…白銀の光が暗雲を切り裂いたのは、その瞬間だった。

 それは奇跡ではなく必然の存在。暗雲を切り裂き現れた銀色の巨人…ウルトラマンネクサス。

【彼女】が自らの力を解き放ち生み出したメタフィールドに、二体の超獣とウルトラマンガイアを諸共に隔離した。

 ヤプールの驚愕の声と、弦十郎とエックスの声が響く。一変した状況に調も一瞬呆然としてしまうが、ふと見上げた空が雨の上がった青空だと理解した瞬間、何かを確信した。今ならば、届くと。

 そんな調に呼応するように切歌も立ち上がり、互いにリングの付けた側の手を天に掲げ、願いを高め上げる。

 

「アタシたちは守りたいんデス!誰かに願うだけじゃなく、自分たちの出来るすべてでッ!」

「私達は護りたい!何かに祈っているだけじゃなくて、自分たちで為せるすべてでッ!」

「この”願い”が奇跡になるというのなら…」

「この”祈り”が奇跡になるというのなら…」

 

「「光よッ!届けぇぇッ!!」」

 

 指輪の光が最大限に高まった時、二人の意識は互いに輝きの中へ消えていった。

 


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