絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア   作:まくやま

16 / 62
EPISODE 08 【運命の雫は銀の掌に】 -A-

 

 日本にてゴモラⅡが出現したのと同刻。マリア・カデンツァヴナ・イヴはカナダにてノイズの襲撃の報によりチャリティーライブを急遽終了、避難活動を行っていた。

 途中で終わってしまったにも拘らず、避難の為に連なり歩く観客達の顔は何処か穏やかだ。マリアの歌を聞いたと言うこともあるだろうし、英雄である彼女が傍に居てくれるという安心感もあるのだろう。そういったところからか、避難自体は予想以上にスムーズに運んで行った。

 

(ノイズの反応自体は消えていない…。いつ出現するかも知れないけど、調と響…捕まったみんなの事も気になるわね…)

 

 日本では今響と調が出現した怪獣…ゴモラⅡと戦いを繰り広げている最中だ。二人に加勢したいと心を逸らせながらも、現状ではどうすることも出来なかった。

 思わず歯軋りしてしまうマリア。それを見計らったかのように、彼女の周囲にノイズが出現した。

 

「来たか…。だが、お前達の相手をしている暇は無いッ!」

 

 狼狽する観客たちの声も意に介さず、聖詠を唄いながらノイズの群れに突進するマリア。その歌が終ったと同時に道を阻むノイズが炭化して消え去り、黒い灰の中心には白銀のシンフォギアを纏ったマリアが刃を構え佇んでいた。

 喜びに沸く観客。同行する黒服やスタッフに窘められながらも、マリアに対し感謝と応援の声を上げながら避難経路を進んでいった。

 

(…そうだ、私は今この場を守護らなければならないんだ。仲間を信じて、共に其々の守護るべきものを…!)

 

 背伸びしない、自分の丈に見合った決意を込めてノイズへと立ち向かうマリア。黒服たちの援護もあり、幸いにも大きな被害は出ていない。

 やがて避難民たちはライブ会場から出た瞬間、蜘蛛の子を散らすように四方八方へ駆け出して行く。彼らの顔は、ノイズと死の恐怖から解放された開放感で溢れていた。

 その姿を見て安堵の笑みを浮かべるマリア。あとは自分が、会場に出現したノイズを駆逐すれば済むことだ。そう思っていた時、一人の女性が泣き喚くように黒服の一人へ問い詰めている姿を目撃した。

 

「どうかしたの?」

「いや、その…」

「私の家族がまだ見えないの!母と娘たちが一緒に居たのに…!」

「落ち着いてください奥さん。この人込みだ、何処か別のところから出ているかもしれない」

「そうじゃなかったら!?何処か怪我したのかも知れない…ノイズに襲われているかもしれないじゃない!!お願い、家族を助けて!お願いよぉッ!!」

 

 喚き立てる女性の姿を見て、マリアはふと自らの過去を思い出した。炎と瓦礫の中…唯一の妹を助ける事も出来ず、ただ助けて欲しいと叫ぶだけだった幼く弱い自分の姿。

 それは脳裏に焼き付いた記憶の傷痕。その全てを癒せる程の時間はまだ経っていないが、傷と共に前へ進む力をくれたのは差し伸ばしてくれた手だ。それを理解っているから、今度は自分が手を差し伸ばすのだ。

 

「…大丈夫、私が見て来るわ。中で見つけたら、必ず助け出す。必ず」

 

 女性の手を握り締め、強い笑顔でハッキリと断言する。マリアのその言葉を聞き、女性はその場で蹲って嗚咽と哀願の声を漏らした。

 すぐに会場へ目をやり、先程女性に応対していた大柄な黒人の黒服男に声をかける。細かい所属は違うが、彼もマリアと同じく国連のエージェントの一人だ。

 

「他にも取り残されたという訴えは来ているの?」

「あちらこちらで聞こえて来るよ。災害じゃ付きモンだ」

「分かったわ、それじゃあ行ってくる。もし取り残された人が外で合流出来たのなら教えてちょうだい」

「正気か、エージェント・マリア?そんな事をしてなんになる。ミイラ取りがミイラになるだけだぞ」

「…誰かが助けを求めているなら、私はそれに手を伸ばす。そこに理由なんて必要ないわ」

「そんなにも英雄を気取りたいってか?」

「そんな英雄として私を祀り上げたのは貴方たちよ?」

「……やれやれ、S.O.N.Gなんてところで何を覚えて来やがったのかね。機動隊、我らが英雄様が救出活動に出るってよ。一緒に褒め称えられたいヤツは行って来い!」

 

 通信機に声を荒く指示をぶつける黒服の男。そのままマリアの方へ向き、ニカッと明るい笑顔と共にサムズアップのように親指で会場を指差した。

 それに対し笑顔で首肯するマリア。人込みを飛び越えるように跳躍し、ポールライトを足場にして駆けるように跳んで行った。

 

 

 

 会場内には獲物を探していたのかノイズがうろつき回っており、先陣を切るマリアが視認と同時にアガートラームのアームドギアである短剣で斬り裂き払っていく。

 その援護とばかりにノイズに向けて火を吹く機動隊員たちのハンドマシンガン。与えるダメージ効果はほぼ無いが、少しでも気を逸らすことが出来ればその隙に白銀の刃が貫き両断する。

 ノイズへの対処はそれで十分だったからか、あとは逃げ遅れた人が居ないかを探すだけだった。

 広い会場の中を、声を出しながら走り回るマリア。彼女の声に反応して集まってくるノイズを斬り伏せながら、細かな場所にも目を配っていく。そうやって注意して進んでいくと、物陰で恐怖に泣き喚く声とノイズの群れが確認された。

 

「やらせるかぁッ!!」

 

 瞬間、弾け飛ぶように力強く地を蹴り跳び込むマリア。自らが構え携えた短剣を振り抜き撃ち放つ。放たれた刃は幾重にも分裂し、マリアの意思に沿うかのように的確にノイズへ襲い掛かった。展開した短剣型アームドギアで広範囲に攻撃する【INFINITI†CRIME】だ。

 その撃ち放たれた刃の全てがノイズに突き刺さり、即座に黒炭へと変わり崩れ去って行った。

 突如として変化した眼前の状況に、寄り添い座したまま呆然とする二人の少女と一人の老婆。奇しくもマリアが訴えを聞いていた女性の家族に相違なかった。

 少女らにとってはまだ現実味を帯びてないのか、唇を震わせながらマリアと周囲の機動隊員の姿を見つめている。そんな少女たちの前に、マリアは優しい笑顔で彼女らの目線に合わせるようしゃがみ込んだ。

 

「もう大丈夫よ。諦めずに、よく頑張ったわね」

「…マリア…?」

「マリア・カデンツァヴナ・イヴ…?」

「えぇ。貴方のお母様から話を聴いて、助けに来たの」

 

 ハッキリとそう伝えると、すぐに二人の顔が明るくなった。先程までの恐れの顔は何処へやら、世界の歌姫が噂に聞いていた白銀の騎士姿で現れ命を救ってくれたのだ。死への恐怖を更に上回る、希望と言う名の衝撃が彼女たちの心に強く植え付けられていた。

 

「こちらAチーム。取り残されていた人達を保護したわ。他のグループはどう?」

『Bチーム保護完了。最寄りの出口より脱出する』

『Cチームも同じくです』

『Dチーム、こっちは現状見当たらないな。恐らくこっちは誰も居ないだろう』

「了解、こちらも人命優先で脱出するわ」

 

 他の機動隊員との通信を終え、姉妹と思しき少女達とその祖母に寄るマリア。笑顔を徹して、不安を覚えさせないように優しく告げる。

 

「さぁ、みんなでここを出ましょう。立って」

 

 そう言った途端、姉妹は顔を曇らせてしまう。その理由を代弁するかのように、少し背の高い方の少女…恐らく姉が返答した。

 

「ナンシーおばあちゃん、立てないの…。もともと足が弱かったけど、後ろから押されて転んじゃって…」

 

 彼女の言葉に一人の機動隊員が祖母ナンシーの元に駆け寄り、状態を確認する。脚を動かし、痛む部分を確認し彼の見立てを告げた。

 

「…折れてるな。腿の付け根だ」

 

 股関節を形成する太腿骨の骨折。コレでは確かに立てる筈がない。マリアが手元の端末で周囲の状況を確認すると、数は少ないもののノイズの反応はまだ止まない。それどころか、残っている反応が自分たちの場所に集まっている。

 裏で手を引くヤプールの仕業か、人を殺す為だけに存在を許されたノイズの本能だろうかは定かでない。だが、すぐさまこの場を離れなければいけないのは誰もが分かっていた。その中で意を決して口を出したのは、足を怪我したナンシーだった。

 

「…皆様、わざわざありがとうございます。ですが、どうか此処はこの孫たちだけを連れて行ってください。御覧の通り、この脚じゃ私は動けないわ。それが原因で、愛する孫や皆様…歌姫マリアを危険に晒したくない」

「おばあちゃん!?なんで!」

「私はもう十分生きたわ。最期に最愛の家族と一緒に、世界を救った英雄の歌が聴けた。それで十分よ。メアリー、貴方はお姉さんなんだから…妹を、セリーナを守ってあげなさいね」

「やだぁ!おばあちゃんも一緒にいくの!」

 

 どう言われようとも祖母ナンシーを抱き締め放そうとしない姉妹…姉のメアリーと妹のセリーナ。その光景に、マリアは覚えがあった。それはまるで、幼き日の自分たち姉妹と母のように慕った彼の人のようで――

 

「…守ってみせる。護ってみせる。もう誰も、私の前で死なせはしない。だから…」

 

 …だからこそ、あの時この身を虚飾の理想から解き放ってくれた彼女が言ってくれた言葉を放った。

 

「――生きることを、諦めないで」

 

 強く、ただ強く告げる。そのたった一言が、その場に居たすべての人間に強く響き渡っていた。

 すぐに同行していた三人のうち二人の機動隊員が自らの装備を外し、急ごしらえの担架を組み上げた。

 

「さぁミセス、これに乗って行きますよ」

「少し揺れるけど、我慢はしてくれ。せーのっ!」

 

 手際よくナンシーを担架に乗せて持ち上げる二人の隊員。うち一人の陽気な笑顔に、メアリーとセリーナ姉妹も涙を止めて笑顔で感謝の声を上げた。

 少しばかり明るくなった空気の中で、装備を外さなかったもう一人の隊員…このチームを取り仕切る小隊長がマリアに話しかけてきた。

 

「尊敬しますよ、この状況で全員を助ける選択を取れるなんてね。それが、英雄の英雄たる所以ですかね?」

「そんなんじゃないわ。そんな、誇れるものじゃない…」

 

 マリアの声からは、彼女の複雑な心境を読み取れなかった。唯一つ分かるのは彼女にとってこの選択は当然であり必然。それだけだった。

 

「…襲い来る障害は全て私が打ち砕く。みんなの命は、私が必ず守護ってみせる。…駆け抜けるわよ」

 

 一瞬の緩みから強く凛々しい声に変えて皆を鼓舞するマリア。彼女のその姿は、正しく救世の英雄たる雄々しさがあった。その威容、その威光に触れた為か…機動隊員達は口を揃えて叫ぶのだった。

 

「「「イエス、マムッ!!」」」

 

 

 

 

 マリアの高らかな歌が轟くと共に、斬り裂かれたノイズ達が黒く崩れ去って消えていく。そして出来た道を、一行は突き進んでいった。

 その途中、疲れてしまったのか共に走っていた姉妹のうち妹セリーナが足を止めてしまう。そんな彼女に、姉のメアリーがすぐに駆け寄った。

 

「セリーナ、どうしたの?大丈夫?」

「おねえちゃぁん…わたしもう、はしりたくない…」

「ダメよセリーナ!もうすぐなんだから、頑張らなきゃ!」

「でも…でもぉ…」

 

 遂に声を殺して泣き出すセリーナ。だが無理もないだろう。広いライブ会場の中、ノイズの恐怖と戦い小さな気を張り詰めながら走って来たのだ。幼い子の体力では無理も出る。

 

「…少し、休みましょう」

「オイオイ、そんな悠長なことを…」

「少しだけだから。あの子達が、立ち上がるまで」

 

 二人のその状態を見たマリアが、ほんの少しばかりの休憩を取ることを決めた。給水し、息を整えるぐらいの僅かなインターバルだ。思わずやれやれといった表情を浮かべる隊長だったが、子供に駄々をこねられても支障をきたすと判断したのかマリアの指示通りその足を止めた。

 

「あぁ…皆さま、申し訳ございません…。私や孫たちのせいで…」

「気にしないで。みんなを無事に帰したい…それだけだから。それに…」

 

 祖母ナンシーと、メアリーとセレーナ姉妹に目をやるマリア。自然と綻んだその顔は、優しさに満ちていた。

 

「…貴方たちを見ていると思い出してしまうの。…私の、亡くなった家族を。だから――」

 

 マリアの言葉を遮るように、隊長の手持ちの通信機がけたたましく鳴り響いた。

 それは最後まで要救助者が居ないか探し、マリアたちAチームと合流すべく動いていたDチームからのもの。その隊員からの声だった。

 

『緊急!緊急だ!!』

「どうした、ノイズか?」

『違う…違う!!ノイズじゃない!!』

 

 Dチームの隊員と思しき人物からの必死な声。同時に聞こえるのは乱れ撃たれる銃声と生理的嫌悪感すら覚えるほどに甲高い音。

 

『みんな食われちまった…!丸呑みだ!何も出てきやしねぇ!チクショオオオッ!!』

「落ち着け!何があった!何とやり合っている!!」

『知らねぇよ!理解らねぇ!!ただの、バケモノ……―――』

「おい!?どうした、おい!!?…クソッ、切れちまった…!」

 

 口惜しそうに通信機を仕舞う隊長。そこにすぐさまマリアが駆け寄って尋ねる。

 

「何があったの!?」

「こっちが聞きたいさ…。ったく、何がバケモノだ。ノイズだけでも手一杯だってのに…」

 

 と、ふと前を見る。其処には一体のノイズが横たわっていた。

 この隊員だけでなくマリア自身も、そのノイズの姿に違和感を感じていた。

 理解らない。ヒト型を形成している種類のノイズが、何故横たわっているのか。他チームの攻撃…否、近辺には誰も居ない。合流予定のDチームの反応すら存在しない。

 不理解が生じる恐れに心身を侵蝕され、思わず息を呑む。

 …そして次の瞬間、横たわるノイズに、黒い何かが覆い被さった。

 

「ッ!!?」

 

 戦慄する一同。”何か”はノイズの上で波打つように蠢き、数回の発光を経てやがて静かに動きを止めた。その光景を一言で喩えるならば…

 

「――ノイズを、喰いやがった…!?」

 

 ぬらりと身体を持ち上げる”何か”。徐々に近付いてくるそれがライトの下に来た瞬間、メアリーとセリーナの二人が阿鼻叫喚の声を上げた。

 …それもそうだろう。その”何か”は、深い紫色が全身を流れるようなマーブルを生み出し、不定形な身体と共に大小様々な触手が蠢いている。その裂けた中央腹部は、奈落のような漆黒の空間となりそれを囲むように小さな触手が襞の如く細かく蠢いていた。

 正視できない。してはいけないものだ。その場の誰もがこの”何か”に対し、理性と本能の全てが直感し、畏怖と憂惧に支配された。

 

【バケモノ】。…あぁ確かに、これ以上にこれ以外の表現も存在しないだろう。その姿を直視した瞬間、マリアが思わず膝を付いてしまった。

 

「―――…あ、あれ、は……!」

「お、おいおい…しっかりしてくれよ英雄様よぉ…!アンタ、アレについて何か知ってんのか…!?」

「……ビー、スト……!」

 

 分からなかった。何故その単語を発してしまったのか。何故アレを見て、その単語が浮かんできたのか。

 言葉にした瞬間、マリアの脳裏に溢れんばかりの映像が流れ込んできた。眼前の”何か”に襲われ食われる人々の姿。また別の…しかし同種の”何か”に蹂躙され貪られる人々の姿。

 マリアの顔に脂汗が噴き出る。ノイズなんかよりももっと邪まで、醜く、凶兇とした【悪】…。思考ではなく魂が…その奥底にある何かが赤く熱い鼓動のように叫んでいた。

 

「――……討つべき、もの……。…あれは、倒すべき…敵…ッ!」

「SHIT!ならコイツがDチームを殺ったヤツってことか!」

「隊長、俺達も…」

「担架を下すな!お前らはそのプリンセスたちを守れ!!」

 

 先んじて前に出てマシンガンの引き金を引く隊長。鉛玉が敵の軟体に吸い込まれていく。ノイズの位相差障壁よりはまだ攻撃の実感は得られるものの、どう見てもダメージは軽微だ。

 ならばと果敢に接近戦を仕掛けるマリア。アームドギアである短剣を蛇腹剣へと変形させて斬り裂くEMPRESS†REBELLIONで攻撃を放つが、腕のような大きな触手が器用に絡み合い動きを止めてしまった。

 

「まだ、だぁッ!」

 

 勢いよく蛇腹剣を引き抜くことで触手が乱雑に斬りつけられる。だがそれは大したダメージにはなっていないようで、すぐに触手での反撃を仕掛けてきた。

 襲い掛かる触手攻撃に逆手の刃でいなし弾き飛ばす。だが複雑な軌道を描く攻撃はその一撃が重く、弾くだけで精一杯だった。

 何度目かの触手との交錯。敵も動きを覚えたのか、弾いた瞬間その右腕を絡めとられてしまう。次の瞬間、その触手から電撃が放たれマリアの身体を貫いた。

 

「ぐあああぁぁぁッ!!」

「クソがぁ!!」

 

 マシンガンの弾丸が撃ち放たれるが、それをものともせず中央の漆黒部分…恐らくは口と形容出来る場所から衝撃波を放ち、隊長を吹き飛ばした。

 敵はすぐに隊員たちが持つ担架とそこに寄り添う姉妹へと標的を向ける。如何なる本能だろうか、敵は明らかに弱者を狙っていたのだ。

 怯え叫ぶ姉妹の声をものともせず、口からの衝撃波で担架を持つ隊員たち諸共吹き飛ばす。そして触手を伸ばし、姉妹の片割れ…妹セリーナを捕まえた。

 

「セリーナ!?セリーナぁ!!」

「やだ、やだぁ!たすけて!おばあちゃん!!おねえちゃああああん!!!」

 

 姉のメアリーが咄嗟にセリーナの手を捕まえ触手に抵抗する。だがか弱い子供の力など巨大なバケモノに対してどれ程の抵抗にもなる事は無く、まるで見せつけるかのように小さなセリーナの身体を持ち上げた。

 それを目にした瞬間、マリアの脳裏にまた止め処なく…激流の如く情景が流れ込んできた。

 戦火に巻き込まれるいつかどこかの少女たちの姿。瓦礫が、爆炎が、理不尽な暴虐が世界を砕き壊していく。

 いつか見た光景。どこかで見た遠景。間違いない、これは彼女自身が見てきたモノだ。

 両親を失った時。妹セレナを失った時。世界を襲った事変の時…。守れなかった命を想い、自分自身を責め続けた。この身に足りぬ、力の無さを。

 月の落下から世界を守ろうとした時もそうだ。『ただの優しいマリア』と言われた彼女は、最後の最後まで独りの力では何も為すことが出来なかった。

 それでも出会えた仲間に背を押され手を引かれ、『自分らしく』強くなる決意をし、それに見合うように努力と研鑽は続けたつもりだった。だが、それさえも虚飾の理想に過ぎなかったのか。シドニーでの戦いでは瀕死の重傷を負い、それでもなお守れぬ命があった。そうして眠り続けている間にも失われていく命があった。そして今もまた、命が奪われんとしている。

 

 ならば、動く以外の選択は有り得ない。それしか救えないのは、誰よりも知っているのだから。

 そう確信した瞬間、右の逆手で持った刃を握り直し敵に向かって突進。背後から脳天に刃を突き立てた。

 異形の敵から甲高い叫び声が上がる。深く食い込んだ刃から不快な濃紫色の体液と共にガスが噴出する。

 それがなんであるかなど、誰も理解のしようもなかった。ただ人を守るために敵を倒すという必然的な考えとともに、隊長が手にしたハンドガンの引金を引く。その弾丸が敵に当たり火花を放った瞬間、マリアの眼前が爆発した。

 

(…可燃性の、ガス…!?)

 

 吹き飛ばされ倒れ込みながらそんな思考を巡らせるマリア。すぐに煙の中に居るであろう敵の姿に目を凝らすと、爆発の影響か蠢き方は遅くなっていたものの、ジリジリと姉妹の方へ進んでいた。

 思わず全身に力を込めて動こうとするが、脚に走った激痛と重さに気付いてしまう。爆発の影響で壁が壊れ、それで出来た瓦礫に脚を挟まれていたのだ。

 

 一瞬で思考が焦りに支配されるマリア。右手で地面を掴むように押さえ、左手と共に全身を伸ばそうとする。

 助けなくては。すぐに、すぐに。でないとなにも変わらない。変えられない。あの日のまま…マムを、セレナを失った日となにも…。乗り越えたはずの過去に引き戻されてしまう。

 そんな焦りの中で彼女の眼に映し出された光景は、更に不可解なものであった。

 磔にされたウルトラマン80とウルトラマンゼロ。点滅するカラータイマーと共に膝を付くウルトラマンエース。

 黒いヒト型の敵と戦い倒れる翼、クリス、切歌。闇色の雨の中、二体の超獣に弄られる赤いウルトラマンと、何も出来ずに悲痛に顔を歪める調。

 何故今こんなものを見せるのか…否、それは彼女自身の望んだことでもあった。眼前の守るべき人と、遠き地に居る守りたい人を想ったが故に。

 どちらにも届かないこの手が恨めしかった。たった一つの欲望だけが動けぬ身体を疾走し、行き場のない想いが涙となって溢れ出す。

 

「どうして…どうして私は…ッ!私はただ、みんなを――」

 

『――守護りたい、だけなんだよね』

『だったら信じろよ。自分の中にある、自分自身の光を』

 

 誰かの声が、聞こえた。

 

『そんな君だから光は選んだ。思い出して。君はもう、光と共に在るのだから』

 

 優しい声だった。まるで月のように穏やかで、太陽のように暖かく手を引いてくれるような。

 

『黙って下を向いてるだけじゃ、傍にある光も見えなくなる。顔を上げな。本当の戦いは、ここからだぜ』

 

 真っ直ぐな声だった。眩い奇跡のように、力強く背中を押し出してくれるような。

 

 見上げた先に視えたものは、愛する妹と養母の笑顔。それは、宙へ往く旧き新天地の中で視た、あの時と同じように――

 

『…戦いなさい、マリア。力の限り…貴方自分が信じている、正義の為に』

『優しさから始まる力が勇気となって、マリア姉さんを強くする。だから、自分にだけは決して負けないで』

「マム…!セレナ…!!」

 

 覚えている。思い出した。これはあの時に見ていた夢だ。

 力を振り絞って左手を伸ばす。泥に塗れ、涙に濡れ、それでもあるがままの声で吼え叫んだ。

 

「――私は、みんなを守護りたい…!この想いを、諦めないッ!!だから届け!!この願いを、明日へぇぇッ!!!」

 

 伸ばした左手が、何かに触れた。まるでそれは、翼を持つ石の盾――

 

 

 

 

 

 EPISODE08

【運命の雫は銀の掌に】

 

 

 

 

 視界が元に戻った瞬間、マリアの掌に強く拍動するものが握られているのが理解った。鞘に納められた小太刀のようなそれは、彼女の魂と共に赤く熱く、鼓動を繰り返していた。

 ただ心のままに、左手で握られていた物…エボルトラスターを、自らの聖剣の如く右の逆手で引き抜くマリア。

 そこから放たれた輝きが彼女の周囲を包み天へ登り、次の瞬間天から振り下ろされた拳が敵を微塵に粉砕した。

 

 騒然とするライブ会場。誰もがその目を疑った。光を纏う銀色の巨人が現れたのだから。

 巨人は膝立ちのまま、一人の女性に向けてその手を差し出した。優しい光に包まれて彼女の前に現れたのは、取り残されていた母ナンシーと、娘のメアリーとセリーナの姉妹だった。救出活動に尽力したAチームの面々も一緒だ。

 

「あ…あああぁぁぁっ…!ありがとう…!ありがとう、ございます…!!」

「Oh…god…。…お、おい!エージェント・マリアは!?アイツは何処に…」

 

 慌てる黒人のエージェント。だが何かに気付き、巨人の方へ向く。誰に信じて貰えることではないが、それ以外に考えられなかった。

 

「…まさか、お前が…」

 

 それを見て小さく頷き、ゆっくりと立ち上がる巨人。どこか遠くを見つめている。その姿を見て彼もまた察することが出来た。緊急の事態は、遠き極東の地で起こっているのだと。ならばかける言葉は一つだけだ。

 

「こっちは任せて行け!!お前の守るべきものを、守ってこいッ!!!」

「…シェアッ!!」

 

 勢いをつけて真上に飛び出した巨人。やがて光の矢となった【彼女】は、雲を抜け、地球の自転に逆らいながら飛翔した。

 

 尋常ならざる速度は瞬く間に目的の場所へ辿り着く。漆黒の暗雲が渦巻く小さな島国。そこに二つの光があった。弱り始めた赤い輝きと、願いを込めたとても小さな光。

 理解っている。そこに、助けたい人達が居る。

 そう直感するとともに白銀の光は暗雲を切り裂き、赤いウルトラマンに差し込まれた――。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。