絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア   作:まくやま

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EPISODE 07 【響く大地に輝き立つ花】 -A-

 

 四次元空間の先にある新たなるゴルゴダ星に向かって飛び立ったエースと、彼が仲間を救ってくれると信じて帰る場所を守る想いを固めながら見送った響と調。

 ゼロと80、そして翼、クリス、切歌が倒れるゴルゴダ星で何が起きたのか…再度時間を巻き戻す。

 

 

 

 メカギラスの自爆と共に発生したワームホールに吸い込まれ、ウルトラマンゼロと風鳴翼は異次元の道を為す術も無く送られていた。

 

「ぐうぅぅぅぅ…!!大丈夫か、翼ァ!」

「なんとか、な…!ゼロ、これは一体…!」

「次元移動、ってヤツだ…。だが、こんなにも無理矢理な移動は中々堪えるぜ…!俺から手を離すなよ、翼!」

 

 一体化しているのにその言い方はどういうものかと一瞬思うが、彼の喩えは決して間違いではなかった。現在の状況を喩えるならば次元移動は大波、ゼロは船だ。しっかり意識を集中しておかないと、本当に振り落とされてしまう。そんな気持ちになっていた。

 体感した時間は一体どれ程か…それすらも理解出来ぬまま居ると、次元移動はあまりにも急に終わりを告げた。

 一見すると漆黒の空間…。降り立った時に踏み締めた感触は、生命の波動の感じられぬ死した荒野の大地だった。その空気は、何処か寒気を感じるものだ。

 

『フハハハハ…ゴルゴダ星にようこそ、ウルトラマンゼロ』

「ヤプール…!野郎、何処に居やがるッ!!」

 

 響いてきたヤプールの声に瞬時に身構え叫ぶゼロ。だが周囲を見回しても誰も居ない。

 

『無駄だ、我は此処には居ない。貴様らウルトラ戦士の死に様を、高みで見物させてもらう為にな!』

「下衆が…ッ!」

『ククク…ウルトラマンゼロよ、貴様にも相応しい墓標も用意してやったぞ』

 

 言葉と共に漆黒の空よりゆっくりと降りてきたのは、巨大な十字架だった。その数は3。うち一つには既に誰かが架けられていた。それは誰でもなく…

 

「先生ッ!!」

 

 そう、ウルトラマン80だった。

 カラータイマーは黒に染まっており、その目も力無く輝きを失っていたのだ。

 

「馬鹿な、矢的先生が…!」

 

 口に出した瞬間に翼が気付いた。今彼と一体化している自身の後輩…雪音クリスはどうなっているのか。

 

「ヤプール、雪音はどうした!事と場合によっては――」

『どうすると言うのだ、風鳴翼。矮小な人間風情が。…あぁ、そういえばウルトラマン80もそんな事を言いながら無様を晒したのだったな。

 まぁいい。ウルトラマン80と一体化した装者、雪音クリス…それと共に行動していたもう一人も一緒に見せしめとして眠っておるわ』

 

 この星の何処だろうか、小さなクレーター部分の中央に横たわる二人の姿があった。雪音クリスと、暁切歌だ。

 

「雪音!暁!」

 

 思わず叫ぶ翼だが、その声に対する返事は無い。それが、彼と彼女が更なる激を昂らせることになった。

 

「ヤプール…てっめぇぇぇッ!!」

「赦さんぞ、貴様ァァッ!!」

『そうだ、もっと怒れ!昂れ!それこそが、貴様らの敗因となるのだ!!』

 

 激怒と共に残り少ないエネルギーを燃やすゼロ。だがその時だった。ゼロの周囲の空気が白に包まれ、一瞬にして極低温にまで引き落とされたのは。

 

「なんだッ!?」

「凍結、だと…ッ!?」

 

 脚部の凍結により足と地面が接着されてしまい動かなくなってしまう。

 突如発生した猛吹雪の中、その巨体が姿を現した。その姿はまるで太古の象のようであり、4足と2足の間のような姿勢でゆっくりと歩いてくる。白い体毛に覆われた身体から噴出するのは猛吹雪を生み出している超烈な凍気だった。

 

『やれ、マーゴドン!!貴様が齎す冷凍地獄で、ウルトラマンゼロも凍て付かせろぉッ!!』

「ブゥオオオオオオオ!!!」

 

 白い巨獣…冷凍怪獣マーゴドンがヤプールの声と共に更なる冷気を叩き付ける。超冷気が瞬時にゼロの身体を凍結させていき、カラータイマーの点滅は加速度を増した。

 

「ぐ、ぁ、ぁ…」

「ぜ、ゼロ…!」

 

 彼の身体を通して分かる異変。それは身体に宿る熱とエネルギーが相対するマーゴドンに奪われている感覚だった。

 

「ゼロ、しっかりしろ…!どうした…ッ!!」

『無駄だ…ウルトラマンの弱点は暗黒の闇と極低温。このゴルゴダ星は、ウルトラマンどもを殺す為に生まれた処刑場なのだッ!』

「そうか…。矢的先生…ウルトラマン80も、それで…」

 

 ヤプールが鎌状の手を突き出すとゼロの身体が浮き上がり、中央を開けて空いた右の十字架に叩き付けられた。直後身体に鎖が巻き付けられ、完全に動けなくされてしまった。

 

『おっと、貴様はこっちだ』

「クッ、ぐぅ…ッ!!」

 

 ゼロのカラータイマーを介し、光と共に翼の肉体が引き出される。そのままヤプールの念力に引っ張られ、クリスと切歌の倒れているクレーターへ弾き飛ばされた。

 やはりその身にアームドギアは形成されず、インナー状態のまま倒れ込む翼。地球とは完全に別の環境であるはずだが、それでも彼女らの身を守ってくれているのはエルフナインとウルトラマンエックスの手により再調整の施されたシンフォギアであり、ウルトラマンと一体化したことによる加護であろうことは想像に容易かった。

 だがやはり、エルフナインの言った通り生命維持に特化しただけで戦う力には転化されてはいない。口惜しく思いながら暗き虚空へ目をやると、そこには凍り付き十字架に架けられている80とゼロの姿。二人の眼には光が消え、カラータイマーも点滅が収まり力無い黒に染まってしまっていた…。

 

 

 

 相手や惑星の熱エネルギーを奪い、凍て付いた死を齎す冷凍怪獣マーゴドンによる奇襲…。それが、ゴルゴダ星にて起こった一方的な前哨戦であった。

 

 

 

 

 話はウルトラマンエースが飛び去った後の地球へ舞台を戻す。

 ビルの屋上で飛び去ったエースを見送り続けるように空を見上げていた立花響と月読調だったが、二人の耳にマリア・カデンツァヴナ・イヴの声が届いてきた。

 

『二人とも、大丈夫?』

「はい!こっちは大丈夫ですよ、マリアさん!」

「ノイズは全部倒したし、超獣出現の反応もまだ出てないから…とても、静か」

 

 二人の返事を聞いて軽く息を吐くマリア。それは、安堵の溜め息だった。

 

『分かった、それなら良いの。…さっきのヤプールの声と映像は、こっちにも届いていたから』

「…マリアさん、今は何処でしたっけ」

『今日はカナダにね。…会場の人達も動揺している。ウルトラマンエースは、行ったの?』

「うん。エースさんなら、きっとみんなを助けてくれるから」

 

 調のハッキリとした言葉に、通信機の先でマリアの顔も綻んだ。彼女がそれほどまでに信頼している相手ならば、自分もまた彼を信じ動こうと思うのだった。

 

『分かったわ。こっちはすぐにライブを畳んでそっちへ合流できるよう急ぐ。そっちはエルフナインやエックス達と、エースを手助けできる術がないか探ってちょうだい』

「わっかりましたァッ!私達だけ休んでるわけには、いかないですもんね!」

 

 威勢の良い響の声に隣の調は勿論マリアもついつい笑顔になってしまう。自分たちと変わらず仲間の心配をしているはずだが、それでもなお前に出せる明るさは眩しく心強さも感じられていたのだ。

 だがそんな、少しばかり緩んだ緊張を強く張り直すかのように指令室からの緊急連絡が入り込んだ。

 

『3人とも、そう悠長なことは言ってられそうになくなった。響くん、調くん、君たちのところに超獣出現反応!マリアくんの近辺には、ノイズだッ!』

 

 やはりそうか、と言わんばかりの顔で空を見上げる響と調。見ると時空振動数値の急上昇に伴ってか青い空が徐々に歪んでいくのが分かる。これまでと同じ、超獣出現の前兆だった。

 

『調、響!市民の避難とノイズを片付け終えたら私もすぐ向かう!無理はしちゃ駄目よ!』

「了解ですマリアさん!そっちの人達はお願いしますッ!」

『分かった、任せなさいッ!』

 

 素早く話を済ませてマリアとの通信を終える響。調と目を合わせ互いに頷くだけで意志はやるべきことは確認することが出来た。

 ウルトラマン達が、そして仲間の装者達が帰ってくるこの地を守り抜くこと。それが、彼女らにとって今為すべき事である。

 

「調ちゃん、私の手の届かないところはよろしくね」

「勿論。響さんとのコンビネーションは切ちゃんのと近いから、やれます」

「頼りにしてるよ。――来る…!」

 

 歪む空を割り、赤黒い空間から市街地に飛び込み降りた巨体。その姿はベロクロンのような理解しやすい怪獣としての姿をしていた。

 巨大な身体を支えるべく発達した強靭な太い足と長く太い尻尾、鼻からは一本の角が伸び、何より特徴的なのはその頭部。三日月状の角が伸び、その下からも同様に二本生えている。

 どこか無機質的にギラつく眼は、人気の失せた街を見下ろしていた。

 

『響さん!調さん!あの超獣についてですが、ウルトラマン80から頂いたデータに照合されました!』

『個体名はゴモラⅡ。古代怪獣という異名を持っている。頭部から光線を放ち、腕にはミサイルが仕込まれているようだ』

「”超獣”じゃないんだ…」

『元々ゴモラは地球の古代生物だからな…。ウルトラマン80が交戦した個体はあちらの地球での環境であのように進化したと言われている。私の知るゴモラも、あの地球に適応して進化した個体なのだろう。

 …だがおそらく、今我々が目にしているゴモラⅡは、この地球に眠っていた同様の生物をヤプールが捕らえ超獣へと改造したものだと思う』

 

 エックスの説明を聞き、強く歯軋りをする響。それは彼女自身でも思わぬ憤りだった。ヤプールはこの地球に眠っていた生き物を捕らえ、改造し、故郷である地球を蹂躙させるために送り込んできたのだ。

 誰かと手を繋ぐ…協和こそが力の源とも言える響の心中で、眼前のゴモラⅡは手を差し伸べることすら出来なかった存在だとも言えた。

 これまでは超獣だから…ヤプールが何処からともなく生み出して送り込んできた侵略生物だから敵対視も出来た。

 だがこの相手はそうではない。その境遇はむしろ、フィーネの手先としてネフシュタンの鎧を纏い襲って来た、かつての雪音クリス…それと同じような存在なのではないか。それに、気付いてしまったのだ。

 

「…エルフナインちゃん、エックスさん。あの怪獣をどうにか元に戻したり…せめて、大人しくさせたりすることって、出来ないかな」

「響さん!?」

「だってそうだよ…!何も悪いコトしたわけじゃないのに…誰にも知らないところで静かに生きてたはずなのに、こんな事になるなんて…そんなの…ッ!」

 

 重たく尋ねる響の声に指令室がどよめく。この世界の人間としては、誰一人としてその考えに至らなかったからだ。いや、恐らく今後このような巨大生物が発見された場合にも同様の状況が生まれるだろう。

 人類にとって有害な巨大害獣として駆除されるのか、地球に生きる稀少な生物として保護されるのか。

 だが今現在、その是非を問うている時間は存在しなかった。現実問題としてゴモラⅡは人の居ない道路をゆっくりと歩いている。戦いは既に、始まっているのだ。

 響自身も理解っていた。こんな時にこんな事を問えば、『戦場で何を馬鹿なことを』と一蹴されるであろうことも。…だが、彼女へ返ってきたウルトラマンエックスからの返事は、その予想に反したものだった。

 

『…すまない響。私が戦えれば、それも可能だったかも知れない。だが今は、そう出来る力が無い。

 今は君の世界を危機から守る為…君自身の大切な人を守る為に目の前の怪獣と戦ってくれ。そして、どうかその想いを失くさないでくれ。

 私は知っている。怪獣との共存を夢として、如何なる困難にも諦めずに戦う人間の事を。平和に仇為す怪獣が生まれた時は、夢叶わぬ無念を胸に仕舞い込み世界を守る為に果敢に戦う仲間の事を。

 …君のその優しさは、必ずこの世界に必要になる』

 

 彼の言葉は、とても暖かかく響の心に響いた。自分の無茶を、無謀な思いをこんな形で肯定してくれるなど、思いも寄らなかったから。

 そしてほんの少しだけ、彼女は”自分”を理解する。自分はこうやって、ただ誰かに優しく肯定されていたかったのではないかと。親友の小日向未来に対しても、きっと――

 

『――…きさん、響さん!大丈夫ですか!?』

「ぅえ、エルフナインちゃん?だ、大丈夫!へいきへっちゃら!」

『それなら良かったです。…響さんの考えですが、それを実行するならウルトラマン80の力が必要になります。80さんはマイナスエネルギーに対抗する力をお持ちで、ヤプールの作り出す超獣にはこのマイナスエネルギーが大きく関与しています。だから…』

「先生に何とかしてもらえば、あの怪獣も…?」

『推測の域を出ないですが、頂いた80さんの戦闘記録を参照すると可能ではないかと思います。だから…』

「エースさんがみんなを助けて帰ってくるまで、全力で足止めと時間稼ぎすれば良いってことだねッ!」

 

 見出した希望に右の拳を左の掌に叩き付け意気を高める。エルフナインに返した響の声は、明るく強いものに戻っていた。

 

『…無理はするなよ、響くん。どんな高潔な夢も、命あっての物種だ。夢に殉じて友を悲しませるような真似だけは、してくれるな』

 

 弦十郎からの言葉はとても重たかった。天羽奏、雪音夫妻、ナスターシャ博士…見果てぬものを追い求め消えていった人達を、その悲劇の末に集った少女たちを、彼はよく知っていたから。

 響にとってその全てが理解できるなんて事は無かった。だが師と仰ぐ彼が言っていることは理解できる。夢を見れるこの命は、多くの人によって繋げられたものなのだから。

 その想いだけを胸に、響はただ力強く「ハイッ!!」と返答した。

 

 

 通信を終えてふと振り向くと、調が響に向けてじーーーっと目線を向けていたことに気が付いた。

 

「あっ、その…ごめんね、調ちゃん。私また、偽善者みたいなことやろうとしてて…」

「そんなことないです。響さんのやろうとしてる事、とても凄い…ステキなことだと思う」

「ありがとう調ちゃん。やれるだけ…やれることを全力でやろう!」

「はいッ!」

 

 話を終えてすぐに飛び出す二人。真っ先に響がゴモラⅡの正面に立ち、標的になるべく声を上げた。

 

「これ以上は行かせないッ!!君はここで止めるッ!!」

 

 脚部外側をアンカーへと変形させ、地面を強く打ち付け跳ぶ響。そのまま右手をブースターガントレットに変形、激烈な加速を生む炎を爆発させながらゴモラⅡの顔に目掛けて驀進する。

 其れは握り締めた決意の右手。迷いを見せず、懐疑の先までも背負える勇気を固め、一直線に、胸の歌をただ信じて――

 

「だああああああァァァッ!!!」

 

 額に拳を直撃させた瞬間、ガントレットに内蔵されフォニックゲインと共に超回転するピストンタービンに高まるエネルギーを拳の先へ撃ち出した。

 ゴモラⅡの頭部に撃ち込まれた高圧エネルギーが頭を揺らし、後ずらせる。だがそれがゴモラⅡの怒りに触れたのか、その眼は響を標的として完全に認識した。

 猛獣の叫び声が鳴り響き、空中を降りていく響に向かって鋭い爪の持った腕を振り下ろす。だがそれは、以前翼とマリアがシドニーでデガンジャと戦った時に見ていた光景。対策は既に出来ていた。

 振り落とされる腕に対して、今度は自身の左腕を右同様のブースターガントレットに変形。迎撃するように殴り返した。両者の拳が同時に弾かれるものの、響の身体に幾らかの反動は有れどダメージには至らない程度だ。

 地面を小さく抉りながら着地し、その直後再度脚部アンカーで地面を叩き一直線に跳ねる。その跳躍は瞬足で足元にまで届き、巨大な身体の辛うじて小さな部分…即ち足の指に向けて剛腕を撃ち付けた。

 末端から脳にまで届く激痛に、思わず驚き跳ねてしまうゴモラⅡ。痛みにはすぐ耐えたが怒りは余計に増すばかり。足元から距離を取った響に狙いを定め、その両手からミサイルを連続発射した。

 

「ッ!!」

「響さんッ!」

 

 響を狙う凶弾を伐り落とすべく、α式・百輪廻を発射する調。発射後すぐに非常Σ式・禁月輪へギアを変形。即座に移動して響の前に立ち大型鋸を前面に立てて盾代わりにして爆風を抑えた。

 

「ありがとう、調ちゃん!」

 

 一言だけ礼を言い、調から射線を外して気を向かせるように真横へ跳ぶ響。標的が居なくなったからかすぐにミサイル攻撃を止め、左右を向いて響の存在を探す。すぐにその存在を見つけて攻撃姿勢に入るゴモラⅡだったが、対側に移動していた調は既にそれに対する行動を行っていた。

 

「響さん、使って!」

 

 言いながらγ式・卍火車を放つ調。うち一つは響の跳躍先に飛んで行った。即座に察した響は卍火車の上に乗った直後脚部アンカーで大鋸を撃ち抜き別の軌道へ飛び跳ねる。

 寸でのところで破壊光線を躱された上に再度視界から消えた響を追うが、彼女はその時既にゴモラⅡの後頭部へ最接近していた。

 もう一つの卍火車を足場にし、更に変則的な軌道を作り出し後頭部を陣取っていたのだ。死角という完全な隙を逃さず、両腕をブースターガントレットに変形。うなじに着地すると同時に連続で後頭部へその剛腕を撃ち付けた。

 頭部へのダメージに思わず喚くような鳴き声を上げるゴモラⅡ。その声に思わず怯んでしまい打つ手を止めてしまった。それに気付いたのか上半身を大きく振り回し、うなじに張り付いていた響を振り落とす。

 

「くうッ!」

「響さん、大丈夫!?」

「ありがとう、大丈夫!…でも、さすがに大変だね…」

 

 ゆっくり立ち上がりながらゴモラⅡの威容を見上げ息を整える響。周りを壊さぬようにしながらもなお、眼前の相手を殺すことなく止めなくてはならない。自らが選んだ選択ではあるが、行使するにはやはり無茶が過ぎる。

 休んでいる隙を与える間もなく乱れ撃たれるゴモラⅡの腕部ミサイル。爆発と共に地面を抉りながら襲い来る破壊に、響と調は分散しながら回避していく。

 無慈悲な破壊と暴虐の嵐に晒され、自分の選んだものがどれだけ綺麗事で夢見事なのかを再認識する。それでもこの手は、自らの正義を信じ握り固めた拳は、この程度の無茶で終われないのだ。

 守る為に拳を固め、護る為に掌を差し伸ばしてきた。それは力を手にする前からやっていた事であり、力を手にしてからも変わらず貫き通す信念に他ならない。だから…

 

「やれる事を全力でやる…!ギリギリまで、頑張るだけだッ!!」

 

 退くことなく前に跳び、今度はその腹部へ拳を撃ち付ける。ピストンのように押し出された衝撃は確実にゴモラⅡの内部にまで届いているはずだ。だがそれでもゴモラⅡは動きを止めようとはしない。戦闘生物として、その意義を全うせんとばかりに戦いを続けていく。

 それすらも止めるべく、侵略者に植え付けられた意義を否定すべく想いを乗せた歌と拳を撃ち込む響。纏わりつく小さな存在にとうとう嫌気が差したのか、ゴモラⅡがその巨大な尻尾を大きく振り回した。

 

「う、わぁッ!」

「響さん!」

 

 周囲の建物を巻き込み吹き飛ばしながら襲い来る巨大な尾に対し、禁月輪で駆けてきた調が響の手を掴み取る。そして尻尾の勢いに歯向かわぬよう、鋸の刃を起て回転と共に斬り抜けた。

 無論その強い衝撃は二人を跳ね飛ばして余りある程だったが、直撃よりも遥かにダメージは抑えられていた。

 

「何度もゴメンね、調ちゃん…」

「いいんです、私のシュルシャガナだけじゃ足止めにもならないから。でも…」

 

 疲れた顔で見上げる二人。見つめた先はゴモラⅡより遥か先の虚空…既に戦っているはずのウルトラマンエースの姿を夢想した。打開できない現状に対し、変化を求める焦りが募りだしてきてしまったのだ。

 

「きっとあっちも大変なんだろうね…。でもエースさんもきっと頑張ってる。私達も、頑張らなきゃ…!」

「そうですね…!」

 

 響の言葉に再度奮起し構える調。と、彼女のその視界にあるモノが見えた。

 それは破壊された道路を入口とし、地下へと続く斜面。強固な防壁は元来ノイズの侵入を防ぐために設計された物であるが、今はゴモラⅡの放った暴力により半壊している。そこがなんであるか、目にした調は瞬時に理解した。

 

「――響さん!シェルターが!」

 

 調の差した指の方へ目をやると、彼女が視ていたものと同じ光景が見える。特殊災害避難用シェルターが其処にあったと言うことは、つまり…

 

「あの中に、避難してる人たちが…!?」

 

 その事に気付くはずもなく標的が近くに居ると言うだけで破壊光線を撃ち出してきたゴモラⅡ。シェルターに直撃こそしなかったが、このままでは当たる恐れだってある。そう思った瞬間、響の躰は行動を開始していた。

 

「響さん、何処へ!?」

「逆側に行って、あの怪獣を引き寄せる!調ちゃんは流れ弾が来ないようにシェルターを守って指令室に連絡を!中の人は、師匠か緒川さん達がきっと何とかしてくれるからッ!!」

「で、でもそれじゃ響さんが一人に――」

「お願い!今シェルターの人たちを守れるの、調ちゃんしかいないんだッ!!」

「――…はいッ!」

 

 響の指示に従い、半壊したシェルターの扉前に立ち指令室に状況を伝える調。弦十郎からは二つ返事で緒川慎二を向かわせると返してもらえたから心配はないが、問題は響だ。

 

「こぉっちだぁぁぁッ!!!」

 

 脚部アンカーを使っての跳躍と腰に据えられた小型のバーニアで一気に距離を詰め、少しでも気を逸らしシェルターから射線を外させるように声を張り上げて横腹部を掠めるように殴り抜ける。

 軽微なダメージと共に標的を再認識するゴモラⅡだったが、響の狙い通りにシェルターとは逆方向へ向けられたので一先ずは良しとする。

 

「後は此処で、足止めするだけ…!」

 

 もう一度拳を握りしめてみる響だったが、少しばかり握る手に力が無くなって来たように感じられた。

 あまりにも大きな体格差のある相手と言うことに加え、全力全開の戦闘を続けていたせいで疲労やダメージが大きく蓄積していたのだ。

 しかも今度は調のサポートも得られないままの直接戦闘だ。正直なところ、圧倒的に分が悪いと直感していた。だがそれでも、と力を入れて拳を握る響。言ったはずだ。心に決めたはずだ。やれる事を全力で…一生懸命を、精一杯を少しでも多く頑張るのだと。

 深呼吸で息を継ぎ、また自らの胸の歌を唄い出す。高鳴る音楽と共にギアは鳴動し、弾けるように飛び出した。

 狙いはやはり頭部。衝撃で相手の意識を奪うことが出来れば少しは楽になるだろう。そう考えての突撃だったのだが…

 

「ぐッ…ッ!?」

 

 響の身体がガクンと揺れる。推進力として全開噴射していた腰部バーニアが、一瞬その出力を落としたのだ。気持ちが折れた訳ではなかったが、蓄積されたモノはこういう形で現れた事に驚きを隠せなかった。

 勢いを失ったことで先ほどよりも非力な一撃がゴモラⅡの胸に撃ち込まれる。この程度ではさほど効果は得られまい…離れながらそう思った瞬間、ゴモラⅡの三日月形の頭部が光り輝きその形そのままの光線が発射された。

 

「ぐああああぁぁぁッ!!」

 

 反転や防御に転じることも出来ず直撃を受け、地面に落下する響。なんとか脚に力を入れて立ち上がり見上げた瞬間、ゴモラⅡの巨大な足が真上から踏み潰そうと迫り落ちて来た。

 重低音と共に小さな身体に重く圧し掛かり軋ませる踏み付けに、響は寸でのところで両の手を大きく開き両の足に力を込めて支えていた。

 瞼を締めるように強く閉じ、砕けるのではないかと思う程に強く奥歯を食い縛る。即座に変形させた両手のブースターガントレットは、残されたフォニックゲインを全力で推力に変え、両脚のアンカーはめり込む大地に深く突き刺さりながら押し潰されぬよう身体を固定した。

 それでも跳ね飛ばせない。シンフォギアが如何程にまで力を引き出そうとも数万トンという超重量を返すのは到底不可能なのだ。いやむしろ、瞬時に押し潰されず耐えることが出来ている事が奇跡的とも言えた。

 

(調ちゃんがみんなを守ってくれてる…。緒川さんがみんなを逃がしてくれてる…。マリアさんも向こうで戦ってるし、エースさんだってみんなを助ける為に…。

 だから、私がへこたれるワケにはいかないんだ…!頑張る…!踏ん張る…!へいき、へっちゃら…!!)

 

 力のすべてを支え押し返すことに集中する。一方で頭上のゴモラⅡは、中々思うように足が動かないことに対し遂に苛立ちを爆発させたのか、さらに強く押し込むように重みを掛けた。

 更なる荷重に響のしなやかな膝や肘が押し込められてしまう。遂に目を見開き、吼えるように声を上げながら力を出していった、その瞬間。

 

「―――……ぁ」

 

 まるで張り詰めた糸が切れるように、響の視界が黒く落ちていった。

 

「響さぁぁぁんッ!!!」

 


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