絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア   作:まくやま

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EPISODE 06 【獄星の罠】 -A-

 

 EPISODE06

【獄星の罠】

 

 

 

「たぁだいまぁ~…」

 

 ある日の夜、自室の扉を開けて立花響が帰宅してきた。緩やかな足取りは何処か千鳥足にも見え、彼女の顔からはハッキリと疲労の色が浮かび上がっていた。

 

「おかえり響。今日もお疲れさま」

 

 そんな響を優しい笑顔で迎え入れるは、同じリディアンの寮にて同居している親友である小日向未来。今となっては響や他のシンフォギア装者の良き理解者の一人である。

 

「にゃぁぁ~我が家のベッドぉ~…」

「すぐお風呂の準備するからね。晩御飯はどうする?おにぎり作ってあるけど」

「食べるぅ~…。でも今はちょっと横にさせて…」

 

 真っ先にベッドへと倒れ込む響を横目で心配しながら、一先ずは暖かいお風呂を用意するのが先決とばかりに動き出す未来。

 あのいつも元気な立花響がこうまで疲れている理由。それはここ最近の出動回数の多さにあった。

 

 日本三地点同時侵攻が収束してから、およそ一か月。週に数回は世界の何処か…時には複数個所で同時にノイズやアルカノイズの出現を確認している。元来は認定特異災害として偶発的に”発生”するものだが、この発生頻度とヤプールが此方側の世界に出現した時の言動からして、ヤプールが行う作為的な襲撃…”テロ”であると国連からの正式な発表があったばかり。

 その度重なるノイズテロに対し、タスクフォースとシンフォギア装者は昼夜を問わぬ出動を強いられることになってしまっていたのだ。

 

 幸いなことと言えば、この一か月の中で超獣の出現は僅か4件。それも一度に出現するのは1体だけ。時にゼロが、時に80が、時にエースが…誰が行くかはその場の状況で決められていたのか同時侵攻を警戒しての事か、常に一対一の戦いとなっていた。

 そんな装者とウルトラマンの精力的な活動からかウルトラマンの存在も世界に広く認知され、たった一か月の間に彼らの存在はヤプールテロから世界を守る守護神とまで言われるほどになっていた。

 

 実際のところその被害は大分抑えられていると言える。ノイズの出現だけなら多くとも20人そこら、超獣出現が相まっても100人を越えるような死者は出なかったのだから。

 だがそれは欺瞞でもある。どれだけ数が少ないと言ったところで、犠牲者が出ていることに変わりはないのだ。被害者、当事者にとってそれがどのような悲しみを齎すか…立花響にとって、それが理解らないはずが無かった。

 事実今回の出動でも、ノイズによって生じた犠牲者とその身内を目の当たりにしてしまっていたのだ。

 

(……覚悟はしてるはずだけど、それでも……)

 

 枕に顔を埋めながら、拳を強く握ってしまう響。往々にして災害救助とはそういうものだ。助けられる人もいる。救えた人もたくさんいる。だが、この手が届かなかった場合も多い。どれだけ手を尽くしても、伸ばしても、”助けられる側”がどれだけ一生懸命に、生きることを諦めんとしても…。そんな無力感が、響の心を小さく蝕んでいた。

 

「…響、お風呂の準備できたよ」

 

 響の頭を優しく撫でながら声をかける未来。彼女の事を自らの帰るべき陽だまりだと豪語する響だったが、今はその優しさと暖かさが辛く感じてしまっていた。

 

「………未来」

「なに?」

「……力が無いって、つらいね」

「…そうだね」

 

 それは優しい肯定だった。響が抱えるこの悩み、未来が理解らないはずはない。否、それは彼女の方がより強く抱いた悩みでもある。

 フロンティア事変の折に、聖遺物ガングニールに侵食され続け命の危機にまで瀕した響に対し、愛ゆえに誰よりも強く自らの力の無さを呪い、甘言に乗ることで歪みの鏡に取り込まれたのは彼女自身だ。

 奇しくもその歪みは自身が纏ったシンフォギアの力と、戦わせることを拒絶していたはずの相手…決死の覚悟で未来と相対した響との戦いで解放されるに至った。

 だから理解る。力を求めた末に待つモノが、なんであるかを。

 

「…難しいよね。どんな力を持っても、助けられないものがあるなんて…」

 

 未来の言葉に、響は無言でいた。鼻を啜る音がしたのは、行き場のない感情が溢れたからだろうか。

 

「出来ることを、諦めずに精一杯、正しくやる。…戦う力の持たない私が思ってるのは、それだけ。それは、響が教えてくれたことだよ」

 

 その言葉にそっと身体を起こし、未来と顔を合わせる響。彼女の顔は、相変わらず優しく温かかい。その陽だまりの笑顔に、響の顔も少し明るさを取り戻した。

 

「ありがとう、未来…。悔やんでばかりじゃ、いられないもんね。一人でも多く、諦めずに…!」

 

 それが空元気の笑顔なのは分かっていた。悲劇は何の伏線も無く訪れる。それ故に理不尽と呼ばれるのだ。だが、それに負けるわけにもいかない。周囲も世界も、その為に戦っているのだから。

 

「よし、元気出て来た!先に晩御飯から食べよっかなぁ。未来の特性おにぎり~♪」

「もう、現金なんだから…」

 

 明るい声で食卓に向かう響。つい普段の流れでテレビを付けると、流れていたのは夜の報道番組だった。案の定、先ほどまで響や他の装者が戦っていた地点でのライブ速報だ。瓦礫の増えた町、その外れでそこの住人と思われる人がインタビューを受けていた。外国語では何を言っているのかさっぱりだったが、少し遅れて聞こえる翻訳が住人の声を代弁していった。

 

『…ノイズに襲われて、死ぬかと思いました。ですが、歌が私を救ってくれました。これだけしか言えませんが、私は少女の歌によって命を救われたのです』

『歌で、ですか?』

『えぇ。それがあの英雄マリアの仲間だとすれば、この世界はヤプールとか言う侵略者に負けるなんてありえません』

 

 …

 

『ボクの近くで怪獣が暴れてたんだ。ママや弟や妹と一緒に逃げてたけど、怪獣に見られたのを覚えてる』

『怖くはなかった?』

『怖かったよ。怖くてママたちと抱き合ってたんだ。でもその時、光が怪獣を遠くへ引き離してくれたんだ。そしたらウルトラマンが出て来て、ボクたちに言ったんだ。【もう大丈夫だ】って。

 すごくカッコよかった!ウルトラマンはボクたちのヒーローさ!』

 

 …

 

『私の家族はあの瓦礫の中に居ます…。私が買い物へ外出してる時に、両親も、夫も、子供たちも…』

『怪獣とウルトラマンとの戦いで起きた、と言う事ですね?』

『はい…。国連の方やウルトラマンが私達の為に戦ってくれているのは解ります…。でも……でも…ううぅ…!!』

 

 …

 

『見て下さい。ここは世界有数の絶景地だったのですが…それも怪獣とウルトラマンの戦いによって今や見る影も無く…』

『酷い有様ですね…。このような形で目にしたくはありませんでした』

『ここは神聖な場所でした。太陽に照らされた大地の輝きと空と海の蒼穹が私達に生きる力を与えてきたんです。私はそれを奪ったヤプールを許さない。ウルトラマンだって、同罪です』

 

 

 悲喜交々のインタビューを神妙な面持ちで眺める響と未来。最後に流れた壊れた絶景地は、以前響が夢中になった世界の絶景を紹介する番組にも取り上げられていた場所だった。

『地球は生きている』と感じたものを、蹂躙されてしまったのだ。全てではなくとも、自分にもその責があると心を痛め奥歯を強く噛み締めた。

 それでも次に繋げる為に、この現実とも向かい合わなくてはいけない。だが先程まで意気消沈していた響に、こんなものを見せて良かったのだろうか…不安げな顔の未来に、向けられた響の顔は強く固められていた。

 

「大丈夫。出来ることを、諦めずに精一杯…。次はその精一杯を、もう少し頑張れるようになるから」

 響の言葉に、未来もまた笑顔で返した。どう不安を口にしたところで、それで止めてくれる響でないことは知っているのだから。

「頑張ろうね、響。私も出来ること、頑張るから」

 

 片や理不尽から命を守る人助けの為に。片や親友の身体と心を癒せれるように。互いにその決意を、改めて固めるのだった。

 

 

 

 報道番組は流れゆき、話題はヤプールテロの次へと移っていた。次の話題は、【連日のワールドチャリティーライブツアーを続けている世界の歌姫、マリア・カデンツァヴナ・イヴ】というものだった。

 

「おぉ~…マリアさん今日も別の国で歌ってたんだ…」

「凄いね…。もうこのツアーを始めて3週間だっけ」

「一か月前に目を覚ましたと思ったらすぐだったんだよねぇ。私が言うのもなんだけど、マリアさんもタフだよねぇ」

 

 テレビから流れるマリアの単独ライブ映像を眺めながら、その衰えぬ歌声に思いを馳せた。このライブツアーの発端は、一か月前に遡る。

 

 

 

 

 タスクフォース移動本部最奥の救命室。そこで眠っていたマリアだったが、やがて自然と瞼が開いていき、その眼に明るい光をいっぱいに取り込んだ。

 その眩しさに反射的に目を閉じるが、そこで初めて自分が”目を覚ました”という事実を認識した。

 

(―――私は……)

 

 虚ろな思考を反芻するマリア。現時点で理解できる情報を整理すると、まずここはタスクフォース本部の救命室だということは分かった。ならば、手の届く範囲に呼び鈴があるはずだ。誰かを呼びたいと言う本能に従い、ゆっくりと左手を動かすと違和感が生じた。その手を広げてみると…

 

(…何も、ない…?ずっと、なにかを握っていたような気がしたけど…)

 

 鼓動が普段より大きく聞こえるのは、寝起きで血流が活発になっているからだろうか。左手に残った違和感を探してみるが、やはり何処にも何もない。自らのギアペンダントも、近くの小棚の上に綺麗に置かれていた。ならば、この違和感の正体は何なのか…。

 思考を巡らせていると、右手がベッドに据え付けられた呼び鈴の存在を認識した。残った違和感はとりあえず置いておき、呼び鈴のスイッチを軽く押し込んだ。

 数分もしないうちにまず現れたのは、常駐しているメディカルスタッフが数人。何度か顔を合わせていた看護師の女性が、笑顔で「おはようございます。お目覚めになられて何よりです」と言ってくれたのが、少し嬉しかった。

 メディカルチェックが終わり、入れ替わるように救命室に入ってきたのは、目を潤ませながら慣れぬ走り方でベッドの傍に駆け寄ってきたエルフナインだった。先んじて彼女に同行していたのは、途中で合流した友里あおいだ。

 

「マリアさん!良かったです、目が覚めて…!!」

「…おはよう、エルフナイン。あおいさんも。心配、かけちゃったわね」

「マリアさぁぁん…」

 

 ベソをかくエルフナインの頭を、力ない手で優しく撫でるマリア。そこから広がる温もりが、彼女に力を与えてくれるように感じていた。

 

「私、どれだけ眠っていたのかしら…。今の状況は…?」

「…シドニーの戦いから此処に運び込まれてきて、今でおよそ64時間です。マリアさんがお休みの間に、世界は大きく変わりました…」

 

 エルフナインの口から説明されるこれまでの出来事。敵性体ヤプール、超獣と呼ばれる巨大生体侵略兵器、ヤプールの手によって蘇ったノイズとアルカノイズ、此方の世界に現れた4人のウルトラマン、それと一体化したシンフォギア装者…。

 次々と出される想像を超えた事態に、とうとう頭を抱えて項垂れてしまった。

 

「マリアさん、大丈夫ですか!?」

「…ごめんなさい、エルフナイン。まだちょっと、情報の整理が追い付かないわ…」

「あぁ、いえ…ボクの方こそごめんなさい…。マリアさん、まだ起きたばかりなのに…」

「現状を教えてほしいと言ったのは私。気にしないで。…それで、今本部は何処を目指しているの?」

「他の装者と合流するために、日本へ。マリアさんが起きたと知ったら、みんな喜びますよ。特に、調ちゃんと切歌ちゃんは」

 

 あおいが返答と共に微笑みながら紙袋を一つ、ベッドに据え付けられた折り畳みテーブルの上に置く。それは、調と切歌に頼まれていたcafeACEのパンだった。入っていたのはチョココロネとメロンパン。それぞれ調と切歌のチョイスだ。

 

「これ、マリアさんに食べて欲しいんですって。早く元気になるようにって願いを込めて。はい、あったかいものもどうぞ」

「…あったかいもの、ありがとう。それじゃ、いただこうかしら」

 

 あおいが渡してくれたのは、ちょうど良い温度に暖められたホットミルク。寝起きの胃弱にはコーヒーよりもありがたかった。ホットミルクで身体を少し温めてから、二つのパンに向き合うマリア。細い指でメロンパンを小さく一口大にちぎり、口に運ぶ。ゆっくり何度か租借して飲み込んだら、すぐにチョココロネに手を伸ばした。尻尾の部分を小さくちぎり、頭の部分に見えるチョコクリームをすくい上げて一口。そちらも咀嚼して胃に送り込んだ後、再度ホットミルクで軽く洗い流すように飲み込んだ。

 一息吐いたマリアの顔は、凛々しさの欠片も無い何処か年相応の少女を思わせるリラックスした顔になっていた。一口で言うと、美味しいものを食べた時に出る幸せそうな顔だ。

 

「……っはぁ…美味しい…♪」

 

 そんな珍しい恍惚の顔を見てしまったエルフナインとあおいが、顔を見合わせてクスクスと笑い出した。恥ずかしさに思わず、赤面しながら慌て訂正する。

 

「あの、そのね、違うのよ!ずっと寝てたからお腹が空いてたのはあるかもしれないけど、このパンが本当に美味しくって、ホットミルクも凄く丁度良い温かさで…!!」

「いいのよ、恥ずかしがることなんてないから。そんな良い顔されたんじゃ、調ちゃんも切歌ちゃんも、パンを作ってくれた北斗さんも喜ぶわ」

「あぁもう…不覚だわ…ッ!」

 

 思わず顔を隠してしまうマリア。装者の中では最年長とは言うものの、彼女は大人の階段を、他の装者より少しだけ早く上ったに過ぎないのだ。

 

「でも、マリアさんの嬉しそうな顔はボクも嬉しくなります!きっと調さんや切歌さん…他の皆さんも同じです!」

「…ありがとう、エルフナイン」

 

 それはフォローになっているのかしらと、赤面のまま溜め息一つ。改めて二つのパンへ手を伸ばす。せっかく美味しいのだから、ご馳走になって体力を回復させておかねばならないのだ。

 

「あっ、そうだマリアさん。ご紹介します、ウルトラマンエックスさんです!」

『ご紹介に預かりました。初めまして、ウルトラマンエックスです』

 

 嬉しそうに端末を取り出しマリアに見せるエルフナイン。端末の画面にはいつもの動きも無く点滅するだけの青色バストアップ。発せられる声に、マリアの顔はただキョトンとしていた。

 

「………ごめんなさいエルフナイン。私、もう一度寝た方が良いのかしらね」

 

 現実を整理する能力がパンクしたのか、とても優しい笑顔で布団に潜り込むマリア。エルフナインとエックスが必死で彼女を説得…もとい説明してようやく理解を得られたのだが、こうなるのも仕方ないかなぁとマリアに同情するあおいであった。

 

 

 

 

 移動本部が日本へ辿り着いたのは、マリアが目覚めてから次の朝だった。

 その頃にはマリアの体力も全快しており、それが奇跡的にして驚異的な回復速度…かつて融合症例と呼ばれていた頃の立花響と同等ではないかとまでメディカルスタッフに言われたほどだ。無論、全身検査の末に何一つ異常は見つからなかったので融合症例の再来などと言う事は無かったが。

 回復してすぐにエルフナインとエックスの手助けを得ながら状況把握を行い、それも完璧に済ませられていた。正しく十全、抜かりなしだ。

 ミーティングルームの扉が開き、装者たちが入ってくる。長く柔らかな桃色の髪と、動物の耳を思わせる整え方をした髪型に付けられたスカイブルーの髪飾り。そしていつかと変わらぬ優しそうな笑顔を全員に見せた瞬間、調と切歌が飛び出した。

 

「マリアッ!!」「マリアァァァァッ!!」

 

 勢いよくマリアに抱き付く調と切歌。誰も止めようとしなかったし、出来るはずも無かった。この場の誰よりも、彼女の安否に気を揉んでいたのはこの二人なのだ。

 そんな二人をあやすように優しく頭を撫でるマリア。その姿は姉であり母のようにも見えた。

 

「ごめんね、調、切歌。心配させちゃって」

「…どうしようと思った…!マリアまで、いなくなっちゃったら…!」

「でもでも…マリアが元気ならもうそれでいいデス…!」

「ありがとう、二人とも…。響、クリス、貴方たちも。近くで調と切歌を守ってくれて感謝しているわ」

「えへへ…やだなぁマリアさん。当然じゃないですかそんなの」

「可愛い後輩たち、だからな」

「翼にも、迷惑をかけてしまったわね」

「仔細ない。マリアが無事に帰って来てくれた方が嬉しいさ」

 

 和やかな笑い声が広がるミーティングルーム。だが、気を緩めているばかりにはいかなかった。それを自覚させるかのように、司令である風鳴弦十郎が緒川慎二を連れ添って入って来た。

 

「全員、揃ってるな」

 

 周囲を見回す弦十郎。確認できる顔は、自らの部下であるタスクフォース機動部隊…シンフォギア装者たち全員が揃っていた。

 

「…先ず、みんなに言っておきたい事がある」

 

 神妙な顔で全員の前に立ち、そのままゆっくりと弦十郎がその巨躯ごと頭を下げた。

 

「し、師匠!なにを…!」

「…すまない。君たちにまた戦いを強いてしまったのは、俺達大人の責任だ。しかも、この戦いは今まで以上にみんなの命を脅かすものとなった。こうして頭を下げるのは俺の勝手だが、こうでもしなければ気が済まない」

 

 文字通り命を懸けて…この世界の為に、皆には戦って貰わなくてはならない。年端も行かぬ少女たちを、だ。自らの無力さを噛み締めながらも、こうする以外無かった。情けないと、心底より思いながら。

 そんな弦十郎に最初に言葉をかけたのは、彼の姪であり最も長く彼の下で戦ってきた装者でもある翼だった。

 

「頭を上げて下さい司令。私達は、襲い来る驚異から牙無き人々を守護る防人。そして私達自身も、この世界に夢と未来を想う者です。

 守護りたい…その意志の元に戦うのであれば、これまでの戦いと何ら変わりはありません」

「確かに今度の敵は、強くてデカくて厄介だ。だけど、アタシ達にだって心強い味方ができたじゃねぇか」

 

 翼の言葉に付け加えるようにクリスが言う。その手でクルクルと、手の平ほどの大きさのカプセル…ブライトスティックを回していた。彼女の言葉は、間違いなくウルトラマン達のことを指していた。

 誰もが強く首肯し、誰からも起きぬ責めの言葉に弦十郎はゆっくりと顔を上げる。眼前に広がる少女らの顔は、みな強く輝いていた。

 

「…ありがとう、みんな。では改めて、司令としてみんなに命ずる。

 俺達タスクフォース機動部隊は、外部協力者であるウルトラマンらと協力し、ヤプールの侵略からこの世界を守る。だが、くれぐれもみんな、自分の命を疎かにはするな。以上だ」

 

 それぞれが其々の、意気を持った了承を返し弦十郎が話を終える。そこに続いたのは響だった。

 

「そういえば、ウルトラマンって何人か居るんですよね。確か翼さんは一体化したって言ってましたし」

「私もエルフナインからエックスを紹介されたわね。他のウルトラマンについてはデータを覗いただけだけど…」

「だったら一度、そのウルトラマンの皆さんにも出て来てもらいましょうよ!せっかく一緒に戦うんですし!」

「…だそうだ、ゼロ」

『おうよ!まったく、人気者は辛いぜ』

 

 左手のブレスレットに向けて声をかける翼。帰って来た調子の良い言葉に、「吐かせ」とだけ返してみんなの前に歩み出る。

 

「エックスさんも、良いですか?」

『あぁ、勿論だ。私も翼とマリア以外の装者のみんなとこうして会うのは初めてだし、自己紹介は必要だものな』

 

 エルフナインが嬉しそうに微笑み、翼の隣に立つ。机の上に立てかけるように、全員の顔を見回せられるようにエックスの憑依した端末を置いた。

 先ずはゼロが、翼のブレスレットの宝玉からホログラムを浮かび上がらせ自己紹介を始めた。

 

『みんなもう知ってると思うが、俺の名はウルトラマンゼロ。宇宙防衛隊ウルティメイトフォースゼロの隊長をやってるんだ。今は知っての通り、翼と一体化して一緒に戦ってる。よろしくな!』

『私はウルトラマンエックス。ゼロとはまた別の宇宙からやって来た。申し訳ないが、私は身体を自らの宇宙に置いてきたままでね…。直接的に共闘できるわけではないが、エルフナインと共にみんなのサポートを尽力したいと思う。どうか、よろしく頼む』

 

 其々の挨拶を終え、エルフナインがミーティングルームの大型モニターにエックスの宿った端末を繋げる。そこにまた、先日の日本での戦闘写真が映し出されてきた。此処からの解説はエックスの仕事だ。

 

『既に把握していると思うが、私とゼロ以外にもこの世界にウルトラマンが二人来ている。ウルトラマンエースと、ウルトラマン80だ』

「ワタシと調を助けてくれたウルトラマンデス!」

「エースって言うんだ…」

「クリスちゃんを助けてくれたのが80なんだね」

「あぁ。んで、今はアタシと一体化してるんだ」

 

 さも当然のように語るクリスの言葉に、翼とゼロ以外の他全員が驚愕の眼を彼女に向けた。そりゃそうだ、言ってなかったし言う暇も無かったのだから。しかしクリスからすれば、完全に失念していたことだった。

 

「そんな報告は無かったな。どういうことだ、クリスくん?」

「あー…えーっと、その…」

(大丈夫だよクリス、私も出る。開いてる場所にスティックを向けてスイッチを押してくれ)

 

 脳内に響く猛の声に従い、自分の隣に少し場所を開けて其処にブライトスティックを向けてスイッチを押した。

 放たれた光が渦を巻き、それが人の形へと変化していき瞬く間に柔和な笑顔が印象的なスーツ姿の男…矢的猛が現れる。彼の顔に最初に反応したのは響で、それに次いで調と切歌が驚きだした。

 

「――あれ?あれぇ!?も、もしかしてあの、うちの学校の先生!!?」

「確かに…全校集会の時とかで見たことある…!」

「ホントデェス!職員室とかでも見たことあったデスよ!」

「こんにちは、立花響さん。あと月読調さんと、暁切歌さんだね。みんなとは担当学年が違うから、あまり会う事は無かったね。

 …改めまして、私がウルトラマン80。今は同時に、リディアン臨時講師の矢的猛でもあります。この度はそちらの装者、雪音クリスさんと共に戦わせてもらう事となりました。みんな、どうかよろしくお願いします」

 

 まるでクラスの自己紹介のように、優しく丁寧な言葉遣いで話す猛。たったそれだけのことが、ゼロやエックスとは何処か風格の違いを大きく感じられた。

 

「タスクフォース司令、風鳴弦十郎です。これまで以上にご迷惑をおかけするでしょうが、クリスくんの事、よろしくお願いします」

「勿論です。此方こそ、何かと不慣れな者達がご迷惑をおかけするかも知れませんが、どうか良き仲として共に戦いましょう」

 

 共に握手し合う弦十郎と猛。機動部隊を束ねる司令官と話の分かるウルトラマンの年長者という構図のはずなのだが、どうにもこれは教員による家庭訪問に近い空気を感じる。保護者と教師だからだろうか。

 

「良かったねークリスちゃん、一緒に戦ってくれるのが優しい先生で」

「ぅ…い、一々言う事じゃないだろこの馬鹿ッ!」

 

 照れ隠しなのか思わず響の頬を抓り伸ばすクリス。いつもの光景に笑いながら、今度は翼が猛に尋ねた。

 

「エイティさん…いえ、矢的猛先生、と呼べば宜しいでしょうか」

「好きな方で良いよ、風鳴翼さん」

「…では、矢的先生。貴方がこの場に来られたのは、雪音と一体化したこともあったからだと思います。ですがもう一人…ウルトラマンエースは、如何されているのでしょうか」

『そういや見ねぇな。今更恥ずかしがってるからとかか?』

 

 翼の問いとゼロの言葉に、猛の顔は少し申し訳なさそうに顔を潜めた。

 

「…先日の戦いでも言ったように、エース兄さんは君たちシンフォギア装者の力を借りずに戦うと決めた」

「私達の力を信用していない…足手纏いとまで思われてると言うのかしら」と反論したのはマリア。

「そうではない。みんなの力は勿論、自分たちの力でこの地球を守ろうとする意志も、私達は強く感じていた。だからこそ、私もゼロもこうして君たちの力となるべく一体化することを選んだんだ。

 …だが、エース兄さんにはそれが出来なかった」

「なんでだよセンセイ。気ィ失ってた奴はともかく、元気してる馬鹿だって居ただろ?」

「…エース兄さんは優しい人だ。みんなの意志を確かめるためとはいえ、守りたい人たちを傷付けてしまった事を深く悔やんでいる。そんな自分は、誰かと一体化してみんなと一緒に戦うことなど出来ないと考えているのだろう…。自分と言う存在を、受け入れてくれることは無いと…」

 

 猛の言葉を、その場に居る誰もが重く受け止めていた。誰の身にも覚えがあった。周囲と言う世界が、自分を拒絶するのではないかという恐怖感。

 一万人を超える犠牲者を出し、敬愛する片翼までも喪いながら生き永らえた翼。その事故の渦中に居ながら奇跡的に生き延びてしまい更なる怨嗟の坩堝に飲まれた響。テロという理不尽な暴力に愛する家族と自らの自由をも奪われながら生きてきたクリス。内戦と紛争で孤児となり、米国にて私欲に塗れた実験動物として生かされてきたマリア、調、切歌。謂れ無き不信によって父を焼かれ、世界を砕く妄執と共に生きた少女の思い出を継いだエルフナイン。

 猛の語る言葉が、其々の内に秘めた過去の傷痕に容赦なく突き刺さっていた。美しくなどない、醜悪にして低劣な現実を、彼女たちは識っていたから。

 

「…それでもエース兄さんは、この世界を守る為に戦うと言っている。守りたいと言っている。もしも、この世界の誰もがウルトラマンを信じることが出来なくなったとしても」

「なんで…なんでそこまで言えるんデスか…!?」

「誰も自分を信じてくれないなんて…そんな、悲しいことになってまで…」

 

 問い掛けてきた調と切歌は、今にも泣きだしそうだった。”信じられない”、”信じてもらえない”。そこから起きる哀しみの連鎖は、その小さな身体の髄にまで刻み込まれていたことだ。

 だからこそ理解し難かった。誰も信じてくれないかも知れない世界の為に、その命を削ってまで守ろうとする想いが。

 そんな二人の問いに、猛はただの一言で返答した。

 

「――それが、ウルトラマンエースだからね」

 

 彼の笑顔の返答に、二人とも納得のいかない様子ではあった。だがそれ以上真っ当な返答が返ってくるとも思えなかった。渋い顔で引き下がると、何も言わずマリアが優しく二人の頭を撫でる。二人の絡まった思考を解し、肯定するかのように。

 

「…すまない、話が逸れてしまったね。ともかく、超獣撃退に対しエース兄さんはちゃんと力を貸してくれるのは確かだ。戦力として大いにアテにして欲しい」

「そうさせてもらいます。記録映像を見た限りでは、単独でノイズ超獣を斃すことも出来るようですし」

「異次元開放能力…確かに、アレを使えばノイズの特徴である位相差障壁を無効化することは出来る。だがアレは使用するのに多大なエネルギーを用いてしまう諸刃の剣だ。通常の超獣はともかく、ノイズ超獣は出来るだけゼロと翼さんか私とクリスで戦う方が良いだろうね」

 

 翼の言葉に冷静に返す猛。エースの力を疑う事は無いが、単独で戦う事に対するリスクをちゃんと分かっておかねばならない。

 

「エースさんと共にノイズ超獣と戦うのであれば、傍で誰かが歌で位相差障壁を消していくのが最良というわけですね…。そうなると立花、マリア、月読、暁、その負担はみんなに掛かってくるだろうが頼むぞ」

「任せてちょうだい。私達だって、黙って見ているなんて出来ないもの」

 

 年下達に代わって返事をするマリア。ウルトラマンとの話し合いと更なる方向性の拡大を確認し、次はエルフナインとエックスが話を始める。

 モニターにはエックスが、新しい画面へ切り替えていた。そこにはシンフォギアを展開するギアペンダントと、この世界に現れたウルトラマンの姿があった。

 

「ボクとエックスさんで色々考えた結果ですが、装者の皆さんの生命維持、耐久性能を引き上げるべくギアの再調整を行いたいと思います」

『具体的にはウルトラマンの身体組織に近い物質を錬金術で錬成、ギアのインナースーツに付着させることで耐久力を向上させようというものだ』

「それなら超獣ともマトモにぶつかれるってこと?」

 

 尋ねたのは響。最接近での戦闘が必須となる彼女にとって、そこは重要なポイントである。だが、帰って来たのはやや期待外れな回答だった。

 

「いいえ、現在のギアと比べても耐久性能の上昇率は20%程にしかなりません。飽くまでも生命維持の強化という範疇に収まってしまいます。

 更にこのコーティングはシンフォギアの特徴でもあるフォニックゲインによる性能上昇には関与しません。高いフォニックゲインを引き出したり、響さんならフォニックゲインを束ねることで得られる上昇補正は無いと言うことです」

『だがこれは裏を返せば利点ともなり、個人で高いフォニックゲインを出せない場合…またはその状態に陥った際でも一定の防御力を保つことが出来る。

 そして何より、このコーティングを施しておけばイグナイトギアのリミットオーバーが発生した際にもインナーは残り、装者の肉体を保護してくれるんだ』

 

 エックスの言葉で自身を振り返るクリス、調、切歌。イグナイトギアを用いるまでは良かったものの、その時間切れで命の危機に立ったのは誰でもない彼女たち。その危険性がいくらかでも減少してくれるのならば心強い限りだ。

 

「攻撃力は変わんねーのか?」

「ほとんど変化はないと思っていただいて構いません。現状、超獣が相手であればクリスさんの単独火力ぐらいの力があれば攻撃は通ることは分かりました。イグナイトギアを起動した装者が集まれば、理屈の上では超獣の打倒も可能だと考えます」

『勿論、戦略的に見てそれは行使すべきではないがな。ウルトラマン到着までの繋ぎと言うのは君たちに失礼だが、わざわざ危険な戦いを選ぶべきではない。それしか選択出来なくなったら…と言う程度に留めておいてくれ』

 

 エックスの忠告もしっかり把握し、装者全員が強く頷いた。

 

「可能な限り急いでやりますので、どうかよろしくお願いします」

「頼りにしてるわ、エルフナイン」

 

 マリアの言葉に笑顔で頷くエルフナイン。仕事は山積みだが、彼女も彼女なりに自分のすべきこととして全力を出しているだけなのだ。

 

 

 

 ミーティングを終えた後、マリアは独り思考を巡らせていた。仲間の誰もが自らの出来ることに全力を傾けている現在、自分は何をするべきなのだろうかと。

 戦うだけなら心強い仲間が居る。戦う以外に、自分が出来ることとは何か。図らずも得た名声という力で、何が出来ると言うのだろうか。

 …答えは、一つしかなかった。

 

 

「全世界を廻る、チャリティーライブツアーだと?」

 

 疑問の声を上げたのは翼だった。移動本部指令室ブリッジにて、全員が集まっているところにマリアが提案してきたのだ。全員の視線が集まる中、マリアは堂々とその提案事項を話していく。

 

「えぇ。ヤプールの目的の一つがウルトラマン80の言った通り、人々から生まれる恐怖や哀しみ、憎しみといった感情…マイナスエネルギーだと言うのなら、少しでもそれの発生を抑える必要があると思うの。

 だから…私の歌でそれが抑えられるというのであれば、みんなの前へ赴き私は歌うわ。ガラじゃないけど、幸い私に与えられた名声はこういう事をするのに向いているしね」

「そうか…。ならば私も――」

「翼はまだ事務所の契約とかあるでしょう?トニー・グレイザーが如何に貴女を買っていようと、営利が絡みだす事態になれば綺麗事だけで動けなくなる。

 これは、国連所属のエージェントであり救世の英雄、世界の歌姫だなんて祀り上げられた私だから出来ることだと思うの」

「でも、それじゃあマリアさんが超獣に襲われた時に…!」

「それは、私からエース兄さんに頼んでおくよ」と響の問いに対しマリアの代わりに答えたのは猛だった。

「エース兄さんならば、この地球上でも光速以上にまで加速することが出来る。もし誰も駆けつけられない時でも大丈夫だ」

 

 猛の話を聴きながら、つい呆気に取られてしまっていた。

 異次元に干渉することでノイズの位相差障壁を無効化し、多種多様な光線技で超獣を討ちながら傷付いた誰かを癒すことも出来、更にはその身一つで光速以上にまで加速できるなど…。80、ゼロ、エックスと比べてみても、その秘めたる力は恐ろしいまでに常軌を逸していると感心していた。

 

『…知らなかったぜ。エースって、そこまで強かったのか…』

「不勉強だぞゼロ。また落ち着いたら、今度はエース兄さんにも師事してみると良い」

『おう、そうさせてもらうぜ!』

 

 猛とゼロの話からすぐ、マリアの目線は弦十郎の方へ向かう。この提案の是非を貰わなければならない。

 

「どうかしら、風鳴司令」

「…やってくれると言うのであれば、断る理由は存在しない。だが、君にばかり負担を強いてしまうことになるのは…」

「しばらく寝かせて貰っていたもの、その分多めに働いても罰は当たらないはずよ」

 

 決意の籠ったマリアの強い笑顔に、弦十郎も不承不承といった感じで了承した。

 

「しかしマリア、何故そんな急に…」

「…夢を見てたような気がするの。でも覚えているのは、夢の最後はセレナとマムが現れて、笑顔で私を応援してくれたということだけ。

 私はただ、二人の声に応えたかっただけかしら。何度倒れても決して諦めずに、みんなを守る為、前へ――」

 

 自然と出て来たその言葉に、マリアは何処となく違和感を感じた。デジャヴとでも言うのだろうか…口にした言葉を、どこかで聞いていたような気がした。母と呼んだナスターシャでも、妹であるセレナでもなく、誰かから――

 

「マリア?」

 

 ハッと呼ばれた方に目をやると、怪訝な顔をした翼たちの顔。仲間達が見つめているその顔は、何処か心配そうにも見えた。

 

「大丈夫デスか、マリア…?」

「まだ疲れてるんだろうし、休んでた方が…」

「――ありがとう、調、切歌。でも本当に大丈夫だから。ね?」

 

 優しい笑顔で返答するマリア。

 実際のところ、病み上がりのはずの身体に気力が満ちているのは事実だった。その発散という訳ではないが、小さな自責の念からも動かずにはいられなかったのだ。

 そうして火急的に進行、開催が決まったマリアのチャリティーライブツアー。これが、発端の全容だった。

 

 

 

 

「まさか本当に、連日のように世界を飛び回って歌ってるなんてねぇ…」

「マリアさんも、自分の出来ることを精一杯やってるんだね」

「そうだね。私も、頑張らなくっちゃ」

 

 強く両手を握り締め、決意を新たに固める響。未来はただ、嬉しさと不安が混ざったような笑顔で響を眺めていた。

 願わくば彼女に…彼女たち装者のみんなに、大事が起きない事だけを願いながら。


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