絶唱光臨ウルトラマンシンフォギア   作:まくやま

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PROLOGUE 【流れゆく時、出会い】

 PROLOGUE

【流れゆく時、出会い】

 

 

 魔法少女事変の収束より、そう時も流れず……。

 猛暑激しい真夏のある日、2人の少女が街を歩いていた。

 明るいブロンド髪の短髪少女、その顔は髪色に反し少し暗くうなだれている。表情が足取りにも出ているのか、どこかのろのろとした足取りだった。

 その隣を歩く漆黒の肩まで伸ばしたツインテールの少女、表情は表に出さないまでも、額に浮かんだ煌めく汗粒と上気した白い肌が状況を物語っていた。

 

「……今日も暑いね、切ちゃん」

「ファイヤーなんてレベルじゃないデスよ、調ぇ……」

 

 先に言葉を発した黒髪の少女、月読調が左手首の小さく洒落た腕時計を眺め見る。まだ時間は9時を回ったところだ。次いで周囲を少し眺めた後に隣の少女、暁切歌にまた声をかける。

 

「学校、予定より早く着きそうだね」

「さいデスか……。クーラーはついてないデスかねぇ……」

「多分ついてないと思う。自習室はクリス先輩が開けてくれてるとは言っていたけど」

「えうぅ~~~……このままじゃデロデロアイスになっちゃうデス……」

「そうだね……。だから切ちゃん、そこのお店で少し休憩しよう?」

 

 調の提案に切歌が顔を上げる。彼女の細い指が差した先にあったのは、一軒の小さなカフェだった。

 

「あー……そういえば最近開店したんデスっけ。この前のゴタゴタで、すっかり忘れてたデス」

「手作りのパンが美味しいんだって。ついでにみんなへのお土産にしたら喜んでくれるかなと思って」

「名案デス調ぇ! ワタシ達も涼しいところでホッと一息つけるし、センパイも美味しいパンならきっと喜んでくれるデスよ!

 そうと決まれば、善は急げデス!」

「あっ、ちょっと切ちゃん…!」

 

 先程までの暗さはどこへやら。いつもの明るい笑顔と声で、調の手を引き切歌が走り出した。

 自動ドアが開き、まだ焼いてそう時間の経ってないと思われるパンの香ばしく甘い香りが漂ってくる。鼻腔を侵略する甘美な刺激に、切歌はもちろん調もつい顔を綻ばせていた。

 そんな二人の少女の顔を嬉しそうに眺めながら、一人の男がカウンターから出て威勢の良い声をかけた。

 

「いらっしゃい、お嬢ちゃんたち!」

「おはようデース! おじさん、この中でどれが一番美味しいデスか!?」

「そりゃ難しい質問だな。なんたって、どれもエース級に美味いからな!」

「ううぅ~~それはそれはとっても悩ましいのデェス……!」

「でも、どれも本当に美味しそう……」

「ははは、まだ客の入りも少ないからゆっくり見ていって良いよ。中でも食べれる場所用意してるしね」

 

 大きく手を振る切歌、お辞儀する調に小さく手を振り戻っていく初老の男性。その胸に付けられた名札にはハッキリ彼の名前が書いてあった。

『cafeACE シェフブーランジェ 北斗星司』と。

 

 

 

 私立リディアン音楽園。

 国内有数の音楽学校であったが、およそ1年前のルナアタックと呼ばれる事件の際に周辺地域が特別認定災害ノイズの大量発生により大打撃を受けてしまい、現在は別の場所へ校舎を移転。在籍生徒の数を減らしながらも将来の夢を音楽に持つ少女たちの力となっている。

 

 だが今は夏休み。多くの生徒はそれぞれの実家や思い思いの場所へ散り散りとなり、真夏の太陽が照り付ける校舎は数人の用務員と常駐講師を残すのみ。セミの鳴き声だけが響く、どこか寂しさもある空間となっていた。

 そんな学校の廊下を、一人の少女が歩いていた。ふんわりとした銀の髪は後ろで細く長く二つに分かれ、歩くたびに赤い小さなリボンが揺れていた。

 小さめの身長にはややアンバランスにも思える発育した身体も歩行と共に小さく上下していたが、そこに目をやる者はこの場には居ない。

 指に掛けた鍵をクルクルと回しながら、少女…雪音クリスは自習室へ向かっていた。夏休みも終盤、声をかけてきたのは自分の後輩たち。要件はひとつ、宿題を助けてくれといったものだ。

 

「まぁったくアイツら、アタシがいなきゃホントどうしようもねーなー」

 

  などと憎まれ口を言いながらも、その顔は何処か誇らしげだ。

 どう言ったとしても、先輩として…いや、人として誰かに頼られることが心底嬉しいのだろう。リディアンに通うようになり、フロンティア事変と魔法少女事変の二つを経て、彼女自身少しは『頼れる先輩』として成長していた。その実感からだろうか。

 

 鼻歌交じりに廊下を歩いていると、自分が学んでいる教室に一人の男が教壇の前で佇んでいた。自分の知っている教師や用務員とは違う容姿の男に警戒の色を滲ませながら、教室へと入り込んだ。

 もし不審者なら力尽くで……とまで考えていたクリスだったが、その考えは一瞬で消えることになる。

 振り返り目が合った男の顔は、あまりにも優しかったから。

 

「おはよう。君は確か……雪音クリスさん、だったね」

 

 知らない男に名前を呼ばれている。本来ならば嫌悪すべきことのはずだが、どうにもクリスは彼に対しそんな気持ちを抱けなかった。彼女自身、あまりにも不思議な感覚だ。

 だがそれ故に、自分の心を引き締めて警戒に当たるべきだ。自分はこの相手の事を、何も知らないのだから。

 

「……どちらさんで?」

 

 挨拶に対し挨拶で返さぬという一見すると無礼な行為ではあるが、相対する男は別に怒る様子はない。むしろ温和な笑顔を崩さぬまま、自己紹介をした。

 

「夏休み明けから、短期間ではありますがリディアンの臨時講師として赴任させてもらう事になりました。教員の矢的猛と言います。

 みんなより先になったが、どうぞよろしく」

 

 

 

 

「うっひょえぇ~~!! 遅刻遅刻ぅ~!!」

 

 リディアンに続く道の一つ。そこを急いで走る二人の少女が居た。明るい橙色の短髪をした元気そうな娘と、光の加減で濃い紫にも見える黒髪の短いポニーテールの娘だ。

 二人並んで閑静な住宅街路を慌てながら駆け抜けていく。現在時刻、10:05。

 

「うえぇ~! コレ絶対クリスちゃんに怒られるヤツだよぉ~!」

「夜更かしして寝坊した上に暑くて寝汗が酷いからって朝からゆっくりお風呂に入るからでしょ?

 まったくもう、響からクリスにお願いしてたのに……」

「ぐぬぬぬ……まったくもって反論できぬ言い訳無用のこの状況……!

 でもこんな私の唯一無二の親友ならきっと力になってくれるはずッ! そうだよね未来ッ!?」

「クリスにちゃんと謝ったら、考えてあげる」

「あちゃあ~厳しいなぁ~……」

 

 夫婦漫才にも似た談笑をしながら全力疾走する、立花響と小日向未来。これがルナアタック、フロンティア事変、魔法少女事変の短期間に起こった3度に渡る世界の危機を救った少女のうち一人と、それを支える立役者の日常の姿である。

 

「でも面白かったよねぇ~。神秘の大地・世界絶景コレクション! 私も一度でいいからあぁいうの見に行ってみたいなぁ~」

「もー、すぐ見た物に影響されるんだから」

「えへへ、ゴメンゴメン。でもなんかね、あぁ言うの見たら、地球って生きてるんだなーって思っちゃって」

 

 語る響の顔は朗らかな笑顔で輝いていて、隣でそれを見る未来も何処か嬉しくなった。願わくばいつか、あの日の流れ星の約束のように、彼女と共にそれを観ることが出来れば……。

 そんな小さな願いともとれる妄想に没しそうになるのを首を振って払い除ける。とても素敵なことだけど、今現在はそうしている場合でもないのだから。

 

「ほら、急ごう響? クリスをなだめるぐらいは手伝ってあげるから」

「うんっ! よぉし、最速で最短で真っ直ぐに一直線にッ!!」

 

 更に足を速める響と未来。角を曲がればすぐに母校の門が目に入るが、今は感慨など必要ないし感じている暇も無い。大急ぎで階段を駆け上がり、自習室へ滑り込んだ。

 

「セッ、セェーーーフッ!!!」

 

 両の腕を大きく水平に、手刀を放つように広げて入る響の姿を、教材を広げて机に向かっていた調と切歌が驚いた表情で見つめていた。

 

「おはよう! 調ちゃん! 切歌ちゃん! いやぁ~二人とも早いねぇ。ってあれ、もしかしてクリスちゃんまだ来てないの?

 んもーヒトに遅刻厳禁って言っときながら、自分が遅刻してちゃダメだよねぇー」

「お、おはようデース……」

「……おはよう、響さん。えっと、その……」

「ん、どうしたの二人とも?」

 

 どうにも浮かない顔をしている調と切歌。調子に乗って笑っていた響が、背後から肩を叩かれる。彼女は当然のように、それは己が親友の未来だと疑わなかった。

 

「あっ、ねぇねぇ聞いてよ未来ー。クリスちゃんってばめぇずらしく遅刻しちゃったみたいで、さー……」

 

 疑わなかった。

 確かに親友小日向未来はそこに居た。だが、響の肩を叩いたのは彼女ではない。もう一人。

 雪のように美しい髪と体格に不相応な豊満な身体を持つ件の少女。その顔は怒りと共に歪な笑顔を映し出していた。

 ほんの一瞬。眼前の状況認識を済ます僅かな瞬間に、響の顔からザァッと血の気が引くのが分かった。

 

「――随分な言い様じゃねぇか、えぇ?」

「……あ、あは、あはは……。お、おっはようクリスちゃんッ!」

「あぁおはようさん。それと、せっかく後輩のお願いに応えたセンパイに対して言うセリフあるよな?」

「ご、ごめんなさぁいッ! だから寛大なお慈悲をッ!」

 

 流石に自分が悪いのだと分かっているだけに、迷わず全力で頭を下げる響。それを見て数秒、クリスが響の肩を優しく叩いた。教科書でブッ叩かれると思っていただけにそれは予想外だったが、響のお気楽思考は無駄にポジティブな解釈をしていたようで…

 

「クリスちゃんッ! 許してくれ――」

「――るわけないよなぁ?」

 

 明るい笑顔…いやクリスからしたらバカ面を上げた瞬間、その眉間に人差し指を押し付けた。手の形は彼女の得意とする拳銃を形容しており、その指先にはギリギリと引き絞られた輪ゴム。

 

「ね、ねぇねぇねぇクリスちゃんそれは止めない? いや痛いのはもちろんだけどなんかこうすごく怖いんだよコレッ!?」

「あぁそうさ。だからオシオキになるんだろ?」

 

 余りにも良い笑顔でそんなことを言われてしまっては、正に蛇に睨まれた蛙…いや、喩えるならむしろ猫に狙われたヒヨコだろうか。

 

「じ、じゃあクリスちゃんの好きなあんパン奢るからッ! 近くに美味しいって評判の新しいパン屋が出来たんだよねッ! 確かお店の名前はエースって言うのッ! きっとアレだね、パンがエース級に美味しいって言う自信の表れだよねッ! ねッ! だからそれでどうか手打ちに……」

 

 響の言葉を最後まで聞かず、ニッコリと紙袋を見せびらかすクリス。そこにはしっかりはっきりと、英語でcafeACEと書かれていた。

 万策尽きた絶望の表情を見せる響に対し、切歌は思わずそっぽを向き、調は申し訳なさそうに口の前で手を合わせている。つまりはそういうことだ。

 

「遅刻しておいて反省の色も無い物言い。弁明釈明に次いでは買収とまで来たか……そうかそうか」

「いやあのこれはその誤解と言うかなんと言うかですね、ともかく私が悪かったから許してぇぇぇッ!!」

「――駄目だ♪ もってけダぁブルだッ!!」

 

 

 ……限界まで伸ばされたゴムが皮膚にぶち当たる、軽い破裂音にも似た高音が自習室に響いた。

 

 

 

 

 S.O.N.G.直轄の超常災害対策機動部タスクフォース。

 その新設本部の指令室に、一人の小柄な金髪の少女が入ってきた。背丈や華奢な躰だけ見れば、まるで小学生ほどにも見えるだろう。だが彼女の頭脳はこのタスクフォースに必要不可欠の超常弩級のもの。

 彼女こそ先の魔法少女事変の中核に関わってきた、エルフナインと名付けられた元人造人間(ホムンクルス)である。

 

 先の事変はその心にも大きな傷跡と影を遺したはずだが、彼女自身表面上は特に気にすることも無く、むしろ少しでも明るく過ごそうと頑張る姿が周囲の人間の癒しにもなっていた。

 同じくタスクフォースの人員である友里あおいと藤尭朔也の二人にとってもそれは同じで、共に事変を乗り越えたエルフナインを仲間として働けることはただただ喜ばしいものだった。喜ばしいと言えば……

 

「エルフナインちゃん、最近妙に楽しそうね?」

 

 と席に着くなりあおいが尋ねてきた。

 

「……そう、なのでしょうか? ボクはいつもと同じだと思ってますが…」

「楽しそうよ。何処かの誰かと、メールのやり取りをしてる時とか」

「えええっ!! あおいさん知ってたんですかぁ~!?」

 

 分かりきったような笑顔で指摘するあおいに、驚きを隠そうともしないエルフナイン。その顔は照れからか少し赤く紅潮している。

 

「情報の送受信履歴を見ればね。まぁでも変なデータは無いみたいだし良いじゃない」

「ちゃんと仕事やってりゃなー」

 

 と、あおいの隣のデスクから、藤尭が少々厭味ったらしく注意する。

 もちろんエルフナインが仕事に対し手を抜く事は考えられず、毎日真面目に仕事をしていることを分かっているからこそのからかいなのだが。

 

「あうぅ……ずびばぜぇん……」

「気にしない気にしない。それで、どんな相手なの?」

「写真などはありませんからよく分かりません。でも文面から察するに男性だと思います」

「へぇ~、良いじゃない」

 

 惜しげもなくメールのやり取り……つまりは文通内容を見せびらかすエルフナイン。あおいと藤尭がそれを読みながら、相手の人となりを察しようとする。

 礼儀正しい文面の中に、ナチュラルに相手を気遣える優しさが見え隠れしているメールから、なるほど確かにエルフナインが喜ぶのも分かると思うのだった。

 

「藤尭クンもこんな話が出来ればモテると思うんだけどねー」

「余計なお世話だ。それに俺、こういう礼儀正しいだけのメールするヤツはどうにも信用できないんだよな。何考えてるのかわかりゃしないし」

「え、エックスさんは大丈夫ですよ! そんな方じゃありません!」

 

 珍しく真っ直ぐに否定を口にするエルフナイン。最近始めた文面だけの付き合いのはずだが、それでもそこまで言えてしまうのは彼女自身でも驚いていた。

 

「ご、ごめんなさい藤尭さん……。でも、このエックスさん本当に良い方なんです。とても博識で、ボクも知らないようなことをいろいろ教えてくれましたし……。

 ここの皆さんと同じで、悪い人じゃないって確信があるんです」

 

 エルフナインの必死にも聞こえる訴えに、バツが悪くなったのか藤尭も素直に『悪かった』と謝る。

 そこに残った少し硬い空気を軟化するべく、あおいもメール内容を見て気になったことをエルフナインに尋ねることにした。

 

「エルフナインちゃん、この人とメールしてる時は【アルケミースター】って名前にしてるんだ」

「あ、はい。前に響さんが来た時にこの事を相談して、考えてくれたんです」

「【エルフナイン】って名前は、良くも悪くも分かりやすいもんな」

「響さんからもそう聞きました。でもボクにはどんな偽名が良いのか分からなかったので…。

 そしたら響さんが、『エルフナインちゃんは世界一の錬金術師だから、そういう名前にしよう!』って言ってくれたんです」

「ふふっ、響ちゃんらしいわね」

「きっと【○○の錬金術師】とか、そんな感じに考えてたんだろうなー」

 

 と周囲に笑顔が咲き出す。立花響の考える、ある部分で楽天的な思考回路はこういうところでも非常に役に立つのだ。

 

「大体その通りです。その時に錬金術はアルケミーと訳せると言ったら……」

「錬金術師の一番星……それで【アルケミースター】か。響ちゃん命名にしては、中々洒落てるね」

 

 同意を込めた笑い声がオフィスに響く。それはエルフナインが……そして彼女と一つになった錬金術師の少女がずっと求めていた、優しい日常だったのかもしれなかった。

 そんな日常の談笑で気付かぬ内に、件の【エックス】から新しいメールが届いていた。

 

『私の親愛なる友人、アルケミースター。君に警告しておかなければならない。

 君たちの世界には今、危機が迫っている――』

 

 

 

 そしてオーストラリア、シドニー最大のコンサート会場予定地。

 まだ関係者ぐらいしか人のいないその観客席で、二人の女性が組み上げられるライブセットを眺めていた。

 

「凄いなマリア。私達、今回もこんな大舞台で歌えるなど」

「逸り過ぎじゃないかしら翼。本番までまだ二週間も先なのよ?」

「だな…。ふふっ、だが可笑しなものだ。私がまさか、舞台を前に武者震い出来るようになろうとは……」

 

 吹き抜ける風に長い青髪をなびかせながら、風鳴翼が呟いた。その顔は、どこか誇らしく嬉しそうでもあった。

 

「ワクワクするんだ。舞台の上で歌い、踊り、全てを出し切って……私は、どこまで羽撃けるのだろうと思うと。

 私の歌は……どこまでこの青空を舞えるのかと」

「――感心するわ。正直、少し羨ましい」

「マリア?」

「……私も歌は好き。どういう形であれ、こうして歌わせて貰えるのはとても幸せなことだと思ってる。勿論いつも全力で楽しんでいるし、聴いてくれるみんなにもこの楽しみを共有したいと思ってるわ。

 ……でも、翼みたいな高い意識を、私は持ち合わせていない」

 

 どこか自嘲めいた言葉を、羨望と合わせるように独白するマリア・カデンツァヴナ・イヴ。フロンティア事変を越えて共に戦場へと立つようになったものの、彼女の心には未だ自らが撃鉄を引いた災禍の根が棲み付いているのだろう。

 そんな彼女の姿を見て、翼は初めて気付いた。自分は今、これ程までに夢へ向かって歩めているのだと。そんな幸せなことを、ただ甘受してしまっていた事を。

 そんな事にも気付かなかった自分を鼻で笑いながら、そっとマリアの隣に腰を掛ける翼。過去を思い返すように、言葉を紡いでいく。

 

「……きっとそれは、立花や雪音、小日向、マリアや月読や暁やエルフナイン……叔父さん、緒川さん、お父様、藤尭さんに友里さんにトニー氏……私に力を与えてくれるみんなのおかげ。

 そして誰よりも……奏のおかげだ」

「カナデ……。ツヴァイウィングの、散った片翼……」

 

 マリアの言葉にこくりと頷く翼。もう届かない憧憬を想いながら、彼女は言葉を重ねた。

 

「奏は私に色んな事を教えてくれた。血意を込めて歌う楽しさも、魂を燃やすほどの昂ぶりも、……二人なら、何処までも羽撃いていけると教えてくれたのも。

 ――理解っている。これは私の未練だ。奏はもう此処には居ない。でも奏から貰ったこの想いが、今までも…恐らくはこれから先もずっと、私の夢の原動力になっていくんだな、と」

 

 青空を見上げる翼の顔は、喜びの中に小さく哀しみが入り混じった優しい笑顔をしていた。もうあの時と同じ、折れた片翼同士を支え合うことには戻れないけど、今は新しい友達が折れていた片翼を治してくれたのだから。

 だからこそ……己が両翼で羽撃き舞いたいのだと。

 

「……敵わないわね。もしも出来るものならば、私も彼女と会ってみたかったわ」

「大変だぞ、奏の相手は。よく分からない言葉は使うし、行動はいつだって無茶で無謀で破天荒。一度音楽番組に出た時など、日本の大御所司会者に対しても無礼講と言わんばかりの振る舞いだったんだ。後で叔父さんにこっぴどく叱られた事もあったからな。

 世界の歌姫であるマリアを見たら、きっと髪型遊びから体力勝負まで様々な無茶振りを仕掛けられただろうな」

「そ、そうなのね……」

 

 と思わずたじろいでしまうマリア。狼狽えるな、もうそうなるような事は無いのだから。多分。

 

「……私はそうやって、人と繋がれる幸せを得られたから今の夢がある。マリアも、今は私達と繋がっている。そこから見つかる夢が、きっとあるさ」

「……そうね。ありがとう、翼。――これが、絆と言うモノなのかしらね」

 

 隣に座る無二の友人からの助言を心より感謝しながら、彼女もまたなびく髪を押さえながら空を見上げた。

 その時彼女の目に、空を走る一筋の光が流れ、消えた。

 

「流れ、星……?」

「マリア、どうした?」

「……いいえ、なんでもないわ。飛行機か何かを見間違えたんだと思う」

 

 そう、きっとただの見間違いだろう…。マリアはそう思うことにした。こんな青く広がる晴天に、赤い流星など……誰一人として信じる者はいないだろう。

 彼女自身、今見たものなどものの十数分もあれば意識の彼方へ消えていくようなものなのだから。

 

 

 

 

 そしてこの物語は幕を開ける。

 風鳴翼とマリア・カデンツァヴナ・イヴ。魔法少女事変を終えてまた組まれた二人のライブ……。

 

 少女たちの歌は、やがて光と混ざり合う――。

 

 

 

 PROLOGUE end.

 

 

 

 愛と勇気を音に乗せ、響く大地を強く踏みしめ、その翼は零へと向かい羽撃いた。

 星への切なる願いは調べとなり、其々の独奏は固く結ばれる絆となる。

 そしてその輝きは、闇を否定する祝福の歌へと交錯する。

 


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