初心者にして、上級者でも難しいとされる
PICマニュアル操作で空を自由に舞った。
もちろん、そんな彼女をIS関係者が見逃すはずもない。
私が空から戻ってきた時、ISのブースではとんでもないことが起きていた。なんと、織斑千冬、山田真耶、そして、三菱重工の担当者が、私を三菱重工の専任パイロットとして雇うという話をしていたのだ。
「彼女ほどの人材を放っておくのは勿体ないと思います。確か三菱重工では、まだ零式21型の専任パイロットは決まっていないのですよね?」
「えぇ、ですから今回の展示飛行は織斑さんに依頼したのですが・・・。いやはや、才能とはどこに埋もれているのか、判らんものです。」
「私から見ても、彼女ほどの人材は早々いるもんじゃありません。しかも、PICマニュアル操作でいきなりあそこまで動くなんて・・・。才能の塊といいますか、あれは異常と言えます。」
「・・・確かに。我が社のテストパイロットでも、あそこまでの動きをする人はいませんでしたからね。ということで小鳥遊彩羽さん、零の専任パイロットになりませんか?」
というか、現段階でも、零戦21型の専任パイロットではあるからして、立場としては別に変わらないのだが、という意思表示をしておくこととする。
「小鳥遊家として毎度、三菱重工様にはお世話になっております。・・・して、専任パイロットとはどういうことでしょうか? 私はすでに、零式艦上戦闘機21型のパイロットなのですが。」
「インフィニットストラトスのほうです。搭乗時間0であれだけ動ける人材は見たことがない。わが社から、零式21型を専用機として支給いたしますので、どうか専任パイロットになってくださいませんか。」
私が三菱重工の責任者らしき人物に問いかけたところ、どうやら、零式艦上専用機のほうではなく、インフィニットストラトスの専任パイロットということらしい。
なるほど、確かにこのISを支給していただけるのであれば、私にとっては願ったりかなったりだ。
何せ、今日はまだまだISに触れて、初めての日である。まだまだ思い通りには動いてくれていないのだ。思い通りに動かせるまで思う存分乗ることができるとなれば、それこそ、空を駆け巡りたい私にとって、最高の事態である。
だが、ここで私の中に、懸念が一つ生まれた。
「専任パイロット、非常に魅力的です。ですが、その場合、零戦に乗る時間が少なくならないでしょうか?もし、零戦保存の活動に支障が出るようであれば、お断りしなくてはならないのですが・・・。」
そう、私の本職は、あくまで「零戦の動態保存・展示飛行」である。ISの専任パイロットとしての副業に時間を割きすぎて、本職に影響をかける、なんて事態は避けたいのである。
・・・ISは非常に魅力的ではあるが。本職をおろそかにしてまで、乗ることは私のプライドが許さない。
「それは・・・問題ありません。基本的には小鳥遊家の仕事を優先して下さい。その合間、その合間で構いませんので、ISに搭乗していただければ構いませんので・・・。」
「そういうことであれば、私もISには乗りたいので前向きに検討したいと思います。ですが、父と母の意向もありますし、何より、小鳥遊家としての意向があります。一度、持ち帰っても構いませんか?」
「はい。小鳥遊家として返答を出していただきまして後日、搭乗するにしても、しないにしても、連絡をいただければ問題ありません。」
「判りました。それにしても、ISとは凄いですね。自由自在に空を飛べるんですもん。零戦も好きですが、ISもまた違う魅力にあふれています。」
私がそういうと、今まで黙っていた千冬が、私を見ながらゆっくりと口を開き始めた。
「いろはよ。お前のIS操縦技術は勿体ないほどに天才的だ。三菱重工の話は、悪くないぞ。出来ればでいい。ISに乗ってやってくれ。」
「えぇ、私もそのつもりです。チフユ。」
私がそういうと、三菱の担当者と、織村千冬は、笑顔で頷いていた。
◆
午後3時。
展示飛行のため、私は再度、零式艦上戦闘機21型のコックピットに座っている。
「それにしても、インフィニット・ストラトス、良かったなぁ。あの空を自由自在に飛べる感覚。癖になるなぁ。」
IS独特の浮遊感、飛行感、そして機敏な動き。戦闘機である零戦とはまた違う、空を泳ぐ感覚。
「零戦は零戦で、Gを感じたり、自分で思い通りに空を泳げた時の気持ちよさはあるんだけどなぁ。」
特に零戦で雲を引けたときなどは、最高の気分である。背中に感じるG、移り変わる景色、エンジンの駆動音。どれをとっても、零戦で空を泳ぐのは最高なのだ。
ということを考えていた時である。展示飛行開始時間の、3時10分を時計の針がさしていた。私は余計な考えを、首を振って振り切りながら、ゆっくりと口を開いた。
「ま・・・今はとりあえず、展示飛行に集中しましょうかねぇ。こちら三菱A6M2。東京グランド、滑走路05の離陸位置までの移動許可を求めます。」
「東京グランド。三菱A6M2、移動を許可します。誘導路内にほかの機はいません。移動ルートはそちらにお任せ致します。」
「三菱A6M2、了解。ではRを進み、E2で旋回、そのままEを進みD2まで向かいます。」
私は、少しだけスロットルを開け、ブレーキをリリースする。すると、零戦は思い描いた通りに、すこしづつ前進しはじめ、連絡路を通りながら、滑走路へと走行を開始する。
そのさなか、窓の外には、多数の一般の参加者が見えていた。老若男女、多種多様な国籍の人々が、ごった返している。
「すごいなぁ。これだけ、みんな兵器に興味があるのかぁ。私の活動冥利につきるなぁ。」
私は彼らを横目に見ながら、カーブではわざと速度を落とし、シャッターチャンスを演出する。
もちろん、彼らもタイミングを逃さない。多数のフラッシュが焚かれ、今の零戦が多数の記録に残っていく。
そして、一部の人々は、機体に向かって手を振ってくる。もちろん、私は手を振り返し、サムズアップまでして見せる。すると、彼らも同じようにサムズアップを返してくれる。
「ふふ、誇らしいなぁ。」
そんなことをしながら、機体の発進位置まで付けば、目の前には、ジャンボジェット専用の長大な滑走路が鎮座していた。長さにして約2.5キロ。零戦が飛ぶには長すぎる滑走路だ。
私は早速、管制官へと無線をつなげる。
「東京タワー。三菱A6M2、離陸準備完了。」
「こちら東京タワー。三菱A6M2、了解。展示飛行を終えたハリケーンが降下中。待機せよ。」
「こちら三菱A6M2、待機了解。」
どうやら前の展示飛行の機体がいまだ空に残っているようだ。それであれば、のんびりと待たせていただこうか。
「だーれがつーけたかー あらわーしのー なーにもはーじなーい このちーからー」
私が前世で好きだった荒鷲の歌を口ずさむ。加藤隼戦闘隊ほど有名な歌ではないものの、零戦乗りの私からすれば、大好きな歌である。
「・・・なんきんぐーらいはひとまーたぎー。ぶんぶんあらわしー ぶんととーぶぞー」
あらわし、これは、漢字で書けば荒鷲である。この荒鷲というのは、「零戦」を表しているのだ。つまりこれは、零戦の歌でもあるのだ。
「つーばさーにひーのまーる のーりくーみはー やーまとだましいの もーちぬーしだー。」
当時もこうして、訓練を共にした仲間とよく歌ったものだ。目を閉じれば、あの頃の光景が、蘇るようである。
「・・・ぷーろぺーらばーかりかー うでもーなーるー ぶんぶんあーらわーし ぶんととーぶぞー!」
そして気付けば、4番まですべて歌いきってしまっていた。それでもまだ離陸許可が出ない。上空のハリケーンは、いったい何をやっているのだろうか?
◆
小鳥遊彩羽の母親と、父親は、展示飛行のために動き出した、愛娘の乗る零戦を見つめながら、少しだけ笑みを浮かべていた。
「お父さん。あの子が、ISをやりたいと言うなんてねぇ・・・。」
「そうだなぁ。ISとは思わなかったなぁ。」
「『すごく楽しい。すごく乗りたい。』・・・あの子、初めて私達に、我儘を言ってくれたわ。」
「あぁ、そうだなぁ。いままで、何一つ我儘を言ってくれなかったからなぁ。 欲しいものがあるかと言っても、『零戦に乗れていればそれでいいです。』との一点張りだったものなぁ・・・。」
小鳥遊夫婦は、先ほどまで零戦のブースにいた、愛娘の必死な表情を思い出していた。
---その、その、さっきISを触らせていただきまして。・・・あ、いえ、その、零戦が嫌というわけではなくて。
その、触って、動かしていたらパイロットにならないかと誘われまして。やってみたいなと・・・。あ、いえ!零戦も素晴らしいんですが、ISも乗りたいんです。
その、ええと、すごく楽しかったんです。あ、いえ、零戦も乗ってて楽しいんですが、それとはまた違う楽しみといいますか。小鳥遊の家の責務を果たしますので、ISに乗る事を許可していただきたいんです。---
---判ったわ。考えておきます。まずは、今日の展示飛行をキチンと飛びなさい。---
---はい!---
小鳥遊夫婦はお互いに顔を見合わせると小さく、笑みを浮かべる。
「それで、お父さん。どうしましょうか。」
「んー、そうだなぁ。別に零戦21型は私も乗れるしなぁ。ただ、彩羽ほどうまくはないのがなぁ・・・。」
父親は首をかしげていた。そう、彩羽ほど、零戦21型を扱える人間は、今のところ小鳥遊家にはいないのだ。もちろんそれは、母親も例外ではない。
「あら、奇遇ですね。私も彩羽ほどはうまくはないんです。」
「そうかー、それなら、零戦21型で練習しなくちゃなぁ。」
「そうですね。私もいまだ小鳥遊家の現役パイロットですから。でも、そうなると、彩羽の乗る機体がなくなってしまいます。」
「そうかぁ。それなら、私たちの練度が上がるまで、彩羽は零戦に乗らずに、赤とんぼにでも乗っていてもらうかなぁ?」
「それは反対です。お父さん。赤とんぼでは彩羽が可哀想すぎます。せめて、零戦並みの機動力を備えたものに乗せないと。」
「そうか、そうだよなぁ。それならば、いつになるかは判らないが、インフィニット・ストラトスでしばらくの間、空を飛んでいてもらおうかなぁ。どうかな、母さん。」
「ふふ、お父さん、いい案ですね。賛成です。」
小鳥遊夫婦はお互いに顔を見合わせると、小さく、笑みを浮かべる。
「---うん。彩羽の好きなようにさせてやろうかぁ。」
「ええ。そうですね。」
そして、それと時を同じくして、ようやく離陸許可の下りた彩羽の零戦21型が、展示飛行のために、空に舞い上がったのである。
◆
展示飛行から戻った私は、今、ISのブースで、両親、千冬、三菱の担当者と共に、コーヒーを飲んでいた。
「我々小鳥遊家としては、彩羽がISに乗ることに対して、まったくもって異議は唱えません。」
私としてはまさかの展開である。全力で反対されるかと思ったISの専属パイロットの話が、なぜかとんとん拍子で、進んでしまっているのだ。
「なるほど、家元様がそういうのであれば、あとはご本人様の、彩羽様のご承諾をいただければ、彩羽様を零式21型の専属パイロットとしても問題ない、という解釈でよろしいでしょうか?」
「えぇ。その考えで相違ないです。何より、これから私と妻が零戦21型の鍛錬を行わねばならんのです。鍛錬が終わるまでは、彩羽の乗る機体がありませんからね。彩羽が空を飛べない間、代わりの翼としてインフィニットストラトスがあるというのは、我々小鳥遊家としても、非常に都合がよい事なのです。」
な・・・今なんといった、お父さん!零戦21型に私が乗れない・・・だと!大切な話し合いの場だけれど、私は父に、食って掛かる。
「えっ、お父さん。それ私聞いてない。零戦21型、私、乗りたいんだけど・・・。」
「何、先ほどまでのお前の飛行を見ていてな。我々も鍛錬をしなければと思ったのだ。時折乗るのは良いが、今まで通りには乗れないと思ってくれ。」
そして、父は私に顔を寄せると、小さな声で、ささやいた。
「それに、お前はISに乗りたいのだろう?こうでも理由づけしなければ、身内が納得しないんだよ。何、好きなだけISに乗って、飽きたら戻ってくればいい。そうすれば、すぐにでも零戦21型はお前に返すさ。」
私は驚いた。
普段は、小鳥遊家の職務に従順な父である。基本的には小鳥遊家はプライベートよりも公務である零戦の保存を重視する。
前世から生粋の零戦乗りである私としては、全く問題ないのであるが、身内がプライベートな理由で零戦のメンテナンスを怠ろうものなら、鬼のような怒号が飛び、数日間は缶詰にさせられるのだ。
そんな父から、私を気遣う言葉がでるなどとは、ISに乗っていいなどという言葉がでるなんて、全く予想をしていなかったのである。
「ホントにいいの?」
私は父と同じように小さなささやきを父に返していた。すると、父は私から顔を離すと、小さく頷く。
「と、もうしわけない。少々話が脱線しましたが、あとはこの彩羽の意向次第です。」
父はそういうと、私に視線を向けていた。母も同様だ。笑みを浮かべながら、頷いている。
「どうしますか?彩羽。零戦には乗せられませんので、赤とんぼに乗るか。はたまた、零戦が空くまで、三菱さんのISのお世話になるか。あなた次第です。」
「・・・それなら、私は・・・。」
私は父と母の顔を交互に見ながら、決意を固める。そして、三菱の担当者に、右手を差し出していた。
「よろしく、お願い致します。」
「心得ました。三菱重工。心血を注いだ零式21型を、小鳥遊彩羽様に、お預け致します。」
三菱の担当者は、私の右手を、固く握る。
「はい・・・!一生懸命、がんばります!」
私は固く握られた右手を感じながらも、ブース内に鎮座しているIS、零式21型を見つめる。
「短い間だとは思うけど、これからよろしくね、私の、新しい翼。」
そう小さく呟いた時、零式21型が少しだけ、輝いた気がした。
妄想捗りました。
小鳥遊彩羽、順当に専用機ゲット。
代わりに、零戦の搭乗時間激減。トレードオフ。