無免ライダーが超人血清(仮)でパワーアップした結果   作:磯野 若二

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フブキ組

  前方にフブキとマツゲ、後方に山猿という形で挟まれながら、無免ライダーはフブキたちについて行く。

  四者四様にブーツの音を響かせ、連行されているような心地悪さを感じながら歩くこと数分。無免ライダーたちが着いた先は、重厚感を醸し出す黒い高級車の前だった。

  ごく自然に乗り込む三人に合わせるように、内心大慌てな無免ライダーも同乗することになった。軽く三百万円は超えるであろう高級車を当たり前に乗りこなすフブキ組は底知れない力があると、小市民的な無免ライダーは思い知らされていた。

  内部も黒で統一した車内は意外に広く、高級ソファーもかくやと思われるシートは程よく体重をかけられる構造になっている。山猿を助手席に座らせ、マツゲに運転手を任せれば、必然的に無免ライダーはフブキと並んで座ることになる。

  遮音性に優れた車の中では街の喧騒もあまり聞こえない。四人が乗っても息苦しくないほどに空間は確保されており座り心地は良いが、先ほどから不自然に黙ったままの山猿とマツゲから滲み出る圧迫感のせいなのか、車内の空気は暗い。

  あくまで二人はフブキの従者のつもりなのだろう。女性の扱いに慣れていない無免ライダーは、決して良くない乗り心地を味わっていた。

 

 

  「そんなに警戒しなくても大丈夫よ。少し落ち着いて話せる場所へ移動するだけだもの」

 

 

  そう語るフブキの流し目の先にあったのは、無免ライダーの背中から降ろされ、膝の上に置かれた銀色の盾だった。

  円盤という単純な形ながらも、表面には幾何学模様の線が薄っすらと走り、複雑な機構が見て取れる。

  ハンマーヘッドを沈め、無免ライダーの脚力も合わさると時速六十キロ走行も可能な自転車に変形できるこの武器のことを、フブキはどこまで知っているのだろうか。

  無免ライダーは気の許せない車の中、無意識に得物に手元へ寄せていたことに気づき、盾をドアと左手の空間に置くようにしまいながら謝罪した。

 

 

  「ヒーローだもの。周囲を警戒するのは当然よね」

 

 

  と、微笑んだフブキは、謝意を受け取るように返事をした。

  ひとまずほっとした無免ライダーに、フブキは本題を切り出す。

 

 

  「B級七十位ヒーロー、無免ライダー。あなたを私のフブキ組に招きたいのよ」

 

 

  無免ライダーの予想通り、フブキ組への勧誘だった。

 

 

  「B級はC級とは比較にならないほど厳しいランクよ。ひったくりや通り魔を捕まえるのが仕事のC級とは違って、B級は名うての賞金首や災害ランク"狼"以上の怪人とも戦って勝たなければ、ランクの上昇は難しいわ」

 

 

  妖艶な微笑みを無免ライダーに向けながら、フブキは言葉を続ける。

 

 

  「半年以上も守ってきたC級一位の座を譲ったということは、あなたも上を目指すつもりなのでしょう? フブキ組に入れば、ランクを上げる以外にも色々なメリットがあると思うの。」

 

 

  多人数との連携による、索敵や勝率の向上など。

  敵と戦うならば、数の力は脅威となるだろう。B級ヒーローが数十名揃えば、A級ヒーローすら凌駕し得る戦果を叩き出すに違いない。

  ましてや、ランクが上がればヒーロー協会からの報酬額も上がるのだ。無免ライダーのようなプロヒーロー一本に絞って活動するのならば、軽視するわけにはいかないだろう。

 

 

  饒舌では無いながらも、理詰めで無免ライダーを懐柔しようとするフブキ。

  だが無免ライダーは、畏まった丁寧な口調で、それらとは離れた質問を投げかける。

 

 

  「フブキ組は普段、どんな活動をするんですか? 例えば、お年寄りの荷物を運ぶ手伝いをしたり、子供が逃がした風船をとったりは」

 

 

  「()()()C()()()()()よ。B級ヒーローには、それなりの仕事が期待されているわ。フブキ組も、普段は賞金首の追跡や、怪人との戦闘を主にこなしている。B級賞金首のハンマーヘッドを討ち取ったあなたなら、B級上位の地位を約束することもできるわよ」

 

 

  その答えに対し、無免ライダーは一息ついた。

  無免ライダーの決心を待っていたフブキに対し、彼は結論を述べる。

 

 

  「申し訳ないですが、フブキ組には入れない。俺のために時間をかけてくれたのは有難いですが、その申し出は辞退させていただきたい」

 

 

  無免ライダーは、ヒーローランクに対する複雑な思いはあるが、それは断じて、報酬や地位の誇示などではない。

  無免ライダーが四百人が所属するC級ランクの一位に留まっていたのは、自身がB級で通用しないがために昇格を固辞していた際の副次的な結果である。

 

  困っている人の期待を裏切らないために。

 

  助けを求めている人を安心させるために。

 

  彼がC級に留まったのは無力な自分が人々を勇気づけられないというコンプレックスであり、昇格を決意したのは、新たな力で人々の心に希望を与えようと決意したからである。

  仮にA級ヒーローに成れたのならば、それだけの希望を与えることができるだろう。

  それだけの思いだ。それ以外にランクに執着する意味は無い。

  フブキ組の職業的な活動と、綺麗事を願ってヒーローを目指す無免ライダーでは考えが異なっていた。

  無免ライダーがもしも利己的であったなら、人々を助けるために速度違反を起こしてバイクの免許が取り消しになる事は無く、命を懸けて単身でテロリストに立ち向かうことも無かったはずである。

 

 

  「・・・そう、断るのね」

 

 

  無免ライダーの意思が固いことを確認したフブキ。

  その時、初めて山猿が声を出した。

 

 

  「フブキ様、歓待の準備が整ったそうです」

 

 

  巨軀に隠れていたが、山猿はどこかに電話をかけていたらしい。意識的に硬い口調で話した彼の言葉に、フブキはにやりと笑みを浮かべた。

 

 

  「せっかくの機会だから、フブキ組のメンバーに会っていきなさい。あなたよりランクの高い者も大勢いるから、いい経験になると思うわ」

 

 

  不穏な空気を感じ取り、窓の外に目を向けた無免ライダーは、景色が大きく様変わりしていたことに気づく。

  はじめは住宅街だったそれは、徐々に人通りの少ない寂れた地区へと変わり、最終的に廃工場区域にまで到達していた。

  そこは市の中心を大きく離れた、今は寂れた工場街だった。

 

 

  フブキの迫力に呑まれていた無免ライダーは、状況が最悪に近づきつつある事に気づくことが出来ていなかった。

 

 

  結構な速度のまま、そのまま工場地帯の奥深くにある廃工場の中へ車は進み、急ブレーキをかけながら進路を右へと傾ける。

  その勢いにより、右へと曲がった車の外輪側にいた無免ライダーに遠心力が加わり、身体が外へと押し出されそうになる。

  無意識に車の座席にしがみついていた無免ライダーは、なぜか閉まっていたはずのドアが開いており、かけていた指が意思とは真逆に開き、背中全体を空気のようなもので押されたせいで、車外へと放り出された。

 

 

  背中を下へ投げ出すような形で飛ばされた無免ライダーは、咄嗟に腹筋などに力を込めて宙返りし、手足を接地して制動をかけながら滑り、勢いを殺す。

  彼が弾かれた場所は、持ち主を特定する器材が無くなって久しいであろう、赤錆がそこかしこに浮いた建物であった。

  窓は内側から塞がれて光が入らないが、中は意外と明るかった。それは、天井が所々崩れ、薄い陽光があちこちから漏れていたからだ。仄かな光は暗い工場の中を照らし、武装した黒服の集団の姿を鮮明に伝えていた。

  ある者は小刀を、ある者は十手を持ち。

  またある者は金棒を構え、またある者は刀を抜く。

  百合を髪飾りにした少女は三節棍を得物にし、金髪を刈り込んだ厳しい男は月牙の槍を向けていた。

  斧、(サイ)、手甲、ヌンチャク、特殊警棒など。

  重複するものはないであろう、多彩な武器を身につけた人間が勢揃いしていた。

  黒のスーツを身に纏った彼らの総数は三十人を超える。

  全てがB級ヒーローであり、全てが同じ御旗に集った猛者たち。

 

 

  建物の出入り口を塞ぐように車を停め、マツゲや山猿のエスコートを受けて平然と出てきたフブキが、誇るように説明してきた。

 

 

  「これが私のフブキ組。総勢三十五名、全員が武器に熟練した凄腕のヒーローであり、尚且つ()()()()を得意としているの。例えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ほどにね」

 

 

  まるで威嚇のようだった。

  フブキ組と呼ばれた彼らは、威圧を隠そうともせず、猛犬の群れのようにリーダーの号令を待っている。

 

 

  「C()()()()()()の筆頭として活躍していた貴方に会うために、歓迎して皆集まってくれたのよ」

 

 

  そう言って笑うフブキの顔は、勝利に執着した者特有の色を見せていた。微塵も負けることを感じさせない強者のオーラを纏う彼女は、この集団をも凌駕するほどのプレッシャーを放っている。

 

 

  「無免ライダー。貴方なら、フブキ組の傘下に入ることのメリットはわかるでしょう?災害レベル"鬼"に立ち向かうことだって可能だし、何より、()()()()()()()()()()()()()()()()。もう一度だけ問うわ、無免ライダー?」

 

 

  ーー拒めばどうなるか、わかるでしょう?

 

 

  言外に、喉元へ脅迫の刃を突きつけるフブキ。

  彼女は、無免ライダーをそれなりに評価していた。

  彼女ならば一人でもっと早く、無傷で出来るとはいえ。B級賞金首のハンマーヘッドをC級ヒーローでありながら倒してみせた彼の力は、B級であれば中位ほどの実力だと。

  薬か手術かは知らないが、身長を伸ばし筋肉をつけたところで、所詮は元C級ヒーロー。

  B級上位すら複数所属するフブキ組に勝てる道理など、万に一つもないと思っていた。

  だが、まわりをゆっくり見渡して状況を確認する無免ライダーに、彼女らは不意を打たれることになる。

 

 

  無免ライダーは、誰よりも疾い身のこなしで腰を落として盾の投擲の構えをとると、カタパルトの如き速さでフブキの方角へと投げつけた。

 

 

  発射台となった不動の足と、凶悪なバネのように捻られた腰、肩、腕の筋肉が、秒速二十メートルを超える速度で円盤を並行方向へ放つ。

 

 

  攻撃の予兆を感じさせない完璧に近い奇襲に、フブキ組の面々が動きを認識したのと、フブキの顔に銀色の円盤が最接近していたのは同時だった。


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