無免ライダーが超人血清(仮)でパワーアップした結果   作:磯野 若二

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ジャスティス・クラッシュ

  「ーーたった入ってきた情報によりますと、桃源団を名乗るテログループは、C級一位ヒーロー"無免ライダー"との交戦後、鎮圧に向かった警察官や駆けつけたヒーローたちに多数の負傷者を出しながら、F市内を進行中との事です。桃源団の構成員はいずれもスキンヘッドで統一されていることからーー」

 

  住民のいない建物の一室で、破壊された部屋の瓦礫に(うず)もれる無免ライダーに向かって、テレビが情報を吐き出し続けていた。

 

  退場した無免ライダーに発破をかけるように淡々と被害の状況を吐き出すが、当の本人は、ハンマーヘッドに受けた傷により、意識が朦朧としていた。

 

  胸のプロテクターは一撃で粉々に粉砕され、敗れた布地から赤黒く腫れた胸部が晒されている。百メートル近くを転がされ続けたせいで、ヒーロースーツは摩擦で削れ、擦り傷が全身を覆い血みどろになっていた。

 

  一目で重傷だとわかる、酷い有り様だった。

 

  頭から血を垂れ流し微動だにしない無免ライダーは、混濁する意識の中で、走馬灯のように駆け巡る過去を思い返していた。

 

  テレビの中のヒーローたちに憧れた幼少期。

 

  正義の味方を真似しては、理想とのギャップに返り討ちにあった少年の頃。

 

  プロヒーローとなり、困っている人々の元へ、自転車漕いで駆け回った日々。

 

  架空のヒーローたちからもらった勇気と共に成長し、小さな悪事だろうと立ち向かい続けた人生。

 

  二十五年の人生を遠くから眺め、諦めるような心持ちで意識を手放そうとした彼は、身じろぎした拍子に背中の得物をとり零した。

 

  カラカラと音を立て、倒れる事なく転がっていく鈍色の円盤。

 

部屋に注がれる陽光を受けて、明るい光を無免ライダーに照り返していた。

 

  『オ前ハ強クナリタイ。ソウダロウ?』

 

  眩しい光が目を突き刺した拍子に、無免ライダーは、この武器を与え、桃源団たちの元へ彼を送り届け、そして彼自身の肉体を改造してくれた()()()のギラギラとした目を思い出した。

 

  出会いがしらに彼の引け目ーー無免ライダー自身の弱さを突き、自らの計画へ参加するよう語りかける姿は明らかに怪しかったが、そのおかげで無免ライダーは力を手に入れる事が出来た。

 

その記憶を皮切りにして、"正義"の感情が彼に叱責を飛ばし始める。

 

 

  ヒーローの真似事をして満足なのか。

 

 

  ただヒーローごっこをして満足したかったのか。

 

 

  無免ライダーの勇気は、偽物だったのか。

 

 

  強大な敵に怯まず立ち向かった自分の生き様が、自分の正義が、彼の心を叱り、彼の頭を叩き、彼の魂に呼びかけていた。

 

 

  中学生の時に札付きの不良相手に立ち向かった時も、ヒーローとなり強大な怪人や災害を相手に向かって行った時も。

 

 

  ーー勝てる勝てないじゃなく、立ち向かうべきに立ち向かうのがヒーローだろう、と。

 

 

  彼が彼に問いかけていた。

 

 

  『オ前ヲ選ンダ理由ダト? 今大切ナノハ、肉体デハ無ク、ソレヲ支配スル精神ダ。

 

人トシテ善良デアレ。

 

ソレガ、私ガ唯一オ前ニ求メルモノダ』

 

 

  感情を見せず淡々と話す協力者が、初めて彼に放った人間味ある言葉だった。

 

 

  ーーそうだ。立ち向かわなければならない。

 

弱気になっていた彼に、強い正義の炎が燃え上がった。

 

 

  それに動かされるように、無免ライダーの指が小さく揺れた。

 

  鈍った身体をほぐすように指が伸ばされ、ゆっくりと、力強く握られる。

 

  激痛と脱力感が全身を苛む中、無免ライダーは歯を食いしばり、身体中に力を入れた。

 

  血管が収縮するような感覚と、筋肉に骨が突き刺さるような痛みに、無免ライダーは苦悶の声を漏らす。

 

  だがそれでも、食い縛った歯から血が溢れる中、無免ライダーは喉に力を入れて、一気に立ち上がった。

 

 

  「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああ‼︎」

 

  その咆哮は、まるで自分を鼓舞するようにも、誰かに宣誓するようにも聞こえた。

 

  勢い余って吐血した無免ライダーは、倒れた得物を汚さぬよう頭を横へとずらす。

  円盤を視界の端に映した瞬間、またも彼は大切な事を思い出した。

 

  それは、高度数百メートルの上空から、F市に向けて飛び降りようとしていた時に言われたもの。

 

  『オ前ノ壊レタ自転車ノ代ワリニ、()()()()()ヲ用意シテ置イタ。裏表ヲ互イ違イニ捻レバ展開スルカラ(オボ)エテオケ』

 

  その後の展開で忘れていた言葉。それに従うように、無免ライダーは倒していた得物に目を向ける。

 

  鏡のように光を照り返す鉄色の円盤。

 

 

  だがその正体は盾でも投擲武器でも無く、もっとも無免ライダーに相応しいものだった。

 

  無免ライダーはよろよろと円盤にかけより、左右からはさみ込むように()()を持ち上げて、前後に捻る。

 

  硬い繭から蝶が生まれるように、円盤は隠された真の姿を現し始める。

 

  裏表に配された鋼の円は車輪へ。

 

隠された内部から展開した部品がハンドルやペダルを作り出す。

 

僅かな間に、円盤は鋼の自転車へと姿を変えた。

 

  最小限のパーツで構成されながらも機能性を失わない作りは、協力者が誇る科学力の一端を表していた。

 

  空中で変形したそれをキャッチした無免ライダーは、早速ハンドルを握り、ペダルに足をかける。

 

  無免ライダーの手足によく馴染む作りに、無免ライダーは無意識に顔がほころぶ。

 

  そして、すぐさま顔を引き締めた無免ライダーは、ペダルに力を込めて、建物の出口を目指した。

 

  砕けたコンクリートが散らばっているのを問題にせず、無免ライダーはペダルを漕いでいく。

 

  光が溢れる出口を抜けた先の街は、先ほどよりも酷い有様となっていた。

 

  アスファルトの大地は平な場所などないほどに荒れ、地下の水道管が露出し、所によっては破裂していた。

 

  至る所に人が倒れており、植え込みやショーウィンドウなど、あちこちに身体を突っ込んで動かなくなっている者も少なくなかった。

 

  自転車を寝かせて倒し、無免ライダーは地面を払って倒れている人を抱き起こして、様子を確認する。

 

  警察官であることを示す青い制服の男は、姿勢を直した際に痛むのか小さく呻いていた。

 

  助け起こしたその男の腕が折れている事を知った無免ライダーは、ゆっくり寝かせた後、近くにあった街路樹の枝を添え木にして応急処置を行う。

 

  見回してみると、警察官らしい青い服の姿がちらほらとあり、残りの人間は十人十色の衣装を着た男たちであった。

 

  奇妙な格好をした男たちが見知った顔ばかりである事に気づいた無免ライダーは、この原因が桃源団である事に思い至る。

 

  「く、ううあ」

 

  助け起こした男の一人、ひどく辛そうに声を零した男ーーC級九十位ヒーロー"電池マン"は、薄くあけた目に無免ライダーの姿を捉えると、つっかえながらも話しかけた。

 

  「お、俺の事はほ、放っておいていい。だから、早くあいつらを、止めてくれ。」

 

  そう伝えた電池マンは、自分の役割を果たしたとばかりに意識を失い、がっくりと首を落とした。

  浅く間隔を空けて呼吸を繰り返す電池マン。

彼のトレードマークである背中の巨大な電池は砕かれて中を晒しており、激戦の後を物語っていた。

 

  倒れていたのは全て、桃源団を食い止めるべく立ち塞がった警官やヒーローたちであった。

 

  健闘を感じ取った無免ライダーは、知らず拳を握りしめる。

 

 

一刻も早く桃源団(あいつら)を止めなければならない。

 

  戦う覚悟を完了させた無免ライダーの心残りを無くすように、上空から独特の風切り音を響かせるヘリコプターが数台飛来してきた。

 

  ヒーロー協会のエンブレムが目立つそれらが着陸し、中から救護員をどんどん吐きだしていく。

 

  怪我人の元へと駆けつけ、的確な処置を施していく姿を確認した無免ライダーは、置いていた自転車を起こして乗ると、力強い踏み込みで発進させた。

 

  「お、おい無免ライダー⁉︎ 待て、大人しく治療を受けてなさい! 一番酷い怪我を負ってるのは君じゃないか!」

 

  自分たちの到着早々、脱兎の如く走り去った無免ライダーに泡を食った救護員たちが彼を止めようと大声を上げるが、その時既に無免ライダーの後ろ姿は小さく遠ざかっていった。

 

  身体を上下に揺らし、足を高速で回転させながら、無免ライダーは被害の跡を辿って桃源団を追っていく。

 

  エンジンのトルクを思わせる足の動きは残像となり、流れる血と汗を遠くに置き去りにしながら走る無免ライダーの速度は、ロードバイクですら出せないほどの物になっている。

 

無免ライダー自身が一つの部品として同化しているかのようだった。

 

  強化された動体視力で瞬時に進路を確認し、人並み外れた筋力と神経伝達の合わせ技により、最短距離をなぞっていく無免ライダー。

 

  二十、四十、六十、八十キロ。

 

瞬間速度を上げながら悪路をかけていく無免ライダーは、まっすぐ伸びる道路の遥か先に太陽を反射させる禿頭の集団を発見した。

 

  まわりの物を破壊しながら進むその姿は間違いなく、桃源団である。

 

  敵を捉えた無免ライダーは、更に加速する。

 

肺を更に酷使し、足の筋肉を引きちぎるような力を込めて進む無免ライダーは、たった一度きりであろうチャンスに全力を尽くすつもりであった。

 

  ハンドルを握りつぶさんばかりに持ち、乾坤一擲を浴びせようとする無免ライダーの顔は、血に染まり、酸欠で顔色を悪化させていた。

 

  相手までの距離が、瞬く間に縮まっていく。

 

 

  あと百メートルを残すまでとなり、身体の限界を感じ取った無免ライダーは、おそらく最後になるであろう"必殺技"を繰り出す準備をする。

 

  それは、技と言えるほど大層なものではないかもしれない。

 

  彼の相棒たる自転車を、彼の思いをありったけに込めて相手にぶつける。ただ、それだけだった。

 

  進路中にある障害物を足場に、絶妙なブレーキ操作と体重移動を駆使して飛び上がり、人車一体となって相手へと向かっていくその技の名前を、無免ライダーは無意識に心の中で大きく唱えた。

 

 

  ジャスティス・クラッシュ‼︎

 

 

  「ぐあぁ!」

 

  「あぐぅ⁈」

 

  時速百キロ近くある正義の不意打ちは、鎌が雑草を刈り取るような横一閃の軌道を描いて団員たちを次々と戦闘不能としていった。潰れるような悲鳴を上げながら倒れる団員たち。

 

  バトルスーツを着ていようとも力を発揮させなければ、恐れる必要など無かった。

 

  残すはハンマーヘッドただ一人。

 

  十分に勢いを残すジャスティス・クラッシュがハンマーヘッドの後頭部を打ち付けたのと、無免ライダーがハンマーヘッドの裏拳に撃ち落とされたのはほぼ同時だった。

 

  肉体の限界を大きく超える一撃だが、腕だけを使うように放たれた為か、死に体の無免ライダーの意識は薄皮一枚で繋がったままだった。

 

  べちゃりと地面に叩きつけられた無免ライダーは、自転車のハンドルを握りしめたままアスファルトに身体をめり込ませる。

 

  「残念だったな、()()()()?」

 

  含み笑いを浮かべるハンマーヘッドだが、額には青筋が浮かび上がり、苛立ちを抑えきれずにいるようだった。

 

  たった一人で桃源団の殆どが伸されるとは思ってもいなかったのだろう。

  バトルスーツにペイントされた炎の如く、ハンマーヘッドは激情で顔を真っ赤にしていた。

 

  そんなハンマーヘッドの様子を知るよしも無い無免ライダーは、止めをさすような一撃により身体が思うように動かなかった。

 

  無意識に繰り出しハンマーヘッドの反撃は、無免ライダーの肉体を痛みで拘束していた。

 

  命が溢れていくのを感じながらも、無免ライダーは何もする事が出来なかった。

 

  そんな彼に引導を渡そうと、ハンマーヘッドは足を振りかぶり、無免ライダーを蹴り殺そうとしていた。

 

  俗に足の力は腕の三倍もあるという。無免ライダーを一撃で瀕死にさせたハンマーヘッドの蹴りが炸裂すれば、その肉体は原型を留めている筈はない。

 

  弱った無免ライダーに向けてつま先を叩き込もうとしたハンマーヘッドは、頭への軽い衝撃に、一瞬だけ動きが止める。

 

  小突かれたような微弱な威力の元へ目を向けると、そこには真っ青な顔で腕を伸ばした子供の姿があった。

 

  ハンマーヘッドへ何かを投げた後だといわんばかりの姿に、怒りで歯を食いしばった彼は標的を変えて子供のところへ足を向けようとした。

 

  だが、そんな彼の四方八方から様々な物が投げ込まれたせいで、ハンマーヘッドの視界は塞がれる事になった。

 

  「逃げろ、無免ライダー!」

 

  「早く起きて! 危ないわよ!」

 

  「俺が相手になってやる! かかって来やがれ!」

 

  飲みかけの缶飲料、携帯電話、財布、靴など、投げられた物の種類は様々だった。それらを投げた人々は、先ほどまでハンマーヘッドらの脅威から逃れんとしていた者たちだった。

 

  ハンマーヘッドが一人になった事で強気になった訳では無いのは、目を恐怖で見開き、震え、しゃがれた声からも明らかだった。

 

  老若男女、彼らの思いは共通している。

 

  すなわち、無免ライダーを助けたいという思いだ。

 

  血塗れで傷だらけ、一目で重傷だとわかる身体で駆けつけ、たった一人で立ち向かったヒーローの勇姿が、市民の心に大きく響いたのた。

 

  彼らは自分たちがハンマーヘッドにダメージを与えられるとはこれっぽっちも思っていない。時間稼ぎどころか、この行為により自分たちがどのような目に遭うかすら、考えていなかった。

 

  ただ、無免ライダーを助けたい。

  自分たちを守るために戦っているヒーローを見殺しには出来ない。

 

  それだけで心が埋め尽くされていた。

 

  「頑張れ、無免ライダー!」

 

  彼を応援する市民たち。

 

 

彼らは、ゆっくりと、ふらふらになりながらも立ち上がる無免ライダーの姿を見た。

 

 

  投擲に気をとられていたハンマーヘッドは、頭を垂らし、呼吸しているのかすら怪しい無免ライダーの様子に気づき、舌打ちをした。

 

  既に敗者となったヒーローが立ち塞がってくるなど、ハンマーヘッドの心を逆撫でするにも程があった。

 

 

  「とっとと死ね! くそ野郎!」

 

 

  限界に達した激情を叩きつけるように、ハンマーヘッドは拳を振るう。

  他の桃源団のものとは明らかに異なる、人を殴り慣れた者だけが放つ凶悪な勢いの拳が、無免ライダーの顔面へと向かっていった。

 

  無免ライダーを助けたいが為にある物すべてを投げつけていた市民たちは、避けられそうもない一撃が放たれたのを見て、思わず目を覆った。

 

  この場でハンマーヘッドの勝利を確信していなかったのは、自転車のハンドルを握りしめ、チャンスを伺っていた無免ライダーだけであった。

 

  加速度が十分についた重い一撃より先に、無免ライダーの振りかぶった自転車の打ち下ろしの方が早く相手へと届いた。

 

  思わぬ反撃に狙いのずれたハンマーヘッドだが、それを知るより先に無免ライダーの第二撃がハンマーヘッドを襲う。

 

  最後の力を振り絞るように放たれる無免ライダーの連打は、強化された腕力と最硬度を誇る自転車が合わさり恐ろしい威力を発揮していた。

 

  主導権を取り返そうとしていたハンマーヘッドを跳ね返すように連なる鋼の威力に蹈鞴(たたら)を踏んだ彼は、無免ライダーの壮絶な迫力に押されて反撃すら叶わなかった。

 

  いくら体力に勝っていようとも、気持ちで競り負けたハンマーヘッドに勝ち目は無くなった。

 

  暴風のように繰り出される攻撃が頭部へと全て吸い込まれ、ハンマーヘッドは意識を吹き飛ばされる。

 

 

  後ろ向きに倒れるようにして崩れ落ちたハンマーヘッドの様子に気づく事も無く自転車を振り回す無免ライダーは、とうとうハンマーヘッドに躓き、転んだ。

 

 

  がしゃん、と自転車を投げ出した無免ライダーは、視界の端で目を回すハンマーヘッドを認識し、やっと動きを止めた。

 

 

  先ほどまでは遠くにあった痛みがだんだんと戻ってくるのを感じながら、無免ライダーはやっと目を閉じて意識を手放す。

 

 

 

 

 

  溢れんばかりの喝采が轟いたのは、無免ライダーが気絶してすぐの事だった。

 

 


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