無免ライダーが超人血清(仮)でパワーアップした結果   作:磯野 若二

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VS桃源団

  破壊の跡がそこかしこに見られるF市の中心街で睨み合う、善と悪。

 

  先に動いたのは、またしても無免ライダーだった。

 

  跳ぶようにして距離を縮めた彼は、先手必勝と言わんばかりに手近な相手へ拳を突き立てる。

 

  防御が間に合わず殴り飛ばされる桃源団の男。その左右から新たな男たちが飛びかかった。

 

  無免ライダーの頭よりも一回りは大きい拳が左右から迫ってくるのを明瞭な視界に捉えた彼は、僅かに動きの遅い右側に狙いを定め、身体を深く沈めて男の懐へと肉薄し、伸び上がるように顎を打ち上げる。

 

  結果的に狙いが外れた左側の男は、空を切る拳を引き戻して第二打を放とうとする。唸りを上げて迫る二撃目を上体反らしですれすれに避けながら、無免ライダーは敵の顎を撃ち砕いた。

 

  僅か十秒で三人をなぎ倒した無免ライダーだが、その隙を突かれて大勢に囲まれる形となってしまう。

 

  その数は六名。分厚い壁のように立ちふさがる桃源団員たちから逃れる隙間はどこにも無かった。

 

  「C級ヒーローの癖に調子に乗りあがって!」

 

  すばしっこい無免ライダーを取り押さえようと手を伸ばす男たち。だが、そんな桃源団員たちの度肝を抜くような行動を無免ライダーはとった。

 

  「ジャスティス・キック!」

 

  大声で周りを圧しながら、その場から横にステップするように右足で地面を蹴り、左手の男に飛び蹴りを食らわせた。

  胴を蹴られた男は、頑丈な装甲に守られてダメージを受けることは無かったが、助走も無しに行ったとは思えないほどに勢いのついた跳び蹴りに押されて、一瞬姿勢を崩す事になった。

 

  蹴られた男が怯んだことで、掴んだものを握りつぶさんばかりの包囲網に、僅かな綻びが刹那に生じた。

 

  その隙間を逃すものかと、無免ライダーは右足を左足に近づけて揃えると、姿勢が崩れた男を足場に大きく飛び上がった。

 

  桃源団員たちの作った壁を大きく超えて、地上から三メートルもの高さを、斜めに突き進む無免ライダー。

 

  敵を壁に見立てた三角飛びによってすぐに窮地を脱した無免ライダーは、空中で身を捻り、惚ける男たちに向かって背中の武器を投擲する。

 

  身のひねりを遠心力として組み込んだ銀色の円盤はうねりを上げながら男の一人に着弾した。

 

  当たった場所が悪く、鼻骨を折られて鼻血を吹き出す男。跳ね返ったソレは、勢いをそのままに別の男のこめかみを直撃して沈めると、また別の男へと向かっていった。

 

  まるで奇跡のような一撃だった。

 

  鼻、こめかみ、頬、額など、当たる場所は違えど必ず顔面に向かって跳ね返り続ける円盤は、無免ライダーが蹴飛ばした男以外を仕留めると、上の方へ緩やかに跳ね飛んでいった。

 

  既に着地した無免ライダーがフリスビーを取るようにして円盤を回収すると、蹴られて尻もちをつく男に向かって、もう一度投擲を行った。

 

  先ほどとは比べものにならない一撃が男たちの合間を縫って目標に到達し、的となった男の顔を強襲した。あまりの痛みに意識がショートした男が倒れると、残ったのは無免ライダーだけであった。

 

  一人だけ時の流れが違うような、鮮やかな攻撃である。

 

  身体が運動に慣れてきたのか。男たちが一つ動く間に二つの動きを終わらせる無免ライダーの身のこなしは、噂に聞くA級ヒーローの勇姿を彷彿とさせるものだった。

 

  最初に一名、次に六名、今しがた倒した九名を入れて、桃源団の半分近くを無力化した無免ライダーだが、その快進撃は早くも終わりをつげてしまう。

 

  無免ライダーをめがけて、雑多な障害物が投げ込まれてきたからだ。

 

  自動車、電信柱など、種類は違えどどれもが無免ライダーを押し潰せるほどに巨大な弾である。

 

  大雑把な弾幕を、前後左右、絶え間なく走り続けて回避する無免ライダー。落下した障害物の向こうから、こちらに向かって投擲をつづける桃源団の姿を彼は見つける。

 

  仲間を二手に分け、足止めをする役と遠距離攻撃する役で無免ライダーを仕留める作戦のようだ。

 

  自慢の怪力で何もかもを御構い無しに投げつけ、手元に物が無くなれば、地面を殴り割って、アスファルトやコンクリートの瓦礫を放ってくる。

 

  豪風を纏い、ほぼ水平な弾道から迫る凶悪な攻撃に、無免ライダーは桃源団に近づけるように飛び込みながら、その距離を縮めていく。

 

  無免ライダーは、直線的に迫る攻撃に対して、斜めに突っ切り近づいていく。自身の身体すれすれを流れていく投石に戦慄しながらも、彼は足を止める事はしなかった。

 

  視界が破壊の残骸が覆い尽くされた頃、唐突に攻撃が止む。

 

  あたりは投擲により撒き散らされた埃が舞い、視界が非常に悪くなっていた。

  ゴーグルのおかげで目潰しされる事は無かったが、元々狭い無免ライダーの視界はより悪くなった。

 

  流れ弾から逃れる為か、先ほどまでの声援はなりを潜めており、あたりは一瞬不気味な静寂に包まれる。

 

  味方もろとも攻撃するような卑劣な行為に、無免ライダーは怒りをこみ上げると同時に疑問に思った。

 

  無免ライダーが危惧していたのは、残った全員に囲まれて袋叩きに合うことだった。

  いくら瞬発力が増しても、それを発揮できないほどに密集してしまえば、捕まるのは時間の問題だと考えていたからだ。

  多勢に無勢。先ほどのようなアクロバティックな動きは、血清を投与されて間も無い無免ライダーには難易度が高い。

 

  不安定な視界の中で頭を働かせていた無免ライダーだが、その思考は飛来してきた物体の影を捉えた事で中断される。

 

  再び駆け出した無免ライダーの背中に向かって、嘲笑するような響きで声がかけられる。

 

  「隙だらけだな、()()()()()()

 

  ハッと後ろを見ると、落下してくる桃源団員が、その勢いを相殺するように両手を組んで地面に打ちおろす姿があった。

 

  まるでダイナマイトが爆発したような轟きが、無免ライダーの耳を駆け抜けていった。

 

  その打撃の威力は凄まじく、地面におおきなクレーターを作りだし、あたりの障害物を全て巻き上げ、大きな地震を発生させた。

 

  その衝撃に巻き込まれた無免ライダーは大きく吹き飛ばされ、受身を取れずに数メートルも吹き飛ばされ、ごろごろと転がり回るはめになった。

 

  痛みに顔を顰めて立ち上がろうとした無免ライダーに向かって黒い拳がめり込んだのは、先ほどの衝撃から間もない瞬間だった。

 

  くの字に折れ曲がりながら数十メートルを滑空し、地面を削り、街路樹をへし折り、建物を粉砕しながらようやく止まった無免ライダーは、たまらず大きな血の塊を吐き出す。

 

  空気が欲しいと喘ぐ肺を無視するように血を吐き出し続ける彼は、コンクリートに埋もれた自分が真紅の色に染まっている事に気付いた。

 

  果たしてそれは、彼が零した血のせいか。流血が目に入ってしまったのか。

 

  それもわからずに虫の息を漏らすばかりだった。

 

  一方、自分の拳でぶっ飛ばされた無免ライダーの方向を見据えながら、ハンマーヘッドは確かな手応えを感じていた。

 

  彼は、たとえ取り囲んでも無免ライダーを捉える事ができないと考えていた。

 

  素手の人間が何人いても猫一匹捕まえられないように、速さの面で大きく劣る自分たちが満足に拳を当てる事はできないと予感していたのだ。

 

  敵の長所を潰すか、自身の長所で活かすか。

 

  ハンマーヘッドが選んだのは両方だった。

 

  数の利を生かして相手を足止めしつつ、怪力を動力にして高重量の投擲攻撃で援護。

  その隙に仲間の一人を無免ライダーの視界を超えれるほどに高く投げとばし、落下の勢いを利用して無免ライダーの足場を奪う作戦だった。

 

  無免ライダーが足止めをあっさり仕留めたのはハンマーヘッドの想像以上だったが、想定外では無かった。

 

  バトルスーツの頑丈さなら、ハンマーヘッドがこの場の誰より知っていた。無免ライダーの危惧していた味方への誤爆はないと踏んでいた。

 

  不意打ちで満足に回避できずに出てきた無免ライダーを、既に散らばった桃源団たちの手で仕留める作戦は成功といえるだろう。ハンマーヘッドは、地面に飛び散った血痕と拳についた血液を眺めながら思った。

 

  「む、無免ライダーが・・・」

 

  か細く震える声に振り向けば、惜しみない声援を上げていた民衆が、ひどく真っ青な顔で立ち惚けているのをハンマーヘッドは見た。

 

  愚かな民衆に自身の力を見せつける事ができ、ハンマーヘッドは堪らず悪い笑みを浮かべる。

 

  最初のビル破壊時とは比べものにならないほどの悲鳴が響き渡った。蜘蛛の子を蹴散らすように逃げる民衆には、ようやく現場に到着したヒーロー数人の姿も見えていなかった。

 

  民衆に負けず劣らず顔を曇らせたヒーローたちだったが、その中には、有名なS級どころか、A級ヒーローの姿もない。

 

  皮肉な事に、奮戦した無免ライダーに度肝を抜かれた桃源団たちは、冷静にヒーローたちに相対することが出来てしまった。

 

  「ようやくゼニールの元へ向かうことができる」

 

  先ほどよりも威圧感を増したハンマーヘッドに対して、現場に集まったヒーローたちにはなす術がなく、全員が打ち倒されるのは時間の問題だった。


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