無免ライダーが超人血清(仮)でパワーアップした結果   作:磯野 若二

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THE VIRTUOUS HERO
生まれ変わった姿


  弾けるような爆音の後に、鼓膜を破らんばかりの轟音と、視界を侵し身体を包み込むほどの粉塵が暴風と共にまわりの人々に襲いかかる。

 

  F市の中心、青空が澄み渡る好天の下で起きた突然の異常に、市民たちは地響きに足を取られ、暴威が過ぎ去るのを立ち竦んで待つ事しか出来なかった。

 

  天高く舞い上がった粉塵が収まるのをじっと耐え、埃と砂が混じる空気の中で目を凝らすと、数十秒前とは全く異なる景色が彼らの目の前に広がっていた。

 

  高層ビルがあった場所に聳え立つ瓦礫の山。

 

  押し潰され、ひしゃげて中身を吐き出した車の残骸。

 

  真っ二つに折られ頭を垂れる電柱や街灯。

 

  まるで爆撃されたような悲惨な風景だった。

 

  火の手が上がり黒煙が立ち昇る惨状の中に、唯一平然としている集団があった。

 

  鈍く黒光りするパワードスーツで全身を覆った、スキンヘッドの男たち。

 

  全員が揃いの格好をし周囲を威圧するような雰囲気を纏う彼らは、変わり果てた高層ビルだったモノの前に立ち、自分たちの力に酔いしれているようだった。

 

  「標的を破壊しました!」

 

  その中の一人、拳を突き出して残心の構えをとる男の言葉に、後ろに佇む男が満足げに頷く。

 

  「うむ。流石は新開発されたバトルスーツだ! 命懸けで盗んできた甲斐があった!」

 

  腰に手を当て不敵に笑うこの男は、他の男たちと一線を画す存在だった。

 

  二メートルを優に超える巨体と、鼻の一文字が目立つ凄みのある面構え。そして異様に高く成長した頭頂骨。

 

  彼の名は、ハンマーヘッド。

  数々の暴力事件を起こしたB級賞金首にして、たった今、二百メートルを超す超高層ビルを一撃で破壊したテロリストたちを率いる男である。

 

  「いざ、ゼニールのもとへ行くぞ!」

 

  拳を高く掲げて、仲間を先導するハンマーヘッド。

 

  この街一の大富豪であるゼニールの屋敷を目指し、彼らは歩き出した。

 

  桃源団と名乗る彼らは、働きたい者だけが働き、働きたくない者は働かなくても養ってもらえる理想郷を作らんとするテロリストだった。

 

  先ほどビルを破壊したのも、自らの力を見せつける為だけの示威行為に過ぎない。

 

  害意的な笑みを浮かべて街を進む集団に、その恐ろしさを目の当たりにした住民たちが出来ることは無く、只々逃げ回っていた。

 

  蜘蛛の子を散らすような市民たちの様子に気を大きくしたのか、桃源団の一人が道端の車に蹴りを入れた。

 

  ゴミ箱を蹴飛ばすような仕草だったが、蹴られた車は、ボディを大きくひしゃげさせながら、放物線を描いて建物へと突っ込んでいった。

 

  車中に残されたガソリンが引火し、大きな炎の花が咲く。一トン近くある乗用車すら軽々と蹴飛ばす怪力に、市民たちはより一層の恐怖に飲み込まれた。

 

  遠くから聞こえてくるサイレンの音も、彼らを安心させるには明らかに力不足。

たとえ何十人で挑もうとも容易く蹴散らされるだろうという思いが、無意識に市民たちの心に刻まれてしまっていた。

 

事実、戦車の砲撃以上の破壊力をもつバトルスーツの前に、警察では荷が勝ちすぎている。

 

  行く道にある障害物を破壊しながら進んでいく桃源団の脅威に肌が粟立つのを感じながら、市民たちは皆、一縷の望みをかけていた。

 

 

 

 

  ーーこの絶望から救ってくれるヒーローの登場を。

 

 

 

 

  「ーー止まれ」

 

  我が物顔でF市を練り歩いていたハンマーヘッドが、突然足を止めた。先頭を歩くハンマーヘッドが制止を呼びかけるように手を伸ばした事で、桃源団は前から順に足を止めていった。

 

  「どうしたんです、ボス? 急に止まったりなんかして」

 

  ハンマーヘッドのすぐ後ろを歩いていた出っ歯の男が、そう問いかける。急に立ち止まった事に怪訝そうな表情を浮かべる団員たちに向かって、ハンマーヘッドは周囲の様子を警戒するように命令する。

 

  ハンマーヘッドは力だけが取り柄の男ではない。

  組織よりバトルスーツを盗み出すほどの知恵もあり、二十人を病院送りにするほどの喧嘩のセンスを持ち合わせている。

  多くの修羅場の中で培ってきた勘が、何かに対する危険信号を発していた。

 

  ーー何かがくる。

 

  直感に従い辺りを見回すが、破壊の跡が随所に見られる街並と、遠ざかっていく市民たちの姿しかなかった。段々と近づいてくるサイレンの音が警戒に値するほどの物ではないのは、バトルスーツの性能をこの場で誰よりも知るハンマーヘッドが一番よく知っていた。

 

  だとすれば()()()()か、とハンマーヘッドは考えを巡らせる。

 

  一般的にヒーローと言えば、ヒーロー協会によって認定されたプロヒーローの事を示す。

 

  三年前より、増加傾向にある"怪人"への被害に対処すべく設立されたのがヒーロー協会であり、市民たちの中に埋もれた、心身ともに優れた人間をプロのヒーローとして支援する事を主目的としている。

  彼らの設けた厳しい試験をクリアした人材がプロとしてヒーロー名簿に登録されており、その強さや貢献度に応じて、S級、A級、B級、C級の四段階のいずれかにランクがつけられていた。

 

  その中でもハンマーヘッドが注意しているのは、S級以上のヒーローの登場である。

  一般人に毛が生えた程度と一部で揶揄されるC級ヒーローは言うに及ばず、平均的なB級ヒーローとタイマンはっても生身で打ち勝てる自信がハンマーヘッドにはあった。

  A級ヒーローは超人ともいうべき強敵だが、仲間を大勢揃え、バトルスーツで大幅に戦力を強化した今なら完全に打ち倒せると彼は確信している。

 

  だがS級ヒーローとなれば勝負はわからないと、ハンマーヘッドは考えていた。S級十一位の"超合金クロビカリ"のような鍛え上げた肉体を得物とする者や、同級三位の"シルバーファング"に代表する磨き上げた技術を駆使する者であればやりようはあるが、この粟立つような悪寒は、そんな相手に留まらないと告げていた。

 

  世界最強のヒーローとして名高いながらも、多くの謎に包まれた男ーーS級六位の"キング"。

 

  圧倒的な科学力で怪人たちを相手取る、S級五位の"童帝"や、七位の"メタルナイト"。

 

  そして、正体不明のS級一位ヒーロー"ブラスト"に代わり、実質的にスーパーヒーローの筆頭と言えるS級二位ヒーロー、超能力者である"戦慄のタツマキ"。

 

  もしかすると、そのタツマキが来ているのかもしれない。

  直感めいた閃きと同時に、

 

 

 

  「ああああああああああああああああああああああああ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

 

  風切り音を上書きし、鼓膜を揺さぶらんばかりの雄叫びが上空から不意をうってきた。

 

  ーー上か⁉︎

 

  ハンマーヘッドが声のする後方へ振り向くと同時に、空から落下してきた物体が団員の一人を直撃して転がっていった。

 

  その勢いは尋常でなく、転がる軌道上にいた数人の団員たちが巻き込まれて五メートルほど弾き飛ばされた。それでも止まらず、直撃した団員を下敷きにして、十メートル以上にわたって地面を削りながら、徐々に速度を落としていく。

 

  あまりの衝撃に、一番の被害にあった団員のバトルスーツは、胴体の中心が円形に陥没して罅が入り使い物にならなくなっていた。バトルスーツが重厚な黒鉄色をしていた為に、皮肉にも、その凄まじい印象を雄弁に語ることなってしまっていた。

 

  失神して目を回す団員を緩衝材になるようにして落下のダメージを殺した()()は、勢いを利用して跳ね起きながら振り変えり、構えをとった。土埃を後ろに靡かせて立つその姿は、S級二位のタツマキでもなければ、童帝でもメタルナイトでも、キングでもない。

 

  上空より飛来した物体の正体は、ハンマーヘッドの予想を大きく裏切り、彼が警戒に値しないと切って捨てたC()()()()()()の中で、最も有名な男だった。

 

 

 

 

 

  「・・・正義の自転車乗り、無免ライダー参上!」

 

 

 

  ヘルメットとゴーグルで頭部を保護し、黒い生地の上から橙のプロテクターを貼り付けた手作り感溢れるヒーロースーツ。

 

  バイクに跨る特撮ヒーローの変身道具に似せた、市販のオモチャを改造したベルト。

 

  足を開いて両手を構えるその姿の正体は、C級一位ヒーロー、"無免ライダー"であった。

 

  だがその姿は、皆の知る彼の姿とは大きく異なっていた。

 

  ヒーローネームの由来でもあり、トレードマークとも言える自転車の姿はどこにもなく、鈍色に照り返す鋼の円盾のようなものを背負っているだけである。

 

  比較対象がないためハンマーヘッドには判別がつかなかったが肉体にも変化がおきており、手足はしなやかに長く、広背筋の発達した逆三角形のシルエットラインを描く体型になっていた。

 

  「うおお‼︎」

 

  思わぬヒーローの登場に面食らう桃源団の一瞬の隙をつき、気合を入れた無免ライダーは桃源団へと距離を詰めていった。

 

  十数メートルはあった距離を一秒たらずで詰めた無免ライダーの接近に気づけたのはハンマーヘッドだけだったが、無免ライダーから見て最後尾にいたこともあり、反撃することは叶わなかった。

  その時既に、正義の鉄槌を下すべく、無免ライダーは力のこもった右ストレートを先頭の敵の顔面に打ち込んでいた。

 

  「ぐはぁ⁈」

 

  おでこに黒子のあった桃源団の男の頬に、捻るような拳がえぐりこまれた。駆け抜けざまに打ったせいで踏み込みが足らず、動作も大ぶりで無駄だらけの無免ライダーの拳は、並のボクサーの放つ拳よりも遥かに早い時間で相手に到達した。

 

  大きく身体を泳がせた男を尻目に、別の団員が無免ライダーに殴りかかるが、その拳が当たるよりも先に無免ライダーは左の拳を振り抜いていた。

 

  その動きはまるで、仕込まれた火薬が爆発するような、真っ直ぐに突き進むような力強さに満ち溢れていた。

 

  「調子に乗るんじゃねぇ!」

 

  爆発的な動きで他に三人も倒して無免ライダーにようやく焦点を合わせた団員の一人が、彼の死角から大きく振りかぶって殴りかかる。当たれば大抵のものを木っ端微塵にする攻撃だったが、気配を感じた無免ライダーはすぐさま振り向いて、向かいくる拳に合わせるように背中の得物を盾にした。

 

  二百メートル強の高層ビルを一撃で破壊するような拳を受けて、盾は粉砕されることなく破壊力を横への推進力に変換し、無免ライダーを敵の間合いから遠ざけた。

 

  攻撃に弾き飛ばされるついでに、横移動の軌道上にいた桃源団の一人の鼻っ柱に蹴りを入れた無免ライダーは、視界が横に流れていくのにも動揺する様子も無いように、身体をねじって器用に回転しながら地面へと転がる。

 

  地面に身体を叩きつけられる事もなく、無免ライダーは無傷の状態で立ち上がると、攻撃を受け止めた盾を背にしまい、攻撃の構えをとった。

 

  だった数分の間に、七人の桃源団員が戦闘不能となり地面へと沈んでいた。

痛みで失神したり、歯を折られたり、鼻を潰されたりと、その様は無免ライダーの攻撃の凄まじさを物語っている。

 

 

 

  「無免ライダーよ! 無免ライダーが来てくれたわ!」

 

  いつの間に気づいたのか、無免ライダーの姿を知って歓声を上げた女につられるように、他の市民も思わず足を止めて今の状況を把握する。

 

  「キャー! 無免ライダーよ!」

 

  「彼が来てくれたのならもう安心だ!」

 

  「頑張れ! 無免ライダー!」

 

  老若男女を問わず、様々な応援が響き渡る。

  無免ライダーは、その真面目で溌剌とした姿から、広く人気を集めるヒーローだった。有名なヒーローが鮮やかに敵を打ち倒したように見えた市民たちは、希望に顔を輝かせていた。

 

  にわかに風向きが変わり、無免ライダーに追い風が吹き始める。

しかし、その中で険しい顔をしていたのは無免ライダーであった。

 

  彼には不安があった。それは、肌で感じた敵の怪力の恐ろしさであったりするが、多くは自身の身体についてだ。

 

  いつもの彼であれば、自転車の加速無しにして二十メートル近くを一瞬で駆け抜けるなど不可能である。

ランキング一位とは言えC級ヒーローである彼の身体能力は、鍛えているとはいえ一般人の予想の範疇に収まるほどのものだった。

 

  それが何故、A級ヒーローに勝るとも劣らない程の活躍が出来ているかと言えば、それは()()()()()()に力を与えられたからだ。

 

  巨人型の"怪人"による災害のせいで病院に搬送された無免ライダーに声をかけたその人物は、退治された()()()()より抽出した薬品を無免ライダーに投与する計画を彼に持ちかけ、それを彼の身体に打ち込み、ヴェータ線を浴びせたのだ。

その実験の結果、彼は身長を大きく伸ばし、しなやかで強靭な肉体を手にする事に成功していた。

 

  だが、楽観視は出来ない。最悪の場合、B市、D市を壊滅させた災害レベル"鬼"の怪人へと変貌し、雲に届かんばかりの巨大な身体でF市を破壊するかも知れないと彼は恐れていた。

 

身体は血の巡りのせいか軽く、熱に浮かされているかのようだった。

 

早く桃源団を止めなければならないというプレッシャーが、無免ライダーの心に影を落としていた。

 

対するハンマーヘッドは、無免ライダーを睨めつけながら、頭を高速回転させて相手の実力を推し測っていた。

 

バトルスーツを破壊できる程の高度から飛来しても大した傷を負わない頑丈さ。

 

二十メートル近くの距離一秒足らずで詰め、一撃で大きなダメージを与える事のできる筋肉、神経の発達。

 

バトルスーツの怪力をものともしない謎の盾。

 

C級ヒーローの肩書きとは不釣り合いな戦闘能力に面食らったが、それでもこちらが有利だとハンマーヘッドは考えていた。

 

数の利は個人の能力差を帳消しにして有り余るものだという経験則と、S級ヒーローにすら届くと自負するバトルスーツの怪力と装甲の硬さ。

 

考えついた作戦に無意識に笑みを零したハンマーヘッドは、手短に仲間たちに命令を下す。

 

桃源団と無免ライダー。

 

一瞬の交錯の後に相対し直した彼らの戦いは、各々の思惑を含めたまま、とうとう正面衝突の形には突入した。

 

 




放射線→ヴェータ線に変更しました。

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