あれから、一ヶ月。
暫くははじまりの街にいたコウガとアルゴだが、クラインやエギルによる初心者指導を見届け、アルゴの攻略本の販売などの用事を済ませると、はじまりの街を出て迷宮区へ向かっていた。
あの儀式以来も度々モンスターをアルゴが寝るのを見計らっては喰いに出掛けていた。
そして、呀になればなるほど心が闇に支配されていくことを実感していた。
荒んでいく心と、強くなっていく力。
荒めば荒むほどに、強さを求める。
それはある意味で強さへの渇望。
呀は憎しみ、怒り、悲しみ、負の感情の全てを内包し、それを従えることで強くなる。
呀の強さは規格外と言っても良いほど強い。ただし、いくつも忍び寄ってくる闇をなんとかしなければ、とてもじゃないが戦えるものではなかった。
そこで、コウガが選んだのは闇に打ち勝つということではなく、闇を従えることだった。はじめの頃こそ抗ってはいたが、使えば使うほど、喰らえば喰らうほど強くなっていく闇に打ち勝つよりも、受け入れて従えた方が効率が良いことに気がついた。
それにより呀の鎧はより深い闇色へと変化していった。
「コウガ、本当に大丈夫か?」
アルゴの言葉に、コウガは頷いて答える。
「ああ、大丈夫だ
「そうカ……」
アルゴはコウガがやつれていることに疑問を覚える。
電脳空間でアルゴが実感できるほど、この数日の間にコウガの精神はポロポロになって言っていた。
コウガがやつれるような生活は行っていないはずだ。昨日も、一昨日も遅い時間に寝てはいないし寝付けないなんてこともないだろう。
ならなぜ、コウガはやつれている?
ここ数日は呀にはなっていないはず。
だとすれば、原因は?いや、隠れて変身しているのか?
だとしたらいつ……。
アルゴの頭のなかに様々な疑念が浮かび上がる。
「コウガ。コウガはどうして、そこまで必死なんダ?」
「…………」
アルゴの言葉にコウガは何も言えずにうつ向く。
最初は守りたいが先に来ていた。だが、最近は強くなりたいが目標になっている。
おかしい、こんなはずじゃない。
頭の中で、疑問を覚えるのに、それがただの認識になってしまっている。
強く強くなるため、現実では手にできない力。
圧倒的な力に魅了されていく。
《強くなるため》
頭の中で声がして、それをそのまま口に出す。
「強くなるため」
そう言って足早に安全地帯である村へと入る。
ただただ、強さの領域を今よりももっともっと先へ。
「コウガ、目的と手段を履き違えてないカ?」
「俺は強くなるためにここにいる……」
違う、そうじゃない。そうじゃなかったはずだ。
最初、このデスゲームが始まった日は……。
「呀か……」
最近では自分がコウガなのか、呀なのかわからなくなるときがある。
間違いなく、自分は龍崎光呀でありこのソードアート・オンラインの世界のコウガであるはずなのに、その実感が消えていた。そう、どこか他人事のような。
モンスターを喰って、戦っている最中だけが生を実感できる時間となっていた。
「コウガ……今のコウガはなんか、嫌いダ」
「そうか……」
アルゴの言葉も自分自身に言われていることよりもどこか、他人事のように感じてしまう。
これも呀の影響なのだろうか?
「オレっちはしばらく情報収集してるから、移動するときにメッセージで教えてくレ」
「ああ……」
そう言って去っていくアルゴの背中をただ見つめていた。
見つめているだけで、何も出来やしない。この世界で生きてる実感なんてないんだから、なるようにしかならないと思ってしまう。
「…………」
原因を考える。心が荒んでしまった原因。
心当たりがない。あるとすれば呀になったことくらいだ。
もし、それが原因だったとしてもこの先、呀にならないという選択肢は存在しなかった。
すでに、呀のレベルは8を超えていた。自分のレベルは10。レベルにすれば違いはほとんどない、そしてどちらかといえば、呀よりもコウガのアカウントの方がレベルは上だが、パワー、スピード、防御の全てにおいて呀はコウガの能力を圧倒していた。
圧倒的な力を前にして、それに頼ることなく生きることなど人間にとっては無理な話だった。
「強く、なる……」
つぶやいて、ペンダントを握りしめる。アルゴと街を進む人の力になりながら旅をしていたため通常よりも遅い速度で進んでいた。
アルゴと二人、安全マージンを取った上で全力で攻略していたとしたら、すでにこのフロアーのボスを倒すくらいには進んでいたはずだ。
それでも、それをしなかったのは自分より他人の安全を二人が優先したからだろう。
この精神状態でも人助けをできたのは、攻略=強くなることではないからだと思う。
もし、攻略=強くなることであればアルゴを置いてでも攻略を急いでいたかもしれない。
早く、強くならないと……。
まただ。無意識のうちに強くなることへの欲求がでてくる。
自分の理性とは全く別のところで、強さを求める欲望が渦巻く。
そして、またフィールドに来ていた。昼間は呀にはならず、コウガの状態でレベル上げをし、夜は呀のレベルを上げる。実際、呀のレベルを上げられる時間は深夜2時から5時くらいまでだ。その時間でないと活動しているプレーヤーに見つかってしまう可能性がある。
しかし、三時間あれば十分過ぎるほど呀は強い。
その上で、モンスターを寄せ付ける特殊能力がある。
そして、呀がモンスターを狩る姿を見たプレーヤー達は彼のことを『暗黒騎士』と呼んだ。
プレーヤーなのか、モンスターなのかわからない姿に圧倒的なまでのパワーとスピード、近くものを殺戮し尽くす残虐性は見た人間を恐怖に陥れた。
そんなことを考えながら、ポップしたモンスターに両手剣でソードスキルを発動させて斬りつける。
一撃、一撃、荒れ狂う竜巻の如く剣を振りかざす。
ポップしたら、そちらへ全力で走っていき、斬りつけて倒す。
無我夢中で倒していたため7体目を倒す頃には、ソードスキルを使用していなかった。
続く、8体目の食人植物が出してきたツルの攻撃を素手で受け止めて、食人植物を引き寄せる。引き寄せたことによる反動でモンスターが来る場所に剣を構えて、剣に突き刺した。
9体目、背後から近づいてきたモンスターを振り返りざまに4連続で切りつける。
「君は死ぬ気なの?」
「誰だ?」
不意に声をかけられたことで、持っていた両手剣を相手に向けながら振り返った。
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Sword Art Online
~暗黒騎士鎧伝~
第三話
仲間-Friend-
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そこにいたのは赤いローブで身を纏った少女だった。フードを被っていたため、顔はよく見えないが少しだけ覗いた顔から見える姿から察するとおそらく少女だろう。
少女といっても年の頃は15、16くらいだろうか、おそらく年上だろう。キリッとした目つきが特徴だった。
「君はまるで
「いきなり初対面の人間に
言いながら向けていた両手剣を背中にしまう。
「ソードスキルも使わないで、モンスターを素手で止めて、突き刺すなんてどう考えても
「いいんだよ。倒したんだから」
「君、なんでそこまで強さにこだわるの?」
少女の言葉に自分の中で考える。考えたって答えは出ない。
「……帰るためだ」
嘘だということはよくわかっていた。何故強くなりたいよりも、強くなることが目的となってしまっていることは目の前の少女に言われるよりも、アルゴに言われるよりも自分が一番よくわかっているのだから。
「そっか、君もなんだね」
嘘を信じたのか、少女はまっすぐとこちらをみた。
「私、アスナ。君は?」
「コウガ……」
「そっか、コウガくんか。君、やつれてるように見えるよ、寝ずにモンスター倒してるの?」
「そんなことはないよ……アスナ、よろしく」
なんか、このアスナって少女をどこかで見たような気がするが、思い出せないでいた。
確かに、どこかで見た頃があるのだが……。だが、そうは言っても思い出せそうにはないので、諦めることにした。
それから、しばらくアスナと話していた。楽しい会話というよりは情報交換に近かった。
話しながら、ポップしてくるモンスターを倒す。
どちらかというと、アスナもコウガ寄りの戦い方をする。細剣で高速斬撃を得意とする戦い方のようだ。
「コウガくん……君はなんで帰りたいの?」
そして、この質問が来た。正直、とっさに着いた嘘なのだが、あながち嘘でもないか……。
「さあね、家族に会いたいわけではないから……多分、今まで生きてた世界だからだと思う」
明確な理由はわからないが、なんとなくそんな気がした。
感情論だと言うのはわかっている。いつ死ぬかもしれない恐怖から逃れたいのかもしれない。
親とは死別しているし、家族といえるものはほとんどいない。
モンスターを倒し終えて、草むらに腰掛ける。草原だけあって、あたりに見えるのは草だけだ。
「そっか……。私もね、帰りたいの」
「じゃあ、早くクリアしないとな」
「そうね……」
心なしかアスナの眼に強い意志が宿ったように感じる。本来、強い意志を持った子なのだろう。
「ありがとう、コウガくん。またね」
そう言って、アスナが立ち上がる。
これで終わりだろう。今後についても会うことも少ないないだろう。
「じゃあ、な」
瞬間、違和感に襲われた。
頭の中に干渉するような、それでいて語りかけてくるような声。
『君の力を私に見せてくれないか?』
「誰だ! 何言ってやがる!」
「どうしたの、コウガくん?」
『私は茅場、システム外エラーの君の力を見てみたくてね』
茅場の声が聞こえた瞬間、それは突如として現れた。
巨大な咆哮と共に。
「――□□□□□□□□□□□□!!」
人間の三倍以上の大きさの人型モンスター。
--ゴーレムだ。それも、相当特殊な鎧を纏っている。
それはアスナを掴もうと手を伸ばす。瞬間的に、体を動かしてアスナを突き飛ばして、モンスターの手からアスナを逃す。
よくモンスターを観察する。石で出来た体、パワーがありそうな太い腕、上体を支える強靭な足。
「なに、あれ……?」
「知らない。ただ、あれはやばい……」
モンスターのステータスに写っているHPバーは3本、おそらくフロアボス級のモンスターだということはわかる。
ただ、このエリアで出てくるモンスターのレベルを軽く超えている。
もし、本当に力を見たいだけならば、殺しまではしないだろうがこれはデスゲーム。なにがあるかはわからない。
「どうする?」
「あれは、手に負えない。アスナは逃げろ」
「それじゃあコウガくんは?」
「……いいから。襲ってくるぞ?」
最悪の展開で呀に変身するとしても、アスナに見られなければなんとでもなる。
「でも……」
アスナが言った瞬間、巨大なモンスターはアスナを掴んだ。
先ほどとは違って意識の外からの攻撃に一切、反応ができなかった。
いや、意識はしていたが早すぎて反応できなかった。
「キャアアアアア!」
「くっ……」
じわじわとアスナのHPゲージが減っていく。おそらく、握られたことによりダメージを与える仕組みなのだろう。
おそらく今の状態で攻撃したところで対したダメージを与えるのは相当難しい。
ペンダントを手に取る。
――――やるのか、ここで。
もし、ここで変身が見つかったら大変なことになるだろう。他の人間が持っていないスキルだ。
しかも変身機能は男なら誰しも憧れを抱いたことのあるものだ。
変身してみたいという人間は数多くいるだろう。
ましてや最近噂になっている『暗黒騎士』の力だ。プレーヤーが誰にでも扱えるものならば、PKしてでも奪いにくるかもしれない。
それにコウガ自身βテスターである。見つかれば、問い詰められることは間違いないだろう。
でも、ここでアスナを見殺しにすることもできない。
人を助ける護し者であるために、ここで見殺しにしてしまったら、護し者ではなくなってしまう。
見つかれば、自分が殺される可能性がある。
2つの思いが、一瞬で頭の中を交差する。
「コウガくん、逃げて。私は大丈夫だから」
そう言いながら、アスナは目をきつく瞑っていた。
――――助けないと。
迷っているあいだにもアスナのHPゲージはイエローゾーンにまで突入していた。このままではと思ったが、今アスナがいる高さから落ちたら、落下ダメージでHP全損の可能性がある。
迷っている時間はないが、振り落とされた際に受け止める術が今はない。
自分だけでは助けられない。
「コウガ、あの子は任せナ」
ふと、後ろから声がする。いや、声だけで誰かはわかった。
「アルゴ……」
どんな絶望的な状況だろうと、目の前の少女となら希望をつかみ取れるだろう。
たった一人の相棒。戦闘向きではないかもしれない、強さは他の人間に劣るかもしれない。
だが、それはコウガが補えばいい。強さは自分が補う代わりに、他のことで助けて貰えばいい。
それこそ助け合いだ。
「大丈夫、オレっちのスピードならいけるサ」
アルゴの言葉に、真正面を向く。
何も言わなくても伝わる言葉、やろうとしてることをアルゴは理解しているのだろう。
その一言でわかった。
やっぱり、お前は頼りになる
「アスナ、すぐ助ける!」
自然とコウガの口元に笑顔が浮かぶ。
そして、ペンダントに息を吹きかけた。
紫色の光を発光させながら、頭上に三重の円が描かれる。
――――強さを求めるあまり忘れていた。人を守りたいということを。
「大丈夫ダ、コウガ。オレっちがついてル」
隣のアルゴがニヤッと力強い笑みを浮かべて、背中を叩いてくれる。
――――隣に、大事な『仲間』がいることを。
「危ないよ!コウガくん!」
呀を知らない、アスナにはわからないだろう。これからすることは。
自分の命を秤にかけても、自分が自分であることを忘れないために、誇りだけは捨てられない。
――――力があることを。
闇とは――心の不安。それに打ち勝たなくてはいけなかった。抗わなければいけなかった。
それこそが、本来の呀の力なのだろう。
三重に描かれた円から鎧が降りてくる。力強い、黒い暗黒騎士。闇の試練を超えて、最強たらしめなければいけない。なぜか、そん気がした。闇に飲まれる最強ではなく、闇に抗いながら闇を統べる最強の騎士への変身を。
全身に鎧が装着される。闇色のマントに黒炎剣が最後に装備される。
暗黒騎士ーー呀。
顕現する最強の騎士。
「コウガくん……?」
この姿はアルゴ以外のすべての人に見せたことはない。アスナで二人目だ。驚くのも当然だろう。
だが、心配いらない。もう、心配させない。
「アルゴ、頼んだぞ」
「任せナ」
正面を向いたまま、アルゴに一瞬だけ視線を移す。アルゴもわかっていると言わんばかりの表情だ。
--アルゴ……。
--大丈夫、任せナ。
--頼む。
アイコンタクトだけのやりとり、だが二人の間にはそれで十分だ。
二人の間に自然と笑みが零れる。
黒炎剣を強く握り、地面を蹴って巨大モンスターへと駆ける。
とてつもない重量の体が疾走する、風と同化するようなスピードでモンスターとの間合いを詰めていく。
アスナを握っていない右手でパンチが繰り出される。ただのパンチなのに、恐ろしく早くそして当たればHPゲージが吹き飛ぶのではないかという感覚を覚える。
「だが……」
モンスターの懐に入ると、いきよいよく飛んでくるパンチを、黒炎剣の腹を使って左方向に逸らす。
壮絶な火花が散り、腕を逸らすことに成功する。
超高速で駆け抜けたモンスターのパンチによる風圧で、周りに大きな音を響かせ衝撃が走る。
パンチを完全に受け流したタイミングで、上空に勢い良く跳躍してアスナが囚われている右手の上に立つ。
「待たせた、アスナ。すぐ助ける」
アスナにそう言うと、コウガは右腕を黒炎剣で突き刺した。
しかし、予想以上に太いモンスターの腕にダメージを与えることはできても、切り裂くことは叶わなかった。
部位欠損を狙いにいったはずなのに、エフェクトは出ても切断されない。
「予想以上に太いな……」
それと同時に乗っていた右手にモンスターは左手を使い、まるで人が蚊を殺すかのような動作で攻撃をしてくる。
まずいと思った瞬間、モンスターの右手を跳躍し、切り抜ける。
すんでのところで、モンスターの攻撃を避けて地面に着地する。
「っく……」
そのまま、再びモンスターの正面に戻り距離を取る。
アスナのHPゲージはイエローゾーンを半分切っていた。
「やばいゾ、コウガ!」
わかっている。
黒炎剣の攻撃ではダメージを与えても切断には至らない。
ならば、切断するためには?
簡単だ、もっと大きい剣を用意してやればいい。
「仕方ないか……」
コウガは呟いて、黒炎剣を地面に一回、思い切り叩きつける。
瞬間、地面に変身時に現れる三重の紫色の魔方陣が現れ、黒炎剣が姿を変えていく。
本来の変化方法ではないので、攻撃力が多少落ちふことは仕方がない。
「なにやってるコウガ!そんなことをやる場合じゃ……」
アルゴは言いかけて止めた。握っていた黒炎剣が地面に叩きつけて、戻した時には先ほどまでの黒炎剣とは姿が変わっていたからだ。
「閻魔斬光剣」
黒炎剣から大幅に姿を変えて巨大な剣に姿が変わる、閻魔斬光剣を構えて呀は先ほどよりも早いスピードで疾走する。
黒炎剣の三倍の太さと、二倍の長さを持つ巨大な大剣。
剣の先はイルウーンのように丸くなっているが、赤い紋様がついた剣は恐怖すら感じさせる。
先ほどと同じようにモンスターは殴りつけてくる拳を、今度は飛んでかわして、モンスターの腕に飛び乗り、さらに跳躍をしてアスナが囚われている右腕に閻魔斬光剣で斬りかかる。
先ほどと違い、閻魔斬光剣は軽々とモンスターの右腕を斬り落とし、その手からアスナを手放した。
閻魔斬光剣は黒炎剣よりも巨大である分取り回しは不便だが、攻撃力・破壊力は5倍以上ある。
それは、本来の召喚方法ではないため、いささか本来の剣の威力に劣っている状態で威力は黒炎剣の5倍だ。
しかし、今はそんなことを考えている時間ではない。
「アルゴ!」
斬り落とした瞬間、体を捻りながらアルゴへと叫ぶ。
「任せロ!」
切り落とされた腕は落下しながら消滅のエフェクトにより消えていき、解放されたアスナのそばから無くなった。
瞬間、アルゴは猛スピードで飛び出し、地面を蹴ってアスナを抱き止めた。
「もういいゾ。思いっきりいケ、コウガ!」
アルゴの言葉と共に、呀の眼に光が走る。
「――」
地面に着地すると同時にもう一度地面を蹴って、空中へ戻る。
先程斬り落とした腕とは反対側の腕で殴りかかってくるモンスターの拳の前に閻魔斬光剣で斬りつけた。
殴りかかってきた勢いそのままで、腕が二本に切り裂かれていく。
肩口まで切り裂いて、ようやく地面に着地した。
「悪いな、茅場……どうやら、この程度じゃ相手にならないみたいだわ」
エフェクトが走り二股に裂かれた右腕が消滅する。
ゆっくりとモンスターに向かって近づいていく。
「残念だったな」
モンスターの正面で止まり、下から上まで一気に切り裂く。
ボトッという音を立てて、左手が肩口から切り裂かれ地面に落ちる。
「……終わらせてやるよ」
ゴーレムの如きモンスター。
もはや、戦える武器は相手には残っていないのだ。
ゆっくりと、閻魔斬光剣を手にモンスターへと近づいていく。
恐怖を感じたのか、モンスターは後ずさろうとする。
しかし、コウガは逃げることは許さない。
それは攻撃というにはあまりにも荒々しく、破壊と言うにはあまりにも綺麗な斬撃でモンスターを斬るつける。
死を撒き散らす、一瞬の閃光。
下から上へと向かう流星のような一撃。
そして、一撃はあまりにも呆気なくモンスターの命を刈り取った。
「悪いな……」
コウガは呟くように言うと、モンスターがドロップしたアイテムをいつものように胸に突き刺す。
モンスターの命を捕食するように。
「終わったナ、コウガ」
「来てくれてありがとう、アルゴ」
言いながら、呀の鎧を解除する。
アルゴと目線で笑いあった。
ゲーム内で出会った人間同士でしかも、ゲームのなかなのに、目線で意思創通ができるのはおかしな話かもしれないが。
「やっぱり、疲れるな……」
呀になることに抵抗はないが、普段使うことのない武器を使うとやはり疲れる。
呀の技や他の力など、使っていないものが多いがこれから先行き延びるためには必要かもしれんない。
「コウガくん……今の。なに? それに情報屋さん!」
アルゴに助けられへたり込んでいたアスナが疑問の声を上げた。
先ほど話したところ、彼女はゲームにあまり詳しくなさそうだし適当にごまかそうかと考えたが、頭を降ってその考えを振り払う。
少なくとも呀を説明しないことには納得してもらえなさそうな気がする。
「アスナ、君を助けるために使ったスキルの名は呀、自分の装備を呀専用装備に変える特殊アイテムだ」
「呀?」
「そうだヨ。たぶん、コウガ専用の特殊スキルだナ。コウガ以外で使ってるプレーヤーを俺っち見たことないからナ」
「あと、これはアルゴも知らないが、呀がモンスターを倒すとある特殊なアイテムをドロップするんだ。そのアイテムを吸収しないと、呀のレベルは上がらない」
「そう……なんだ」
「他の人からみたらチートみたいな力かもしれないけど、早くこのゲームをクリアしたい。みんなを現実世界に帰すなんて、ご大層な事は言えないが向こうに帰ってここで出会った人たちと飯でも食えたらいいなった思うんだよ」
「コウガは欲張りだからナ。オレっちとしては、頼りになる相棒が強くて嬉しいよ」
そう言いながらアルゴと視線を交差させて笑いあう。
コウガとアルゴの言葉にアスナは目をキョトンとさせて、しばらくしてから笑い始めた。
「羨ましい関係だなー、二人ともお互いを信じきってる感じだし、なんかそういう関係憧れるかも……」
「な、なに言ってるんだよ、アスナ!俺とアルゴはそんな関係じゃ……」
「そ、そうだヨ、アーちゃん!俺っちとコウガはアーちゃんが思ってるような関係じゃないサ!」
「慌ててるとこも息ぴったりじゃない」
からかわれてアルゴと二人顔を真っ赤にする。
「そんなことより、早く次の街に行こう」
「そ、そうだナ!コウガ!それが良いと思うゾ!」
アルゴと二人、街を目指して歩き出す。
「アスナはどうする?」
振り返ってアスナを見て、手を差し伸べる。
「一緒にくるか?」
「ううん、私はまだモンスターを狩ってから行くわ」
前向きな姿勢は優等生と言うのか、なんというか……。
「そっか、じゃあフレンド申請しとくから何かあったら声かけてくれ」
「ええ、気をつけて」
「アスナも気をつけて」
「アーちゃん、情報が欲しい時は声をかけナ、少しだけ割り引くゼ」
「アルゴさんも気をつけて」
アスナと分かれて二人だけで歩き出す。
「やっと、いつものコウガに戻ったナ」
「悪いな、迷惑かけた」
お互いの顔は見えないが、声だけでなんとなく笑っているのがわかる。
アルゴと共にいる時間は一週間くらいだが、それでもなんとなくお互いをわかってきてるような感じがしていた。
「いいサ、いつものコウガに戻ったんだから、オレっちからはもう何も言わないよ」
たった二人きりでのパーティーで、人助けを続ける。
「だけど……迷惑料は頂かないとナ」
「おいおい、金取るのかよ」
「当たり前ダ……と言いたいところだけど、コウガからお金は取らないヨ」
そう言いながら、アルゴはこちらに顔を向ける。
「大事な仲間だからな」
アルゴの笑顔に思考が停止する。
ああ、可愛いな。屈託のない、満面の笑み。
その笑顔を守るためなら、多少無茶をしても良いかもしれない。
大事な大事な仲間なのだから。
「これからも頼りにさせてもらうよ、俺の仲間」
そうして歩き続けて、アルゴと二人でボス戦が待つ街、トールバーナーへと向かって歩き始める。
「って言うか、アスナと知り合いだったのか」
「うん、アーちゃんとはね、コウガと別れてから森で出会ったんだヨ」
「あの後か……って事は、西の森か」
「ああ、《隠しログアウト》のデマ情報を調査しにナ」
そう言って二、三日前に出回ったデマ情報を思い出す。
「まあ、ありえないわな」
茅場はああ見えてフェアな人間だ。だから、正式サービスで仕様変更を行いビギナーとベータテスターを対等にしようとした。
先ほどの件は完全なイレギュラーである自分をどうするべきかを判断するべきための視察。
殺す気できているなら、破壊不能オブジェクトのモンスターでも出してくるはずだ。
「まあ、そこでかなりの初心者だったから、攻略本渡してきたんだよ」
「なるほど、それで知り合ってたわけか」
「何か、いわれたカ?」
図星を付くようにニヤリと笑う。
「ソードスキルも使わないで、モンスターを素手で止めて、突き刺すなんてどう考えても
「そりゃ、普通の人はモンスターの攻撃を素手で受け止めようとしないからナ」
呆れたようにアルゴは肩をすくめてみせる。
「コウガが無事で良かった」
そう言って本日二度目のとびっきりの笑顔を向けられる。
アルゴにドキドキしている自分が少し可笑しくて、アルゴにつられて笑う。
遅くなりました(; ̄ェ ̄)
感想、お待ちしております。