副隊長、やります!   作:はるたか㌠

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書いているうちに長くなったので分けました。
今回はみほがちょっと(?)暴走します。

では、パンツァー・フォー!


第5話 講習会です!(前編)

 学園艦が、ゆっくりと大洗港に接岸した。

 巨艦故に通常の船舶よりも大幅に時間がかかるが、その事に文句を言う者はいない。

 ボラードにもやい綱がかけられ、艦が完全に停止してから漸く下船の許可が出る。

 上陸を待ちわびた人々や車が、次々に下船して行く。

 当然、大洗女子学園の生徒達もそこに混じっていた。

 その中にみほと梓、それにあんこうチームの面々の姿もあった。

 

「態々見送りまで済みません」

「気にするな。どうせ沙織の買い物ついでだ」

「もう、麻子ったら!」

「わたくしも、久しぶりに行ってみたいお店もありますし」

「みなさん目的もおありですから、気にせずとも大丈夫ですよ澤殿」

「あはは……」

 

 口ではああ言うが、全員が二人を気遣っての事。

 みほも梓も、勿論それは気づいていた。

 ウサギさんチームの面々も見送りには同行したがったが、それは梓が止めた。

 気持ちは嬉しいけど、あまり大人数で行くのは良くない……と。

 桂利奈を宥めるのに手を焼く羽目にはなったが、いつもの事なので周囲は微笑ましく見守るばかりだった。

 

 フェリーターミナル前から出ている連絡バスに乗り込み、一行は大洗駅へ。

 戦車道の試合がある日は危険防止の為閉鎖されるが、今日は普段通り。

 新しくなった券売機で切符を買い、改札へ。

 東京からそう遠くない場所だが、交通系ICカードや自動改札機もなく改札口には駅員がいる。

 勿論、駅員もみほ達の顔は知っている人ばかり。

 

「こんにちは。今日は水戸へお出かけ?」

「はい。私と梓ちゃんは、東京まで行きます」

「そう。気をつけてね、はいどうぞ」

 

 駅員は笑顔で切符にスタンプを押し、みほらも会釈して通って行く。

 階段を上がり、ホームに出る。

 程なく、独特のエンジン音を響かせて二両編成の列車がやって来た。

 赤地に白帯の、大洗町民にはお馴染みのディーゼルカー。

 見た目はお世辞にも綺麗とは言えないベテランだが、これでも戦車を載せた無蓋車を複数両牽引出来るだけのパワーを持つ。

 黒森峰との決勝戦では、舞台となった静岡県の富士演習場までを走破という実績まであったりする。

 その事もあり、大洗女子学園の生徒達にとっては愛着すら覚える車両である。

 

 一行は一両目に乗り込み、ボックスシートに向き合って腰掛けた。

 ブルブルと振動し、列車は動き出す。

 季節は秋になり、沿線も黄金色一色に輝いている。

 まだ残暑は続いているが、風は何処か爽やかさを感じさせ始めていた。

 

「そう言えば、他校もメンバーが入れ替わったと聞きましたが」

 

 梓が話題を振ると、全員関心があったようですかさず反応が返ってきた。

 

「それはそうだろう。三年生がいるのは大洗だけではないからな」

「えっと、みぽりんのお姉さんがそうだったよね?」

「うん。アンツィオのアンチョビさんもそうだね」

「他にも、サンダースのケイ殿にナオミ殿。プラウダはカチューシャ殿とノンナ殿、聖グロはダージリン殿と……何方かいらっしゃいましたね」

「優花里さん。アッサムさんをお忘れじゃないでしょうか?」

 

 いずれも錚々たるメンバーばかり。

 

「……寂しくなりますね、何だか」

「そうだね。でも、梓ちゃん。これでお別れって訳じゃないよ。戦車道を続けている限りまた会えるから」

「そう、ですね」

 

 戦車道を通じて沢山の友人に恵まれたみほとは違い、梓には他校の生徒と交流する機会はあまりなかった。

 サンダース大付属とは同じアメリカ製戦車に搭乗している縁で多少関わりはあったが、それも深いと言えるレベルでは到底なかった。

 副隊長として表に出る機会は今後確実に増えるだろうが、それでも払拭しきれない不安があるのも事実。

 みほのような他人を魅了する何かがあれば兎も角、梓は自分にそんなカリスマ性があるとは思っていない。

 これから向かう先でも、他校のメンバーが目当てにするのはみほだろう。

 みほと一緒にいれば大洗のメンバーという程度なら認識して貰えるかも知れないが、一人になったらどうか。

 彼女が思い悩む事ではないのかも知れないが、真面目な梓はすっかり気持ちが沈んでいた。

 

「澤さん。どうかしたのか?」

「……え?」

 

 気がつくと、麻子が梓の顔を覗き込んでいた。

 他の面々も、気遣わしそうな顔をしている。

 

「急に黙り込んで。気分でも悪いの?」

「い、いえ。済みません、ちょっと考え事をしてまして」

「そう? ならいいけど」

「沙織さん、まるで澤さんのお母様みたいですね」

「華、ひどーい! 私は夢見る乙女なんだからねっ!」

 

 華と沙織のやり取りに、笑いが巻き起こる。

 いつもの光景に、梓は幾分気持ちが軽くなった気がしていた。

 そんな梓を、隣に座るみほはジッと見ていた。

 

 

 

「それじゃ、二人とも頑張ってきてね!」

「道中、お気をつけて」

「他校のお話、帰ったら是非お聞かせ下さい! 楽しみにしているであります」

「土産はロールケーキで頼むぞ」

 

 水戸駅で四人と別れ、二人は常磐線に乗り換える。

 水戸から東京までは特急も頻繁に走っているが、旅費が支給される訳でもなく全額自腹。

 特に急ぐ訳でもないので、節約を兼ねて快速電車で行く事にしていた。

 平日のラッシュ時は過ぎていて、十五両編成の車内はガラガラ。

 二人はボックスシートに並んで座った。

 

「後は殆ど一本だね」

「はい。西住隊長、不束者ですが宜しくお願いします!」

「ふえっ? ちょ、ちょっとやめてよ梓ちゃん」

 

 殆ど乗客のいない車内ではあったが、それでもみほはあわあわしながら辺りを見回す。

 幸い、あまり大きな声でなかったせいか誰も二人に気づいている様子はなかった。

 ホッとしながら、みほは更に声を潜める。

 

「あ、あのね。その、西住隊長って止めて貰えないかな……?」

「え?」

「だって変でしょ? 私も梓ちゃんもこの格好なのに、隊長って」

 

 当然だが、学校の代表として参加する二人は制服姿。

 ブレザー全盛のご時世にあって、大洗女子学園のセーラー服はかなり人目を引きやすい。

 そんな二人連れの片方がもう一方を隊長と呼んでいたら、目立つ事この上ない。

 戦車に乗っていなければ内気で恥ずかしがり屋……というみほにしてみれば、甚だ不本意な事になりかねない。

 そうでなくてもみほは本人が望んでもいないのに、一躍有名人となってしまっていた。

 判官贔屓の日本人にしてみれば、絶望的なまでに不利な条件から学園を救ったというヒーロー以外の何者でもなかった。

 取材申し込みやファンレターが殺到し、広報担当の桃が文字通り忙殺される事に。

 学園の中でもすっかり大スター状態ではあったが、杏が適切な手を打っているお陰で比較的落ち着いて過ごせてはいた。

 ……とは言え、戦車を離れると兎に角危なっかしいみほである。

 周囲もその点は気が気ではなく、みほ本人も若干ストレスを感じてしまう日々だった。

 

「ですが、私にとっては隊長は隊長です」

「それはいいの。でも、せめて学園艦に戻るまでは違う呼び方をして欲しいの。お願い!」

 

 拝み倒そうとするみほに、今度は梓が慌ててしまう。

 

「に、西住隊長? 止めて下さい!」

「だ、だからその隊長ってのを止めてって!」

「……じゃあ、どうすればいいんですか?」

「……え、えっと……」

 

 人前で隊長と呼ばれるのには抵抗はあるが、ではどう呼んで欲しいかと言えばみほもそこまでは考えていなかった。

 梓は最初からその気がなかったのだから、みほから提示がなければ改めようもない。

 

「……あ、あのね」

「はい」

「……わ、笑わない……かな?」

 

 何故かもじもじするみほに、梓は首を傾げる。

 呼び方を変えるだけなのにそこまで遠慮がちにする意味がわからず、困惑すらしていた。

 

「仰ってみて下さい。笑わないと約束しますから」

「う、うん。……じゃあ」

 

 みほは、深呼吸をしてから梓を見た。

 

「あ、あのっ!」

「は、はい」

「私の事、お姉ちゃんって呼んでみて!」

「……は?」

 

 思わず気の抜けた顔になってしまう梓。

 あまりにも突拍子もないみほのリクエストだ。

 いくら日頃冷静な梓でも、思考停止状態になるのも当然かも知れない。

 

「…………」

 

 一方、言ってしまったみほは顔を真っ赤にして俯く。

 

「あ、あの……。どういう事ですか?」

「…………」

「隊長と呼んで欲しくないのはわかりました。でも、どうしてその呼び方なんでしょうか?」

「……あ、あのね。私、家族が年上しかいなくって。お姉ちゃんって呼んでくれるような子も近所にいなかったから」

「だ、だからって私にそう呼べなんて……」

 

 今度は梓まで赤くなり始めた。

 

「駄目……だよね。やっぱり」

「え? ええと……」

「……私ね。梓ちゃんみたいな妹がいてくれたらいいな、って。でも、流石にみんなの前では恥ずかしくて」

「だ、だからって。……私も弟しかいませんから、お気持ちはわからなくもないですけど」

「お願い! 大洗に帰るまで、二人っきりの時だけでいいから!」

 

 みほは梓の手を握り、顔を近付けた。

 

「ち、近いですよ!」

「お願い……」

 

 妙に必死なみほに、梓は圧倒されてしまう。

 顔を赤くしたまま、溜息をつく。

 

「わ、わかりました。……じゃあ……み、みほお姉ちゃん」

「か……」

「か?」

「可愛い!」

 

 思わず、みほは梓を抱き締めた。

 いきなりの事に、梓は固まってしまう。

 ……そのまま、オーバーヒート。

 

 

 

 梓が気づいた頃、電車は東京スカイツリーを見上げる場所を走っていた。

 いつの間にか席が埋まっていると思いながら、梓はさっきの出来事を思い出してしまい一人真っ赤になる。

 張本人のみほは、梓の肩にもたれてすやすやと寝息を立てていた。

 

「お姉ちゃん、か……」

 

 まだ気恥ずかしさもあったが、同時に嬉しさもあった。

 梓にとって、戦車に搭乗中のみほは憧れであり尊敬に値する存在。

 戦車を降りれば気弱で頼り気ないところもあるが、それもまた彼女の魅力。

 いきなりの事には驚いたが、それでみほに対する信頼は揺らぎもしない。

 寧ろ、梓を妹のように思ってくれていると自身の口から聞けた事はやはり嬉しいようだ。

 

「みほお姉ちゃん、か……」

 

 悪くないな、と梓は思った。

 但し、他の仲間達がいるところで口にするつもりもないし出来もしない。

 みほと梓だけの、秘密。

 何だか特別な存在になれたような気がして、水戸に着くまでに思い悩んでいた事などすっかり何処かに吹き飛んでいた。

 

「間もなく日暮里、日暮里です。山手線、京浜東北線、京成線、日暮里舎人ライナーはお乗り換えです」

 

 車内放送に、梓はハッとなる。

 

「起きて下さい、乗り換えですよ!」

 

 みほの身体を揺すってから、梓は立ち上がって網棚の荷物に手をかけた。

 

 

 

「えっと……」

「此方ですね」

「あ、うん」

 

 案内図を手に、最寄り駅から歩く二人。

 最初はみほが地図を見ていたが、途中で梓に交代。

 戦場での地図を読むのは圧倒的にみほの方が得意なのだが、戦車を降りた途端に立場は逆転。

 梓もそれは弁えているので、口に出す事はしない。

 

「東京は本当に人が多くて迷っちゃうね」

「そうですね。たいちょ……みほお姉ちゃんは来た事あるんですか?」

「ううん。ずっと熊本の実家か学園艦暮らしだったし、うちの家も田舎だから」

「そうですか。私も、茨城から出たのが実はこれが初めてで。あ、学園艦で移動はしましたけど」

「そうなの? 梓ちゃん、落ち着いてるからてっきり慣れてるのかと」

「あ、あはは……」

 

 まさか、みほのあまりの頼りなさに見かねてとは言えずの梓であった。

 そして、二人の行く手に五階建てのビルが姿を見せる。

 

「あ、着いたみたいですね」

「このビルなんだね。戦車道連盟の看板はないけど」

「多分、会議室だけ借りたんじゃないですか」

「そうなのかな? もう他の学校の人は着いているかな?」

「もう少しで開始時間ですし、私達が最後の方かも知れませんね。じゃ、行きましょう西住隊長」

 

 みほは、えっという表情をする。

 

「梓ちゃん、約束したのに」

「二人っきり、という条件は守ってます。もうこの先は無理です、諦めて下さい」

「はぁい」

 

 あからさまに落ち込むみほに、梓は少しだけ申し訳ない気持ちになる。

 とは言え、梓も流石に他人の面前までは願い下げだったが。

 

 

 

 エレベーターを降り、案内に従って進むと受付会場となっていた。

 白い布がかけられたテーブルに、二人には馴染みの女性が座っていた。

 みほらを認めた彼女は、笑顔で挨拶をしてきた。

 

「こんにちは」

「あ、こんにちは」

「こんにちは、遅くなりましたか?」

「まだ時間前だから大丈夫ですよ。大洗女子学園の西住さんと澤さんね」

 

 戦車道連盟公式審判員の稲富ひびき。

 高校専門という訳ではないのだが、大洗女子学園の試合には彼女らが審判として参加する機会が多かった。

 

「篠川さんと高島さんもいらっしゃるんですか?」

「あら、名前を覚えていてくれたんですね」

「あ、はい。私、そういうのが得意なので」

 

 沙織にはただ面白がられたが、みほのこの特技は意外に役立つ事が多い。

 何でも、友達になるかも知れない相手については名前以外に誕生日とか好きな食べ物なんかも把握していると梓は聞かされていた。

 勿論きちんと調べなければいけない事ではあるが、梓がみほを尊敬する点の一つでもある。

 敵を知り己を知れば百戦危うからず。

 孫氏の有名なフレーズだが、梓から見れば普段からそれを心がけているみほにこそ相応しいと思えた。

 この場合も、ひびき相手にプラスに作用したようだった。

 

「あの二人もいますよ。別の仕事をしています、見かけたら声をかけてあげて下さいね」

「はい、ありがとうございます」

「ご苦労様です」

 

 二人が会議室に入ると、全員の視線が一斉に向けられた。

 正確には、みほに対してだが。

 たじろぐみほに、近くにいた人物が立ち上がりやって来た。

 

「ハァイ、みほ!」

「ケイさん?」

「元気だった?」

 

 いつもの挨拶として、いきなり抱き付かれたみほは目を白黒させている。

 そして、梓にも。

 

「ラビットも来たのね」

「は、はい」

 

 優花里をオッドボールと呼ぶように、ケイは梓をラビットというニックネームで呼ぶつもりらしい。

 嫌ではないし、そもそも言っても多分無駄だろうと悟った梓は何も言わない事にした。

 

「ちゃんと迷わずに来られたのね」

「こんにちは、アリサさん。……それにしても、ケイさん?」

「なあに、ラビット?」

「ケイさん、三年生ですよね。隊長はまだ交代されないのですか?」

「ん~、そこなのよね」

 

 ケイはチラ、とアリサを見た。

 

「私も、スパっとアリサに隊長を任せたかったんだけど。いろいろとなってなくて」

「…………」

「兎に角いろいろ考え過ぎなのよアリサは。もっと肩の力を抜けって言ってるんだけど」

 

 誤解されがちだが、アリサは結構生真面目な性分だったりする。

 戦史や兵器にも詳しい事からも、努力は怠らない事が窺える。

 ……もっとも、対大洗女子学園ではケイの忌み嫌うアンフェアな行動に出てしまった。

 その為、策士としての面ばかりクローズアップされてしまう結果に。

 策士策に溺れるを地で行ってしまっただけに、弁解の余地もないのだが。

 

「私とナオミはサンダース大に進学も決まっているし、余裕があるからね。それまで、アリサをビシビシ鍛えるつもりよ」

「ひ、ひぇぇぇぇ」

 

 半泣きになっているアリサに、梓は内心ちょっと同情してしまう。

 みほの場合、率いる隊員を厳しく指導するという事がまずない。

 性格の問題もあるのだが、みほは個性を活かした作戦を立てるのが巧みという面もある。

 そこまで臨機応変な指揮が出来るのもまたみほがずば抜けているという訳で、ケイにはそこまでの才能はない。

 それを思うと、なんと自分は幸運なんだろうと梓は思わざるを得ない。

 そんな凄い人の元で、しかも副隊長を任されるなどとは。

 

「ラビットこそ、副隊長になったのね。コングラッチュレーション」

「あ、ありがとうございます」

「今度、ウチの学園艦にも遊びにいらっしゃい。歓迎するわよ?」

「はい!」

 

 ふと、みほを見ると……他校の面々に囲まれていた。

 交流のない学校のメンバーまで、みほから視線を外そうとしない。

 

「では、皆さん席にお戻り下さい。これより講習会を開始します」

 

 先ほどひびきが言っていた通り、審判員の篠川香音と高島レミが書類を手に会場に入ってきた。

 

「じゃ、また後でね」

「はい」

 

 みほと梓は、指定された席に座った。




学年が不明のキャラも意外と多いですね。
継続高校の三人とか、ローズヒップとかルクリリとか、クラーラとか。
調べたのですがわからず……設定作っちゃうしかないんですかねぇ。

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