という事で完全に勢い任せで書いた番外編です。
クリスマスイブ。
元々の由来や本来の過ごし方は兎も角、日本では特別な意味のある日……そういう過ごし方をする人もいる。
街はイルミネーションで鮮やかに彩られ、ケーキ屋やフライドチキンチェーン店などは大忙し。
良し悪しはさておき、皆挙ってのお祭りとも言えよう。
「寒いな……」
多くの人が行き交う駅前で、一人の女性が立っていた。
時折、腕時計やスマホを眺めながら。
吐く息は白く、その身体は小刻みに震えていた。
気温は氷点下にこそなっていないが、時折吹き付ける北風も相まって体感温度は低い。
そんな中ジッと何かを待つ彼女。
時折ナンパ目的で声をかけてくる男達を何度も断りながら、思わず溜息をつきそうになった時。
「梓ちゃん!」
改札から、手を振りながら別の女性が駆けてきた。
曇りがちだった梓の顔が、パッと明るくなる。
「みほさん! こっちです!」
「ゴメンね、会議が長引いちゃって。待ったよね?」
「いいえ、私が早く着き過ぎちゃって」
「梓ちゃんならそう言うと思ったよ。ホント、ゴメンね?」
急いできたのだろう、みほの額には汗が滲んでいた。
梓はハンカチを取り出し、拭っていく。
「あ、いいよいいよ。自分でやるから」
「ダメです。遅れてきた罰です」
「梓ちゃん、やっぱり怒ってない……?」
「ふふ、罰は冗談ですよ。このぐらいさせて下さい」
そんな二人の傍らを通り過ぎる人々の中には、立ち止まる人が出てきた。
「なあ、あの人ってもしかして」
「戦車道の……?」
梓は兎も角、みほはテレビや雑誌でも頻繁に取り上げられる有名人。
当然、顔は広く知られている。
私服姿とは言え、目立って当然であった。
そして、梓もそれに気づいた。
「行きましょうか」
「え? うん」
状況が飲み込めていないみほの手を取り、梓は歩き始めた。
「じゃ、乾杯!」
「はい、乾杯です!」
小洒落たレストラン……ではなく、こじんまりとした居酒屋。
その奥まった個室で、こたつに入りながら二人は向き合っていた。
テーブルの上にはガステーブルに載せられた鍋、そして何本かのお銚子。
「あんまりクリスマスっぽくないね」
「そうですね。でも、それっぽいお店は予約で一杯ですし、それに今日は値段も高いですから」
「それもそっか」
笑いながら、みほはお猪口を傾ける。
「彼氏がいてもおかしくないのにね、梓ちゃんなら」
「その言葉、そっくりそのままお返しします」
「ふぇっ? 私なんてないよ、ないない!」
「どうしてですか? みほさんはスタイルもいいし、強い乙女の象徴みたいな方じゃないですか」
「あはは、そういう意味ね。はい、ご返杯」
梓もお猪口を空け、みほの前に差し出した。
「梓ちゃん、大学選抜チームで小隊長を務めていた三人は覚えてる?」
「はい。確かメグミさんにルミさん、それにアズミさんですよね?」
「うん。ちょっと前まで同じチームだったし、今も話す機会は多いんだけど」
大学選抜チームとの試合。
あれから、もう四年が過ぎている。
愛里寿はもう四年生、メグミ達は既に卒業して社会人になっていた。
梓も成人式を迎え、こうやって酒を飲める歳に。
互いに不本意な試合をする事になったみほと愛里寿達だが、わだかまりもなく交流が続いている。
「皆さん美人でしたよね。アズミさんなんて、まさにお姉さまって感じでしたし」
「その通りなんだけど……」
「どうかしたんですか?」
「出会いが全然ないんだって。大学生の間もそうだったけど、社会に出てからもなかなかないみたいで」
「……それ、何か他に原因があるんじゃないですか?」
三人と直接の面識はない梓だが、噂は耳に入っている。
本人達の名誉の為に敢えて口にはしないが、思い当たる原因はある。
そうでもなければ、あれだけの美女が揃いも揃って出会いのなさを嘆いている事があり得ない。
「だから、私に浮いた話がなくてもおかしくないの」
「そういうものでしょうか……?」
「そうそう。あ、鍋そろそろいいんじゃないかな?」
「そうですね。じゃ、蓋取りますね」
モワッと水蒸気が立ち上り、グツグツと煮える鍋が姿を見せた。
「あんこう鍋なんて、久しぶりだね~」
「ええ。本当は、年が明けてからの方が美味しいんですけどね」
「いいよいいよ、このお店って大洗出身の人が経営してるんだってね?」
「はい。紗希に教えて貰ったんですよ」
「そうなんだ。あ、ありがとう」
「いえいえ」
鍋からあんこうと野菜を取り分け、とんすいを差し出す梓。
みほは受け取り、汁を一口。
「あ、美味しい。とても濃厚だね」
「どぶ汁ですね」
「どぶ汁……?」
「あれ、ご存じなかったんですか? あんこう鍋って言っても普段食べるのは水を使いますが、これは一切水を使わない鍋なんです」
「水を使わずに?」
「そうです。あんこうは殆どが水分ですし、昔船の上では水が貴重品だったのでそれを活かして作ったのが由来だそうですよ」
「そうなんだ。でも、美味しいね」
「ええ。食べ終わったら雑炊にしていただきましょう」
「お酒も進んじゃうなぁ。梓ちゃんも飲もうよ?」
「みほさん、程々にして下さいね」
苦笑しながらも、梓は追加のお銚子を頼もうと席を立った。
「うわぁ……」
「綺麗ですね」
店を出た二人は、近くの公園まで歩いた。
街路樹が電球で彩られ、幻想的な世界が広がっていた。
白、青、ピンク……。
ただ飾り付けられるだけではなく、サンタクロースやトナカイ、雪だるまなど様々なものが描かれていた。
多くの人が歩いていたが、その大半は勿論男女のカップル。
腕を組んで歩き、中には木陰でキスを交わす人も。
「皆さん、大胆ですねぇ……」
梓がボソッと呟く。
小さな呟きだったのだが、みほは耳聡くそれを聞いていたらしい。
「えいっ!」
みほは梓に密着し、梓の腕に抱きついた。
「み、みほさん?」
「うふふ~、これで私達も他の人達とおあいこだね」
「もう……。酔ってますね?」
「酔ってるよ~。梓ちゃんとこうやって楽しくお話できたんだし」
いささか、みほの足取りは危うかった。
梓は溜息をつくと、
「しっかり掴まっていて下さいね?」
「うん。梓ちゃん、大好き!」
「もう……」
そっぽを向く梓。
その顔が赤いのは、アルコールだけのせいではなさそうだ。
……と、その視線が止まった。
「みほさん、見て下さいよ。あれ」
「……え?」
「あれですよ、あれ。しっかりして下さい」
「……うわぁ!」
二人の行く手に見えるイルミネーション。
あんこうチームのマークそのものだった。
「もっと近くに行こうよ?」
「はい!」
あんこうマークに目を取られていたが、よく見ると他にもいろんなシンボルマークが描かれていた。
「これは、カメさん……?」
「ウサギさんもありました!」
「こっちにはカバさんにアヒルさん!」
「レオポンさんにアリクイさん、カモさんまで」
二人が見間違えるはずもない。
大洗女子学園戦車道チームのシンボルマークばかりだ。
「どういう事……?」
「わかりません。でも……」
「?」
「見よう見まねで作ったとは思えないですね、これ。一体誰が……?」
と。
二人の肩を誰かがポン、と叩いた。
「久しぶりだね、お二人さん」
振り向くと、二人の良く知った顔がそこにあった。
「スズキさん?」
「ご無沙汰してます、スズキ先輩」
「こちらこそ。聞き覚えのある声がしたけど、やっぱり二人だったっしょ」
二人が見慣れたツナギ姿ではなく、作業着にジャンパーという出で立ちだった。
それでも、数々の戦場を共にくぐり抜けた戦友。
その顔を見間違えるはずもない。
「スズキさん、どうしてここに?」
「その電飾、私が作ったんだ」
「スズキ先輩が?」
「この辺、うちの大学で飾り付けとかしてるから。電気に詳しいからって毎年やらされてるんだ」
「それで、これを?」
「そう。今年は最後だから、好きにやっていいって言われてさ」
梓は、スマホを取り出した。
「これ、あゆみや紗希達にも見せてあげようと思うんです」
「あ、いいね。沙織さんや優花里さんにも送ってあげて?」
「勿論です」
そう言って、写真を撮り始める梓。
と、スズキがポンと手を叩いた。
「そうだ。ツーショットで撮ってあげようか?」
「え?」
「流石に恋人同士……ってのはなしだけど、二人は相変わらず仲良しみたいだし」
「お願いします、スズキさん!」
言うが早いか、みほは梓のスマホをスズキに手渡した。
そして、梓と肩を組む。
「もーっ、みほさんったら!」
「えー? いいじゃない、私梓ちゃん大好きだし」
「……そりゃ、私もみほさんの事は……って何言わせるんですか!」
「はいはい、痴話喧嘩は後にしてくれると有り難いっしょ。じゃ、撮るよ?」
満面の笑みを浮かべるみほと、ややぎこちない笑みの梓。
違う角度や場所で何枚かを撮り、スズキはスマホを梓に返した。
「どう?」
「綺麗ですよ、スズキさん」
「ありがとうございます、スズキ先輩」
「どういたしまして。……っと、後輩が呼んでるみたいだね。それじゃ、また」
スズキは手を振り、駆けていった。
「もっとゆっくりお話したかったね」
「仕方ありませんよ。また時間を作って会いましょうよ、みんなで」
「そうだね……うん」
二人は、暫くイルミネーションを堪能した。
……と。
「ひゃっ!」
「ど、どうかしましたか?」
「ううん。何か、頬に冷たい物が当たったから」
みほが空を見上げ、梓もそれに倣う。
手のひらを空に向けると、ひやりとした感触があった。
「雪……?」
「……みたいですね」
「ロマンチックだね」
「……はい!」
来年も、こうして過ごせるといい……。
梓は、はしゃぐみほを横目にそう願っていた。
澤ちゃんが可愛いから仕方ないのです。
噂では、来年のガルパン公式カレンダーがステキな事になっているとか……今から楽しみです!