副隊長、やります!   作:はるたか㌠

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お待たせしました。
何とか澤ちゃんの日&連載初めて一周年に間に合いました。
作りが多少荒いかも知れません、悪しからず。


第18話 特訓、続きます!

 そして、小一時間が過ぎた。

 砲弾を全て撃ち尽くし、燃料もほぼ使い果たしたT-28が戻ってきた。

 涼しい顔のミカに続き、疲労困憊の梓と桂利奈が車外へ。

 立つのもやっとのようで、それぞれアキとミッコの肩を借りている有様だった。

 

「だ、大丈夫? 二人とも」

「は、はい……何とか」

「あーい、大丈夫です……」

 

 心配そうなみほを前に、何とか梓と桂利奈は笑顔を作ろうとする。

 が、そのままへたり込んでしまう。

 

「あはは、無理そうだね……。ちょっと休んでいて」

 

 みほは二人にドリンクを手渡すと、ミカに顔を向けた。

 

「動きが見違えましたね、途中から」

「だろう? あの子は、もっとやれるのさ……。君も、そう思っていたのだろう?」

「ふえっ?」

 

 ミカに指摘され、みほは慌てふためく。

 

「隠さなくてもいいよ。二人も、それに気がついたようだからね」

「そ、それは……」

「……すみません、西住隊長。確かに、ミカさんが仰る通りでした」

「梓ちゃん……」

 

 ドリンクで一息ついた梓が、みほを見上げた。

 

「チームとしてもまとまりが出てきたし、思いのままに動かせてる……そう思っていたんです。でも……」

「…………」

「思い上がっていたみたいですね、いつの間にか。これじゃ道化です」

「そ、そんな事ないって! 梓ちゃんも桂利奈ちゃんも、他のみんなだって頑張ってたし」

「頑張ればいいってもんじゃない」

 

 ミカはポロロンとカンテレを鳴らした。

 

「戦車はただ動かせて撃てればいいというものじゃない。それは君が一番良くわかってる事じゃないのかな?」

「それは……」

「ましてや、この子達は副隊長車としての責務もある。少し、それは考えるべきだと思うよ」

 

 返す言葉もないみほ。

 戦車道を始めて半年にも満たない素人同然の梓だが、それを免罪符にする訳にもいかない。

 仮にも高校生全国大会チームの副隊長、それもみほ直々のご指名となれば耳目を集めるのは必然。

 車長としても、指揮官としてもみほと同レベルで見られても仕方がない。

 先々はともかく、みほは今のところそこまで梓に求めるつもりはなかった。

 が、ミカの指摘も酷ではあるが的を射たもの。

 決して梓を甘やかしていたつもりはないが、結果としてそう言われているも同然……みほはそう思った。

 

 ミカは固まっているみほを他所に、梓達に目を向けた。

 

「梓、桂利奈」

「はい」

「何でしょうか?」

「一休みしたら、今度は模擬戦をやろう」

「模擬戦……ですか?」

 

 首を傾げる梓。

 

「そうだよ。勉強だって復習が欠かせないように、戦車道も覚えた事は身体に叩き込んだ方がいい」

「それは構いませんが……どうやるんですか?」

「何、簡単さ。君達T-28と、私達の一対一。今日の日暮れまでが勝負の期限、それでどうかな?」

「でも、ミカさん達の戦車はどうするんですか?」

「それなら心配要らないよ。ミッコ」

「あいよ!」

 

 ミカがマイク越しに合図を送ると、BT-42が猛ダッシュでこちらへと向かってきた。

 唖然とする梓と桂利奈。

 みほは……やはり驚きに満ちた顔をしている。

 

「い、いつの間に?」

「そんな些細な事はどうでもいいじゃないか。それより、君達のメンバーも集めておかなくていいのかい?」

「些細ですか……。あ、ええと……」

 

 チラ、とみほの顔を見る梓。

 みほは小さく頷いた。

 時計を見ると、いつの間にか放課後近くになっていた。

 

「……わかりました。招集をかけます」

 

 返事の代わりに、ミカはカンテレを鳴らした。

 

 

 

 数十分後。

 安祐美にえり、紗希が顔を揃えた。

 一部始終を耳にしたのか、安祐美とえりはいつになく難しい顔をしていた。

 紗希はいつもと変わらない……ように見えたが、梓と桂利奈は思わず顔を見合わせる。

 付き合いがそれなりに長い二人には、紗希もいつもと様子が違う事に気づいていた。

 

「副隊長……。なんか大変な事になってない?」

「そのようですわね」

「……すみません、心配かけて。詳しい事は後でお話しますが、これから継続高校の隊長さんと模擬戦になりました」

 

 安祐美は首を傾げていたが、えりはハッとなった。

 

「澤さん。もしかして、継続高校さんはあの試合で大活躍の……?」

「はい、その通りです」

「えり? 何それ?」

「もう、安祐美さん。大学選抜チームとの試合、ご覧になったでしょう?」

 

 呆れて腰に手を当てるえり。

 

「あ~、アレ? 見ている途中で寝ちゃって覚えてないや」

「全く……。たった一両で、重戦車のM26(パーシング)を立て続けに三両撃破したんですよ!」

「……え? それって、凄くね?」

「凄いに決まってますわ!」

「……なあ、副隊長。マジなんだよね?」

「ええ。冗談でこんな事は言いませんし、あの通りですから」

 

 梓が指差す先には、確かに継続高校塗装のBT-42が停まっていた。

 ツートンカラーのチューリップハットを被った人物は砲塔に腰掛け、カンテレを奏でている。

 揃いのジャージ姿の二人が、それを他所に車体のチェックで動き回っていた。

 

「紗希。ちょっと今日はいつも以上に厳しい命令をするかも知れないけど、覚悟してね?」

「…………」

 

 頷く紗希。

 

「副隊長、あたし達は……」

「やはり、足手まといでしょうか……?」

「吉田さん、片岡さん。……何か、勘違いしていませんか?」

 

 何時になく低い声の梓に、安祐美とえりはギョッとなる。

 この中では付き合いが長い方の桂里奈も、驚愕を隠せない。

 実際、梓は怒っていた。

 その背後に、見えない筈のオーラを感じられるぐらいに。

 

「私達は、チームなんです。誰が足手まといだとか、誰が凄いとかじゃないんですよ!」

「…………」

「いいですか? あんこうチームも、西住隊長は確かに凄い方ですけどそれだけであんなに強い訳じゃないんです。一人ひとりがそれぞれに努力して最大限のパフォーマンスを発揮しているからなんです」

「いや、でもさ……」

「吉田さん。何も秋山先輩と同じぐらいなんて要求はしません、私だって西住隊長と同じ事をやれなんて言われても無理ですから。でも、そのぐらいの覚悟で臨んで欲しいんです」

「…………」

「それが無理だと思うなら、戦車を降りていただいて結構です」

「……本気ですの、澤さん?」

「冗談や酔狂でこんな事言うと思いますか?」

「そんな……っ!」

「えり」

 

 尚も食い下がろうとしたえりの肩を、安祐美が掴んだ。

 

「……なあ、副隊長」

「何ですか?」

「副隊長が本気だって事はわかった。なら、あたしらだって死ぬ気でやってやるさ。……ただし」

「ただし?」

「……チームってんなら、他人行儀は止めてくれないか。でなきゃ、あたしもえりもいつまで経っても変われない」

 

 梓と安祐美の間で、バチバチと火花が散る。

 固唾を呑んで見守るえり。

 桂里奈と紗希は、何も言わず見守っている。

 ややあって、梓がフッと息を吐いた。

 

「……いいでしょう。この模擬戦で、それを証明して下さい」

「口約束だから約束じゃない、ってのはなしだぜ?」

「……どこの役人さんですか。そんな真似はしませんよ、桂里奈と紗希が証人です」

「言ったな! よしやろうぜ、えり!」

「え? ちょ、ちょっと安祐美さん?」

 

 言うが早いか、安祐美はえりの手を取りT-28へと向かい始めた。

 二人が車内へと入ったのを確かめてから、梓はガックリと肩を落とした。

 その背中を、桂里奈がバシバシ叩く。

 

「あはは、やっぱり梓は無理してたんだね」

「桂里奈……。当たり前でしょう?」

「でも、もう後には引けないね。梓、頑張ろう!」

「うん!……え? 紗希も頑張るって?」

 

 三人は互いに頷く。

 

 

 

「それでは、試合開始です!」

 

 みほの合図で、二輛は動き始めた。

 

「桂里奈は、ジグザク走行で様子を見て! 相手の動きがあればまた指示を出すから!」

「あいあいあいーっ!」

「吉田さんは、急いで正確に装填を!」

「応さ!」

「紗希はまず当てる事よりも相手の足を止める事、いい?」

「…………」

「片岡さん。今回は一輛だけですから、通信手ではなく機銃手になって下さい。勿論、無闇に撃つんじゃなく私の合図で」

「わ、わかりましたわ!」

 

 ひとしきり指示を出すと、梓はハッチから顔を出した。

 晴天が続いたせいで地面は乾ききっている。

 そんなコンディションで走るせいか土埃が立ち込め、視界は利かない。

 顔をしかめながらも、梓は前方を見据えた。

 先程までしごかれていたとは言え、ミカはその程度で腹の中を読ませるような人物ではない。

 掴み所がないようで、勘は鋭く状況判断も素早い。

 伊達に黒森峰相手に善戦以上の事をしてのけた訳ではない。

 みほなら兎も角、梓には荷が重い相手と言わざるを得ない。

 それも、他車との連携は望めない一騎打ち。

 ……だが、梓は必死で自分を奮い立たせる。

 

 と、その時。

 梓は何かを感じ、咽頭マイクに手を伸ばした。

 

「桂利奈、停止!」

「あ、あいっ!」

 

 急制動に、全員がつんのめる。

 その目前で、爆音と共に土砂が巻き上がった。

 

「視界が利かないのに、どっから撃ったんだ?」

「わ、わかりませんわ!」

「みんな、落ち着いて!」

 

 梓は車内に呼びかけてから、双眼鏡で辺りを見回す。

 風が吹き始め、立ち込めている土煙が少しずつ晴れていく。

 その向こうで、何かがキラリと光ったような気がした。

 

「桂里奈! 全速で後退して、そのまま右旋回!」

「あ、あいっ!」

 

 BT-42突撃砲。

 フィンランドが鹵獲したBT-7快速戦車をベースに改造した突撃砲だが、元々の四十五ミリ砲から4.5インチ砲へと換装したせいで砲塔が不自然に大きいのが特徴である。

 砲こそ巨大だが榴弾砲であって対戦車砲としては力不足。

 おまけに分離装薬式で装填に時間がかかる上、照準を合わせるのも難しい。

 そんな癖の強い車両ながら、継続高校に持たせると無類の強さを発揮する。

 特に隊長車であるミカの凄まじさは、大学選抜戦でも皆が思い知った。

 それに引き換え、梓らの乗るT-28は型こそ古いが歴とした戦車であり速度以外のスペックは勝っている。

 

(大丈夫……やれるよ私達は)

 

 梓は自分にそう言い聞かせる。

 確かにミッコの操縦テクニックは抜群で、麻子といい勝負であろう。

 アキは一人で装填をし照準を合わせ、砲を撃つという離れ業をこなす超人。

 それが全て、一見何もしないように思われてしまうミカの指示……それは梓も再認識していた。

 

 ドンッ、と音が響く。

 さっきまで自車のいた場所が、大きくえぐり取られた。

 

「紗希、砲撃用意! 吉田さん、短時間で連射しますから装填お願いします!」

「了解!」

 

 紗希の返事は聞こえなかったが、梓は指示を繰り返さなかった。

 普段はボーッとしているようにしか見えない紗希だが、注意力や観察力はとても鋭い。

 この状況では、それを信じるより他になかった。

 

「十一時の方向、撃てっ!」

 

 七十六ミリ砲弾が飛び出し、空気を切り裂いていく。

 BT-42と違い、こちらは徹甲弾。

 当たれば勿論、無事では済まない。

 ……当たれば、の話だが。

 

「次発装填!」

「任せろ!」

 

 

 

 ……そして。

 

「吉田さん、残弾は?」

「あと一発。これが最後だよ」

 

 桂里奈が必死に操縦し、何とか撃破は免れていた。

 が、未だに動き回っているイコールBT-42も健在……という事。

 榴弾が幸いし、至近距離での直撃さえ受けなければ行動不能にはならないとは言え当たれば車体以上に心理面でのダメージを受ける。

 実際、全員が明らかに限界を迎えそうになっていた。

 

「……片岡さん」

「はい!」

「これから最後の突撃をします。足回りを機銃で狙って下さい」

「足回り、ですか?」

「そうです。いいですね?」

「……やってみますわ。いえ、やりますわ」

 

 梓は頷き、マイクに手を伸ばした。

 

「行きます!」

 

 T-28は猛然と突き進む。

 BT-42は砲をこちらに向け、全速で距離を詰めてくる。

 既に射程に入っても、両車は速度を落とそうとしない。

 

「い、行きますわ!」

 

 えりは機銃を撃ち始めた。

 7.62ミリでは装甲を穿(うが)つ事は無理だが、彼女が狙うは足回り。

 それでもダメージを与えるには至らない……その筈だった。

 ……が。

 二輛がすれ違った直後。

 BT-42はガクン、と速度を落とした。

 履帯が外れ、バランスを崩していた。

 

「今だ、撃てっ!……えっ?」

 

 すかさず砲撃の指示を出した梓は、慌てて車内へと戻った。

 次の瞬間、ガンッと大きな音と共にT-28は激しく揺さぶられた。

 完全に停止して、砲塔からは白旗が上がっていた。

 

 

 

「惜しかったね」

「いえ……。やっぱり、勝てませんでしたね」

 

 二輛は自動車部が修理の為に回収して行き、梓はミカと向き合っていた。

 

「狙いは悪くなかったと思うよ。後は、風が味方したかどうかだね」

「は、はぁ……」

「でも、いいチームになる可能性はある。それは全て、君次第だね」

「……はい。いろいろ、ありがとうございました」

 

 頭を下げる梓。

 と、そこに姿を見せたのは杏。

 

「やあやあ、お疲れちゃん。じゃミカ、約束の物は届けておくね」

「そうだね。感謝するよ」

「あの……約束の物って?」

「ニヒヒー、聞きたい?」

 

 ニヤリと笑う杏に、梓は少し後退ってしまう。

 

「い、いえ……。またの機会に」

「そう? 別に教えてもいいんだけどなー」

 

 そう言いながら、杏はミカと何やら話し出した。

 

「梓ちゃん、お疲れ様」

「あ、西住隊長。見ていてくれたんですね」

「うん、よく頑張ったね。これも、ミカさんの指導のおかげかな?」

「……あの。これってやっぱり角谷先輩が……?」

「そうみたいだね。あ、梓ちゃん。話はまた後で、みんなが待ってるよ?」

 

 みほが指差す先に、モグラさんチームの面々が待っていた。

 全員、汗とホコリ塗れでボロボロだった。

 が、表情は皆輝いていた。

 

「みんな、お疲れ様でした。ごめんなさい、私の指示が及ばなくて」

「梓のせいじゃないって。そうだよね、紗希?」

 

 桂里奈の言葉に、コクコクと頷く紗希。

 

「そうだぜ、副隊長。あたしもえりも、もっと頑張って上手くなって……いつか勝ってみせるさ。な?」

「そうですわね。やられっぱなしは性に合いませんわね」

「……はい。私も、一層努力しますね。それから」

 

 梓は、安祐美とえりの前で姿勢を正す。

 

「他人行儀は止めます、もうお二人は仲間ですから。……安祐美さん、えりさん」

「はは、はははははっ! やっと名前で呼んでくれたな、副隊長!」

「そうですわね、澤さん……いえ、梓さん」

「はいっ!」

 

 笑い合う三人を見て、桂里奈が手を挙げる。

 

「なら私も名前で呼ぶ! いいよね?」

 

 

 

 結束の固まったモグラさんチームの面々を見て、みほはニッコリ微笑んだ。

 そして、ミカはカンテレを奏でる。

 その調べは、五人の船出を祝うかのように。




改めて、澤ちゃんの日に乾杯!

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