副隊長、やります!   作:はるたか㌠

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澤梓ちゃん誕生日という事で、急遽書き上げました。

3/11追記
なければ書く、ではないですが思いの外反響をいただいたので短編完結予定でしたが続きを書く事にしました。
地の文と会話は空けた方が見やすいというご指摘をいただいたので、1話も修正します。


本編
第1話 私、悩んでいます


「ゆかりん、そっちはどう?」

「はい、武部殿。照準器の方は問題なしであります」

 

 沙織と優花里は、IV号戦車の整備中。

 大規模なメンテナンスや修理は自動車部の担当だが、彼女達に任せっきりという訳にはいかない。

 特に戦車道で使う戦車は年代物が多く、きちんと整備しなければ試合中にあっけなく故障したりする。

 

「それにしても、武部殿はすっかり戦車に詳しくなりましたな」

「いや……ゆかりんには勝てないけどね」

「でも、最初にお会いした時にパンツァー・フォーを聞き違えたぐらいでしたし」

「わーっ、ストップストップ! もう、それは止めてってば」

 

 赤くなりながら、両手をブンブン振る沙織。

 

「あのお手製戦車図鑑もお見事です。きちんと特徴を捉えつつ、ポイントがわかりやすいですし」

「そうかな。あたしね、通信手って一番手空きの事が多い気がして。みぽりんやゆかりんにその都度聞く訳にはいかないもんね」

「いえいえ、武部殿は努力家でありますよ。西住殿も頼りにされてるんですから」

「そうかな。でもでも、少しでも頑張ってみぽりんの足を引っ張らないようにしないとね」

「はい!」

 

 二人が車内でそんなやり取りをしているところに、近づく人影があった。

 

「あ、あの!」

 

 沙織と優花里は、その声にハッチから顔を出す。

 

「あれ、梓ちゃん?」

「作業中に済みません」

 

 頭を下げる梓。

 

「西住殿でありますか、澤殿?」

「みぽりんなら、生徒会室じゃないかな?」

「いえ、今日はお二人にお願いしたい事がありまして」

「私と武部殿に、でありますか?」

 

 顔を見合わせる沙織と優花里。

 

「はい!」

「あ、もしかして恋愛相談? ついに梓ちゃんにも春が来ちゃったとか?」

「武部殿、澤殿はそんな様子でなさそうでありますよ。それでは、戦車の事でありますか?」

「いえ、どちらでもありません」

 

 真剣な眼差しの梓。

 

「う~ん、戦術の事? ならやっぱりみぽりんが一番だよ?」

「私も車両そのものや戦史なら自信がありますが、指揮官としてはお役に立てそうにないのですが……」

「……わかりました。正直にお話します」

 

 沙織と優花里は、ジッと梓の話を聞いた。

 みほと杏から、新たな副隊長就任の要請を受けた梓。

 どうして自分が、という困惑はあったが二人の真剣な表情につい首を縦に振ってしまった。

 ……とは言え、やはり迷いを残したままこの場にやって来たようだ。

 

 

 

「そっかそっか、そんな事があったんだ」

「はい。突然の事で、どうしていいかわからなくなりまして」

 

 梓は、沙織から手渡された自家製レモネードを一口飲んだ。

 

「でも、流石は西住殿であります」

「え?」

「うんうん。梓ちゃんの事、しっかり見ているよねみぽりん」

「そ、そうでしょうか? 私、まだ一年生ですし」

「それを言うなら、西住まほ殿は一年生から隊長だったとか」

 

 梓は、慌てて手を振る。

 

「そんな。あの西住流家元の正当な後継者と一緒にしないで下さい」

「それを言ったら、みぽりんだってそうじゃない?」

「そうです。ただ、西住殿はあまり西住流らしくありませんね。勿論いい意味でですけど」

「……西住隊長や会長のお気持ちはとても有難いんです。でも、私はまだ自分のチームだけでさえ完璧に指揮出来てると言えません」

 

 沙織は腕組みをして目を閉じ、優花里は髪に手を入れて掻き回す。

 

「西住隊長は、ブランクはあってもずっと戦車道に身を置いてきたベテランです。それに、戦術の天才じゃないですか」

「それはその通りね。梓ちゃんが、みぽりんになろうとしても無理だね」

「はい。西住殿は十年に一度出るかどうかという逸材でありますね」

「やっぱりそうですよね。経験も乏しいし、却ってご迷惑にならないかと。第一、磯辺先輩や松本先輩だっていらっしゃるのに」

「松本……誰だっけ?」

 

 沙織が首を傾げると、優花里と梓は盛大にズッコケた。

 

「武部殿! エルヴィン殿の事であります」

「あれ? ああ、そうだったね。知ってたわよ、やだもー」

 

 あははと笑う沙織を、梓がジト目で見る。

 

「そのお二人なら、車長は兎も角隊長や副隊長は難しいかと思いますよ?」

「どうしてですか、秋山先輩?」

「まず、磯辺殿はバレー部復活を目指しておられます。部員が集まって廃部がなくなれば、戦車道を続けられなくなるかも知れませんから」

「それに、磯辺さんはリーダーシップはあるけど全体を纏めるタイプじゃないかもね」

 

 沙織にも言われ、梓は目を伏せた。

 

「それからエルヴィン殿ですが、あの方は戦術にも通じています。ですが、指揮官というよりは小隊長向きだと思うのであります」

「猫田さんは一番経験も浅いし、ゲームの中なら兎も角戦車道では今のままがいいかもね」

 

 梓はふう、と息を吐く。

 

「消去法で私しかいない、という事ですか」

「澤殿。もう少しご自分を評価すべきだと思うであります」

「そうだよ。みぽりんが認めたんだもの、素直に喜んだ方がいいよ?」

 

 だが、梓の顔は曇ったまま。

 沙織は少し考えてから、優花里に何か耳打ちした。

 一瞬驚いた優花里だが、すぐに頷く。

 

「ねえ、梓ちゃん。この後、時間はある?」

「え? あ、はい。大丈夫ですけど」

「なら、ちょっと待っててね」

 

 沙織はそう言って携帯を取り出し、優花里は何処かに駆けて行った。

 

 

 

 三十分後。

 梓らは、演習場に来ていた。

 

「あの……。本当にいいんでしょうか?」

「問題ない」

「みほさんからも許可は頂いてますから」

 

 麻子と華を加えた五人は、IV号戦車に乗っている。

 ただし、梓は車長の席に。

 キューポラから顔を出し、的確な指揮を執る姿は梓のみならず皆の憧れであり大洗女子のシンボルでもあった。

 沙織と優花里は、思い切って荒療治に出た。

 あれこれ思い悩むよりも、行動に移した方が……という沙織の閃きで。

 IV号を動かす事で、モヤモヤが吹き飛ぶかも知れないという提案にみほは勿論、あんこうチーム全員が異を唱えなかった。

 

「さあ、命令して下さい澤殿」

 

「私達、梓ちゃんの指示で動くからね!」

 

 華と麻子も、振り向いて頷く。

 

「落ち着け、落ち着け私。普段通りやればいいのよ、梓」

 

 目を閉じて呟く梓。

 数回、深呼吸を繰り返す。

 ……そして、顔を上げた。

 

「冷泉先輩、C地点まで前進して下さい」

「わかった」

「では……パンツァー・フォー!」

 

 ガクンと揺れ、IV号は進み出す。

 乗り慣れたM3とは違う振動に、梓はふと感慨に浸ってしまう。

 一時とはいえ、自分が敬愛して止まないみほと同じ景色を見ている。

(夢なら、醒めないといいな……)

 

 

 

 学園艦の上には、人工ではあるが丘や川もある。

 演習場はそれらの地形を活かして設けられていて、C地点には見慣れた構造物があった。

 

「澤さん、着いたぞ」

 

 吊り橋の手前で、麻子はIV号を停止させた。

 

「次はどうしますか?」

「そうですね。行進間射撃を……」

 

 その刹那。

 ドン、という音が空気を震わせた。

 

「発砲?」

 

 慌てて双眼鏡で辺りを見回す梓。

 IV号の近くに、爆発音と共に土煙が上がった。

 

「……え? ど、どういう事?」

 

 双眼鏡を覗いたまま、梓は自分の目を疑った。

 慣れ親しんだシルエット、見間違いようもない車体。

 M3が、37ミリ砲から煙を上げていたのだから。

 

「武部先輩、M3から何か入電はありませんか?」

「それが、いくら呼び掛けても応答がないの!」

「そんな……。一体どうなっているの……?」

「澤殿! ご指示を、停まっているだけではいい的です!」

 

 優花里の叫びに、我に返る梓。

 

「冷泉先輩! 吊り橋を全速力で抜けられますか?」

「問題ない。行くぞ」

 

 IV号が急発進すると同時に、ドンドンと二度音が響いた。

 

「五十鈴先輩、砲塔を回転させて反撃を! 牽制で構いません!」

「わかりましたわ!」

「秋山先輩、射撃で向こうの照準を合わせないようにしたいので装填を短時間でお願いします!」

「了解であります!」

「武部先輩、演習場内に他に車両はいますか?」

「確認するね! ……動いてるのはM3だけみたい!」

 

 矢継ぎ早に指示を出しながら、梓は双眼鏡から目を離さない。

 まだいくらか混乱しているという自覚はあったが、必死にそれを抑え込んでいた。

 

「撃ちます!」

 

 M3よりも大きな振動と発砲音と共に、75ミリ砲が火を噴いた。

 牽制でいいとは言ったが、演習弾とはいえ当たれば一発で大破判定。

 砲弾の行方を、梓は懸命に追う。

 M3は怯まず、此方へと突進してくる。

 火の玉のような動きに、梓は確信する。

 操縦手は桂利奈だと。

 37ミリ砲と75ミリ砲で照準を合わせながらの砲撃は、紛れもなくあやとあゆみ。

 無線に応答はないが、車内には優季がヘッドホンをかけている筈。

 そして、沙希も相変わらず黙々と75ミリ砲弾を装填しているに違いない。

 

「わかったよ、みんな。でも……私は負けないよ!」

 

 揺れる吊り橋を、麻子は見事に通り抜けてみせた。

 M3も命中は期していないのか、砲撃は散発的な事に梓は気付く。

 

「冷泉先輩、そのまま一気に森を抜けて下さい!」

「応よ」

 

 

 

 暫く走らせ、大きな岩陰で梓はⅣ号を停止させた。

 

「澤殿、この後どうするのでありますか?」

「はい、秋山先輩。……車長はわかりませんが、向こうのメンバーは間違いなくいつものウサギさんチームだと思います。つまり……」

「梓さんの手の内は知り尽くしている、と?」

「そうです、五十鈴先輩。特に沙希には要注意です」

「丸山さんか。確かに無口だが鋭いな、彼女は」

「エレファントの弱点を指摘したり、観覧車に目をつけたのも沙希ちゃんだったっけ」

 

 歴戦の猛者揃いであるあんこうチームの面々も、揃って難しい顔つきになっている。

 普段の訓練であれば役割を決めて行うが、それは隊長であるみほの指示と計画に依る。

 だが、今はそれがない状態での対峙。

 誰も想定していない条件において味方同士で戦うのだから、すぐに名案が浮かぶ訳もなく。

 ……が。

 梓は、静かに切り出した。

 

「手の内を知られているからこそ、打つ手はあると思います」

「梓ちゃん、何か考えがあるの?」

「はい。まず、此処でM3を待ち受けます」

 

 地図を取り出し、梓はその一点を指し示す。

 

「梓さん。それでは此方の姿を晒す事になりませんか?」

「その通りです。相手の出方を見るのが目的ですが、同時に相手の位置も確認できます」

「……まるで、聖グロとの練習試合のようでありますな」

 

 梓は、表情を引き締めた。

 

「あの時は、結果として逃げ出してしまい西住隊長にも皆さんにもご迷惑をおかけしました。私も、覚悟がなかったのだと今でも思います」

 

 実際のところ、梓は逃げ出そうとするメンバーを引きとめようとはした。

 だが、連れ戻す前にM3が撃破されてしまい結果として敵前逃亡の格好となってしまった。

 その事に対し、梓は言い訳もせずみほに謝罪。

 みほはその場で謝罪を受け入れたが、梓はそれ以降チームの引き締めと自身の切磋琢磨に務めるようになった。

 兎に角賑やかで一人ひとりが個性豊かなチームだけに、その苦労は並大抵の物ではなかっただろう。

 そんな梓の姿に、メンバー達も成長を遂げていく。

 そうでもなければ、いくら戦力の少ない大洗女子学園チームとはいえ戦い抜く事など出来なかった筈。

 その意味でも、あの練習試合は戦車道を続ける限りずっと梓の心に残り続けるのかも知れない。

 

「発見されたらどうするの?」

「出来る限り、向こうに撃たせます。勿論、此方も反撃しますが」

「わかりました。撃破してしまっても宜しいのですね?」

「それが出来れば一番ですけど、可能であればお願いします」

「だが、その可能性は低いだろう。その後はどうする?」

「はい。この方角に、一気に向かって下さい」

 

 梓は地図をなぞる。

 

「だ、大丈夫なのでありますか?」

「冷泉先輩ならば。それで、一気に勝負を決します」

 

 そこまで言うと、梓は四人の顔をずらりと見渡した。

 

「無茶は承知の上です。どうか、宜しくお願いします!」

 

 そして、頭を下げた。

 

「車長は澤殿です。その命令には従うであります」

「秋山先輩……」

「うん、梓ちゃんの指示に従うって決めたもんね」

「武部先輩……」

「そうだ。西住さんもそうだった、私は指示通りに走らせるだけだ」

「冷泉先輩……」

「ええ。梓さん、私もやります」

「五十鈴先輩まで……ありがとうございます」

 四人が頷くのを見て、梓は奥歯を噛み締めた。

「では、びっくり作戦開始します。パンツァー・フォー!」

 

 

 

 小高い丘の上に姿を見せたⅣ号に向けて、M3は土煙を上げながら位置を変え砲撃を加えてきた。

 ドカドカと巻き上がる土砂の中、Ⅳ号も撃ち返す。

 その間にも、M3は距離を詰めてきた。

 

「……今です!」

 

 梓の合図で、Ⅳ号は全速力で走り出す。

 そのまま、斜面を駆け降りる。

 無論、砲撃を巧みに避けながら。

 当然車内は激しい揺れが続くが、誰も泣き言は漏らさない。

 梓は、改めてこのメンバーが最強だという事を思い知らされた。

 そして、その指揮を執る機会が与えられた自分の幸運にも。

(行ける……。ううん、行くしかない!)

 梓はキューポラから上半身を出し、行く手を見た。

 M3は此方の動きに対応し、砲身を向けてきた。

 

「ジグザグ走行で距離を詰めます! 威嚇射撃を続けて下さい!」

 

 梓の指示通りに、Ⅳ号はM3に迫っていく。

 

「合図で停止して下さい。同時に五十鈴先輩、砲撃を! ……停止っ!」

 

 阿吽の呼吸で放たれた一撃だが、M3は巧みに躱してしまう。

 

「左から回りこんで急停止! 一撃したらそのまま距離を取る……と見せかけて後方に回りこんで下さい」

「わかった」

「一撃して、すかさず次弾を!」

「了解であります!」

「お任せ下さい!」

 そして……轟音が鳴り響く。

 

 

 

 白旗こそ立っていないが、演習弾は見事にM3を仕留めていた。

 M3のキューポラが開き、車長が姿を見せた。

 

「ふふ。やっぱり負けちゃったね」

「に、西住隊長?」

 

 梓は驚いたが、他のあんこうチームメンバーは動揺する素振りもない。

 

「……まさか、皆さんご存知だったんですか?」

「そりゃそうよ、梓ちゃん。みほがいない時点でおかしいって思わなかった?」

 

 M3のハッチが次々に開き、ウサギさんチームの面々も顔を出す。

 

「でも、梓凄かった!」

「うんうん。本当、西住隊長と戦ってるみたいだったよぉ」

「あゆみ、優季……」

「私も冷泉先輩みたいに走れたら、もっとやれたのに」

「そればっかりは、ネットで聞いてもどうしようもないからね」

「…………」

 

 沙希は、相変わらず黙って梓を見ている。

 

「最後の澤殿、まるで西住殿のようでした」

「うんうん。梓ちゃん、これでもまだ不安かな?」

 

 梓は、砲塔から飛び降りた。

 

「秋山先輩、武部先輩。本当に、ありがとうございました」

「お礼なんてそんな」

「大した事してないし。それは、みぽりんに言って」

「ううん。沙織さんと優花里さんが知らせてくれたから……ごめんね、梓ちゃん」

「いえ、そんな。私が優柔不断だっただけです」

「じゃ、これでおあいこって事で」

「え? ……あ、は、はい」

 

 みほが差し出した手を、梓は慌てて握り返す。

 と。

 パンパン、と一斉にクラッカーが鳴らされた。

 

「梓、おめでとう!」

「え?」

 

 梓が振り向くと、その場にいた皆がクラッカーを手にしていた。

 

「やったね!」

「梓、ファイト!」

「よーし、やったるぞー!」

「やっぱり梓、西住隊長みたい!」

「みんな……。ありがとう」

 やっと、梓は笑う事が出来た。

 心からの、彼女らしい笑顔だった。




澤ちゃん、ハッピーバースデー♪

澤ちゃん推しの方もそうでない方も、どうぞよろしくお願いします!

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