比企谷八幡の消失。   作:にが次郎

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辿る道は、必ずしも同じとは限らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

あの悪夢のような12月18日が明けて、12月19日。

 

 

すべてが夢だったのではないか、なんて淡い期待をしていたが、残念ながらそんなことはなく、カマクラが布団の中に潜り込んでいた。暖かいなこいつ。

 

 

布団の中を覗き込んで、そのモフモフした毛並みを足でうりうりしてやると、また不機嫌そうに鼻をふすんと鳴らす。寝床を提供してやってるんだ。少しくらいモフモフしたっていいだろ。

 

 

俺の想いが伝わったのかどうかはわからないが、カマクラはそのまま少しだけされるがままにしていた。しかし、構われるのに飽きたのか、布団から這い出て扉へと向かう。

 

 

なんとなくだが、カマクラに話しかけてみることにした。わかっている。あの三毛猫のように哲学ネタを披露することはない。

 

名を呼ぶと、首だけ動かしてこちらを向く。自分の名前は把握しているようだ。

 

 

「おはよう」

 

「……」

 

 

当たり前だ。猫から挨拶が返ってくるわけがない。

そんなことを思っていると、カマクラは部屋の扉を爪でカリカリし始める。だからどうやって入ってきたんだよ。

 

 

ベットから半身を起こすと、キィッと音を立てて扉が開いた。ん?カマクラがやったのか?超能力?

 

 

残念ながらカマクラにそんなものは備わっていなかった。扉の向こうから姿を現したのは昨日と寸分変わらぬ姿の小町だった。

 

 

「兄貴、また寝坊?」

 

「ああ、悪い」

 

 

そう言われて時計を見ると、いつも起きる時間よりもだいぶ過ぎている。またやっちゃったな。

ああ、そうか。目覚まし代わりの携帯がないからか。やっぱり携帯ないと困るな。

 

 

小町は不機嫌そうな視線を俺に向け、カマクラを抱き上げてそのまま行ってしまった。

 

 

「起きるか」

 

 

グッと背伸びをして、ベットから立ち上がる。

窓を見ると、また霜が降りていた。

今日もまた一段と寒そうだ。やれやれだぜ。

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

起きるや否や、小町に昨日に続いて寝坊したことを注意された。その姿は母親が子を叱るのに似ていた。小町にも母性が芽生えてきたのか。

いや、違うな。ダメな弟を叱る姉のような感じの方が近い。

 

 

いやいや、そんなことはどうでもいい。

 

 

 

素早く身支度を整えて、家を出る。

昨日は晴天だったのだが、今日は打って変わって曇天。それも相まって一層寒々しく感じる。めっちゃ北風吹いてるし。

 

 

ヒューヒューと吹きすさぶ風にも負けずに今日も自転車を漕ぐ。

 

改めて自分の状態を確認する。

一晩明けたからか、昨日に比べてだいぶ落ち着いた。もう昨日のような失態は繰り返さない。もう一度、あんなことをすれば本格的に精神に異常を来したのではないかと疑われる。

リア充になった自分を演じる気はない。だが、出来るだけ平静を心がける。普通にするのだ。まず普通にあいつらと接するのが難しいのだが。

しかし、昨日も言ったが三浦たちにこれ以上心配をかけさせたくない。今の俺が正気を保てているのはすべて三浦のおかげだ。

なにより彼女を巻き込むわけにはいかない。

 

 

そんなことを考えつつ、学校へと辿り着く。自転車を駐輪場に止め、下駄箱へと向かう。

 

 

その途中、俺を呼び止める声が聞こえた。

 

 

「はちまーん!」

 

 

その声は材木座でも戸塚でもなく、彼女のものだった。

 

 

息を切らして俺の元へと駆け寄ってきた彼女は俺を睨みつける。

 

 

「なんで昨日シカトしたし!」

 

「な、なんのことでしゅ……」

 

「LINEもしたし、電話もしたし!」

 

 

俺に詰め寄り、気迫満点でそう言ったのは三浦。

 

 

「わ、悪い」

 

「昨日はいつもと少し違かったから……」

 

 

三浦は言葉はどんどん尻窄みになっていく。最後に”心配させんなし”と呟くように言った。

 

 

その言葉は俺の心を撃ち抜いた。

 

 

恋に落ちたとかそういうことじゃない。

俺は軽率だった。俺が彼女と関わっている以上、俺がどんな些細な変調だろうと、それを見せてしまえば彼女に心配をかけてしまう。俺は今の彼女にとってそういう存在になってしまっている。

俺は彼女を感謝するだけで、彼女の感情を何1つ考えてはいなかった。

 

 

感情を理解しない。俺の悪い癖だ。

 

 

今の俺が偽物でも、彼女にとって本物ではなくとも。

 

 

もっとちゃんとしなければいけない。

 

 

 

俺は今出せる最高の明るい声音で優しく言う。

 

 

「悪かった。昨日の帰りに携帯なくしちゃってな。連絡する手段がなくて」

 

「そ、そっか」

 

 

三浦はそうポツリと呟いた。彼女の顔には少しだけ安堵の色が見える。

 

 

「その、三浦」

 

「優美子!」

 

「ゆっ、ゆみこ……」

 

 

あまりの気迫に思わず三浦の名を呼んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと呼んでくれたし……」

 

 

 

 

また俺の心はまた見事に撃ち抜かれた。

彼女の見せた最高に嬉しそうな笑顔に。

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

教室に着くと、いつもの面々であろう人物たちが出迎えてくれた。

 

 

「うす、八幡!」

 

「ハロハロ〜」

 

「あ、おはよー」

 

 

俺は三浦とともに挨拶を返す。

話の中に入り、彼らの談笑に混じる。

誰も昨日の俺の変調に関して尋ねてくることはなかった。彼らなりに気を使っているのだろう。

俺は平静を心がけた。言い方を変えれば取り繕っていた。彼ら彼女らを傷つけないために。

それは俺の心に酷く突き刺さった。

俺は元いた世界で同じことをして失敗した。なのに、また同じことをしている。

 

 

このままでは、いつか崩壊する。必ず俺が偽物だとバレる時が来るのだ。

一刻も早く何とかしなければいけない。

 

 

もうこれ以上、嘘をつきたくない。

 

 

三浦を、彼女らを傷つけないために。

 

 

 

 

 

そこから何とか凌ぎ続けたのだが、休み時間の度に成される会話の中で、所謂内輪ノリ的なものに対応するのに非常に苦労した。

俺が何か発言する度に生まれる少しの間。彼らの会話に熱心に耳を傾け続けたのだが、”っべー”とか”それな”とか言ってるだけじゃ対応しきれなかった。その間が生まれる度に三浦がフォローしてくれた。俺、全然取り繕えてねえ……。

一昨日までボッチだった俺がカースト上位の会話に混ざるのはさすがに無理があったか。

しかし、諦めるわけにもいかない。昼休みまでで彼らの”リズム”と言うのだろうか、それは大体把握できた。もう少しレッスンが必要な気がするが、そんな時間もない。頭をフル回転させて会話に参加すれば何とかなるか。リア充の会話ってこんなに大変なんだな。これならボッチのが楽だわ。

ちなみに俺は葉山の立ち位置に押し上げられたわけだが、キャラは全然違うらしい。葉山がいいそうなことを言ってみたのだが、皆にポカンとした顔された。勇気を振り絞って発言してみたのだが、皆の反応は俺の精神に大打撃を与えることになった。やっぱ本物のイケメンは違うわ。何言っても許される。但しイケメンに限るってこういうこと言うんだろうな。

 

 

そんなこんなで現在、昼休みなわけでいつも通り俺は昼食を用意してはいない。という訳で購買に向かっているわけなのだが、今日は三浦もついてきた。彼女も昼食を用意していなかったらしい。

 

 

購買で適当に惣菜パンを2つほど見繕って三浦と教室に戻る道中、由比ヶ浜の姿を見かけた。彼女は1人ではなく、3人の女子とともにいた。なんだ、友達いるんじゃないか。って何の心配をしているのだ。あの部室で1人読書に耽っていたからといって俺と同じボッチというわけでないだろう。

 

 

そのことに何故だか安堵してしまう。なんでこんなことを思ったのか自分でもよくわからん。

 

 

何気なく離れていく由比ヶ浜の姿を見送っていた。すると、三浦がそれに反応する。

 

 

「あの子……」

 

「し、知ってるのか?」

 

「どれを?」

 

 

えーと、なんでそんなに睨みを利かせているんですかねえ。

どれをと聞かれてもどう答えればいいのか。三浦の問いに答えかねていると

彼女は視線を緩め、口を開く。

 

 

「一年の頃、あの子らがいじめやってんの見たことがあって」

 

「いじめ?」

 

「気が弱い子見つけて金せびったりしてた。あーし、そういうのマジで嫌いだからすぐに辞めさせたんだけど」

 

 

さすが三浦さん。学年カーストでもトップに君臨しているだけはある。

三浦の言う通り、今の由比ヶ浜は確かに気が弱そうで大人しそうだ。いじめのターゲットにされている可能性もある。彼女は今の光景を見てそれを察したのであろう。しかしそうでない可能性もある。だが、それを聞いてしまった以上、確かめないわけにはいかない。

 

 

「なら……」

 

「それはダメ」

 

「まだ何も言ってないんだけど」

 

 

俺の言葉を制した三浦は複雑そうな表情を浮かべる。

 

 

「女子同士のいざこざに無闇に男子が絡むとろくなことにならないし。それにその男子が八幡ってなったら余計に面倒だし」

 

「そ、そうか」

 

「だから前の時も八幡には言わなかったんだし」

 

 

なるほど。女子同士の揉め事は面倒だと聞いたことがあるしな。

しかしこのまま放っておくわけにもいかない。

 

 

「あーしが見てくる。先教室戻ってて」

 

「そういうわけには」

 

 

そう口にすると、三浦は強い眼差しを俺に向けてくる。”言うことを聞け”ということだろう。三浦には悪いがそうはいかない。あの小説にこんな出来事はなかった。何かのきっかけになるかもしれないのだ。見逃すわけにはいかない。

 

 

「いや、俺も行く」

 

「だから……」

 

「直接何かするってわけじゃない。少し遠目から見てるだけだ。それに何かあったとき、止める役が必要だろ?」

 

「あーしは喧嘩したりしないし!」

 

 

そんなことをどの口が言うんですかね?夏休みの合宿のとき雪ノ下に思いっきり突っ掛かって行って反撃されて泣いたくせにと喉ものまで出かかったのを飲み込む。

三浦はそんなことを思っていた俺から何かを感じ取ったのか、訝しむ顔をする。

 

 

「何?」

 

「なんでもない」

 

 

俺の心中をさらっと読み取るのは世界が改変されても共通なんですね。わかります。

三浦は落胆するようなため息をついて少し笑みを浮かべる。

 

 

「まぁ、こうなんのはわかってたし」

 

「何がだよ」

 

 

言っとくけど、普段の俺なら絶対にこんなことしないからね!いじめっ子からか弱い女の子を救うなんて絶対ない!別に由比ヶ浜だからってわけでもないんだからね!(言ってない)

 

 

「んじゃ、さっさと行くし」

 

 

軽く返事をして、三浦とともに由比ヶ浜を追う。

 

 

女子トイレの中に入られたらまずいなとか考えていたのだが、彼女らが向かったのは屋上。相変わらず鍵が壊れているあの屋上だ。確か、女子同士の間ではそこそこ有名だとか聞いたことがあるな。それにしても屋上って。

 

 

見つからないように後を追う。

なんだか探偵になった気分だ。まぁ俺が探偵になるわけはないんだが。意味深。

 

 

そんなことを思いつつ、屋上へと到着する。彼女らは既に屋上に出ている。とりあえず俺と三浦は屋上の外へ出るドアをの前で待機。そろりとドアを少しだけ開き、彼女らの会話を盗み聞く。

 

 

「由比ヶ浜さんさ、昨日のアレなに?」

 

「あ、あれは、あの、忘れ物をして」

 

「の割には嬉しそうだったじゃん」

 

 

由比ヶ浜は何かを問い詰められているようだった。これだけではまだ判断しきれないな。

 

 

三浦とともに耳を澄ましていると、驚愕の言葉を耳にする。

 

 

「由比ヶ浜さんさー、〇〇が比企谷くんのこと”好き”だって知ってるじゃん。なのに、なんで?」

 

 

 

 

 

 

 

 

はああぁぁぁああ!!??

 

 

 

思わず声をあげそうになり、慌てて口を塞ぐ。

え?なんで?俺のこと好き?まじで!?

 

 

慌てふためく俺を三浦は、何驚いてんの?みたいな顔で見る。いやいや、なんでそんなに冷静なんですかね?

 

 

「い、今の聞いたか?」

 

「いや、今更何驚いてんだし。八幡のこと好きな女なんかこの学校に1人や2人いるっしょ」

 

 

そうか。今の俺、葉山なんだっけ。錯乱。

いや、違う。葉山みたいな立ち位置だ。

確かに葉山のことを好きな女子は1人や2人くらいいるだろう。てか、それだけでは済むまい。

 

 

俺が混乱している間にも彼女らの会話は進んで行く。

 

 

「〇〇が好きなの知ってるくせに、昨日、部室で何してたの?」

 

「だから、あれは……」

 

「由比ヶ浜さん。私らがあんたと仲良くしてる理由ってなんだかわかってる?」

 

「そ、それは……」

 

 

由比ヶ浜の声はどんどん弱々しくなっていく。一方、問い詰める彼女らの声はさらに大きく強いものになっていく。

 

 

「いっつも1人の由比ヶ浜さんがいじめられないように私らが仲良くしてあげてるんじゃん。なのにさー」

 

「まぁ気持ちはわかるよ?比企谷くんカッコいいし。でもさー、その人を好きだって言ってる子が友達にいるのに1人で抜け駆けしてそれはないよねー?」

 

「あの、その……」

 

「じゃあ何してたん?」

 

 

そう強く問い質された由比ヶ浜は蚊の鳴くような声で返答する。

 

 

「あの、その、ひ、比企、谷くんがあの部室に、忘れ物をしたって……」

 

「あんな誰も寄り付かない文芸部室に比企谷くんが来るわけないじゃん」

 

「け、携帯を忘れたって……」

 

「もう嘘つかなくていいよー」

 

「んで、本当は何したん?ほら、言ってみなよ」

 

 

自分にもたれた好意に混乱する気持ちは既にどこかへ消えていた。今、俺の中に噴き上がるのは怒り。俺のせいで、俺が昨日、あの部室に行ったから由比ヶ浜はこんなにも責め立てられている。そのことに堪らなく腹が立つ。由比ヶ浜は何も悪くない。責められる理由など何1つない。

 

 

拳をぐっと握りしめる。もう我慢できない。らしくないのはわかっている。それでも!!

 

そう思い立ってドアに手をかけようとした時、三浦が俺の手を掴む。俺は彼女に抗議の眼差しを送る。なぜ止める?もうこれは歴としたいじめだろ?

 

 

それでも三浦は顔を横に振った。

 

 

三浦にも思うところがあるのだろう。今、俺が出て行ってもどうにもならないことはわかっている。

 

 

俺はやり場のない感情を握り締める。

 

 

外からは変わらず由比ヶ浜を問い質さす声が聞こえる。少しの間の後に、諦めたような声がした。

 

 

 

 

「入部、届けを…渡しました……」

 

 

 

その言葉に胸が痛くなる。

昔似たようなことを自分も体験したことを思い出す。

何1つとして悪いことはしていない。それなのにそれがあたかも悪行の如く扱われ、白状させられる。

高校生になったからといって大人になったわけじゃない。大人になったからと言ってもたぶん変わらない。

 

 

本当にクソッタレだ。

 

 

こんなことに腹を立てても意味はない。他人を変えることなどできないのだから。

 

 

「マジかよ。ちょーウケる!!」

 

「あーなに?あれだっけ?文芸部って廃部の危機なんだっけ?だから?」

 

「あ、いや、その……」

 

「えーはっきりしてよー?」

 

 

彼女らは笑いながら問い詰め続ける。

由比ヶ浜の声には涙篭っているように聞こえる。

 

 

「ね、なんで?」

 

「その、お礼がしたくて……」

 

「お礼?なんのお礼?」

 

「その、あ、いち…ね……」

 

 

俺はもう我慢できなくなっていた。その我慢の限界を振り切るほどの言葉が由比ヶ浜に向けて発せられる。

 

 

「はっ、バッカじゃないの?どうせ全部嘘でしょ?比企谷くんと仲良くなりたくてそんなことしたんでしょ?」

 

「ち、違う」

 

「あんたみたいな根暗ボッチが比企谷くんと仲良くなれるわけないじゃん。身の程を知れっての」

 

 

その言葉を聞いて、俺は外へと飛び出そうとした。しかし、それよりも早く三浦が俺を制して外へと出た。

 

 

バンッと大きな音を立てて扉が開き、それに外にいた全員が不意打ちを食らったような顔をする。その中の1人が取り繕ったように口を開く。

 

 

「どうしたの三浦さん?」

 

「どうしたじゃないし」

 

「え?」

 

「ここで何やってたんだし」

 

「な、何って……」

 

 

三浦の醸し出す圧倒的な威圧感に焦りを隠せない女子3人。由比ヶ浜は目にたまる涙も忘れ、ポケッと口を開けて何が起きたのかよくわかっていない様子。

 

 

 

「「何してたのかって聞いてんだよ!!」」

 

 

 

 

うわっ、怖え。

三浦の一喝で場の空気は静まり返る。俺の怒りもどこかへと身を潜めてしまった。

 

 

何も答えず、気まずそうに目線を泳がす女子3人。それに三浦が追撃する。

 

 

「あーしさ、昔やめろって言ったよね?」

 

「え?なんのこと?私ら何もしてないよ?」

 

「じゃあ何でこの子泣いてんだし」

 

「え、いや、その……」

 

「ちゃんと説明しろし!」

 

 

三浦の気迫迫る追及に女子3人は恐れ戦く。その中の1人が扉の向こうにいる俺に気がつく。

 

 

「あ、比企谷くん……」

 

「え、うそ……」

 

 

俺を発見するなり、その中の1人の顔がみるみる赤くなっていく。おそらく俺を好きだと言った女子なのだろう。

その女子は口を押さえて、涙を浮かべる。

 

 

「何泣いてんだし」

 

「え、あ、その……」

 

 

泣き出した女子を見て、三浦の怒りひさらに火がつく。追い打ちをかけようとする三浦を宥めるように俺は屋上の外へと出る。

 

 

「もうその辺にしとけ」

 

「こいつらまだ謝ってないし!」

 

「もういいだろ。これ以上こんなのと関わっても良いことねえぞ?」

 

 

俺に”こんなの”と評された女子たちは、落胆、困惑、いろんな感情を含んだ表情をする。

俺の登場でとうとう耐えきれなくなったのか、泣き出した女子は俺の横を走り抜けて屋上を去っていく。それに連なって女子2人も後を追う。

 

 

「あ、逃げんなし!」

 

「やめとけって」

 

 

後を追おうとする三浦を何とか引き止める。三浦は不服そうな顔で俺を見る。その後、大きくため息をついてから言う。

 

 

「八幡は優しすぎるんだっての」

 

「今はそれよりこっちだろ」

 

 

身を翻して、由比ヶ浜のほうに体を向け、ただ呆然と立ち尽くす彼女に声をかける。

 

 

「大丈夫か?」

 

「う、うん」

 

 

由比ヶ浜は俺も視線を合わせることはなく、俯いて目に溜まった涙を拭う。

そんな彼女に三浦は近づいて肩に手を置き、優しく声をかける。

 

 

「元気出しなって」

 

「ありがと……」

 

 

由比ヶ浜は顔が見えないほどに俯いてしまう。感動しているというわけではなさそうだ。どちらかというと三浦にビビってる感じ。

三浦もそんなに空気の読めない奴ではない。肩から手を離して、一歩引いて距離を取る。

 

 

冷静になってから気がつく。だいぶやらかしてしまった。これでは由比ヶ浜は教室に戻りずらかろうに。というかそもそも同じクラスなのか?それを由比ヶ浜に尋ねる。

 

 

由比ヶ浜は俺の質問に辿々しく答える。

 

 

 

「〇〇さん達は、同じクラスで…ちょっと前から、声をかけてくれるようになって…それで……」」

 

 

彼女は言葉に詰まり、下唇を噛んで悔しそうな顔をしたままそれ以上は何も答えなかった。

彼女が悔しそうな顔をした理由。おそらくあの女子3人との関係が切れてしまったからではないだろう。

これは俺の勝手な推測だが、彼女はあの女子たちに利用されていたのではないだろうか。1人でいた彼女と仲良くするのを条件にいいように使っていたのではないか。

 

 

何とも胸糞悪い話だ。

上辺だけ仲良くして、何か気に入らないことがあればすぐに切り捨てる。

 

 

彼女はそのことに悔しそうな顔をしたではないのだろうか。

 

 

しかし、やってしまったものはもうしょうがない。彼女が失って後悔しているのか、それとも他に思うことがあるのかどうかは分からない。

 

 

何とも言えない気分になっていると、三浦が力強く、勇気づけるように由比ヶ浜に言う。

 

 

「あんなやつらもう忘れな!もしなんかあったらすぐにあーしに言って!」

 

「え……?」

 

「あーし、ああいうの大っ嫌いだから。本当、あいつらまじムカつく」

 

 

三浦はまだ怒りが収まらないようで眉間にしわを寄せる。

この世界の三浦は俺の知ってる三浦よりもずっといいやつなのかもしれない。いや、俺が知らなかっただけかもしれないが。

 

 

プンスカ怒る三浦から由比ヶ浜に目線を戻す。

彼女の目からは一粒涙から溢れていた。なぜ涙が流れたのか、理由はすぐにわかった。

 

 

また涙を流す由比ヶ浜に三浦は慌てて声をかける。

 

 

「あれ、どうしたん?まだなんかあんの?」

 

「いや、そうじゃなくて」

 

 

由比ヶ浜はここにきて初めて笑顔を見せ、こう告げた。

 

 

 

 

「こういうの初めてで、その、嬉しくて……」

 

 

 

由比ヶ浜はまた涙を拭う。

三浦の言葉に嘘はない。嘘偽りのない本気の言葉に心打たれたのかもしれない。

眼鏡を取り、涙を拭ってから見せた笑顔は俺の知っている由比ヶ浜の笑顔そのままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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