比企谷八幡の消失。   作:にが次郎

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どーも、にが次郎です。

久々の更新。かなり間が空いてしまって申し訳ない。




彼は突き進む。

 

 

 

 

 

 

 

葉山に連れられてやってきた店は如何にもリア充が好みのそうなオサレな喫茶店だった。

賑わっていそうな時間帯なのだが、なぜか謀られたように店内は閑散としていた。

 

 

中に入ると、ウエイトレス姿の店員が出迎えてくれる。中へと案内され、席に着くと同時に葉山が慣れたように注文をする。

 

 

「いつものコーヒーと紅茶を1つずつ。君はどうする?」

 

「じゃあ俺もコーヒーで」

 

 

注文を聞いた店員は行儀よくお辞儀をしてからごゆっくりと告げてその場を去る。

言葉の頭にあった”いつもの”とという言葉や慣れた様子から察するに葉山はこの喫茶店をよく利用しているようだ。付け加えて雪ノ下の飲み物も一緒に注文したということは2人でよく来ているということか。

この世界ではこの2人はそこそこ仲良くやっているようだな。

なにより葉山の呼び方だ。確か、雪ノ下さんと呼んでいたような気がしたのだが、この葉山は”雪乃ちゃん”と呼んでいる。雪ノ下は変わらず、葉山くんと呼んでいるが俺には2人がかなり良好な関係を築いているように思えた。別にだからと言って何か思うことがあるわけではない。本当だって。ハチマンウソツカナイ。

 

こうしてなんとか2人との接触に成功し、ここまで漕ぎ着けたわけだが、残念ながら俺はまだ落ち着きを取り戻せたわけではなかった。寧ろ、かなり焦ってる。

陽乃さんの名前を使ってここまで来たが、はっきり言ってノープランだ。ここまでの道中、必死に作戦を考えてみたのだが、どれも実行するに値しない。それに中途半端なものではこの2人には通じないだろう。雪ノ下のことだ。そんな俺の穴だらけの作戦ではほじくり返された挙げ句、完璧に論破されるに違いない。やべぇ、どうしよう。

 

 

1つだけ道があるとするなら陽乃さんについてだ。

この2人は陽乃さんの名前に異常なまでに反応した。この世界の彼女に何かあったのか?

第一、なぜすぐに陽乃さんに連絡を取らないのだ。電話1本ですぐにわかるだろうに。まぁ取られてしまうと俺としても困るのだが。

考察するならば、陽乃さんに何かがあって連絡が取れない状況にある。

それにしたって俺みたいな何処の馬の骨かもわからない奴の話に耳を傾けるほどの状況になっているのか?

わからない。この2人がそこまで切羽詰まるほどの何か。

どちらにせよ、これを上手く利用する他ない。

 

 

まったくまとまらない考えを強引に取りまとめているとここまでの道中も一言も言葉を発しなかった雪ノ下が口を開いた。

 

 

「あなたは姉さんとどういう知り合いなの?」

 

 

そう尋ねてきた雪ノ下の表情は真剣そのもの。その瞳には憂いが見える。

嘘をついている罪悪感からか、いや、正確には嘘ではないのだが、なんともやりずらい。

しかしここを突破せねば、鍵を揃えることはできないのだ。

最初の受け答えが一番重要。

アドリブが苦手な俺だが、そんなことを言っている場合ではない。

俺は一番且つ、正確な答えを回答する。

 

 

「俺は雪ノ下さんの後輩なんだ」

 

 

これは俺の勝手な推測だが、この世界に置いての分岐点は入学式の事故、もしくはその辺りだ。それより以前のことは改変されていない。ソースは俺。

中学時代の俺は変わらずボッチだった。証拠にしては不十分かもしれないが、細かいことを言い出せばキリがない。

つまりだ。あの事故より前が改変されていないとすれば、陽乃さんは総武高生だったはず。

しかしまだ穴はある。俺が総武高校に入学したときには既に陽乃さんは卒業していた。これについてどう辻褄を合わせるか。既に思いついてはいる。しかし、いささか強引過ぎる。

思い出せ。今、俺の目の前にいるのは俺の知っている雪ノ下や葉山ではない。同じ姿、同じような思考回路でも、2人からすれば俺はまったくの他人なのだ。しっかりしろ。もう一度、失敗すれば、終わりだ。

 

 

自分にそう言い聞かせ、できるだけ冷静にゆっくりと言葉を繋いでいく。

 

 

「俺の高校受験のときに知り合ってな。いろいろ面倒を見てもらったんだ」

 

 

あえて、陽乃さんが総武高生だったということは口に出さない。もし違った場合面倒なことになる。

それにこういう言い回しをすれば、卒業、入学に関してのすれ違いもクリアできる。

1つだけ難付けをするなら、俺みたいなのに陽乃さんはたぶん声をかけないだろう。彼女と知り合ったのは雪ノ下がいたからこそだ。だが、こんなところまでは突っ込んでこないだろう。

 

 

と、高を括っていたのだが、雪ノ下は当然のようにそれを口にする。

 

 

「あなたに?姉さんが?」

 

 

雪ノ下は訝しむ顔をする。

全てを言葉にしていないものの、言いたいことは完全に俺に伝わっている。

一方、葉山はというといつものイケメンスマイルを崩して、苦笑い。

俺としてみてもいろいろ思うところはある。が、今の優先事項はそれではない。

 

 

胸に突き刺さる視線をなんかとポーカーフェイスで乗り切る。

 

 

「いや、声をかけてきたのは雪ノ下さんだ。俺に言われても困る」

 

 

そう弁解すると、雪ノ下は顎に手をやり考えるポーズ。

久しく見たその姿に感慨に耽っていると、彼女はボソッと呟く。

 

 

「姉さんも物好きね」

 

 

いや、聞こえているからね?

こういうところは変わっていないようだ。

それはいいとして、もう少しで俺と陽乃さんの関係性をはっきりさせることができる。しかし、問題はその先にある。陽乃さんに何があったのかを聞き出さねばならない。

どう切り出すか考えていると、雪ノ下が先に口を開いた。

 

 

「比企谷くんと言ったかしら」

 

「ああ」

 

 

彼女の口から久しぶりに自分の名を聞いた。感覚的には10年越しに再会した友人に名前を呼ばれたレベル。友達いねえだろ、俺。

てか、名前呼ばれただけで何喜んでんだよ、気持ち悪い。

 

そんなどうでもいいことを頭に浮かべていると、そんなことが吹き飛ぶような質問が雪ノ下から投げかけられる。

 

 

「姉さんと知り合ったのはいつ?」

 

「え?」

 

「いつ?」

 

「いや、だから高校受験のときに……」

 

「もっと正確な時期よ」

 

 

彼女の突然のまくし立てるような言い方に気圧されてしまう。

問い質すとまでは行かなくとも、彼女の問いには完全に疑いが含まれている。気を緩めていたつもりはない。

どこにおかしなところがあった。完璧とは行かなくとも、それほどに目立ったツッコミどころはなかったはずだ。

何か俺の知らない別の情報があって、それが俺の言っていることと矛盾しているのか?

もしそうならばもうどうしよもない。

まさかこんなところを追及されるとは思っていなかった。

ちくしょうめ。ダメだ。上手い言い訳が思いつかない。俺が考えていたのはもっと先のことだ。今となってはそれすらも頭から抜け落ちそうになっている。まずい。冷静さを失うな。

 

 

「えーと、だな」

 

 

誤魔化すように時間を稼ぐ。

待てよ。改変があったのはおそらく入学式の事故かその辺りだ。

もしかしたらその時期に陽乃さんに何かあったのか?

この世界においての改変はその分岐点に集中していると考えるならば、陽乃さんに何かあったならその辺りが一番怪しい。

失敗した。もし何があって俺と知り合えない状況になっていたとするならば、俺の言っていることは矛盾している。

雪ノ下も明確に言ってこないあたり、俺にカマをかけているのかもしれない。

 

 

落ち着け。まだ手は残されている。

冷静になれ。

高校受験の時と明言してしまっている以上、その時期からはもうズラすことはできない。

しかしまだ1つ残されているものがある。またかなり強引な手だが仕方ない。

高校受験には2種類ある。一般入試と推薦入試だ。高校受験を経験したものなら誰しもが知っていることだろう。

一般入試は大体、2月の終わりから3月の中旬まで。

しかし推薦入試はそれよりも前だ。目指したことがないから具体的な時期はわからないが、おそらく1月。

これなら改変時期から逃れることができる。どこまでが改変時期なのかわからないという不安が残されている。というか俺の推測がまったく外れている可能性も否めないが、雪ノ下があんな風に言ってきたということはまだ可能性はある。

 

 

俺と2人の間には微妙な雰囲気が流れてしまっている。

これ以上長引かせてしまえば、この沈黙を打ち破ることができなくなる。

いくぞ。やるしかねえんだ。今更ビビってんじゃねえよ、俺。

 

 

心中で自分に叱咤激励し、意を決して口を開く。

 

 

「えーとな、確か、推薦入試のときだったな」

 

「推薦入試?」

 

「ああ、そんときに困ってた俺を助けてくれんだ」

 

 

まったくのデタラメである。

雪ノ下はまた少し考えるような間を取ってから尋ねてくる。

 

 

「推薦入試のときは在校生は休みのはずでは?」

 

 

はっきり言おう。くどい。

なんでこんなにも深く追求してくる。

雪ノ下からはどこか俺を試すような感じが見受けられる。いったい何がしたい?

 

 

この問いにはきっちりと答える必要はあるまい。逆に言えば、何から何まで正確に答えていても怪しい。

 

 

「なんであの時雪ノ下さんがあそこにいたのかまでは知らない」

 

「そう」

 

 

雪ノ下は目を細めて小さく呟くようにそう言った。

またも沈黙。すぐにここまで黙って葉山がそれを破った。

 

 

「もうその辺でいいんじゃないかい?」

 

 

いきなり何言ってんだこいつ。

葉山の言い振りからするにやはり俺を試していたのか?何のために?

そんな疑問を胸に抱く。

 

葉山は雪ノ下に笑いかけてから、種明しとばかりに語りだす。

 

 

「すまない。問い質すような真似をして。でもこれには少し訳があってね」

 

「訳?」

 

「ああ、陽乃さんがいなくなってから雪乃ちゃんにちょっかいをかけてくる輩が増えてね」

 

「は?」

 

「ん?」

 

「もう一回言ってくれ」

 

「いや、だから雪乃ちゃんに……」

 

「その前!」

 

「え?陽乃さんがいなくなって……」

 

 

いつの間にか口調が強くなっていた。

 

 

「そりゃどういう意味だ?」

 

 

イケメンスマイルを浮かべていた葉山の表情が険しくなる。

 

 

「知らないのか?」

 

 

2人の様子から陽乃さんに何かあったとは思っていたが、まさかそんなことになってるなんて。

 

 

「そうか。知らなかったのか。君が陽乃さんの知り合いなのは間違いなさそうだから教えておくけど」

 

 

葉山は一旦、言葉を切って押し黙ってしまった俺をまっすぐ見据えてこう告げた。

 

 

 

 

「陽乃さんは1年と9ヶ月前から行方がわからなくなったままなんだ」

 

 

 

×××

 

 

 

 

そこから葉山に事情を説明された。

葉山曰く、陽乃さんは今から1年と9ヶ月前になんの前触れもなく、突然、行方不明になったらしい。

 

 

2人はずっと陽乃さんの行方を探しているとのこと。

 

 

なぜ2人が俺を試すようなことをしたのかについてはこう説明した。

陽乃さんがいなくなってから彼女の名前を使って雪ノ下に近づこうとする輩が増えたそうだ。陽乃さんに関する情報が喉から手が出るほど欲しかった当時の雪ノ下はどんな相手だろうと親身に話を聞いた。しかし、当然何の情報を得られることはなく、見えたのは男の汚い下心だけ。

そんな日々に嫌気が指した雪ノ下は陽乃さんの名前を出してくる輩には警戒心を強く抱くようになった。

しかし、中には本当に陽乃さんと本当に関わりがある人もいるかもしれない。だからこうして本当に関わりがあるのかを確かめるようになった。マジでいい迷惑だ。いやマジで。

 

 

まぁそんなこんなで様々な男どもが雪ノ下に下心全開で近寄ってきた訳だが、時が経つにつれてそれは徐々になくなっていった。

そしてそれが完全になくなった頃に俺が現れた。

なんで掴みかかるような真似をしたのかはわからない。

これは完全に俺の推測だが、それが自分に悪害がしか及ぼさないとしても、それがなくなってしまうということは周りの人間に陽乃さんが存在が忘れられてしまっているような錯覚に陥っていたのかもしれない。だからあんな表情をしていた。

 

 

雪ノ下は焦っていたのかもしれない。

だからあんなにも昂った姿を見せた。

 

 

しかしながら、やはり繋がっていた。

今から1年と9ヶ月前ということは一昨年の3月に陽乃さんは行方不明になったことになる。だから雪ノ下はあんなにも正確に時期を問いてきたのか。あのまま3月と答えていたら失踪時期と被ってしまっていた。俺の言っていることと矛盾が発生してしまう。危ないところだった。やはり雪ノ下は雪ノ下と言ったところか。

 

しかしまぁ、なかなかややこしくなってきやがったぜ。陽乃さんの失踪には何か意味があるのか?

というか本当に行方不明なのだろうか。家出にしては大事になり過ぎている。あのコンビニで見かけた人物は他人の空似だったのだろうか。やはり俺の見間違いか。

1年以上も行方が分からない人間があんなところをのこのこと歩いていたりはしないだろう。というか誰かに発見されている。

考えていても仕方がない。それからこのことは雪ノ下には悪いが口に出さない方いいな。何の確証もない。

ついさっき見かけたなんて言ったら彼女は今すぐにでもここから飛び出して行ってしまいかねない。

 

 

葉山の説明を聞いた後、俺はしばらく黙りこんでしまっていた。思案に没頭していると、雪ノ下が俺を現実へと引き戻す。

 

 

「ちょっと、大丈夫?」

 

「ああ、悪い。大丈夫だ」

 

 

口ではそう言ったが、まったくもって大丈夫じゃない。もう頭の中は完全にこんがらがっている。

結局、考えがまとまることはなく、説明を聞いてから言葉を発さなくなった俺にしびれを切らした葉山が核心をつくように尋ねてくる。

 

 

「そろそろ君がなぜ俺たちに会いに来たのかを教えてくれないか」

 

 

葉山の言葉はより俺を混乱させる。

いや、忘れてたわけじゃないよ?あまりに衝撃的で忘れてただけ。忘れてたんじゃねえかよ。

しかし、2人に言おうと思っていた言葉たちは本当に頭から抜け落ちていた。マジで全然思い出せない。

 

 

この状況はなかなかにやばいな。

まさか行方不明になってるとは思ってもみなかった。

こんなにも引っ張ってしまったのだ。陽乃さんに関する情報に飢えていると言ってもいい葉山と雪ノ下の俺への期待値はかなり上がってしまっているだろう。

 

 

俺の焦りを知ってか知らぬか、雪ノ下は追い打ちをかけるように言う。

 

 

「ここまでのあなたの様子を見ると、下衆な考えで私に近づいてきたようではないようだし。それに……」

 

 

雪ノ下の目には疑問の色が強く出ている。

言葉を切った彼女の代わりに葉山が続きを述べる。

 

 

「君は俺たちを知っていると言ったね。それはなぜだい?君の俺たちを見る目は何というか」

 

 

昔から知っている人物を見るような目とでも言いたいのか。ああ、その通りだ。よくは知らないが、そこそこ知ってる。

くそったれが!マジで何やってんだ俺!

 

こんな状況に追い込まれてもハルヒやあの主人公なら何とか切り抜けてしまうのだろう。だが、俺にそんな力も能力もない。

マジでどうなってんだよ。なんでいなくなってんだよ。行方不明ってどういうこと?これじゃ”雪ノ下陽乃の消失”じゃねえかよ!

 

先ほどよりもさらに頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。ダメだ。このままじゃ自爆するだけだ。

冷静になれ。落ち着いて考えろ。

今、目前にある問題はなんだ?

 

 

落ち着け。投げ出すな。今、この現象に見舞われていているのはこの俺だ。

こんなことを考えるのはとてつもなく馬鹿らしいし、はっきり言って恥ずかしい。中二病にもほどがある。

世界が自分中心に回っているなんて考えたこともないし、なんなら世界から外れていると言ってもいい。

 

 

それでもだ。

 

この物語の主人公は間違いなく俺だ。

 

 

俺が。

比企谷八幡がなんとかしなきゃならないのだ。

 

 

考えろ。思考を研ぎ澄ませ。

 

 

俺がここに来た理由。

 

 

元の世界に帰るためだ。

 

それにはどうしたらいい。

 

雪ノ下をあの部室に連れて行く。

 

なら、彼女をどう説得する。

 

なんらかの方法で陽乃さんに関連させ、説得するが一番いい方法だろう。

 

しかしながら、先ほどもあったように安易な方法では、また矛盾を指摘される。

 

陽乃さんのことは雪ノ下の方が圧倒的に知っている。

 

ダメだ。俺はそれほど多く陽乃さんのことを知らない。

 

それに俺の知っている情報は陽乃さんが大学生になってからのものだ。

 

この世界の陽乃さんは失踪時期から見て大学には進学していない。

 

高校卒業間近に行方不明になったのだろう。

 

どうしたらいい?

 

思い出せ。ここまでの情報を整理しろ。

 

主人公が俺。

 

由比ヶ浜は長門。

 

葉山は小泉。

 

折本は朝倉。

 

あの小説の登場人物に当てはめるならこのくらいだろう。

 

足りないのは誰だ。

朝比奈さんは誰だ。一色か?三浦か?いや、重要なのは彼女じゃない。

 

ここで一番重要なのは”涼宮ハルヒ”だ。

 

ハルヒは雪ノ下なのか?

 

確かに小泉役の葉山とともにいた。

 

しかし、前に考察した通り、あの部室での会話。彼女も誰かから力を掠め取った可能性が高い。

 

ならば誰が、ハルヒ役なのだ。

 

あの小説のタイトルはなんだ。

 

涼宮ハルヒの”消失”だ。

 

この世界で消失しているのは誰だ。

 

 

 

 

雪ノ下陽乃だ。

 

 

 

 

このことから導き出される答えはなんだ。

 

もしもだ。もしも俺の考察が当たっていたとしよう。

 

雪ノ下陽乃がSFヘンテコパワーを持っていたとするなら。

 

馬鹿らしい。実に馬鹿らしい。

 

それでもだ。

 

雪ノ下陽乃から誰がその力を掠め取ったとして。

 

その誰かは雪ノ下陽乃が邪魔だった。

 

だからこの世界には雪ノ下陽乃はいない。

 

いや、犯人探しがしたいわけじゃない。

 

重要なのはそれじゃない。そんなのは後だ。

 

今、最優先事項は雪ノ下雪乃をあの部室に連れて行くこと。

 

それが今、最も俺がやるべきことだ。

 

今、俺の切れる手札はこれしか残っていない。

 

2人に俺の置かれている状況をすべて説明する。

 

雪ノ下のことだ。それだけなら頭のおかしい人だとひと蹴りにされてしまうだろう。

 

どうにかして陽乃さんのことを関連付けなければならない。

 

そうするためには雪ノ下から陽乃さんについて聞き出す必要がある。

 

姉妹である彼女たちはずっと一緒に生きてきた。

 

ならば、陽乃さんが何か特別な力を有していたことを知っているかもしれない。

 

些細なことでもいい。

 

それを聞くことができれば可能性はある。

 

落ち着け、冷静になれ。

 

もうこれは賭けだ。

 

失敗の許されない賭けってのはこんなにも怖いものなのか。

 

言葉を選べ。選び尽くすんだ。

 

俺の人生において一世一代の大勝負。

 

 

長いこと沈黙を守ってしまったおかげで2人にはいささか苛立ちが見え始めていた。

ビビるな俺。何も今から怪物と戦おうって訳じゃないんだ。

俺と同じ人間。俺と同い年の女の子と勝負するだけ。

 

 

俺は意を決して口を開く。

 

 

「雪ノ下、葉山。俺はお前らの疑問に答えることはできる」

 

 

ようやく口を開いたと思いきや、俺の回りくどい言い方に雪ノ下は眉間にしわを寄せる。

 

 

「なら今すぐに答えてちょうだい。これだけ待たせておいてその言い回しはなんなのかしら?」

 

 

彼女の口調はとても強い。

葉山もこればかりは擁護できないと口を挟んでくることはない。

俺は大きく深呼吸をしてから頭の中で作り上げた台詞を吐き出す。

 

 

「答えることはできるんだ。でもその前に1つ聞きたいことがある」

 

「先に質問しているのは私たちよ?こんなに引っ張っておいて、あなたは一体なんなのかしら?私たちをからかっているの?」

 

 

雪ノ下は間髪入れずに席から立ち、俺を見下ろすようにして激昂した。

まぁそうだよな。たぶん俺でもそうなる。

でもここで退くことは許されない。

俺は雪ノ下に負けじと声を張る。

 

 

「それはわかっている。悪いとも思っている。けど俺はお前らの欲しい情報を持っているかもしれない。でもそれを話すには雪ノ下、お前に1つ教えてもらいたいことがあるんだ」

 

「あなた、さっきから誰に許可を取って私をお前呼ばわりしているのかしら?もういいわ。あなたみたいな人を少しでも信用した私が馬鹿だったわ」

 

 

いつもの罵倒とは全く違う。本当に心の底からの罵倒。

なかなかに来るものがあるな。

そんなことを思っていると、雪ノ下はその場から立ち去ろうとする。

 

 

「さ、葉山くん、行きましょう。これ以上は時間の無駄だわ」

 

 

やはりダメかと思った瞬間、身を翻そうとする雪ノ下の手を葉山が掴む。

 

 

「待って、雪乃ちゃん」

 

「なに?あなたもこの男に感化されたの?もういいわ。好きにやってなさい」

 

 

雪ノ下がそう捨て台詞を吐くも、葉山は手を離そうとはしない。

葉山は先ほどまでの苛立った表情を崩して、少しだけ笑みを浮かべる。

 

 

「比企谷。君が雪乃ちゃんに聞きたいのは陽乃さんのことだろ?」

 

「ああ」

 

 

思ってもみない助け舟が葉山から出された。こいつの表情からはなにも読み取ることができない。

しかし、そんなことを考えている暇はない。これがラストチャンスだ。

俺は再び、大きく深呼吸をしてから真っ直ぐ前を見て、言葉を口にする。

 

 

「落ち着いて聞いてくれ。俺は今からとてつもなくアホらしいことを聞く」

 

「アホらしい?」

 

 

葉山は俺の言葉を聞いて少しだけ首を傾げる。雪ノ下は依然として俺を睨めつけたまま。

よし、行くぞ。もうなるようにしかならねんだ。

 

 

 

 

「雪ノ下さんは何か特別な力を持っていなかったか?」

 

 

 

 

その言葉を口にしてからとてつもない後悔の念に駆られた。

葉山は呆気にとられたようにポカンと口を開けているし、雪ノ下はさらに怒りが増したように歯を食いしばっているように見える。

 

 

ダメか。やっぱり俺には無理だったか。

 

 

そんな考えに行き着いて、俺は俯いた。

 

 

が、次の瞬間、俺の首元に手が伸びてきてまたもワイシャツを引っ掴んでグイッと引き寄せられる。

 

 

「なんで!?なんであなたがそのこと知ってるの!?ねぇ答えて!!」

 

 

目の前にはそう叫びながらも悲しそうに顔を歪めた雪ノ下の顔があった。

 

俺はこの状況に見合わぬ表情を浮かべてしまっていた。

そんな表情を浮かべていることをつかさず雪ノ下に突っ込まれる。

 

 

「なにを笑っているの!?気持ち悪い!」

 

「わ、悪い。ただ嬉しくてな」

 

「2人とも落ち着いて」

 

 

すぐに俺と雪ノ下の間に葉山が割って入ってくる。

少々、騒いでしまったが、俺たちの他に客がいかなかったこともあり、店員に注意されることもなかった。

自分が賭けに勝った喜びやようやく解決の糸口が見出せた嬉しさから勝手に笑みが溢れてしまっていたのは反省している。それにしたって気持ち悪いって。

 

女子にマジで気持ち悪がられたことに少しばかり傷ついたが、もうそれはどうでもいい。

 

 

それよりも喜びが勝っている。

だが、まだ解決したわけじゃない。

賭けには勝ったが、本当の勝負はここから。

本当に喜ぶのはすべてを取り戻してからだ。

 

 

 

バツの悪そうな顔で雪ノ下は自分の席に座り直す。

そこに図ったようなタイミングで注文した飲み物が到着する。クールダウンには丁度いい。ホットコーヒーだけど。

 

それぞれに飲み物を受け取る。

俺は当たり前のようにテーブルの隅に置かれている角砂糖の容れ物を自分のように引き寄せて、喫茶店のマスターがブチ切れそうなくらいに角砂糖をコーヒーにぶち込む。あー、うまい。マッカンには負けるけど、喉乾いてたから超うまい。

 

 

ふと、視線を感じて前を見ると、2人が軽蔑するような目線を俺に向けてきた。

極限の緊張から解放されたからか、言葉は思っていたよりも滑らかに出てきた。

 

 

「なんだ?」

 

「いや、なんでもない」

 

「なんでこんなヘンテコな人が、まぁいいわ」

 

 

葉山は苦笑い。先ほどの怒りは既に治ったようで雪ノ下はこめかみに手を当てていつものポーズ。

いいじゃねえか。頭使ったから糖分が必要なんだよ。

 

 

雪ノ下は諦めたようにため息をついて、紅茶に口をつけてから尋ねてくる。

 

 

「なんであなたがそのことを知っているのかしら?という質問には答えてもらえるのかしら?」

 

「ちょっと待ってくれ。順を追って説明する」

 

 

そう告げて、頭の中を整理する。

雪ノ下のさっきの反応からして俺の考察は当たっている。

しかし、ここまで来たものの、どう説明すべきか。

そう思い悩んでいると、雪ノ下が釘を刺してくる。

 

 

「また黙りはナシよ?」

 

「わかってる」

 

 

えーと、あれがこれでこうだから。

よし、これで行こう。

 

 

「雪ノ下。お前の姉が特別な力を持っていたのは間違いなんだよな?」

 

「ええ、葉山くんも一緒に見ているわ」

 

「ああ、俺もこの目で目撃している」

 

 

葉山も知っているのか。まぁそれはそれで話しやすい。

 

 

「えっとだな。俺は雪ノ下さんが持っていた力の詳細を知っているわけじゃないんだ。そのなんというかだな」

 

 

俺のはっきりしない物言いに雪ノ下はまた眉を潜める。このゆきのんは結構短気なのね。

 

 

たぶんこれ以上、こちらからの質問は許されないだろう。それに陽乃さんがその力を有していたことさえわかれば、2人も俺の話を真面目に取り合ってくれるかもしれない。そろそろ俺に関する情報を明かそう。

 

 

「そのなんというか、俺がここに来たのは陽乃さんの力が関係しているかもしれないんだ」

 

「それはもうわかっているわ」

 

 

当たり前でしょ?と言わんばかりの雪ノ下。わかったよ。そんなに急かすな。

 

 

「またアホらしいことを言うんだが」

 

「もういいから早く言いなさい」

 

「そのだな。冷静に聞いて欲しいんだが」

 

 

俺は一旦言葉を切る。

2人は俺を食い入るように見つめながら続きを待つ。

 

 

これを言うのが一番恥ずかしいんだよなー。

しかしこれ以上、雪ノ下を怒らせたくない。

よし、腹を決めろ。いくぞ。

 

 

俺は噛まないようにどもらないようにゆっくりとその言葉を口にした。

 

 

 

 

「俺はこの世界の人間じゃない」

 

 

 

 

「はい?」

 

 

 

 

 

 


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