どーも、にが次郎です。
今回で連投終了です。
3月中に完成させるつもりだったのですが、間に合いませんでした。
次の更新で完結まで行く予定なので、宜しければお付き合い願います。
では、どーぞ。
染まったその部分を見て、俺はしばらく放心していた。
なんでこんなことが起きているのか。
このことにとてつもない危機感を覚える。
一連のおかしな出来事は俺の頭の中で既に繋がっている。
原因はすべて___にある。
この世界の俺の立ち位置に依存して、あの空間を楽しいと感じてしまっていたからだ。
これは絶対にやってはいけなかったこと。この世界の俺と___を重ね、自分のものにしようとしていた。
本当にクソッタレだ!自分の醜さにヘドが出る。なんで俺は……。
(わかっているんだろう?)
このまま行けば、俺はこの世界の色に染まってしまう。
思い出せ。この現象に見舞われた当初の決意はどこへ行った?そんなに簡単に消えてしまうものだったのか?その程度のものだったのか?
自分を戒めるべく、自らに問いかける。
それから小町に声をかけられて俺は風呂に入ってから身支度をして学校へと向かった。
×××
登校中、コンビニに寄って黒髪戻しの缶スプレーを購入した。それを使い、金色に染まってしまった部分を黒く染める。
なんでこんなことをしたのか。
見た目に悪いというのもあるが、1番の要因はこのまますべての髪が金色に染まってしまうのではないかという恐怖があったからだ。髪の毛が勝手に染まっていくなど、あり得るわけがない。現実味をまるで帯びていない。
これまでに想像を絶する現象、変化に巻き込まれてきたわけだが、とうとう俺自身にまで変化が現れ始めた。
この世界でたった1人取り残された俺を世界は異物だと判断したのか?
急がなければならない。おそらく時間はもうほとんど残されていない。それに今日は金曜日だ。今日は20日で土日を挟めば、月曜日は終業式だ。下手すればそのまま冬休みに突入してしまう。
今日は何かしらの行動を起こしておかなければならない。
まだぼんやりとした頭痛は消えていない。もしこれが警告だとするなら、この痛みが消える前になんとかしなければいけないということだ。
黒髪戻しの缶スプレーを制服のポケットに突っ込んで、焦る気持ちを足に込めて強くペダルを漕いだ。
学校に着くと、いつもよりざわざわとしているような印象を受けた。たぶん今日が最後の授業となるからだろう。
冬休みを目前とした生徒たちが騒つくのも頷ける。本来なら、俺もそっち側にいたはずなのだが、今の俺は冬休みなど来るなとそう強く思っていた。
いつも通り自転車を駐輪時に止め、下駄箱で上履きに履き替えて、教室に向かう。教室に着くと、いつもの面々は既に登校していた。
「八幡、おはよー」
皆それぞれに挨拶をする。
「おう、おはよ!」
俺の挨拶にその場にいる面々は驚いたように目を丸くした。俺も皆と同じように驚いた。何に驚いたかって自分のした挨拶にだ。なぜ、俺はこんなにも元気に挨拶をしたのだ。今までの人生で一番元気よく挨拶したのではないかというレベル。
皆が驚いている中で戸部がいち早く再起動する。
「八幡、今日マジ元気よくね?」
「おお……」
自分で元気に挨拶をしておきながら戸部の溢れんばかりの力のこもった勢いに気圧される。
「八幡、やっと元気になったのかし」
「ようやくいつものハチハチに戻ったねえ〜」
自分の席に座っている三浦と海老名さんも笑顔を俺に向ける。それに俺も笑顔で答えて、自分の席に座る。それからいつも通り朝のHRが始まるまでの時間、皆とたわいもない談笑をした。それと同時にあのぼんやりととした頭痛は次第に弱くなっていた。
授業が始まって、授業間に挟まれる休み時間でも俺は自分を見失わないように努力した。しかし、そんな努力も虚しく、俺の意思とは違う行動、言動を繰り返した。
消えてゆく。___が___じゃなくなっていく。
3時間目の授業を終え、尿意を催した俺はトイレに向かう。
さっと済ませ、手を洗う。
ふと、見上げた洗面台な鏡を見て、俺はまたも驚愕する。
「何やってんだ俺は……」
鏡に映る俺の前髪は金色に染まっていた。
心中で自分に暴言を吐きながら、制服のポケットから黒髪戻しの缶スプレーを取り出し、頭に振りかける。
もう頭痛などほとんど感じない。
今はまだ辛うじで自分を保てている。
しかし、いつ俺の意識が消失してしまうかわからない。
自分が自分でなくなっていく恐怖。
もう発狂していてもおかしくはない。そうなっていないのはたぶん_____だからだ。
もう一体なんなんだ。何がしたい。
何か望みだ?___はどうしたいんだ?
教室に戻って、授業が始まってからも俺は机に突っ伏し続けた。
思い出せ。___は何をしようとしていたんだ。何かを取り戻したかったんじゃないのか?
(もういいんじゃねえの?)
ダメだ。大事なことなのに。忘れてはいけないことなのに。思い出そうとすればするほどに激しい痛みが頭に走る。なんだよ、これまでとは逆になってるじゃねえかよ。
(もういい加減諦めろよ)
なんでだ。なぜ思い出せない。
あんなに大切だと思っていたのに。もう顔すらも思い出せない。
記憶が欠落していく。掌から溢れる砂のようにサラサラと頭から抜けていく。
彼女らの名前はなんだ?
________と________。
(心配するなって。あいつらだってお前がいなくても楽しくやってるよ)
もううるせぇ!!黙れ!!
自分の頭の中に響く言葉に激昂する。
さっきからなんなんだよ。
お前は誰だ。
(俺はお前だよ)
背筋に悪寒を感じ、突っ伏していた顔を上げる。そこには”俺”が立っていた。
×××
これは幻覚だ。
とうとう俺の頭はオシャカになったらしい。
(そうじゃない。俺はお前自身だ)
こんなことが現実にあり得るわけがない。
(さっきからそればっかりだな。いい加減に認めろよ?楽しかったんだろ?嬉しかったんだろ?)
やめろ。そんなことを言って俺を貶めようとしても無駄だ。
(どの口がそんなこと言う。俺は全部知ってるんだぜ?)
もううるせぇ。消えろ。俺をこんな目に遭わせている奴の差し金だろ?
(マジでめんどくせえな、俺。てか、俺はお前だから消えねえよ)
お前はなんなんだ。何がしたい?
(俺はお前の心。まぁ簡単に言えば”本音”、”本心”みたいなもんだ)
なら、お前は俺の本心を知っているのか?
(もちろん。というか自分でわかってんだろ?)
…………。
(お前はどうしたい?)
…………。
(このままこの世界でこの生活を続けるか?)
…………。
(それともあいつらとの日々を取り戻したのか?)
今の俺にそんなことができるのか?
もう顔も名前も思い出せないのに。
(知りたいか?なら、教えてやるよ。あいつらの名前はな………)
目の前に現れた俺は名前を言いかけた瞬間に少しだけ笑って俺の前から姿を消した。
その代わりに俺の前に立っていたのは折本かおりだった。
×××
「比企谷、どうしたの?」
その声で我に帰る。
「いや、なんでも」
既に授業は終わり、昼休みになっていた。
「比企谷さ、この間皆に……下?とか…山はどこだ?って聞いてたじゃん?」
折本は何気なく世間話でもするかのように話す。くそ、とうとう耳までイカれたのか。重要な部分が聞き取れない。
俺は立ち上がって問い質す。
「なんだ!?もう一回言ってくれ!」
「え?なに?どうしたの?急に?」
「いいから早く!」
俺は食ってかかるくらいの勢いで言う。折本は若干引き気味にその名を口にした。
「”雪ノ下”と”葉山”だけど」
知らぬうちに笑みが溢れていた。
ようやく思い出せた。俺の記憶が、欠落した部分が、頭の中で綺麗に復元されていく。
俺は折本に問いかける。
「どこだ?」
「え?」
「雪ノ下はどこにいる?」
「そうそれね。この間、他校の友達と遊んだ時に聞いたの。そしたら海浜総合高校の生徒だって聞いたからさ。比企谷に言おうと思ってたんだけど、忘れてて」
まったく、このお茶目さんめ。
しかし、このタイミングはこれ以上にないくらいに最高だ。
俺にはまだやらなきゃいけないことがある。唯一、この世界から脱却する方法。それは”鍵を揃えること”。
気づけば頭痛も消えていた。
「折本、厚木に訊かれたら俺はペストと赤痢と腸チフスを発病して死にそうだったと伝えてくれ」
「え?ああ、うん」
俺の慌てた様子を見て、怪訝そうな眼差しを向けてくる。だが、それを答える間もなく俺の足は動き出していた。
コートをひっつかんで、走り出す。
ただ急いでいてもお礼は言っておかないと。
「サンキュー、愛してるぜ折本!」
走り出してから自分の声がやや大きかったことを後悔する。
教室を出る瞬間、騒ついたのがわかった。またやったな俺。しかし、かつての黒歴史を掘り返して身悶える暇もないくらいに俺は全力で走っていた。
×××
昼休みの生徒たちの喧騒の中を俺は駆け抜けていた。
下駄箱まで辿り着き、靴に履き替える。
外に出て、駐輪場に向かおうとしたが、校門のところに平塚先生の姿が見えた。平塚先生は缶コーヒーを片手にタバコを吹かしている。
くそ、なんでこんな時に限ってそんなところで一服してんだよ。
これで校門からは学校の外に出れない。よって自転車は使えない。
事情を説明している時間さえも今は惜しい。俺は校舎の裏に回ってフェンスを乗り越えて学校の外へと出た。
俺にしてはかなりの行動力だ。
それだけ今はあいつに逢いたかった。
ちくしょう。こんなにも雪ノ下に逢いたいと思う時が来るとは思いもしなかったぜ。あいつの罵倒が恋しく思える。
俺はがむしゃらに足を動かした。
海浜総合高校の場所は大体だが把握している。
どのくらい走っただろう。
もう気分的には42.195キロを完走している。どんだけ遠いんだよ。
しかし俺って本気を出せばこのくらい走れるんだな。普段の自転車通学に感謝だ。
そんなことを思いつつ、海浜総合高校の前に到着した。
おそらくまだ授業中。校内は静まり返っている。
切れたい息を整えつつ、俺は大事なことに気がつく。
急いで走ってきたのはいいが、まだ放課後ではない。まだ授業は終わっていないのだ。
焦りや不安、いろんな感情が俺を急かしたせいで色々見誤ってしまった。
こんなに急いで来ても授業が終わってないんじゃ雪ノ下が出てくることはない。
そのことに気がついて、思わず乾いた笑いが出た。
焦るな俺。ここが一番重要なんだ。この世界の雪ノ下がどう変化しているかわからない以上、下手に動いても失敗するだけ。
自分にそう言い聞かせ、吹きすさぶ冷たい風に耐えていると、ぐぅー腹の虫が鳴いた。
そういえば昼飯を食い損ねていた。なんなら朝飯も食っていない。確かすぐそこにコンビニがあったはず。
「腹が減っては戦はできぬって言うしな」
1人そう呟いて、コンビニに向かう。
来店すると、暖かい空気が俺を包んだ。弁当コーナーや菓子パン、惣菜パンの並ぶ商品棚の前で何を食べようかと1人思い悩んでいると、かつて俺が好んで食べていたあの菓子パンを発見した。この菓子パンの俺の中のイメージが完全に三浦になってしまった。
結局、俺はその菓子パンとおにぎりを2つ、それから飲み物を購入することにした。
それらが入った買い物カゴを手にレジに並ぶ。しかし、なかなか順番が回ってこない。レジの方を見ると、胸にトレーニング中と書かれたプレートを付けたアルバイトの店員がカゴいっぱいに入った商品に悪戦苦闘している。
そのカゴいっぱいに商品を購入しようとしているのは既に還暦を過ぎているであろうご婦人。
どうでもいいことなのだが、なんでおばあちゃんってコンビニでこんなに爆買いするのだろうか。近所のスーパーに行った方が安いと八幡思うな。
俺が今並んでいるのは、入り口から見て、奥のレジ。
もう1つのレジの方が早いのではないかと何気なく出口側の方に目を向けると、1人の女性が雑誌コーナーから歩いてきて出て行くのが見えた。俺はその横顔を知っていた。
なんでこんなところにいるかはわからない。その女性は雪ノ下陽乃。
俺の知っている姿と寸分変わらぬ彼女に吸い寄せられるように俺の足は出口へと動いていた。
出口の前までやってきて、店員に呼び止められる。俺は買い物カゴを持ったままだ。
俺はすいませんと謝罪を入れてから買い物カゴを店内に置いて外に出る。
ここで陽乃さんに会ったのは偶然か、それとも必然か。
会って話したところでこの世界では俺と面識はない。相手にしてもらえない可能性だってある。
しかし、俺は彼女を追いかけてしまった。何かに繋がる気がしてしまったから。
彼女を追って外に出たものの、既に陽乃さんの姿はなかった。マジかよ。瞬間移動でもしたってのか。時間が限られている今、深追いもできない。
俺は諦めて店内に戻り、買い物を済ませた。
コンビニの外で手早く昼食を食べ、海浜総合高校まで戻る。
現在、校内では今年度の最後の授業が行われている。うちの高校と時間割はそう変わらないだろう。放課後になるまで、あと半刻ほど。
俺はできるだけ平静を保てるように努力した。落ち着け俺。焦ってはダメだ。
どれだけそう自分に言い聞かせても、逸る気持ちを抑えきることができなかった。
雪ノ下が授業が終わってすぐに下校するとは限らない。下手をすれば、何かしらの部活動に所属している可能性もある。そうなると、この寒空の下で待ち惚けることになる。それこそ本当に風邪を引いてしまう。
いくらコートを着ているとはいえ、寒いものは寒い。それに加えて、かなりの距離を走ったおかげでかいた汗が乾き切っていない。
考え得るマイナスの要素で頭がいっぱいになっていく。
もしかしたら、雪ノ下はこの高校でも奉仕部を設立して、活動しているかもしれない。
いや、これに関しては別に問題があるわけではない。しかし、なんだろうか。言葉に言い表し辛い感情が俺の中に湧き上がってくる。
人を待つことに慣れていない俺にはこの時間はかなり長く感じた。
両手をポケットに突っ込んで、肩をすくめていると、ようやく終業のチャイムがなった。
ようやくだ。とうとうこの時が来た。
焦るな俺。落ち着け俺。
校門からはどんどん生徒たちが吐き出されていく。
目を凝らし、その1人1人の顔を確認していく。
そして、その時は来た。
校門から吐き出された生徒の群れの中におそらく死ぬまで忘れることのない女の顔が混じっている。
驚いたことに長かった髪は短くなっており、肩のあたりで切り揃えられていた。その姿にしばらく見惚れてから俺はその女子が彼女だと確信する。
青いブレザーに身を包み、首には俺の知っている柄と同じマフラーを巻き、変わらずニーハイを履いている。
少しずつ、距離が詰まっていく。近づけば近づくほど、表情がよく見えてくる。
その表情を見て、俺は胸がギュッと締め付けられるような感覚を感じる。
俺のすぐ目の前をこちらに向かって歩いてくる彼女の表情はあの部室で浮かべていたものによく似ていたからだ。
ようやく会えたってのに、なんでそんな顔をしてやがる。
海浜総合高校の生徒たちは立ち尽くす俺を邪魔そうに左右に避けていく。
彼ら彼女らの訝しむ視線など気にもならない。
俺は立ち尽くしたまま、近づいてくる彼女を見つめていた。
逢いたかったぜ、雪ノ下。
不覚にも笑みが溢れていた。
発見したのは雪ノ下雪乃だけではない。
彼女の隣を歩きながら何やら話しかけている男子生徒。それはあの見飽きた爽やかな笑みを浮かべる葉山隼人に相違ない。予想はしていたが、こいつの顔を見て嬉しくなる時が来るとは思わなかったぜ。
感慨にふけるのはあとにしよう。2人の姿がだんだん近づいてくる。
情けないことに俺の鼓動はどうしよもないくらいにアップテンポを刻んでいる。このクソ寒いのに一度引いたはずの汗がまた滲み始めた。
2人は俺の3メートル前までやってきた。そこで雪ノ下が俺を一瞥。おいおい、そんな不審者を見るような目で見てくれるな。懐かしくなるだろうが。
もちろん彼女は足を止めない。すぐに下に視線を落として、俺の横を素通りする。
「おい!」
なんとか声を発する。なに緊張してんだ。これじゃまるで本物の不審者じゃねえか。
まだ彼女の足は止まらない。
俺は思いを握りしめて、彼女の名を呼ぶ。
すると、ようやく雪ノ下は足を止める。それに習って葉山の歩みも止まる。
そして振り返って俺を再び一瞥。その睨みの効いた眼光は彼女の不機嫌さを表していた。
「突然悪い、ちょっといいか?」
「………」
沈黙。
葉山も困ったような笑みを浮かべる。
雪ノ下は俺から視線を外し、葉山へあなたの知り合い?という視線を送る。それに葉山は首を振る。そのあとに葉山は柔らかい表情を浮かべて尋ねてくる。
「何の用かな?」
「あ、えーとだな」
なにイケメンオーラに気圧されてんだ。しっかりしろ俺。
ここに来る道中で考えたこいつらを引き止める理由を素直に口に出せばいいだけだろうが。
残念ながらあの小説のように過去に強い接点があるわけではない。しかしないわけでもない。今はこいつらを引き止めるのが最優先事項なのだ。
「雪ノ下、昔のことを蒸し返すようで悪いが高校の入学式の日、お前は事故にあってるよな?」
雪ノ下は俺の問いを聞いてさらに強く俺を睨む。そしてようやく口を開いた。
「あなたのような礼儀も礼節を弁えない輩に答える必要はないわ。さ、葉山くん行きましょう」
「ま、待ってって!」
「なにかしら?これ以上付きまとうなら先生を呼ぶわよ?それとも警察に通報したほうがいい?」
「雪乃ちゃん、落ち着いて」
手に持っていた鞄から携帯電話を取り出す雪ノ下。それをなんとか葉山が宥めてくれる。
変わらず、睨みを利かす雪ノ下。俺は意を決して言う。
「あの事故の相手。自転車に乗った高校生だったろ?あれは俺なんだ」
それを聞いて雪ノ下は少しだけ反応したように見てたが睨む目つきを緩めることはない。
「それがどうした言うの?あの事故は示談で片付いたでしょう?もしかして報復に来たの?」
「違う」
「それともストーカーの類?なお悪いわね。警察に通報するわ」
なぜ彼女はこんなにも荒ぶっているのだ。俺の知っている雪ノ下よりもかなり高圧的だ。
「雪乃ちゃんに用があるなら俺が聞くよ。なにかな?」
険悪なムードに包まれる俺と雪ノ下の間に葉山が割って入る。相変わらずの性格だ。この葉山にはそれほど変化はないように見える。
葉山の申し出は有難いものだ。しかし、雪ノ下がそれを阻止する。
「葉山くん。こんな男に付き合う必要はないわ。それにあなた、総武校の生徒ね。警察に捕まりたくないのなら今すぐに私たちの前から消えてちょうだい」
まずい。周囲の生徒たちが騒つき始めている。雪ノ下に話を聞いてもらうためにいくつか手段を考えてきたつもりだったが、1つずつ試している暇はなさそうだ。
こんなことを考えている間にも雪ノ下は身を翻してしまっている。
俺はなんとか引き止めようと手を伸ばした。その瞬間、俺の手は強い力で掴まれた。
「そういうのはよくないよ。これ以上彼女の機嫌を損ねるつもりなら本当に先生を呼ぶ」
葉山の口調はとても強いものだった。
掴んでいる手も簡単には振り解けないほどに力が込められている。なにより俺を見る葉山の目には俺に対する敵意が見える。前言撤回だ。この世界の葉山は俺の知っているみんなに優しい男ではない。
「葉山……」
「俺も大事にはしなくない。大した用じゃないなら帰ってくれないか?」
「大した用だからこんなことしてんだよ」
俺は強い口調で葉山を睨みつけた。
考えろ。こいつらを止める方法はなんだ?はっきり言ってもう失敗していると言ってもいい。なにやってんだ俺!
焦る気持ちが強くなっていく。考えてきた方法も既に頭から飛んでしまっている。
そもそも最初の発言から間違っていた。なんでもっと冷静に言葉を選べなかったんだ。突然現れた知らない男にこんなことを言われたら腹が立つに決まってるじゃないか。
らしくない。本当に俺らしくない。なんでこんな方法を選んだ。
いろんなことがあり過ぎて切羽詰まっていたなんて言い訳をしたところでなんの意味もない。
バカだな俺。
俺の前からどんどん遠ざかっていく雪ノ下は俺の知っている雪ノ下とはさほど変わりはないじゃないか。
あんなことを言えば雪ノ下がこういう反応をするのはわかりきっていたことだろう。
ダメか。ここで終わりなのか。
そう行き着いて、目を閉じた瞬間、頭に閃きが走った。
俺とこいつらとの繋がりはない。
俺とこいつらの間に繋がりがある人物。先ほどのコンビニで見かけた女性だ。
俺はその人の名をはっきりと口にしたことはない。しかし考えるよりも先に口に出ていた。
「陽乃さん……」
「何か言ったかい?」
葉山は怪訝そうな顔で俺を見る。
もうこうなったら嘘でもハッタリでもなんでもいい。
俺の口にした名前が雪ノ下に届いたのだろうか。彼女の遠ざかる足は止まっている。
俺は腹の底から声を出す。
「俺は陽乃さんの知り合いなんだ」
口に出してしまってから後悔する。
さっき俺が言っていたこととどう辻褄を付けるかをだ。陽乃さんはあの事故とはなんの関わりもない。この世界での雪ノ下姉妹がどういう関係なのかわからないが、知り合いだと嘘をついて、雪ノ下に確認を取られてはすぐに嘘がバレてしまう。
ああ、もうダメだ。投げやりになってしまってはもうお終いだ。
俺は諦めたようなため息をついた。
「それは本当かい?」
葉山の声に俺は顔を上げる。
すると、顔を赤らめて、微かに涙を目に浮かべた雪ノ下が俺の目の前に立っていた。
「それは、本当かしら?」
「お、おう」
「はっきり答えなさい!!」
怒鳴るようにそう言う雪ノ下は葉山を払いのけて俺のワイシャツの襟を掴み、グッと引き寄せる。
「おわっ!」
「答えなさい!!」
「ほ、本当だ……。てか、苦しい……」
雪ノ下はその大きな瞳に涙を溜めながら俺を睨みつけた。しばらくそうしていたが、我に返ったのか、手を離してさっと距離を取る。
「どうしたんだ急に」
俺が咳き込みながらそう尋ねるも、雪ノ下は自分を抱くように手を組んで、何も答えなかった。
俺の問いには葉山が答える。
「そうか、手荒な真似をしてすまなかった」
「いや、いい。突然だしな。俺も悪い」
葉山は俺の言葉を聞いて、雪ノ下に確認を取るような目線を送る。その視線に雪ノ下は諦めたように頷いて答えた。
「君、名前は?」
「比企谷だ。比企谷八幡」
「俺は葉山。ってもう知ってるのかな?」
「ああ」
俺は短くそう言って答える。
なんだ。なぜこんなにも陽乃さんの名前に過敏に反応している。それに葉山は何かを察したようだ。どちらにせよ、今は好都合だ。
「ここじゃなんだ。場所を移さないか?」
俺は再び頷いて答える。
葉山は雪ノ下に近づいて一言告げる。
「ええ、わかったわ」
「じゃあ行こうか。この近くに喫茶店がある」
そう言った葉山の顔はどこか試すような感じを受ける。
俺は黙って頷いて彼らの後をついていく。