京と伊織がパートナーデジモンと出会ってから数日後の昼頃、
僕は学校をさぼって、田町のとある学校の正門が見通せる、建物の屋上に来ていた。
理由は、一乗寺賢の現状を確認する為。
ブイモンの話を聞いた後、僕自身もデジタルワールドを回って情報を集めたが、
どこに行ってもブイモンと同じような情報しか得られなかった。
――――デジタルワールドを荒らしている犯人は人間の大人。性別は恐らく女。
そして、情報を集めている最中に、直接その人間を見たと言うデジモンが居たので、
その人間の服装や、特徴を教えて貰った。
――――変な帽子とサングラスを身に付け、
腰まで伸びる銀髪の髪が特徴で、見るからに偉そうな女。だったらしい。
……間違いない、アルケニモンだ。
だが、原作ではアルケニモン達が行動を起こすのは、一乗寺賢が改心し、ダークタワーを建てる者が居なくなってからの筈だ。それなのに何故、今行動してるのか?
考えられる原因は、現状、一乗寺賢に何かがあったという原因しか考えられない。
だからわざわざ田町まで来て、一乗寺賢の様子を見に来ているのだ。
……まあ、一乗寺賢が、田町の何処の学校に通っていたかを覚えていなかったので、
彼の捜索に数日かかっている訳だが問題は無い。
その理由は、京と伊織がパートナーと出会った翌日に、
タケルとヒカリがデジメンタルを手に入れるのをこの目で確認しているからだ。
アーマー進化出来る選ばれし子供が4人も居るならば、よっぽどの事が起きない限り問題ないだろう。
……僕にはこの物語を主人公本宮大輔の存在抜きで、
出来る限り原作通りに進めるという役目があるのだ。
いくら選ばれし子供達が、この世界に重要な存在だとしても、
四六時中デジタルワールドでの動向を見張っている訳にもいかない。
そんな事を考えていると、学校の正門から次々と生徒が出てくる光景が見えた。
どうやら下校時刻になったようだ。
……さて、はたして一乗寺賢はこの学校にいるのか……
待ち続けて数時間後、そろそろ日が暮れ始め、部活動をしていた生徒も殆ど下校したので、
切り上げて、帰ろうと思い始めた時だった。
正門から一乗寺賢と思われる人物が出てくるのが見えた。
見た目はほぼ原作通りの姿だったが、原作と違い、メガネをかけていた。
僕は急いで、その場を後にし、一乗寺賢と思われる少年の後を追った。
後を追う事十数分後、一乗寺賢と思われる少年は、古びた建物……
おそらくゲームセンターと思われる建物の中へと入って行った。
僕もその後に続くようにその建物の中へと入った。
建物の中に入ってみると、そこには数年前と思われるアーケードゲームや、
コインゲームが多く設置されたゲームセンターの姿があった。
中は、外見とは違い、意外と綺麗に整頓されており、
人も平日の夕暮れ時だというのにそこそこいた。
一乗寺賢を探すため、店内をうろうろしていると、
突然、店内に歓声の声が響き渡った。
その歓声に引かれる様に、店内の子供がその声の元に集まっていった。
何があったのか気になったので、僕もその声の元に向かう。
向かってみると、そこには、大勢のギャラリーと、新記録と画面に大きく表示された
シューティングゲームの筐体と、その記録を出したと思われる中学生ぐらいの子供の後ろ姿があった。
良く見てみると、その隣には一乗寺賢の姿もあった。
……どうやら一乗寺賢はここに普通にゲームしに来ただけだったようだ。
そう判断した僕は、原作と少し違う一乗寺賢に疑問を覚えながらその場を立ち去ろうとしたが、
その時、ふと耳に入ったギャラリーの言葉に驚愕した。
「すげぇーよ!
――――遼、だと?
予想外の名前に僕は勢いよく振り返り、記録を出した中学生の背中を再び見つめた。
「秋山さんってホントゲーム上手ですね!」
「格ゲーでも遼さんが本気で戦って負けてるの見た事ないよ!」
中学生の少年が前を向いているせいで顔は未だ確認出来ていないが、
ギャラリーがその中学生の姓を言った事で、僕には彼が誰なのかが分かった。
――――秋山遼。
太一達八人の選ばれし子供は、アポカリモンを倒した後、
自身のパートナーデジモン達に別れを告げた後、デジモン達に見送られながら元の世界に戻った。
これが原作アニメのデジモンアドベンチャーの最終回だ。
だがこの終わりには少しだけ続きがあった。
――――デジモンアドベンチャーアノード・カソードテイマー。
これはアニメとはパラレルと言える立ち位置に存在する、ワンダースワンで発売されたデジモンのゲームの名前だ。
このゲームでは、太一達八人の選ばれし子供が元の世界へ戻った数か月後、『ミレニアモン』と呼ばれるデジモンが現れ、再びデジタルワールドに来た太一達を返り討ちにして捕えた。
そしてミレニアモンの力によって、今まで倒した悪のデジモンが復活し、
再びデジモンワールドに危機が訪れる。
『秋山遼』はそんな選ばれし子供達とデジタルワールドを救う為、デジタルワールドに召喚される。
つまり秋山遼は、俗にいう9人目の選ばれし子供なのだ。
……まあ、これはゲームの話であって、実際にはゲーム版の話は、
アニメの設定に対して大きな矛盾が複数存在する為、あくまでパラレルの話と解釈されている。
――――だが全く繋がっていない訳でも無い。
何故なら一乗寺賢に暗黒の種を埋め込んだのはミレニアモン――――
「……そういう、事か」
何故、アルケニモンが原作より早く行動しているかがわかった。
その理由は、一乗寺賢が選ばれし子供では無い……つまりデジモンカイザーが存在しない為、
アルケニモン自身が行動せざるを得なかったのだ。
そして一乗寺賢が選ばれし子供にならなかった理由は、
この世界にミレニアモンが存在せず、暗黒の種を埋め込まれなかったからだ。
ミレニアモンが居なければ、一乗寺賢が選ばれし子供になる事は無い。
だから、アルケニモンはこんな序盤から行動しているのだ。
この考えで間違いはないだろう。
……だが、それならどうしてこの世界にミレニアモンが現れなかったのか。
ミレニアモンは、太一とウォーグレイモンに敗れたムゲンドラモンと、
大輔とマグナモンに敗れたキメラモンが合体し生まれたデジモンだ。
現時点で、合体元のムゲンドラモンは既に倒されているが、キメラモンは現段階ではまだ生まれていない。
……そもそもキメラモンを作ったデジモンカイザーがこの世界に存在しないが、おそらく彼が居なくても原作通り誕生するだろう。
……そうでないと一乗寺賢に暗黒の種を埋め込んだミレニアモンが存在する理由に説明が付かないからだ。
僕はふと天井を見上げた。
恐らくであるが、ミレニアモンが現れなかった理由は、
大輔では無く、僕が選ばれし子供になった事が原因だ。
理由は分からないが、大輔によって倒される事でキメラモンは、
ムゲンドラモンと合体し、過去に戻って、太一達を捕え、デジタルワールドを支配する。
大輔さえ選ばれし子供になっていれば、ミレニアモンが誕生する。
ミレニアモンが存在すれば、一乗寺賢は体に暗黒の種を埋め込まれる、
そうなれば、原作通り一乗寺賢はデジモンカイザーになるだろう。
……そう、現状ほぼ全ての異変は、大輔が居ない事によって発生しているモノだった。
僕が大輔の代わりに選ばれし子供になった事で起きてしまっている異変だったのだ。
目眩がした。
選ばれし子供になる前も、なってしまってからも、必死に原作を変えない様に過ごしてきた僕だったが、そもそも僕が存在するだけで、こんなにも原作に影響を与えてしまっていた事に気が付いてしまった。
無性にその場で泣きたくなったが、ぐっと堪えた。
泣いた所で何かが変わる訳でも無い。
自分の存在を恨みたくなっても、存在してしまっている以上どうしようもない。
僕は、僕のせいで迷惑をかけてしまっているこの世界の為にも出来る限り、
原作通りに話を進めなければならない。
……それに神が僕に言っていた、救世主になれと言う言葉の意味も考えなければならない。
「……僕が選ばれし子供になった事で大輔、君は今一体何をしているんだろうか」
恐らく僕の存在のせいで選ばれし子供になれなかった大輔の事がふと気になった僕は、
誰にも聞こえないような声量で疑問を口にした。
勿論その問いに答える者は誰も居なかった。