ブラキモンによって地面に叩きつけられたブラックウォーグレイモンは、立ち上がって再び戦闘体勢を取る様な事をせず、地面に大の字で倒れ込んだまま立ち上がろうとしなかった。
そんなブラックウォーグレイモンの姿を見て勝利を確信したかのような反応を見せる選ばれし子供達に反し、伊織とブラキモンは警戒を怠る様なことをせず、ただ無言で見つめる。
先程まで全力で戦った相手だからこそ分かった。
ブラックウォーグレイモンはまだ戦えると。その気になれば、一度くらい必殺技を使えるくらいの余力は残っていると。少なくとも二人はそう確信していた。
だからこそ、未だに二人は全力の警戒をブラックウォーグレイモンに向ける。
どんな行動を起こされたとしても対応出来るように。
……が、そんな二人に対し、その必要は無いと伝えたのは誰でもないブラックウォーグレイモンだった。
「そう警戒せずとも既に勝負はついた。お前等の勝ちだ」
「……僕にはまだ貴方が戦えるように見えるんですが」
「既にオレは戦いに使う体力を使い切った。もうこれ以上お前達と戦うつもりは無い」
そう言いながら体を起こすブラックウォーグレイモン。
その姿にもはや先程まで禍々しく放っていた殺気は感じられない。
そこで伊織とブラキモンは、ようやく戦いは終わったのだと悟ってその場にぺたりと座り込んだ。
「! 伊織くん!! ブラキ……ウパモン!!」
伊織がその場に座り込む姿と、ブラキモンがウパモンに退化する様子を目にしたタケルはトコモンを抱えたまま二人の元に駆け寄ったが、伊織は心配ないと言わんばかりに片手を上げた。
「大丈夫ですよ。ただ少し気が抜けただけです。なんせ先程まで一切気の抜けない戦いだったので」
「オレも大丈夫だぎゃ」
「そっか。良かった……」
二人の言葉にタケルは心の底から安堵の息を付く。
そしてタケルはゆっくりと視線をブラックウォーグレイモンに向けた。
「……ブラックウォーグレイモン。僕達は本当に戦わなければならなかったの?」
「オレはダークタワーから作られた暗黒の存在だ。オマエ達選ばれし子供達にとってこれ以上ない敵だと思うが?」
「……確かにキミは暗黒の存在だ。だけど僕は、君となら分かりあえると思っているんだ。
君は僕達が知ってる暗黒の存在とは全然違うから。だから僕達と――」
「――――タケルさん」
タケルがブラックウォーグレイモンに手を差し伸べようとしたその行動を止めるように伊織はタケルの名を呼んだ。
タケルは突然の自分を呼ぶ声に驚きながらも視線を伊織の方に向けてみたが、伊織は自分の方を見ておらず、ただ前方を見ていた。
釣られるようにタケルもその方向を見てみると――そこには一歩一歩近づいて来る守谷の姿があった。
「――――守谷さん…………」
伊織の呟きと共に守谷は歩みを止めた。
いや、ただこれ以上選ばれし子供達に近づくつもりが無かっただけかもしれない。
選ばれし子供達の中でも一番守谷に近い位置に居る伊織も闇雲に近づくのは得策では無いと考えているのか、その場から立ち上がりながらも守谷には近づこうとはしなかった。
「……この戦いは僕達の勝ちです。もうブラックウォーグレイモンに戦闘の意志は無いそうです」
「……そのようだな。だか既に僕の目的は果たされている。この戦いの勝敗にそれ程の意味は無い、が……君がパートナーを超進化させる事に関しては想定外だった。
――何が君をそこまでさせた?」
「僕はただ……自分の為にも貴方を止めたかった。ただそれだけです」
「…………やっぱりそうだったんですね」
伊織の言葉に守谷は誰にも聞こえない呟きを漏らすと、何かを決意したかのように視線をブラックウォーグレイモンに向けた。
「ブラックウォーグレイモン……なんですかその様は?」
「…………ふん、目的は果たしたんだから問題は無いだろう?」
「…………そうですね。確かにここでの目的は果たされました。
――――つまり貴方はもう用済みと言う事ですよね?」
守谷はそう言うと後ろのリュックからブラックウォーグレイモンの体の一部の大きな欠片を取り出し、大きく掲げた。
「守谷君――何を――ー!」
「――――デリート!」
何か不吉な予感を感じ取ったヒカリは、守谷と止めるべく声を上げたが、守谷はそれを無視してブラックウォーグレイモンの欠片を地面に叩きつけた。
「グァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
それと同時に苦痛の声を上げるブラックウォーグレイモン。
選ばれし子供達は突然の守谷の行動に驚愕しながらも急いでブラックウォーグレイモンに駆け寄る。
――が、そこで選ばれし子供達は目にしてしまった。ブラックウォーグレイモンの体が少しづつ消え始めていることに。ブラックウォーグレイモンがもう助からないという事に。
ふと、守谷が投げつけたブラックウォーグレイモンの欠片に視線を向けてみると、それは綺麗に真っ二つになって居た。
「…………」
守谷はブラックウォーグレイモンが消え始めているのを確認すると、無言で背を向けてその場から立ち去ろうと歩き出しす。
そんな姿を目にしたタケルは怒りのまま守谷に言葉を言い放つが、守谷が歩みを止める事は無かった。
その姿に更なる怒りを覚えたタケルは、守谷を逃がすまいと走り出そうとしたが、行く手を遮られそれは叶わなかった。
タケルはそんな自分の行く手を遮る手を退けようと手を掴んだが、そこで自分を止めた者が何者かを知り驚愕で動きが止まる。
――行く手を遮っていたのはブラックウォーグレイモンだった。
「……モリヤ…アマキ」
先程までのタケルの呼び声とは違い、ブラックウォーグレイモンの呼び声に守谷は歩みを止め、無言のまま仮面を付けた顔で振り返った。
「……前にオレが言った言葉を覚えているか? 『最期の時、まだオレがお前に掛けれる言葉が残っていたのならオレはそれを言葉にしよう』という戯言を」
「…………」
「……せっかくその時が来たんだ。宣言通り、オマエに伝えよう。オマエ自身が気付かない闇に。
――――オマエはクズだ。どうしようもない程に。
前にも言った通りオマエは何もかもを犠牲にしてでも自分の役目を果たそうと口にしながらも本気でそれを成し遂げようとはしていない。
……いや、違うな。オマエ自身もその弱さに気付いて居ないのだろうな。
――――とにかくそれに気付かなければオマエは自分が考えている以上の最低最悪の異端者と成り果てるぞ!」
そこまで言いかけるとブラックウォーグレイモンは無理して話し過ぎたのか、苦痛の表情を浮かべながらも嘲笑うような声を守谷に向けて言い放った。
ブラックウォーグレイモンの言葉を耳にした守谷は再び背を向けると、足早にこの場を去って行った。
「……行ったか」
守谷がこの場を去ったのをブラックウォーグレイモンは確認すると、小さくそんな言葉を漏らした。
そんなブラックウォーグレイモンの反応に選ばれし子供達は言葉が出ない。
何故なら、守谷に止めを刺されたというのにブラックウォーグレイモン自身にそれに対する怒りが感じられなかったのだから。
「……ブラックウォーグレイモン。貴方と守谷君はどんな関係だったの?」
そんな中、ヒカリは言い辛そうにブラックウォーグレイモンに尋ねる。
ブラックウォーグレイモンはそんな質問を鼻で笑いながらも空を見上げながら答えた。
「何度も言って居る筈だ。アイツとオレは同士……同じ存在だと」
「同じ存在と言うのはどういう意味なんだ?」
「――どちらも世界にとって存在すべきものでは無いということだ」
テイルモンの疑問にブラックウォーグレイモンは当然のことを言うように返す。
が、返された言葉は選ばれし子供達にとってはあまりに想定外の答えだった。
「信じられないか? ダークタワー100本から作られ、存在するだけで世界を歪ますオレと選ばれし子供である奴が同じ存在だという事に」
「そ、それは…………」
「フン、まあオマエ達がどう考えようが、少なくとも奴は自分の事をそう考えて行動している」
「守谷君が……」
ブラックウォーグレイモンの言葉に何とも言えない表情を浮かべる選ばれし子供達。そんな選ばれし子供達をブラックウォーグレイモンは小さく鼻で笑いながらもふらつきながら立ち上がった。
「駄目だよブラックウォーグレイモン! そんな体で無理をしたら……!」
「意味の無い事を口にするな。オマエも分かっているだろう。オレがもう助からない事ぐらいは」
ブラックウォーグレイモンの口にする真実に、選ばれし子供達はまたもや俯き黙り込む。
誰もが言葉を返せない中、コロモンだけは話したい事があるのか、太一の腕から飛び出した。
「……だったらキミはどうするつもりなの?」
「オレはオレの出来る事を、やりたい事をするだけさ」
「……それってもしかしてゲートの封印の事?」
「さぁな」
アグモンの問いにブラックウォーグレイモンは口元をニヤ付かせながら体を浮かばせ、一言言葉を漏らしてからその場から去って行った。
――アイツを頼んだ。という言葉を残して