「ホーリーエンジェモン!! 守谷君!!」
突如背後からの奇襲を受け、力なく地面へと落ちていくホーリーエンジェモンと、守谷の名をタケルは必死に叫ぶ。
――誰もが想定外だった。まさかホーリーエンジェモンが守谷を助けようとしたこのタイミングでブラックウォーグレイモンが攻撃を仕掛けて来るなんて。
……ホーリーエンジェモンはともかく、ただの人間の守谷があの高さから落ちたら無事では済まない。
すぐにそう察した太一とヤマトと丈は、すぐさま自分のパートナーを進化させ、着地点に向かわそうとしたが、ブラックウォーグレイモン自身も守谷がけがを負うのは本意では無いのか、それよりも早く落下する守谷を空中でキャッチし、ゆっくり地面に降りた。
一先ず守谷が大怪我をしないで済んだ事に選ばれし子供達は僅かならが安堵の息を付いたが、同時に大きな疑問に頭を悩ませた。
――――どうして守谷がヘブンズゲートの対象になったのか。
が、すぐさま今がどういった状況かを思い出し、いったんその疑問を放り出し、改めて現状を見直した。
……が、状況は最悪だった。
現在の選ばれし子供達の最大戦力であるエンジェウーモンとホーリーエンジェモンが敗れたのだ。相性が極めて良いのにも関わらず。
つい先程までギリギリ完全体の姿を維持していたホーリーエンジェモンも、守谷の無事を確認した事で気が緩んだのか幼年期体のトコモンまで退化してしまっていた。
故にいくらブラックウォーグレイモンがダメージを受けているといっても、現状の選ばれし子供達の戦力ではどう足掻いてもブラックウォーグレイモンを倒す事は出来ないだろう。
――――誰がどう見ても敗者は選ばれし子供達だった。
「…………」
タケルは地面に倒れているトコモンの元に駆け寄り、大事そうに抱きかかえると、無言で、憎む様な視線をブラックウォーグレイモンに向けた。
いくら自分達がブラックウォーグレイモン一体相手に二体で戦いを挑んでるとはいえ、あのタイミングでの攻撃をタケルは認める事は出来なかった。
思わず、強い非難の言葉を上げようとしたが、それよりも早くブラックウォーグレイモンに声を掛ける者が居た。
「――ナイスタイミングです、ブラックウォーグレイモン」
「…………守谷君?」
守谷の余りに予想外の言葉にタケルは思わず守谷の名前を呼ぶ。
――そしてその瞬間、タケル達はある事に気が付く。
守谷は先程まで二度も生命の危機に陥っていたというのに声も上げず、驚いたような反応も全く見せなかったと。
まるでそれらの出来事が想定内と言わんばかりに守谷は動揺を一切見せなかった。
そこまで考え、選ばれし子供達は想像していた中でも最悪の答えに辿り着き、必死にそれを否定しようとしたが、それよりも早く守谷が言葉を放った。
「ホーリーエンジェモンの『ヘブンズゲート』は本当に厄介でした。
悪を二度と戻ることはできない亜空間へ葬り去るという特性は本当にブラックウォーグレイモン相手には相性が悪すぎますよ。なんせ、ブラックウォーグレイモンの全身は暗黒の物質であるダークタワーで作られているんですから。
――――だからこそ、使われた時の対策を考えざるをえませんでした」
守谷はそう言うと、背負っていたリュックを手前に置き、そこから少し大きめの黒い物体を取り出した。
「これはブラックウォーグレイモンの体の一部――――つまり100本のダークタワーが集まった物体の一部です。
貴方達には分からないかもしれませんが、これは、これ単体で異常と言えるほどの暗黒のエネルギーを秘めています。――――ヘブンズゲートの効果対象に含まれるほどに」
「――!! 守谷君、まさかアンタは!!」
「――そうです。だからこそ僕はこれをリュックに入れてました。僕自身がヘブンズゲートの対象になる為に。
貴方達なら吸い込まれる僕の姿を見たらヘブンズゲートを閉じると思っていましたから」
守谷の話す真実に選ばれし子供達は驚愕で開いた口が塞がらない。
――理解、出来なかった。守谷の狂人としか思えない行動に。
確かに守谷の思惑通り、ホーリーエンジェモンはヘブンズゲートを閉じた。そして恐らく初めからその隙を狙っていたブラックウォーグレイモンに攻撃されて敗れた。
……確かに全て守谷の思惑通りに話は進んでいた。
だけど、それでも……そうだとしても選ばれし子供達は理解出来なかった。
「……守谷。もしもお前の考えと違ってホーリーエンジェモンがヘブンズゲートを閉じなかったらどうしていた? ……もしもの時は、アルケニモン達から返して貰ったD3で闇の世界のゲートでも開いて逃げるつもりだったんだよな?」
誰もが守谷の言葉に困惑する中、ヤマトがそう尋ねる。
ヤマトにとって守谷はまだ、狂ってなんて居ない大事な仲間の一人だった。
怪しさが、見え隠れする点はヤマト自身も認めていたが、それを含めても守谷天城は100%こちら側の存在だと信じていた。
……間違っても正しくない場面で命を掛ける様な奴では無いと思っていた。
そんな思いを抱きながら答えを待ったヤマトに守谷が取った行動は――否定だった。
「残念ながらD3は預けたままなのでその方法は取れませんね。
……まあ仮に持っていたとしても使うつもりはありませんでしたけどね。
石田さんは勘違いしているかもしれませんが、僕達は普段、D3でゲートを出現させているのではなく、閉じているゲートをD3の力で開いているだけです。そしてそれは暗黒の海へのゲートも一緒です。
そして僕は暗黒の海は、人間界とデジタルワールドに隣接した世界の一つだと思っています。だからこそ双方の世界で暗黒の海へのゲートを開けても、ヘブンズゲートで飛ばされた亜空間では使えないと僕は考えています。
……まあ使えるとしても、亜空間にただの人間が飛ばされた時点で終わりだと思いますが」
「だったらお前はもしもホーリーエンジェモンがヘブンズゲートを閉じなかったらどうしてたんだよ!」
「……考える必要はありませんよ。何故なら僕は、ホーリーエンジェモンがヘブンズゲートを閉じると確信していましたから。
……いえ、敢えてこう言いましょう。
――僕は貴方達なら助けてくれると信じていましたから」
守谷本人からしたら何気ない言葉だったが、選ばれし子供達はその言葉に
守谷が仲間であるという事は大半が認めていた筈なのに、そんな者達すら何故そこまで自分達を信じられるのかと疑問を通り過ぎて無意識であるが恐怖を覚えた。
「――タイチ!!」
「……そうだな。何としてもアイツをここで止めるぞ!」
アグモンの呼びかけだけで、アグモンの思いを読み取った太一は、そう言ってデジヴァイスを手に取り、アグモンをグレイモンに進化させる。
そして進化し終えたグレイモンは一直線にブラックウォーグレイモンの元へ向かって行った。
それを目にしたヤマトも行動に出る。
「ガブモン、みんな! 俺達もやるぞ!」
ヤマトの言葉にガブモンやヤマトの言葉に反応出来た選ばれし子供達は頷き、自身のパートナーを進化させグレイモンに続いた。
続いたのは、ガルルモン、イッカクモン、カブテリモン、アクィラモンの4体。
……空と伊織はヤマトの言葉に反応する事は出来なかった。
「……いくらダメージを負ったとはいえ、雑魚が何体集まろうが無駄だ」
ブラックウォーグレイモンは一瞬体をふらつかせながらも向かい来る5体の成熟期デジモンを正面から向かい受けた。
迫り来る爪、牙、角、羽、炎、電撃といった様々な攻撃をブラックウォーグレイモンは難なく対応し、反撃する。
スピードも万全の時に比べれば落ちていたが、やはり究極体と成熟期の壁は厚く、見る見るうちにグレイモン達の傷が一方的に増える。
そんな光景を目にしながら太一達もグレイモン達を必死に応援するが、その程度で埋まる差では無いことは誰もが理解していた。
そんな光景をただ後ろで見たいたピヨモンも、このままじゃダメだと察し、自分も向かうべく空に話しかけた。
「……ソラ、ワタシもみんなと一緒に戦いたい!」
「…………」
「ソラ?」
何も答えない空に疑問を覚えたピヨモンは再び空の名を呼んだが、それに対して空が取った行動は、無言でピヨモンを抱きかかえる事だった。
突然の行動にピヨモンは驚きながら理由を尋ねようと口を開いたが、そこでピヨモンは踏み止まった。
何故なら……ピヨモンを抱きかかえる空の手が震えている事に気が付いたから。
――空は、先程の守谷の言葉を誰よりも深く理解してしまっていた。
理由は空の持つもっともすばらしい個性、『愛情』が関係していた。
……守谷が敵じゃない事はヤマト同様、空も心から信じていた。だからこそ空自身も守谷にこれ以上罪を重ねさせない為にこの場所に来ていた。いざとなったら自分もピヨモンと共に戦う為に。
……が、その決意は守谷のあの言葉によって揺らいでしまった。
『――僕は貴方達なら助けてくれると信じていましたから』
空は自分の持つ紋章のせいか、選ばれし子供達の中で唯一この言葉に深い愛情、またはそれに似た何かが込められている事を察してしまった。
……ホーリーエンジェモンの必殺技を封じる、ただそれだけの為に命を張った上、助かる保証があのタイミングなら~~~などといったことでは無くただの信頼という名の深い愛情。
……他にも方法はあっただろうにその中から敢えて命を張る方法を取った守谷に空は恐怖を感じてしまった。
……まるで自分と同じ生き物では無いのかとあり得ない疑問を覚える程に。
だからこそ空はピヨモンを向かわせる事が出来なかった。
空自身、そんな自分が情けなくて目から涙を流していたがそれでも体は動かなかった。
「グァゥっっ!!」
ブラックウォーグレイモンの攻撃で選ばれし子供達のデジモンは一体また一体と倒れていく。
誰もが――空すらもその光景を視界に入れる中、たった一人――伊織はそれを見ずに俯いていた。
伊織は空とは違い、守谷の言葉に込められた思いを察する事は出来なかった。
そんな伊織が今この場所で足がすくんで動けなかった理由は他にあった。
――それは自分の仲間が目の前で、自分達を止める為に無駄に命を懸けたから。
ヘブンズゲートに吸い込まれる事自体が絶対に死に直結するという事実はないが、伊織自身も守谷同様一般人が亜空間に飛ばされたら無事では済まないといった考えを持っていた。
(……どうして守谷さんはそこまでするのか?)
一周回って逆に冷静になった思考で伊織は考えた。どうして守谷が命を張ってまで自分達を止めようとするのか。
自分達を本気で倒すつもりは無い――それはブラックウォーグレイモンが必殺技を一切使わない事から明白だった。守谷はあくまで自分達を撤退させようと戦っている。
なら何故? ――ここで立ち止まっている伊織だけでは無く、太一達も戦いながらその理由を必死に考えていたがその答えは全くでない。
だがそれは当然だと言える。何故なら選ばれし子供達は守谷天城の事を知らな過ぎた。
……選ばれし子供達だけではない。守谷のパートナーであるブイモンも、彼の唯一の血の繋がった家族である祖父さえも本当の意味で守谷天城の事を知って居る者は居なかった。
(……だけどきっと――――)
だが伊織は守谷の狂気じみた行動の理由に心当たりがあった。
その答えに辿り着いた理由は、伊織自身が守谷の事を知っていたからでは無い。
伊織の身近に守谷に似た存在が居たからだった。
(……守谷さんは自分の行動を正しいと信じている)
だからこそどんな事でも、命を張る事も出来るのだと伊織は考えた。
……伊織の身近……伊織の父が命を無くした理由もそれに関係していた。
伊織の父、火田浩樹は警察官で要人警護中に殉職した。
そんな父を伊織自身はハッキリ言ってしまうとあまり覚えていないが、祖父から沢山父の話を聞かせて貰った。
――そんな中、伊織は祖父に尋ねた事があった。どうして父が死んだのかと。
確かに父は当時要人警護中で、要人を守るのが仕事だった。……だが、だからといって実際に命の危険が迫った際にもそれを投げ出さなかった父に伊織は疑問を感じてしまった。当時伊織の父と一緒に警護していた人達は逃げたというのに。
そんな伊織の疑問に祖父は少し困った表情を浮かべながらも真剣な眼差しで答えてくれた。
――命がどうやらではない。お前の父、火田浩樹はその時、それこそが正しい行動だと信じたからだと。
当時、伊織はその言葉に理解は出来ても納得は出来なかった。
――だが今伊織は初めてその言葉に納得出来た。
「――アルマジモン。守谷さんを止めましょう」
「だぎゃ!」
伊織の言葉にアルマジモンは返事を返してブラックウォーグレイモンに向かって走り出す。
そんなアルマジモンを伊織はアンキロモンへと進化させる。
「ぐぁっっ!」
ブラックウォーグレイモンと戦っていた最後の一体であるグレイモンが吹き飛ばされ、コロモンへと退化する。
アンキロモンはそんなグレイモンと入れ替わるようにブラックウォーグレイモンと組み合った。
「今更雑魚が一体増えようがオレの相手じゃない」
ブラックウォーグレイモンと比べかなりの体格差があるというのにアンキロモンは簡単に押し返される。
……だがそんな光景を目にしても伊織は慌てなかった。……むしろ怒りがわいてきた。
――どうして守谷さんは命を張ってまで自分達を止めるのか――――
きっとそれが正しい行動だと信じているから。
――どうして守谷さんはそうまでして自分一人で抱え込むのか――――
そうじゃない。そもそも背負える人がいないから。
――どうしてそんな事になっているのか――――
それは自分達がだらしないから。
……これでは3年前と一緒だ。
自分はまた大切な人を失ってしまう。それも今回は自分のせいで。
……当時、父を置いて逃げ出した人を恨んでいる訳では無い。が、ただ自分はそうならないと決意していた。
そんな自分が結果的に同じように仲間を見捨てる? そんなのは嫌だ!!
「……守谷さん。僕は絶対貴方を止めて見せます!
それがお父さんに――貴方に報いる正しい行動だと信じていますから!!」
――伊織の思いが、覚悟が定まったその瞬間、伊織のD3が光を放った。
「――――な」
その光はブラックウォーグレイモンと対峙するアンキロモンを包み込みこむ。
「アンキロモン超進化――――――――ブラキモン!」
光が晴れるとそこには新たな完全体デジモンの姿があった。
選ばれし子供達は突然のアンキロモンの超進化に驚愕しながらも心から歓喜した。
誰もが目の前で起きた奇跡に喜ぶ中、たった一人、守谷天城だけが反対の感情を抱いた。
その感情は今までで一番――――自分が