世間で騒がれている不可解な殺人事件が起きてから既に数日が経過した。
事件の犯人を捕まえようと警察が必死に行動している様だが、その尻尾はまるで掴めていない。
だがそれも無理はないだろう。何故ならその事件を起こした張本人は普通の人間にはない力を持っている。その上、それ以降今回の様な目立った犯行を起こしていないのだから。
……恐らく犯人――及川に憑りついたヴァンデモンも分かっているのだろう。これ以上行騒ぎを起こせば選ばれし子供達に自分の存在が知られる可能性が高いと。
だからここから先は今回の様に不可解な事件は起こさないだろう。
起こしたとすればそれは――――最後の決戦が近いということだ。
そしてその日の午後、僕はウイングドラモンの背中に乗ってある場所に向かっていた。
その場所とは……二ヶ月前にブラックウォーグレイモンと戦った場所だ。
しばらく飛んで目的地に着いた僕達はウイングドラモンの進化を解き、ポケットからブラックウォーグレイモンから受け取った核の欠片を強く握り、強く念じた。
――――ブラックウォーグレイモン、戻ってきてほしいと。
そう。僕達がここに来たのは異世界に旅立ったブラックウォーグレイモンを呼ぶためだ。
……もしかしたらブラックウォーグレイモンは旅を満喫しているかもしれないが……約束は約束だ。
それからブラックウォーグレイモンが戻って来るまで最低でも数時間はかかると思った僕は、ブイモンと共にその辺りの石に腰かけながら待っていたが、予想外にも二時間程経過した辺りで空の空間が歪み、そこからブラックウォーグレイモンが現れた。
「……随分と速かったですね。正直に言ってしまうともう少しかかると思っていました」
僕達の前に着陸したブラックウォーグレイモンにそんな言葉を投げかけると、ブラックウォーグレイモンは辺りを見回しながら答えを返した。
「そろそろオマエに呼ばれる頃だと思ってな。そう遠くない地点で待機していた」
「そうなんですか…………」
「――それで旅はどうだったの?」
どう話を繋げればいいかと迷っていると、ブイモンが良い具合に話を繋いでくれた。
そんなファインプレイを見せたブイモンに僕は心の中でお礼を言っていると、ブラックウォーグレイモンが話し出した。
「そうだな……今回の旅でオレは様々な事を知った。そしてその中にはオレが存在していいのかどうかという答えもあった」
「答え、ですか」
「ああ。どうやらオレは――――この世界には存在してはならない存在のようだ」
空を見上げながらそう発したブラックウォーグレイモン。
どうやら他の世界でもブラックウォーグレイモンの存在は認められなかった様だ。
……ハッキリと言ってしまうとブラックウォーグレイモンの体の性質から考えてこの結果は想像通りだ。
「そう、ですか……」
「ああ。オレはこの世界以外の3つの世界に旅立ったが、その何処にもオレの居場所は無かった。……オマエの言う通りだったな」
「……貴方の体は一本でも世界を歪ませるダークタワーが100本も使われて作られた存在ですからね。言い難いんですが、その性質から考えると……
――――それで3つの世界に行ったと言われましたが、それはもしかして他の四聖獣が守護する世界ですか?」
ブラックウォーグレイモンがボソリと呟いた3つの世界と言う言葉に対して僕はそう尋ねた。
……そう言えば原作でもブラックウォーグレイモンは他の世界に旅立ったがその場所は語られていなかった。まさかその場所とは他の四聖獣が守護する世界の事だったのか?
「悪いが聖獣という言葉には聞き覚えは無い。が、少なくともオレが旅立ったのはこことは違う3つの世界だ」
「恐らくその世界こそが聖獣の守護する4つの世界の内の3つの世界の筈です。
このデジタルワールドは今僕達が居る世界も含めて4つに分けられていますから」
「……成る程、確かにそういう事ならオレが行った世界はオマエの言う世界の事なんだろう。だが……」
歯切れの悪い反応を見せるブラックウォーグレイモンに僕は違和感を覚え、尋ねた。
「……何か気になる点でもありましたか?」
「……オマエの言う聖獣とは一体どんな存在なんだ?」
「それは……簡単に言いますと、この世界の様に世界をいい方に安定させる存在です。
他には、荒れた大地を修復したり、世界に何か問題が無いかを調査したりと……とにかくその世界にとって重要な存在です」
四聖獣デジモンとはそれぞれの世界を守護する大事な存在だ。確かに普段は遭遇する事は無いが、必ず世界に存在する筈だ。そうでなければそもそも世界が安定して存在出来ない筈なのだから。
……確かに旅をしただけては聖獣の存在など耳にしないかもしれないが、ブラックウォーグレイモンは何故違和感を感じたような表情を浮かべているのだろう?
そんな事を考えていると、ブラックウォーグレイモンが真剣な眼差しで僕の目を見て来た。
「……オマエの言う聖獣がそんな存在なんだとしたら……オレが行った3つの世界にはそんな存在はいない。断言する」
「……どういう事ですか?」
「オレの行った3つの世界はそれぞれ地形や文化が違っていたが、一つだけ大きな共通点があった。
それは――――世界が荒れ果てていたという点だ」
「――――どういう事ですか?」
僕はそう尋ねるとブラックウォーグレイモンはゆっくりと話し出してくれた。
自分の行った3つの世界はどれも荒れ果てていて、ギリギリ形を保っているような世界だったと。
その場所がダークエリアだと言われれば思わず信じてしまうような世界だったと。
そんな世界だったからこそ、ブラックウォーグレイモンは殆ど接近する事が出来なかったと。
……もしも安易に近づいてしまえば、それだけで壊れてしまうような危うさを感じたようだ。
その話を聞いた僕は、すぐさまブイモンをウイングドラモンに進化させ、ブラックウォーグレイモンを置いて、ゲンナイさんの元へと向かった。
理由は前に聞きそびれた事を尋ねる為だ。どうして四聖獣の力が本来よりも弱っているのか?
そしてこの世界以外の3つの世界は本当にこの世界以上に四聖獣の力が弱っているのかという事を尋ねる為に。
ゲンナイさんの元に付いた僕達はゲンナイさんにその事を尋ねた。
するとゲンナイさんは自分の口から聞くよりもチンロンモン様から直接聞いた方が良いだろうと言ってチンロンモンが普段いる世界に連れて行ってくれた。
その世界は原作でも見た事が無い世界だったが、僕には見覚えがあった。
この場所は――
……どうやら少なくともこの世界は
そんな事を考えながらゲンナイさんの後を追っていると、この町の中でも恐らくもっとも大きいであろう建物に案内された。
「チンロンモン様はこの中だ」
そう言って奥に進むように言うゲンナイさんの言葉に従うように僕達は奥へと進んで行く。
そして、奥に進むとそこにはチンロンモンの姿があった。
「――久しぶりだな、謎多き選ばれし子供とそのパートナーよ」
「……お久しぶりです」
「……うむ、あの時と違って随分と……いや、まずはオマエの話を聞こう。何か早急に聞きたい事が合ってここに来たんだろう?」
「……はい。僕が聞きたい事は大きく分けて二つです。一つはどうしてこの世界は、貴方と言う存在が守護しているのにもかかわらず回復しない場所があるのかという事です。何か力を十分に発揮出来ない理由があるんでしょうか?
そして二つ目はこの世界以外の3つの世界の事についてです。
デジタルワールドはこの世界を含めて4つの世界に分けられているという事を僕は知って居ます。
ですが、先程この世界以外の3つの世界が荒れ果てていると言う情報を聞きました。
その情報が正しいかと言う事と、仮に正しいとしたらどうしてそのような事になって居るかをお聞きしに来ました」
僕は少し早口になりながらもなんとか言いたい事を言い終えた。
するとチンロンモンは質問に答えるのではなく予想外にもふむと小さく呟いて黙り込んだ。
その反応に何か不味い事を尋ねてしまったのかと思った僕はすぐさま謝罪の言葉を伝えた。
「すいません……僕は聞いてはならない事を尋ねてしまったんでしょうか?」
僕のそんな言葉にチンロンモンは首を横に振りながら答えた。
「そう言う訳では無い。ただどう話すべきかを考えていた。
……ふむ、そうだな……ならまずは1つワタシからオマエに尋ねても構わないか?」
「? 答えられる範囲なら……」
「なら尋ねよう。
――――オマエは以前、ワタシと似た存在が居るといった口振りをしていたがそれはいったい誰の事だ?」
「――――え?」
チンロンモンの想定外の質問に僕は思わずそう口に出してしまった。
チンロンモンの質問の意図が僕には全く分からなかった。
故に当たり前の事を言うように答えた。
「それは言うまでも無く他の四聖獣の事ですけど……」
「……四聖獣? なんだそれは?」
「何って――――あなたと同じようにそれぞれの世界を守護している聖獣デジモンの事ですよ!」
「そんなデジモンが存在するなどワタシは聞いたことが無いのだが……」
「――――――――」
チンロンモンのあまりに想定外の言葉に僕の思考は停止した。
どういうことだどういうことだどういうことだ?
どうしてチンロンモンは他の四聖獣を知らないんだ? だって四聖獣というのはそもそも初代選ばれし子供のパートナーデジモンが長い時間をかけて進化した存在の筈だ。だとしたら他の聖獣を知らない訳がないだろう。
「……チンロンモン。あなたはかつて選ばれし子供のパートナーデジモンだったんですよね?」
「――――!! オマエは……そんなことまで知っているのだな。
そうだ。ワタシは初代選ばれし子供のパートナーデジモンの一体だ」
「だったら他の聖獣を知って居る筈です! 何故なら四聖獣とは初代選ばれし子供達のパートナーデジモンの内の4体が長い時を掛けて進化したデジモンの事を指す名前なんですから!」
僕はチンロンモンに理解して貰う為にそう伝えた。
確かにこの世界は原作少し違う。が、ずれ始めたのは少なくともディアボロモンの時からの筈だ。
それ以前の過去が違って居る筈が無い。……無い筈だ!
きっとチンロンモンが勘違いしているだけ。そのはずだ。
――――そうじゃないと原作は……デジタルワールドは……僕は……!
「……その話も、オマエが以前話していた協力者から聞いた話なのか?」
少し怒りの籠った声でチンロンモンはそう尋ねてきた。そしてその視線には何故か僅かに殺気の様なモノが込められていた。
チンロンモンの質問の意味も、殺気の意味も分からない僕は困惑しながらも無言で首を縦に振った。
「……そうか。なら確かにワタシは他の三体の聖獣の事を知っている」
「で、ですよね! やっぱり聖獣はちゃんと四体存在したんですね!」
「…………いや、正確には存在していた。と言った方が正しいだろう。それも一瞬だけな」
「……ど、どういうことですか?」
「――――他の三体の聖獣は既に存在していない、という事だ」
「あ、アマキ、大丈夫?」
チンロンモンが身を隠しているもう一つのはじまりの町からブラックウォーグレイモンを置いてきた場所へ向かう途中、ウイングドラモンは背中に乗っている僕にそう尋ねてきた。
……どうやら少しぼうっとしていた様だ。僕はウイングドラモンに大丈夫だよと返す。
……未だにチンロンモンから聞いた話が信じられなかった。が、現状のデジタルワールドの状況を考えると、それが正しいと信じる他なかった。
……どうやら初代選ばれし子供達は、アポカリモンを封印した後、後にダークマスターズと呼ばれる事になる四体の究極体に襲われ、絶体絶命の危機に陥ったらしい。そしてもうダメだと思ったその時、選ばれし子供の内の一人にホメオスタシスが乗り移り、完全体のパートナーデジモン4体を四聖獣に進化させ、ダークマスターズを倒したようだ。……そして、その戦いで力を使い果たしたチンロンモン以外の3体のデジモンと、ホメオスタシスが乗り移った選ばれし子供のパートナーデジモンは力を使い果たして消滅したようだ。
……訳が分からなかった。そんな話、僕は聞いたことが無かった。
というより、四聖獣の内の3体がこの時点で消滅するなんて原作の話とは到底思えない。
つまり原作とは違う展開が起きてしまっているという事だ。
そして聖獣が一体しかいないという事で、4つの世界の維持を現状はチンロンモン一体で行っているらしい。
……この話を聞いて、この世界や他の世界が原作よりも遥かに荒れている理由が分かった。
……はは、それなら荒れていて当然だろう。
「……ウイングドラモン。どうやらアルケニモン達を倒してもまだまだ僕の使命は終わらないみたい」
「ならオレも一緒に手伝うよ! 一緒に頑張ろう!」
「…………ありがとう」
ウイングドラモンの力強い言葉に感謝しながら僕はウイングドラモンの背中を撫でた。
……どうやら転生者としての使命はまだまだ終わりそうにないみたいだ。