モチベーションが下がっている訳では無いです!
僕はブラックウォーグレイモンが言ったあまりに予想外の提案に一瞬息が止まるほど驚愕した。
自分の死にざまを僕に決めさせてやるだと? もしもそれが本当ならこれ以上に無い条件だ。
何故ならそうすればブラックウォーグレイモンとこの先戦わなくて済む上、原作通りブラックウォーグレイモンの命を使ってゲートを封じ、ヴァンデモン達との最終決戦の際に選ばれし子供達にとって圧倒的有利に傾く世界で戦う事が出来る。それはつまり原作に近い終らせ方をする事が出来るという事だ。
原作の様な展開を望む僕からしたらこの提案は何があっても受けたい提案だった。
――――だが
「……ブラックウォーグレイモン。貴方はその言葉の意味を本当に理解してるんですよね?」
僕は思わずそう訪ねてしまった。そんな事を改めて尋ねたらこの提案がなかった事になる可能性が合ったのに……
僕はブラックウォーグレイモンにまるで考えを改めさせる為かのようにそう返してしまった。
そんな僕の様々な思いの籠った言葉に対してブラックウォーグレイモンは鼻で笑うことで返した。
「当然だ。もしもそうなったらさっきのお前の話から考え、そう遠くない未来でオレの命は封印に使われる事になるんだろう?」
「……そうですね。少なくとも二ヵ月……60日後くらいでそうなってしまう可能性が高いです」
今は9月の下旬頃。原作通りに話が進むとしたら及川……ヴァンデモンがデジタルワールドに行こうとするのが確か12月31日。
ならもしもブラックウォーグレイモンの命を封印に使うとしたらそれまでにやらないといけない。
……という事はやはりブラックウォーグレイモンには申し訳ないが二ヶ月くらいの猶予しかないという事になる。
――――だが、だとしても僕にはやり遂げなければならない事がある。
ブラックウォーグレイモンがどうしてこんな答えを出したのかは分からないが、そう提案してくれるなら有難く乗らせて貰おう。
「……ブラックウォーグレイモン。本当にそれでいいんですね?」
「二言は無い」
「……分かりました。貴方の提案にの――「ダメだよ!!」
僕の言葉にアグモンが割って入って来た。
「ボクはモリヤとキミがどんなことを話していたか分からないけどキミが生きる事を止めようとしているって事は分かる。
生きる事を止めちゃだめだ! 例えどんなに辛くても命ある存在としてそれはやっちゃいけない事なんだ!!」
「アグモン……」
「ボクは君の望む答えを出す事は出来なかったけど……モリヤからは答えを聞けたんでしょ?
それなのにどうしてこんな事になるの!?」
アグモンは必死にブラックウォーグレイモンを説得しようとした。
が、ブラックウォーグレイモンに突然ドラモンキラーを目の前に突き付けられた。
「お前には関係ない。これはオレとコイツの問題だ」
「……キミは生きる事から逃げる事にしたの?」
「好きに解釈しろ」
ブラックウォーグレイモンはアグモンにそう言い放つと僕の方に視線を向けて来た。
「ただオレはこいつ等と決着を付けたいだけだ。仮に負けたらアイツの望む結末を迎えてやる。ただそれだけだ」
「……なら勝ったらどうするつもりなの?」
「今のオレは戦う事自体が目的だ。勝ってお前らに望む物など何一つない。――――さあどうする!」
僕はブラックウォーグレイモンの言葉にブイモンをウイングドラモンに進化させる事で答えた。
時刻は少し前に遡り、学生の登校時刻頃。
タケルが家から出て学校へ向かって歩いていると、目の前に見覚えのある二人の後ろ姿があった。
伊織と京のモノだ。
「――――伊織君、京さんおはよう!」
少し歩くスピードを上げて二人の隣まで来たタケルはそう元気に挨拶を投げかけた。
京と伊織、そしてタケルは同じマンションに住んでいるが、家を出る時間が基本的に違う為一緒には登校していない。
だが、こうして登校中に会う事は珍しくなく、その度にタケルがこんな風に挨拶している。いわば何時もの光景だ。
だがこの日に限っては何時もと勝手が違っていた。
「た、タケル君!? お、おはよう……」
「…………」
タケルの言葉に京は驚いた様な素振りを見せその場に立ち止まった。それに対して伊織は全く反応を見せないまま足を止めずに歩き続けた。まるでタケルの言葉が聞こえていないと言わんばかりに。
「……ねぇ、伊織君に何かあったの?」
伊織の様子に違和感を覚えたタケルは、恐らくその理由を知るであろう京にそう尋ねた。すると京は少し言い難そうに朝からこんな感じなのと返してきた。
京のこの反応に、伊織だけでは無く京にも何かあったと察したタケルは質問を変えて改めて尋ねた。
「……ねぇ京さん」
「え、ど、どうしたのタケル君?」
「昨日伊織君の忘れ物を取りに行ってから今朝までに何かあったでしょ?」
「…………うん」
「何があったの?」
「……ごめん少しだけ時間貰ってもいい? あたしも伊織も多分放課後位にはちゃんと話せるようになってると思うから……」
京の提案にタケルは疑問を覚えながらも分かりましたと返事を返した。タケル自身無理に聞き出そうと思っていない以上、後で話してくれるのならその時でいいと判断したからだ。
タケルの返事を聞いた京はそれにホッと息を漏らすと、それじゃあ放課後にと言い残し、足早に先へ行った伊織の元へと向かって行った。
そんな京の様子をタケルはその場に立ち止まって疑問げに首を傾げながら見つめた。
――――守谷さんは____に少し似ている。
キメラモンの攻撃からヒカリを庇って病院に運ばれた際、どうして戦うのかという質問に『デジタルワールドを救う事が使命だと思っているから』だと聞いて伊織は心の奥底で一瞬だけそう感じた。
――――守谷さんは__さんに少し似ている。
完全体ダークタワーデジモンに襲われて絶体絶命の時、助けに来てくれた守谷の背中を見て伊織は一瞬だけそう感じた。
――――守谷さんはお_さんに少し似ている。
祖父から生きていた頃の父の話を聞いて伊織はそう感じた。
――――守谷さんはお父さんに少し似ている。
デジタルワールドの為に頑張っている守谷の事を考え、伊織は密かに笑った。
そんな父に似た存在に追いつくために伊織は出来る限り、時間の限り努力した。
もう追えないと思っていた父の背中に近づけるチャンスだと思ったから。
伊織は父を尊敬していた。父の生き方を、生き様を正しいと思っていた。
だから父に似た守谷の行動は理由が分からなくても何もかも正しいものだと思っていた――――信じていた。
だが――――
『デジタルワールドを救う事、それが僕の使命であり、やるべきこと。そして何をしてでもやらなければならない事なんだ』
自分を度外視し、デジタルワールドの為に日常を捨ててまで行動する守谷の行動を伊織は間違いだと思った。
だがそう思った時、伊織はある事に気付いた。いや気付いてしまった。
守谷の行動はこのまま続ければデジタルワールドの為に自分の命を犠牲にしてしまうかもしれない間違った行動だ。
……なら、自分の仕事の為に自らの命を犠牲にした自分の父の生き方は間違っていたのか?
――――違う!!
伊織の心の全てがその答えを否定した。
父の生き方が間違っていた筈が無い。父の最後の行動が間違っていた筈が無い。
伊織は何度も自分の出してしまった答えを否定しようとした。自分の父は正しかったと考えようとした。
だがそうやって想像の中の父を正しいと考えようとするたびに今までこの目で見て来た守谷の姿がチラついた。
……あの生き方はやっぱり間違っている。何かの為に自分を犠牲にしかけない生き方なんて間違っている。
――――ならあの生き方を貫いた自分の父は間違って――――――――
「――――ねぇ、伊織、聞こえてる?」
伊織が何度も考えをループしていると、そう言いながら京に肩を掴まれてようやく思考から戻った。
「……京さん」
「やっと反応してくれた。因みに聞くけど今の状況分かってる?」
「…………すいません」
「いいのよ。じゃあ説明するわ。
流石に分かってると思うけど今は放課後で、ここはいつものパソコンルーム。
ここにはあたし達以外にヒカリちゃんやタケルくん達が居て、今アタシはヒカリちゃん達に昨日の事を話し終わった所」
「……昨日あった事話したんですね」
「えぇ。……少し迷ったけど、あたしは話す事にした。
だって黙ってても良い方に転ばないと思ったから。守谷君にも口止めされてないしね。
……伊織は話さない方が良かったと思うの?」
「いえ、そういう訳では無いですが……」
伊織はそこまで言うと黙り込んだ。
伊織自身も昨日あった事はタケル達に話した方が良いとは思っている。
だが、話したくないと言う気持ちもあった。
何故なら――――話せばきっと
そしてデジタルワールドに来たタケル達は、普段通りはじまりの町へ来ていたが、何時もとは違い、修行はせずにはじまりの町に住む幼年期デジモン達の面倒を見ていた。
京から昨晩の守谷とのやり取りを聞いたタケルとヒカリは、京達と同じように守谷の行き過ぎた行動を重く受け止めた。そして考えた結果、タケル達ははじまりの町で守谷の事を待つことにした。
守谷と会って、自分の生活を犠牲にしてデジタルワールドで暮らす事を止めさせるために。
「守谷君、タケル君達の話を聞いて無理を止めてくれるといいんだけど……」
自分のパートナーが幼年期デジモンに遊ばれている様子を見ながら京は隣で俯いている伊織にそう話しかけた。
それに対して伊織はそうですねと返すと、小さく呟いた。
「……でもそれは難しいかもしれませんね。守谷さんの性格を考えると、少なくともデジタルワールドが落ちつくまでは止めない気がします」
「……そうかもしれないわね」
伊織と京は守谷の考えている事が殆ど分からない。
だが昨日の守谷の言葉を聞いて、少なくとも自分達が口で何かを言った所で行動を改めてくれる気がしなかった。
……むしろ余計無理をする気さえする。
「……こんな気持ちで特訓しても全然身にならないわね。タケル君の言う通り、今日は特訓が休みで良かったかも」
「タケルさん達の判断力はやっぱり凄いですね。……いえ、もしかするとタケルさん達も僕達と同じように悩みでそれどころじゃないかもしれません。
……でも、だとしても――――」
伊織はそう言うと悔しそうに俯いた。
守谷達がブラックウォーグレイモンと交渉……もしくは戦闘をしているかもしれないのにこうして呑気にはじまりの町に居る自分に怒りを覚えた。
確かにさっきタケル達が言った通り、自分達が行った所で何の役に立たないかもしれない。寧ろ邪魔になるかも知れない。信じて待つことが今自分たちに出来る最善の行動なのかもしれない。
だが伊織は半分は納得できなかった。本当にそれらを言い訳に自分達はここに居ていいのかと。このままではいずれお父さんの様に間違った生き方をしてしまうのではないかと。
そして半分は納得していた。お父さんに似ている守谷の行動を全て信じる事こそが正しい事だと。
分からない。分からない。分からない。
伊織にはわからない。どうする事が正しい事なのか。
伊織にはわからない。父の生き方を否定するのが正しいのか。それとも父の生き方を肯定するのが正しいのか。
伊織には分からなかった。