デジモンアドベンチャー0   作:守谷

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029 フジテレビに眠る魔法使い

――――8月1日。

 

 それは太一達選ばれし子供達にとって重要な日。

ヒカリを除く7人が初めてデジタルワールドに行った日だ。

そしてこの日は、僕の様なデジモンファンにとってもデジモンの記念日として語られる程の重要な日だった。

 

 ……そんな日を、まさか選ばれし子供として迎える日が来るとは考えもしなかったけどね。

実は今日、ヤマトと空から、皆で集まるから来ないかというメールを貰っていたが、

僕はそれを断っていた。

理由は、太一達の物語をあり得ない視点から知っている僕が、

選ばれし子供達の思い出の日に、選ばれし子供達の思い出話を聞く資格が無いと思ったからだ。

それと、僕にはこの日辺りにやっておきたい事があったのも理由の一つだった。

そして、そのやっておきたい事とは、あるデジモンに会う事だった。

 

 

「アマキ。ここに、そのウィザーモンとかいうデジモンの幽霊が居るの?」

 

 

 僕の腕の中で人形の振りをしているチビモンが目の前にある大きな建物『フジテレビ』を

見上げながら小さな声で尋ねてきた。

僕はその問いに、多分ね、と返すと、フジテレビの中へと入って行った。

 

 僕がここに来たのはウィザーモンに会う為だった。

ウィザーモンは、原作の1999年8月3日、

ここで選ばれし子供を庇って命を落としたデジモンだ。

この世界でも恐らく同じ結末を歩んだのだろうとは思っていたのだが確信は持てていなかった。

が、数日前のアメリカ旅行でのヒカリ達の反応を見る限り、

どうやら原作と同じように死んでいる様だ。

 

 そう判断したからこそ今日僕はここに来ていた。

そして僕がここにウィザーモンに会いに来た理由は二つ。

一つは、彼の知っている情報を話して貰う事。

原作で幽霊として登場したウィザーモンは、

何故かデジモンカイザーの後ろに潜む闇の存在の事を感じ取って居た。

……これ自体は、その闇の正体が自分を殺したヴァンデモンだからという理由で説明出来なくもないが、もう一つはそうはいかなかった。

『闇に飲みこまれた者を本来の姿に戻すには、優しさが黄金の輝きを放つ』

つまりデジモンカイザーを救うには

優しさの紋章から生まれる黄金のデジメンタルが必要だという事をウィザーモンは知っていた。

それはあり得ない事だ。

原作の描写から見るに、ウィザーモンが実体化出来るのは自分が死んだ8月3日から前後4日程。

その上、恐らく自分が死んだ場所からあまり動けないであろうウィザーモンがそんな情報を知って居る筈が無いのだ。

……いや、そもそもこの情報を知る者が居る事自体おかしい。

僕は、その知るはずのない情報をどうやって知ったのかを聞くために来た。

 

 そしてもう一つの理由は、

僕が知る選ばれし子供達にこれから先に必要になるであろう情報を、

ウィザーモンの口から選ばれし子供達に話して貰う為だ。

原作と違い、この世界では大輔が選ばれし子供ではない為、

少なからず原作と違いがあった。

始めはその違いも小さなものだったが、

積み重ねる内にそれはとても大きなモノへとなってしまった。

その中でも僕が最も問題視しているのは、タケル、ヒカリと、京、伊織の関係だ。

仲の良さは原作同様問題は無かったが、互いの距離は原作と違いかなりの差が生まれてしまっていた。

一言で言うなら、タケルとヒカリは、京と伊織の隣を歩いては居るが、

いざと言う時、直ぐに前に立って二人を守る。といった関係になってしまっていた。

……こんな関係ではきっと心を通わせる事で初めて成功するジョグレス進化を成功させる事など出来ないだろう。

だが、僕の口からそんな事を言っても真剣に聞いて貰えないだろうというのは分かりきっている。

だからこそヒカリとタケルが絶対に信用しているであろうウィザーモンの口から

それに関するアドバイスを言って貰いたいのだ。

この先に必要なのは、D3を持つ選ばれし子供同士が本当の意味で共に戦うことだという事を。

……僕の口からこんな事を言っても、お前が言うなと返されるだけだろう。

だから僕の口から伝える事は出来ないのだ。

 

 そんな事を考えていると、目的の場所に着いた。

今いる場所はフジテレビ25階にある球体展望室。

そう、原作の02で、テイルモンと幽霊となったウィザーモンが出会った場所だ。

……ここに来ようと思った時は、一般人の僕がこの場所に入れるかどうか心配だったが……

この場所がお金を払えば誰でも入れる場所でよかった。

しかも入れる時間になったと同時に入ったお蔭で、この場所にはまだ僕達以外の客は居なかった。

……よし、今なら心置きなく声を出せるな。

 

 

「……ウィザーモン。居るんだったら出て来て欲しい。

君と話したい事があるんだ」

 

 

 展望台の中心で周りを見渡しながら声を出す。

……が、反応は帰って来ない。

近くにあったパソコンの画面を見ても、異常は見られない。

……もしも画面がバグったりしていたら近くにウィザーモンが居ると言う証明になるんだが……

 

 

「僕は、守谷天城。新しく選ばれし子供に選ばれた人間だ。

聞こえているなら出て来てほしい。

テイルモンやヒカリ達にも関係する話なんだ」

 

 

 僕はポケットから取り出したD3を掲げながら再び虚空に声を響かせたが反応は帰って来なかった。

腕の中に居るチビモンも僕と同じように声を出そうとしたが、

一応監視カメラとかもあるだろうからチビモンの口を押えて声が出ないようにする。

 

 

「……明日もこの時間に来る。

もしも姿を現してくれる気になったら出て来てほしい。

出来ればテイルモン達がこの場所に来るであろう8月3日までには話がしたい」

 

 

 ……もしかするとウィザーモンは現在実体化する程の力が無いのかもしれないと思い、

取り敢えず今日は帰る事にした。

明日なら今日より命日が近い分、今日よりは実体化出来る可能性が高いだろう。

そして次の日の同じ時間、僕は再びウィザーモンに呼びかけたが昨日同様何の反応も帰って来なかった。

 

 

「……ウィザーモン。

明日、テイルモン達がこの場所にお参りに来る。

出来ればその前に君と会って話をしたいんだ。……これはテイルモン達の命に関わる問題なんだ。

お願いだから協力してほしい。…………また明日同じ時間に来る」

 

 

 僕はそう言って展望台を後にした。

……原作のウィザーモンの性格を考えて、テイルモンの関係者の僕をここまで無視するとは考えづらい。

もしかすると、そもそもウィザーモンに僕の声が届いていないんじゃないだろうか?

原作でも幽霊となったウィザーモンはフジテレビ内の撮影した動画などに映り込み、

必死に自分の存在を証明しながらテイルモンの名前を呼び続けていた。

テイルモンが自分の元へ来てくれるように。

そしてテイルモンが自分の元へ来た時、初めて姿を現した。

その後、テイルモンに自分の知っている情報を話し、再び消えてしまった。

 

 ……今考えると、あの時のウィザーモンは、テイルモン以外の言葉に反応を示していなかった。

まるで全く聞こえていないかのように。

 

 

「もしかすると、幽霊となったウィザーモンは自分をよく知る存在。

――――つまりテイルモン以外と話す事が出来ないのかもしれない」

 

 

 もしも本当にそうだとしたら、ウィザーモンの口から僕の情報を伝えて貰うと言う計画は実行不可能だ。

……また計画を考え直さないといけないかもしれないな。

…………いや、もしかするともうジョグレス進化という奇跡を起こす事が出来ない状況なのかもしれない。

 

 タケルとヒカリの原作との心境の違い。京と伊織の成長イベントを破壊、というように、

僕は多くのミスを犯してしまった。そのツケが回ってきたのだろうか?

 

 ……とにかく明日、もう一度この時間に来よう。

それでウィザーモンと話が出来たのならよし。

出来なかったら……テイルモン達が来るのを待っておくしかないか。

 

 そんな事を考えながら僕達はフジテレビを後にした。

 

――――次の日の8月3日。

今日はウィザーモンの命日だ。

 

 僕は昨日と同じように展望室に入れる時間になって直ぐにここを訪れた。

そして昨日と同じようにウィザーモンに呼びかけたが……結局最後まで返事は帰って来なかった。

だがそうなる事は昨日の時点で想定していたので

気持ちを落とさずにテイルモン達が来るのを待つことにした。

……テイルモン達が来る以上、もう僕はウィザーモンと直接話をするつもりは無いので、

ここに居る必要は無かったのだが、もしもウィザーモンが原作と違い、

別の話を……特に僕に関する事を僕が居ないところで話される可能性があったので、

ここに残る事にした。

 

 そしてテイルモン達を待ち続けてから30分後。

以外にも早くテイルモン達一行はこの場所に来た。

 

 

「…………守谷君?」

 

 

 テイルモンと共に先頭を歩いていたお蔭で、誰よりも早く僕の存在に気が付いたヒカリは、

心底僕がここに居る事が疑問だといった表情で話しかけてきた。

 

 

「八神さんとテイルモン――――だけじゃなく皆さんも一緒ですか。

こんな所で選ばれし子供が全員集まるとは」 

 

 僕の視線の先にはヒカリとテイルモン以外にパタモンとウパモンとポロモン。

そして僕以外の選ばれし子供達全員がそこに居た。

どうやら原作通り全員でここに来たようだ。

……ここで驚いた振りが出来ればよかったのだが、

僕には光子郎を欺けるほどの演技力は無いので、

驚いたような反応は見せず、あえて無表情を貫いた。

そんな僕をテイルモンは心底苛立っていると言わんばかりの睨みを向けてきた。

 

 

「……お前はどうしてこんな所に居るんだ?

ここは―――――――

 

「――――君の友が死んだ場所であり、今日はその命日なんだろ?」

 

 

 僕の様な怪しい奴が、友の命日に、

友の眠る場所に居る事が心底腹ただしいだろうテイルモンに、

僕はせめてからかい半分でここに居るのではないと伝えるべく真剣な眼差しでテイルモンの目を見ながらそう返す。

その後、しばらく無言でお互いの目を見ていたが、このままでは埒が明かないと判断し、

テイルモンの目から視線を外し、ここに居る理由を話した。

 

 

「僕がここに居る理由は君の友が死霊になっていないかを確認する為だ」

 

「死霊……だと?」

 

「……アメリカに居たグミモンの様に君の友達が死霊になってるんじゃないかと考えてね。

グミモンと同じく大事な存在を守ろうとしてリアルワールドで死んだ君の友人。

二人のケースはかなり似ている。もしかしたらと思ったんだ。

そしてそう思ったら確認せずには居られずにここに来たと言う訳だ。

今日が命日らしいしね」

 

「…………ウィザーモンはグミモンの様に死霊となって彷徨ってるのか?」

 

「……それはわからない。

だが、強い思いを残して死んだのなら……何かを伝えるべく留まってるならこの辺りを彷徨っている可能性は高い」

 

 

 僕はそう伝えると、テイルモンとヒカリの前を開けるように移動した。

 

 

「僕が呼びかけてもウィザーモンは現れなかった。

……もしも君達が呼びかけても現れなかったのならウィザーモンは死霊となっては居ないのだろう。

――――だから」

 

「――――分かった。呼びかけてみる」

 

 

 僕の言葉にヒカリはそう返すと、俯いているテイルモンの肩に手を置いて無言で頷いた。

ヒカリの行動にテイルモンも覚悟が出来たのか、ヒカリに頷きを返すと、

ゆっくりと上を見上げた。

 

 

「ウィザーモン! ワタシだ、テイルモンだ。

聞こえているなら姿を現してくれ!」

 

「ウィザーモン! お願い、私達の声が聞こえているなら……!」

 

 

 テイルモンとヒカリはそうやってウィザーモンの名を呼び続けた。

僕はその二人の背中を見ながら、現れたウィザーモンが一体何を話すのかを考えていた。

原作と同じように黒幕の事を話すのだろうか?

それともただテイルモンの前に姿を現して話をするだけなのだろうか?

……もしかしてこの場所に数日間来ていた僕の話をするんじゃないだろうか?

――――もしかして、何処かで手に入れたジョグレス進化のヒントを話してくれたりするんじゃないだろうか?

そんな淡い期待も持ちながら二人の背中を見つめながらウィザーモンの登場を待った。

――――――――が、ウィザーモンが現れる事は無かった。

 

 僕がその事実に驚愕を隠しきれず目を見開くのとは裏腹に、

テイルモンとヒカリは安堵したような笑みを一瞬見せた。

 

 

「良かった……お前は死霊にはなっていないんだな。

……本音を言えば少しお前とは話したかったが…………良かった」

 

 

 テイルモンはそのまま窓の方まで歩き出し、そこに自分が持って来た花束を供えた。

 

 

「ウィザーモン。ワタシはお前のお蔭でヒカリと出会う事が出来た。

そして、お前のお蔭で今もこうしてヒカリと過ごす事が出来ている。

――――本当にありがとう」

 

「ウィザーモン。あの時は私達を助けてくれて本当にありがとう。

……いつかきっとウィザーモンも生まれ変われるように私達頑張るからそれまでちょっとだけ待っててね」

 

 

 二人はそれぞれの想いを口にするとゆっくりと立ち上がり僕の方を振り向いた。

 

 

「……どうしたの守谷君? そんな怖い顔して……」

 

 

 ヒカリの言葉に僕は見開いていた目がいつの間にか誰かを睨むくらい鋭いモノになって居に気が付き、すぐさま普段の目つきに戻した。

 

 

「……何でもない。

それよりどうやらウィザーモンは死霊になっていないようだな」

 

「ええ。本当に良かった」

 

 

 僕の内心とは裏腹に嬉しそうな表情を見せるヒカリとテイルモン。

そんな二人に僕は背を向け、後ろに居る太一達の方へ歩いて行く。

そんな僕に太一達は、何かを察したのかこの後一緒に、と言った話をしてきたが、

僕はそれに無言で頭を下げると、出口の方へ歩いて行った。

が、出口の前でふと立ち止まった僕は、太一達の方を振り向くと、

先程までとは違い笑みを含んだ表情を作りながら口にした。

 

「……皆さん。これから先の戦いはきっと要塞やキメラモンとの戦い以上に激しいモノになると思います。

きっとこの先に必要なのは、選ばれし子供達が……特にD3を持つ者同士が本当の意味で共に戦う事が重要になって来る筈です。ですからお互いの気持ちなどを話し合って今以上に友好を深めるのをお勧めします」

 

 

 そう言い終えると僕は選ばれし子供達の表情を伺った。

……ほぼ全員が呆れたような表情を見せていた。

太一達は声には出さなかったが、何を思っているかは一目瞭然だろう。

 

 僕はそんな太一達の反応に小さく笑みを返すと、再び背を向けてその場を後にした。

 

……ウィザーモンが現れなかったことに関しては原作的に言わせて貰えば問題ない。

既にキメラモンが倒されている以上、ウィザーモンの情報はそれ程重要ではないからだ。

だが最近起こったグミモンの件もあり、僕はこの改変に少なからず恐怖を覚えていた。

原作のウィザーモンがテイルモンに伝えた話の内の一つは既に終わっている。

が、もう一つの話である黒幕の件はまだ終わっていない。

それなのにどうしてウィザーモンはその事をテイルモンに伝えなかったのか?

これが僕が行動したせいで起きた改変なら構わない。

だが、グミモンやウォレス――――ディアボロモンの様に僕が原因では無いとしたら……

そう考えると、とても今回の事を簡単に割り切る事は出来なかった。

 


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