別に感謝されたかった訳では無い。
あのままヒカリに攻撃が飛んで行ってたらヒカリは間違いなく死んでいた。
そうなってしまえば原作が完全に崩壊してしまう。
そう思ったからこそ、僕はあの時飛び出した。
だから本当に感謝されたかった訳では無いのだ。
――――だが、まさかぶたれるとは思ってもいなかった。
一瞬夢かと思ったが、ピリピリと痛む左頬がそうはさせなかった。
突然の出来事に唖然とする太一を除く、選ばれし子供達。
初めに動いたのはヤマトだった。
「太一てめぇ!」
ヤマトは先程僕にしたように太一の胸倉を思いっきり掴んで持ち上げ、自分の方に寄せた。
太一の顔が歪んだ所を見るからに、かなりの力が入っている様だ。
……僕がやられた時は、かなり手加減してくれてたみたいだ。
「お前分かってるのか? こいつはお前の妹を、ヒカリちゃんを助けてくれた奴なんだぞ?
コイツが居なかったらヒカリちゃんは……只ではすんでなかったんだぞ」
最後の方、静かにそう言ったヤマトの言葉から、選ばれし子供達は改めてあの時の状況が危険だったという事を思い知った。
ヤマトに睨まれながらも一切目を逸らすことをしなかった太一は、分かっていると言いながら静かに目を閉じだ。
「光子郎から全部聞いてる。
コイツが居なかったら、きっと……いや、確実にヒカリはここには立って居なかっただろう。
ハッキリ言って俺はコイツに感謝している。それこそ本当に言葉に表せないくらい。
正直今でも手が震えるよ。もしかしたらヒカリが居なくなってたかも知れないと思ったら」
「だったら……!」
「だからこそ俺は、殴った上で、コイツに聞かなければならない」
太一は閉じていた目を見開くと、自分の袖を掴むヤマトの手を軽く振り払うと、
再び僕の前へ立った。
「……守谷、でいいんだよな?」
「…………はい」
「……今ヤマトに言った通り、俺は本当にお前に感謝してる。
お前のお蔭で俺は、妹を、大事な家族を失わずに済んだ。
本当にありがとう」
そう言って深々と頭を下げる太一に僕は言葉を出す事が出来なかった。
普段ならば、礼の必要は無い、目的の為にやっただけ等と言い返すのだが、
今の僕はそんな言葉を並べれる程心に余裕が無かった。
「……だけど、お前はどうしてあの時、ヒカリを助けてくれたんだ?」
「どうして、ですか?」
太一の質問に僕は思わず首を傾げた。
何故太一は、僕がヒカリを助けた事に疑問を持っているのだろう?
正直に言うと、あまり喜べることではないのだが、僕は太一達選ばれし子供に
それ程マイナスの感情を持たれていないと思っていた。
正体も目的も不明だが、少なくとも敵では無い、そう思われていると思っていた。
……だがそれは僕の都合のいい思い込みだったのか?
考えても分からなかった僕は、取りあえず正直に質問に答える事にした。
「間に合うと思ったから、ですね。脚には少し自信があったので」
「……間に合うと言うのはヒカリとプロットモンを連れて、
攻撃を避けれる自身があったという事か?」
「もしかすれば避けれるかもしれないとは考えていましたが……
まあそれは無理だろうとは思っていました」
もう少しキメラモンとの距離が離れていたら可能だったかもしれないが、あの距離差で
キメラモンの必殺技を只の人間が躱しきるなんて無理だろう。
「…………お前は以前、俺達に、ヒカリに会った事があるのか?
デジタルワールドで出会う以前に」
「……いえ、それは無い筈ですよ。
僕が貴方たちに初めて会ったのは、貴方達がモノクロモンに襲われている時、の筈です」
先程から太一の質問の意味が分からなかった。
太一の反応からして何かを確かめるような質問の様だが……僕にはそれが分からなかった。
僕の返答に何か思う事があったのか、太一は僕へ向ける視線を窓から見える空の方に向け、
語りだした。
「……かつて俺は大きな間違いを起こした」
「…………大きな間違いですか?」
「ああ。かつて、俺達前の選ばれし子供がデジタルワールドを冒険していた時の話だ。
ある時、俺達の前に完全体の暗黒のデジモンが現れたんだ。見た目も態度もふざけた奴だったがそいつは強すぎた。
成熟期までしか進化出来ない俺達は、手も足も出ないまま倒された。
そんな時、俺だけが紋章とタグ……デジモンを完全体に進化させる事が出来るアイテムを手に入れる事が出来たんだ。
……だが、俺はそこで大きな間違いを起こしたんだ。
俺はアグモンを完全体に進化させる為に、無理な食事をさせたり、自分を危険に陥らせてアグモンに進化を強要させようとした。
その結果、アグモンは進化する事が出来た。
……だけど、それは間違った進化だった」
「……間違った進化」
「……紋章は光を放つのではなく、闇を放ち、アグモンを包み込んだ。
そしてそこに居たのは、暗黒の力を纏ったデジモン、スカルグレイモンの姿だった。
スカルグレイモンは、迫り来る成熟期のデジモンを一撃で倒した。
……だがその後も止まることなく暴れ始め、俺を、皆を攻撃し始めたんだ。
結局それは、スカルグレイモンのエネルギーが切れるまで続いた。
……そこまでしてようやく気が付いたよ。
俺が間違っていたことを。俺は、勇気の本当の意味をいつの間にか勘違いしていたことを。
自分一人で戦っているような気持ちになって居た事を」
「…………」
「……俺がお前に言いたい事は一つ。
お前は、あの時の俺と同じように、勇気の意味を間違えているという事だ。
確かにお前は、勇気の紋章を受け継いだかもしれない。
だけど、だからと言って、自分の命を投げ出す事は勇気だとは言えない。
……ろくに話した事が無い奴を助ける為に命を懸けるのは……
勇気だとは言えないんだ」
言いづらそうに最後の言葉を言った太一は少し俯いた。
……成る程、さっきのビンタの理由も、質問の意味もようやく理解出来た。
――――太一は僕を心配してくれていたのだ。
最後に言いづらそうに話したのは、僕がしたことを否定する事は、
ヒカリの死を防いだ事を否定する事になるからだ。
それでも僕を叱ってくれた太一に感謝しながら、太一の方を改めて見た。
「……八神さん。貴方が僕に言いたかった事は分かりました。
だけど、貴方は、貴方達は一つだけ大きな勘違いをしてます」
「大きな勘違い、だと?」
「はい。確かに僕は、勇気のデジメンタルと、友情のデジメンタルを持っています。
……ですが、貴方達は本当に僕にその資格があると思いますか?
顔を隠し行動する僕が、同じ選ばれし子供である貴方達に何も話さず行動する僕が、
本当に貴方達の勇気と友情を受け継ぐ資格があると思いますか?」
僕の問いに太一達は少し顔を歪ませた。
……その表情を見ればどう思っているかなんて一目瞭然だ。
「……そうです。僕にはこの二つのデジメンタルを扱う資格なんて無いんですよ。
それどころか、僕には人並みの勇気も、友情も無いんですからね」
「……なら、どうして守谷君はその二つのデジメンタルを扱えてるんですか?」
光子郎の問いに僕は、首を横に振った。
「……それは僕にもわかりません。
何故勇気のデジメンタルを引き抜く事が出来たのか、
何故友情のデジメンタルを引き抜く事が出来たのか、
……何故選ばれし子供に選ばれたのか、僕自身全く分からないんですよ」
そう。……何故僕が大輔の代わりに選ばれたのか本当に分からないんだ。
「ならどうして守谷さんは戦うんですか?」
そう質問して来たのは伊織だった。……恐らく初めて会った時に、
伊織達には無理やり選ばれたなら戦う必要は無いと言っておきながら、
自分も同じような境遇なのに戦っている僕に疑問を覚えたのだろう。
僕は、恐らくだがこの世界に来てからもっとも真剣な表情を伊織に向けた。
「――――
僕の強い思いがこもった言葉に太一達は何一つ言葉を返す事は無かった。
その後、看護師が部屋に入ってくると、僕が目を覚ましている事に気が付き、
直ぐに先生の元へと連れて行かれた。
その際に、どれ位時間がかかるか分からないのでと、太一達は看護師にそう言われると、
渋々帰って行った。
検査の結果、脳に異常が見られなかったと言われ、
その日の内に退院出来るかと思っていたが、
頭を打って気絶したと言う事が原因で、
検査入院という形で一日だけ入院する事になった。
その後、おじいちゃんに病院の電話で、一日だけ入院すると伝えると、
病室に戻り、ベッドの上で横になった。
すると、思ったよりも疲れていたのか、数分も経たない内に、眠る事が出来た。
――――そして夢を見た。
気が付いたら僕は、狭い部屋に居た。
その場所は何処か懐かしいと言う感情が芽生える場所だった。
そして、その部屋の端に、テレビを見ている少年の姿があった。
少年はこちらに気が付かず、
テレビの方に身を乗り出しながら小さな声で応援していた。
テレビを見てみると、
そこには選ばれし子供達が――――大輔が、最後の敵と戦っている姿があった。
大輔達は、一度は敵の攻撃によってピンチに陥ったが、
それを乗り越え、敵に向かって行った。
その姿にテレビを見ていた少年は、うぉぉぉと声を上げ、
先程までは小さかった歓声のボリュームを上げ、
ハッキリと聞こえる声で応援していた。
僕はこの少年を知っていた。
幼いころの少年は、根暗で、友達が居ない哀れな子供だった。
でもそんな彼にも好きな物があった。
それは―――――デジモンだった。
少年がデジモンを知ったきっかけは、デジモンアドベンチャーを
偶然見たからだ。この作品は、この幼い少年に色々な事を教えてくれた。
そしてそれを知っていく内に少年は選ばれし子供達が大好きになった。
自分よりも人間らしい彼等の歩み方に、好感を覚えたのだ。
そして、自分よりも遥かに大きい困難に立ち向かっている彼等の姿に
勇気を貰った。
その勇気のお蔭で、少年に少しばかりではあるが友達が出来たりした。
太一の言葉からぼんやりとは思い出しかけていたが、今改めてはっきりした。
少年は―――――僕が大好きだったのは、デジモンと選ばれし子供だったのだ。
「……いつの間にか、そんな事忘れていたな」
いつの間にか、僕はデジモンや彼等の為では無く、
デジモンアドベンチャーと言う名の原作の為に動いていた。
もっとも大事なのはその世界に住む彼等やデジモンだと言う事も忘れて。
「太一の優しさに触れてから自分の違和感に気が付くなんてね……」
僕が命を懸けて守るべきなのは、原作なんかじゃない。
その世界に住む、デジモンや選ばれし子供達だ。
それをはっきりと理解した僕は、未だテレビを見ている少年に背を向けた。
「……太一や、君のお蔭で、僕は自分の間違いに気が付く事が出来た。
ありがとう、――――」
少年の――――かつての自分の名前を呼んで僕が一歩前へ進んだ。
その瞬間、この世界は眩しい程の光に包まれた。
次に目を覚ますとそこは病院のベッドの上だった。