ブイモンとの話から一日後の昼、僕は学校で授業を受けていた。
……が、授業内容は全く頭に入らなかった。
どうして完全体に進化出来ないのか? 頭の中がこの疑問でいっぱいだったからだ。
僕はどうしてもブイモンを完全体に進化出来るようにならなければならなかった。
その理由は簡単で、完全体クラスのデジモンでないと倒せない敵が存在するからだ。
――――キメラモン。
原作で一乗寺賢が作り出したオリジナルデジモン。
様々なデジモンのデータを組み合わされて作られた暗黒のデジモン。
……そして、一乗寺賢に暗黒の種を埋め込んだデジモンの合体元の一体でもある。
この世界では一乗寺賢は、選ばれし子供ではないが、
キメラモンは何者……おそらくアルケニモン達によって作られるであろう。
そうでないと、そもそも一乗寺賢に暗黒の種を埋め込んだデジモン『ミレニアモン』の
合体元のキメラモンの存在理由が説明できないからだ。
……とにかくそんなデジモンがそう遠くない未来に自分達の前に現れるだろうと僕は確信していた。
因みに、原作でキメラモンが登場したのは、八月頃。
今はまだ4月で、ゴールデンウィークにも入っていない様な時期。時間はたっぷりある筈だ。
……だけど、そうだと思っていても、何とも言えない不安が僕の心から離れることはなかった。
……とにかく早く完全体に進化出来るようにならなければ。
原作を守る為に。
学校が終わった放課後、直ぐに自分の家に帰宅した僕は、自宅で待っているチビモンを連れ、デジタルワールドへ向かった。
チビモンは、暗黒の海に行ったその日からこの家で暮らして居た。
その理由は、タケルとヒカリ、パタモンとテイルモンにブイモンが僕のパートナーデジモンだとバレてしまったからだ。
そんな状態で、ブイモンがデジタルワールドで暮らしていたら確実にパタモン達に捕まり、僕の事を含む様々な事を喋らされてしまうだろう。
だからこそチビモンには悪いが、現実世界で暮らして貰う事にしたのだ。
ちなみにブイモンにはそうさせてしまっている事に対して何度も謝罪しているが、その度に別にいいって、と言ってくれる。
ブイモン的には現実世界の食べ物や、テレビが気に入っているらしく、全然現状に不満を覚えていないようだ。
……その言葉が嘘かも知れないが、それでもその言葉はありがたかった。
ブイモンと共にデジタルワールドを歩く事、十数分後、タケル達のD3の反応がある場所のすぐ近くに来た僕は、
木々の陰からこっそりその方向を見た。
そこには普段通りのメンバーに加え、ヤマト、空、丈と
そのパートナーデジモンの姿があった。
普段より明らかに人数が多い事に疑問を覚えたが、恐らくは単純に自分のパートナーに会いに来たんだろうと判断した。
そして暫く彼等の様子を見ていると、
突然デジモン達の叫び声が上空の方から聞こえてきた。
叫び声が聞こえた方角を見てみると、その方角にはイービルリングを付けられた大量のエアドラモンの姿があった。
「アマキ、あんなに居たんじゃきっとパタモン達だけじゃ危ないよ!
どうする? 一緒に戦う?」
ブイモンの言葉に僕はどうするべきかと考える。
手を貸さないと言う選択肢は無い。
あの数のエアドラモンを相手にするのに戦力が、アーマー進化出来るパタモン達4体のデジモンじゃきついだろう。
だが、だからと言ってブイモンが加わったからと言って、劇的に現状が変わる訳でも無い。
「――――! そうだ。ブイモン、
ライドラモンにアーマー進化してあの遠くの方に見えるダークタワーを破壊しに行くぞ」
普段なら敵を倒す前にダークタワーを破壊するという選択肢を取る事はしないだろ。
だが今はそれを実行する価値があった。
「あのダークタワーさえ破壊すれば、アーマー進化出来ないガブモン達が進化する事が出来る。
そうなればあの数のエアドラモンを相手にするのも難しくない」
「成る程、分かったぜ!」
ブイモンをライドラモンにアーマー進化させると、僕達は急いでダークタワーの方に向かった。
「くそ、タケル達だけでこの数のエアドラモンを相手にするのは手に余る」
俺と空と丈は、今日は予定が空いていたので、久々にデジタルワールドに足を運んでいた。
久々……まあ一か月も経っていないが、ガブモン達に会えた事に感激していると、
突然上空からデジモンの声が聞こえてきた。
見上げてみると、そこには大量のイービルリングが付けられたエアドラモンの姿があった。
エアドラモンは俺達を見つけると、一斉に襲い掛かってきた。
「みんな! アーマー進化よ!」
京ちゃんの言葉にタケル達は頷くと、パタモン達をアーマー進化さえ、迫り来るエアドラモン達の元へ向かって行った。
だが、全員が向かってしまえば、俺達人間が危険だと判断したのか、ディグモンだけはエアドラモンの元に向かわずに、
俺達の前を守るように立っていた。
「……私達も進化出来れば!」
「……あのダークタワーさえ破壊出来れば進化出来るんだろうね」
空と丈の言葉に俺も俯くことしか出来なかった。
遠くの方に見えるダークタワーさえ破壊出来れば恐らくガブモン達も進化させる事が出来る。
だが現状は大量のエアドラモンに襲われているような状況だ。
そんな状況でダークタワーを破壊しようと走り出してしまったら恰好の的になってしまうだろう。
この中で一番素早いと思われるホルスモンを向かわせると言う考えも浮かんだが、
それも駄目だ。
ホルスモン、ペガスモン、ネフェルティモンの三体が戦っているからこそ保てている均衡だ。
そんな状態でホルスモンが抜けてしまったら、
こんな均衡は一瞬で崩れ去ってしまうだろう。
故に俺達は指を咥えてこの状況を見ている事しか出来なかった。
自分達の無力さに苛立ち、小さく怒りの言葉を漏らした時だった。
突然遠くの方から破壊音の様な音が聞こえてきたのだ。
「見て、ダークタワーが!」
空の声に従う通りにダークタワーの方を見てみると、そこには力なく倒れていくダークタワーの姿があった。
突然の出来事に訳が分からず立ち尽くしていると、なぜこうなったかが分かった京ちゃんは嬉しそうに声を上げた。
「きっとあの子供がダークタワーを壊してくれたのよ!」
京ちゃんの言葉にタケルとヒカリちゃんは成る程と納得したような表情をして、今なら進化出来ると俺達の方を向いた。
……あの子供と言うのは、恐らくだが仮面を付けていると言う謎の子供の事だろう。
正体、目的共に全く謎の子供。分かっているのは、勇気のデジメンタルを持っているだろうという事と、
俺達に対して敵意が無いと言っていたと言う事だけだ。
「……よし、みんな行くぞ!」
だが俺個人としてはそいつは信じてもいいのかと疑っていた。
そいつは何度もタケル達を助けてくれたらしく、ついこの間も、
暗黒の海と言う空間に迷い込んだヒカリちゃんを助ける手助けをしてくれたようだ。
恐らく悪い奴では無いだろうと思う。だが解せない点もある。
そいつが顔を隠しているという事と、一人で行動しているという事だ。
その理由を直接そいつから聞くまでは、タケル達がどう言おうと、俺はそいつを完全に信じる事は出来ないだろう。
――――だが、今は純粋に感謝しよう。
俺達はデジヴァイスを強く握り、想いを込めた。
デジヴァイスはその思いに答えるように光と放ち、ガブモン達を包み込んだ。
光が消えたその場所には先程よりもたくましい姿にした相棒、ガルルモン達の姿があった。
「いけ、ガルルモン! さっきまでの屈辱をアイツらにぶつけてやれ!!」
俺の言葉にガルルモンは無言で呟くと、バードラモン、イッカクモンと共にエアドラモン達の元へ向かって行った。
――――それからは正直に言って、圧倒的だった。
いくら多くのエアドラモンが居ようとも、そいつらは所詮イービルリングで操られて無理やり戦わされているだけの成熟期デジモン。
アーマー体4達と、成熟期3体となった俺達の敵じゃなかった。
「――――これで最後だ! 『フォックスファイアー!!』」
最後の一体となったエアドラモンのイービルリングにガルルモンの必殺技が命中し、イービルリングを破壊した。
イービルリングが消え去ったエアドラモンは、同じように洗脳が解けたエアドラモン達と共に何処かへ飛び去って行った。
「はぁー、流石にビックリしたわ」
そう言って大の字に倒れ込む京ちゃん。
戦いは圧倒的だったかも知れないが、流石に消費が激しい戦闘だったようでガルルモン達の表情にも疲れが見えた。
そんなガルルモンにお疲れと労いの言葉をかけ、進化を解除しようとした時だった。
「……まったく、あの数のエアドラモンを捕まえるのにどれだけ時間がかかったと思っているんだい」
突然女の声が聞こえて来た。
「誰だ!」
その言葉に俺達は警戒心を限界まで高め、辺りを見回す。
「そんなに探さずとも今すぐ出て来てやるよ」
そう言うと、その声の持ち主であろう女が十数メートル先の木々の間から姿を現した。
……その見た目は、聞いていた情報通り、大きな帽子と、サングラスをかけた銀髪の人間の女の姿だった。
「……お前がダークタワーを建てているっていう人間の女か?」
「そうだよ」
タケルの質問に謎の女は悪びれるような仕草を見せることなく答えた。
「……貴方は何者なの? どうしてデジタルワールドを乱そうとしているの?
どうしてイービルリングでデジモン達を操るなんてひどい事が出来るの?
どうして……」
「ピーピーとうるさいガキだね。私が本気でそんな事を答えるとでも思っているのかい?」
ヒカリちゃんの言葉に女は鬱陶しそうな態度を見せながら話し出した。
「あんた達がダークタワーを壊して回るせいでこっちは計画が進まなくてイライラしてんのよ。
――――あんた達、よくも私達のダークタワーを破壊してくれたね」
そう言うと突如、女の纏う雰囲気が変わった。
「……本当はまだあんた達に手を出す予定では無かったんだけど、
基地とアレが完成した祝いにこうして会いに来てやったのさ」
「基地と、アレ、だって?」
「そうさ。基地が出来た以上、もうあんた達がダークタワーを破壊して回ろうと構いはしないよ。
あんた達がダークタワーを壊す何倍のスピードでダークタワーを建ててやるさ」
女の邪悪な笑みに俺達は思わず一歩後ずさりした。
……どうやら奴が言う基地は、ダークタワーを今まで以上に素早く建てる事が出来るモノの様だ。
そんなモノの存在を許すわけにはいかない!
「そんな危険な基地は絶対にワタシ達が破壊します!」
「そうかい。やれるものならやってみな。
あそこにはイービルリングで捕まえた大量のデジモンが居るんだよ。そう簡単に破壊できると思わない方がいいよ。
――――それにコイツも居るからね」
「……コイツ?」
「ああ。私達の研究の成果さ。
仮にあんた達が今ここでコイツを倒せたら、私達はしばらくの間デジタルワールドを乱すのをやめてやってもいいよ」
「……どんなモノが来ようとも僕達は負けない!」
タケルの言葉に俺達は大きく頷いだ。
例えどんなモノを作り出したとしても俺達は負ける気はしない。
消耗しているとはいえ、俺達は4体のアーマー進化体と3匹の成熟期のデジモンが居るんだ。
負ける筈が無い。
「そうかい。なら戦ってみるといいさ。
――――来な、『キメラモン』! お披露目だよ!」
女の言葉に答えるように、上空の雲の上から禍々しいデジモンが俺達の元に降りてきた。
「ば、馬鹿な!?」
ダークタワーを破壊した僕達は、その根元からその光景を目にしていた。
「な、なん、でキメラモンが……。あまりにも速すぎるだろ! まだ4月だぞ!?」
意味が分からない。理解出来ない。
だが僕の悲痛の声に誰も答えを返してくれるはずも無く、ヤマト達の上空から姿を現したキメラモンは、
ヤマト達の元にゆっくりと着陸した。
「あ、アマキ! どうするんだ!? あんなデジモンが相手じゃ、
俺達が行っても勝てる気がしないよ!」
あまりの状況に立ち尽くしていた僕だったが、ブイモンの言葉で我に返る事が出来た。
「とにかく彼等の元へ向かうんだ!」
僕はブイモンをライドラモンにアーマー進化させ、全速力でヤマト達の元へ向かった。
……アルケニモンが現時点で選ばれし子供達を手にかけるような事はしないとは思う。
それはアルケニモンの親玉が自身で行おうと思っている事の筈だから。
だが、死ななければいいだろうとアルケニモンが選ばれし子供達に直接攻撃する可能性もある。
それで大怪我をして数名が長期入院とかになってしまったら物語が……原作に莫大な影響が出てしまう。
それだけは防がなければならない!
……それこそ自分の命を犠牲にしてでも。