修学旅行当日となり。
「うわ、A組からD組までグリーン車だぜ」
こんなところでも差別があるのが椚ヶ丘中学校である。成績優秀者はグリーン車。E組は普通車なのだ。
「学費の用途は成績優秀者に優先される。E組の生徒たちは―――ねえ?」
とD組の生徒の一人がニヤニヤ笑いながらそういう。周囲の生徒もそれに釣られて笑いだす、が
「……そのE組のカルマより順位低かった人達はどんな顔して乗ってるんだろう」
ビキリ! と空気が凍った。
そんなことを言ったのは例によって雪彦である。D組の方を見ておらず、はて? と首をかしげている。しつこいようだが悪意があるのではなく、つい口からポロっとこぼれてしまっただけなのだ。
「……っ! ……っ!!」
プルプルと指差し何かを言い返したいD組の生徒だが言い返せない。雪彦は中間7位。E組とは言え、この学校のルールからすると強者であるのだ。仮に成績について何か言おうものなら全てカウンターで帰ってくる。止む終えず教師が
「はっ! それでもE組の殆どが底辺だったのは事実だ! 我々本校舎の生徒は理事長の教鞭もあって完璧に仕上がったがね!」
「理事長の、ってことは―――先生たちじゃ無理だったんですね」
もう一度ビキリ! と空気が固まる。雪彦の一言は教師のプライドをズタズタにするどころか粉微塵に粉砕してしまうものだった。当の雪彦は「あの理事長何考えてるか分からないけど、やっぱり凄いなあ」と感心している。雪彦の言葉を聞いていた本校舎組は額に青筋を浮かべ、E組のメンバーは頭を抱えている。数名笑いを堪えている者もいるが。
「ふん、君たちからは貧乏の香りがするからね、もう行かせてもら「ごめんあそばせ」
何を言っても無駄だと判断したD組の生徒の捨てセリフを遮ったのはイリーナだった。
しかも、ハリウッドセレブ顔負けの―――というより成金趣味のような派手な服装である。素人目にもかなりの高級品であることが見て取れる。もはや最後の捨て台詞である貧乏臭いすら言えなくなってしまったD組の生徒はトボトボと車内へ入っていった。
「ご機嫌よう生徒たち」
「凄い服だねビッチ先生」
「女を駆使する暗殺者としては当然の心得。良い女は旅ファッションにこそ気を使うのよ」
ほうほうと納得する雪彦。そして烏間がイリーナの後ろから現れ
「目立ちすぎだ、着替えろ。どう見ても引率の先生の格好じゃない」
「堅いこと言ってんじゃないわよ烏間! ガキどもに大人の旅「脱げ、着替えろ」
鬼のような表情の烏間に凄まれイリーナはヘタレてしまった。そして一番地味な寝巻きに着替えさせられ新幹線のシートでいじけていた。
「誰が引率なんだか」
「金持ちばかり殺してきたから庶民感覚がズレてるんだろ」
そんな様子を片岡と磯貝は分析していた。
「ビッチ先生も庶民感覚というか、もう少し空気読めればいいのにな」
と、雪彦がぼやいた直後
「「「「「お前が言うな!!」」」」」
「えっ?」
その場にいた全員に突っ込まれた。
◆
「―――そうだったのか。……そうだったのか……そう……だったのか……」
「……そんなにショックだったの?」
新幹線のシートでショックを受けている雪彦に渚が声をかけた。雪彦がショックを受けているのは勿論先ほどのお前が言うな発言にである。
「そんなに空気が読めてなかったのか―――」
「だ、大丈夫だよ! 何時も読めてないわけじゃないから、これから気をつけよ?」
そう言って励ますのは横に座っている有希子である。
「そうだぜ雪彦、っていうか正直さっきお前がD組の教師に言ってくれてスカっとしたし」
同じく4班である杉野友人も励ましている。
「ありがとう、これから気をつけるよ」
「あはは……そういえば殺せんせーは?」
なんとか立ち直った雪彦を見て乾いた笑いを浮かべた渚がふと思い出し周囲を見回した。渚の言葉にほかのメンバーもそういえば、と周囲をキョロキョロ見回した。国家機密の存在だから来れなかったのか? と思ったが、そんなことで止まるような先生なら100億の賞金なんて掛けられてはいない。
「―――殺せんせーならここに居るよ」
「え? どこ―――」
雪彦がそう言い指差しているのは窓ガラスだった。渚が窓を見る。
「なんで窓に張り付いてるの!? 殺せんせー」
「駅中スイーツを買ってたら乗り遅れました。次の駅までこのままついていきます」
「それ大丈夫なの!?」
「ご心配なく、保護色にしてるので、外から見えるのは洋服と荷物だけです」
「それはそれで不自然だよ!」
結局本当にそのまま付いて来た殺せんせーは次の駅に着いてドアが開く同時に中に入ってきた。
「いやあ、疲れました。目立たず旅行するのは疲れますね」
「そんなくそでかい荷物持ってくるなよ」
「ただでさえ殺せんせー目立つのに」
「ていうか外で国家機密がこんなに目立ってヤバくない?」
岡島、倉橋、中村が至って正論を述べ、全員がそれに頷く。
「その変装もそばで見ると人じゃないってバレバレだし」
「殺せんせー、まずは付け鼻から変えようぜ」
菅谷が殺せんせーの付け鼻を改良し手渡す。
「おお! 凄いフィット感!」
「顔の曲面と雰囲気にあうようにしたんだよ。俺、そういうの得意だし」
旅の中でクラスメイトの意外な一面を見ながら新幹線は京都へと走った。
◆
「ねえ、皆の飲み物買ってくるけど何飲みたい?」
「あ、私も行きたい」
「私も」
出発して少し時間が経ち、有希子がそう言い立ち上がると、奥田と茅野も続いて立ち上がる。
杉野がスポーツドリンクを頼み、カルマと渚がお茶を頼みお金を渡す。雪彦は何を頼もうか一瞬迷ったが、最近カフェオレを飲んでないから久しぶりに飲みたいと感じ
「じゃあ、俺はカフェオレ頼んでいいかな―――できれば」
「雲印のやつだよね?」
「あ、うん―――」
雪彦もお金を渡すと3人は楽しそうに売店へ向かっていった。
(神崎よく俺の好み知ってるな―――少なくともE組に来てからカフェオレ飲んだことないはずなのに……雲印のカフェオレ人気だからか?)
疑問は湧いたものの、気にするほどでもないかと雪彦は考えを打ち切った。
一方売店に向かう有希子は。
(ふふ、変わってないな雪彦くん)
そんな風に考えながら歩いていると前から歩いてきた人にぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい」
丁寧にお辞儀をしてから、また歩き出した。
「あれどこ中よ?」
「多分椚ヶ丘中学だな」
「へえ、頭の良い坊ちゃん、嬢ちゃんばかりの」
「結構いけてなかった、あの娘」
「ああ、あの娘たちに、京都でお勉強教えてやろうぜ」
黒い思惑を乗せたまま、新幹線は京都へ向かい続けた。