「さて皆さん―――始めましょうか」
(((((いや何を?)))))
中間テストが迫るなか、殺せんせーは分身していた。分身というより高速で移動した残像だが、そこは置いておく。
『中間テストが近づいてきました』
『そうそう』
『そんなわけでこの時間は』
『高速強化テスト勉強を行います』
分身で分けながら喋るせいで変な聞こえ方でクラス中に届く。
『先生の分身が一人ずつマンツーマンで』
『それぞれの苦手科目を徹底的に復習します』
そう言って個人に合わせて教科とハチマキを変えて勉強を始めた。
「くだらねー、ご丁寧に教科別のハチマキまで作りやがって……!?」
なお寺坂のみ―――
「なんで俺だけナルトなんだよ!?」
「寺坂くんの場合苦手な科目が多いので―――」
ちなみに雪彦の目の前の分身には理と書かれている。つまり理科の問題だ。ちなみに生物は詳しかったりする―――急所を殺る的な意味で。
そんな風に勉強をしていると、突然殺せんせーの顔が変形した。
「カルマ君! 急に暗殺しないでください! それ避けると残像が乱れるんです」
舌を出しながらナイフを突き出すカルマに殺せんせーがそういう。
「ふむ―――」
雪彦も一緒になってナイフを目の前に突き出した。
「にゅやああ! 雪彦くんまで!?」
そして、さらに顔が面白い形に変わってく。いろんな意味で器用な先生だった。その様子を見て雪彦はアメリカのネズミに喧嘩でよく負けている猫を思い出していた。
と、こんなふうにする生徒がいる一方で
「殺せんせーこんなに分身してて疲れないの?」
情報収集の一環もあるのだろうが、クラスの人数全員分の分身を作っている殺せんせーに渚がそう尋ねる。
「ご心配なく。外で分身を一人休ませてます」
外にはジュースを飲みながら漫画を読んでいる分身がいた。
((それむしろ疲れない!?))
雪彦と渚が同時に突っ込んだ。
◆
E組の職員室に理事長が訪ねてきていた。
理事長はルービックキューブをいじっている。
「この六面体の色を揃えたい、素早く沢山、しかも誰でもできるやり方で……貴方がたならどうしますか? 先生方」
烏間とイリーナに訪ねながらルービックキューブをいじる。そして、おもむろにマイナスドライバーを取り出した。
「答えは簡単―――分解して並べ直す、合理的です」
理事長がそう言うと同時に殺せんせーが職員室へ戻ってきた。
「にゅや」
「ん? 初めまして殺せんせー」
入ってきた殺せんせーを見ると理事長はにこやかに挨拶をした。
「にゅ?」
殺せんせーは初めて見る人物、それも底知れぬ何かを秘めている人物を訝しげに見る。(表情の変化はないが)
「この学校の理事長様ですってよ」
「俺たちの教師のとしての雇い主だ」
「にゅやあ!?」
上司と聞いた瞬間突然お茶を用意し
「これは山の上まで!」
ついでにお茶菓子を用意し肩を揉み始める。偶々前の廊下を通った渚と雪彦は隙間からその様子を見て新たな殺せんせーの弱点を見つけた。
「それと私の給料もうちょっとプラスになりませんかねー」
殺せんせーの弱点、上司には下手に出る
「だからなんで給料で生活してるのさ」
雪彦が突っ込んだ。ちなみに以前別の生徒も同様の意見を残している。
「こちらこそすみません、いずれ挨拶に伺おうと思っていたのですが―――、貴方の説明は防衛省やそこの烏間さんから聞いていますよ。もっとも私には全てを理解できるほどの学はないのですが……」
そう言う理事長に雪彦は内心で「どうだか」と思っていた。
立ち上がり殺せんせーの正面に理事長は立つ。
「なんとも悲しいお方ですね、世界を救う救世主となるつもりが、世界を滅ぼす巨悪となり果ててしまうとは」
((救世主? 巨悪?))
その言葉が外で聞き耳を立てていた二人に疑問符を浮かべさせた。
(烏間さん―――なにか知ってるのか?)
知っていて敢えて自分やE組に伝えていないのか、それとも伝える必要性がないから伝えていないのか、雪彦には判断がつかなかった。
「いや、ここでソレをどうこう言うつもりはありません。私ごときでは地球の危機は救えませんし―――、しかし、この学園の長である私が考えなければならないのは、地球が来年以降も生き延びる場合」
理事長に窓辺に座り込み話を続ける。
「つまり、誰かがあなたを殺せた場合の学校の未来です。率直にいえばE組はこのままでなくては困ります」
「……このままとは、成績も待遇も最底辺のまま、ということでしょうか」
「働き蟻の法則を知っていますか?」
理事長は語る、20%の怠けと20%は働き、残りの60%は平均になる。理事長の目指す理想は5%の怠けと95%の働き者がいるという理想的な比率を達成するというものだ。
その方針に対して殺せんせーも合理的と認めた。
(性格の悪さだけは取り返しがつかないことになりそうだけどね)
集会の様子を見ると雪彦はそう思わずにはいられなかった。
「今日D組の担任から苦情が来ましてね、E組の生徒に物凄い目つきで睨まれた、殺すと脅されたと」
そう言われ渚が微妙な顔をしている。少しで離れたところで見ていた雪彦は殺気で怯ませたんだから似たようなものか、と逆に納得していたが。
「暗殺をしているのだから、そんな目つきも身につくでしょう。それはそれで結構」
理事長が問題としているのは、成績底辺の生徒が成績優秀な生徒に歯向かうことが問題だと。それは理事長の方針では許されない。
椚ヶ丘中学校における絶対的な強さ―――それは学業の成績。それだけが椚ヶ丘中学校における強さなのだ。
「以後慎むよう厳しく言っておいてください。……それと、七夜くんはどうですか?」
「っ!?」
唐突に自分の名が出て雪彦は驚いた。
「どう、とは一体?」
「先ほどのルービックキューブ。彼にどう解く訪ねたら、躊躇なく私と同じやり方を彼は選びました」
そう言うとその場にいた全員が驚いた表情をした。渚からも驚きの視線を向けられるが本人は
(理事長と同じって言われても、あまり嬉しくないなあ)
失礼なことを考えていた。
「編入テストの成績も良好であり、極めて合理的な考え方。中々に興味深い―――」
「―――彼はクラスに馴染んでいます」
烏間がそう言った。そして、それに殺せんせーも同意した。
「まだ転校してきて数日ですが、楽しそうにしていますよ」
「―――そうですか」
それを聞くと理事長は職員室から出てきた。
「あっ」
扉の前にいた渚は慌てて退き
「ああ、中間テスト、頑張りなさい」
そう空虚な声援を残し歩き去っていった。
「白々しい応援だね―――ていうかあの人バラしたキューブそのままにしていきやがった」
◆
そして翌日
『さらに頑張って増えてみました。さぁ、始めましょう!』
(昨日のアレが原因か)
殺せんせーはどうやら理事長に対抗意識を燃やしていた。昨日よりもさらに分身の数を増やしてテスト対策に乗り出したのだ。
「殺せんせー何かあったのかな?」
神崎が雪彦に聞く。雪彦は昨日のことで間違いないだろうと感がている。とはいえ、あのときの会話を気軽に他人に話してもいいのか迷い雪彦は。
「本校舎の教師たちに対抗意識燃やしてるんじゃないかな?」
真実も織り交ぜながらぼかした伝え方をした。この言い方ならどうとでも取れるからだ。それこそ先日の集会のE組差別を見て、殺せんせーが対抗意識を燃やしたとか思うだろう、と。
(……俺も性格悪いか―――)
どよーん、と影を背負いながら若干の自己嫌悪に浸っていると。
「コラ、雪彦くん! ボーッとしてないで次いきますよ! ノルマを達成したなら、ついでに先取り学習もしておきましょう!」
そう言い雪彦にテスト範囲外の問題を差し出した。ちなみに昨日もこんな感じだった。
授業が終わると殺せんせーは完全なグロッキーになっていた。
「相当疲れたみたいだな」
「今なら殺れるかな?」
「試してみる?」
前原と中村がそう言い、雪彦が追従するようにナイフを投擲する。が、あっさり避けられ、ハンカチで包んで返された。
「こんな状態でも速いね」
渚がそう言い。
「なんでここまで、一生懸命なのかね~」
岡島がそう言うと殺せんせーは
「君たちのテストの点を上げるためです。そうすれば……」
(殺せんせー、やっぱり昨日の……)
『殺せんせーのおかげでいい点とれたよ!』
『もう殺せんせーの授業なしじゃいられない!』
『殺すなんてできない!』
↑尊敬の眼差しの生徒たち
『先生! 私たちにも勉強教えて!』
↑近所の評判を聞いた近所の巨乳女子大生
「という風に先生にとってもいいことづくめです」
「「「「「下心か!!」」」」」
(き、きっと建前……だよね?)
雪彦はいまいち自信がなかった。というか存在自体が国家機密の殺せんせーの評判がそんな簡単に近所に広まっては困るが。
「いや、勉強はほどほどいいよな」
「なんたって暗殺すれば100億円だしな」
「100億あれば成績悪くても、その後の人生バラ色だしな!」
「にゅやッ!? そ、そういう考えをしてきますか!」
最近になって転校してきた雪彦はそうでもないが、最初からE組に落ちてしまった生徒たちは劣等感に苛まれ、目の前の大きな目標だけを頼りにそれ以外が疎かになってしまっていた。
「―――分かりました。……今の君たちには暗殺者である資格がありませんね」
校庭に来てください、と言い殺せんせーは出ていく。生徒たちはよく分からずついて行くしかなかった。
「殺せんせーどうしたのかな?」
「ん~、多分だけど、今の考え方が良くないと思ってるんじゃないかな」
廊下を歩きながら桃花が雪彦に意見を聞いてみようと訪ね、雪彦は推測を話してみた。
「今は目の前に100億円の首があるけど、もし何か事情でそれが手に入らなくなったら何も残らない。だから何があっても残るものを持つように言いたいんじゃないかな―――」
仮に殺せんせーこの教室から逃げてしまえば、結局は下のエンドのE組として自分たちしか残されないのだから、と。
校庭には烏間とイリーナも来ていた。呼び出した本人である殺せんせーはなぜかサッカーゴールをどかしていたりしている。
「さて、イリーナ先生。プロの殺し屋として貴方に伺います。貴方が仕事を行う際用意するプランはひとつだけですか?」
「何よいきなり……違うわ、本命のプランなんて思った通りに行くことの方が少ない……だから不測の事態に備えて、予備のプランを綿密に作っておくのが暗殺の基本よ」
イリーナの言葉を聞き雪彦は、自分の暗殺者としての心構えの低さを思い知った。そして、幼い時に渋る父親に駄々をこねて教えてもらったことを思い出し
―――暗殺は初撃で誰にも気付かれず行うのが理想だが、上手くいかないこともある。そのために第二撃、三撃も想定しろ。そしてそれでも仕留めきれなければ正面戦闘になる
実際七夜の体術にはそういった状況を想定して正面戦闘用の技もある。
殺せんせーを暗殺しようとした時に雪彦は追撃に移れた。それは父親の言葉を忠実に守った結果とも言えるが、雪彦が事前にそれだけのことを想定していたかというと、本人も首をひねってしまうだろう。初撃が外れたら追撃する―――いうならその程度の大雑把な計画だったのだ。
「次に烏間先生。ナイフ術を生徒に教える時、重要なのは第一撃だけですか?」
「……一撃目は最重要だが、二撃目以降の動きも重要だ。強敵が相手の場合初撃を躱される可能性は高い。第二、第三の攻撃の精度が勝敗を分ける」
「結局何が言いてえんだよ」
前原が殺せんせーに真意を問う。
「先生方の仰るとおり、自信のある次の手があるから自信に満ちた暗殺者になれる。大して君たちはどうでしょう? 俺たちには暗殺があるからいいやと考えて勉強の目標を低くしている。それは劣等感の原因から目を背けているだけです……仮に先生がこの教室から逃げたら、もし他の暗殺者に先生が殺されたら。暗殺というよりどころを失ったら君たちに残るのはE組という劣等感だけです。そんな君たちに先生からアドバイスです」
―――第二の刃を持たざる者は……暗殺者の資格なし!!
殺せんせーはクラスに向けてそう言い放った。そして、その場で高速で回転を始めた。校庭に巨大な竜巻が起こり豪風を撒き散り、砂埃が舞い起こる。
生徒たちも烏間もイリーナもあたりが見えなくなる。
(ん?)
左手で顔を庇いながら様子を伺う雪彦は服の裾が引っ張られるのを感じた。
(確か後ろにいたのは、神崎さんと桃花か)
唐突な風と砂埃に驚いて身近にあったものを掴んだのだろうと判断した。
そして竜巻が止む。
「校庭に雑草や凸凹が多かったので手入れしました。先生は地球も消せる超生物、この辺り一帯を平らにすることなど、容易いことです。もしも君たちが自信を持てる第二の刃を持てぬなら―――先生の相手に値する暗殺者はこの教室にいないとみなし、校舎ごと平らにして出ていきます」
「第二の刃……それっていつまでに?」
渚が殺せんせーに恐る恐る訪ねた。その質問に殺せんせーは笑顔に戻り
「明日までです。明日の中間テスト、全員50位内に入りなさい」
その言葉に生徒たちは絶句した。無謀だと、自分たちは成績不振でE組に落ちたのに―――! と。しかし
「君達の第二の刃は既に先生が育てています。本校舎の教師たちに劣るほどとろい教え方はしていません。自信をもってその刃を振るいなさい。ミッションを成功させ、恥じることのない、笑顔で胸を張りなさい……自分たちが
「ねえ」
「え、なに? 雪彦くん」
「?」
二人が可愛らしく首を傾げる。
「いや、離してほしいな、と」
「―――ご、ごめん」
「―――ごめんなさい」
二人は慌てて手を離した。このやり取りで少しE組の緊張がほぐれたという。
ルービックキューブに関しては理事長(普通の人)が道具を使うのに対して、雪彦(暗殺の訓練を受けた人)が素手で分解するといったところに普通と普通じゃない違いが出せたらないいなと思いやってみました。
雪彦が比較的第二の刃の答えに近かったのは現時点では未熟とは言え他のE組メンバーよりも僅かにプロの暗殺者に近かったためです。