椚ヶ丘中学校
東京にある学校法人椚ヶ丘学園が設立した名だたる進学校の私立中学校である。偏差値は66で、理事長の浅野學峯は、創立10年で椚ヶ丘学園を、全国指折りの優秀校にした敏腕経営者だ。
(態度悪いなこの理事長……)
そんな理事長だが、理事長室に入ってきた雪彦に背を向けていた。そんな理事長に対して経営手腕もいいけど一般常識も学べと言いたい雪彦だがそこはグッと堪える。一般常識を語れるような身分ではないからだ。
「―――ふむ」
転校手続きを済ませ、いくつかの質問に答えると理事長はようやく雪彦の方を向いた。値踏みするように雪彦を見えると、ふむと一つ頷き。
「君、このルービックキューブを解いてみてくれないか?」
そう言ってルービックキューブを雪彦に投げてきた。それをキャッチし、ルービックキューブと理事長を見て、理事長に質問した。
「―――どんな方法でもいいんですか?」
「ああ、構わないよ」
そう言われると雪彦はルービックキューブを素手で分解し始めた。その様子を理事長は面白そうに見ている。
「僕はルービックキューブの解き方なんて知りません。なので―――」
分解したルービックキューブを並べ直して理事長の机に置いた。
「乱暴ですがこうします」
「……残念だ。テストの成績といい、その考え方。君にはA組に入ってもらいたかったよ」
……え、気に入られたの!? と内心雪彦はびっくりする。雪彦的には最初に見向きもせず投げやりな感じでやられた腹いせも兼ねてやったのだがまさかの展開に逆に驚いてしまった。というよりこの人に認められるということはこの人と同じ思考回路をしてるということだろうかとすら思ってしまう。
「まあ、仕方のないことだね。もし、暗殺が上手くいったらぜひA組に編入し直してくれたまえ。その時まで強者であれたのなら、の話だけどね」
そういう理事長に雪彦は底知れぬものを感じた。
―――世の中色んな人間がいるんだな。
◆
場所は変わって椚ヶ丘中学校旧校舎。理事長との話が長引いた雪彦は少し遅れての登校となってしまった。1時間目の授業が終わる時間に教室に行くことになり、今前を歩く烏間の後を追い教室へ向かっていた。
(まあ理事長が原因だし仕方ないか)
そう思いながら懐に手をいれる。そこには烏間に用意してもらった対先生用のナイフがある。それもE組生徒が使っているものとは別に用意してもらったものだ。普段体術の練習で使っている短刀と同じサイズで重量も同じにようにしてもらったものだ。素材が違う分若干の違和感は残ったが貰ってから1日中振り回してるうちにその違和感も消えていった。今なら通常のものと同じ感覚で振れるだろう。
(さて、初仕事上手くいくかどうか……)
そして教室の中に入り雪彦が来たことを伝える。廊下で待つ雪彦は目が疼くのを感じた。七夜の特異体質で感情が高ぶると瞳が青白くなるというものだ。付けているメガネも度は入っていない。特殊なメガネで青白く燐光する瞳を隠すためのものだった。動くときに邪魔なメガネを外し、わざと気配を消さず普通にして立っている。
『それでは皆さん、新しい仲間が来たようなので紹介します』
おそらくこの声がターゲット『殺せんせー』のものだろう。と雪彦は考える。そして懐からナイフを取り出す。
『入ってください、七夜雪彦くん』
雪彦はその声が聞こえると同時に自分の気配を強くする。
気配を消すのではなく逆にアピールするように。そしてドアを開けた瞬間気配を消し相手の視線から外れるように移動する。そして、強く発した気配は一瞬で消えず僅かだが気配がその場に残留する。
残留した気配に相手の意識が取られた隙に死角に入り込んだ雪彦は跳躍した。
―――閃鞘・八穿
視覚と意識の死角をつき、真上に跳びナイフで切りつける。七夜雪彦が最も得意とする七夜の体術である。振るわれたナイフは殺せんせーの顔を深々と切り裂く。しかし、切り裂いた感覚から雪彦は即座に悟った。
(仕留めきれないっ!?)
突然の攻撃と今まで見たことのない獣のような動きに動揺し殺せんせーの動きが一瞬だが遅くなる。その隙を逃さず雪彦は流れるように追撃に移る。獣ような動きで初速からトップスピードを出せる七夜の体術だからこそできる動きとも言える。
―――閃鞘・四辻
ナイフで斬りつけ、返す刀でさらに斬り、さらに突進しながら斬る。この攻防で殺せんせーの触手を最初の二撃で二本破壊できた。
(動きが少し鈍った―――)
だが、最後の三撃目の攻撃は回避されてしまった。殺せんせーは雪彦の背後に回り込んだ。
しかし、それは失敗だった。普通の人間の動きなら突進した直後背後を迎撃することなど無理だろう。七夜の体術はそれを可能にする。身を屈め左足を軸に無理やり反転し
―――閃走・六兎
後ろ蹴りを放った。靴裏には対先生用繊維が仕込まれている。当たればダメージを与えることはできるだろう。しかし、閃走・六兎は空振りに終わった。
(失敗か……)
着地して教室の後ろを見ながら雪彦は自分の暗殺が失敗したことを悟った。いや、そもそも、最初の閃鞘・八穿で殺しきれなかった時点で七夜の暗殺者としては失敗だったと言えるのかもしれない。
どちらにせよ、もう今回ほど上手くはいかないだろう。今回は条件が良かった。狭い空間、相手が油断していた、相手が七夜の体術を知らなかったこと……全てが最高の条件だったと言えるだろう。しかし、今後は殺せんせーも警戒するのは当然であり、今回のような不意打ちもほぼ不可能となるだろう。
やってみたい、などと言っておきながら無様な失敗をしてしまったことに対して雪彦は自虐的な表情を浮かべながらメガネをかけた。
そんな風に自分の評価を地に落としている雪彦と周囲の評価は対照的だった。
(予想以上だ……!)
烏間は雪彦の動きを見て戦慄していた。殺せんせーにダメージを与えた生徒なら他にもいる。だが、殺せるかもしれないとまで思わせたのは雪彦が初めてだった。七夜の体術もそうだが動きだけではなく自分の気配を強弱を利用して相手の意識の死角を付く技術。どれも高水準のものだ。
今回は失敗した。だが、チャンスはまだある。
(どれだけの修練をつんだのか……)
殺せんせーもまた雪彦の技量に舌を巻いた。身体能力自体ははっきりいって殺せんせーから見ればどうとでもなるものだ。おそらく生徒の中ではトップクラスに入るだろうが、烏間と比べたら劣る。しかし、一瞬とはいえ追い詰められたのは、あの変則的な体術のせいだ。多くの経験を積んだ殺せんせーでも次の動きが全く予測できなかった。
(あの殺せんせーを殺しかけた……)
生徒たちの心境はほぼ全員がこの一言に尽きただろう。
「大したものですね。その年でここまで練り上げるとは」
気を取り直した殺せんせーはナイフを懐にしまう雪彦を見て引き際も分かっているとさらに顔に丸をつけながら評価を上げた。
「正直殺れると思ってたんですけどね。……早々上手くはいきませんか」
「いえいえ、殺意も技術も素晴らしかったですよ。ただ先生の方が少しだけ上手だっただけです。これからも頑張ってください。あ、でも授業中の暗殺はNGですよ」
そう言われてふと思う。中途半端な時間に来てしまった自分はもしかして授業を中断させてしまったのはないかと。
「もしかして授業まだ終わってなかったですか?」
「いいえ、ちょうど休み時間に入ったところでした。まあ、それはそれとして本日の課題は2倍ですね」
何食わぬ顔で2冊のドリルを渡す姿を見て―――
『小っせえ!!』
クラス全員で突っ込んだ。
「改めて自己紹介をお願いします。」
その突っ込みをスルーして雪彦にそう促す。雪彦もそう言われてそういえば自己紹介してなかったと思い出す。なにせ開幕早々暗殺に乗り出したのだから。
「七夜雪彦です。入って早々お騒がせしましたがよろしくお願いします」
そう言って礼をした。反応がないなあと思っていると。
「あの、雪彦くん……私のこと覚えてる?」
恐る恐るといった感じに雪彦に声をかける少女がいた。
今後しばらく七夜の体術使う機会がないのでいくつか使わせることになりました。
ク○タ族みたいに感情が高ぶると目の色が変わる主人公ですが、目の色が変わるだけで別に特殊能力とかはないです。オーラは変わらないし、見えないものが見えたりはしないのです。本当に色が変わるだけです。
本来の七夜には浄眼があるのでそれの代わりみたいなもので設定をつけてみました。
さて、最後に話しかけた生徒は誰でしょう…