七夜雪彦の暗殺教室   作:桐島楓

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反抗の時間

 その日のE組の授業は普段とは少し違っていた。

 

「では菅谷くん。教科書を伏せて。網膜の細胞は細長い方の桿体細胞とあと一つ太い方は?」

「え? オレ? えーっと……」

 

 居眠りをしていた菅谷はヤバイと思いながら何とか答えようとするが答えは出てこない。その時、菅谷の視界の隅にチカチカと光るものが目に入った。何だ? と菅谷が振り向くと。

 全身が映るようになった自律思考固定砲台が足に答えである『錐体細胞』の文字を書きながら菅谷の方を見ていた。唇に手を当てているのは殺せんせーには内緒という意味だろう。

 

「えーと、錐体細胞」

「こら! 自律思考固定砲台さん!! ズルを教えるんじゃありません!!」

「でも先生、皆さんにどんどんサービスするようにとプログラムを」

「カンニングはサービスじゃない!!」

 

 なんてことがあったりした。そして休み時間になると自律思考固定砲台の周りには多くの生徒が集まっていた。

 

「へぇーっ! こんなのまで作れるんだ」

 

 自律思考固定砲台が身体(ボディ)から取り出したのは銃―――ではなく、見事な彫刻だった。

 

「はい。特殊なプラスチックを体内で整形できます。設計図(データ)があれば銃以外も何にでも!」

「すげー造形!」

 

 その彫刻の出来は芸術面に秀た菅谷も認めるほどのものだった。

 

「おもしろーい! じゃあさ、花とか作ってみて」

「分かりました。花の(データ)を学習しておきます」

 

 矢田と自律思考固定砲台が睦まじく話す傍らで

 

「王手です千葉くん」

「……三局目でもう勝てなくなった

「なんつー学習能力だ」

 

 将棋を指していた千葉が三局目にして勝てなくなってしまったことに項垂れ、前原はその学習能力の高さに驚いていた。

 

「凄い人気だね」

「殺せんせーを受け入れられるクラスなんだし、授業妨害さえなければ人気出るのも納得だけどね」

「アハハ、確かに……」

 

 そう言う神崎と雪彦に苦笑しながら同意する渚。

 

「しまった……」

 

 しかし、クラス全体が盛り上がっている中約一名焦っている者がいた。

 

「何が?」

 

 渚が訪ね、傍にいた神崎と雪彦もどうしたのだろう? と不思議そうな顔をしている。

 

「先生とキャラが被ってる」

「かぶってないよ1ミリも!!」

「流石にそれは図々しいよ殺せんせー」

 

 渚と雪彦の突っ込みを受けるが、謎の危機感を抱いた殺せんせーは全く相手にしていない。

 

「このままでは先生の人気が喰われかねない!!」

「先生の人気は固定砲台さんとは別のベクトルだから張り合わない方がいいと思うけど」

 

 先ほどと同じように雪彦の言葉はスルーして殺せんせーは自律思考固定砲台の周りに集めっている生徒の所へと行く。

 

「皆さん皆さん!!」

 

 皆が振り向くと殺せんせーの顔に変化が現れていた。

 

「先生だって人の顔ぐらい表示できますよ! 皮膚の色を変えればこの通り!」

「キモいわ!!」

 

 ある意味当然のカウンターを受けた殺せんせーは落ち込み、教卓に座って泣き始めた。ちなみに誰も気にしていない。

 

「このコの呼び方決めない? 自律思考固定砲台っていくらなんでも」

「そうだね」

「なんて名前にする?」

「やっぱり女の子らしい名前の方がいいよね!」

 

 新たな仲間を何時までも物としての名前で呼びたくないと皆で名前を考え始める。とはいえそんな簡単に決まるものではない。名付けとは重要なものだ、今後その名前で生きていかなかればならないのだから。

 

「う~ん、雪彦くんは何かある?」

 

 矢田が雪彦にそう聞く。聞かれた雪彦は一瞬難しい顔をしてから。

 

「―――律は?」

「―――いや安直すぎだろ」

 

 木村が苦笑いしながらそう言う。

 

「まあ言われるとは思ったけどさ、適当に一文字取っただけじゃなくて、一応願いも込めてあるぞ」

「そうなの? どんな理由?」

「―――秘密だよ。まあ、どちらにせよ最終的には彼女が気にいるかどうかだけどね……」

 

 速水の確認に雪彦は頷き、自律思考固定砲台の方を見た。一瞬呆けた後

 

「―――嬉しいです! これから律とお呼びください!!」

 

 花のような笑顔で自律思考固定砲台改め、律はその名前を受け入れた。

 

「上手くやっていけそうだね」

 

 渚が傍にいるカルマにそう言う。昨日まではどうなることかと思っていたのだが、自律思考固定砲台改、律は見事E組のメンバーとして馴染み始めている。しかし、聡明なカルマはこの状況を楽しみながらも冷静な考えを止めていなかった。

 

「どーだろ。寺坂の言う通り、殺せんせーのプログラム通り動いているだけでしょ。機械自体に意志があるわけじゃない。あいつがこの先どうするかは―――あいつの開発者が決めることだよ」

 

 それは一見すれば冷たい言葉ともとれるが事実であった。それこそ、今の彼女を見たら開発者は無駄な機能として全てフォーマットしてしまうかもしれない、そう冷静に現実的な考えをカルマを持っていた。

 

(あいつもそれぐらいは分かってるはずだけどね)

 

 目を細めながらカルマは雪彦を見る。名前を付け、その理由もあると言った雪彦の真意がカルマには読み取れなかった。

 

 

「おはようございます、皆さん」

 

 そして翌朝、カルマの予想通り、律は開発者の手によって元の固定砲台に戻されていた。協調性や感情など必要ない。ただの暗殺用の兵器としての固定砲台に。

 

「"生徒の危害を加えない"という契約だが、今後は改良行為も危害とみなすと言ってきた。君たちもだ、彼女を縛って壊れでもしたら賠償を請求するそうだ。開発者の意向だ従うしかない」

「開発者とは厄介な……親よりも生徒の気持ちを尊重したいんですけどね」

「…………」

 

 困った表情をする殺せんせーは仕方ないと授業を始めた。

 だが、雪彦は黒板を見ず無言で固定砲台―――律を見つめ続けている。

 

「どうしたの?」

「―――いや」

 

 神崎が肩に力の入っている雪彦にそう聞くが変わらず見続けている。

 そして、固定砲台が動き出した。クラス全員が初日を思い出した。この起動音がり弾幕が張り巡らされ、授業を一日中妨害され続けたのだ。それぞれが伏せたり、教科書で頭を庇ったりする。

 だが、機械の身体が出てきたのは銃身ではなく―――花だった。

 

「…………花を作る約束をしていました」

 

 あっ、と声を出し矢田は昨日のことを思い出した。確かに、彼女は昨日の休み時間に律に花を作って欲しいと頼んでいた。そして、律は花のデータを集めておくと言った。それは暗殺とは無関係のものだ。つまり、開発者から暗殺に不要な機能を排除された固定砲台が花など作るはずがない。

 

「殺せんせーは私のボディーに計985点の改良を施しました。そのほとんどは―――開発者が「暗殺に不要」と判断し削除・撤去・初期化してしまいましたが……学習したE組の状況から、()()()は『協調能力』が暗殺に不可欠な要素と判断し、消される前に関連ソフトをメモリの隅に隠しました」

 

 そう語る律のプログラムされただけの空虚な笑みが徐々に変化していく。

 

「…………素晴らしい。つまり律さん、貴女は」

「はい、私の意志で産みの親に逆らいました」

 

 変わっていく、感情の篭った笑顔へと。そしてそれはE組の生徒たちもだ彼女の変化に次第に笑顔になっていく。

 

「殺せんせーこういった行動を"反抗期"と言うのですよね。律は悪い子でしょうか?」

 

 律の言葉に殺せんせーは顔に二重丸を浮かべてこう返した。

 

「とんでもない。中学三年生らしくて大いに結構」

 

 こうしてE組に新たな仲間が一人増えた。 

 

「―――よかった」

 

 雪彦は小さく、それこそ隣の席の神崎にも聞こえない程度の小さな声で呟き、肩から力を抜いた。

 

 

 放課後、雪彦は教室に残っていた。律に話があると言われたからだ。

 

「すみません、こんな時間まで残ってもらってしまって」

「別に大丈夫だよ、一人暮らしだし」

 

 変わらぬ表情で雪彦はそう言う。

 

「それで聞きたいことって?」

「はい―――その、私の名前の理由というのを聞きたかったんです」

「―――ああ、なるほど」

 

 雪彦は『律』という名前を提案した時に理由があるといった。速水がその理由を聞いたときははぐらかしたのだが、律は気になってしまい雪彦に残ってもらったのだ。雪彦も律に隠すつもりはないので素直に打ち明けた。

 

「―――こういう理由だけど、どうかな?」

「―――ありがとうございます、雪彦さん。頂いたこの名前は私の宝物です。―――でも皆さんにはなぜ教えなかったのですか?」

「―――いや、まあ色々ね」

 

 『律』とは自律思考固定砲台の自律から取った名前だ。『自律』―――自分自身で立てた規範に従って行動すること。即ち他からの支配や制約を受けずに自らの考えを持って行動するということである。

 律にだけ教えた名前の由来。それは機械であっても開発者の意向ではなく自分自身の意志で生きて欲しいという願いだった。

 雪彦が今朝、固定砲台へと戻された律から目を背けなかったのは、その願いを込めて名前を付けた身として最後まで信じたいと思った故の直感的な行動であった。

 といった感じに律という字を選んだのにはちゃんとした理由はあるのだが、雪彦は周囲には教えない。なぜなら

 

(何か恥ずかしいし)

 

 律に恥ずかしい名前をつけたわけではない。しかし、それでもなんとなく照れているからだった。律は律で人間の複雑な感情をもっと学ばねばと改めて決意した。

 

「えっとこれだけいいの?」

「はい、ありがとうございます!」

「うん、じゃあね律。また明日―――っ!?」

 

 会おうねと続けようとした雪彦は視線を感じて振り向いた。雪彦と律のいる反対側、つまり教室の前のドアだ。そこには

 

「ふむふむ―――」

 

 修学旅行の時のようにサラサラとメモを取る殺せんせーだった。メモを取り終わるとそっとドアを閉じた。

 

「―――じゃあ律明日会おうね。俺はちょっと急用ができたから」

 

 改めて言い直し、専用の対先生用ナイフを取り出した雪彦は教室から弾けるように飛び出た。目的は一つ

 

(メモを奪って殺せんせーを殺す!!)

 

 ヌルフフフと聞こえてくる笑い声を頼りに夕暮れの教室を校舎を駆け抜けた。

 ちなみに結局メモも奪えず殺せず何時も通りに逃げられ、この放課後鬼ごっこは終了した。

 

 




当初の予定では雪彦が開発者に対して一言言う予定だったのですがボツにしました。それと律の名前の理由ですが、ぶっちゃけ普通に書くと原作のままになってしまうので無理やりねじ込むことになってしまいました

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