七夜雪彦の暗殺教室   作:桐島楓

11 / 16
好奇心の時間

「また負けた―――」

 

 雪彦は膝をついた。先ほどから幾度となく戦いを挑み、そのたびに負けているのだ。

 

「凄いです神崎さん15連勝ですよ」

 

 神崎を褒める奥田。そして渚は雪彦の胸に15連敗と書かれた槍が突き刺さっているのを見た気がした。雪彦が弱いというより神崎が強すぎるのだ。

 

「おしとやかに微笑みながら手つきは完全にプロだ!!」

 

 杉野も神崎の意外な特技に目をひん剥きなが驚いていた。ちなみに雪彦が神崎を名前で呼ぶようになったことに気付いた杉野が、旅館に帰ってくるまでの間に雪彦を締め上げていたりしたのだが、まあそれは余談である。

 

「意外です。神崎さんがこんなにゲームが得意だなんて」

「……黙ってたの。遊びが出来ても進学校じゃ白い目で見られるだけだし―――」

(なるほど、周りの目を気にしてたから姿を変えて態々向こうの街のゲーセンまで来てたのか……)

 

 どうして地元のゲームセンターでなく、別の街に来ているのか知らなかった雪彦だが今理解した。

 

「でも、周りの目を気にしすぎてたのかも。服も趣味も肩書きも、逃げたり流されたりして身につけてたから自信がなかった。殺せんせーに言われて気付いたの。大切なのは中身の自分が前を向いて頑張ることだって」

 

 攫われたときに茅野と話をしたせいか二人の空気は軽かった。そんな二人と微笑ましく見ていた渚だが

 

「も、もう一回―――次は勝てる気がする」

「それ危ないよ! ギャンブルで破産する人の常套句だよ!?」

 

 雪彦がフラフラと財布から百円玉を取り出すのを見て渚が必死に止めに走った。既に15回負けている、一回百円として既に1500円だ。中学生としては結構な金額である。というよりゲームでここまで言われる人も珍しいのではないだろうか。

 

「大丈夫だ、渚。次こそ勝てると俺の本能が叫んでるんだ」

「それはただの幻聴だよ!」

 

 

◆ 

 

 

 結局もう1プレイしなかった雪彦が自動販売機のあるエリアに降りて飲み物を買っていると、速水が降りてきた。

 

「速水か、そういや暗殺どんな感じだった?」

 

 失敗したのは分かっていたが、それでも何か殺せんせーの弱点などが見つかったりしなかったかと思い聞いてみたが。

 

「何時もどおり。これといって変わったこともなかった」

 

 予想通りの答えが帰ってきた。雪彦が自動販売機で買ったオレンジジュースを取り出し前から離れると、速水が飲み物を買おうと前に立つ。

 

「あっ・・・・・・」

「どうした?」

「何でもない」

 

 そう言って何も買わずに前から離れた。持ってきたと思った小銭を忘れてしまったのだ。

 

「―――そういえば速水ってどんな飲み物が好みなの?」

 

 自動販売機に小銭を投入しながら雪彦は聞いた。

 

「え?」

「オレンジジュースは嫌い?」

「好きだけど―――ちょっと!」

 

 速水は雪彦が何をしようとしているか悟って止めようとするが、その前に雪彦はボタンを押していた。

 

「はい」

「でも……」

「二本もいらないから受け取ってくれると助かる」

「―――ありがとう。後でお金返すから」

「別にいいよ。これくらい」

 

 受け取りプルタブを開けて一口口に含んだ。

 

「―――神崎から聞いたよ。そっちは大変だったらしいね」

「俺はそうでもないよ。拉致られた有希子たちや殴られた渚たちだね、大変だったのは」

「そうなの?」

「俺はあの連中投げ飛ばしただけだからね―――しかし、前回といい何故旅行先で高校生に絡まれるのか」

 

 う~む、と悩む雪彦。そして同時についさっきのことを思い出し二つの意味で頭を抱えた。一つは鬼籍だの六銭だの無駄に古風な格好つけた言い回しをしてしまったこと。もう一つは―――

 

「……ねえ。前は神崎のこと苗字で呼んでなかった?」

「―――ああ、なんというか……有希子と知り合いだったんだよね」

 

 まさかの友人であった神崎について全く気が付かなかったことだ。

 

「そうなの?」

「まあ、俺は全く気が付かなかったんだけど―――」

 

 仕方ないんだ雰囲気が違いすぎたんだ。と内心言い訳をしている雪彦である。彼の中での神崎のイメージは、カジュアルな服を着こなし、ダンスゲームでキレッキレの動きを披露したり、格闘ゲームで相手をボコボコにしてる姿の有鬼子だったのだ。

 

(……なんで気分が悪いんだろう)

 

 一方で速水は内心少しイラつく自分に戸惑っていた。

 

 

 速水と少し話し別れたあと。レモン煮オレを買いに来たカルマと部屋に戻ると部屋が騒がしいことに気づいた。

 

「なんだろう?」

「さあ」

 

 聞いてみれば分かるさ、と雪彦が部屋に入ると男子が集まって紙に何かを書き込んでいた。

 

「何してるの?」

「お、カルマに雪彦か。これだよ―――」

「ん? 気になる女子ランキング―――ああ、なるほど」

 

 前原に紙を見せられ盛り上がるわけだと納得した。

 

「お前らクラスで気になる娘とかいる?」

「皆言ってるんだから逃げられねえぞ」

 

 正義と前原が楽しそうに聞いてくる。この年頃の者は男女問わずこの手の話題が好きなのだ。

 

「うーん? 奥田さんかな」

 

 カルマが何食わぬ顔で答えると全員が意外そうな顔をした。

 

「一緒になって悪戯する中村あたりだと思ったんだけど」

「なんで?」

「だって彼女、怪しげな薬とかクロロホルムとか作れそうだし。俺の悪戯の幅が広がるじゃん」

「…………絶対にくっつかせたくない二人だな」

「そうだね」

 

 悪魔と魔女の恰好をした二人を男子全員で想像しながら前原の意見に雪彦も深く同意した。

 

「雪彦はどうなんだ?」

「そういや気になるな。神崎とか矢田と仲いいだろお前」

 

 気になる女子ランキングで1位と2位の二人と仲がいいとなっては気になるのは当然である。特にその二人に投票したメンバーはすごい目つきで見ている。クラス内で浮き気味の寺坂グループでさえ興味を持っているくらいだ。

 

「う~ん、そうだな……」

 

 仲のいい女子といえばその二人が確かに頭を過るのだが、たった今あったばかりの凛香も脳裏をよぎっているのだ。

 

「あ、前の学校の女子とかもちょっと聞いてみたいかも」

 

 と、渚がふと思ったことを口にすると雪彦は前の学校の女子を少し思い出し―――。

 

「止めとけ渚、興味を持たないほうがいい」

「え?」

「餌食になるだけだぞ」

 

 元々雪彦も()()()()変わったクラスだとは思っていたのだが、最近になって()()()変わったクラスだと認識し始めた。下手に興味を持たせて関わらせたくないと思ったのだ。

 

「そ、そうなの分かったよ」

(((((どんなクラスだったんだよ!?)))))

 

 目が本気と書いてマジになっている雪彦を見て渚は引いた。怖いもの見たさになっている男子もいるが。

 

「―――で、気を取り直して誰なんだ?」

「んー、やっぱり―――」

「って、まさかお前神崎さんじゃないだろうな!?」

 

 答える直前にビシッ! と杉野が指を付ける。

 

「いや、有希子も可愛いとは思うけど」

「ちょっと待て! なんでお前神崎を名前で読んでるんだ!?」

 

 ガタッ! と立ち上がったのは寺坂グループでドレッドヘアーが特徴の吉田大成だ。吉田がそう指摘して何人かの男子がそういえば、と雪彦を取り囲んだ。矢田は所謂幼馴染だから理解できるとして、何故昨日まで苗字呼びだった神崎まで名前で呼んでいるのだ? と事情を聞くために立ち上がったのだ。

 男子の中でも事情を知っている、渚、カルマ、杉野の三人は、カルマは面白そうと止めようとしないし、杉野は取り囲んでいる男子の中。渚だけ一応説明しようとしているのだが誰も聞いていない。磯貝も渚と一緒に止めようとしているが。

 

「まあ、みんな落ち着いて―――。皆あれ!?」

 

 磯貝が指差す。全員がその先を見る。するとそこには

 

「ふむふむ」

 

 サラサラとメモを取り、そっとふすまを閉める殺せんせーがいた。

 

「メモとって逃げたぞ!」

「あれは男子だけの秘密だ!」

「殺せ! 殺してメモを奪い取れ!!」

 

 男子全員でナイフや銃を持って駆け出した。修学旅行でも変わらず3年E組恒例の暗殺の時間が始まったのだ。

 

 

 一方少し前の女子の部屋では。

 

 こちらもこちらで気になる男子ランキングの制作を行っていた。考えることは皆同じだ。

 

「で、1位が烏間先生って、生徒じゃないでしょ」

 

 集計結果を見た中村突っ込んだ。

 

「はい、やり直し」

「え~、でも格好良いよ」

「それはわかるけど、男子の生徒にしなさい」

 

 倉橋がブーイングを出すが。中村もそんな分かりきった結果よりも生徒の中では誰が気になるかを知りたいのだ。もう一度やり直して集計した結果。

 

「お~い、ガキ共。もうすぐ就寝時間だって事一応伝えに来たわよ」

 

 ビール半ダースを片手にイリーナが就寝時間を伝えに来た。

 

「一応って」

「どうせ夜通しお喋りするんでしょ―――ん? 気になる男子ランキング? ちょっと見せなさいよ」

 

 目ざとく集計結果の紙を見つけると結果に目を通す。

 

「1位が烏間って、あんたたちの年頃なら大人に憧れても仕方ないかもしれないわね。男子の方もヤってたら私に入れてるでしょうし」

 

 ※1票も入ってません

 

「でも折角なら男子生徒に限定しなさいよ」

「それ一回目のやつ。下の二回目が生徒だけのだよ」

 

 中村そう言い指差す。

 

「こっちね。磯貝が1位か妥当なところね。前原が2位で―――渚と赤羽に1票づつ。結構バラけてるのね。で、七夜が3票と、転校したてなのに結構集めたわね。二人は大体察しがつくけど後の一人は―――」

「ビッチ先生、一応詮索は禁止だよ。私も最後の一人が気になるけど」

「まあ、いいわ。私くらいになれば目を見れば分かるし」

 

 そう言い女子をじっと見始める。

 雪彦に入れた三人。神崎と矢田…………そして速水はそっと目をそらした。

 

(凛香ね。ちょっと意外ね。あまり接点はないと思ったのに)

「ま、黙っといてあげるから安心しなさい」

「そ、それよりさ! ビッチ先生の話が聞きたい!」

 

 ニヤニヤと笑うイリーナを見て矢田が話を変えようと提案した。元々興味もあったので渡りに船だ。もっとも彼女が票を入れたことは全員にバレてるのであまり意味はないのだが。

 そして、イリーナの話を聞いていると、驚愕の事実が明らかになった。

 

「ええ!? ビッチ先生二十歳ィ!?」

「経験豊富だからもっと上だと思ってた」

 

 片岡が驚きながらそう言うと殆どが同意した。

 

「毒蛾みたいなキャラのくせに」

「それはね、濃い人生が作る色気が……誰だ今毒蛾つったの!?」

 

 毒蛾扱いされ少し遅れながら突っ込む。誰かが突っ込み遅いよ。と思ったのだがそれはそれだ。

 

「女の賞味期限は短いの。あんた達は私と違って、危険とは縁遠い国に生まれたのよ。感謝して全力で女を磨きなさい」

 

 そのイリーナの言葉には深い重みがあった。生徒たちもそれを強く感じている。普段は烏間を怒らせたり生徒に弄られる面白キャラなイリーナだが、多くの経験をつんだ暗殺者であり、そして今は教師なのだ。

 

「ビッチ先生がまともなこと言ってる」

「何か生意気~」

「なめくさりおってガキ共!!」

 

 とはいえ普段のキャラのせいでこうなってしまうのだった。

 

「じゃあさじゃあさ、今までオトしてきた男の話聞かせてよ」

「あ、興味ある!」

「フフ、いいわよ。子供にはちょっと刺激が強いから覚悟しなさい。アレは私が17の時……」

 

 始まる話の内容が想像できずゴクリと喉を鳴らす女子…………と、いつの間にか侵入していた殺せんせー。

 

「おいそこォ!!」

 

 さりげなく混ざっていた殺せんせーに皆驚いた。

 

「さりげなく紛れ込むな女の園に!!」

「いいじゃないですか。私もその色恋の話聞きたいです」

「そーゆー殺せんせーはどーなのよ。自分のプライベートはちっとも見せないくせに」

「そーだよ人のばっかずるい!!」

「先生は恋話とかないわけ?」

「巨乳好きだし片想いぐらい絶対にあるでしょ?」

 

 女子に指突きつけられ殺せんせーはえ? え? と戸惑い。

 

「…………おや?」

 

 何かを見付け、それをメモに取り出した。

 

「あっ」

 

 倉橋がメモをとっているものの正体に気がついた。気になる男子ランキングだ。サラサラと素早くメモを取り終わると殺せんせーは逃げ出した。

 

「逃げやがった! 捕まえて奪って吐かせて殺すのよ!!」

 

 女子も武器をちゃんと持ってきており(何故か全員浴衣の袖に入っていた)、こちらでも恒例の暗殺が始まった

 

 

 

「ま、助かったか」

 

 雪彦は窓を開けて風に当たりながらほっと一息ついた。

 冷静に考えれば雪彦はまだ誰にも入れてないし、暗殺に夢中になって神崎を名前で読んだことに対する怒りを忘れてくれれば自分はノーダメージで済む。と中々にせこいことを考えてさり気なく暗殺から外れたのだ。そんな雪彦に声をかける者がいた。

 

「何が助かったの?」

「ん? 速水か。よく会うな」

 

 さほど広くない同じ旅館なのだから会っても不思議ではない。

 

「―――そっちも暗殺始めてるってことはランキングでも見られた?」

 

 雪彦としてはちょっとした冗談のつもりで言ったのだが。

 

「―――なんであんたが知ってるの? まさか覗き?」

 

 半分くらいはそれが原因の女子からすれば笑い話ではないと、速水はガチャりと銃口を向けた。

 

「まてまて! 男子がそんな理由で始めたから適当に言っただけだ!」

「ふーん。…………で、ビッチ先生が1番だった?」

「ビッチ先生? 1票も入ってなかったけど―――」

「…………」

 

 その速水の沈黙と表情で雪彦は明確に悟った。イリーナが男子が気になる女子ランキングをやったら自分に入れるはずだと言ったんだと。

 

「…………黙っとこうか」

「そうね」

 

 二人は同時に頷いた。このことはビッチ先生には黙っておこう、と。言ったら絶対面倒になると分かってるからだ。

 

「―――ねえ。七夜は誰に入れたの?」

 

 答えてくれるとは思っていないが、気になって抑えきれずに速水は聞いてみた

 

「俺は入れる前に殺せんせーが来たからな」

 

 だから無投票と答える雪彦に、だから暗殺に参加せずサボってるのかと少しだけ呆れた。

 

「まあ、入れるとした有希子か桃花、速水の三人で悩んでたんだけど」

「え?」

 

 サラっと答えことにもそうだが、さり気なく自分の名前が入っていて速水は驚いた。

 

「直前に会ってたからかな、気になる女子って言われたら思い浮かんだ」

「―――そういうことね」

 

 もしかしたら口説かれてるのでは? と一瞬だけ思ったが何時も通りの雪彦を見てそれはないなと確信した。そんな女心を全くわかっていない雪彦に対して決して速水は怒っていない。銃を持つ手が若干プルプル震えているがそれは気のせいなのだ。

 

「それにしても一人に絞れないって岡島みたいね」

「ちょっ!?」

 

 クラス1のエロ好きを自称する岡島と同じ扱いは嫌だと抗議しようとするが、実際岡島も一人に絞れねえ! と叫んでいたので否定する要素がなかなか出てこない。

 

「あ! 雪彦そっちにタコが逃げたぞ! ってなんで速水も一緒!?」

 

 そしてその岡島の声で抗議の声で遮られた。

 

「にゅやあああ! なぜそこに雪彦くんと速水さんが二人っきりで!?」

 

 その他にも後ろから「雪彦と速水が二人っきりでいるらしい!」など声が聞こえこのままではいらぬ誤解を招くと、二人は即座にアイコンタクトを取った。

 

「やっぱり来たな殺せんせー! ()()()()していた甲斐があった! な、速水」

「そうね、()()()()して正解だった」

「よし援護頼む!」

 

 そう言って雪彦は閃鞘・八点衝を打ち、速水が銃でその援護をする。

 

「にゅや!?」

 

 壁のように迫る斬撃と、逃げ場を塞ぐ形で迫る対先生用BB弾の壁に避けきれず触手を二本破壊されてしまった。

 

「っち!? 逃げられたか。だが()()()()()()は上手くいったな」

「そうね。殺せんせーも動揺してたし。()()()()は効果的ね」

 

 「なんだ待ち伏せしてたのか」「触手二本落としたしいけるかも」などと言って遠ざかっていくE組メンバー。何とか誤解されずに済んだと二人ともほっと息をついた。

 

「なんか二人とも妙に待ち伏せを強調するね」

「そうだね」 

 

 渚と茅野がそんな二人をみてこう呟いた。




書き終わってから気付いた。矢田さんの出番がない。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。