我は菊月だ   作:シャリ

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9話:出撃

 遠征後は特に任務もなく、ここ一週間は変化のない日々を送っていた。良く言えば平和。悪く言えば平坦。

 今日もそうだと思っていたが……違っていた。

 

 午前の十時頃。我は鎮守府本館にある中庭にいた。中庭には数種類の花が咲く四つの花壇と、三つのベンチがある。ベンチの一つは大きな木の下に設置されており、木陰で過ごせる。

 今日はそのベンチに座って娯楽小説を読んでいた。人も艦娘もいない。静かで過ごしやすい場所。

 静寂な空間で気に入っていたのだが、静寂は突然のサイレン音に引き裂かれた。

 

「緊急事態発生。各艦隊の旗艦は至急、執務室に集合してください」

 

 大淀によるアナウンス。聴き慣れないサイレン音とアナウンスの内容からして、ただごとではない事態であるのは確かなようだ。

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 場所は変わり、遠征の時と同じく抜錨場。面子も遠征の時と同じだ。旗艦集合後、ここに来るように知らせを受けた。

 

「それで、なんの騒ぎだ。我は説明を求める」

「ボクも知りたい」

 

 まだなにも説明されていない。事情を知っているのは執務室に行った長月だけだ。

 

「深海棲艦の大規模進行だ。危険海域から安全海域に侵入し、こちらに進行してきている」

「この鎮守府にか」

 

 長月が首を横に振る。

 

「ここに限った話じゃない。太平洋側の本土全域に向かってだ。各鎮守府はそれぞれの地域で深海棲艦を撃滅。あるいは撃退して上陸を阻止する」

 

 なるほど。大規模は誇張ではないな。それほどの規模だと、ここの鎮守府が仮に救援を求めてもどこも手一杯で救援が来ることはないだろう。見方を変えれば、他の鎮守府への救援行為もないと言える。

 

「あたしたちはなにをすればいいの?」

 

 文月が口に出したのは、みんなが最も知りたい疑問だ。黙って長月の言葉を待つ。

 

「私たちは先行している敵駆逐集団の一部を叩く。移動速度が速い私たちにしかできない役割だ。片付いたら鎮守府に戻って、警戒待機。敵の残りは戦艦や重巡組が対処する」

 

 相手をするのは最初だけで敵本隊は任せる、か。戦闘で弾薬が減った状態で敵本隊に向かうのも、敵駆逐で戦艦たちの弾薬を消耗するのも愚策。継戦能力を考えれば妥当な流れだ。

 我の右隣にいた望月が右手を挙げる。

 

「しつもーん。あたしたちが戦ってる最中に敵戦艦とか来たりしないわけ? 足はやい相手に早急な対処が必要だから駆り出されるのはわかるけどさぁ。大物まで出てきたら敵わないんだけど」

 

 横を見ると、文月がウンウンと頷いていた。生存率に関わることだけに、気になる点らしい。

 

「駆逐級の集団と後続している集団との距離は、退避まで可能な程にある。安全海域を哨戒していた艦娘と偵察に出ていた艦娘の情報から確認済みだ」

「へぇ。……そうだといいけど」

 

 後半は隣の我だから聴こえたくらいに小さな声だった。含みのある言い方。質問した望月自身もわかっているのだろう。戦場では不測の事態が起こる可能性は常にあることを。ならばなぜ質問したのか。

 望月の横顔をジッと見る。視線に気づいた望月は、我にだけ聴こえるように小声で話してきた。

 

「意味はなくても、ちょっとはみんなの気休めになるっしょ」

「つまりは、士気低下を少しでも抑えるためだな」

 

 ウインクで返答された。

 望月はいつも気が抜けているように見えるが、何も考えていないわけではない。そのように認識を改めておこう。

 

「他に質問がある者は?」

 

 長月がみんなを見渡して言う。

 

「いないのなら戦闘開始までの作戦を話すぞ。作戦、というほどでもないが無策よりはいい。頭に叩き込んでおけ」

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

《第三駆逐艦隊旗艦、長月だ。指定座標についた。現時刻より作戦を開始》

 

 長月が鎮守府へと通信で報告。鎮守府を出てから一時間は経つ。太陽は真上の位置にきかけている。他の駆逐艦隊も別の指定ポイントについている頃だろう。

 今回の指令は我々の艦隊だけに下ったわけではない。深海棲艦は各方面から向かってきている。陸と違い、海には阻むものも決まった道もない。道路のある陸上とは違う。いや、あっても深海棲艦が道通りに進むわけがないので陸も海もそこまで変わらないか。

 とにかくだ。同海域でも複数の駆逐艦隊が必要となる。我々はその中の一つでしかない。

 

「偵察機、発艦させます」

 

 千歳が三機の水上偵察機を発艦させる。飛行方角は前もって伝えられている情報を元にしている。今回の千歳の装備は偵察機と副砲と甲標的だ。水上爆撃機はない。爆撃機を積む、もとい弾薬みたく体に収納すると速力が低下する。だから今回の作戦には適していない。偵察機でも速力に影響はあるが、爆撃機に比べたら微々たるものだ。

 発艦させてから七分。千歳から報告があがる。

 

「敵集団視認! 数は……」

 

 急かしたりせずに、数え終えるのを待つ。情報伝達に大切なのは早さよりも正確性だ。

 

「総数は駆逐級が三十七。それと一体だけですが、駆逐棲姫がいます」

 

 駆逐棲姫だと。

 

「集団のボスもいたか。だが、私たちのやるべきことは変わらん。第一段階だ」

 

 長月の言うとおりだ。相手が駆逐棲姫でも倒すことに変わりない。同型なだけで、我ではない。そして今の我も駆逐棲姫ではない。

 

「長月さん、お手を」

「わかっている」

 

 千歳が右手を差し出して、長月がその手を取る。握手する形となるが、ただの握手ではない。お互いの手を介した艦娘同士の外部接続。これにより、偵察機を通して遠くを見ている千歳の視界を長月は共有することができる。他の感覚も共有できるが、接続の負荷が増えるので偵察機の視界だけだ。

 

「あぐっ……ぅ」

 

 長月が痛みを堪えるような声を漏らす。負荷によるものだろう。多分な。

 共有している意味は、先制攻撃をするためだ。今は敵集団との距離があるため、我々の目では見えていない。それは敵も同じだ。だから、先手を打てる。

 まずは偵察機で位置を確認。集団の移動速度と進路を計算。計算結果で割り出したポイントに砲撃。そうして数を減らす。その計算処理を長月が行う。千歳が行わないのは、偵察機を操る処理が大きく、計算をする余裕がないからだ。ムリにさせても、ズレた計算結果となる可能性が高い。故に、代わりに誰かが引き受ける必要がある。

 

「苦しそうだが、正確な計算ができるのか」

 

 煽りではなく確認。しかし気に障ったのか、怨嗟を含んでいるかのような鋭い目つきと表情で睨まれる。

 

「うる、さい! 私を見てないでさっさと位置につけ」

「わかった」

 

 こうなっては仕方ない。黙って準備しよう。

 千歳と長月の二人から十五メートルほど前にでる形で離れて、四人で横一列に並ぶ。横の間隔は五メートル。

 連装砲を構える。皐月たちは両手で一基の連装砲。我は片手に一基、もう片手に一基の計二基。

 

《計算が終わった。私が指示する仰角に調整するんだ》

 

 長月が我を含めた四人に角度を言う。それに合わせて動かさないようにする。

 

《私が三十秒前からカウントを取る。しくじるなよ》

 

 

 少しの時間が経ち、長月が数字を言い出す。数字は徐々に小さくなっていき、最後の数字となる。

 

《にい……いち……いま。撃てぇ!》

 

 四人による一斉砲火。二発で一組の連装砲、計五組十発の砲弾は山なりに飛んでいき、地平線へと消えた。振り返って二人を見ると、手は離した後だった。

 

《弾着確認! 全弾命中。駆逐級七体が轟沈。駆逐棲姫に損害はありません!》

《爆風に巻き込めたのは二体か。充分だ。第二段階に移るぞ》

 

 

 

 列に長月と千歳が加わり六人となった。

 

「見えてきたな。全て沈めるぞ」

 

 距離が遠くて小さく見えるが、深海棲艦の姿を視認。向こうも我らの存在を明確に感知した。敵集団が一直線に向かってくる。七体減ってもまだ三十体。数だけで見れば我らを遥かに上回る。

 

「よし。もう少し引き付けろ」

 

 我らと敵との距離は縮まっていく。近ずくにつれ、集団が移動することで起きている波が、水しぶきが、音が、威圧するように見えてくる。対して、我らは千歳を除いた全員が連装砲を構えて待機。動きはしない。

 

 待機を続けて、遂に相対距離は一キロを切る。

 

「今だ、視界を奪えっ!」

 

 長月の言葉で一斉砲火。だが今回の砲撃は当てるためではない。目標地点は相対距離の丁度真ん中。砲弾が弾着タイミングに合わせて雷撃を六人全員で行う。

 

 砲弾は海面で爆発。水柱ができる。六つの水柱が並んで発生することで、水柱の壁ができあがった。その間に我らの雷撃艦装からは魚雷が発射され、着水。推進を開始していた。

 壁を作ることで雷撃を行う姿が見えない時間を作ったのだ。遠征での戦闘で我が海面に撃ったのと違い、海中に砲弾が行かないのは飛翔距離が十メートルを超えているからだ。マヌケの自爆を阻止する仕組みである。

 

 

 第一段階は視界外からの砲撃。この攻撃を受けた敵は当然ながら第二射を警戒する。それを利用するのが第二段階。敵の注意は砲撃に集まっている上に、水の壁による視界阻害。これにより敵は魚雷にすぐ気づけない。

 

 水の壁は崩れて、水のしぶきへと変わる。しぶきから線が伸びるように深海棲艦へ迫る。そこでやっと深海棲艦は理解する。魚雷が目の前まで来ていることを。集団最前列の駆逐級は、速力のものを言わせて横に避けるのが間に合う。だが、最前列に視界を遮られていた二列目にあたる駆逐級はそうもいかない。知覚した時には、水底への招待状を受け取ることになる。

 

「第二段階も成功だ。残りは二十四体。駆逐棲姫は最後に相手する。突撃を仕掛けてくる駆逐級から始末していくんだ。各員、生き残れ」

 

 長月の作戦も終わりだ。ここからはまともに戦って生き延びるしかない。戦略から戦力の出番になる。

 これまで集団で近づいてきていた深海棲艦だが、バラバラに広がりだした。今までのように、まとめて狙われないようにだろう。予想通りだ。だからこそ、第二段階までしか戦略的にやりようがないのだがな。

 駆逐級は海を荒らすかの如く、豪快に移動しながら噛みつきと砲撃。駆逐棲姫は約五百メートル地点で静止して砲撃を始めていた。

 

 

「我が駆逐棲姫を破壊する」

 

 我としてはさっさと視界から消したい。見ていたくない。最後に相手なんて悠長なことはしない。駆逐級の突進をかわしがら移動。それから駆逐棲姫が砲撃した直後、装填している間に接近をしようとして────。

 

 

 駆逐棲姫と目が合った。

 

 

 虚ろな瞳。光なき瞳。意志なき瞳。なにもなき瞳。

 アレは我だ。かつての我。なにもなかった我。自由のなかった我。人形でしかなかった我。

 今の我とは違う。違うのか。同じではないのか。変わっていないのではないか。あの頃と明確に違うもの。なにかないのか。

 

 戦う意味。持っていない。

 生きる意味。持っていない。

 存在する意味。持っていない。

 

 なにも。なに一つもない。欲しかったものなんてなかったのではないか。なにかを求めていた、そう思いたいだけじゃないのか。

 外見が変わっても、自我があっても、なにも得ていない。得ることがない。駆逐棲姫の姿だった頃と変わらない。そういうことか。

 

 

 痛みが生じた。刺激を受けて、思考の海から現実の海に意識が戻る。片膝をついてしまう。痛む右腹を見ると血が出ていた。砲撃をうけたのか。深刻な傷でないことから駆逐級によるものだな。立ち止まって考えていた間に受けてしまったか。我の血、初めてみたが赤いな。深海棲艦の緑色の血ではなかった。

 前に向きなおると、駆逐棲姫が砲火している姿が見えた。我に向けての砲撃だ。当たり所が悪ければ死ぬ。死ぬことができる。死ねる。

 避ける気は起きなかった。駆逐棲姫の瞳を見て悟った。このまま生き続けても無意味だ。だったら静かな水底に行く方が良い。本来、行くべきだった場所。ちょっと遅れて行くだけ。ただ、それだけだ。もう考えることも思い悩むこともない。我は終わりを迎える。迎えれる。

 

 瞳を閉じる。胸の中が氷の如く冷えていくようだ。もう起きることはない。

 

 

「菊月ぃぃぃっ!!」

 

 声が聴こえた。抱きしめられた。衝撃を感じた。体が浮いたと思いきや、次の瞬間には海面に叩きつけられた。

 横たわったまま、瞳を開ける。

 皐月が倒れていた。背中が赤く染まっている。それを見て理解する。我は皐月に庇われたのだと。なぜそんなことを。

 我の体は動く。衝撃はともかく直撃をうけていない。皐月に傍にいき、抱きかかえる。

 

「皐月」

 

 息はあるが返事がない。気絶している。

 

《負傷して意識を失った皐月を下がらせる。我を援護しろ》

 

 一方的に通信して、移動。近づく駆逐級は文月たちが注意を引いたり破壊してくれた。そうして、千歳の傍に来た。千歳は装備と相性の関係上、長月たちとは少し離れた位置で甲標的を撃っていたからだ。

 

「皐月さんの具合は」

「良くない。いまから回復させる」

 

 皐月を下して横たわらせる。浮力はまだある。沈みはしない。手を握って接続する。相手の意識がないので強制接続だ。我の体内鋼材を消費して体を修復していく。二分経たないうちに皐月の意識が戻った。

 

「いったぃ! うぅ……。あれ、菊月?」

「目が覚めたか」

 

 皐月は上半身を起こして訊ねる。

 

「ここは?」

「戦場だ。意識を失っていたので、我が代わりに修復していた。気が付いたなら、あとは自分で治せ」

「えっと……うん」

 

 意識が回復したなら、聞かねばならない。皐月がした理解できない行動の理由を。

 

「なぜ我を庇った。なぜ助けたんだ。なぜだ」

 

 我の問いで、皐月はキョトンとした不思議そうな顔をする。

 

「なんでって。つい、とっさに?」

「答えになってない」

「そう言われても……仲間が危なかったらとっさに動いちゃうもんだし」

 

 仲間。──仲間?

 

「仲間というのは、誰と誰がだ」

「そりゃ菊月とボクたちだけど。あっ、もちろんただの仲間じゃなくて友達でもあるよ」

 

 我と皐月たちが仲間。そして友達。

 我の中で凍りついていたものが氷解していく。あぁ、そうだ。思い出せた。

 

 

  ◆ ◆ ◆

 

 

 見ていた。艦娘が別の艦娘を庇うのを。艦娘が別の艦娘を励ますのを。ずっと、なんども。

 我にはないものだった。協力する相手。助け合う相手。声をかけあう相手。仲間という存在。

 艦娘に嫉妬していた。羨んでいた。憧れていた。孤独は寒い。一人きりは冷たい。

 

 我は艦娘になりたかった。仲間が欲しかった。友が欲しかった。一緒にいてくれる者が欲しかった。

 望みは、とうに叶っていた。

 

 

  ◆ ◆ ◆

 

 

「どうしたの? ボーっとしてさ」

 

 黙って両腕で皐月を抱きしめる。暖かい。寒さなんて感じない。

 

「菊月……泣いているの?」

 

 見つけた。戦う意味や生きる意味を。気がついた、と言ったほうが正しいかもしれない。

 

「ありがとう」

「ん? 庇ったことは気にしなくていいよ」

 

 そのことに対する礼ではない。いや、それも含めた全部か。

 

「いってくる」

 

 抱きしめ続けるのをやめて、立ち上がる。眼元を指で拭う。

 

「きをつけてね」

「ああ」

 

 我はもう、駆逐棲姫ではない。孤独ではない。皐月たちがいる。

 駆逐棲姫を倒す。アレは我ではない。我の仲間を傷つける、我の敵だ。

 


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