我は菊月だ   作:シャリ

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8話:夜会

 遠征から二日後の夜、我は望月の部屋に来ていた。皐月と文月も一緒だ。

 集まっている理由は、今日の昼過ぎ頃に皐月から「パジャマパーティしようよ!」と誘われたことにある。なにをするのか問うと、お菓子食べたり話したり軽く遊んだりするとのこと。なので、各々が売店で適当に購入したお菓子を持ち込んでいる。

 

 当然のことだが、服は全員パジャマだ。

 

 我はダークプラウンで襟のあるタイプ。左胸には白色の刺繍でバラの花弁が描かれている。

 皐月は黄色で左肩から斜めに薄緑色のラインが入っているフード付きのパジャマ。フードにはトラなのかネコなのか判別つかない耳がある。寝る時に邪魔そうに思えるが、どうなのだろう。

 文月は白色で袖や裾にレースがついているパジャマ。清潔感と清楚な印象を受ける。

 望月は茶色単色のパジャマ。望月曰く、目に入っても眠気を削がない落ち着いた色かつ暖色系で暖かみのあるデザインでシンプルイズベスト。

 

 

 さほど大きくないテーブルを囲って座り込み、みんなで持ち寄ったお菓子とジュースを置いていく。一気に置くと邪魔になるので全部は出さない。置き終えると、皐月がトランプを手に取った。

 

「ババ抜きしよう、ババ抜き」

「いいよ~」

「皐月も文月も弱いからやっても……ねぇ?」

「楽しいからいいじゃん。四人でやるの久しぶりだし」

「今度は負けないわよっ!」

「とか言ってるけど、どうする? あたしは菊月がやりたいならするけど」

 

 望月が我に決定権を渡してきた。放り投げてきたとも言える。

 

「せっかくだ。やらせてもらう」

「よっし。配ってくよ」

 

 皐月は手慣れた様子でシャッフルを行い、カードを配布していく。言うまでもないが、我にカードゲームの経験はない。更に運が重要となる故、処理能力による差も出にくいはずだ。望月の言っていたように、皐月と文月が弱くても勝てる保証はない。だが連敗することは避けたいな。所詮は遊びなのでムキになるつもりはないが、積極的に負けるつもりもない。勝てるなら勝ちにいく。

 

 

「あがりだ」

 

 テーブル中心のカード置き場にキングを二枚捨てる。抜けた順番は望月に続いて二番目だ。

 

「けっきょくボクたち二人が残っちゃうんだ……」

「なんでこうなるの~」

 

 残念がる二人。想定よりも弱かった。手を抜かない限りはババ抜きでこの二人には負けそうにない。

 

「菊月ぃ、言ってやって」

 

 望月の促しに軽く頷いて言う。

 

「文月、顔に出すぎだ」

「そんなに出てたかな」

 

 文月はペタペタと自らの頬あたりを触れはじめる。自覚はないようだ。

 

「ボクは顔に出したりしてないよ」

「皐月は口元の緩みが隠せてない。ニヤケているぞ」

「えっ」

 

 皐月が反射的に口元を片手で隠す。今やっても手遅れなのだが。

 

「うんうん。わかりやすくて運ゲーにすらなってないもんねぇ」

 

 この後の皐月と文月は、顔に力を入れて表情に出ないように行った。結果としては文月が勝ち抜いて皐月が悔し気だった。続けて遊ぶことはせず、お菓子を食べながら話を行う。食堂で追加してほしい献立や次に町に行った時に訪れる箇所やそれぞれが選んできたお菓子の感想といった無駄話だ。そうして、皐月が新しい話題を口にした。

 

「提督と大淀さんってさ、やっぱり恋人同士なのかな」

「大淀さんの片想いじゃないの?」

「ボクもそう思ってたんだけどさ。この前に町で二人っきりで過ごしているのを古鷹さんが見たんだって」

「いつの間にかくっついてたんだ。提督もやるね」

「へー」

 

 望月はどうでもよさそうだ。我としてもどうでもいい。

 レモンラムネを取って口に含む。美味い。酸っぱさの後に甘味が広がる。

 

「二人とも興味なさそうね」

 

 文月の言葉を訂正しておく。

 

「なさそう、ではない。ないのだ」

「右に同じ」

「えぇー」

 

 人間と艦娘の恋愛か。得ている知識が正しければ結婚はできなかったな。性器はあれど子供を作る機能はないことと、人間ではないからだ。かといって、恋愛を禁止しているわけでもない。籍を入れることと子供を持てないだけ。

 

「興味があるなら、二人は想い人や恋人の人間でもいるのか」

「それはいないけど」

 

 なら恋することにでも憧れてるのだろうか。理解できない。

 

「ボクも今はいないけどさ、いつかは欲しいかなーってくらいは思うよ。相手は人よりは同じ艦娘の方がいいけどね」

「あたしもそうね」

 

 違う存在である人間よりは同じ存在の艦娘が相手の方が良いということなのか。どちらにせよ、艦娘でもない我には当てはまらない。

 

「艦娘同士というのは多いのか」

 

 皐月が答える。

 

「割と多いかな。鎮守府に人間ってあまりいないしさ」

「例えば誰がいる」

「吹雪さんと大和さんがそうだったりするよ」

 

 加えるように文月の言葉が続く。

 

「大和さんが外に出て吹雪さんを待ってる姿とか見かけるわね。遠征とかから帰ってきた吹雪さんをそのまま人目を気にせず抱きしめてるもの」

「そうなのか。知らなかった」

 

 知ってどうこうするわけでもないがな。

 

「もっちはどうなの?」

 

 気になる相手はいるのか、を含んだ問い。望月はというと、いつの間にか机に突っ伏していた。寝ているかと思いきや、モソモソとチョコクッキーを食している。

 

「んえ? あたし? どうもこうもないよ。一応、告白の台詞なら考えたりするけど」

 

 顔を上げた望月が答えた。興味津々といった様子で皐月と望月が聞く。

 

「なにそれ気になる」

「どんなの?」

「ほら、『俺の為に毎朝味噌汁を作ってくれ』なんてのあるじゃん。同じような感じで『あたしを毎朝起こしてくれ』なんてどうよ」

 

 望月が……なんだったかな。そうだ、ドヤ顔だ。皐月あたりに聞いた気がする。その顔をしている。

 

「それはちょっと、どうかなぁ」

「告白……?」

 

 皐月と望月は微妙な反応だ。

 

「我からすると、悪くない」

 

 望月らしくてわかりやすい。

 

「菊月は話がわかるねぇ。流石」

「なにがどう流石なの」

「特に深い意味はないよ」

 

 だろうな。

 

 

「鎮守府に人間が少ないのは知っているが、人間が鎮守府を訪ねてくることはないのか」

 

 我の疑問に文月が答える。

 

「えっとね~。たまにだけど視察みたいなことをする人がくることはあるよ」

「文月から見てどうだった」

「上着に勲章とかいっぱいつけてて偉そう」

「ボクは勲章よりヒゲの方が偉そうにみえた」

「そっちぃ?」

 

 視察をする立場という点で推測するに、大本営か地域本部あたりの者だろう。危険はないとは思うが、念のために接触をしないように気を付けておくとしよう。

 

「偉そうな人が上着を預けた後とかにさー、こっそりコレつけても紛れてバレなさそうじゃね?」

 

 望月が手元でお菓子のオマケとして入っていた、翼がモチーフとなっているオモチャのバッジを弄びながら言う。

 

「ぜっっったいにやめて」

「言われなくてもやらないって。やりたくても、あたしたちが同室することはないからできないし」

 

 できそうならやるのか。

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 話をしたり、リバーシ等の遊戯に興じていると時間も経ち、時刻は深夜に差し掛かろうとしていた。皐月と文月は何度もあくびをだしていた。二人とも限界だな。

 

「遅い時間になったし今日はこの辺にしとこっか」

 

 皐月の言葉を皮切りに片づけにかかった。片付け終えて「また明日」と解散して自室に戻る流れだったが、我は違った。最後に部屋を出ようとしたら望月に裾を掴まれたからだ。

 

「あのさ、今日一緒に寝ない?」

 

 寝床を共にする誘い。唐突だな。

 

「なぜだ」

「あたしが誰かと一緒に寝るの好きだから。もちろん一人で寝るのも好きだけど」

「なら我でなくてもいいだろう。文月か皐月はどうだ」

「そうもいかないねぇ。二人とは寝たことあるけど、菊月とはないから誘ってるわけだしさ」

 

 どうするか考えてみる。明日の朝に予定はなく、断る理由は見つからない。

 

「わかった。枕を取ってくる」

「もう一人分の枕ならあるよ」

 

 ベッドに上にある二つの枕を指さして言う。我はお菓子のあるテーブルと三人の顔しか見てなかったから気づいてなかったな。

 

「んでも、枕が変わると寝れないなら取ってきたら」

「気にしないから使わせてくれ」

「あいあい」

 

 望月はメガネを机に置き、ベッドに寝転がる。そして我を見ながら自分の横をポンポンと叩く。

 

「ほれ、おいでおいでー」

「あぁ」

 

 ベッドに上がって望月の横の位置につき、薄くて茶色の掛け布団を望月ごとかける。望月とは肩が当たらない程度の近さだ。

 

「リアクション薄いなぁ」

「我はこういう反応しかできない」

「知ってる」

 

 望月が悪戯っぽく笑う。なにが楽しいのはわからないが、水を差すような発言をせずに黙っておく。

 

「よいしょっと」

 

 すると望月はモゾモゾと動き、我との距離を詰めて抱きしめてきた。

 

「我の髪、うっとおしくないか」

「別に。触れてもサラサラだしね。逆に聞くけど、抱き枕みたいに抱きしめられるの嫌だったりしない?」

「嫌ではない。暖かくていい」

「そっかそっか」

 

 暖かさは体温のことではない。遠征の時に文月とした、指切りで感じたのと同種の暖かさ。上手く言語化できないが、落ち着く。心地よさから自然に眠気がやってきて、まぶたが重くなる。

 

「んじゃ、おやすみ」

「おやすみ」

 

 眠り人へ送る言葉を最後に、意識は深い眠りの海へ沈んでいった。

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 まぶたごしに光の刺激を受けて、意識が静かに浮き上がるように覚めた。瞳を開くと、太陽はすでに昇っているらしく白いカーテンは日光で純白の光彩に昇華している。

 起き上がろうとしたところ、阻止するような抵抗力を腕に感じた。見ると望月がパジャマの袖を引っ張っていた。

 

「起きていたのか」

「いま起きた」

 

 目をつむったままに答えてくる。

 

「手を放してくれないか」

「まだ寝てようよぉ」

「もう朝だ」

「いーじゃん。一緒に寝るの気持ちいいしさぁ」

 

 望月の言う通り、昨日から朝にかけての睡眠は心地よかった。

 

「……そうだな。そうしよう」

 

 こういう朝の過ごし方も良い。今度は一方的に抱き着かれるのではなく、望月の方へ体を向けて抱きしめ返した。望月の満足げな笑みを見ながら我は再び眠りについた。

 




 昼前くらいには文月に掛け布団をガバァと取られて「いつまで寝てるのっ」と起こされる模様。
 艦娘は女の子しかいないので、愛する相手の性別云々ではなく同種か異種かといった考え方になっています。

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