我は菊月だ   作:シャリ

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6話:遠征

 能力テストを行ってから一週間後、皐月たちと出かけてからなら二日後。時刻は朝食後。

 

 執務室に呼び出され、提督から配属を告げられた。希望通り、我も出撃を行う駆逐艦の一人に決まった。

 秘書艦の大淀から渡された通達紙の備考欄には、皐月、望月、文月、長月の四人と共に組むのが基本となることが書かれていた。我を含めて五人。

 一艦隊は六人なので一人足りない。前に文月の言っていた、固定されていない枠だな。出撃する目的によって、必要な艦娘を入れ込むための空きだと説明された。

 

 紙に目を通し終えて、提督に視線を戻す。提督から、本題の通達を受ける。

 

「明日、遠征に出てもらう」

 

 遂に我も艦娘のように海に出るわけだ。しかし、遠征任務か。深海棲艦を撃退、もしくは迎撃を行う出撃任務とは違い、内容は多岐にわたる。遠征とだけ言われても内容がわかるわけではない。

 

「遠征の詳細を求める」

「今回の遠征は、この鎮守府で定期的に行っているものだ。内容を簡潔に言うと、護衛任務になるな。対象はアメリカ本土からの貨物船三隻。指定のポイントで船が来るのを待ち、合流したらそのまま護衛開始になるぞ。あぁ因みに、本土から合流地点までは余所の艦隊が護衛を行う決まりになっている」

 

 要するに荷物の引継ぎとお守りのセットというわけか。単純な任務だな。

 

「これ以上のことは同じ艦隊になる長月や皐月たちに聞くといい。陸上でこの部屋に籠っている俺よりも、海に出て遠征を何度もこなしている彼女たちのが詳しいからな」

「わかった。そうしておこう」

 

 要件は終了した。これ以上、ここにいる理由はない。この部屋にいると大淀の視線を感じて少し気に障る点もある。大淀は、提督に対する我の態度が気に食わないって目をしている。我としては、今のところ改める予定はない。

 提督という名の人間に悪意や敵意は持っていないが、同様に好意もないのでこれが妥当だ。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 昼食の時刻。食堂にて皐月たちと席を共にする。

 

 席位置は我の右に、皐月。向かいに文月で、その横に文月。献立はご飯、ブリの照り焼き、お吸い物に少量のサラダ。

 我は食事を取りながら、同じ艦隊になることに加えて明日の遠征任務のことを話した。

 

「同じところになったんだ。そうなる気はしてたけど」

「菊月も睦月型駆逐艦だしねぇ」

「なんにしても良かった~。これで海でも一緒にいられるわね」

 

 皐月、望月、文月が口々に言う。艦隊に関しては、予想していたことのようだ。

 

「それで、遠征任務は基本的にどう動くものか知りたい」

 

 望月が皐月に言葉を投げる。

 

「だってさ、皐月」

「ボクが説明するの?」

「皐月が教育担当で、菊月は生徒担当。そしてあたしは見守り担当、みたいな」

「どういうことなのさ。別にいいけど」

 

 文月が目で「あたしは~?」と、望月を問う。

 

「文月はあたしのブリの骨抜き担当」

「なんでそうなるの」

「だって、骨取るのめんどくさいし難しいしー。で、文月が一番骨取りうまいじゃん」

 

 各人の皿を見て比べてみると、確かに文月が一番綺麗に魚を食べていた。我と皐月は食事に支障がない程度で、望月は若干苦戦している。

 望月が急に担当とか言い出したのは骨抜きを頼みたかったからだな。

 

「だからさぁ文月ぃ、代わりに取ってくれない? プチトマトあげるから」

「いらないっ」

 

 文月はプチトマト受け取りを拒否しつつも、望月の皿を自分の前に取り寄せて、骨を取り始める。

 

「文月は望月に甘いのだな」

「ボクたちの中では一番の世話焼きだからね」

 

 さて、こちらも話を進めるとしよう。

 

「任務のことを聞かせてくれ」

「わかってるよ。まず、護衛中の陣形は複縦陣。単縦陣で進む貨物船を挟む形になるんだ。で、護衛中に深海棲艦の接近を感知したら、四艦は迎撃するために移動。残った二艦は別方向から深海棲艦が接近してこないか警戒。加えて、迎撃に向かった四艦をすり抜けてきた深海棲艦の相手を行うってのが基本の流れ」

 

 ふむ、護衛対象がいるから一艦隊で戦うわけにもいかないわけか。

 

「なら四艦で対応できない相手や量がきたらどうなる」

「その場合は残すのを一艦にして、五艦で対応さ。まだ足りないのなら応援要請をして六艦で出るしかないね。それで迎撃成功したら応援要請は取り下げて護衛を再開。ムリそうなら、ひたすら時間をかせいで貨物船を深海棲艦から少しでも遠くに逃がす。後は応援が少しでも早く来ることを祈るしかないよ」

 

 中々に厳しい内容だ。それと、艦娘が祈る相手は誰になる。人間たちか、神か、提督か、それとも開発者の浦戸博士か。誰が相手でも祈る気は起きない。

 

「とは言っても、そんなことが起きることはめったにないけどね。今までもなかったしさ。逆に深海棲艦が少なくて三艦や二艦だけで迎撃したり、戦闘が起きずに遠征が終わることが多いよ」

「そうなのか」

「安全指定海域が海路だからね。あっ、安全海域とかはわかる?」

「知っている」

 

 安全指定海域は人類が深海棲艦から取り戻した海域を示す。現在の安全指定海域は海の二割程。残りの八割は深海棲艦の支配されている危険指定海域だ。

 地球の七割が海であることを考えて、単純に計算すると。70%中の80%は56%。つまり、世界の半分以上は深海棲艦の手に落ちている。これに陸地を足せばさらに多くなるな。

 

 安全指定海域に関しても絶対の安全が約束されているわけではない。遠征として安全指定海域を巡回をする艦隊はいるが、海域全ての範囲を常に警戒するのは物理的に不可能だ。

 燃料、時間、人手、費用、能力、足りないものが多すぎる。結果として、どうしても危険指定海域から流れこむ深海棲艦は存在する。

 

 危険指定海域よりはマシなことは間違いではない。だが、名前の通り安全な海、とは言い難いのが現実だな。

 

「他に聞きたいことってある?」

「最後に一つ。今回の遠征、旗艦は誰だ」

 

 旗艦は艦隊の長。必要な判断を下して指示を出す重要な役割。明日になればわかることだが、知るのは早い方がいい。

 

「旗艦は長月さ。今回の遠征だけじゃなくて、今までもずっとそうだったよ」

 

 長月……我の中ではまだ不明瞭な相手だ。参考までに、皐月たちの印象を少し聞こう。同じ艦隊になることを考えると、無駄な情報ではないはず。

 

「海での長月は頼りになるのか」

「もっちろん! ボクたち四人の中では一番戦い方が上手くて強いよ。あと流石に艦隊で出ている時って、鎮守府にいる時程には距離を取られないからね」

 

 一番か、実力はあるのだな。内容と口調からも長月を悪く想っている様子はない。

 

「長月の話をしてるってことは~、遠征の話は終わった?」

「先程、皐月から聞き終えた」

 

 顔を正面の文月に向けると、既に骨取りを終えていた。思っていたより早い、加えて丁寧だ。言葉に出してきてはいないので気のせいかもしれないが、文月の少し上がっている口角が得意げに見える。

 望月の方はというと、骨が無くなったブリの照り焼きを口に運んでは満足気な表情を浮かべていた。

 

「長月はぶっきらぼうな印象を受けるかもしれないけど、ちゃんとあたしたちのことを考えてくれているの」

 

 文月の言葉に、皐月が頷いて同意する。

 

「そこがわかっているから仲良くしたいんだけど、上手くいってなくてさ。いつか、ちゃんと仲良くやっていきたいなぁ」

 

 我と長月が仲良くやる光景は全く思い浮かばないが、皐月と長月たちなら大丈夫だろう。いつになるのかは知らないが。

 

「望月はどう思っている」

「あたしぃ? そっだなー。長月のトラウマが治ったら皆で町をぶらっとしたり一緒の部屋で寝たりしたいとは思うよ。無理に誘う気はないけどね」

「そうか。大体わかった」

 

 望月の言い方自体は緩いが、傷つけたくないという気持ちは感じれた。三人とも長月を信用しているようだ。我はどうだろう、我が長月に対して三人のように想ったり、長月か我のことを考えてくれたりするような関係になる時がくるだろうか。

 今までのやり取りを振り返ると、想像できない。町へ出た日の言葉など、謎なこともある。我が思い当たらないだけで、我と長月の間にはなにかがある可能性は存在しているな。

 まぁ、もしも関係が築きあがったり謎が解けたりするならば、今回の遠征が第一の機会だ。いずれにせよ、明日の話。

 

 今するべきことは……そうだな。ひとまず、ご飯のおかわりを貰いにいこう。

 




 ここの鎮守府の文月がゲームの艦これ程ゆるい感じではない理由は、個体差に加えてもっとゆるい望月がいた分しっかりしたからです。
 提督に恋愛的な好意を持っている艦娘は大淀だけです。提督は執務室に籠って仕事をしており、秘書艦以外の艦娘とはあまり話をしたことがありません。そのため、基本的に提督と艦娘は仕事場の上司と部下といった関係性でしかないですね。

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