我は菊月だ   作:シャリ

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5話:外出

 六つの砲弾が飛来する。我を水底に導こうとする殺意の塊。我の意識とは無関係に足が動き、前後左右にスライドして砲弾と着弾時に発生する爆風の直撃を避ける。

 我が全弾躱したの見て、六人の艦娘は動きを止めて射撃体勢に移行。静止状態から砲撃することで、命中精度の引き上げを図る。

 

 我を狙って砲撃を行う六人の艦娘を見て理解した。この光景は夢だ。我がまだ駆逐棲姫だった頃の記憶で出来た夢。

 

 視点が菊月の体より高く、全身は我の意志とは関係なしに動いて艦娘に攻撃を行う。敵対している艦娘の顔は見えない。顔や独自制服等の部分が黒く塗り潰されいて、艦娘の判別ができない。所詮は夢だ。もしくは思い出したくないのか、それとも単に記憶が欠落しているのか。疑問への答えは用意されていない。この記憶がどれ程前の物なのかも、この戦闘を行っている場所も不明だ。

 

 我の砲撃と雷撃……違うな。今の我は見ているだけでしかない。動いて戦っているのは駆逐棲姫(ニンギョウ)だ。

 とにかく、駆逐棲姫の砲撃と雷撃を受けて一人、また一人と黒塗りの艦娘は水底に体を沈めていく。艦娘たちは戦闘の途中で撤退を図っていたが、先に回り込まれて阻止されていた。艦娘が沈むたびに艦隊としての戦力が減ることで抵抗力も失っていき、残りはもう二人だけだ。二人の内、損傷が大きいのか動きが鈍い方に主砲を向ける。重い音と同時に放たれた砲弾がその艦娘に迫る。

 

 すると、もう一人の艦娘が、駆逐棲姫と弱っている艦娘の間に入りこんで砲弾をその身に受けた。つまり、身を挺して庇ったのだ。庇った結果として傷ついた艦娘を沈めるべく、駆逐棲姫は標的を変えて狙いを定めた。

 その光景を最後に、視界は靄に包まれるように見えなくなっていった。

 

「ここまでか」

 

 我の目に映るのは昨日も、その前の日も見た天井。我が現在いるのは自室のベッドの上。

 やはり先ほどの光景は記憶であり、夢だったようだ。一部とはいえ駆逐棲姫の時のことを思い出せたが、我が欲しかったものは未だにわからない。まぁいつかは思い出せるだろう。時間はある。焦ることはない。

 

 体を起こして、時計を見る。皐月たちとの約束の時間が近い。我は昨日の夕食時に、皐月たちから一緒に町へ遊びに行こうと誘われた。配属の通達もまだ来ていないのですることがないことに加えて、単に見れるなら見ておきたいと考えたので行くことにしたのだ。そして出かける為に集合時間を決めていたのだが、少し寝すぎたせいで余裕がない。さっさと出るとするか。朝食を取ってないが、空腹感がないことから気にする必要はない。

 

 ベッドから降りて、机の引き出しから『菊月』と書かれた木製で縦二〇センチメートル程の名前札を取り出す。昨日に聞かされた皐月たちの説明によると、ここの鎮守府は基本的に大きな作戦の日が近くになければ外出許可が常に出ている状態らしい。故に許可を一々取る必要がない。ただし、外出していることがわかるように本館中央入口にある『外出中人員』と書かれた箇所にこの札を掛ける必要はある。後は掛けた札を鎮守府に戻ってきた時に回収すればいい。

 

 本館中央口に移動すると、皐月、望月、文月の三人が我を待っていた。

 

「もう来ていたのか」

「なるべく早くに出たかったからね!」

「アタシは部屋でもうちょっとゆっくりしていたかった」

「もっちの『ちょっと』は長いからダメよ」

 

 元気そうな皐月と違い、望月は眠たそうな顔をしている。寝ていたところを文月に部屋から引っ張り出されたか。

 

「じゃあ、皆も揃ったし出ようよ」

 

 四人が揃っているのに集合時間まで待機する必要性はどこにもない。当然、皐月の言葉に我を含めた三人とも同意する。全員が札を掛けたことをお互いに確認してから中央口から歩き出す。

 町まで歩くわけではない。鎮守府から遠くはない距離に、港区から町までのバスがある。艦娘の性能なら人間の能力を超えた速さで走ることはできるが、加速艦装を履いた海上程の移動速度は出せない。陸上で移動するなら素直に乗り物を利用するほうが効率が良い。

 

 一応、加速艦装は陸上でも動作はするが、海面と違い地面との摩擦による消耗が起きるので基本的に使用されることはない。内陸まで深海棲艦が入り込むような事態が起きない限り、使用許可が下りないはずだ。町に行くので使いたい、との理由で許可申請をしても無駄なのは試すまでもない。仮に使用許可が下りても、加速艦装を履いたまま町を散策する気は起きないので使わないが。

 

「そういえばさ、町に行ったことがないならバスにも乗ったことがないんだっけ?」

 

 先程まで、横で歩きながら鼻歌を歌っていた皐月が聞いてきた。

 

「バスどころか車自体に乗ったことがないな」

「だよね。もしバスで酔った時はちゃんと言わないとだめだよ」

「艦娘でも人間のように乗り物酔いすることがあるのか」

「ボクは聞いたことないよ。けど、乗り物に乗った記憶と経験がない場合までは知らないからさ。それで言ったってだけ」

「そうか」

 

 なら問題はないだろう。そう考えて短い返事をした後になって気付いた。言葉から察するに、我は皐月に心配されたのか。あまり気にされても対応に困る。ハッキリと答えておこう。

 

「我なら問題ない。この体に問題が起きたなら窓から飛び降りて回復を待てばいい」

「言えば降ろしてくれるからそんなことしなくていいよ!?」

 

 この答え方は間違えだったようだ。

 

「海の波よりは揺れないから心配しなくても大丈夫よ」

 

 一連のやり取りを聞いた文月が、呆れを含んだ口調で話に入ってきた。

 

「舗装されていない道路を通って大きく揺れてる時でもバスの中で寝てる艦娘もいるし」

 

 文月の視線が望月を指す。望月はまだ寝むたそうな目を擦りながら言う。

 

「揺れの具合が心地いいから座ってると眠くなってくるんだよねぇ」

「それはもっちだけよ」

 

 この後も軽く話を続けながらバス停まで行き、バスの一番後ろの席に四人横並びで座り込んだ。乗車してしばらく経っても体に不調は起きなかった。乗り心地も悪くない。揺れの大きさに関しては、海の波と実際にどれだけの差があるか興味はあったが、比べられる程に海上で過ごしていないので判断はできなかった。

 それと望月は隣に座る皐月の肩に頭を乗せて、目的地に到着するまで静かに眠っていた。

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 バスから降りて、町中を見渡す。どの建物も煉瓦(レンガ)かコンクリートで建てられており、白く塗っている建物もあるが全体としてみると赤と茶の色が多い。

 木造の建物が少ない理由は本からの知識で知っている。深海棲艦が攻めてきた時の被害を考えてのことだ。この町は海からはそこまで離れてはいない。町と海の間に鎮守府があるとはいえ、深海棲艦が上陸して町までくることは絶対にありえないと保証はできない。

 以上のことから、海に近い町の建物は深海棲艦の攻撃を受けた時に木造よりも耐えることができ、燃えにくい素材で建てられることが多い。木造中心の町が見たいならもう少し内陸に行けばいいが、我は景観に強い興味は持たない。わざわざ行くことはないだろう。

 

「菊月は行きたい所ってある?」

 

 街並みを眺める我に皐月が希望がないか投げかけてきた。我はこの町についての細かい情報も土地勘も持ち合わせてない。だからこう答えるしかない。

 

「何処になにがあるのか、わからないので任せる」

「まぁそうなるよね。ボクはどうしようかなーって感じだけど二人はどう?」

 

 話を振られた文月は少し悩んでから答えた。

 

「なら最初に昼食にしない? 今ならどこも混まないだろうし」

「あー、うん。あたしも文月が言ったのと同じやつで」

「ど~せ、考えるのが面倒だから同じって言ってるだけでしょそれ」

「まぁねー」

 

 今の時刻は鎮守府での昼食時よりも前。つまり、一般的な昼食時よりも少し早いので今なら食べるのに待たずに済むということだな。

 

「我も文月に賛成だ」

 

 待つ面倒がないのは良い。皐月も同じ考えなのか「ボクもさんせー!」と言ったことで移動を開始。向かう飲食店は三人が町に来るたびに利用しているところになった。

 

 道すがら三人から町中の店や建物の説明を受けた。あそこの店のキャンディが美味しいだの、あっちの店には使いやすいシャーペンがあるだの、あの置物屋ではいつ来ても飼い猫が高い位置にある商品棚からふんぞり返って見下ろしてくるだのといった感じだ。

 良い情報を教えるというよりは、ただ話をしたくて説明をしているようだった。なので情報的な価値はなかったが、我は説明を止めたりはしなかった。もしかしたら我も三人と話をしていたいと思っていた……のだろうか。

 

 目的の店につき、入口を開くと扉に付けられた鈴がチリーンと鳴った。中を見ると客は数人だけだったので、文月の言った通り混んでいない。空いている席に座り、メニュー表を見る。

 

「種類が多いな」

「でしょー。なんでもあるから良い店なんだよねっ」

 

 我の呟きに対して、なぜか皐月が得意げな顔をしながら反応した。

 

「だいぶ前に三人で『決められた時間内に一番メニューが多い飲食店を探す』っていう勝負をした時にボクが見つけたのさ」

「あたしが見つけたお店だって二つ分負けてたけどメニュー多かったもん」

「なにを言ってもあたし達が負け組なのはかわらないって」

 

 勝ち誇った表情をしていた理由はそれか。ただ、今の言葉で一つ気になる。

 

「望月も探したのか」

「しっかりと探し回ったよ。まぁ負けちゃったけどね」

 

 今までに見ている望月の様子だと、探さずに町中のベンチで休むイメージが出てくるが間違いのようだ。勝負する時は遊びでも熱くなったり真剣に取り組む性格なのかもしれないな。

 

「あの時に勝てたら二人からアイスを奢ってもらえたんだけどなぁ」

 

 違うかもしれない。

 

 全員の注文が決まったので店員を呼んで伝えた。しばらくして、焼きそば、オムライス、魚の煮付け、ハンバーグがそれぞれ頼んだ皐月、文月、望月、我の前に置かれる。我が頼んだハンバーグも三人が一口食わせてきた料理も美味しかった。我の評価を聞いた皐月は、自分が見つけた店が褒められたのが嬉しいらしく喜んでいた。

 鎮守府の料理と比べたらどうか、と考えかけてやめた。美味しいものは美味しい。それだけでいい。どちらの方が良い等は余計な思考でしかない。

 

 昼食を取り終えて、次は洋服店に移動。来たのはいいが、疑問がある。

 

「服を買う意味はあるのか?」

 

 艦娘には独自制服がある。替えの服を買う必要はないはず。

 

「女の子だからオシャレはしておくべきよ」

「ボクとしては『しておくべき』は言い過ぎな気もするけど、色んな服を着たりそれで町を歩いたりするのは楽しい気持ちになれるのさっ!」

「気分転換になるってとこかなぁ。町を歩くだけじゃなくて例えば寝間着とか……パジャマとか」

「もっち、その二つは一緒だから」

 

 なるほど。しかし。

 

「では何故、今日は三人とも店にあるような服ではなく制服を着ている」

 

 疑問には皐月が答えた。

 

「あぁそれは、菊月は町に行ったことないなら普通の服は持ってないだろうなーって考えて制服にしたのさ。一人だけ制服は目立つだろうし」

 

 出かける用の服を持っているのに、我に合わせて制服で町に来ていたというわけか。

 

「……気を使わせてしまったな」

 

 我の言葉には三人とも気にしなくて良い、と返してきた。その後は四人で服を試着して見せあったりしつつも選んで購入した。我は水色の寝間着や黒色で肩に赤いラインの入ったTシャツやオーバーオール等を選択。他の三人も数点の服を購入した。

 

 使った金銭は食事もこれらも鎮守府から出されたものだ。艦娘は給付金という形で受け取っている。これは他の鎮守府でも同じ、というわけではない。外出の際の形式や艦娘にお金を渡すかどうか、渡すにしてもどのような形式を取るかの決定は提督に一任されている。だから鎮守府ごとにやり方は変わる。我々がいる鎮守府と比べて、艦娘が良い待遇を受ける鎮守府もあれば悪い待遇を受ける鎮守府もあるだろう。

 どちらにせよ他の鎮守府の艦娘とじっくり話す機会はないので、比べようがないがな。

 

 じっくり時間を使って服選びをしたので、洋服店を出た頃には夕刻となっていた。最後に望月の希望で、町の中心部にある噴水広場でアイスを食べて帰ることになった。

 

「はい、どうぞ」

 

 アイスクリーム屋の人間からオレンジ味、イチゴ味、抹茶味、グレープ味を注文した皐月、文月、望月、我の順に受け取る。出店故に座って食べる為のベンチがないので、噴水の縁に腰掛ける。

 町の中心部だけあって人間が多い。多い……が、我々の近くには人間はいない。町中を歩いていた時もそうだが、人間たちは我々を避けて距離を取る。艦娘になるべく関わりたくないからだ。

 

 艦娘は兵器だが、意志と感情がある。それにより、表面上では軍の所有物であると同時に軍に所属する兵士でもあるということになっている。つまり、艦娘を傷つけたりした際の罰則が兵器と兵士の分で二重にかかる。

 良くて重い罰則金、悪いと死刑となり残った遺産の全てが回収されて大本営の資金の足しとなる。その判断材料に不注意や偶然の事故は含まれない。罰則者の立ち位置で変わってくるだけだ。よって、一般市民はなるべく艦娘に近づかない。

 お陰で、人が多い中心部でも人混みを気にせず広い空間を確保できて楽だ。良いことだな。

 

「やっぱり抹茶味は落ち着くねぇ」

 

 早速、アイスを食べている望月が感想を述べる。我もアイスを食べるとしよう。一口噛むと、口の中で甘味と冷たさを出して消えていく。

 

「食べて消えているのか溶けて消えているのか判断が難しい。不思議な触感だな」

「確かに不思議な感じよね」

 

 横に座る文月が我の言葉に同意する。

 

 

 

「だが、美味しいことだけは間違いない」

 

 初めて食べたアイスクリーム。不思議な触感だがこれもまた美味しい食べ物だ。

 

 

 バスの窓から遠くなっていく町を眺める。我の目には、夕焼けに染まる街並みがとても鮮やかに映っていた。やがて、町が見えなくなると我の両肩に重みが圧し掛かった。左右を見ると、我の肩に寄り掛かるようにして文月と望月が寝息を立てて眠っていた。この程度の重みなら負担にすらならない。降りるバス停まで、起こしはせずに眠らせることにした。

 バスから降りて鎮守府まで歩き、中央口で札を回収。これで今日の外出は終わりだ。夕食を取るために食堂に向かう前に、我は三人に言う。

 

「今日のことだが」

 

 どう言うべきか。『悪くはなかった』ではないな。きっと、この言葉の方が正しいのだろう。初めて口に出す言葉だが、なんとなくではあるがそう思えれる。

 

「楽しかった。誘ってくれたことに感謝する」

 

 我の言葉を聞いた三人は思い思いの言葉で「また今度、一緒に出かけよう」と笑顔で答えてくれた。

 

 

 夕食後、自室に戻らずに蔵書室に向かった。持ち出して自室に置いている本は大体読み終えたので追加の本が欲しい。蔵書室のある階に昇り、移動していると長月が我の方向へ歩いてきた。我とは反対方向だな。先程まで蔵書室にいて、今から食堂に行くといったところか。お互いの距離が近づき、やがてすれ違う。

 このまま無言で離れていくかと思いきや、長月から背中越しに話しかけられた。

 

「お前、皐月たちと出かけていたようだな」

 

 立ち止まって振り返ると、長月は顔だけを軽くこちらに向けていた。

 

「そうだ。それがどうかしたか」

「皐月たちと過ごして、なにか感じることはあったか?」

 

 質問の意図が読めない。とりあえず、感じたことで思い当たる言葉を引き出す。

 

「楽しかった。それだけだ」

「……そうか」

 

 我の答えを聞いて、長月は不愉快そうな顔をする。

 

「お前に一つ言っておく。皐月たちに近づきすぎるな」

 

 何故そのようなことを言うのか、長月の意図が読めない。

 

「理由を聞かせてもらおうか」

「そのうちわかるだろうさ。しかし……もしかすると……」

 

 長月はそこまで言いもらして、一度ため息をつく。

 

「この件に関して、これ以上お前にかける言葉はない」

 

 吐き捨てるように言い放つと、我を見るのをやめて歩き出した。

 

 近づきすぎるな、か。我が皐月たちに危害を加えるとでも考えているのか。もしくは関わることで我が皐月たちなにかしらの悪い影響を与えてしまうとかだろうか。それとも、長月が他の艦娘とあまり関わったり近づいたりしなくなった一夜襲事件がなにか関係しているとか。

 考えてみても理由がわからない。わからないことをいつまでも考えても無駄だな。

 思い当たることが出てきたりしない限り、気にしなくてもいいだろう。

 


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