我は菊月だ   作:シャリ

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3話:艦娘

 本を読んだことで把握した艦娘と深海棲艦の歴史。

 

 先に出現したのは深海棲艦。初めてその存在が現れて人類に攻撃を開始したのは1955年12月20日のハワイ諸島。アメリカ本国へと救援要請するも援軍が来るよりも先に深海棲艦に完全制圧されてしまい、その日を境に各領海に深海棲艦が目撃され始める。当初、人類は戦闘艦で対抗するも小回りが利く人間大の深海棲艦に砲撃を当てることは難しく、戦果は挙がらなかった。

 

 その結果を鑑みた人類は主力を戦闘機へと切り替えたことで、一時的に戦況は改善。しかし、それも空母型の深海棲艦が新たに出現するまでの話。

 続いて潜水艦を増産して深海棲艦に対抗するも、潜水艦型の深海棲艦が現れたことにより意味をなさなかった。

 

 対抗手段が全てなくなった人類は制空権、制海権を失うこととなる。

 

 

 人類の希望である生体兵器、通称艦娘が開発完了したと大本営から発表されたのは1962年6月13日。

 開発者は浦戸博士、二世代先を行く技術力と発想を持っていると言われていた天才。この艦娘という戦力を得たことにより、人類は一部の制海権と制空権を取り戻した。

 

 艦娘を人と人の争いに利用しようと考えた一部の集団もいたが、艦娘は己で考える力だけでなく感情を持つ生体兵器。

 思考と感情の根本として設定されている三原則の「人間への安全性、命令への服従、自己防衛」を改ざんすることが不可能だった故にそれは上手くいかなかったらしい。

 

 艦娘の性格に関してだが、仮に明石が十体いた場合はそれぞれで微妙に性格や趣向が変わる。性格設定はあるが、あくまでも基本の部分でしかないようだ。

 

 艦娘が現れて四十年経った、2002年の現在も深海棲艦を殲滅するまでには至ってはいない。

 

 艦娘に関して詳しく記されていた本はあったが、深海棲艦に関してはまともな情報はない。新たに知れたのは深海棲艦にも艦娘のような個別名称をつけて判別していることくらい。それによりわかったが、前の我は駆逐棲姫(くちくせいき)と呼ばれる個体だ。我の体が変わっていることに気付いた時に、髪色に違和感を感じなかったのは同じ色だったからだと理解できた。

 上位体に関しては存在を匂わせる記述すら見つけることができなかった。

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 鎮守府に来てから二日目。

 提督から他の艦娘へ我の説明を行った……らしい。我はその場にいなかったので直接は見ていない。提督からは「いきなり全ての艦娘を覚えるのは大変だろうから実際に知り会った艦娘から覚えていくといい」と言われた。我としてはどちらでも問題なかったが従うことにした。

 

 それで最初に知り合うことになった艦娘は。

 

「ボクは皐月(さつき)。よろしくねっ!」

「睦月型駆逐艦の望月(もちづき)。記憶喪失なんて大変だねぇ」

「あたし、文月(ふみづき)っていうの。よろしく」

 

 皐月、望月、文月の三体。我が部屋で蔵書室から勝手に持ち出した本を読んでいたら訪ねてきた。中に入れたら自己紹介をはじめたので我も返す。

 

「あぁ、三体ともこれからよろしくお願いする」

「三体じゃないよ。三人だよ」

「んー、あたしはどっちでもいいと思うけど」

「よくないわ。これは大事なことよ」

 

 皐月と文月の言葉から察するに、艦娘にはこだわりがあるようだ。理解はできないが、議論する意味もないので今後は艦娘は『体』から『人』で数えよう。

 

「わかった、訂正しよう。三人ともこれからよろしくお願いする」

 

 我の言葉に文月が満足げにウンウンと頷く。

 

「これで用は終わりか?」

「ボクたちが来たのは自己紹介するためだけじゃないよ」

「一緒に食堂に行くお誘い……を二人がしたいんだってさー」

「ちょっと、もっちも菊月のことが気になるって言ってたでしょ」

 

 昼食の時間か。朝食の方は、明石が我の体におかしいところがないか念の為の経過確認をしに来た時に持ってきた。食後は明石と共に執務室へ行って紹介に関しての話を聞き、蔵書室に寄ってから戻り読書を開始。そこからいつの間にかだいぶ時間が経っていたようだ。

 

「そういうことなら共に行こう」

 

 

 四人で本館に移動、一階にある食堂に入る。いくつも置いてある長机には、既に多くの艦娘が席について食事中だ。

 

「ほらほら、あそこで貰うんだよ」

 

 皐月にグイグイと腕を引っ張られて配ぜん口に行く。受け渡しを行っているのは艦娘の……鳳翔(ほうしょう)だな。昨日と今日に読んだ本で、どんな艦娘が存在するのか把握している。

 

「あら? 貴方、菊月ちゃんね。私は調理班の鳳翔よ。これからよろしくね。はい、菊月ちゃんの分」

 

 鳳翔の挨拶に答えつつ渡されたお盆を受け取り、席につく。肝心のお盆に乗せられている料理はカレーライスだ。

 

「やっぱり金曜日はカレーだよねぇ」

 

 望月の間延びした声。少し気になった点を触れる。

 

「金曜日とカレー、この二つにはなにか関係性があるのか」

「もちろんよ!」

 

 反応してきたのは文月。

 

「それはね」

「ボクたちの曜日感覚がおかしくならないように、毎週金曜日の昼食はカレーって決まっているのさ」

「なるほど」

 

 まだまだ知らないことが多い。説明役を奪われた文月が皐月に抗議しているがどうでもいいな。

 皐月と文月を放って食べ始めている望月を習い、左手でスプーンを握って食事を始める。その様子を見た二人もカレーを口に運び始めた。しばらく食事を進めていると、文月が味について訊いてきた。

 

「ねぇ菊月、この鎮守府で初めて食べたカレーは美味しい?」

「味か?」

 

 手を止めて考えてみる。食事の経験は今朝の朝食と昼のコレだけ。

 

 不味い、美味しい、を精確で正確な判断をするには経験数が少ない。かといって、そのせいで判断自体ができないと言うのは違う。

 食べた感想としてはそうだな。悪くない、そう感じられる。悪く感じるのが不味い料理ならば、少なくともこれは不味い料理ではない。加えて、口当たりが良くまだ残っている分も全部食べたいという欲求を持てている。食べきりたいと思えるのならつまりこのカレーの味は。

 

「美味しい……な」

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 食事を終えて食器を返した後、そのまま四人で話をすることになった。話といっても、我は話題を持っていないので聞き手側だ。次々と話題が移り変わり、おしゃべりの内容は戦闘のことになったのだが。

 

「今いる三人と長月を合わせた四人で固まって編成されているのだな」

 

 皐月、望月、文月の順に答えが返ってくる。

 

「そうだよー」

「一編成は六人だけど、そのうちあたし達四人は固定メンバー扱いされてるじょーたい」

「残り二人は決まっていないから、その時々によって変わったり変わらなかったりしてるわ」

 

 だから三人の関係が良好なのか。しかし、そうなると。

 

「なぜ食事に長月は呼ばなかった」

「あー、それは……」

 

 皐月が言い淀む。もしかすると。

 

「長月のことが嫌いか」

「違う!」

 

 文月が強い否定を行う。そして皐月が答えを言ってきた。

 

「長月の方がボクたち三人……ううん、艦娘みんなから距離を置いてるんだ」

「食事とかに誘っても絶対来ないんだよねぇ。あっ、出撃中はちゃんと一緒に戦ってくれるよ」

 

 皐月に続いて望月が補足する。長月が他の艦娘を嫌っているのかと納得しかけたところに、文月が説明してきた。

 

「別に長月が嫌ってるわけでもないと思うの。きっと、誰かと仲良くなるのが怖いんじゃないかな」

「怖い?」

 

 関係を持ったり深めたりすることがどうして怖いということになる。

 

「そっか。菊月は記憶がないから一夜襲事件も知らないもんね」

「なんだその事件は」

 

 望月が漏らした言葉を言及すると、三人が詳細を教えてくれた。それはこことは別の鎮守府が夜中に襲撃を受けて一夜で壊滅した、一年前に起きた事件。その鎮守府はここよりも規模が小さく艦娘の人数も少なかったらしい。

 それでもたった一夜にして、しかも救援要請を他の鎮守府に出すこともなく壊滅という事例は他にないとのこと。

 

 通常の場合、深海棲艦が鎮守府に攻めてきてもまずは部隊を出撃させて戦闘。その部隊が劣勢だと判断した場合、他の鎮守府に救援を求む流れとなる。敵が見つけにくい夜中でも夜番を行う艦娘がいる以上、部隊を出したり救援を出す間もない程に深海棲艦に接近されることは起こり得ない。

 その起こり得ない事態が起こったために、事例として一夜襲事件と名付けられることになった。この話が長月とどう関係しているかと言うと、長月は一夜襲事件の唯一の生き残りだ。

 

 一日に一度行う定期通信が無く、その後も通信不能状態を不審に思った地域本部が一番近い鎮守府に連絡を行った。連絡を受けた鎮守府から送られた調査部隊が到着した時点で、長月以外の艦娘と人間は死亡。

 長月は外で一人両膝をつき、他の艦娘の血で体を赤く染めて呆けていたところを保護された。施設が砲撃によって破壊されていたことから深海棲艦による襲撃だということは明らかだったが、何が起きたのか詳細は完全に不明。

 生き残っていた長月に訊いても、「覚えていない」「なにも見ていない」としか答えなかったらしい。それに関しては仲間を失ったショックによる一部の記憶欠落、または自我を保つための記憶の封印だと判断された。

 

 保護されてからはここの提督に引き取られて今にいたる、と。

 

「つまり仲良くなるのが怖いというのは」

「仲良くなった人がいなくなることが恐いんだと思う。誰とも仲良くならなければ、仲がいい人がいなくなることも起きないから」

 

 我の言葉の続きを言った皐月は哀しげな表情を浮かべていた。

 

「でさー、長月は食堂も他のみんながいなかったり少なかったりする時間帯に利用するんだよね」

 

 望月の言葉で一つ納得した。昨日、夕食の時間に長月が蔵書室にいたのはそれによるものだったわけか。一夜襲事件……気にはなるが真相を知ることはなさそうだ。

 


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